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Xenoverse  作者: 葉月はつか
phase three : phototaxis
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第75話 Memorial service monument of the hill of a deep-blue lawn

 相も変わらず大人気ない様を見せつけるジルベルト。開き直った彼は悪びれもせずにいたが、鳴鳥に窘められ肩を落としつつ悪かったと謝る。それはまるで子どもが悪さをして叱られたようで、とてもいい歳をした男の姿ではない。

 首元で彼の息遣いが聞こえて高鳴っていた胸は今までは落ち着き、深い溜息を吐いた鳴鳥は彼の膝から降りて頭を抱える。


「…でも、煙草の匂いが染み付いちゃったら、私とジルベルトさんの関係が分かってしまうじゃないですか」

「クランドもどうせ気が付いているだろう。だからこうして牽制をだな―――」

「ジルベルトさん…」

「はい、スミマセンデシタ。弁明をしたいんだが、ワザとじゃないんだぞ。換気システムが調子悪くてな」

「そ、そうだったのですか?それならそうと…」

「と、言っても普段から吸い過ぎてガタがきたんだろう。今日に限ってキャパオーバー起こしてこの様だ」

「…」


 ガクッと肩を落として呆れ果てる鳴鳥。それでも彼女が見放したりなどしない事を知ってか、ジルベルトは話をさっさと終わらせるよう、話題を振る。それは先程から彼女が片時も手放さ無かった物で、今も彼女は小さな紙袋を手にしていた。それは何かと尋ねるとヘソを曲げていた鳴鳥はすっかりといつも通りに、後でのお楽しみですと言い、飲み物を用意し始めた。




      第75話 Memorial service monument of the hill of a deep-blue lawn




 最低限の食器が仕舞われている戸棚に鳴鳥は手を伸ばしかけたが、背後から覗き込んだジルベルトはそれを止め、紙袋の中に入っていた物へと手を付ける。


「行儀が悪いですよ、ジルベルトさん」

「皿を洗う手間が省けるだろう?」


 と言いつつ一切れのフルーツケーキを手にし、パクッと食べる。洋酒が効いたフルーツが散りばめられたフルーツケーキ。ジルベルトの口にも合うようで、あっという間に一切れを食べ尽くし、彼はベタ付いた指を舐める。何気ない仕草だが、何故だか目が離せなくなった鳴鳥はジッとジルベルトの口元を見ていて、彼が視線に気づいていると分かり、慌ててコーヒーと紅茶を用意する。


「ん?どうした」

「べ、別に、何でもないです…っ。立ったままだと何ですし、飲み物も用意できましたし、ソファーに座りましょう」

「顔が赤いようだが?」

「そうやって顔を近づけないで下さい…っ!余計に焦ります…っ」


 フイと顔を逸らして先にソファーへと座る鳴鳥。また機嫌を損なわせてしまったと思う反面で、コロコロと変わる表情が愉快で、ついつい構ってしまうジルベルト。何時ものように並んで座り、紅茶を一口、そしてフルーツケーキを味わえば鳴鳥の動揺やジルベルトに対する文句はすっかり治まり、その味わいに顔を綻ばす。


「それにしても、美味いな。お前が作ったのか?」

「はい。サンドラさんに教えて頂いて、シルビアちゃん達と一緒に作りました」

「ガキのお守は大変じゃなかったか?」

「そんな事ないですよ。スティングさんのお子さん、みんな可愛いですし、楽しかったです。私も将来はシルビアちゃん達みたいな子どもが―――」


 そこでボンと火を噴く様に顔を赤らめる鳴鳥だが、落ち着かせるように自らの頬を軽く叩き、そしてある事に気が付く。子を授かるという事は過程があって、今の二人にはそこには至ることが難しい。更に言うとジルベルトは自分との事をそこまで考えていないかも知れない。過った不安からか気持ちは沈み、徐々に視線は落ちる。膝の上で固く握られた手に、ジルベルトは大きな手を重ね、固く閉ざされそうな想いを肯定するよう、指を絡め取り手を握る。


「ジルベルトさん…その、すみません…私、なんだか先走っていて…」

「俺の方こそすまないな。不安にさせて…」

「…そんな!ジルベルトさんは謝らなくても…!」

「いや、無理を強いているのは俺のせいだ。だが、方法が無いわけでもないし、この先を考えていない訳ではない」

「それって…えっと、その、つまり…」

「死が二人を分かつまで…、と言っても俺の場合は死ぬことは無いから、この先一生お前の傍に在りたいと思っている。…迷惑か?」


 先行きに不安を覚えて、それでも愛する者だけは不幸にはさせないと考えてくれていて。問いかけてきたジルベルトに鳴鳥は思い切り首を横に振り、その気持ちが嬉しいと涙ぐみながら告げる。今はまだ、とても落ち着けるような状況ではなく、近々訪れるであろう脅威が去った後で改めてとジルベルトは言い、鳴鳥は小さく頷く。それはプロポーズに近い言葉で、互いに恥ずかしさを覚えたのか、二人の頬には赤みが差し、黙々とお茶を飲み、フルーツケーキを食べるようになる。

 暫くしてこの何とも言えない雰囲気に息を詰まらせそうになった鳴鳥は今日あった事を早口で捲し立てる。シルビア達と遊んだことやサンドラに料理を教わった事、スティングが子ども達から不器用だと小馬鹿にされていたり、そして帰り際にスティングとサンドラが意味深な言葉を交わしていたと言い、そこでジルベルトから待ったが掛かった。


「…おい。って事はスティングも気づいているんじゃないのか」

「え?!そ、そうだったんですか…」

「…この調子でいくと皆に知れ渡るのも時間の問題…って所じゃないな。コンラードにも知られているし、アランとスティングにも、クランドも気づいているかも知れん」

「あとマリアンさんが知れば全員ですね」

「…お前、危機感が無いな」

「私は別に、知られても平気ですし。いつかは知られるでしょうし」


 がっくりと肩を落とすジルベルト。こうなれば仕方がないと鳴鳥は励ますが、皆に冷やかされる場面が思い浮かんだのだろう。ジルベルトはそのまま横になり、頭を鳴鳥の膝の上に乗せる。


「ジ、ジルベルトさん…?」

「しんどいか?」

「い、いえ、そういう訳ではなくて…っ」

「慰めてはくれないのか?」

「…大きな子どもみたいですね」

「別に、お前になら子ども扱いされても構わない。こうしていられるからな」

「もう…。開き直っちゃって…」


 何時もはジルベルトの方から触れてきて、優しく頭を撫でてくれる。だが今日の彼は甘えたい気分なのだろう。鳴鳥から髪に触れようとするが、伸ばしかけた手はジルベルトの頭ではなくテーブルへ。彼の頭を膝に乗せたままでは手は届かなく、手を拭く為のペーパーが取れない。ジルベルトに合わせる様に鳴鳥もフルーツケーキを手で掴んで食べていた為、今の彼女の指先はベタ付いていて、そのような状態では頭を撫でられはしなかった。


「…はわっ!ジルベルトさん…?!」


 何を思ったのか。ジルベルトは鳴鳥の手を取り、自分の口元へと運び、そしてベタ付いた指に舌を這わせた。膝枕という重しで飛びのく事は出来ず、されるがままになる鳴鳥は指先に伝わる感触に身を震わせ、ワザとらしく立てられるぴちゃりという音が聞こえ、耳まで赤く染める。


「…甘いな」

「も、もう…っ!ジルベルトさんっ!何を言って…って、そこは汚れていませんから!」


 指と指の間の付け根に舌が這い、ゾクゾクとしたものが背筋を駆け抜ける。これ以上は身が持たないと感じた鳴鳥は強硬手段に。申し訳もない気がしたが、このまま好きにさせる訳にはいかないと容赦なくジルベルトの頭を膝から落とすよう、身を捩らせてソファーの隅にスライドした。ポスンと落ちる頭だが、ソファーの上でなら痛みは無い。それでも膝の上という心地よさが無くなり、ジルベルトは不満げな顔をしながら鳴鳥の手を離して身を起こした。


「俺が綺麗にしてやるってのに」

「よ、余計なお世話ですっ!」


 鳴鳥の右手は唾液で塗れ、照明の光を受けてテラテラと光っている。ペーパーに手を伸ばす前に一瞬、今この指を自分が口にすればとはしたなく邪な考えが過るが、慌てて鳴鳥はペーパーで拭き直した。その一瞬の迷いを悟ったのか、ジルベルトは意地悪な笑みを浮かべて良かったのかと問いかける。


「何だ?物欲しそうな眼をして」

「べ、別にそんなこと思っていませんからっ!」


 当て付けのように丁寧に手を拭く鳴鳥。綺麗になった所でジルベルトは膝の上から退いており、彼に触れる事も無くなった。行き場を失くした手に大きな手が重ねられ、ふと顔を上げると微笑むジルベルトが居て。けれども先程の行為から警戒心は拭えず、身体は強張る。顔には出さないよう気を遣っていた筈だが、鳴鳥の表情は訝しげで、とても恋人に向けるようなものでは無く、ジルベルトは脱力したように笑い、調子に乗り過ぎたと謝る。


「本当に反省していますか?」

「ああ、反省している。で、明日の事なんだが、ここはひとつ仮病でも使って―――」

「反省していませんよね?」


 性懲りもなく悪だくみをするジルベルト。その内容は実に大人気なく、怒る気も失せてしまう程で鳴鳥は溜息を吐き、肩を落としてもう諦めていると示した。そうなれば何時もの通り、先程のふざけた態度は何処かへと行ってしまい、ジルベルトは真剣な面持ちで鳴鳥をその腕の中へと収める。


「…何か不満があるのか?」

「ジルベルトさんはズルいです」

「急に何を言い出す。俺のどこが―――」

「だって、なんだか上手く掌で転がされているような気がして…」

「気にし過ぎだ。単に慣れないだけだろう」

「そう…ですかね」

「そういうモンだ」


 そう言われ頭を優しく撫でつけられれば不満は消え、心地よさに目を細める。良いように遊ばれているようで、翻弄されてしまい、それでもこうして抱き寄せられてしまえばまた許してしまい、結局彼のペースに乗せられてしまう。このままでは駄目だと分かってはいたが、彼に身を委ねれば心が満たされ、今日も彼の少々身勝手な愛情表現から逃れる事も咎める事も出来なかった。






 翌日、鳴鳥は久城と共に惑星アストリアの主要国であるガルレシアの星団連合墓地を訪れていた。そこにはこれまでに起きた戦争での犠牲者が弔われ、青々とした芝生が広がる小高い丘には慰霊碑が建てられている。

 今日は久城と鳴鳥が二人きりで過ごす日であって、デートスポットではなく何故この場を選んだのか。それは久城のたっての願いで、理由を尋ねた鳴鳥は二つ返事で了承し、自分もこの場を訪れる事を強く望んだ。

 喪服代わりに典礼用軍服を纏った久城と鳴鳥。二人が向かった先はテレンティアとの戦で犠牲になった者達を弔った慰霊碑の前で、真っ白な百合の花束を供えた鳴鳥は慰霊碑を前にして久城と並び、黙祷する。


「(久城センパイ…)」


 鳴鳥が黙祷を終え、隣に居る久城の様子を横目で窺うと、彼はまだ目を閉じたままであり、その表情には後悔や懺悔の気持ちがありありと見て取れ、固く握られた拳は己を責めているかのようで、言葉を失う。


「前から訪れたいとは思っていたんだけど、一人で行くのはどうにも躊躇われてね。情けない所だけど、付き合って貰えるかな」


 今朝方、出掛ける前にそう言った久城は何処か思いつめたような表情であり、慰霊碑を前にするとそれはより一層に深く、気軽に声は掛けられなかった。

 あと数日で鳴鳥達ARKHED(アルケード)契約者はこれまでに明かされなかった真実と向き合う事になる。そしてエルンストの狙いがセリアだというのなら、戦に、それもこれまで以上の規模の戦になるだろうと予測される。アルヴァルディの皆はただ鳴鳥を楽しませようと買い物や自宅に招いたり、デートスポットを回ったりしているようだが、それは大きな戦を前にして後悔が無いようにやりたい事をしていたようでもあった。そして久城が後悔をしないようしておきたい事、それが慰霊碑を訪れる事であった。

 節目の時でないせいか、慰霊碑を訪れるものはごく僅かで、あの戦から時が過ぎているせいか、取り乱す者や戦没者名簿のコンソールに泣きながら縋りつく者もいない。けれどもいつこの場を訪れようともしんみりとした空気は変わらず、胸の奥を締め付けられるような悲しみに襲われる。


「…今更この僕がどの面を下げて訪れているんだと言われそうだけどね。どうしても来ておきたかったんだ。…今日はありがとう、鳴鳥」


 参拝を終えた二人は休息所にあるベンチに腰を下ろしていた。暫しの間、何か思いつめたように難しい顔をする久城であったが、彼の中で整理が付いたのだろう。俯いていた顔を上げて隣に居る鳴鳥に微笑みかけながら礼を言うが、彼の笑顔はぎこちなく感じられる。やはり自分はこの場に訪れるのが相応しくなかったと、後悔の念は強く、今でも彼を縛りつけているのだろう。膝の上で固く握られた手に鳴鳥はそっと触れ、首を横に振った。


「その気持ちはきっと伝わっていると思います」

「そうだと良いんだけどね」

「そうです…!だから、そんなに自分を責めないで下さい」

「…鳴鳥」


 躊躇いつつも重ねられた手を握る久城。もう一度ありがとうと感謝の気持ちを述べるが、程なくして彼は自嘲気味に笑い始める。


「…僕は卑怯者だ。自分自身が嫌っていたような姿に、今では身をやつしている」

「…久城センパイ?」

「君なら赦してくれると知っていて、こうして思った通りの言葉を得て、それで罪悪感から逃れようとしている。…実に汚くて、醜くて…滑稽だ」

「そんな…っ!そんな事は―――」


 彼の背負う罪は重すぎるもので、どんな言葉をかけようともその罪悪感からは逃れられないだろう。それが最も想いを寄せる者に赦されれば幾分か軽くなるだろうが、そうと知っていて得た結果は余計に自分を貶める事となる。

 どうすれば彼、久城が救われるのか。鳴鳥は一生懸命に言葉を探すが、今の彼にはどんな言葉も届きそうになく、開かれた口からは空気ばかりが漏れていく。力になりたいがなれないもどかしさ。自分の無力さを痛感していた鳴鳥だが、久城は申し訳なさそうに首を横に振った。


「ゴメンね。君を困らせるつもりじゃなかったんだけど…」

「いえ、私は…」

「…君の気持ちは充分に受け取ったから。…ありがとう、僕の為に心を痛めてくれて。それから、僕のせいでこんな顔をさせてすまない」


 抱えていた想いを吐き出したせいか、幾分か心持が良くなったようで、久城の表情は何時もの彼らしく柔い笑みを讃えたものに変わっていて、それ以上鳴鳥は深く踏み込む事は出来なくなった。気にすることは無いと彼は言ったが、はいそうですかと簡単に気持ちを切り替えられない鳴鳥。久城は座っていたベンチから立ち上がり、繋がれたままの手を引き鳴鳥を立ち上がらせた。


「湿っぽい話はこれで終わりにしよう」

「…久城センパイ」

「これで僕の気持ちは固まったんだ。僕は自分の犯した罪から目を背けない。そして僕の様な愚か者をこれ以上生み出さない為にも、戦うよ。例え星団連合にその気が無くても、僕はARKHED(アルケード)を作り出した者達をのさばらせて置く気は無い」


 決意の眼差しは強く、先程の犯した罪に押し潰されそうな彼の姿は見る影もなかった。

 戦う事を選択するのは時期尚早かと思われるが、前以て覚悟を決めておくのは決して悪いことではない。寧ろ敵の襲撃の可能性がゼロではないならば、いつでもその手に武器を取れるようにしておいた方が良いだろう。セリアの予測ではエルンストの手持ちの駒は少なく、直ぐに打って出はしないだろうという事だが、彼女に対するエルンストの執着心を考えれば安心はしきれない。アルヴァルディの皆は不測の事態に慣れているが故にここまで覚悟を決めなくてもいいのだろうが、久城や鳴鳥は違う。ほんの数か月前まで彼らは普通の学生で、しかも戦争に無縁な国で過ごしていた為、覚悟を決めるのにも時間を要する。たとえこれが初めて経験する戦でなくとも、未だ慣れはしない。と、言っても今の鳴鳥には戦う力も無く、今こうして皆と居られるのが不思議なくらいで、久城の決意の前に何故だか居た堪れない気持ちにさせられた。


「その、私には戦う力がありませんが、皆さんが無事に戻られるよう、いつでも祈っています。ですから、あまり自分を追い詰めて、無理はしないで下さいね」

「心配してくれてありがとう。だけど、鳴鳥のARKHED(アルケード)は…」

「はい。今はアストリアに…セリアさんが乗っているんですよね。私みたいな戦場に慣れていない者が乗るよりも、あの機体はセリアさんが搭乗した方が良いでしょうし、そもそも私は戦力としてカウントされていないでしょうから」


 皆が、大切な者達が戦うと分かっていて、自分だけが何も出来ない状況。それは心苦しく、やるせなく、歯痒い。鳴鳥が己の無力さを悔しく思う一方で久城としてはそうあっていても構わないというよりも、このままであって欲しいのだろう。鳴鳥が気に病む事は無いのだと彼女の言葉を否定し、彼の望む形を口にする。


「僕としては君には港に、僕達が帰る場所であって欲しいんだけどね」

「港…ですか」

「彼もきっとそう思うだろうし」

「彼って誰の事ですか?」


 目を細め、柔く笑む久城。彼は全てを見透かしているようであって、彼の言う人物といえば思い当たるのは一人くらいで。もしやと思った時には遅く、すでに鳴鳥の表情には答えが出ていた。ジルベルトの予測通りに久城は二人の仲に気が付いているようで、彼は心の底から祝福しているかのように笑みを浮かべていた。

 久城には告白をされて、その想いには応えられないと鳴鳥は告げ、それでも彼からは想い続けると言われており、本来なら自分からキチンとどうなったかを伝えるべきであった。こういった形で知られていると分かり、申し訳なさそうに顔を伏せて鳴鳥は謝るが、その必要は無いと彼は言う。


「僕は鳴鳥が幸せならばそれで良いんだ」

「…久城センパイ…っ、でも、私は…」

「いや、僕としても落ち着くところに落ちたというか。本当に、君とジルベルトさんが結ばれたのなら文句は無いどころか、嬉しく思うよ」

「…そう、なのですか?」

「ああ。…但し、彼が君の事を悲しませるような事をすればその時は―――」

「く、久城センパイ?!」


 祝福してくれるという言葉は真実のようであるが、もしもの時はと仮定を話す久城の笑みはぞっとする恐ろしさを孕んでいて、そんな事はあり得ないが、ジルベルトを背中から刺しかねないと感じさせる程であった。そのような事態にはならないと思いたいが、もしもの時にもそれだけは止めて欲しいと願い慌てる鳴鳥に、冗談だと破顔する久城。何にせよ、鳴鳥が思ったよりは久城はこの結果に動揺していないようで、内心ホッと安堵の溜息を吐いた。


「それにしても、どうして分かったんですか?」

「ああ、それはね、鳴鳥が戻ってきて皆と予定を立てた時にだけど―――」


 ジルベルトが感づいた通り、あの時に気づかれてしまったようだが、気づいたのはアランだけでなく久城も鳴鳥がジルベルトの顔色を窺っているので察したようだ。更に彼曰く、あの場で気づかなかったのはコンラードだけのようで、マリアンもスティングもあの時点で察したようで、知っていてワザと遠慮をせずに鳴鳥のスケジュールを埋めたようだ。


「え…でも、マリアンさんは何も…」

「あの人はジルベルトさんをからかっても、鳴鳥に対してはそんな事をしないからね」

「た、確かにそうかもですね。…そう言えば―――」


 そこでふと思い出したのはマリアンとの買い物の事で、鳴鳥は動きやすさを重視した服を選ぼうとしていたが、彼はやたらに女の子らしく可愛らしいデザインを薦めてきていた。その時に彼は「こういったデザインが趣味よ」と言ってくれて、その時は誰の趣味だか分からなかったが、今となってはその人物が誰だか分かる。

 皆に知られてしまったと改めて自覚した鳴鳥の頬は赤く、そのような顔を見られるのも恥ずかしく、視線は下へ、綺麗に敷き詰められた石畳へ落ちる。


「…うぅ。今晩皆さんとどんな顔をして会えば…っ」

「自然に…というのは難しいだろうね。でも皆は鳴鳥を嫌な気持ちにさせたくないようだから、あまり囃し立てはしないよ。まぁ敢えて言うなら…そうだな…、意識しないようにすればいいんじゃないかな」

「…と言われましても」

「それじゃあ―――」


 まだ繋がれたままであった手を久城は更に引き、鳴鳥は前のめりに倒れかかるが、彼の胸元に収まる。鳴鳥は突然の事に目を白黒させるが、押しのけることは無く、そっと離れて何事かと口をパクパクとさせながら訴えた。すると久城は悪戯っぽく笑い、これでどうかと尋ねてきた。


「今、恥ずかしさを忘れなかった?」

「そそそ、それはそうですけど!久城センパイ…っ!今私は…っ」

「ゴメンね。こうでもしないと吹っ切れないかと思ってさ」

「で、でも、やり方が…っ」

「そうだね。だけど大丈夫。この程度の事ならあの人も怒らないよ」

「い、いえ…そうだと良いのですが、それがそうもいかなさそうで…」


 この場にジルベルトが居たならばどうなっていただろうか。想像した鳴鳥はぞっと背筋を凍らすような悪寒を感じ、引きつった笑みを浮かべる。それは鳴鳥もつい最近知った事で、久城はもちろん知る由もない。ジルベルトが如何に嫉妬深く、子供じみているかという事を。


「何にせよ、今日は僕の時間だから、今だけでいいから面倒な事は忘れよう」

「…は、はい。あ、でも、私達今は典礼用の軍服で…」

「上着を脱げばさほど目立たないよ。それと、この近くに庭園があって、その前には露店もあるから。天気も良い事だし、そこでお昼にしよう」


 そう言いながら空を仰ぎ見る久城。自分の罪と向き合い、想いも破れたというのに彼の表情は清々しく、今日の天候のように晴れやかであり、共に歩いた鳴鳥は改めて彼の強さを感じ、そして自分の中にあった彼への憧れを思い起こした。それは恋とは別のもので、頼りになる家族…兄のようで。


「そう言えば、僕の呼び名、いつまで『久城センパイ』のままなのかな」

「え…?!あ、えーっと…。なんだか今更変えるのは慣れないですし…」

「僕としては昔みたいに『くー兄ちゃん』でもいいんだけど」

「わわわっ!そんな昔の事を持ち出さないで下さいっ!」

「ははっ、昔も今も鳴鳥は可愛いね」

「いきなり何をっ!もうっ…!久城センパイはずっと久城センパイです!」


 上着を脱ぎ、歩き出した鳴鳥。けれども彼女は庭園の場所を知らず、行き先に戸惑い足を止める。先に歩き出して背を向けた身で、今は久城の冗談に腹を立てている所であって、素直には聞き辛く、恥ずかしそうに頬を赤らめて目線で訴える。その姿を見た久城はまたクスクスと抑えつつも笑いながら、笑っては申し訳ないと謝り、鳴鳥と同じように上着を脱いで歩き出した。






 串に刺された肉が焼ける芳しい香りに、ホカホカと湯気を立てる具たっぷりの肉まんじゅう。店先でズルズルと音を立ててすすられている麺類や、見た目も可愛らしいフルーツ盛り沢山のかき氷。どっしりとお腹を満たすものから甘いデザートまで、さまざまな露店が並ぶ区画。そこで鳴鳥と久城は昼食をとり、その後はすぐ傍に在る庭園や美術館を巡る。ついこの間まで宙では戦が繰り広げられていて、今も新たな脅威が襲い掛かるとも知れないというのに、緑に溢れた庭園は穏やかな時が流れていて、美しい景色を切り取ったかのような絵画は安らぎの時間を与えてくれた。のんびりと落ち着いた時間を過ごした久城とのデートを終えた鳴鳥は、夕刻には彼と共にアルヴァルディに戻り、夕食は皆と一緒に過ごす。

 夕食後の片付けを終えた鳴鳥は自室に戻り、シャワーを浴びて、その後いつも通りにジルベルトの部屋へとお邪魔しようと考えていた所、ラウンジで食後のお茶を飲んでいたアランに呼び掛けられて歩みを止める。


「ナトリさん、明日の事なんですが…」

「あ、はい。なんでしょうか?」


 明日について待ち合わせ時間などを言われるかと思いきや、アランは周囲を窺い、誰にも聞かれていないことを確認して、更に用心しているようで、顔を近づけて小声で話す。何をそこまで警戒する事があるのだろうと首を傾げていた鳴鳥は、アランから聞かされた提案に驚き、そして本当にそれでよいのかと戸惑い聞き返す。


「はい。元々こうするつもりでしたので。まぁ僕としても話しておきたい事はあるにはあるんですが、それはまた別の機会に」

「そう…ですか」

「船長が皆の前では言い出せないことが分かっていましたから、僕がこうして予定を代わりに抑えた訳です。だから明日は二人きりで楽しんできてください」

「アランさん…。ありがとうございます…!」

「いえいえ、礼には及びませんよ」

「あ、でも、ジルベルトさんには…」

「彼についてはマリアンが手を貸してくれるそうなのでご心配なく」

「そ、それってもしかして、ジルベルトさんには内緒という事ですか?」


 「はい」とは言わず、首を縦にも降らないが、アランは満面の笑みを浮かべて肯定している。ジルベルトの為だというが、騙しているようなものであり、鳴鳥は少々申し訳なく感じていると漏らすが、アランは気にすることは無いと言う。


「日頃お世話になっている船長にサプライズをお届けしたいと思いましてね」

「サプライズ…ですか」


 そういった事をジルベルトはあまり喜ばなさそうな、寧ろ機嫌を損ねかねないと危惧する鳴鳥であったが、アラン達はもう既に計画を進めているようで、今から変更する訳にはいかないのだろう。鳴鳥には事前にある物を用意するようにと頼み、明日の朝、何処にスタンバイするか段取りを話し、了解を得た所でアランは満足げにラウンジを去った。

 明日の朝は色々と準備をしなくてはならない為、早起きをしなくてはならない。そうなると今夜はいつも通りジルベルトの部屋を訪れている時間は無いと鳴鳥は思い至り、またもや申し訳ない気持ちになる。


「(…でも、みんながせっかく準備してくれているし、みんなの気持ちを無下には出来ないよね。ジルベルトさんには悪いけど、その分明日の朝頑張ろう…!)」


 自室に戻った鳴鳥は入浴を済ませた後にジルベルトへと小型通信機で連絡を入れ、明日の朝は早いからと言い、今晩は部屋を訪れない旨を伝えた。後ろめたい気持ちを悟られたのか、ジルベルトは訝しんでいたが、それは最初だけであって、仕舞いには体調が悪いのかと気遣われ、鳴鳥はますます申し訳なく感じたが、どうにか誤魔化して通信を終えた。

 嘘を吐くのが苦手なせいか、罪悪感に苛まれた鳴鳥は明日の朝早起きしなければならないというのに中々寝付けず、結局の所ジルベルトの部屋を訪れて自室に戻ってくる時間と変わらない位にようやく寝付くことが出来た。





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