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Xenoverse  作者: 葉月はつか
phase three : phototaxis
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第69話 Fate of red blood

 鳴鳥達を乗せた脱出艇は蒼い星に不時着をした。意見の食い違いがあったり、ヴィオレーヌを助けたりと色々な事が起こったが、全ては上手く収まり、皆は無事に一夜を明かす…筈だった。

 負傷していたヴィオレーヌは一人、脱出艇内で休んでいたが、真夜中に不審な音を聞きつけ目を覚ます。叫ぼうとした彼女を押さえつけたのはアーノルドで、彼はどうやら訳ありのようで。彼の後ろに転がっている物、医薬品が詰められた箱を見てヴィオレーヌは悟った。


「もしかして、怪我をしているのかしら?」

「…いや、違う」


 否定しながら転がった薬を箱に詰めるアーノルド。見た所彼に外傷は無いが、ならば見えない所にあるのだろう。そう考えたヴィオレーヌは意地を張る必要などないのだと諭す。けれどもアーノルドは首を横に振って否定をする。


「怪我くらいなら良かったんだがな」

「…怪我ではない?…分かりましたわ!お腹を下してしまわれたのね。それならそうと仰っていただければ―――」

「…」


 心底ウンザリと、面倒くさそうな顔をしたアーノルドは否定すらも億劫に感じたのだろう。肩を竦めて片付けを終えた医療ボックスを元あった場所へと戻し、ロクに説明もしないままでこの場を立ち去ろうとした。無論、ヴィオレーヌがそれを許す筈もなく、彼が去る前に声を掛け、引き留めさせようとするが、ただ呼びかけただけでは彼の歩みは止まらない。やむを得ず止まらなければ叫んで助けを呼ぶと脅すと、ようやく彼は足を止めた。これで話が出来ると安堵したヴィオレーヌだが、近づいて来たアーノルドの眼光は鋭く、思わずたじろぐほどである。それでもこのまま見過ごせは出来ないのだろう。何時もの彼女らしくキッと睨み付けると、事の次第の説明を求めた。


「…お前には関係ねぇ」

「ハァ?!よくもまぁぬけぬけと。人の安眠を妨害しておいて、それで済まされると思いかしら?」

「…チッ!さっき謝っただろう」

「その程度では許されませんわ。さぁ、とっとと説明をなさい」

「…っ」


 ドサッと胡坐をかいて座り込んだアーノルドは話し辛そうに、悩む素振を見せながらも渋々、事情を明かす。けれどもそれは遠まわしで、要領を得ないもので、ハッキリとしない態度はヴィオレーヌを苛立たせた。




       第69話 Fate of red blood




「…薬が無いか確かめただけだ」

「なんのお薬ですの?」

「それは…。別にお前には関係ねぇだろうが」

「…まぁ、ご病気ならばプライバシーというものがありますからね。言いたくない気持ちも分からなくもありませんが、今は非常事態です。命に関わる事ならば皆に明かさなくてはいけないでしょう?」

「命、ね。どっちにしろ薬は無かったんだ。もうどうする事もできねぇ…」

「そんな…っ。そんなに重い病気ですの!?」


 思わず大声を上げそうになり、ヴィオレーヌは再びアーノルドに口を塞がれてしまう。彼女はじたばたともがき、押さえつけるアーノルドに念入りに再度静かに出来るかと問われ、必死に頷く。すると彼は溜息を吐きながらそっと離れた。


「…そこまでのモンじゃねぇから心配はするな」

「べ、別にわたくしは心配をしている訳ではありませんのよ!ただ、ここであなたに倒れられると迷惑だと言っているのですわ」

「だとしたら尚更、気に掛ける必要はねぇ。倒れはしないからな…」


 自嘲気味に笑うアーノルド。彼の話は全く繋がらなく、未だ内容が掴めない。それでも皆に隠れてコソコソと薬を探しに来たところを顧みると、その薬とやらは無くてはならない物らしい。

 もう良いだろうと、話を終わらせて去ろうとするアーノルド。だが、彼の手をヴィオレーヌは取り、この場へと引き留めさせる。急に手を引かれて倒れ込みそうになるが、何とか耐えたアーノルドは何をするんだと怒鳴りそうになる所を抑え、どうにか堪えた。


「他の者に相談しましょう。もしかしたら誰か手持ちの荷物に薬が―――」

「ある訳ねぇよ。そうそうあるモンじゃねぇしな…」

「もしかすると、この土地に代替品になる様な薬草があるかもしれませんわよ」

「代替品ねぇ…」


 クツクツと笑いだすアーノルド。何が可笑しいのだと首を傾げるヴィオレーヌに対し、ひとしきり笑った彼はマットレスに手を付き、距離を詰めてくる。口元に妖しい笑みを浮かべたアーノルドは、ゆっくりと身動きの取れないヴィオレーヌに近づく。彼の瞳は紅く、先程までのぶっきらぼうな態度は鳴りを潜め、ゾクゾクとするような空気を纏い、思わず腰が引けてしまうが、逃れる先などない。


「代替品ならすぐ目の前にあるんだがな」

「な、何をなさるの?!」


 伸ばされた手はそっとヴィオレーヌの首筋をなぞる。アーノルドの突飛な行動に驚いたヴィオレーヌは乾いた音が響くほどに荒く手を跳ね除けるが、彼は全く動じない。それどころか、こうなる事を予測していたようにハッと息を吐く。


「ふざけないで下さいまし!…分かりましたわ。結局貴方が求めているのは淫らな行為なのですわね…っ!」

「ハハッ!お前を欲しているって点は間違っちゃいねぇがな」

「な…っ!?」


 そういった事に免疫が無いのか。ヴィオレーヌは頬を真っ赤に染めてしどろもどろになる。その姿は何時ものお高くとまった様子ではなく、年相応の女の子のようであり、可愛げがあった。初々しいヴィオレーヌは想像していなかったのだろう。アーノルドは少しばかり驚き、そしてニヤッと口端を上げる。


「馬鹿にするのもいい加減に―――」

「冗談で済まされればいいんだがな。こればっかりはどうしようもねぇ…」

「…そう言って、またわたくしをからかうつもりでしょう?そうはいきませんわよ」

「悪かったな。…今から全部、洗いざらい話すからそれで勘弁してくれねぇか」

「今度は嘘を仰らないようにして下さいまし」


 仕方がないなと了承したアーノルドはこれまでの態度を一変し、視線を外してポツリポツリと自身の事を語る。それは想像を逸したもので、ヴィオレーヌの頬に集まった熱は冷めていく。


「アストリアからさほど離れていないちっぽけな星。そこはラヴィーネという名の星で年中氷に閉ざされている」

「それならば聞いた事がありますわ。氷で出来たお城があって美しい場所なのですってね」

「ああ、知っているなら話は早いが、そこに住む人種で、少々特殊な者達が居るのは知っているか?」

「…存じ上げませんわ」

「ま、無理もないか」


 氷に大地が覆われ、吹雪が止まぬ雪原など、常に氷点下の星、ラヴィーネ。そこには人里から離れて同胞だけの王国を築く種族が居て、彼らは滅多な事では表舞台に立たない。その種族は皆、紅い瞳で、肌は白く髪は銀髪で、皆美しい容姿で、成人からは成長が緩やかになり、老化は遅く、長命の種で。それだけならば別段珍しくもないが、何よりの特徴は定期的に生き血を摂取するという所が他の種と一線を画していた。


「その特徴…まさか…?!」

「そのまさかだ。普段はクスリで吸血衝動を抑えているんだが、生憎と切らしちまってな」

「…吸血鬼だなんて、物語だけの存在かと思っていましたわ」

「まぁ、本来は人目に触れないようにしているからな」


 その特殊な体質ゆえに迫害も受けてきたのだろう。彼が話したがらなかったのも、こうして忌々しげに言う姿も納得ができ、ヴィオレーヌは申し訳なさそうに視線を落とした。気に病む彼女を前に話し終えたアーノルドはスッキリとした表情で、いつも通りに暴言を吐く。けれどもそれは全て空元気のように思えてしまう。


「これで分かっただろう。テメェに話したところでどうにもなりゃしねぇって」

「それは…そう、ですけど」

「…ここで話したことは口外するんじゃねぇぞ。他の奴にバラした時には分かっているんだろうな」

「…話しませんわ。いいえ、わたくしの口からは話せませんわ」

「ならいい」


 そう言って立ち去ろうとするアーノルド。本来なら彼のように口が悪く態度も最低な者など相手にしたくないと思うヴィオレーヌだが、ここまで話を聞いてしまえば放っておくことが出来ないのだろう。先程と同様に手を取り引き留めさせたが、その時の、興味本位という訳ではなく、今は、このままにしておけないと、彼の事を想って手を引く。


「薬が切れたらどうなるんですの?」

「…手あたり次第襲い掛かる…だろうな。だから俺は一旦ここを離れる。気乗りはしねぇが適当に動物でも狩って、それで我慢するしかねぇな」

「…そう、ですの」

「皆に居場所を聞かれてもシラを切っといてくれ」


 アーノルドは再度背を向けようとしたが、呼び止めたヴィオレーヌの行動に驚き目を見開く。何を思ったのか、彼女は首までピッタリとしたスーツを胸元まで開き、白い首筋を晒した。思わず視線は釘付けに、ゴクリと喉を鳴らし、押さえつけていた欲望が溢れだしそうになったアーノルドは、何とか保たれた自我で、どういう事だと問い質す。


「見ての通りですわ。わたくしが一肌脱いで差し上げてもよろしくてよ」

「な…っ。お前、正気か…!?」

「わたくしはこの様な事態で冗談など言いませんわ」


 気丈に振る舞うものの、恥じらいや恐れを全く抱いていないという訳ではなく、頬は赤みが差していて、指先は微かに震えている。

 アーノルドとしては願ったり叶ったりで、この機を逃す手は無いのだが、ヴィオレーヌ相手においそれと手を出せはしない。どうしたものかと考えている内に痺れを切らしたのだろう。ヴィオレーヌはまだかまだかと問いかけてくる。


「は、早くして下さいまし!」

「いや、お前、一体どういうつもりだ…?俺の事、気に食わねぇんじゃなかったのか」

「貴方の事は今でもよく思っていませんわ。…わたくしはただ、貴方に貸しを作りたくないのですわ」

「…貸しっつうと、昼間のアレか」


 確かに、アーノルドはヴィオレーヌの危機を救い、足を痛めた彼女をこの脱出艇まで背負って運んだ。けれどもそれは見返りなど期待して行ったものでは無く、やむを得ずした事であって彼女にここまでさせる程でもない。据え膳を味わえないのは惜しく感じるが、どうにか踏み止まり、必要ないと突っぱねる。


「別にアンタに見返りなど期待しちゃいねぇ。それよりもこの事を黙ってくれさえすれば…」

「いいえ。それではわたくしの気が済みませんわ」

「…本気か」

「ええ。覚悟は出来ています…っ」


 やれやれと肩を竦めつつもヴィオレーヌに近づくアーノルド。彼は少しだけからかって、それで冗談で済ましてしまおうと肩に手を伸ばして引き寄せるが、ヴィオレーヌは全く拒まない。彼女の反応は予想外で、緊張からか震えつつも決して前言は撤回しないようにと、されるがままに耐えていた。その姿はアーノルドの欲望のタガを外す切っ掛けとなり、もう後戻りはできなくなる。


「どうなっても知らねぇぞ」


 白く、きめ細やかな肌に容赦なく牙が突き立てられる。痛みを感じない筈が無く、ヴィオレーヌは身じろぐが、必死に耐えようとアーノルド背に手を回し、しがみ付く。そのいじらしい態度に煽られてか、アーノルドは貪るように血をすすり、甘美な味わいに喉を鳴らす。


「ん…っ、はぁ…」

「…あんまエロい声出すなよ」

「な…っ!仕方がないでしょ―――ひぁ…んっ!舌で舐めるのは止して下さいまし…!」

「溢したら勿体ねぇだろう?」


 牙を突き立てられた痛みはいつの間にか消え、血が失われていく感覚に心地よささえ感じ始める。自然と漏れてしまう恍惚の溜息を茶化されてしまうが、抜けていく力と朦朧とする意識の中ではまともな抗議は出来ない。一旦口が離され、傷口から流れ出る血。一滴たりとも逃さぬようにと舌が這い、更なる快感に身が震える。


「…御馳走さん」

「…わ、わたくしの血を飲めるなど、光栄に思いなさい」


 強がってはみるものの、貧血状態ではいつもの調子が出ないのだろう。傷口に手当を施されたヴィオレーヌはマットレスに身を横たえながら息も絶え絶えに虚勢を張る。彼女のお蔭で渇きを潤す事の出来たアーノルドも普段の彼らしくなく、その表情は柔らかで、仏頂面は鳴りを潜めている。


「…お前、随分と変わったな」

「貴方の方こそ。そのような顔の方が女性に好かれると思いますわよ」

「フン…。口だけは相変わらずのようだ」

「貴方にだけは言われたくありませんわ」


 ヴィオレーヌが変わった切っ掛け。それは当人から聞かずともアーノルドには分かっていた。夕食を終えた頃、脱出艇から戻ってきた鳴鳥の顔は晴れやかで、嬉しそうで。二人が和解したのが見て取れて。きっと彼女の影響を受けたのだろうと思い当たるが、あえて口にしない。かくいう自分も、今では感化され、らしくもない姿を晒しているからであった。


「…わたくし達、無事に戻れるのかしら」

「頼りになるリーダーが居る。心配は要らねぇだろう」

「…そう、ですわね」


 不慣れな土地での夜は更けていく。皆、不安はあるが、その不安を感じさせないようにさせてくれる者が傍に居るお蔭で、眠れぬ夜を過ごすのではなく、充分に休むことが出来た。






 星団連合所有の中で最大級の戦艦、ブリューナク。かの艦に招集を受けて着艦したジルベルトと久城とクヴァル、少し遅れて彼らの後に続いたソフィーリヤ。彼らARKHED(アルケード)操縦者はブリーフィングルームへと集められた。


「お前は…」

「初めまして、皆さん」


 さほど広くない室内で待っていたのは一人の女性であった。真っ白な長い髪に真っ白な肌、優しげな瞳の女性は何処か誰かに似ているような感覚を覚えさせる。その女性は柔らかな笑みを讃えているが、彼女の姿を目にしたクヴァルは彼らしくもなく酷く動揺したようで、歩みを止めて茫然としていた。

 一体彼女は誰なのか。ジルベルト達は訝しげに思うが、女性は全く意に介せず席に着くよう勧める。皆が不審に思いつつも席に着いた所で女性はコホンとワザとらしく咳払いをした後、己が何者であるかを明かす。


「私の名前はセリア・ストレイス。こことは違う次元から来た私は、貴方達が搭乗するARKHED(アルケード)を作り出した星、『エンピレーオ』の生まれなの」

「な…っ?!別の次元だと…!?」


 突拍子もないことをアッサリと述べられ、クヴァルを除くジルベルト達は呆気にとられる。どういう事かと問い詰めようとジルベルトが席を乗り出した瞬間、セリアの後ろのあるモニターに見知った者達の姿が映し出された。それは今回の戦を招いた張本人、ミリアムとディノスだった。


「彼女の言う事には嘘偽りなどありません」

「ミリアム議長…!」

「皆、無事なようで何よりです。そして、申し訳ありません。私が至らぬせいで、巻き込んでしまって…」

「ああ、全くだ。今回の戦でどれだけ無関係の奴が巻き込まれたか…!」

「ちょっとジル…!言葉が過ぎるわよ」


 ジルベルトが目上の者に対して苛立ちをぶつけるのも無理は無い。彼の大切な者は今もまだ消息不明で、今すぐにでも助けに行きたくて、今回の事態を招いた者達を簡単に許せはしない。ソフィーリヤに窘められた彼は舌打ちをし、そっぽを向くが、その無礼な態度も致し方ないと、ミリアムは咎めなかった。


「自分が責めているのは貴女ではありません、ミリアム議長。自分が一言申し上げたいのは、貴女の隣に居るどうしようもない奴です」

「ハッ!相も変わらず減らず口を…」

「今回の戦はアンタのせいだろうが、ディノス」

「ジルベルト!陛下に対しそのような口の利き方―――」

「あー…。良いんだ、クヴァル。その小僧はまぁ特別なんだ」

「ですが…っ!」

「誰が小僧だクソ爺…!!」

「ンだとゴルァ!?」

「お止めなさい!二人とも」


 目上の者に対して眼光を飛ばすジルベルトに対し、ディノスも陛下と呼ぶには相応しくない立ち振る舞いを見せる。あまりにもみっともない様に口を挟んだのはミリアムで、彼女の一声は大人げない二人を黙らせた。互いに睨みを利かせた後にバツが悪そうに、明後日の方へと向く二人に対し皆は呆れ返るが、セリアは一人だけ、神妙な面持ちであった。申し訳なさそうに伏せられた長い睫。彼女は全ての責は自分達にあると言う。


「ディノスにも責は無いわ。全ては私達、私とエルンストのせいなの」

「どういう事だ…?」

「ミリアムが狙われたのも、私がこの身体を受け入れなかったから。だからエルンストは彼女を狙って…」

「待ってくれ。まさかそのエルンストという奴は―――」

「ええ。彼はデクセス達を従えていて、幾度となく貴方達に危害を加えて…。ジルベルトさん。貴方を痛めつけたのも彼、エルンストなのよ」

「な…っ」


 当然の告白に、ジルベルトとソフィーリヤは驚くが、クヴァルは相変わらず硬い表情で、久城は何処か、そうであった事を知っていたかのような素振りで、あまり驚いてはいなかった。彼らの反応に気付かない位に、ジルベルトは事態を飲み込めないでいたが、ただ一つ分かるのがセリアと名乗る目の前の女性は敵の事を良く知っているという事で、聞き出したいことは山ほどあった。けれども彼が問う前に、セリアは話を切り上げてしまう。


「詳しい話をしたい所だけど、ここから先は皆が揃ってから。それと、覚悟が出来た人だけに聞いて欲しいの」

「今更何を…っ」

「全てを明かせばこれまで親しくしていた人達と今まで通りの関係ではいられなくなる。今よりもっと苦しい思いをするかもしれない。だから、時間を取った方が良いわ」

「まどろっこしい話は無しにしてくれ。俺は今すぐでも―――」

「彼女、ナトリさんにも聞いて欲しいから」

「…っ!」


 あまりの驚くべき事実を前に忘れかけていたが、その名を出されジルベルトは押し黙る。確かに彼女の言う通り、答えを性急に求めている場合ではない。一度落ち着いてからの方が良いだろうとミリアムも述べ、一先ずここで話は終わり、ジルベルト達にはアストリアに帰還するまで休息が与えられた。無論、ジルベルトは大人しく従う筈もなくすぐさま踵を返し、入れ違いで学生達の救難に来ていた連合の戦艦ニーヴァレインに合流するようARKHED(アルケード)に乗り込み、彼に続き久城も後を追った。残されたソフィーリヤとクヴァルはミリアムに頼まれ、セリアの警護と言う名の待機となった。


「クヴァル…、顔色が悪いようだけれど、大丈夫?」


 ソフィーリヤとクヴァルは休息の為に宛がわれた個室へと向かっていた。いつも通り、大した危険などない筈なのだがクヴァルはソフィーリヤを部屋まで送り立ち去ろうとするが、その表情は優れない。ソフィーリヤに心配をかけるのは本望ではないのだろう。クヴァルは首を横に振り、大丈夫だと言い張るが、やはりその表情には影が差している。


「…ソフィーリヤ」

「ん?なぁに?」

「…私は、君に謝らなければならない。いや、謝った所で済むような話ではないのだがな」

「辛いなら、無理をしなくて良いのよ」

「…君は。優し過ぎるな。だからこそ私は今のままでいたくもあるんだが、もう覚悟を決めなくてはならない」


 きっと大事な話なのだろう。そう悟ったソフィーリヤは宛がわれた個室にクヴァルを招き入れ、二人並んでソファーに腰を下ろす。

 暫し無言のまま時は過ぎるが、ふと思い立ったソフィーリヤが立ち上がり、茶を用意すると言いだす。


「それならば私が―――」

「大丈夫。私に任せて」


 心配そうにクヴァルが見守る中、覚束ない手つきでソフィーリヤは紅茶を淹れる。何とか溢さずに、ひっくり返さずに済んだ所でクヴァルは内心ホッと溜息を吐くが、淹れたてのお茶を口にしたソフィーリヤは困ったように笑っていた。


「やっぱり…。私が淹れたのでは、クヴァルの入れたお茶に敵わないわね」

「そんな事はない。私は君の淹れたお茶が飲めて幸せだ」

「な…っ!そ、そんなに褒めても何も出ないんだから…っ」

「フフ。分かっているさ」


 一息ついた所で落ち着いたのか。クヴァルは聞いて欲しいことがあると前置きをし、ソフィーリヤは小さく頷く。そして彼は、己が何者であるか、如何なる宿命を背負っているのかを明かすと共に、一番大切な者へこれまでの行いを懺悔した。






 鳴鳥達が蒼い星に不時着して一晩明けた翌日。空に爆ぜる光などは見えなくなり、どうやら戦闘は収まったのだと分かる。昼前には通信機もようやく繋がったが、まずは宙で戦闘を行っていた兵士の回収が先なのだろう。状況報告を行うと、明日には救援隊が来ることを知らされた。


「全く。このわたくしを真っ先に助けないなど、ありえませんわ!」

「まぁまぁ、ヴィオレーヌさん。宙で戦っていた方々は負傷していて一刻を争うでしょうし、私達はまだ余裕がありますし」

「…名前、それと敬語…っ」

「は…っ!す、すみませんっ、じゃなくてごめんなさいっ!えと…レーヌ」

「それでよろしくてよ、ナトリ」


 ムッと頬を膨らましていたヴィオレーヌの表情は一瞬にしてパッと花咲く様になる。現在鳴鳥は昼食の準備をしており、彼女の傍でヴィオレーヌは楽しげに話しかけていた。今朝方から分かっていた事だが、昨日との態度の変化にメリエル達は辟易とする。最初はこの掌返しにどうしたものかと皆は呆れ返っていたが、鳴鳥以外に対するヴィオレーヌの態度は相変わらずである。その為、朝一番にひと悶着もあったが、それは鳴鳥が間に入る事で何とか収まったのだった。

 微妙な空気の昼食を終え、明日までどうするかという話になり、鳴鳥はおずおずと手を挙げて提案をする。


「あの、時間があるようでしたら、その、汗を流したいなと思って…」

「さんせーい!あたしも潮風でベタ付いたこの身体をどうにかしたいよ」

「そうね。救難隊が来るまでにサッパリとしておきたいわ」


 鳴鳥の意見に同意したのはメリエルとマイアで、やはり女性陣は身なりとかが気になるのだろう。一方で男性陣はそういった事が気にならないようで、同意はせずに難しい顔をしていた。それでも真っ向から否定するのではなく、リベルトはならばと案を示す。


「それならば、海水を水に…、エネルギー節約のために使っていなかったろ過装置を使いますか?」

「それは…。やっぱりいざという時の為に使わないでおこうかと」

「昨日見つけた水源まで行きゃいいんじゃねぇのか?ま、俺はパスだが」

「何言ってんのあーのん。アンタ達も付いて来るに決まってんじゃん」

「ハァ…!?」

「私達が水浴びをしている間、無防備になるでしょう?それくらい気を利かせなさい」


 心底面倒臭そうに顔を歪めるアーノルドに対し、メリエルとマイアが追い込みをかける。無理強いはしたくないと提案者の鳴鳥は自分達で何とかすると言うが、マティアスは異論が無いようで、リベルトは何故だか反論せずに黙っていて話は決まりつつある。


「では、僕はここで待機しています。誰か一人は通信機の元に居なくてはなりませんし」

「おい、テメェ!さっきから大人しいと思ったら、自分一人だけ…っ!」

「何言ってんの?メガネ君も一緒に決まっているでしょ?」

「…メリエル・メイシー。僕にはリベルトと言う名があるんです。妙な仇名を付けないでいただきたい。それから、誰か一人は残っていないと…」

「それならば、わたくしが残っていますわ」


 留守番役に名乗りを上げたのはヴィオレーヌで、彼女はこんな足だからと言う。確かに納得のいく理由だが、誰もが彼女の謙虚さに驚き目を瞬かせる。鳴鳥も驚いていたが、彼女を一人にしておく訳にはいかず、ヴィオレーヌの提案に首を横に振った。


「でも、わたくしは…」

「俺が手を貸そう」

「マティアス・メルテザッカー…。宜しいのかしら?」

「ああ。困った時はお互い様だ」


 任せろと頬笑むマティアス。ヴィオレーヌは必死に隠そうとしているが、嬉しげであるのが隠しきれておらず、そんな姿を見せられれば反論する気も失せるのだろう。その後不満げなアーノルドとリベルトはメリエル達に押し切られる形となり、一行は水浴びに、昨日見つけた川へと向かって行った。

 先に水浴びをするのは鳴鳥達女性陣で、男達は分かれて見張りをする。服を脱ぐ前にヴィオレーヌはアーノルド達に向かい、口酸っぱく注意を促す


「いい事?覗いたらタダじゃ済まさなくてよ!」

「ハッ!誰がテメェらなんかのを見たがるかっての」

「何ですって~!?」

「全く。手早く済ませて頂きたい所ですね」

「そう言うメガネ君も、こっそり覗くんじゃない?」

「な゛っ!僕がそのような下賤な行為をするとお思いで!?」

「だってメガネ君ってムッツリっぽいし~」

「し、失敬な!僕はそんなのでは―――」

「私は見られても構わないけれど?」

「マ、マイア!何言っているの!?」


 マイアの冗談か本気かよく分からない発言に戸惑っていた男性陣だが、メリエルに追い払われて各自見張りの場所へと向かう。彼らが各々の位置につき背を向けた所で女性陣は服を脱ぎだすが、鳴鳥はヴィオレーヌの首元を見て首を傾げた。


「ヴィ…レーヌ。どうしたの、その首筋の怪我…?」

「こ、これは別に、大した怪我ではありませんわ!」


 バッと手で手当てされた部分を隠すヴィオレーヌ。彼女の頬は紅く染まっていて明らかに怪しいのだが、鳴鳥は大事でないならとアッサリ流してしまう。一方でマイアは思い当たる節があるようで、一人クスクスと笑っていた。

 皆が脱ぎ終えた所で歩みを合わせ、そっと川へと足を延ばす。このような事態で呑気に過ごしていて良いかとも思われるが、良い気晴らしになるようで皆の表情は明るく、笑みが戻る。清涼な水に足を浸してからはますます気分は晴れやかに、鳴鳥達はひと時の休息を楽しんだ。


「冷たくて気持ちいいですわね」

「そうだね。やっぱり来て良かった」


 足を痛めたヴィオレーヌはテーピングを外し、患部を浸す。脱出艇内に備え付けられていた医療キットでも充分であったが、やはり空気の良い場所で、澄んだ水で冷やすのは心地が良いのだろう。気持ち良さげにしているヴィオレーヌ。彼女が喜ぶ姿を嬉しく思う鳴鳥。二人は川辺にある岩へと腰を下ろして浅い場所で水浴びを楽しんでいたが、メリエルとマイアはバシャバシャと水の掛け合いを、子どものようにはしゃぎながら存分に楽しんでいる。最初は可愛らしい水の掛け合いだったのだが、徐々にエスカレートし、メリエルの本気で放った蹴りは大きな水飛沫を上げ、鳴鳥とヴィオレーヌは頭から水を被る。


「メリエル・メイシー!貴女という人は…っ!」

「あはは!ごめんごめん。ここは水浴びだけに水に流して~なんて」

「それが謝る態度ですの!?ナトリ、やっておしまいなさい!」

「えぇ!?私が…、そんな無理だよ…ってマイアまで!」

「フフ。水浴びとはこうやって行うものでしょう?」


 ここぞとばかりにヴィオレーヌを狙うように水を掛け出すメリエル達。その攻撃から守るよう鳴鳥は立ち回り、隙を見て反撃をする。皆、上から下まで水浸しになってしまったが、笑顔は絶えない。それはヴィオレーヌも同じで、数日前までは考えられなかった光景である。


「…ったく、いい気なもんだ」


 アーノルドの背後から聞こえるのは水がバシャバシャと跳ねる音と、楽しそうにはしゃぐ声。昨日のように落ち込んでいられるよりはよっぽど良いのだが、見張りに回っていた男性陣は内心気が気でなかった。振り向けばすぐそこには無防備な姿を晒す者達が居て、彼女達の声は嫌でも耳に入り、まさに生殺し状態である。ある程度距離は取っているので少しくらい振り向いてもよさそうなものだが、感覚の鋭いメリエルとマイアにかかれば一瞬たりとも隙は無いだろう。不遇な扱いに段々と苛立ちを感じ始めたアーノルドは背を向けたまま鳴鳥達に声を掛ける。


「おいっ!遊んでないでとっとと済ませろ!」

「も~!良いじゃん。あーのんはせっかちなんだから~」

「待ちきれないのかしら。私は一緒でも構わないのだけれど」

「な、何を言い出す―――」

「アハハ!冗談に決まってんじゃん~!」

「て、テメェら調子に乗りやがって…っ!」


 ゲラゲラと笑うメリエル達に対しアーノルドは怒鳴り散らすが手出しは出来ない。せっかく見張りをして貰っているのにとメリエル達を嗜めようとする鳴鳥だが、声を掛ける前にはたと止まる。これまでは燦々と降り注いでいた陽の光が遮られ、誰もが見上げた空の彼方。そこには一機の黒いARKHED(アルケード)が。その機体はこちらへとゆっくりと向かって来ていた。





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