表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Xenoverse  作者: 葉月はつか
phase three : phototaxis
68/100

第68話 White ARKHED of the second coming

 ヴィオレーヌの生家はガルレシアでも屈指の貴族で、政治のみならず軍事にも多くの者が高い位についていて、その権力は凄まじいものであった。本家当主であるヴィオレーヌの父は武人で、自分の息子であるヴィオレーヌの兄、ヴィクトランにも軍人になるよう、昔から英才教育を施し、将来を期待していた。けれどもヴィクトランは母に似てしまったのか、優しく穏やかで、他の者の命を奪うなど出来ないような性格に育ってしまった。父は大いに落胆したが、当人は父の期待に応えたかったのだろう。自分の気持ちを押し殺して武人の道へ、軍学校へと進んだ。優しくもあったが人一倍努力家なヴィクトランは学業で優秀な成績を収め、見事父の期待に応えて見せ、晴れて連合軍人となった。


「いつも締まりのない顔で、虫も殺せぬくらい優しくて。それでも父の期待に応えようとして、成し遂げて。そんなお兄様はわたくしにとっては自慢の兄でした」


 そう言うヴィオレーヌの表情は柔らかで、如何に兄の事を慕っていたかが見て取れる。何時もこのような表情ならば近寄りがたくも感じず、寧ろその美貌から見惚れてしまいそうになるくらいなのだが、彼女の表情を険しくさせているのはあの戦のせいで、鳴鳥は無関係という訳ではない。少なくともあの時の久城は鳴鳥の命を狙っていて、巻き込まれた戦死者も少なからずいる。嫌な予感というものは的中しやすく、鳴鳥の予想通りに。ヴィオレーヌの兄、ヴィクトランは本陣に向かって来ていた久城が破壊した戦艦に搭乗していたそうだ。


「お兄様の死亡通知が届いても、わたくしはそのような事実が信じられずにいて、あの戦で何があったのかを調べましたの。…そこでわたくしは貴女と、クジョウ・クランドとの関係を知りましたわ」


 どこまで知っているのか。それは何故だか躊躇われて鳴鳥は聞くことが出来なかったが、憎むべき相手だと定めたという事は、久城と同郷だった以上の情報を得ているのだろう。ヴィオレーヌは逆恨みであると言ったが、鳴鳥はヴィクトランの死に全くの無関係ではなく、寧ろ切っ掛けを作ってしまっている。久城にも責があるだろうが、そう至った一因は鳴鳥のせいでもあるのだから、ヴィオレーヌから責められても致し方なく、その罪はとても償いきれるものでは無かった。




第68話 White ARKHED of the second coming




 どんなに後悔しても過去は変わらない。今更どうしようもないが、懺悔の想いは言の葉で伝えることが出来る。けれどもヴィオレーヌにはどんな謝罪の言葉も伝わらない気がして、喉元まで出かかった台詞は寸での所で飲み込まれた。

 膝の上で固く握られた手に、震える肩と潤む瞳。鳴鳥の様子で言いたいが言えない気持ちを悟ったヴィオレーヌは、深い溜息を吐いて困ったように笑う。


「謝らなくても良いんですのよ。これまでの貴女の行いを見て、わたくしが間違っていたのだと気づきましたの」

「そんな事…っ!ヴィオレーヌさんは間違ってなどいません。あの戦争の一因は私にもあって…。ううん。そもそも久城センパイは私のせいで―――」

「やはり、自分を責めるのね、貴女は」


 そのような必要は無いと、ヴィオレーヌは自責の念に駆られた鳴鳥を否定した。結果としては鳴鳥の行いによるものかもしれないが、だとしても、望んでそうなった訳ではなく、その上で必要以上に自分を責めている姿を見させられれば責める気も消え失せ、そもそも常に誰かの為にと懸命な鳴鳥には咎められる要素など無いように感じられた。


「憎むべき相手にしては、貴女は優し過ぎるのよ」

「…ヴィオレーヌさん」

「それに、謝らなくてはならないのは、わたくしの方。これまでの態度を取り消したくもあるけれど、そのような都合のいい話はないでしょうね」

「いいえ、取り消さなくてもいいんです。ヴィオレーヌさんには私を責める資格があります。そして私は、裁きを受けなくてはいけない」


 いくら責めた所で何一つ手には入らない。亡くした者は戻ってこない。ただ、当り散らして気を晴らす為だったのだと今では分かるが、こうして鳴鳥の人となりを知ってしまえば、それすらも躊躇われる。

 今度はヴィオレーヌから、固く握られた手を解く様に、手を重ねる。そして柔らかく微笑んだ彼女は、もう良いのだと諭した。


「それでは、痛み分けとしましょうか」

「…えっと、それは、どういう意味ですか?」

「わたくしは貴女の事を許します。だから貴女にも、わたくしのこれまでの行いを許していただけないかしら」

「わ、私はそもそもヴィオレーヌさんの事を恨んではいませんし、それじゃ私だけが―――」

「では、決まりですわね。これで恨みっこなしで」

「え、え…っ?!」


 混乱した鳴鳥を置き去りにするように、朗らかに笑って話を終わらせてしまったヴィオレーヌは、喉が渇いたと言いトレーからマグカップを取って茶を飲む。そして茫然とする鳴鳥を前にしてお腹が減ったと言い、スープを手に取った。


「すっかり冷めてしまいましたけど、とても美味しいですわね」

「あ、あの…ヴィオレーヌさん…?」

「わたくし、済んだ事をうだうだと言い続けるのは好きではありませんの。そ、それから、このスープの礼に貴女には特別にわたくしの名前を敬称無しで呼んでもよろしくてよ。いいえ、いっその事、愛称で『レーヌ』と呼んでくださっても結構ですわ」

「え…?」


 顔を赤らめたヴィオレーヌは明後日の方向を見ながら言い放つ。それは氷が解けきり、大地に花が咲く様に、わだかまりが無くなった後には温かく心地の良い雰囲気が漂う。だが鳴鳥には、これまでのヴィオレーヌの姿が頭から離れず、どうしても話の流れに付いて行けず、この空気に馴染めずに戸惑いを隠せない。そんな気持ちを知ってか知らないのか、ヴィオレーヌは顔を背けて耳まで真っ赤にしながら注文を付けて来た。


「それから」

「は、はい…!」

「わたくしと貴女は同級生、でしてよ。その野暮ったい敬語は止していただきたいですわ」

「あ…分かりました―――…って、えっと…。…うん、分かった」

「よろしいですわ」


 心の底から嬉しそうに笑うヴィオレーヌ。彼女につられるように、鳴鳥も作り笑いでない、本当の笑みを浮かべられる。

 こうして鳴鳥はヴィオレーヌと分かりあうことが出来て、二人の間に在った垣根も超えることが出来た。そしてその出来事は抱いていた先行きの不安すらも和らげる事となった。






 鳴鳥が学友と仲を深めている一方で、彼女らが居る星の遥か上空では未だに混戦が続いていた。この事態を招いたミリアムとディノスは一刻も早く去ろうと試みるが、デクセスとデクセプが立ちはだかった。


「そろそろ投降したらどうかしら~?じゃないとどんどん被害が広がっちゃうよ?」

「そうそう。アンタ達のせいでどれだけの死人が出るか。それはそれで楽しみかも!」


 ケタケタと笑いながら煽ってくるデクセス達に対し、ミリアムはグッと奥歯を噛みしめ、可憐な顔に似合わぬ深い皺を眉間に刻む。どれだけ逃れようとしても彼女らの連携には隙が無く、突破する事は叶わない。ここに至るまでにもディノスの枷の影響で多くの者を巻き込み混乱を招いてきたが、今はその比ではなく、見るに堪えない惨状である。絶えず放たれる弾を避けつつ、光剣による斬撃を受け流しつつ、ミリアムは迷いを断ち切り決断を下そうとしていた。


「早まるんじゃねぇ」

「…ディノス」


 全てを見透かしているように、背中を預けている者、ディノスは言った。長く共に過ごしたせいか、はたまた彼だからか、ミリアムの考えは筒抜けであるようで、想いを告げる前に釘を刺されてしまう。それでも、爆ぜる連合のARKS(アークス)が、本来守るべき者達の命が失われていくのが視界の端に映り、ディノスの言葉に従う訳にはいかなくなった。


「でも、私の我儘で誰かが傷つくなんて、これ以上見たくないの…!」

「我儘なんかじゃねぇ。生きたいと思うのは人なら誰しもが願うもんだ」

「だけど…!」

「安心しろ。お前は必ず、俺が守る。何人たりとも手出しはさせねぇ!」


 必ず守り抜くと誓ったディノスの剣はデクセプの攻撃を受けとめるどころか、鍔迫り合いを経て押し返し、怯んだ所でアーム部分を両断する。その枷ゆえに戦場に立つのは限られていたが、彼の強さは健在で、後れは取っていない。彼と一緒ならばどのような困難ですら乗り越えられそうなものだが、現状では反撃をするのが手一杯である。それは敵の連携が巧みであるからで、すぐさまデクセスが銃撃によって背後を狙い、止めを刺すまでには至れなかった。


「(どうあっても、ディノスは諦めない。ならば、私が出来るのは―――)」


 それは自ら命を絶つような行為で、簡単に選べる選択肢ではない。けれども今のミリアムには、その方法しか残っておらず、これ以上犠牲を出さない為にはその選択肢しか残されていなかった。


「ディノス…。後の事は頼みました」

「おい!待て…!馬鹿な真似は止せ…っ」


 ディノスはミリアムの愚かな行いを止めようとするものの、デクセス達の攻撃を受けながらでは声を荒げる事しか出来ない。彼の懸命な声も想いも伝わっていない訳ではないが、だからこそ、ミリアムには躊躇う暇は残されていなかった。

 考え直すようにと、踏み止まるようにとディノスが叫ぶ中、ミリアムは自らその身を投げ打つように、デクセス達からの攻撃に晒されることも厭わず、彼女のARKHED(アルケード)は糸が切れたようにその場に留まる。無論、そのままミリアムへと攻撃を通すディノスではなく、彼は己の身を挺して彼女を守るよう立ち回る。


「ホラホラ、その子はもう諦めちゃっているみたいよ~?」

「観念して素直に身を引いちゃいなよ~」

「ふざけんじゃねぇ!誰がお前らなんぞに…っ。おい!ミリアム、しっかりしろ…っ!」


 ひと瞬き、その僅かな瞬間に、それは彼方より現れた。墨を撒いたような宇宙に純白の一閃が走り、眩いほどの光を放つ機体。それは穢れなど無いような白いフォルムで、赤いラインの入ったARKHED(アルケード)で、かつて戦場には似つかわしくない少女が搭乗していて、現在敵の手に渡った機体であった。

 何故この場に鳴鳥の機体が現れたのか。考えられるのは一つで、更なる状況の悪化にディノスは苦虫を噛み潰したように険しい顔になる。けれどもミリアムやデクセス達はディノスとは違った反応を、あり得ないといった風に驚き、目をしばたたかせていた。


「貴女は…」

「どうしてアンタがここに!?」「あり得ない…っ!」


 新たな敵が現れたのだと警戒をしていたディノスだが、デクセス達の挙動からどうやら違う事が分かった。

 白いARKHED(アルケード)は武器を手にしておらず、全くの無防備であるというのに、何故だか隙が無いように感じる。一体搭乗者は誰なのか、この場でただ一人状況が掴めないでいるディノスはミリアムに問おうとするが、その前に当の本人が声を発し、その姿を現す。

 白く美しい長い髪の女性。肌も透き通るくらいに白く、瞳は優しげで、その姿は美しく、思わず見惚れてしまいそうになる程であるが、ディノスは彼女の容姿に既視感を覚え、そして彼女が何者かと悟った。


「初めまして、かしら。ウーヌ。…いいえ、今はミリアムだったわね」

「セリア・ストレイス…」

「何だか不思議な感覚ね。こうして貴女と話をしているなんて…」

「ど、どうして貴女がここに…?!」

「説明をしている暇は無いようね」


 話を中断させたセリアはデクセス達の前に立ちはだかるように位置を取る。その行動から、彼女が敵か味方なのか判断が下されたようで、ミリアム達もデクセス達も武器を手に、構え直す。


「わざわざ器を用意する手間が省けたって事じゃん!」

「のこのこと姿を現すなんてとんだお馬鹿だけど、好都合ね!」


 先に飛び出したのはデクセスで、片方のアームを失ったデクセプは遠距離からの援護に回る。彼女らの標的は宣言通り、ミリアムからセリアへと移り、彼女は二機を相手に立ち回った。ディノスはすぐさま援護に回ろうとするが、蓄積されていたダメージは大きく、それを察しているセリアは手を出さぬようにと窘める。ミリアム達ですら手こずっていた相手にたった一機でどうにかなる筈などない。そう思われたが、セリアは一人で立ち向かう事に自信があるようで、その表情は崩れず、余裕さえ感じられる。


「あははっ!そんなちっぽけな銃で何をするって言うのかしら」

「デクセス…っ!逃げ―――」


 セリアが構えたのはハンドガンで、さほど威力は無いものだと思われる。それは相対するデクセスが余裕を感じたほどの物で、彼女はダメージ覚悟で懐に潜り込もうとしたが、デクセプが静止を呼びかけた。何を警戒する必要があるのかと、忠告を聞き入れなかったデクセスの機体にはセリアが放った一弾が撃ち込まれる。上手く光剣で捌く事は出来なかったが、やはりダメージは皆無で、そのまま一直線にデクセスは向かって来た。


「な…っ!」「コイツ…っ!」


 あと数メートル、ほんの僅かの距離、構えられた光剣の間合いに入る寸前で、デクセスの機体はピタリと止まる。敵を目の前にして臆したのかと思われたが、忌々しげに叫ぶあたり、そうではないようだ。デクセスの異変に気付いたデクセプが応酬しようにも、彼女が打ち出したレーザービームはどれも弾かれ、セリアから一撃だけ、全く威力の無い攻撃を打ち込まれる。するとデクセプも、デクセスと同様に機体を停止させ、無防備にその身を晒した。

 茫然とするミリアムを前に、セリアはふうっと一息つき、手短に状況を説明する。


「これは…一体何が…」

「回路を少しね。でもずっとこのままではないから、貴女達は今の内に逃げて頂戴」

「で、でも…っ」

「ここは私に任せてくれればいいから」


 安心させようとセリアは微笑むが、素直には頷けない。デクセス達の動きは封じたが、ここからさほど離れていない場所にはセルべリアとヴァレリーが居て、彼女らが駆け付けるのも時間の問題だろう。セリアの身を案じる一方で、この場に混乱を招いているディノスは一刻も早く立ち去らなくてはならない。ここは一先ずセリアの言う通りに従うべきなのだが、ミリアムには迷いが生じていた。それはこの先の事。このまま逃げ続けた所でどうにかなるのか、結局今回はセリアに救われたものの、身を投げ出す覚悟まで追い詰められた。そしてこの凄惨な様をまた繰り返してしまうのかと思うと、やはり大人しく投降すべきかと後悔の念に駆られる。その想いを知ってか、セリアは首を横に振ってミリアムの考えを否定した上で、彼女に道を指し示す。


「貴女達はアストリアに戻って。私もこの場を治め次第、後を追うから」

「で、でも…」

「貴女が全てを背負う必要は無いのよ。それとも、皆の事は信用ならないのかしら?」

「…っ。それは―――」


 アストリアに攻め入られることを案じてミリアムはディノスと共に脱した。確かにそれは皆の力を信じていない事になるだろうが、事情を明かす事が出来なかったゆえの判断である。その事を説明したミリアムに対し、これからは悩む必要などないのだとセリアは言う。


「私は傍観者でいるのを辞めるわ。そして、今度は逃げずにあの人、エルンストと向き合うって決めたの」

「そんな…っ!あの方は貴女の事を想って―――」

「だからといって、彼は許されない罪を犯してしまった。もう、取り返しのつかない程に」


 本当は望んでいないのだろう。エルンストを敵だと言うセリアの表情には影が差していて、心の底からの想いではない事が分かる。彼女がそれだけの決意をして、単身でここまで辿り着いたというのに、ミリアムには首を縦には振れない。そもそも彼女はエルンスト側の者であり、セリアは今ここで背中を撃たれてもおかしくは無い状況である。にも拘らずこうして助け、助言もするなど不可解なことこの上ないが、彼女の想いは伝わる。そしてそれと同じ想いをミリアムも抱いており、今は彼女に同意すべきだと、納得がいく。


「…後を頼みます」

「ええ、任せて頂戴」


 短い挨拶を交わし、ミリアムは彼女が帰るべき場所、アストリアに向けて飛び立つ。彼女を守っていたディノスも解せないようだが、一応助けられた礼を述べ、ミリアムの後を追った。


「いいのか、ミリアム。あの嬢ちゃんを信じて…」

「ええ。彼女の目は本気だった。だとすれば私も覚悟を決めなくてはならないわ」


 ミリアムの言う覚悟とは、主たるエルンストを裏切る行為で、尚且つ自分を信じてきた者達へと自身の正体を明かす事である。それは矢面に立つ所の話では済まない事で、本当の意味で彼女の居場所がなくなってしまうかもしれない。いつ如何なる時もミリアムの事を守ると誓ったディノスにはその決断に易々と同意は出来ない。だが、彼女が望むのならばと、深くは追及せず、傍に寄り沿うように機体を並走させた。






 複合機を扱うヴァレリーに手こずっていたジルベルトと久城。長引く戦闘に苛立ちと焦りは募り、攻撃には粗が目立ち始め、更に状況は悪化の一途を辿る。元々二人の相性はあまり良くは無く、久城がジルベルトに合わせる形で連携を取っていたが、ディノスの枷の影響か、意識を保つことに気を囚われ、徐々に連携もままならなくなる。一方でヴァレリーは一人で二機を操る為、二機の動きは完全に調和がとれており、隙が無かった。


「…チッ!どこ狙ってやがる!」

「ジルベルトさんこそ、射線上に急に飛び込んでこないで下さい」

「五月蠅い。無駄弾ばかり撃ちやがって!数撃ちゃ当たるってモンじゃねえぞ」

「…先程から押されてばかりの人には言われたくありませんがね」

「…ンだと…っ?!


 久城の放った弾が機体を掠め、怒鳴り散らすジルベルト。やはりこの二人には連携など到底無理なようで、ヴァレリー相手に後れを取っている。それでも二人の想いはただ一つで、その者の事を思えばここで敗れる訳にはいかない。タイミングを計ったかのように本部から伝えられた内容、それはノルデン・トロイメン学園の生徒達の安否で、宙に漂う脱出艇は回収を完了したようだ。後顧の憂いが絶たれたかに思われるのだが、全ての生徒の安否が確認された訳ではない。学園の航行船が破壊された付近には惑星があり、不時着した可能性もある。その者達には危険が及びにくいと判断され、回収はまだ完了していないようで、ジルベルト達が身を案じている者、鳴鳥はどちらに居たのかは分からない。アランにでも頼めば、回収された者のリストが分かるだろうが、アルヴァルディも手一杯のようである。今現在、アランは得意とする電子戦でディノスの枷によって混乱したARKS(アークス)の強制停止に追われている。

 焦りをさらに募らせる通信内容にジルベルトは盛大に舌打ちをし、怒りの矛先を敵であるヴァレリーに向けようとするが、怒りに任せた攻撃は易々とかわされてしまう。まるで嘲笑う様なヴァレリーの動きに翻弄されつつあるジルベルトだが、怒りが頂点に達する前に久城に呼び止められた。


「…クソッ!いい加減に―――」

「…待ってください!敵の増援が―――…あれは…っ!」


 学生達を乗せた航行船が流れ弾を受けた地点から一直線に、こちらへと向かってくる機体が一機。緑色のARKHED(アルケード)はセルべリアのものであり、ジルベルト達は増援に警戒を強めたが、彼女の機体の後を追うように黄土色の機体もこちらに向かって来ていた。

 セルべリアの機体は相対する間を割って入るように立ちはだかり、長槍をジルベルトへと向けつつヴァレリーへと呼びかける。


「いつまで遊んでいる。状況が変わったのよ、ヴァレリー」

「…セルべリアか。貴様とて邪魔をするならば―――」

「機会はまた訪れる。これは主の命よ!」

「この機会にこ奴らを倒すべきだろう」

「それよりも、デクセス達を回収しなくてはならないのよ」

「何だと…っ!?…ならば致し方あるまいか」


 話が付いたのか、ヴァレリーとセルべリアは威嚇しつつ後退を、セルべリアを追って来たクヴァルの遠距離射撃をかわしつつ、この場を脱した。

 クヴァルも駆けつけ、ジルベルト達も追おうと思えば追う事が出来たが、その場に踏みとどまる。それは自分達の周りの凄惨たる状況と、本部から入ってきた通信のせいであった。

 どうやらミリアムとディノスはこの場を脱することが出来、更に彼女らはアストリアへと向かっていて、途中、この戦場の指揮を執る本部でもある最大級の戦艦ブリューナクに収容されたようだ。

 ホッと一息を吐くのも束の間で、ジルベルト達には一度本部まで帰還するようにと命が下される。本当は今すぐにでも生存者の回収に向かいたい所だが、上からの命に背く訳にはいかない。その上ヴァレリーとの戦闘が長く続き、ディノスの枷による精神的疲労も溜まっている。ジルバルトは一人、休む必要は無いと言い張ったが、何やら休ませる事以外にも用件があるようで、ジルベルトの進言は却下された。やむを得ずブリューナクに向かう中、ジルベルトは同じく召集を受けたアルヴァルディのアランへと通信を入れ、状況の把握…と言うよりも、学生達のリストを送るようにと要求した。


「残念ながら、今現在回収された脱出艇の中にナトリさんの名は無いようです」

「そうか…」

「それと、ひとつ気になる事が」

「何だ?」

「ミリアム議長とディノス陛下はデクセスとデクセプらと戦闘中だったのですが、そこに駆けつけた機体が…」

「これは…っ。おい、どういう事だ?!」


 送られてきた映像。それは見覚えのある機体で、ここに在りはしない筈のもので、驚くことにその白いARKHED(アルケード)はミリアム達を守るよう立ち回っていた。

 本来ならば鳴鳥が乗っていたその白いARKHED(アルケード)。今現在、元搭乗者は学生で、今回の戦闘に巻き込まれて安否が知れない。ならばあの機体を動かすのは誰なのか。ミリアムを助けた事を考えるに、敵ではないことは確かだ。


「どうやら、強制的に招集が掛かった事に関係しているようですね」

「ああ…。そう、みたいだな」


 自分の与り知らぬところで何かが始まろうとしている。それはあまり気分の良いものでは無い。何が起きているのか早く確かめたくもあるが、気掛かりである者が居るかもしれない蒼い星に背を向けるのは躊躇われ、強くハンドグリップを握りしめて後ろ髪を引かれる思いを断った。






 すっかりと冷め切ってしまった夕食を食べ終え、鳴鳥は食器を下げる為に一旦脱出艇を後にする。そして手早く片付けを終わらせ、今度はホカホカと湯気が上がる温かいお湯が満たされた容器とタオルを持って再び脱出艇を訪れた。


「それは何ですの?」

「えっと、これはですね―――」

「…もう約束をお忘れですのね」

「え…?

「…敬語、ですわ」

「あ…っ!すみませ…じゃなくて、ごめんなさい。その、本当は水浴びが出来たらいいんだけど、陽も落ちたし、今日はこれで身体を拭こうかと」

「そうですの…」

「それで…。もしよかったら、背中とか拭おうかな…と」


 こんな事まで頼んでいないと突っぱねられるのを恐れたが、ヴィオレーヌは柔らかな笑みを浮かべ、それならば頼むと素直に言った。

 ピッタリとしたスーツを脱ぎ、ヴィオレーヌは前を、背中は鳴鳥が拭う。最初は緊張からか強張っていたようだが、徐々に心地よさが勝ったのだろう。一通り拭い終わった頃にはスッキリとした表情になっていた。


「それじゃ、後はゆっくり休んでね」

「もう、行ってしまわれるの?」

「え…?」

「な、なんでもないですわ!その、色々と手間を掛けさせたようで、悪かったと思っただけですわ」

「そんな…!私がしたくてやった事だから気にしないで。それに、困ったときはお互いさまだよ」

「…本当に、貴女という人はお人よし、ですのね」

「あはは。よく言われるんだー、それ」


 ヴィオレーヌだけでなく、鳴鳥ももう少しだけ話をしていたかったが、怪我の事を考えれば安静に、早く休んだ方が良いだろうと思い至り、就寝の挨拶を交わして脱出艇を後にした。

 その後、慣れない場所であることから易々と眠りに付けないかとも思われたが、溜まっていた疲れはヴィオレーヌを眠りへと誘う。鳴鳥とのわだかまりが解けたおかげか、彼女の寝顔はとても穏やかであった。

 静かな海は穏やかな波を寄せて返し、鬱蒼とした森も昼間と違って静寂に包まれていて、風が葉を揺らす音が時折響くだけである。その浜辺に在る脱出艇の外ではヴィオレーヌを除く者達が交代で見張り番をし、夜は更けてゆく。

 どれほど時間が経ったのだろうか。まだ夜が明けぬ真夜中。ぐっすりと眠っていたヴィオレーヌはガサガサという不審な音で目を覚ました。ぼうっとする思考を急激に覚ます音。寝たふりをしてやり過ごすなど頭になく、思わず上半身を勢いよく起こして叫ぼうとするが、口元を手で押さえられ、マットレスへと押し倒されてしまった。


「んん~っ!!」

「静かにしやがれ!」


 低く声で耳元へと呟く者。通信機器のモニターの明かりで暗闇の中にうっすらと浮かぶその姿。それは逆立てた銀髪に真っ白な肌の男、アーノルドであった。

 何故彼がこんな真似をするのか。これまでの腹いせを行うのではと思い至ったヴィオレーヌは涙目になりながらも抵抗を図るが、利き手は押さえつけられ、足は満足に動かせず、男の力には敵わない。


「落ち着け、取り敢えず大声は出すんじゃねぇ。それを守るなら拘束は解く」

「ん~~っ!」


 絶えず抵抗を続けたが、ふと合った視線にヴィオレーヌは動きをピタリと止める。アーノルドの瞳は悲しげで、決してこれから襲い掛かろうと、ギラギラとしたものでは無かった。

 もう一度、静かにできるかと聞かれ、今度は素直にコクコクと頷いたヴィオレーヌ。するとアーノルドは徐々に手に力を弱め、口に宛がっていた手も外す。拘束は解かれ、直ぐにでも助けは呼べる状態になったが、申し訳なさそうに肩を竦めてポツリと謝罪の言葉を述べるアーノルドを前にして、ヴィオレーヌはただ恨みがましくねめつける事しか出来なかった。


「…悪かった」

「な、何なんですの?!」

「起こすつもりは無かった」

「だ、だから、貴方はここで一体何を―――」


 後ろめたそうに視線を外すアーノルド。押し黙った彼の後ろに転がっている物が目に入ったヴィオレーヌは彼の目的を悟って、そして、深く溜息を吐いた。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ