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Xenoverse  作者: 葉月はつか
phase three : phototaxis
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第67話 Survival in a blue star

 実地訓練を無事に終え、鳴鳥達は星間航行船にてアストリアへと、帰還の途に着いていた。その最中、突然巻き込まれた戦闘により、船は航行不能に、学生達は脱出艇で危機を脱したが、一部の学生は付近にあった星、未開の蒼い星の引力下に入り、不時着した。

 鳴鳥が乗った脱出艇も蒼い星の海岸近くにて着陸し、同乗していた者達とひと悶着あったものの、どうにか意見を纏める事が出来て、各々が役割を果たす為に目的地に向かった。

 鳴鳥とメリエルとアーノルドが向かった先は鬱蒼とした森で、メリエルのお蔭で水源も見つかった。けれどもそこで、一行は思わぬ人物と再会し、そして危機へと自ら身を投じる事となる。


「なっちんとあーのんはゆっくりで良いから!ここは私に任せたまえ!」

「あーのん…?おい、それは俺の事か!?」

「そだよ~…っと」

「変な名で呼ぶんじゃねぇ!」

「あ、二人とも!待って…っ!」


 メリエルは身軽な動作で足場になりそうにもない険しい岩場を難なく降りていく。呼び名に不服なアーノルドもまた身体能力が高いようで、獣人種であるメリエルに遅れを取る事が無く後に続く。


「ひぃぃ…!来ないで下さいまし!ひぁ…!!」


 半狂乱のヴィオレーヌは、手にした銃で狙いを定めずに撃ちまくっている。星団連合軍でも使用されるその銃は銃弾ではなく、電撃を放つ。水場で使うには迂闊すぎるが、学生達が身に纏うスーツには耐電効果もあり、自身にダメージは返らない。自滅することは無いようだが、川辺にわらわらと集まり、ジリジリと距離を詰めてくる巨大な蜥蜴には全く効いていないようだ。どうやらこの大蜥蜴の皮膚は電気を通さないようで、なす術のないヴィオレーヌは更に追い詰められていた。




         第67話 Survival in a blue star




「とりゃ~!」「フンっ!」


 蜥蜴の頭部を踏みつけて足場にしながらメリエルとアーノルドはヴィオレーヌの元へと駆けつける。絶体絶命のピンチに駆けつけたのは目障りだと思っていた者達で、助かったと安心しきってへたり込んだヴィオレーヌは、すぐさま立ち上がってぎゃんぎゃんと喚き始める。


「あ、貴女達!何のつもりで…!」

「別に~。あたしはあんたを助けに来たわけじゃないし。なっちんに感謝しなさいよね」

「テメェの死に様なんて見たら寝覚めが悪ぃからな」


 そう言い放つ二人はヴィオレーヌを中心とし、尚も距離を詰めてくる大蜥蜴たちに向き直る。メリエルとアーノルド、たった二人に対し大蜥蜴は30匹を超えている。普通ならばこの場を脱する算段を立てる所だが、二人は退く気が無いらしい。メリエルはブンブンと拳を回し、アーノルドはナイフを構えてやる気満々だった。

 自信に満ち溢れた二人の実力は数を物とは言わせない。武器を手にしておらず、その拳と蹴りで次々と大蜥蜴を昏倒させていくメリエル。手にしたのは小型なナイフにも拘らず、精神結晶(ゼーレクリスタル)を上手く制御して両断していくアーノルド。二人の勢いは止まる事無く、大蜥蜴は次々と倒されていった。


「ふ、フン。中々やるじゃない…―――って、ひぎゃぁ?!」


 二人の活躍に対し、高みの見物を気取っていたヴィオレーヌの背後に倒し損ねた大蜥蜴が迫る。寸での所で気づき、けれども振り返った時には遅く、大きな口を開けて鋭い牙が迫っていた。


「だ、大丈夫ですか…?」

「あ、貴女まで…」


 ヴィオレーヌに迫っていた大蜥蜴はピタリと動きを止め、ボンッと身体を膨らませ、ドサッと力なく倒れる。その口からは黒い煙が出ていて、どうやら体内で爆発を起こしたようだ。

 再び尻餅をついたヴィオレーヌの元へと駆けつけたのは銃を構えた鳴鳥であった。彼女が手にしていた銃は学生が携帯する電撃銃ではなく特殊な物で、赤い精神結晶(ゼーレクリスタル)が填められたもので、放つ弾は敵体内で爆発を起こす高威力のものであり、それはコンラードから送られた餞別の品であった。

 茫然と、ただただ大蜥蜴が次々と倒されていくのを見ていたヴィオレーヌ。やがて最後の一匹がアーノルドの手によって切り刻まれ、ようやく一息吐ける程に落ち着いた途端、彼女はわなわなと肩を震わせながら、涙目で虚勢を張った。


「た、助けてくれなんて一言も言っていないのに…!礼は言いませんわよ。あ、貴女方が勝手にしたことなんですからっ!」


 この場に駆けつけた皆が分かってはいたものの、やはりヴィオレーヌは素直でなく、つんけんとした態度を取る。それに対し、あからさまに不機嫌そうな顔つきになったアーノルドは舌打ちをして、怒りを通り越したメリエルは大きな溜息を吐いていた。


「ほーらやっぱり。ほっときゃよかったんだよ、なっちん」

「コイツの言う通りだ。チッ…!無駄足を踏んじまったじゃねぇか」

「まぁまぁ。みんな無事だったんだから、良かったよね」

「…フン!そうやって優等生ぶっていても、わたくしは騙されませんわよ!」

「…なっちん、こんな恩知らずは放置して戻ろう?」

「そうだな。こんな奴、関わるだけ損だぜ」

「あ、二人とも…っ」


 完全にヴィオレーヌの事を見限ったメリエルとアーノルドは元来た道へとスタスタと歩いて行く。残された鳴鳥はどうしようかとオロオロとするが、ヴィオレーヌに目障りだから早く視界から消えるようにと言われ、肩を落としつつ、後ろを振り返りながらもメリエル達の後を追いかけた。

 先に険しい岩場を登りかけていたメリエルは鳴鳥に手を差し伸べつつ、気に病む事は無いと安心させるように笑いかける。


「これで分かったでしょ?いくらこっちが下手に出ても、どうにもならないって」

「う、うん…。でも…」

「ったく、テメェはどうしようもないお人よしだな」

「あはは、よく言われるんだけどね…。やっぱり、放っておけなくて、ついつい」


 岩場を登る前にもう一度、ヴィオレーヌの方を見ると、彼女は未だに座ったままで滝壺の真ん中に在るそこそこ大きな岩の上から動こうとしない。もしかして腰を抜かしてしまい、立てないのかとも心配をするが、チラリとこちらに視線を向けてきて目が合った途端、キッと睨み付けられ、プイッとそっぽを向かれてしまった。


「(そもそも、どうして一人でこんな所に…)」


 周りを見渡せど、何時もベッタリと張り付いているヴィオレーヌの取り巻き達は姿が無い。同じ脱出艇に乗ったにも拘らず、何故だろうと訝しげに思った鳴鳥はヴィオレーヌの取った些細な行動に目が行き、岩場を登るのを止めてしまった。


「メリエル、アーノルドさん、お願いがあるんだけど…」


 鳴鳥の言葉にメリエルはやれやれといった風に呆れつつも同意し、反対していたアーノルドも最終的に鳴鳥に頭を下げられて渋々ながら折れた。


「ありがとう、二人とも…!」


 心底嬉しそうに笑顔を浮かべ礼を述べた鳴鳥は登りかけていた岩場を降り、ヴィオレーヌの元へと向かう。その背中を見ていた二人は肩を竦めつつ鳴鳥の後へと続くが、途中でメリエルがニヤッと笑いながら小声で隣を歩くアーノルドへと問いかける。


「はは~ん。もしかして、あーのんは11人目の勇者になっちゃうのかなぁ~」

「馬鹿言ってんじゃねぇ。誰があんな向こう見ずに惚れるかっての」

「んじゃさ、なんでなっちんのお願いを聞いたのさ?」

「一応、奴はリーダーだ。従わなきゃなんねぇだろうが」

「…あーのんって変な所で真面目なんだね」

「五月蠅ぇ!あといい加減にその変な呼び名を止めろ!」


 何やら言い争いをしながら向かってくるメリエルとアーノルドはさておき、鳴鳥はというと一足先にヴィオレーヌの元へと駆け寄る。何か言い残した恨み言でもあるのかと警戒する彼女に対し、鳴鳥は傍らでしゃがみ込んでそっと手を伸ばし、彼女の足首に触れようとした。


「い、いきなり何をなさるの?!」

「じっとしていて下さい!」

「な…っ!」


 抵抗したヴィオレーヌを叱りつけた鳴鳥。いつもヘラヘラと能天気そうにしていると思っていた鳴鳥との違いに、ヴィオレーヌは驚いてされるがままになる。その間に鳴鳥はゆっくりとショートブーツを脱がし、ピッタリとしたスーツの裾をそっと捲り上げた。


「―――…やっぱり、気のせいじゃなかった」

「…っ」

「うわっ!凄く腫れてんじゃん!」


 捻ったのだろうか、ヴィオレーヌの足首は腫れあがり、見ているだけでも痛々しくあった。後から来たメリエルも怪我の具合を見て流石に気の毒に感じたようで、心配そうに表情を曇らせる。誰が見ても平気ではない筈だが、心配などされたくないのだろう。痛みに耐え、ぐっと奥歯を噛みしめてヴィオレーヌは自分になど構うなと、放っておくようにと意地を張る。ここまで追い詰められても往生際の悪いヴィオレーヌに対し、アーノルドは我慢の限界のようで、いい加減にしろと怒鳴り散らそうとするが、鳴鳥が制して止める。どうにか苛立つ彼を宥めてヴィオレーヌへと向き直ると、しっかりと目線を合わせ、説得を試みた。


「ヴィオレーヌさんが乗っていた脱出艇は何処に在るか分かりますか?」

「…存じ上げませんわ。脱出艇から出た途端、あの忌々しい蜥蜴たちに追われ、皆はわたくしを置き去りに…。あの子達、目を掛けてあげていたのに…っ!今度会ったらタダじゃ済みませんわ!」

「…そうですか」

「…何かしら?結局貴女はわたくしの事を嘲笑いにいらっしゃったの」


 自嘲の笑みを浮かべたヴィオレーヌは笑いたければ笑えばいいと自暴自棄になる。取り巻き達に裏切られ、唯一人未開の地で襲い掛かる脅威から逃げ続け、今はこうして頼りたくもない相手に貸しを作る。これ以上無い程に身も心も傷ついた彼女だが、涙を溢すことは無い。だがそうやって堪えている姿はますます痛ましく、見るに堪えないようで、アーノルドは舌打ちした後に背を向けた。

 どうにもならない状況で、それでも手を伸ばさないヴィオレーヌ。彼女に対して鳴鳥が出来る事。それは諦めずに手を差し伸べ続ける事より他は無く、首を横に振って笑いなどしないと言った。


「私が今思っているのは、どうすればヴィオレーヌさんを助けられるか、です」

「な…っ!貴女…まだそんな戯言を!わたくしは貴女に助けられるくらいなら、死んだ方がマシですわ!」

「蜥蜴のエサになっても良いんですか?」

「う゛…っ。そ、そう簡単にわたくしは死にませんことよ!」

「さっきと言っていることが矛盾してんじゃん…」

「子ネズミはお黙りなさい!」

「なにおー!?」


 これだけ口が達者ならどうにかなりそうなものだが、ヴィオレーヌが立ち上がらない所を見ると、やはり自力で歩くのすら無理なのだろう。

 こうなれば仕方がないと肩を竦めた鳴鳥はアーノルドに向き直り、一つある事を出来るかどうか尋ねてみた。


「…まぁ出来ない事もねぇが」

「そうですか。では、お願いします」

「な、何ですの!?何をなさるつもりなの…!」

「暴れる猛獣は麻酔薬で大人しくするじゃないですか。でも生憎、ここには麻酔薬が無いので、少しの間だけ気を失うよう、鳩尾にこう、ね」

「ひ…っ!あ、貴女達、正気なの?!そんな馬鹿な真似を―――」

「安心しろ。痛いのは一瞬だ」


 恐ろしい程の笑みを浮かべてにじり寄る鳴鳥とアーノルド。身に襲い掛かる危機を察知したヴィオレーヌは後退ろうとするも、背後にはこれまた満面の笑みのメリエルが仁王立ちをしていて、彼女は逃げ場を失った。


「あ、貴女達!わたくしに傷をつけるなど、万死に値しますわよ!」

「だ~か~ら~。怪我させようって話じゃないし、大人しくすればあたし達は何もしないんだから」

「ひ、卑怯者っ!」


 ぐぬぬと唸り、悔しそうにしていたヴィオレーヌだが、背に腹は代えられないらしい。強張っていた顔からは一気に力が抜け、何もかも諦めたように目を伏せ、煮るなり焼くなり好きにしろと言い放ち、白旗を上げた。

 やっとの事でヴィオレーヌを説得出来て、彼女は応急処置を受けた後にアーノルドの背に負ぶさり、時間を掛けながらも急な岩場を登りきり、帰路へと就く。と、言っても、ヴィオレーヌのプライドの高さは健在で、アーノルドの世話になる事に対してもうだうだと文句をたれ、またもや先程と同じやり取りを繰り返し、鳴鳥が仲裁に入る事でどうにか収まった。


「…クソっ。何で俺がこんな目に…」

「泣き言を言いたいのはわたくしの方ですのよ!何が悲しくて殿方の…しかも貴方の様な野蛮人の背になど…っ!」

「あ゛ァ!?これ以上文句を言うなら落とすぞゴラァ!!」

「な!何を仰いますの!?わたくしには何一つ落ち度がありませんわよ。全部貴方がたが勝手にしている事なのでしょう?」

「テメェ…!」


 道中も言い争いをしながら進む二人。会話だけ聞いていると険悪なムードなのだが、苛立っているように見えてもアーノルドは手を緩めることは無くしっかりと背負い、口喧しいヴィオレーヌもしがみ付き、暴れることは無かった。

 口煩いがアーノルドの背中で大人しくしているヴィオレーヌ。いくら彼女が暴れないでいて、アーノルドが男性で体力に自信があるといっても、背負いながらでは歩みは遅くなる。彼の歩みに合わせ、時折休憩も挟んで来た道を戻った鳴鳥達は、陽が沈む頃にようやく脱出艇の元へと戻ることが出来た。






「あら、随分と大きい獲物を仕留めたのね」


 不味そうだけど、と付け加えたのはマイアで、脱出艇まで戻ってきた鳴鳥達を出迎えた彼女は、アーノルドの背に負ぶさるヴィオレーヌを見てせせら笑っていた。その一方でこれはどういう事だと眉間に皺を寄せて抗議してきたのはリベルトで、彼はヴィオレーヌの存在を完全に厄介者であるといった風に認識しているようだ。


「詳しい説明は後で。リベルトさん、医療器具は…」

「…仕方がありませんね。こちらに一通りあります」


 一先ず治療が先であると言った鳴鳥に押し切られる形となり、リベルトはそれ以上追及せず、脱出艇の中に案内する。まだ何か言いたげではあった彼だが、応急処置のテーピングを外して患部を見た途端、抗議する気も失せたようで、手早く寝かせる為のマットレスを用意し、アイシング機器で冷やし、新たにテーピングを施して患部を吊り上げた。


「こんな…。たかだか捻挫程度で、ここまでする必要があって?」

「生憎ですが、手元には最新のメディカル機器が無く、歩行補助機器もありません。ここで処置を間違えば松葉杖が必要になります。それでも良いんでしょうか?」

「う…っ。そう仰るなら、致し方ありませんわね」


 どうにか納得がいったようで、それよりも落ち着いた所でこれまでの疲れがどっと押し寄せてきたのだろう。ヴィオレーヌはもう心配は要らないと人払いをした。今は彼女の言う通り、一人にしておいた方がよいだろうと判断した鳴鳥は、リベルトと共に脱出艇から出る。


「これは一体、どういう事ですか?」

「その…偶然、会って。それで、怪我をしていて、ヴィオレーヌさんの乗っていた脱出艇には戻ることが出来ないそうで…」

「それでわざわざ連れ帰ったという訳ですか」


 脱出艇のすぐ横、海風に当たらぬよう影になった場にはテントが二つ張られ、簡易的な調理場もテーブルも用意されている。皆は既に席に着いていて、戻った鳴鳥はリベルト達に事のあらましを説明した。

 マイアは鳴鳥のお節介に慣れているようで特に何も言わず、マティアスも人助けならば致し方ないと異は唱えなかった。一方でリベルトは腕を組み、眉間に皺を寄せて難しい顔に、一応は理解を示したものの、言いたいことは沢山あるようだ。


「確かに、見捨てるなどという選択肢は、将来的に連合軍人になるならばあり得ないですが、これで計算のし直しをしなくてはなりません」


 リベルトには備え付けの携行食を人数分と日にち分に分けて貰っていた。六人分で七日分の食料を七人に分配するとなれば、一日分程減ってしまい、また、皆が充分に空腹を満たそうとするならばそこから更に日数は減るだろう。


「まぁどういう訳か、リーダーの言う通り、食料集めをしていて正解だったようですね」


 結果として良かったのか、呆れ返った所でリベルトは成果報告へと話を移した。

 マイアとマティアスは役目以上の成果を、大量の海の幸を手に入れたようだ。それらは既に鱗を落とすなど下ごしらえと、毒の有無が調べられていて直ぐにでも調理できる状態であった。色々とトラブルに見舞われた鳴鳥達も山菜と果実などを十分な量を確保し、水源も見つけるなど役目は充分に果たしていた。取り敢えずは一日目、食料の確保と水源を見つけるという目的を達したが、救難信号を拾ったという通信は入ってこなかったというあまり喜ばしくない状況をリベルトから知らされた。


「まだ一日も経っていないし、きっと大丈夫だよ」

「そうそう、なっちんの言う通り。心配は要らないっしょ」


 鳴鳥とメリエルが暗くなりかけた空気を払拭するように声を掛けるが、皆が皆、楽観的にはなれない。気が滅入ったままでは駄目だと思った鳴鳥はどうにか皆を元気づけるよう言葉を探すが、ふと見上げた空に弾ける光が、昼間よりも鮮明に、戦闘の激しさを物語っていて言葉を失った。

 未だこの星の遥か上空では戦闘が繰り広げられていて、その結果、自分達の元に救援が来るのは後回しになってしまう。それでもこのままの状況が長引くことは無いのだと、きっとジルベルト達が駆け付けてくれるだろうと思えば、鳴鳥の不安は幾分か和らぐ。その事をどうにか伝えようとするものの、やはりどう言っても気休めにしかならない気がして、皆へと話すのは躊躇われた。思いがけずに自分が皆を束ねる役となって、ここまではなんとかなっていたものの、まだ本当に皆の力にはなれていないのだと気付かされもして、鳴鳥の表情には影が差す。

 鳴鳥まで皆と同じようになり、慌てたメリエルはここで一つ冗談でも言って場を和ませようとするが、そのような空気でもなく、どうしたものかと頭を悩ませていた所、意外な者によって雰囲気がガラリと変わった。

 突然辺りに鳴り響いた重低音。それは地鳴りのような低い音で、けれども地面は揺れていなくて、何事かと皆が辺りを見回す中、マティアスが申し訳なさそうに腹を押さえて謝った。


「…すまない。今のは俺の腹の音で…」


 一同が呆気にとられる中、我慢を堪え切れずに噴き出したのはマイアで、彼女はクスクスと笑い始める。それにつられるように、皆の口元も緩み、肩の力が抜けたようだ。


「…陽も落ちたし、夕飯の支度を始めよっか」

「さんせーい!あたしもお腹ぺこぺこだよ~」


 マティアスの腹の虫のお蔭で暗い雰囲気は払しょくされ、皆は自分にできる事を、役割を分担し、夕飯の支度に取り掛かった。

 魚介と山菜のスープに携行食であるスティックブレッド、それに加えて甘さ控えめで酸味のある果物。限られた状況下で食すには中々の品揃えで、それらは救援が来ない事に気落ちしていた空気を変えるほどであり、皆は空腹を満たすと共に、自然な笑みを取り戻すことが出来た。


「あれ?なっちん、食べないの?」

「あ、私はヴィオレーヌさんと一緒に食べようと…」


 そう言った鳴鳥の手にはトレーが、そこには二人分の夕食があった。

 何故、ああまで邪険に扱われても世話を焼くのかとメリエルとマイアは解せないようだが、他に好き好んでヴィオレーヌの相手をする者は居らず、結果として鳴鳥がせざるを得ないようであった。

 心配そうな二人に見送られ、鳴鳥は脱出艇の中へと入り、身を横たえて休んでいたヴィオレーヌへと声を掛けた。


「…まだ何かありますの?わたくしは一人にしておいて欲しいと言いましたわよね」

「あの…晩御飯を…」

「それならそこに置いて下されば結構ですわ」

「それじゃあ、ここで」


 顔を背けたままのヴィオレーヌはすぐ横にトレーを置いてもそのままで、鳴鳥の方を見ようともしない。それならばと、鳴鳥は腰を下ろして自分の分のスープの器を手に「頂きます」と言い、手を付けようとした。流石にその行動は受け流すことが出来なかったのだろう。がばっと上半身を起こしたヴィオレーヌはキッと睨み付けながら声を荒げる。


「貴女、わたくしの言葉が理解できませんでしたの?」

「スープ、冷めちゃいますから早く食べましょう?」

「だから…!人の話を―――」

「ご飯は一人で食べるよりも、誰かと一緒に食べる方が美味しくありませんか?」

「フン…!貴女の顔を見ている方が不味く感じますわ」

「あはは…そうですか」


 ヴィオレーヌがどんなに暴言を浴びせようとも笑って流し、居座ろうとする鳴鳥。彼女が美味しそうに食しているスープの香りに、思わずゴクリと喉を鳴らしてしまうが、彼女が居る前では素直に手が出せない。うずうずとする思いを押さえつけたヴィオレーヌはフイッと視線を外して背を向けて吐き捨てるように文句を言った。


「…嫌がらせは楽しいのかしら」

「嫌がらせだなんてとんでもない!私はヴィオレーヌさんの事を想って…」

「それがいい迷惑だという事が、お分かりになりませんの!?」

「…そう、ですか」


 カチャりと音を立てて置かれる器とスプーン。ようやく話を聞き入れたのかと思い、チラリと視線を移すとそこには困ったように笑う鳴鳥が居た。彼女はまだ諦めておらず、そもそも退く気などないようだ。


「一人でご飯を食べていると、寂しくありませんか?」

「またその質問…?…生憎ですが、わたくしは幼少の時より一人で食事をするなど当たり前でしたわ」

「え…。あ、す、すみません…」

「勘違いなさらないように。わたくしの父も母も、歳の離れた兄も多忙だったというだけですのよ」

「そ、そうですか…」

「ですので、貴女の気遣いは余計なお世話ですの。寧ろ貴女こそ、無理をしてわたくしに付き合わなくても良いのですわよ」

「そんな…!私は、私はずっとこうしてヴィオレーヌさんとお話をしたかったんです。だから、こんなチャンス滅多にないからと思って…」

「わたくしと…?」


 これまで何度も邪険に扱い、暴言を浴びせたり、ヴィオレーヌが鳴鳥にしてきた事は数知れず、当人でも自覚がある程に辛く当たっていた。ヴィオレーヌは見て見ぬふりをしていたが、取り巻き達は直接手を出そうともしていた。それなのに鳴鳥は怒りもせず歩み寄ろうとする。この者には怒りという感情が抜け落ちているかとも思われたが、先程の、ここまで連れてこられる前、ヴィオレーヌが怪我を隠そうとした際に彼女は険しい顔をしていた。

 訳が分からない。これまでに接した事のないタイプの者にヴィオレーヌはたじろぐが、何故自分がここまで彼女を拒むのかと思い起こし、頑なな態度を保った。


「わたくしは話したくなどありません」

「待ってください。お願いです…、私は何かヴィオレーヌさんの気に障る事をしたんでしょうか。自分ではいくら考えても分からなくて…。その、私に悪い所があるなら謝りますし、直せる事なら直すよう努力します。だから遠慮せずに何でも言って―――」

「―――して」

「ヴィオレーヌさん…?」

「何でもって仰るなら…っ、返して…!!」


 真摯に向き合う彼女に対して自分が小さく見えたからか。抑えきれない感情が溢れだし、気づけば涙と共に隠していた気持ちを口走ってしまった。無論、その想いは相手に伝わる筈もなく、鳴鳥は茫然と、何を言っているのだといった風に困っている。その表情に自分が犯してしまった失態を目の当たりにさせられ、ここから今すぐに逃げ出したいと思うが、今の状態では立つことすらままならない。今できるのは視線を外す事だけで、情けなさにまた込み上げてくるものがあって、怒鳴りつけて追い払おうにも声は震えてしまう。


「出て…行きなさい…っ」

「…お断りします」

「本当に…貴女という人は…っ。わたくしの無様な姿を見ていて…楽しいんでしょう?」

「違いますよ。私はただ、自分の過ちを知りたいだけです」


 そう言った鳴鳥の瞳は真っ直ぐで、ただの興味本位とかではないことは確かで。動けないのをいいことに鳴鳥はグイグイと迫り、視線を合わせようとして来て、咄嗟に突き飛ばそうとしたヴィオレーヌの手は弱弱しくてアッサリと取られてしまい、繋がれた手からはじんわりと温かい温もりが感じられ、振り払えずにいた。

 重なった手は懐かしい思い出を呼び起こし、瞼を閉じれば大切だった者の姿が浮かんだ。その者は優しげで頼りなくて、けれどもヴィオレーヌは彼の事を誰よりも信頼していて、慕っていて、優しく頭を撫でてくれる手が好きで。思わず懐かしさに浸りそうだったが、今の自分を彼がどう思うのか、そう過った瞬間、強張っていた身体の力が抜け、抑えていた気持ちがまた溢れ出す。


「…知った所で、貴女には何も出来ない。…そもそも、わたくしの逆恨みであるというのに」

「逆恨み…?」

「自分でも分かっていますの。貴女を恨むのは筋違いだと。でも…誰かを恨まずにはいられなかった」

「何が…あったのですか?」


 どれだけ拒んでも、鳴鳥はヴィオレーヌとのわだかまりを解く事を諦めないだろう。いっその事嫌ってくれれば、互いに憎しみ合えれば楽だったのに…。ヴィオレーヌはそう思うが、相手がそのような人物でない事が分かっていて、だからこそ苛立つ。それと同時に彼女にとって鳴鳥は眩し過ぎて、真っ白なその存在は、己の汚さを際立たせて、自分もこうなれたらどんなに素敵なのだろうと、幾度となく思いもした。

 

「…テレンティアとの戦争で、わたくしは大切な、かけがえのないものを失いましたの」

「…!」


 戦争が終結してもその爪痕は残り、今もなお痛みに苦しむ者がいる。忘れていた訳ではないが、こうして目の当たりにして、話を聞くのは初めてで、鳴鳥は息を呑んでヴィオレーヌの口から想いが語られるのを待った。


「わたくしには八つ歳の離れた兄が居ましたの」

「もしかして…」

「ええ。それにしても貴女、こういった事には察しが良いのですわね」


 少し呆れたように、口元を緩ませたヴィオレーヌの姿はこれまでの刺々しさが無く、どこか悲しげでいて、今にも壊れそうな、儚さすら感じられる。このまま聞き出すのはかえって彼女を傷つけかねないのではと不安が過るが、ヴィオレーヌは深く息を吐き、亡くした者の事を語った。





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