第66話 Amber ale
元々任務に対して斜めに構えていて、常にやる気が無さげで、それでも人の命がかかる事の多い職務だからか、やるべきことはキッチリとこなす。それがジルベルトという者であったが、ここのところ彼は相も変わらず惚けていて、覇気と言うか、これまで常に纏っていた不機嫌オーラが消え去っている。
事情を知っているアルヴァルディの船員達は最早誰も突っ込みを入れておらず、腑抜け面を晒すジルベルトこそが普段の彼として認識しつつあった。だが、唯一人、それを良しとしない者がおり、本日こうして皆に招集を掛けて提案をした。
「さて、本日集まって貰ったのは他でもない船長の事よ」
「…あれはどうしようもないっスよ。放っておけばそのうち何とかなるんじゃないっスか?」
「こらっ!コンラード!開始早々場を盛り下げるような発言をしないの!」
ぺしっと後頭部を叩かれたコンラードは前のめりになりつつもテーブルにしがみつき、何とか体勢を保った。どうやら抗議の声は受け入れて貰えないようで、それは何時もの事なので、コンラードは肩を落として平伏し、マリアンに従った。
第66話 Amber ale
今現在、ジルベルトを除いたアルヴァルディの面々は酒場で円卓を囲んでいた。今回は小競り合いを収めるという任務の後にその星の都市部で一夜を過ごすことになったのだが、自由行動の時間になった途端、マリアンによって半ば強制的にこの場に集った。議題は無論、腑抜けになってしまったジルベルトの事なのだが、皆既にお手上げ状態で、結論はとっくに出ている。誰一人として建設的な意見を述べないのは呼びつけたマリアンも同じのようで、議題に移った途端に静まり返り、ジョッキに注がれた琥珀色のエールばかりが減っていく。
「アラン、何かいい案は無いのかしら?」
「あれば既に実行に移していますよ」
「それもそうよね。スティングはこの現状をどう思うの?」
「…こういった事柄は当人に任せるより他無い」
「確かにそうなんだけど、そう言ってどれだけの日が過ぎたのか…。クランドはどうかしら?」
「…僕としては現状に不満がありませんけど」
「…。貴方に聞いた私が馬鹿だったわ」
意見を聞くのに一巡したところでマリアンはハァ…と盛大な溜息を吐き、残ったエールを飲み干し、ダンっと音を立ててテーブルにジョッキを置く。このままだと一晩中マリアンの愚痴を聞かされる羽目になる。そう感じた者達は何かしら理由を付けてこの場を脱しようと画策するが、その前に空気を読まぬ一人の男が手を上げた。
「酷いじゃないっスか!自分の意見を聞いてくれないなんて」
「ハァ…?アンタはさっきどうしようもないから放っておけと言ったでしょうが」
「今、たった今、思いついたんっスよ!ま、灰色の脳細胞を持つ自分が少し考えればいい案がすぐに――――いででっ、痛いっス!」
前置きをペラペラと話すコンラードに腹が立ったのか、マリアンは彼の頬をキュッと捻り上げる。得意げな顔から一変して涙目の情けない顔へ。調子に乗り過ぎた事をすぐに謝り倒したコンラードは、乱れた佇まいを直し、ワザとらしく咳払いをする。そして彼はとっておきだと自負した提案をする。
「落ち込んでいる時は落ち込む暇を与えない。船長は任務の時だけは真面目にやっているんっスから、プライベートな時間も物思いに耽る暇を与えなければ良いんっス!」
「ハァ…。それが出来たら苦労はしないわよ。私達の言葉じゃ届かないんだから、どうしようも無いでしょう?」
「居るじゃないっスか!船長を唯一振り回せる人物が」
コンラードにそう言われ、マリアンとスティングは成程と納得した。三人が思い至った人物は我が道を行く者で、その天真爛漫さは暗い雰囲気をあっという間に吹き飛ばす。少々周りが見えていない所は欠点だが、その者にかかればジルベルトも考える暇がないだろう。寧ろ振り回されてしかめっ面をするジルベルトの姿が思い浮かぶが、情けない面のままでいられるよりはマシであるだろうと思う。中々のアイディアにマリアンは珍しくコンラードを褒めようとしたが、そこで水を差すように待ったが入った。
「あの~、盛り上がっている所で悪いんですが」
「何よ、アラン?」
「その人物とは、アリーチェさんの事ですか?」
「そうっスけど。アランも分かっているじゃないっスか」
「やはり、そうですか。…だとすると、それは難しい、ですね」
「え?」「は?」
ポカンと口を開け、マリアンとコンラードは何故だと聞き返す。少しだけ躊躇ったように、それでも話さなければ先に進めないと悟ったのか、ここだけの話ですと前置きをしてアランは現状を明かす。それはこの円卓に着く皆が驚き訝しむ内容であった。
「今現在、アリーチェさんは船長の所への連絡は疎か、公式の場にも出ていないそうです」
一所に留まらぬ商業巨大船、エーデル・シュタインには五大企業がその実権を握っており、アリーチェが社長を務めるARKSの機体や武器兵装を扱うバルニエール商会もその五大企業のうちの一つである。エーデル・シュタインでは定期的に五大企業のトップが集まり、議会が開かれているのだが、ここの所バルニエール商会の代表として出席しているのは、アリーチェの父であり、一線を退いている会長のバジーリオだそうだ。
引っ切り無しに、暇さえあればジルベルトの元へと連絡を入れていたのも無くなり、表立っての姿も確認されない。普段のアリーチェの姿を知る者からとってみれば不思議なもので、心配にもなる。
「あの小娘がね~。にわかに信じ難いけど、アランの言う通りのようだし…」
手元のタブレット端末で記事を読んでいたマリアンは納得がいったようで肩を竦める。そこにはアリーチェが現在病気療養中と出ており、関連記事には下世話な憶測が飛び交っていた。
コンラードの提案は呆気なく却下され、またもや円卓はどんよりとした空気が支配するが、それも程なくして変わる事となる。その原因は皆が携帯していた小型通信機で、連絡を入れてきたのは議題に上る人物、ジルベルトであった。
気怠そうでも無く、真剣で、どこか焦りを滲ませた表情であったジルベルトだが、皆が揃っていることに驚いていた。
「緊急の任が入った…―――って、お前達、揃って何をやっているんだ」
「あら船長、これは~その、まぁ親睦会?みたいな」
「…まぁいい。それよりも俺は先に出る。お前達も後に続いてくれ」
「了解ですと言いたい所ですが、一体何が起きたのですか?」
「奴らが現れた。それから、ミリアム議長とディノスもだ」
ジルベルトの言葉に皆は一気に酔いが醒め、真剣な面持ちへと変わる。
現在行方が分からなくなっていたミリアムとディノスは推論通り、セルべリア達に追われていたようだ。現在ミリアム達はデクセスとデクセプら両機に追われつつ逃亡中で、ジルベルト達は応援を要請された訳だ。
テーブルに多めのお代を残し一目散に酒場を脱したアルヴァルディの面々。久城は一人、ARKHEDを呼び出し、ジルベルトと合流を図り、マリアン達はアルヴァルディが収容されているドックを足早に目指す。
「それにしても、船長は随分と慌てていたわね」
「無理も無いようですよ」
「…?どういう事かしら?」
アルヴァルディのブリッジにて現状を確かめていたアランはとある情報をマリアンに見せた。それはミリアム達が発見された場所で、その場には運命の悪戯なのか、とある人物が巻き込まれているかもしれないという疑惑が過った。
「付近にはノルデン・トロイメン学園所有の船舶が…ってコレ、まさかナトリが通っている学校じゃ!?」
「そうです。ですが、まだ彼女がその場に居ると確定した訳では…」
嫌な予感というものは的中しやすく、今回も例外ではない。学園のサーバーに忍び込んだアランは搭乗者名簿を突き止め、そしてそこで自分達の予測が間違っていなかったと知り、ジルベルトが焦っていた理由も納得がいく。
「運が良いんだか、悪いんだか」
「いえ、どちらかと言うと運が悪いですね。彼女は今、ARKHEDを所有していません。万が一の事も想定しておいた方が―――」
「コラ!縁起でもない事を言わないの!スティング、全速全開で目的地までかっ飛ばすのよ!」
「心得ている」
多少遅れたがアルヴァルディもジルベルトの後を追うよう、目的地を目指した。
鳴鳥達を乗せた脱出艇が着陸した青い海が美しいこの星は、原生林が広がっており、温暖な気候である。思わず駈け出したくなるような砂浜と海であるが、一行の顔色は優れない。脱出艇はあくまでも緊急避難用であって、それ自体に大した動力は搭載されておらず、自力で宙へと戻る事は出来ない。一応救難信号は発しており、この星のすぐ傍には星団連合の戦艦も集まりつつあるが、それらは別件、ミリアムを狙う敵との応戦で手一杯のようで、すぐに救出に来られはしない。
「食料も水も、七日分はあるようだから、大丈夫だよ」
「大丈夫、なのかなぁ~」
「え?」
脱出艇の中で非常食や救急、サバイバルグッズなどの備品を確認していた鳴鳥とメリエル。一通りの物は揃っており、特に心配はないと思っていた鳴鳥だが、メリエルは異を唱えた。彼女が視線で指す方、そこには大柄な男子学生が居て、申し訳なさそうに頭の後ろを掻いている。
二メートル近くの背丈の彼は名をマティアス・メルテザッカーといい、彼も鳴鳥と同じ脱出艇に搭乗していた一人である。彼の赤髪には対の角が生えていて、更に大柄な体躯でと近寄りがたい条件は揃えてはいるが、常に目を細めていて表情は穏やかで、性格もそのまま、話してみると人当たりが良い。だが戦う場となると、彼は豹変する。その姿は悪鬼の如く、一度頭に血が上れば教官ですら手を焼き、そのパワーは当人も制御しきれていない。実際彼は珍しい種族、鬼人種で、その血ゆえに常人を超えた力を持つが、訓練中は自然と距離を取られてしまっている。そんな彼は大柄なだけあって人一倍食欲があり、食堂では一人で五人前の定食をペロリと食べてしまう姿が目撃されている。その事を知っているメリエルは食料の量を危惧した訳だが、当人も自覚があるようで怒りはせず素直に認めていた。
「よし!食料調達をしよう」
「正気の発言ですか?」
マイアと共に周辺の安全確認から脱出艇に戻ってきた男子学生二人。そのうちの一人、褐色肌にサラサラの濃紺の髪、黒縁眼鏡を掛け、スラっとした男子学生は鳴鳥の発言に反論をする。彼の名はリベルト・ラベルトニアといい、彼もまた、鳴鳥達と共にこの星へと降り立った。
「食料は充分に用意されているのでしょう?だとしたら無駄な労力は省くべきです」
「普通の人、六人分、七日分だけどね!あたしも食べる方だし、携行食ばかりってのもヤダな~」
「メリエル・メイシー、貴女は少しばかり栄養摂取に制限を掛けた方が良いのでは?この間教室で二キロ増えたと言っていたじゃないですか」
「な゛っ!?こらぁー!!乙女の会話を盗み聞きするなんて最低だコイツ!!」
「落ち着け。メリエルは俺に気を遣って言ってくれただけで―――」
「マティアス・メルテザッカー、貴方も腹に付いた要らぬぜい肉を落とした方が機敏性を上げられると思いますが」
「う゛…っ」
リベルトの口撃により大ダメージを受けたメリエルはぐぬぬと肩を震わし、マティアスはがっくりと肩を落としている。この通り、彼は口が達者で頭が回る。その為座学では常に一位の座をキープしているのだが、実技の方は女子の平均並で男子の中では最下位クラスであった。
効率を何よりも一番に考えているようだが、実のところは体力に自信が無く、こういった環境下で動きたくないと言うのが本音なのだろう。それらを微塵も感じさせないように皆を誘導するが、不機嫌そうな声がリベルトの声を遮る。
「グチグチとうるせぇな。こんな所でシケた面を揃えるよりはマシだろうが」
「アーノルド・アスフォルム、各々がここで自分勝手に動き回っていては統率がとれない。貴方の発言は規律を乱すものであり、同意しかねます」
学生達を乗せて帰還中の船内で、鳴鳥達とヴィオレーヌとの口論に割って入った者、アーノルド・アスフォルムも鳴鳥と同じ脱出艇に乗っていた。
彼は病的なほどに白い肌で、今はパーカーのフードを被っていて見えにくいが、ツンツンと逆立てた銀髪は美しく、赤い瞳も釘付けになる程に綺麗だが、制服を着崩したり、態度が悪いなど、外見と中身の差が激しい。それでも彼の言う事は一理あり、リベルトと違って言葉遣いは汚いが、意外と周りを見ている。
早くも仲間割れが起きそうな場面でどうしようかとオロオロする鳴鳥。そんな彼女の前に進み出たのはマイアで、彼女は円満解決を図る提案をした。
「このままじゃ話が進まないわ。ここは一旦、リーダーを決め、それから一つずつ、問題に向き合いましょう」
帰還の途に着いていた時の二の舞になるかと思いきや、マイアは建設的な意見を述べた。だがそれは公平であって無いようなものであった。
「私はリーダーにナトリを推すわ」
「あ!アタシも、なっちんに一票」
「え!?えぇ…!?」
突然リーダーに推挙されて戸惑う鳴鳥。何故そうなるのかという問いは流され、マティアスも鳴鳥を推し、アーノルドもリベルト以外なら誰でもいいと言う。三票が集まった時点でほぼ確定で、ここから状況を覆せそうにもない。それでも最後の悪あがきか、鳴鳥は何故自分が選ばれたのかとマイア達に問いかける。
「ど、どうして私が?!わ、私なんか成績は中の中、時々ポカもやらかすし、リーダーなんて大事な役割に相応しくないよ?」
「そんな事ないわ。貴女は常に周りに気を配っていて、一生懸命で、そして何より私達よりも経験が豊富でしょう?」
「そ、それは…まぁ、そうかもしれないけど」
マイアの言う通り、かつて鳴鳥は任務の中で野営を経験したことが何度かある。けれどもその時はジルベルトが居て、アルヴァルディの皆も居たりで、彼らに任せきりだった為、鳴鳥が出来た事など僅かである。正直な所、自信は無い。けれどもマイアの説明にリベルトも納得がいったようで、反論を挟む気が失せたようだ。結局、期待されれば断る訳にもいかず、謹んで鳴鳥はリーダーになる事を拝命した。
「えっと、頼りないと思うし、きっと足を引っ張るかもしれないけど、出来る限り頑張るので、よろしくお願いします」
パチパチと拍手をするなど大仰にマイアとメリエルが鳴鳥のリーダー就任を祝い、恥ずかしそうに照れていたが、状況はそんなに甘くない。さっそくリベルトは眼鏡をクイっと持ち上げて問いかける。まずは食料を調達するか否か。鳴鳥は元々食料を調達する派の方で、採決を取れば簡単に決まるだろう。だが、彼女は多数決で決めず、リベルトを説得する方を選んだ。
「状況を見るからに、助けは一日や二日で来るとは限らない。えっと、私の住んでいた国には『備えあれば憂いなし』っていう言葉があって、少しでも不安要素は無くしておいた方が良いと思うの」
「つまりは食料調達をするという事ですね」
「う、うん。それに、いざという時、マティアスさんの力が必要になると思うの。その時に万全でなかったら困るかとも思うんだ」
「…確かに。手持ちの武器で対処できなくなると言う可能性も無くは無いですね。その時には彼の力が必要か…」
説得の甲斐あってか、リベルトは徐々に考えを改めつつある。もうあと一押し。そこで鳴鳥は役割分担の話へと進めてしまう。
「勿論、皆で一斉に食料調達をするのではなく、役割分担をしましょう。まずは…救援の通信がいつ来るかもわからないから、ここには誰か一人は残っていないといけない。リベルトさん、頼めますか?」
「…了解しました」
どうやら丸く収まったようだ。ホッと一息ついたのも束の間で、他の者も割り振りを決める。その後アッサリと決まった振り分け、マイアとマティアスは海へと食料調達に、メリエルと鳴鳥はジャングルへと食料調達兼、水源確保に向かう事が決まった。
「えっと、アーノルドさんは…」
「俺もお前達に付いて行ってやる。女だけっていうのも不安だが、何よりタダ飯食らいってのは性に合わんからな」
そう言いながらチラリとリベルトの方を見るアーノルド。一度は落ち着いた場に波風を立てる行為で空気は悪くなりつつあるが、鳴鳥はそれを良しとしない。そして彼女は空気を悪くしたアーノルドを責めるのではなく、リベルトの方へと向き直った。
「ここでの待機中にも仕事は無いとは言ってないです。リベルトさん、備品はシュリンクに包まれていて直ぐに使える状態ではありません。それらを全て一人ずつに分けて、救命用具も直ぐに使えるよう整えておいてください。それから―――」
皆の想像以上に、残された者への仕事は多い。油断していたリベルトは慌ててメモを取り始め、アーノルドは舌打ちをしつつ背を向けた。
「それでは、後をよろしくお願いします」
「皆さんも、十二分に気を付けて下さい」
最低限の装備品を身に着け、各々が持ち場へと向かう。
不安が全く無かった訳ではない。寧ろこの窮地を乗り越えられるのか、鳴鳥は不安に押し潰されそうであった。それでも彼女が俯かず、前を向いて歩けるのは皆の期待があるからという理由以外に、ここで逃げ出す訳にはいかないからだ。
「(大丈夫、きっと何とかなる。これまでにも大変な事がいっぱいあったけど、大丈夫だった。それはアルヴァルディの皆や、ジルベルトさんのお蔭だけど、今回だって…!)」
頼れる者は居らず、頼られる側となり、改めてそのプレッシャーを身に感じるが、これまでの事を振り返り、自分が出来る最大限の力を発揮するよう、これも再びあの場へと戻る為の過程なのだと胸に刻んだ。
手付かずの自然が残された蒼い星。その美しい星の周辺では今まさに、熾烈な戦闘が繰り広げられている。最初はミリアム議長が搭乗したARKHEDが敵であるデクセス、デクセプら両機に追われていたのが始まりで、今では星団連合軍も加わり、場は混戦に陥っていた。というのも、本来ならば追われているミリアム議長を守るのが連合軍の役目であるが、その役目は果たすどころか、逆に守るべき対象を窮地に陥れる結果となっていた。それは全て、ミリアムと共に行動していたディノスのARKHED契約時の枷によるもので、その影響は警戒を超えた影響を及ぼしているようだ。出撃した兵士は皆、増悪の感情を肥大させ、仲間を敵と認識し、同士討ちとなる。無論、そうなる事を望んでいないミリアムとディノスは一刻も早くこの場を脱して混乱を広げぬようにと図るが、デクセス達は易々と逃さないよう立ち回る。
不運はさらに重なった。その場には学生達を乗せた船が航行中で、流れ弾が動力部を掠め、船は航行不能に陥り、学生達は脱出艇にて方々へと散った。学生達の訓練に同行していたソフィーリヤとクヴァルが直ぐに脱出艇が多く漂う場所へと駆けつけられたのは結果として良かったのだが、敵は増援を寄越してきて、場は更に混迷を極める。
緊急の応援要請を受け、その場へとただひたすら向かって行くARKHEDが二機。先を行くのはジルベルトの機体で、彼は目的地の目前で共に向かう久城へと声を掛けた。
「もうすぐ目的地に近づく。それと同時にディノスの枷の効果範囲にも入る。ARKHEDならばある程度は軽減できると思うが、俺が接触した時から十数年経っていて、効果も強まっている。十分注意してくれ」
「…了解、と言いたい所ですが、具体的にはどうすれば」
「己の意志を強く保つ。残念だが、それしか方法が無い」
「それならば僕は大丈夫です。万が一自我を失ったとしても、貴方以外には手を出さない自信がありますから」
「…冗談を言う余裕があるようで何よりだ」
冗談を交わすうち、前方に弾ける光が、レーザーが飛び交うのが見えてきた。それと同時にジルベルトの警告通り、久城は肌身にビリビリと、嫌な気配を察知した。
「(これがディノスの…)」
そう悟った瞬間、視界は歪み始め、少し先を行くジルベルトの機体に対し、敵と相対するような、やらなければやられるという脅迫概念が過った。自然と手には武器が、照準を合わせかけた所で声が掛かり、ハッとする。
「来るぞ…っ!」
「は…はい!」
危うく引き金を引くところであったが、真の敵が現れた事により意識は引き戻された。ジルベルト達の前に立ちはだかったのは自分達の機体の二倍近くの大きさのARKHED、ヴァレリー機で、連合のARKSを蹴散らしていた機体はこちらへと向き直る。
「今日は何という日だ!次から次へとわが前に飛び込む羽虫の多き事よ…!」
気味の悪い笑い声を上げながら襲い掛かってくるヴァレリー機。図体が大きければ攻撃も大振りに、パワーはあるが隙だらけになるのが普通であるが、ヴァレリーの機体はその常識が当てはまらない。これまでには見た事のない大剣を構えており、その破壊力は漂う小惑星を塵と化し、その動きはARKHEDに搭乗していなければ追うことが出来ない。
すぐさま散開したジルベルトと久城は特に合図も無しに挟撃を目論み、ジルベルトが一旦光剣でヴァレリーの攻撃を受け、その隙に久城が背後へと回り込む。無論、敵がそう易々と背後を取らせる訳も無く、ヴァレリー機は分離し、それぞれの機体へと向かってくる。と、同時に構えていた大剣も二本の剣に、機体も通常のARKHEDと同等の大きさになり、力も抑えられたかと思いきや、鍔迫り合いでジルベルトは押されつつあった。
「これまでとは…違う?!これもディノスの影響か…っ」
ディノスの枷の影響、それは他の者を敵と認識してしまう上に、タガも外してしまうようだ。ジルベルトならば余裕で圧倒できるかと思いきや、今のヴァレリー機を簡単には退けられそうにも無い。ジルベルトが苦戦する一方で、久城もまたヴァレリーの分離体を相手に手こずっていた。
視界の端には破損した星間航行船の一部が、そこから排出された脱出艇が何機か、そして蒼く美しい星が映る。報告通りならばその場に鳴鳥が居るかもしれない。そう思わせるのもジルベルト達の操作を鈍らせる一因であった。
「心配は要らないわ。こっちは私達に任せて」
「ソフィ…!」
ジルベルト達の元に入った通信。それは先にこの戦場にて立ち回っていたソフィーリヤからのもので、彼女は学生達を乗せた脱出艇を守るように立ち回り、彼女へと向けられる攻撃をクヴァルが防いでいた。
憂いは絶てたがジルベルトの焦りは収まらない。それと同時に堪え切れない憎悪の感情が徐々に、その身を蝕んでいく。それでも何とか自我を保てているのは守りたいものが居るから。離れていても思い浮かぶその姿のお蔭で、自分自身を見失わずに立ち向かうことが出来た。
宙での戦いが更に激しくなる最中、鳴鳥はというと、メリエルとアーノルドと共に鬱蒼とした森の中を進んでいた。
まだ、人の手が付けられていないありのままの自然は道らしい道が無く、生い茂った草はひざ丈まであり、身に着けているのが特殊なスーツでなければ、すり傷だらけになっていただろう。そして藪の中には何が潜んでいるか分からず、迂闊にそのまま進むわけにはいかない。手元に鎌などがあれば草を刈りつつ道を作ればいい。けれどもそのような物は脱出艇に備えられておらず、代わりに鳴鳥は携帯していた小型のナイフを取り出し、先頭を歩くアーノルドへと渡した。それは刃の部分に装飾の施されたもので、柄頭には緑色の精神結晶が填め込まれている。そのナイフは力を籠めて振れば、真空波を発し、草木をスパッと切り倒してしまう優れもので、スティングから貰った贈り物であった。
「中々良いモンを持っているんだな」
「お、お役に立てたようで何よりです…」
感心したアーノルドは易々と精神結晶を制御し、道を切り開いて行く。実の所、最初は鳴鳥が使って見せようとしたのだが、制御を誤って大きな樹を一刀両断してしまったが為に彼へと渡す羽目になり、今に至る。鳴鳥としては複雑な心境ではあるが、どうやらその判断は間違っていないようだ。
アーノルドの後に続くメリエルと鳴鳥は時折足を止め、食せる植物を採取しつつ、水源を目指して進む。
「あ、コレも美味しいんだよ~。生でもイケるし、湯掻いたり、揚げ物も良いかも。それからあっちの茶色い実は―――」
「詳しいんだね、メリエル」
「あー…、うん、まぁね。ほら、あたしの住んでいた所って結構な田舎じゃん?それに、兄弟姉妹が多くてさ」
恥ずかしそうにメリエルは言うが、恥じる事など何一つない。お蔭で助かったと鳴鳥が言うと、大したことじゃないと謙遜しつつも、口端は緩んでいて、彼女はますます張り切って食材探しに精を出した。
そんなこんなで歩き続けて一時間ほど、鳴鳥には聞こえなかったが、メリエルが水の流れる音を察知し、一行はその方向へと歩みを進める。
「この先に、ほら…!」
びっしりと生い茂っていた木々の隙間に光が、それと同時に滝でもあるのだろうか、豪快な水飛沫の音が聞こえ始め、皆の歩みは自然と早くなる。
開けた視界の先。そこには勢いよく流れる川があり、行き着く先は切り立つ断崖に、滝になっていた。一見して濁りは無いようで、それでも未開の惑星の水であって、どんな成分が含まれているか見た目だけでは分からない。早速、水質調査を始めようとした瞬間、ピタリとメリエルが動きを止め、あたりをキョロキョロと窺い始めた。
「どうかしたの?」
「しっ!静かに…っ」
鳴鳥が慌てつつ手で口を塞いでいる最中、メリエルは目を閉じて意識を集中させる。聞こえるのは激しく叩きつけられる水の音。けれどもその中に、自然から発せられるのとは違う音を聞きつけ、音のする場所を探り、突き止めた。
「あっち!人の声が聞こえたよ」
「あ、メリエル!待って」
「…おい、勝手な真似は―――」
メリエルは崖の方へと駆け出し、鳴鳥とアーノルドも後に続く。
白く、霧で霞みがかった滝壺の傍には大きく平たい岩が中央に在り、そこには確かに人が居た。そしてその人物に狙いを定めるよう、川岸にはわらわらと、大人くらいの大きさの蜥蜴が集まっている。
「あ、あれは…!」
「なーんだ。気のせいだったみたいだね」
「えぇ!?メリエル、何を言って―――」
「ハッ!あんな奴、放っておけばいいだろう」
「アーノルドさんまで!」
二人の冗談を真に受けた鳴鳥は単身で危機的状況に在る者、ヴィオレーヌを助けに行こうと、滝壺へと至る道を探そうとする。真っ直ぐで、困っている人が居れば見過ごせなくて、例えそれが敵意を剥き出しの者に対してでも手を差し伸べる鳴鳥。アーノルドはともかく、鳴鳥と共にいる時間が長いメリエルですら、分かってはいたものの、呆れの溜息は出てしまった。




