第70話 Good-bye to a blue star
ディノス達によって引き起こされた戦が終結し、戦場であった場所へと舞い戻ったジルベルトと久城。そこは無残な光景で、幾度となく経験しているのだが目を覆いたくなる。
元は戦艦だったのだろう。今では修復不可能なほどに破壊され、打ち捨てられたかのように宙を漂っている。ARKSの脚部やアーム部分も至る所に散らばっており、このままでは航行に支障をきたすが、生存者を回収するのが先で、遺体回収や破損したパーツの回収は後回しになっている。
「酷い有様ですね…」
「ああ、そうだな」
凄惨な状況に目が行きがちだが、未だ助けを待っている者達が居て、一刻を争う状況である。この場は星団連合軍に任せ、ジルベルト達は巻き込まれた学生達が乗った脱出艇が不時着したと思われる蒼い星へと降下を開始する。
後進惑星である未開の星には知的生命体は居らず、その点で言えば不幸中の幸いなのだが、ありのままの自然の中で過ごすのは学生達にとって酷であるだろう。この星のデータに目を通していたジルベルトは嫌な予感を覚えつつ、救難信号の発信記録に記されているだろうと思われる…と言うよりも、そうであって欲しいと願う者の名を探した。
「ありました…!ここから南東に約1200キロ先、孤島で不時着の確認が取れています」
「了解だ。それにしても孤島か…」
「何か問題が?」
「孤島ってモンは独自の生態系であって、未確認の危険種にも遭遇するかもしれん。まさかとは思うがあまり楽観視はできないな」
「そうですね。連絡が取れた事で油断していなければいいのですが…。それに、僕としては同乗していた者達が気掛かりですね。男子学生も一緒のようですし」
「…仮にも軍学校の生徒だぞ。変な気など起こさないだろう」
「そう、ですが…前々から案じていたんです。鳴鳥は頼み込めば首を横に振れない性格ですから」
「まさか…な」
「とにかく急ぎましょう」
新たな不安要素が出来たせいか、ジルベルトのARKHEDはスピードを増し、久城の機体との距離が離れて行く。意志の力で動く機体ゆえの事だが、その焦りっぷりを目の当たりにした久城は苦笑しつつも彼に遅れまいと意識を集中させた。
暫く一直線に進んだ先。原生林で覆われた孤島の海岸に、学生達が搭乗していた脱出艇があるのを確認したジルベルトは砂浜に降下する。
「これは…どういう事だ…?」
脱出艇からの信号は確かに発せられていて。けれどもそこはもぬけの殻で、人影は無かった。無人の脱出艇の傍にはテントが張られており、寝泊りをした形跡も、食事をとったであろう火を起こした形跡もある。残された物から状況を把握しようとしていたジルベルトに対し、久城は周辺を見て回り、一つの結論に辿り着いた。
「規則的な足跡が森に向かっていました。その先は道を作ったかのように不自然に藪が刈られていて、どうやらその先に向かったようです」
「トラブルに巻き込まれた訳ではない、か」
ここでこうしていてもどうしようもない。取り敢えず鳴鳥達が居た事は分かったが、この先で何かが無いとは言い切れない。切り拓かれた道を辿るよりも上空からの方が探しやすいだろうという事で、ジルベルトと久城は再びARKHEDに乗り込んで飛び立つ。
第70話 Good-bye to a blue star
星団連合の救難部隊と通信が繋がり、明日には到着するとの知らせを受けた鳴鳥達。彼女らは空いている時間に汗を流す為、昨日見つけた川へと赴いていた。清涼な空気に冷たい水。それは潮風でベタ付いた身体を綺麗にするだけでなく、鬱屈とした気持ちを吹き飛ばす。
アーノルド達、男性陣に見張りをさせ、無防備な姿で水浴びを楽しむ鳴鳥達であったが、急に陰りを見せた空を不審に思い見上げた先、そこには陽を背にした黒いARKHEDの姿が在った。
「無事か…!?ナトリ…!」
「ジルベルトさん…?!」
ゆっくりと降下してくる機体は確かにジルベルトのもので、聞き間違う事のない声は彼の声で。思わず嬉しさに笑みがこぼれる鳴鳥だったが、メリエルとヴィオレーヌは怒り心頭のようで、メリエルは手近に在った石を手に取り空に向かって投げだした。
「このヘンタイが~~~っ!!!」
「ば、万死に値しますわよっ!」
素早くタオルで隠しつつ空に向かって怒鳴り散らす二人。その様子を見てようやく鳴鳥は今の自分の格好に気づき、ボンと火を噴く勢いで頬を染めてしゃがみ込み背を向ける。これだけでもひと騒動起きているというのに、何事かと振り返ってしまった男性陣のせいでさらに場は混乱へ。アーノルドはメリエルからの投石を受け、リベルトは隠さず堂々としていたマイアの姿を見て卒倒し、マティアスは目を覆って駆け出したために足を滑らせて川へとダイブする。
「あー…。鳴鳥、僕達は視覚情報を遮断しているから、その間に着替えてくれるかな」
「く、久城センパイまで!」
後から現れたエメラルドグリーンの機体。久城の言葉で冷静になれた鳴鳥は何とかメリエル達の怒りを抑え、手早く着替えを済ませた。
救難の予定より早く駆けつけてくれたジルベルト達。本来なら皆、手放しで喜ぶところなのだが、メリエルとヴィオレーヌは未だ怒りが収まらないらしい。
「おうおう兄ちゃん。乙女の裸を盗み見るたぁ良い度胸してんじゃねーかコラぁ!」
「そうですわ!この辱め、どう償って頂こうかしら?」
「故意ではない。それに、ガキの裸には興味など無い」
「彼の目には鳴鳥以外入らないでしょうから、安心してください」
「…おいクランド、俺に喧嘩を売っているのか?」
恨みがましくねめつけて吠えるメリエル達を久城に任せ、ジルベルトは鳴鳥の傍へと近づく。まさかこのような状況で彼と再会できるとは思ってもみなくて、どういった顔をしてよいか分からず、鳴鳥は目線を落としてしまう。
「無事で何よりだ」
「ジル…ベルトさん…」
「…!お、おい。どこか怪我をして痛むのか?」
「え…?」
ホッと安堵した顔から一転して、ジルベルトは心配そうな、焦りが感じられる声になる。無論、鳴鳥は何処にも怪我などしていない。何故心配されているのだろうと思った瞬間、頬に伝い落ちるものに気が付いた。それは涙で、何故流れ出るのかが分からなくて。必死に押し止めようとするがいくら拭っても流れてきて。自分でもどうしてよいか戸惑い、ますますジルベルトを困らせてしまう。彼はらしくもなくオロオロとしていたが、マイアにせっつかれ、彼女に背中を押されて前に進み出る。
「こういった時は胸を貸すのが良いんじゃないかしら」
「な、何を…」
「ジルベルトさん…っ」
「お、おい…!皆が見て―――」
ここで頼っては駄目だと、縋ってはいけないと分かっていても身体は自然に動き、鳴鳥はジルベルトの胸に飛び込んだ。拒まれる心配をする余裕は無かったが、彼はしっかりと受け止めてくれて、それでも皆の手前では恥じらいがあるのだろう。手を宙に彷徨わせながら、どうしたものかと周りに目線で示す。ニヤニヤと笑われ冷やかされるのを覚悟していたが、皆の反応は意外で、驚いたように目を瞬かせていた。それは無理もない。これまで鳴鳥は一度も泣き言を言わず常に前向きで、彼女が弱さをここまで曝け出すのは初めてであった。
やれやれと肩を落としたジルベルトは泣きじゃくる鳴鳥の頭をそっと撫でる。
「…よく頑張ったな」
「はい゛…っ。私…っ」
「ったく、みっともない面だな」
「うぅ…。すみません…っ」
目一杯泣いて落ち着いた所で、急に恥ずかしさが込み上げてきて。鳴鳥は離れがたくもあるが、そっとジルベルトから離れる。彼と顔を合わせるのも、皆と視線を合わせるのも怖くて下を向いていると、ジルベルトが前のめりに倒れ込んで来て鳴鳥は慌てつつも彼を支えた。彼に不意打ちを食らわせたのはメリエルで、彼女は未だに憤慨している。先程の事は事故であって故意ではないと鳴鳥の方からも説明するが、メリエルは納得しない。
「メリエル。ジルベルトさん達は助けに来てくれて、さっきのは事故みたいなもので…」
「それは良いの!思い出したんだよ、コイツがなっちんを悲しませたって事!」
「そう言えば、そうだったわね。ここでキッチリ落とし前をつけて貰いましょうか」
「め、メリエル…!?マイアまで…っ。こんな時にその話を…!」
メリエルとマイアがジルベルトに詰め寄り因縁を付け、鳴鳥が間に入ってどうにか抑えようとする中、ヴィオレーヌは状況が分かっていないようであって、これはどういう事かと隣に居た久城へと問うが、彼は困ったように笑っていた。
「貴方がたはナトリのお知合いですの?」
「ええ、そうです。かつて同じ部隊で任務に就いていました」
「…そうですの。という事は、あの殿方が黒い死神と呼ばれているジルベルト・ジャンディーニですのね」
「はい。僕はクランド・クジョウと申します。以後お見知りおきを―――」
「クランド・クジョウ…ですって!?」
久城に対し名前を聞き返したヴィオレーヌ。先程の件については怒りが収まっていた筈の彼女が、久城の名を聞いた途端に表情が険しくなる。何かまずい事を言ってしまったのかと顔色を窺う久城に対し、ヴィオレーヌは彼の胸ぐらを掴んで揺らし始めた。
「あ…貴方がお兄様を…っ!!」
「え…?わ!ど、どうしたんだい…?!」
「レ、レーヌ!ちょっと待って…!」
「いくらナトリの頼みだろうと、この男だけは許せませんわっ!」
あちらでもこちらでもトラブルが。せっかく再会を果たし、遭難生活も終わりを告げたというのに事態はこのありさまで。メリエルとマイアはジルベルトを口汚く罵り続け、ヴィオレーヌは久城に対し恨み言を泣き叫び、アーノルド達男性陣はすっかり呆れ返っていて、とばっちりが来ないようにと距離を置いている。どうしたものかと慌てる鳴鳥だが、ここは自分が何とかしなければと思い立ち、すうっと思いきり息を吸い込んで叫んだ。
「みんなっ!そこまでで!!」
「なっちん…。でもこの機会に…」
「私は大丈夫だから。それにここでこうしていると他に助けを求めている人達が…」
「そ、そうだね。うん、分かった。まぁ今回はこの辺にしておいてあげるわ」
「ナトリの優しさに感謝しなさい」
メリエルとマイアは何とか矛を収めたようだが、ヴィオレーヌは簡単に説得できそうにもない。彼女にとって久城は仇で、鳴鳥と違って直接手を下しているだけに擁護も難しい。あの時の彼は本来の姿ではなかったのだという理由もあるが、だからといって彼の罪がそう簡単に許される筈もない。ただ宥める事しか出来ず、鳴鳥は歯がゆい思いを抱いていると、ヴィオレーヌは平手を振りかぶり、久城に殴りかかろうとした。簡単に避けられそうであったその手を前に、久城は微動だにせず受け入れる気であるようで、皆が目を見開く中、ヴィオレーヌの手は振り下ろされそうになるが、それは一人の男によって止められた。
ヴィオレーヌを止めたのは傍観を決め込んでいたアーノルドで、彼は彼女の手を取り言い聞かせた。
「その辺にしておけ」
「は、離して下さいまし!この男はわたくしのお兄様を…っ」
「コイツを殴った所でどうしようもねぇだろうが」
「けど…!わたくしは…っ」
「取り敢えず落ち着け。こんなのお前らしくねぇぞ」
「…っ。貴方に何が―――」
「…悪いがご覧の有様だ。コイツの視界に入んないようにしてくれねぇか」
「あ、ああ、分かった。…そのごめんね」
「お待ちなさい…っ!まだ話は終わって―――」
この場は久城が退いた方が良いだろう。アーノルドに言われるがまま、久城は自分の機体に戻り、後の事をジルベルトに任せて他の遭難者の元へと向かって行った。
仇である久城の姿が見えなくなった所でヴィオレーヌは崩れる様にその場へ倒れ込み、泣きながら支えてくれていたアーノルドを責めた。
ジルベルトがARKHEDで浜辺に在った脱出艇を牽引し、鳴鳥達が居る場所へと戻ってくる頃、鳴鳥だけでなくメリエル達も気遣い、ようやくヴィオレーヌは落ち着いた。皆は脱出艇に乗り込みシートに身を預け、安全ベルトを装着するのだが、脱出艇は六人乗りである。
「良かったじゃん、なっちん」
「そうね。これを機に言いたい事を存分に言うと良いわ」
「え…?ええ…!?」
「おい、ぼさっとするな。お前はこっちだ」
「わ、私がジルベルトさんの機体にですか…!?」
「それ以外方法が無いだろう」
皆当然といった表情で、恥ずかしいながらも嬉しくて。それでも未だ表情の優れないヴィオレーヌの前ででは手放しで喜べず、できれば彼女の傍に居たいと思う。だが、そんな気持ちを悟ってか、ヴィオレーヌは何時ものように高飛車に振る舞い、自分の事は気にせずとも良いと言い張った。
「あの、いつかゆっくりとお話ができるよう、私から頼んでみるから」
「…ありがとう、ナトリ」
皆が脱出艇に乗り込み、シートに着いた所で鳴鳥もジルベルトの機体の補助席に座る。準備が整った所で、ARKHEDから放たれていたアンカーフックで脱出艇を牽引して宙へと向けて飛び立つ。何時もなら一瞬で成層圏を脱せるが、脱出艇の負荷を考慮して速度は抑えられている。眼下には自分達が過ごした蒼い星が見え、その美しさに鳴鳥は感嘆の溜息を洩らした。
先程皆の前で緊張の糸が途切れて大泣きをして、不安でたまらなかった姿を晒してしまったが、思い返せばこの二日間は色々とあって、全てが悪いことばかりではなかった。寧ろヴィオレーヌと和解できたことは大きく、今となっては良かったとさえ思える。
「…お前の友人は随分と個性的だったな」
「は…!え、えっと…その、すみません…」
感傷に浸っていた所、不機嫌そうな声が掛かり、鳴鳥は先程の有様を思い出してジルベルトに謝り倒した。別に気にしてはいないという彼だが、全く意に介していない訳でもないのだろう。不機嫌なオーラを感じ取り、どうにか弁明しようとしたがその前に彼は溜息を吐いて自ら空気を変えた。
「まぁ、お前が無事ならそれで良いがな」
「…ジルベルトさん」
ホッと胸を撫で下ろしたが、彼に心配を掛けてしまった事に申し訳なく感じて、またもや平謝りになってしまう。けれども今回ばっかりは鳴鳥に落ち度は無く、寧ろ駆けつけるのが遅くなったことを謝られてしまった。
「すまなかったな。助けに来るのが遅くなって」
「い、いいえ…!こうして来てくれただけで、私はとても嬉しかったです」
「そ、そうか…」
何か変な事を言ったのだろうか。急にジルベルトは押し黙る。元々彼は口数が多い方ではないが、久しぶりに会えたというのに話題が無いようだ。鳴鳥の方は話したい事が沢山あるが言い出せずにいて、彼との違いを目の当たりにし、言葉を飲み込んでしまう。
今までこんなことは無かったのだが、どうしてだろうかと鳴鳥が考えを巡らせている内に、機体は捜索救難に来ていた星団連合の艦、ニーヴァレインに着艦した。
「あ、ありがとうございました…」
せっかくの二人きりの時間はあっという間に終わり、そのほとんどが会話も無くて、見るからに落ち込んでいる鳴鳥であったが、機体から降りる前に礼を述べ、無理をして笑みを浮かべる。本当は離れたくないが今の鳴鳥は学生で、ジルベルトとは帰る場所が違い、彼は直ぐにこの艦から飛び立ち任務に戻ってしまう。辛くもあるがこれは自分が選んだことだと言い聞かせていたが、ジルベルトはここに残るようにと言った。
「お前はここに残れ」
「え…。どうしてですか?」
「お前と話がしたいという人が居てだな…。まぁ兎に角、招集がかかったという訳だ」
「そう…ですか…」
まだジルベルトと一緒に居られる。そう知らされて思わず口元が緩むが、今度はメリエル達と別れる事となり、挨拶も交わしていないと気が付く。皆まで言わずとも分かるのか、鳴鳥の表情が浮上して直ぐ沈んだので察したようで、ジルベルトはやれやれと肩を落としつつ手を差し伸べる。
「急ぎではないからな。挨拶くらいなら時間はあるぞ」
「ありがとうございます…!」
鳴鳥が機体から降りたと同時に、メリエル達も脱出艇から降りてきた。彼女らは迎えた連合の兵士たちに状況確認や今後の事を指示されていたが、ジルベルトが進み出て少しばかり時間を貰えるよう話を付けた。
「なっちん、どうだった?二人っきりの時間は」
「短すぎたかしら?」
「メリエル…、マイア…」
「どうかしましたの?顔色が優れませんわよ」
「レーヌ…。あのね、私―――」
どう説明してよいか戸惑っていると、ジルベルトが代わりに、機密事項に触れないように説明をする。そこで鳴鳥も初めて知らされることになるが、暫くの間、彼女は休学扱いとなり、連合本部に身を置く事となるらしい。
突然の事で皆は驚き、場は湿っぽい空気になるが、メリエルは明るく振る舞い良かったねと笑う。それは空元気であるのが見て取れ、ますます雰囲気が暗いものへと変わりそうになる。今生の別れではない筈なのだが、二度と会えないかのように悲しむ鳴鳥とメリエル達。身を寄せ抱き合っている姿を前にしては、そこまで悲しむ必要などないと言うのは躊躇われた。
「連絡、くれるよね?あたしの方からガンガン送るから!」
「うん、待ってるよ、メリエル。返事も必ずするから」
「話を聞く事でしか力になれないけど、いつでも頼ってきて」
「ありがとう、マイア。これからもお世話になるだろうけど、よろしくね」
「ナトリ…。こんなに別れが早いだなんて、残念ですわ」
「レーヌ…。またきっと戻ってくるから、その時はみんなでお茶をしよう」
「そう、ですわね。その時を楽しみにしていますわ」
メリエル達に見送られ、再びジルベルトの機体に乗り込んだ鳴鳥は一足先にアストリアへと帰還する。
飛び立ってしばらく経った頃、鳴鳥は未だ冴えない表情であった。ジルベルトがAIに自動操縦を命じて操縦席ごと振り返ると、鳴鳥は心配を掛けまいと笑顔を取り繕うが、全て彼にはお見通しのようである。
「俺の前で無理をする必要は無いんだぞ」
「ジルベルトさん…。私は大丈夫です。またきっと会えますし、連絡だって取れますし…」
「…そうだな。それにしても離れている間、少しは強くなったか。…いや、さっきのアレを見るからに相変わらずのようだな」
「う…っ!あ、あれはその…っ」
先程の、皆の前でなりふり構わず泣いてしまった事を言われているのだろう。確かに冷静になればなるほど先程の失態は恥ずかしく、思い出すだけで頬が熱を帯びる。暫しの間、誤魔化すように言い訳を述べていたが、その姿はますます彼を楽しませるようで、クツクツと笑っている。この場でその事を蒸し返され、小馬鹿にされ、やはりジルベルトは自分に対して意地悪なのだと再確認した鳴鳥は、彼の相変わらずな姿に苦笑いを浮かべた。
「ジルベルトさんの方こそ、お変わりないようですね」
「なんだ?棘のある言い方だな」
「だってそうじゃないですか。さっきの事、ここで蒸し返すなんて」
「俺は別に。事実を言ったまでだ。何か悪いか?」
「…その言葉も、相変わらず」
ふてぶてしい様に何時もの台詞。それは何一つ変わっていなくて。懐かしさを覚えると共に、キチンと真正面から顔を合わせた事で彼と離れる前の事を思い起こした。それはジルベルト達アルヴァルディの面々が鳴鳥をノルデン・トロイメン学園の前まで見送った時の事。暫く離ればなれになるからと、鳴鳥は最後に勇気を振り絞って自分から歩み寄りジルベルトの頬にキスをした。
「どうした?まだ気機嫌を損ねているのか。顔が赤いようだが…」
「ち、違います!これはその―――」
これまで以上に恥ずかしさを感じた鳴鳥の頬は真っ赤で、ジルベルトが怪訝な表情になるくらいである。何故こうなってしまったかは言い辛く咄嗟に目線を逸らすが、それはますます怪しさに拍車を掛けてしまい、ジルベルトは腕を組んで首を傾げている。
「まぁいい。取り敢えずこれから先の事だが―――」
「あ…、はい」
これだけ自分が恥ずかしさを覚え、心臓はドクドクと煩く鳴っているというのに、ジルベルトは全くいつも通りで。そのいつも通りが嬉しく感じたが、今ではチクリと胸に突き刺さる痛みとなった。あの時の事は彼にとって取り留めのない事。そう言われたように感じた鳴鳥の頬からは熱が冷め、心臓も早鐘を打つのが治まる。
「今度は何だ?暗い顔をして。まさか、具合が悪いのか?」
「いえ…。体調は何一つ問題ない、です」
「そうか…。無理はするなよ」
「はい…。ありがとうございます」
やはり彼女らしくは無いようだが、当人の言葉を信じてジルベルトは話を本題へと戻す。
ジルベルトはこれまでにあった事。ミリアムとディノスが巻き起こした戦に、そこへ現れたセリアの正体を鳴鳥へと明かした。鳴鳥は一度に信じ難い内容を告げられ戸惑いを見せていたが、ミリアムの身が無事であった事にホッと胸を撫で下ろし、セリアの事については驚いていたが、ジルベルト達とは少しばかり違う反応であった。それは不安や怒りでなく、困惑でもなく、希望に満ちた表情を鳴鳥は浮かべる。
「その、セリアさんの仰る事が確かなら、ARKHEDの契約者の枷についても分かるんじゃないでしょうか…?」
「…!…そうか。確かにそうだ」
何故思い至らなかったのだろうか。気が動転していて、鳴鳥の身を案じていたからとはいえ、ジルベルトは全くその考えに至らなかった。半ば諦めているというのもあり、あの時はいっぱいいっぱいだったのだと分かるが、こうして鳴鳥に教えられ、自分の詰めの甘さを痛感する。
枷からの解放。それはもう叶わないと思っていたが、久城やフラヴィオの件もあり、こうして手掛かりを握る者とも接触を果たした。思わず口端は緩みかけるが、過去の自分は希望を抱いてはならないと警鐘を鳴らす。
「…いや、過度に期待をしてはならない。あの女が全てを知っているとは限らないからな」
「そう…ですか…」
目をキラキラと輝かせていた鳴鳥は冷静なジルベルトの言葉でしょんぼりと肩を落とす。希望を見出してから一転、ガッカリさせてしまい申し訳なく思うジルベルトであったが、鳴鳥がここまで気に掛ける必要は無いのだと諭す。
「お前がそこまで落ち込むことは無いんだぞ」
「でも…。枷が無くなればジルベルトさんだって―――」
「お前、まさか―――」
「あ、えっと…、その…」
「誰かから聞いたのか?」
手掛かりが見つかったかもしれないという事から気が緩み、つい口を滑らせて鳴鳥はジルベルトの枷について知ってしまったと溢してしまった。その言葉を聞いた途端ジルベルトの表情は硬くなり、声色も低くなり真剣味を帯びる。
勝手にプライベートな事を…、枷についてはそれ以上の事で、彼の触れられたくない場所を探るなど気分の良いものではない所の話ではない。直ぐに鳴鳥は謝り、何故自分が知る事となったのかを説明した。
「そうか…。ソフィの奴、当て付けか…?」
「ソフィーリヤさんは悪くありません…!知りたがったのは私ですし、それにソフィーリヤさんは最後までハッキリと枷について説明をしていません。だから悪いのは私で…」
「いや、過去を明かした時点で言わずとも分かるだろう。…だがそうだな。俺にはソフィを責める権利などない。それから彼女には俺を罰する権利がある」
「ジルベルトさん…」
辛そうに自嘲の笑みを浮かべるジルベルト。彼は自業自得だと自己完結していて、憐れみなどされたくない筈だが、鳴鳥の悲しげな表情には不快感は抱かず、寧ろ彼女をこのような表情にさせている自分が腹立たしくもあった。
「お前が謝る必要もない。全ては俺が弱かったから、俺のせいで…」
「ジルベルトさんは悪くありません…!望んでこうなった訳ではないのだから―――」
「違う。俺は弱くて力を望んだ。その結果がこの様だ。…お前だって俺が怖くなったんじゃないのか?」
「そんな事ないです…!私は今でもジルベルトさんの事が―――」
「なら何故目を合わせない」
「そ、それは…!…あの時の事、学園に入る前の事を思い出して…それで…」
「…!」
誤解をされてしまい正直に話すが、やはり恥ずかしさには敵わなくて。またもや頬を赤く染めた鳴鳥は俯いてしまう。こうして目線を合わせない事こそが不安にさせている原因だというのに未だ慣れないでいて、慌てて目線を上げるが、そこには顔を片手で覆ったジルベルトの姿が。彼の頬にも赤みが差していて、言葉を詰まらせている。どうやらあの時の事をまったく気にしていなかった訳ではなくて、ただ単に忘れていただけのようであった。
「その…あの時はいきなりですみませんでした。で、でも、私の気持ちは今でも変わりありませんから…!」
「そ、そうか…。まぁあの程度、挨拶みたいなもんだ。別に俺は何とも思ってはいない」
「え…。あ…、そ、そうですよね。うん、そっか。ジルベルトさんにとってはあの程度の事、何でもないんですよね…」
またもや落ち込ませてしまった。何故こうも上手くいかないのかと自分の不手際を呪うジルベルト。彼はどうしたものかと悩み、後頭部を掻きつつ言葉を探す。けれども今は何を言おうと本当の気持ちを悟られてしまいそうで、気の利いた言葉は紡げない。
ジルベルトが困り果てている一方で鳴鳥も彼を困らせていると申し訳なく感じ、ますます萎縮してしまう。
互いに押し黙り、微妙な空気に。こんな状況を二人は望んでいなかった。本当はひと目でもいいから逢いたくて、声が聴きたくて。逢えない日々は辛くて。待ち望んだ時が訪れたというのに互いに本心とは違う行動や言動になってしまう。
このままやきもきとするままなのか。不安がよぎった鳴鳥だが、深い溜息を吐いたジルベルトが眉をハの字に、降参したとばかりに留めていた想いを明かす。
「…アレは挨拶みたいなもんだが、俺以外には絶対するなよ」
「…え…?あ、はい。ジルベルトさん以外にはしたいと思いません」
「…っ。お前はまたそういう事を明け透けも無く…」
止めの一言に堅牢な要塞は破られて、白旗を上げる。
大切だからこそ、もう同じ過ちは繰り返したくないから遠ざけた。けれども離ればなれになって、自分が自分でいられなくなるのが痛いほどよく分かって、こうして目の前にしていると我慢の限界に達して。他の男の手には渡したくなくて。
最初から答えは出ていた。ただ、覚悟が足りないだけであった。そして最後の砦が陥落した後では覚悟を決めざるを得ない。
ワザとらしく咳払いをし、呼吸を整えてジルベルトは伝える。
「俺も、お前と同じ気持ちだ」




