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Xenoverse  作者: 葉月はつか
phase three : phototaxis
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第63話 Power obtained in permanent darkness

 星団連合軍付属校、ノルデン・トロイメン学園。中庭にある大きな樹の下で、今日も今日とて言い伝えを現実にしようとする者が勇気を振り絞り、想いを告げる。

 告白を受けるのは瑠璃色のロングヘアに優しげな瞳、年の割には大人びた容姿で、可愛いというよりも美人と言う方がしっくりくる女学生、ソフィーリヤ・ソルニエール。彼女の美貌は目を見張るものがあるが、何よりも目が行ってしまうのは彼女の胸元、そこははち切れんばかりに窮屈そうであった。一方告白する方は大柄な、熊の様な体系の男子学生で、その恰幅の良さにふさわしい大きな声で想いを告げるが、真っ赤になり鼻息が荒いなど挙動は不審であった。


「その…ごめんなさい」

「な…っ!じ、自分に至らぬところがあると!?」

「そう言う訳じゃないの。ただ、今はまだ、そう言った事を考えられないの」

「せ、せめてお友達から!連絡先だけでも―――」


 丁寧に断っても男子学生は身を引く気が無い。それどころかじりじりと距離を詰めてくる。見上げるほどに、影が差すくらい大きな体で攻め寄られ、僅かながらに恐怖を抱き、ソフィーリヤは後退る。けれども彼女に逃げ場は、大きな幹に背が当たり、退路を失った。


「お、落ち着いて。その、私達は軍人になる為にこの学校に来て、大事なのは勉学や訓練に励むことで―――」

「自分は!一生を掛けて!貴女をお守りいたします!だから―――…あぢちっ!!?」

「…え!?」


 迫りくる巨体は急に飛び跳ね、大きな手はわしわしと頭を掻きむしっていた。何が起きたのかは分からないが、取り敢えず助かったらしい。一息ついたソフィーリヤは大柄の男子学生が頭から払いのけて地面に落ちたものを見て驚きつつも大樹を見上げた。


「悪いな、手が滑った」


 大樹から飛び降り、スタっと綺麗に着地した男は悪びれもせずに謝罪の言葉を述べた。身長は割と高く、体つきは無駄が無く引き締まっていて、服の上からでも鍛え抜かれていることがよく分かる。体格だけを見れば文句のつけようが無いが、顔は仏頂面で、眉間には深いしわが刻まれ、髪はボサボサ、制服は着崩していて、見るからにガラの悪い学生?である。そう、彼の容姿は学生にしては少々歳を重ねているようで、かと言って教官ではない事は身に着けている制服が物語っている。


「お、お前は…!?」

「あ゛ァ!?」

「い、いえ、何でもないっス!」


 ギロリとひと睨みすると、大柄な男子学生はこれまでの威勢が嘘だったかのように、極力身体を小さくして脱兎の如くソフィーリヤ達の前から立ち去った。

 結果として彼にソフィーリヤは助けられたのだが、彼女は礼を述べない。彼も礼を期待している訳ではなさそうで、しんどそうに後ろ頭を掻きつつこの場を去ろうとするが、ソフィーリヤは彼の前に立ちはだかってこの場に留めさせた。


「ジルベルトさん、ここは禁煙です!」

「…チッ!悪かったな」

「そもそも樹の上で喫煙なんて何を考えているんですか!?」

「…五月蠅いな。ボヤ騒ぎなんて起こす訳ないだろう」

「そうとは限りません。現に貴方は手を滑らせて―――」

「…はいはい。悪かった悪かった。俺が全部悪いんですね、分かります」


 説教が始まると悟ったのか、苦笑いを浮かべたジルベルトは落ちていた吸殻を拾い上げ、携帯灰皿に入れつつソフィーリヤに背を向ける。今回こそは逃がしてたまるかと息巻いたソフィーリヤは話がまだ終わっていないと叫びながら彼の後を追った。ジルベルトが何か問題を起こし、それをソフィーリヤが咎める。最早日常と化してきた光景であるが、遠巻きに様子を窺っていた学生達は恐れを知らないソフィーリヤに対して驚いていた。




第63話 Power obtained in permanent darkness




 二人の学園での姿。それはちょっとしたエピソードだけで容易に思い浮かぶ。不器用ながらもソフィーリヤを助けたジルベルト。彼ならばやりかねないという納得のいく一方で、やり方が少々大人気なくも感じる。ソフィーリヤは、今よりは少しばかりお節介が過ぎるようであるが、相手を思い遣る所は変わりない。


「何だか、今のジルベルトさんより子どもっぽいですね」

「そうよね。私もジルも、今ではだいぶ落ち着いたと自分でも思うわ」

「あれ?でも、12年前なら、ジルベルトさんはその時…」

「24歳なのよね。私も最初は驚いたのだけど、彼の過去を知れば納得がいったわ」

「過去…それはもしかして、故郷を…」

「聞いていたのね。そう、彼はその一件で身柄を拘束されていた事もあるけど、学園に来るまでに4年ほど掛かっているの」


 ジルベルトがARKHED(アルケード)の力で母星を滅ぼしたのは16年前、彼が二十歳の時。星団連合軍によって拘束された彼の処遇を決めるのにも時間を要し、検査も長期に渡った。そして何よりも彼の身の振り方を決めるのに時間が掛かったのは、彼がまともな精神状態ではなかったという理由からである。その当時の事はソフィーリヤも当人から掻い摘んでしか聞いていないらしいが、投薬やセラピーを受け続け、数年を掛けて表に出られるようになったらしい。

 その体質ゆえに死刑を免れたジルベルト。軍は彼のARKHED(アルケード)の力を必要とした為、彼を軍人にすべく、彼もまた、そうせざるを得ない状況にあったが為に軍学校へと24歳という齢で入学する運びとなった。


「ジルは薬が効きにくい体質だし、それに、星を一つ滅ぼすほどの事があったんですもの、寧ろ四年で持ち直せたのはすごい事だと思うわ」

「そう言えば、ジルベルトさんは学生生活にあまり良い思い出が無いと言っていましたが…。確かに、歳が離れすぎていると居心地が悪い、ですね」

「…まぁ、彼の場合は自ら居心地を悪くしていた面もあるけど。軍学校自体は様々な事情に対応する為、年齢制限は無いから、ジルだけが特別と言う訳ではないのよ」

「自分で…?」


 首を傾げる鳴鳥にソフィーリヤは困ったように眉を下げて笑う。彼女から言われたのはジルベルトの性格ならそうなるのは致し方ないとの事で、鳴鳥は納得がいき、つられて呆れつつ笑ってしまった。


「それでも、入学当初のジルは手の付けられない程だったの」

「え…。それは…荒れていたって事ですか?」

「その方が分かり易かったんだけれどね。彼には、当り散らす気力も残されていなかった」


 教官からは何も知らされなかったが、学生たちの間では既にジルベルトの噂が広まっていた。鳴鳥も事情あって入学当初には遠巻きにされがちだったが、ジルベルトの場合はその比ではない。彼は罪を犯したという事もあって、本来なら疎んじられるところであったが、多くの者は関わるのを避けた。それは彼の姿があまりにも見るに堪えない物だったからだ。

 全く覇気のない姿。それどころか、正気であるのかも疑わしい程に、彼は自我を失いかけていた。光の宿らぬ瞳ではあるが、上層部がこの学園に送り出しただけはあって、受け答えは出来ている。だが、彼の言葉は最低限で、他の学生のように親交を深めるために話に花を咲かせるなどは一切なかった。

 皆から避けられ、それでも全く意に介していないようで。無気力なようであるが、訓練では持ち前の身体能力を生かして取り組み、座学は寝てばかりで。彼の学園生活は何処にでも一人二人は居るようなもので、教官から彼の事を頼むと言われて身構えていたソフィーリヤは拍子抜けだった。

 当時、入学試験をトップの成績でパスし、家柄も良く、グェンダル・ソルニエール中将の娘でもあり、品行方正であったソフィーリヤは同期の学生からは羨望の眼差しを、教官たちからは期待をされ、ジルベルトとは全く違う意味で目立っていた。そんな彼女は頼りにされることが多く、学生達だけでなく、教官からも当てにされ、そのうちの一つがジルベルトの事であった。

 その当時から偏見などは無く、誰に対しても平等に接する彼女だったが、流石に大罪人相手では身構えない訳がない。だが、彼女の不安を他所に、当人は全く想像していた人物像とかけ離れ、次第に警戒心を緩めると同時に、容赦がなくなっていった。と言っても、出会ったばかりのジルベルトは話しかけても空返事で、まるでソフィーリヤの存在を認識していないような態度で、そんな彼に声を掛け続けるのは遣り甲斐が無く、虚しくも感じ出していた。


「でもね、20日ほど経った頃にかな、ある事が切っ掛けで私達の関係が変わっていったの」


 それはよくあると言えばある光景。学生生活では付き物の恒例行事とも言える。ある日の放課後、彼は上級生のグループに人目のつかぬ校舎裏へと呼び出された。

 貴族も通う学園では、プライドの高い者が多い。その者達にとって実技だけとはいえ、やる気も無いのに高い成績を収め、尚且つ学園のマドンナ的存在のソフィーリヤが彼を構うなど、ジルベルトの存在は目障りだったのだろう。お決まりのパターンで考えれば、一人に対して大多数、圧倒的不利で、更に付け加えるとこの学園には体術などに長けている者が多い。しかしジルベルトは実技訓練で教官すら倒してしまう程の実力を持っている。人づてに彼の危機を知らされたソフィーリヤが駆け付けた時には死屍累々、返り討ちにあった者達が倒れているかと思いきや、地に伏していたのはジルベルトの方であった。


「だ、大丈夫!?」

「平気だ。…放っておけばじきに治る」

「でも…こんなに…っ」


 負傷した箇所は腹部など見えない場所だけではない。顔は痣だらけで所々膨れ上がり、歪な形に、骨まで折られたのだろうか、右腕はだらりと力なくぶら下がっていた。あまりにもひどい有様であるにも拘らず、ジルベルトは平気であるとシラを切る。彼ならば相手を傷つけることなくうまく切り抜ける事も出来ただろうが、そうしなかった。構うなと言われたが、ソフィーリヤは引き下がらず、手を貸す。


「どうして…こんなになるまで」

「殴らせるだけで気が済むなら安いもんだ。…幸い、俺の身体は丈夫に出来ている。だからこの程度の事―――」

「でも、痛みは感じるのでしょう?」

「奴らの中には貴族の子息が居る。下手に手を打てば面倒事になりかねん。その煩わしさを考えると、この程度の痛みなど造作もない」

「…そんなの酷い、酷過ぎる」


 気が付けば、ソフィーリヤの瞳からはボロボロと涙が零れ落ちていた。何故泣かせてしまったのだろうかと自覚が無いジルベルトは困ったように左手で後ろ頭を掻き、溜息を一つ吐く。ソフィーリヤが気に病む事は何一つないのだと、自分なりに考えて言葉にするが、彼の告げたことはさらに彼女の心を抉る。


「それに、俺がしたことを考えれば、まだ生温いくらいだ」

「…!それは…、でも、だからこそ貴方は罪を償う為にここに居るのに、理不尽な暴力の捌け口になる事なんて―――」

「別に、ここに来たのはそれ以外身の振り方が無かっただけで、上は俺のARKHED(アルケード)の力と、不死の力が必要なだけだ。だとすればこうなるのも当然の結果で―――」

「…っ!」


 無意識下で身体は動き、乾いた音が辺りに響く。頬を叩かれたジルベルトも驚いていたが、叩いたソフィーリヤ自身も自分の行動に驚き戸惑っていた。突然の事で茫然としていた二人だが、ジルベルトはジンジンと痛む頬を手で押さえ、フッと笑う。


「気が済んだか?」

「そんな…っ、そんなつもりで私は―――」

「教官に何を頼まれたか知らないが、俺のことは放っておいてくれ」

「あ…っ、待って…」


 ジルベルトに言われた通り、最初は義務感から近づいた。けれどもこうして、彼の言葉を聞き、その刹那的な姿を見て、ますますもって彼の事が気掛かりとなり、遠ざけられようとも近づいて行く。そんな日々が続くうちに絆されてしまったのか、徐々にジルベルトの口数は多くなり、時折口角を上げるなど、着実に彼は閉ざされていた心を開いていった。


「クヴァルや同期の子達にも呆れられる程、私は彼の事を追っていた。今となれば自分でも恥ずかしいくらいに、必死だったかな」

「その気持ち…分かる気がします。私はジルベルトさんに助けられることが多かったんですけど、時折、どうしてか気になってしまうんです」

「そうなのよね。私達よりも年上なのに、子どもっぽい所があって、強いようで弱い部分もあって、だからこそ、あの時の私は彼に惹かれていった」


 懐かしむような遠い目をしたソフィーリヤ。彼女から初めて告げられたジルベルトへの恋心。それは今更知った事ではなくて、覚悟はしていて、同じ気持ちに共感を覚えもするが、胸の奥がチクリと痛む。未だに想っているのではという不安からか、自然と表情は曇ってしまいそうになるが、そうなる前に鳴鳥は取り繕うよう笑顔を浮かべる。その気持ちを悟ってか、ソフィーリヤは安心させるように、柔らかく微笑んだ。


「安心して。今は何とも思っていないから。彼と私は…友人、になるのかしら。少なくとも、私はそうだと思っているのよ」

「そう…なのですか」

「ええ。でも、昔の私は、彼の事を想っていて、その想いが悲劇を生み出してしまった」


 悲劇…、と言うが、ソフィーリヤの表情には陰りが無く、彼女の中ではすでに終わった事なのだろう。聞いてよいものか戸惑う鳴鳥に対し、ソフィーリヤは聞いて欲しいのだと願い、口を開く。


「同じ人を想ったからこそ、聞いて欲しいの」


 完全に振り切る為にと、ソフィーリヤはジルベルトとの過去を語り続ける。

 ソフィーリヤと接する事で次第に纏っていた重苦しい空気が和らぐジルベルト。それでも彼は基本的にぶっきらぼうで、他の者を寄せ付けようとしなかった。その姿に苛立ちを覚えた者達がまたもや手を出そうとするが、それはことごとくソフィーリヤに阻止され、やがて誰もが諦め、程なくして平穏な日々が訪れた…かのように思われた。

 ジルベルトの事を疎んじていた者達が静観を保っていたのは、企てがあるからであった。それはとある実地訓練での事。その日は増えすぎてしまった危険種を狩るという任務で、学生達は班に分けられ、教官の指導の下、散開して広範囲に渡り討伐を行う。事件はその時に起きた。

 相手にする危険種は菌糸型、名はマタンゴといい、赤色に緑色の斑点の傘をもつ茸型魔獣で、撒き散らす胞子は幻覚を見せるという厄介なものである。一呼吸だけで菌は脳内に達して危険に陥るのだが、学生達は防護マスクを身に着けてARKS(アークス)に搭乗し、レーザービームで焼き尽くす。完全防備で挑み、マタンゴ自身の攻撃力は低く、さほど苦労はしそうにない任務であったが、マタンゴの増殖力は侮れなかった。

 苦労しつつもどうにか焼き尽くし、自分達の班が任された区画の殲滅を終えたソフィーリヤが拠点に戻った時、ジルベルトの班はまだ戻っていなかった。何時もならば真っ先に任務を終わらせて戻っている彼が居ない。もしかすると遅れている他の班に加勢に向かったのかとも思ったが、そうではないようだ。嫌な予感は的中し、ジルベルトの班は他の班が戻ってきても最後までその姿を現さなかった。

 結局、集合時間にも間に合わず、通信も繋がらず、今現在どのような状況なのか分からない所で日も暮れてしまう。疲弊していた学生達を残し、教官たち数名で組まれた捜索隊が機体の反応を捉えたポイントへと向かうが、そこに待ち受けていたのは大破した機体の数々であった。反応は途絶えていなかった事から、メインコントロールは死んでいない事が把握できていたが、破損個所が多く、絶望的な状態である。誰もがその状況に悪い考えを過らせたが、コックピット部分は軽い損傷で済んでおり、学生も教官も無事であった。ただ一機を除いて。

 ジルベルトのARKS(アークス)だけ、その場に無かった。立ち往生していた教官、学生達から話を聞き取ると、彼らの班は別の危険種、一つ目の巨人、サイクロプスの襲撃に遭ったそうだ。教官の機体に学生は6名、それに対しサイクロプスは三体。機体とサイクロプスの大きさは同等で、決して不利な戦いではないと思われたが、このエリアに居るサイクロプスは通常のものとは別格であった。それはマタンゴの菌糸に侵されたゆえの結果で、サイクロプスは数倍もの力を得ていたのである。更に不運は重なり、教官の機体が真っ先に不意を突かれて襲われ、連携は崩されてしまった。次々と戦闘不能に陥る中、ジルベルトは皆を残し、敵を引き付けてこの先の渓谷に向かったのだが、それ以来彼は姿を現していないらしい。

 一先ず破損した機体から教官と学生達を回収し、引き続きジルベルトの捜索が行われるかと思いきや、捜索隊は踵を返し、拠点まで戻った。以上が捜索に向かった教官たちの説明で、この先は本部に応援を要請する。つまりはジルベルトを置き去りにし、学生達は引き上げるようにという命が下された。

 無論、ソフィーリヤは納得しなかった。教官たちに詰め寄り、異を唱えたが、彼らは誰もが心配は要らないと言う。それはジルベルトが不死だという事、さらに言えばARKHED(アルケード)契約者である彼ならば、万が一の時にはその力で脱せるだろうと。

 ARKHED(アルケード)という大き過ぎる力は学生達だけでなく、上官の目さえも曇らせるようで、楽観的に笑いあう教官たちの姿は嫉妬や忌避さえも感じさせるものであった。


「自分にも力があれば―――。軽々しく願ってはいけない事を願いながら私は命令を無視して彼の元へと向かったの」


 話が通じないと悟ったソフィーリヤは混乱に乗じてジルベルトの居る渓谷へ、単身向かおうとする。文句を言いつつもクヴァルは彼女に手を貸し、二人は命令違反を犯して捜索に向かった。

 ジルベルトと同じく、クヴァルもその時既にARKHED(アルケード)契約者となっており、彼の場合は志願して軍学校へと進んだ。ソフィーリヤを補助席に乗せたクヴァルはステルスで姿を消し、機体から発せられる信号を遮断してベースキャンプを抜け出す。追手や呼び止める為の通信は無く、上手くいったようだが、向かった先は不気味な程に静かであった。

 切り立つ断崖と断崖の間に在る渓谷。深い谷底には川があるようだが、陽が暮れた今では真っ暗であり、底が見えない。歩行だけでなく、飛行も出来るARKS(アークス)は谷底に降りたとしても怖れることは無い。仮にジルベルトがこの谷底へと落ちたとしても案ずることは無いが、全てを飲み込むような闇は恐怖感を与えて捜査を躊躇わす。

 一呼吸置いたソフィーリヤは現状を確かめる様にクヴァルへと尋ねた。


ARKHED(アルケード)の発進記録は無かったのよね。だとすると、未だにARKS(アークス)で立ち回っているというのかしら…。でも、エネルギーはもう底をついていてもおかしくは無いわ」

「その件だが、奴はハメられたようだな」

「どういう事…!?」


 クヴァルは懐から小型通信機を取り出した。それは彼のものでは無く、見覚えのあるもので、何故この場にそれがあるのかとソフィーリヤは驚いた。


「クヴァル…!貴方まさか―――」

「勘違いをしないでくれ。奴の事は気に食わないが、私は姑息な真似などしない。奴となら正々堂々と―――」

「そうよね。そうだったわ。だとしても一体誰が…」

「思い当たらないことは無いだろう」

「それは…」


 今回の訓練の中にもジルベルトの事を疎んじていた者達が居た。幸い班分けは別となり、ソフィーリヤは安心しきっていたが、それこそが彼らの狙い通りだったようだ。企てていた者達を問い詰めたクヴァルは、その企みを聞き出したらしい。

 当初はジルベルトの通信機を奪い、ARKHED(アルケード)を呼び出せない状態にして置き去りにする。それを金や権力を笠に、ジルベルトの班の者達を操って行おうとしていたが、計画は思わぬ方向へと行ってしまう。それがあのサイクロプスの襲撃だった。主犯格と取り巻き達はここまでするつもりではなかったと自らの罪を認めてはいなかったが、どちらにせよ、ジルベルトが陥れられたのは明白だ。クヴァルが力ずくで吐かせた証言で教官たちは更なる厄介ごとを抱えた訳だが、そのお蔭でこうしてここまで辿り着けたというのもある。

 いつかこうなる事は心の隅で覚悟していたが、現実としてなるとやるせない気持ちが、ソフィーリヤは悔しさに奥歯をグッと噛み締める。彼がここまでの仕打ちを受けなくてはならない理由などない。そう思うのは自分だけであるというのも、胸が痛んだ。


「まぁ奴の事だ。死にはしないが、覚悟しておいてくれ」

「覚悟…」


 これまでにもジルベルトが負傷する事は多々あった。不死の力を持っているが為に、彼は自ら前に出る事が多く、周りもそれを止めなかった。その時に負った傷とは比べ物にならないかも知れない。そうクヴァルに念を押され、ソフィーリヤは息を呑む。けれどもこのままここで立ち止まっている訳にはいかない。こうしている間にもジルベルトは痛みに耐えているかもしれないと思うと、ソフィーリヤは覚悟が出来た。


「大丈夫。それよりそろそろ教官達に気付かれている頃だと思うから、先を急ぎましょう」

「分かった。だが、無理はするな。耐えられなくなったら目を瞑っておけ。後は私が何とかする」

「…ありがとう、クヴァル」


 ソフィーリヤの気持ちの整理がついたのを見計らい、クヴァルは谷底へと降下して行く。

 深く暗い谷。ライトで照らされた壁面には戦った跡だろうか、不自然に崩れた箇所が幾つかあり、その跡を辿りつつ最深部を目指す。程なくして降り立つ谷底。そこには川が、緩やかに流れていた。川のほとり、この辺りにもマタンゴは生息していたようだが、それらはすべて息絶えており、ここでも戦闘があった事は間違いなかった。


「この跡は…」

「サイクロプスの…血…かしら」


 大きな水溜りのように広がる鮮血。それは人のものとは明らかに違う量で、まだ変色しきっていない所を見ると新しいものだと分かる。今度はその血の跡を辿ると、間を置かずして千切られた腕や脚部を次々と見つけた。そしてその先に、横たわるサイクロプスの亡骸と、大破したARKS(アークス)と、それらの前に佇むジルベルトの姿が在った。


「ジルベルトさん…!」


 倒れてはおらず、自らの足で立っているという事は無事なようだ。クヴァルとソフィーリヤはARKHED(アルケード)から降り、彼の元へと近づこうとしたが、駆け寄ろうとしたソフィーリヤの手をクヴァルは掴み、引き留めさせた。強い力で握られ、ソフィーリヤは顔を歪めて戸惑うが、クヴァルの表情は強張っていて、抗議の言葉は飲み込まれた。鋭い視線を向けるクヴァル、そして数メートル先に居るジルベルト。振り返った彼のマスクは壊れていて、その瞳は虚ろで、迎えに来た者達の姿を捉えているようで、淀んだ眼には映されていなかった。


「ソフィーリヤ・ソルニエール!今すぐ私のARKHED(アルケード)まで戻れ!」

「え…っ」


 突然叫ばれ、状況が把握できぬうちに、クヴァルはソフィーリヤの前に立ちはだかり、構えた光剣で衝撃を受けとめる。茫然と立ち尽くすソフィーリヤはクヴァルの肩越しにジルベルトと視線が合い、身体を震わせた。それはこれまでに見た事のない姿。悪い物に憑りつかれたように、憎悪を滲ませた表情のジルベルトは素手でクヴァルへと襲い掛かる。

 想像とは全く違うジルベルトの姿にソフィーリヤは怯み切り、動けずにいたが、再度クヴァルに叫ばれ、正気を取り戻した彼女は足を縺れさせつつもARKHED(アルケード)へと急ぐ。


「早く…っ、助けを呼ばないと…―――っ!」


 機体に戻り、メインモニターに触れたが反応はしない。その時になってソフィーリヤはARKHED(アルケード)が操縦者以外に扱えない事を思い出し、パニックに陥る。今の所クヴァルはジルベルトを引き付け、ソフィーリヤの元へと行かせないよう立ち回っているが、タガが外れたジルベルトの攻撃は凄まじく、容赦がない。獣のような素早い動きにクヴァルは押され、ジリジリと後退していく。緊迫した状況に、ソフィーリヤは更に追い詰められ、願ってしまった。そして彼女は、手に入れてはならない力へと手を伸ばしてしまった。


「私に力があれば―――」


 そう願った瞬間、視界が真っ暗に。気が付けば永久に続く、果てのない暗闇の世界にポツンと取り残されていた。一体何が起きたのかと辺りを見渡すが、そこにはジルベルトやクヴァルの姿は無く、ARKHED(アルケード)も消えていた。暗闇の中に在るのは自分と、そして暖かい色の揺らめく光。不気味な空間である筈だが、その光には何故か恐れを抱く事が無く、安堵すら感じた。


「力を望むのか」

「え…?何…?誰、なの…」


 突如響いた男の声。かつて聞いたことのあるような声だが、何故だかその姿は思い浮かばない。そして声はすれど、問いかけた者の姿は見えない。となると、今声を発しているのはこの光なのかと訝しむが、男の声は再度問いかける。


「お前は力を望むのか」

「力…。そう、私にも、彼を守る力があれば―――」


 問われて思い起こしたのはジルベルトの姿。幻覚を見て、クヴァルに襲い掛かった彼。身体は傷ついていないだろうが、彼の心は傷ついていて、いつ壊れてもおかしくは無い。彼がARKHED(アルケード)を得た理由、そして母星を滅ぼすに至った理由。それは未だに知ることが出来ていないが、その事は彼の傷となり、癒えてはいないと分かる。そして周りは彼を更に追い詰め、傷口は塞がる事無く広がり続ける。

 最初は頼まれて致し方なく接した。けれども今では、自ら望んで彼の傍に在りたいと願い、彼を守りたいとも願った。その切なる願いは、ソフィーリヤに力を与えた。その代償で、新たな悲劇が幕を開けるとも知らずに、契約を結んでしまった。

 願いは果たされ、次に目を見開いた瞬間、ソフィーリヤは知っているが見慣れぬ場所、操縦席に座っていた。


「ここは…ARKHED(アルケード)の操縦席…。クヴァルの機体…―――違う。ここは―――」


 黄土色に黒いラインの入ったクヴァルの機体は対峙する二人の向こう側に在る。だとすればここは何処なのか。考えを巡らすまでも無く、ソフィーリヤは自分の置かれた状況を察し、恐る恐るハンドグリップを握る。すると機体は彼女の意志に応え、動き出した。


「私にも…力が…」


 突然得た力に対して茫然とするのも束の間、一際強いジルベルトの一撃でクヴァルは仰け反りながら身体を吹き飛ばされた。何とか体勢を立て直すものの、獣じみた勢いは止まらない。気づけばソフィーリヤの身体は自然と動き、ARKHED(アルケード)は彼女の意志のままに動き、ジルベルトの勢いを止めるよう、クヴァルの前に立ちはだかり、その拳を受けとめた。


「ソフィーリヤ…。君は…」

「クヴァル!今の内にARKHED(アルケード)へ…!」

「あ、ああ、分かった」


 ソフィーリヤが構えた盾はクヴァルを守りきり、彼を逃がすことに成功した。彼が機体まで戻ったのを見計らうと、再びジルベルトへと向き直る。彼は敵う筈のないARKHED(アルケード)に対しても拳を振るい、結果として自らの骨を砕き、血を流す。痛みなど全く感じない上に再生能力のせいか、無謀な行いは続けられ、見ているこちらが痛みを感じるほどであった。


「…大丈夫。例え誰もが貴方の事を疎んじても、私は傍に居るから」


 ソフィーリヤの操るARKHED(アルケード)のアームがジルベルトを捕える。大きな手に拘束されてもなお身を捩り、殺意を撒き散らしながら飛びかかろうとするジルベルト。コックピットを開いたソフィーリヤはアーム部分を伝い歩き、彼の元へと近づく。そして暴れるジルベルトの頭部を抱きしめた。






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