第62話 Star of three primary colors
午前中は平坦なトラックを周回するのではなく、階段や傾斜もある広大な校内を一周するランニングから始まり、あらゆる部分を鍛えるように組まれた筋トレメニューをこなし、小休憩を挟んで白兵戦での武器の扱い、光剣の訓練を行う。
学生達はプロテクターを身に着け、威力が押さえられた模擬専用の光剣を手にした者同士が距離を計り打ち合う。
幾ら威力が押さえられているといえども、やりようによっては打撲をしてしまう訓練。型や素振りなどを終えた後、監視の目が行き届くよう一対一に、数グループに分かれて試合形式を行う。貴族の出や、地方の出の者には剣術の心得がある者も居て、試合は自由なスタイルで。フェンシングスタイルや剣道に似た動きなど、多彩な動きが見られ、鳴鳥は興味深げに観戦していた。
「むー。このご時世に剣ってどうなのよ」
鳴鳥の隣で座って観戦をしていたメリエルは心底つまらなさそうにぼやいていた。身体を動かすことが得意な彼女だが、武器を扱うのは苦手らしく、剣などの近接武器や火器の取り扱いの授業はやる気が起きないらしい。一方で体術の授業では喜び勇んで男子学生を倒しまくっているのだが、銃器の時とは違い、剣技自体が無意味だと言い放つ。
身近に剣技を扱うものが居た鳴鳥にとっては疑問ではなかったが、確かに白兵戦では銃器が主である。ダメージを気にする事が無いジルベルトだからこそ出来た芸当なのだと気付き、ひとり納得しかけた鳴鳥だったが、隣で観戦していたマイアが説明をする。
「剣技を学ぶことは後々役に立つわ。私達の殆どはARKSに搭乗する。その時の武器は分かるわよね、メリエル」
「はぁ~。分かっているわよ。でもでも、ARKSで格闘戦なんて出来たら凄くない?きっと敵も意表を突かれて驚いて腰を抜かすでしょ!」
「ARKSの耐久力が持てばね。ARKHEDならそういった事も可能かもしれないけど」
「おぉ!そうだよね。ARKHEDさえあれば―――」
「それは駄目…っ!」
「「え…?」」
「あ…」
思わず口を挟み、マイアとメリエルに驚かれてハッとする鳴鳥。すぐさま何でもないと言葉を濁すが、何でもない筈が無く、オロオロと困った様子を見せる。全てを明かしている訳ではないが、大体の事情を察している二人はニッと笑みを浮かべると、メリエルはスリスリと身を寄せ、マイアはよしよしと頭を撫でてきた。二人の優しさが嬉しく、鳴鳥は涙ぐみそうになるがぐっと堪え、大丈夫だと笑顔を浮かべた。
改めて二人の優しさを実感している内に順は回り、いよいよ鳴鳥の番となった。皆に注目される中で進み出ると、そこには鋭い目つきで睨み付けてくるヴィオレーヌが待っていた。
第62話 Star of three primary colors
「お、お手柔らかにお願いします…」
「…フン」
ただでさえ周りの視線を痛いほど浴びていて落ち着かないというのに、相対する者がヴィオレーヌという事で緊張感は増す。模擬戦と言えども、これから戦うというのに覚悟が出来ていない鳴鳥。一方でヴィオレーヌはますます真剣な面持ちに、その瞳は敵を見るかのようなもので、鳴鳥は更に萎縮する。審判であり、監督員である教官が開始の合図を告げるとヴィオレーヌは細い光剣、レイピアをスッと構える。いつ踏み込むか見定める様に揺れる剣先。鋭いそれに籠められた想いは鳴鳥に対する深い憎悪で、その気持ちを感じ取った鳴鳥は息を呑み、自らも剣を構える。
「少しは心得があるようですわね」
ヴィオレーヌの言う通り、臆していた鳴鳥は今ではしっかりとグリップを握って剣を構えていて、その佇まいは素人のものでは無い。漂う気迫も普通の学生のものとは違い、ただ立っている、それだけで威圧感を覚え、先手を取るのを躊躇わせた。あどけない容姿の鳴鳥が何故そのような空気を纏えるのか、それは彼女がただの学生でなく、かつて銃弾が飛び交う場や剣を向けられるなど、いくつかの修羅場を超えたからであった。
隙は無い。侮っていたヴィオレーヌは奥歯を噛みしめチャンスを窺うが、その間に鳴鳥はジリジリと距離を詰める。間合いとしてはヴィオレーヌの構えるレイピアの方が有利で、鳴鳥から踏み込めば確実に無傷で済まない。臆することは無いのだが、ヴィオレーヌは焦りを感じ、それは剣先に震えとして現れ出した。
「たァァァァァ…!!」
「…っ!」
我慢しきれずに攻撃を仕掛けたのはヴィオレーヌで、彼女の突きは目にも留まらぬ速さであった。けれども鳴鳥はその攻撃を完全に見切り、手にした剣で捌く。
「(セルべリアの槍よりは短くて、突きも遅い…っ!)」
掠りはするものの、致命的な個所を手持ちの剣で防いだ鳴鳥は力を込めた一撃を打ち込み、ヴィオレーヌの手から剣が離れ、彼女はドサリと尻餅をついた。使用者の手を離れた事により光を失い、カラカラと転がるハンドグリップ。喉元へと剣を突き立てられたヴィオレーヌは手放した武器を拾う事が叶わなかった。
誰もが息を呑み、シンと静まり返った競技場。それを打ち破ったのは青ざめるヴィオレーヌを前にした鳴鳥で、我を取り戻した彼女は剣を下し、あわあわと慌て出す。
「だ、大丈夫ですか…?怪我とかは―――」
「…っ!」
助け起こそうと手を差し伸べるが、ヴィオレーヌはその手を取らず、キッと睨み付け一人で立ち上がる。そこでようやく教官が勝者の名を呼び、ギャラリーから歓声が上がるが、鳴鳥は全く喜べなかった。
「なっちん強―い!」
「やるじゃない」
「あ…うん」
「どしたの?あのムカつく巻き毛に一泡吹かせたってのに、元気ないじゃん?」
「ヴィオレーヌさんの眼がね、私の事を心底憎んでいるもので…。思わずこれまで敵と相対した事を思い出してしまったんだけど。やっぱり、ああいう感情を向けられるのは慣れてなくて…」
「そうね。あの様子、ただの嫉妬心からくるものでは無かったわ」
「そうかなぁ~。なっちんもマイマイも考え過ぎだと思うけど」
その後、メリエルは力押しで相手をねじ伏せ、マイアは流れるような剣捌きで快勝する。三人とも好成績で終わったのだが、鳴鳥の表情は浮かなかった。
昼休憩を挟んで午後からは座学の時間。午前中に目一杯身体を動かして疲れ切った所に、昼食を食べて満腹感も得て、窓から差し込む光は暖かで、その上歴史の授業を受け持つ教官は高齢で、その声は穏やかで、眠りにつくにはこれ以上無い程の条件が揃っていて、多くの学生はうつらうつらと舟を漕ぎ、数名は完璧に突っ伏していた。それは鳴鳥の両隣でも例外ではなく、メリエルは涎を垂らしながらスヤスヤと寝息を立て、マイアに至っては目を開けたまま寝ていた。普段なら鳴鳥もカクカクと頭を揺らしつつも堪える所だが、今日は眠気を感じずにいる。それは午前中の授業、ヴィオレーヌとの事を引きずっている証拠で、鳴鳥の視線の先には真面目に授業を受けるヴィオレーヌの姿が在った。
最初から嫌われてはいた。けれども殺意を向けられる程までとは思っておらず、その事は些細なものだと流せない。これまでの自分の行いを振り返りもするが、彼女と会ったのはこの学園に来てからで、全く身に覚えが無い。やはりここは本人と話をしなくてはとも思うが、常に取り巻き達に囲まれている彼女へは近づけない。メリエル達は気にするなと言うが、日を追うごとに気になる気持ちが膨らんでいく。
退屈な座学を終え、学食で夕食を取り、寮へと戻ってきた鳴鳥達。風呂を入り終えて眠る前、三人は寝間着に着替え、テーブルには紅茶と菓子が用意され、それぞれリラックスしたスタイルで話に花を咲かせる。と言っても今日はずっと鳴鳥が浮かない表情で、何時ものように賑やかな始まりではなかった。
「うーん…。そんなに気になるなら、あたしが調べてこよっか?」
「え…。それは…」
メリエルは小遣い稼ぎの為に情報収集を行っている。それは個人のプロフィールで好きな物とか嫌いな物とか、はたまた恋人は居るのだとか、更には本人にも了承を得て写真なども売り捌いていた。余談であるが、鳴鳥の寝顔などのプライベートショットも売られていて、それは当人には知らされていない。ちなみに鳴鳥の写真は売り上げナンバーワンを誇っている。その情報屋でもあるメリエルがヴィオレーヌの事を調べようかと提案するが、鳴鳥は首を横に振る。
「やっぱり、私は本人から聞きたい。いつかそうなれるように頑張るよ」
「はぁ~。なっちんは健気だねぇ」
「それに比べて、あちらは大人げないようだけど」
昼休憩前、模擬戦を終えた後、シャワールームでひと悶着があった。それはヴィオレーヌの取り巻き達が鳴鳥に突っかかり、その上、嫌がらせでバケツいっぱいの冷や水を浴びせようとしたのだが、寸での所でメリエルたちによって阻止された。
「思い出しただけでも腹が立つ!あの性悪巻き毛めっ!」
「えと、あの時は助けてくれてありがとう。でも、あの場にはヴィオレーヌさんが居なかったから彼女の仕業じゃないかも知れないし…」
「小狡い首謀者と言うのは表に出ず、裏から手下を操るものよ。ナトリはもう少し人を疑った方が良いわ」
「そう…、なのかな…。でもあの試合でのヴィオレーヌさんはそんな狡い事をしそうになかったんだけど…」
「甘いわねぇ~。このクッキーよりも甘ちゃんだわ」
鳴鳥お手製のナッツが沢山入ったクッキーをやけ食いしたメリエルは紅茶をゴクゴクと飲み干し一息つく。美味しいお菓子とお茶で幾分か心が静まったのか、お代りが注がれたティーカップを手にメリエルは提案をする。
「面倒な話はここまでで!こっからは女子らしい会話をしましょう!」
「そうね。それじゃあナトリ、アナタから」
「えぇ!?」
話が変わるのは鳴鳥としても望むところだが、急に振られて戸惑う。女子らしい会話と言えば真っ先に上がるのが恋愛絡みで、二人もそれを期待しているようだが、鳴鳥はワザとらしくはぐらかして流行りの服やお店の話を振る。案の定二人には肩を落とされ、メリエルはぷくっと頬を膨らませて文句を垂れた。
「そうじゃないでしょー!女の子と言えば―――」
「恋の話、よね」
「…でも。私の事は大体話したよ?」
「詳しくは聞いていないでしょ。そう、例えば、相手の女性遍歴とかさ」
「元カノ…とか?」
「確かに。その辺りは気になるわ。もしかすると前の女が忘れられなくて、という理由だったかもしれないし」
「うーん…」
ジルベルトの周りに居た女性。真っ先に思い当たるのはソフィーリヤで、彼女とは過去に何かがあったように感じた。それでも今はもう互いに気持ちの整理がついているのか、少なくともジルベルトがソフィーリヤに対する態度は恋愛のそれとは違うと分かる。
「ちなみに~。元カノってどんな人なの?」
「…うっ。そ、それは―――」
サッと視線を逸らし言い難そうに。鳴鳥はソフィーリヤの事を説明した。よくよく考えてみればジルベルトの元彼女がソフィーリヤだとすると、スレンダーと言うよりも貧相な体つきの鳴鳥が到底敵う筈もない。体型だけでも残念な結果だが、中身、性格についても比べ物にならない。穏やかで優しく落ち着きのあるソフィーリヤに対し、周りを振り回したり、すぐに泣いてしまう鳴鳥とではまるで大人と子どもであり、比較対象にもならないだろう。
「成程ねー。それにしても、オッパイ星人だなんてますますオヤジくさいなぁ」
「おっぱ…。…その点については否定できません。常日頃に私の体型の事を小馬鹿にしていたし…」
「まだそうだとは限らないわ。ナトリの反応が面白いから、からかっているだけかもしれないし」
「まさか~。そんな小さな男の子じゃあるまいし、ジルベルトさんに限ってそんな事は………あれ…?」
思い返せばジルベルトが鳴鳥の体型を小馬鹿にする時には口端が緩んでいた気がする。そんな筈はないと思うが、マイアの言葉でジルベルトの嗜好が疑わしくなってきた。
体型ばっかりは努力しようにも限界があって、どうにもならないと落ち込みかけていた鳴鳥だが、マイアの言葉により気持ちが揺らぐ。それでも今の鳴鳥にはジルベルトの真意を確かめる術は無く、結局はこうして想像するしかなく、思わず乾いた笑いをもらしてしまった。
「落ち込むにはまだ早いよ!」
「え?」
埋められない距離に途方に暮れていた鳴鳥に対し、メリエルは元気づけようと明るく振る舞う。それはただの根拠のない励ましではなく、ニンマリと笑った彼女はとっておきだという情報を知らせる。
「もしかするとだけど、近々会えるかもしれないよ?」
「えぇ…!?そんな、まさか…」
「今日分かった事なんだけど、一週間後の実地訓練でARKHED搭乗者が同行するって。ARKHED搭乗者なんて限られているから、もしかするとだよ~」
「学生の実地訓練と言えども、私達の場合は安全な場所から後方支援と言う名の見学か、危険種の討伐と言う名の掃除でしょう?そのような事に何故ARKHEDの搭乗者が?」
「ほら、最近何かと物騒でしょ。本当は延期も考えられたんだけど、このまま先延ばすと後々大変だからって特別に、らしいよ」
「そう…成程ね」
マイアはメリエルの考えに納得したようだが、鳴鳥は違った。強くなるためにジルベルトの元を離れた訳で、会えること自体は嬉しいが、こうも早く顔を合わせるのは流石に気まずい。その上、彼なら自分と会う可能性のある任務は受けないだろうという確信があった。
喜ばせようと思ったメリエルは、鳴鳥の反応があまりよくない事に気が付き首を傾げて問い掛ける。そこで素直に気持ちを吐くのは躊躇われて、鳴鳥はもっともらしい理由を述べた。
「もし、ARKHED操縦者が同行するのなら、多分ソフィーリヤさんとクヴァルさんだと思うよ。アルヴァルディ…ジルベルトさんの部隊はあまり表立っての任務には就かないし」
「あ…。そっか…。ちぇっ、せっかく面を拝めると思ったのになぁ~」
「え…。えと、顔を合わせて何をするつもりで…」
「そりゃ決まっているでしょ!なっちんをフった落とし前を―――」
やはり会えない方がよかったのだと息巻いているメリエルを前にして思う鳴鳥だったが、マイアは逆に良い機会であると笑った。その微笑みは何か企んでいるもので、恐る恐るその理由を聞いてみる。
「昔の女に会えるのでしょう?またとない機会だからその人から彼の過去について聞いてみたらどうかしら?」
「マイマイ、ナイスアイディアじゃん!どうせ本人は何も話してくれないんでしょ?だったら元カノに直撃すればいいんだよ」
「う…。そ、そんな簡単に…。ソフィーリヤさんに聞くのは何だか気が引けるんだけど…」
二人の仲は既に過去の出来事となっているようである、が、それは彼女らが大人であって、周りに悟られないように努力しているだけかもしれない。そう考えると過去の事を根掘り葉掘り聞くのは失礼で、傷を抉る行為であり、鳴鳥にはとてもそんなことが出来る筈がない。
フルフルと首を横に振った鳴鳥は誰かを傷つけてまで知りたくは無い、このままでいいのだと言い、話を終わらせた。
惑星アストリアから通常航行で半日ほど離れた距離に位置する星々、レーベンハイル連邦。それらは緑の星、陸地のほぼ全てを緑が覆い尽くし、河口にはマングローブが広がり、広大な湿地帯など、渇きを知らぬ温暖で豊かな大地を持つ星、グリューンバオム。青い星、陸地は僅かで海上に築き上げた人口都市と海中都市が広がり、多種多様な海洋生物が住まう水の星、ブラオメーア。赤い星、険しい山脈が多く、今もなお火山活動が止まぬ灼熱の大地が広がる炎の星、ロートフランメ。以上の三つの星から成る小惑星の連盟で、どの星も自然が豊かであるが、都市部、人が住まう地は発展していて、自然保護と技術発展が両立した稀有な例であった。取り分け中心に位置するロートフランメでは他の二つの星との橋渡し的な役割を果たしている。
治安も良く、およそ争い事から縁遠い星々であったが、それは過去の事。最近ではロートフランメで新たに見つかった精神結晶の鉱脈を廻り星同士が争い、その戦火が広まっているらしい。
現在星団連合はロートフランメにてグリューンバオムとブラオメーア、両星からの侵攻を防いでいる。緊迫した状況ではあるが、それは最前線である精神結晶採掘場付近の話で、鳴鳥達学生が送り込まれた首都近郊は比較的安全であった。と、言っても紛争が起きているのは間違いなく、市民の間には不安が広がり、普段は賑やかな市街にはピリッと張りつめた空気が、行き交う人々からは笑顔が失われていた。
学生達の実地訓練は物資の運搬で、ARKSに乗り込み、物資が積まれた車両を護衛する。車両を中心として前後左右等間隔を保ち並走するのだが、一団の先頭には黒く黄土色のラインが入ったARKHEDが、最後尾には黄土色に黒いラインの入ったARKHEDが護衛に就いている。学生の操縦するARKSの数だけでも大所帯で過剰すぎるのだが、ARKHEDが二機もとなると敵は恐れをなして逃げ出すほどであった。実に生温い訓練課程なのだが、襲撃は人だけとは限らない。手を付けていない自然豊かな道中は危険種が現れ、それらは恐れを抱かず襲い掛かってくる。普段ならば討伐隊が数を調整して狩っているのだが、彼らは戦線に赴いている為に手が回らない。その穴埋めも兼ての任務で、全くの訓練にならない訳でもなかった。
「そもそもさ、精神結晶はここ、ロートフランメのモノでしょ?何で他の星がしゃしゃり出てくるのさ?」
行軍中、メリエルは鳴鳥とマイアに秘匿通信を繋いでぼやいていた。任務中の私語は厳禁なのだが、彼女は飛びかかってくる巨大なトカゲの危険種を相手にしながらでも全く息切れせずに話していて、そのせいか教官からも御咎めを受けない。答えるマイアも優秀で、サーチ&デストロイ、索敵が素早く機敏な動きで対処し、これもまた多少の事には目を瞑って貰えていた。
「メリエル、アナタ今回の任務の概要をまるっきり聞いていなかったのね」
「んん?そんなのあったっけ?」
「あはは…。その時メリエルはぐっすり眠っていたよね…」
鳴鳥もまた余裕があって、危険種相手では臆する事無く、他の者をカバー出来るほどに立ち回りが上手く、大目に見て貰えていた。
呆れ笑いを上げる鳴鳥にメリエルはぷくっと頬を膨らましてぶーぶーと文句を言い、何故起こしてくれなかったのかと文句を垂れ、起こしたけど起きなかったでしょうと更に鳴鳥を呆れさせる。最後の一匹、危険種の頭部を撃ち抜き安全を確保できたところで鳴鳥は一息つき、メリエルへと説明をする。
「この星、ロートフランメは鉱物資源、グリューンバオムは畜産や農業に林業などの食料や森林資源を、ブラオメーアは海洋資源。それぞれが役割を担い、三つの星は互いに支え合っていた。けれどもここで精神結晶という価値が飛び抜けた物が見つかり、その均衡が崩れた。ロートフランメは欲を出さずに上手く事を運べばよかったんだけどね…」
「人とは欲に抗えないモノよ。ここぞとばかりにその権威力を高めようとして反感を買い、現状に至る訳」
「えぇ!?それってこのロートフランメが諸悪の根源じゃん?ハァ…そんな身勝手な奴らの尻拭いだなんてテンション下がるわー」
「ま、まぁ、いくら納得いかなくても武力を持ち出すのはやっぱりいけない事だから」
「私には二つの星がここぞとばかりに鬱憤を晴らしているようにも見えるわ」
「やっぱり星団連合は巻き添えじゃん!下らないなぁ~」
「今、停戦への協議も行われているから。もう少ししたらきっとこの争いも決着がつくよ」
「そうだと良いのだけれど…。なんだか最近、上も…連合議会もあまり機能していないように感じるのよね」
「え…?」
「そうそう!マイマイ鋭いじゃん。なんか最近、相次ぐ紛争のせいか、議題が滞っているらしいよ」
「そう…なんだ」
近頃小競り合いが至る所で起きているとは知っていた。それはセルべリア達、敵の脅威がなくなったからで、そうなるのも致し方ないと分かっていたが、その弊害で連合議会がうまく機能していないというのは初耳であった。
「(もしかして…ミリアム議長に何かあった、…ってことは無いよね)」
全く根拠のない不安。そんなことは無いだろうと思いつつも、何故だか不思議と嫌な予感を覚えるが、今の鳴鳥には確かめる術も、そもそも関わる権利すらない。自分自身に大丈夫だと言い聞かせた鳴鳥は目の前の事、訓練に意識を集中させた。
砂埃にまみれ、倒した危険種の血を浴びたりもしつつ、一行は無事に物資を送り届け、帰還の途についていた。結局、道中どちらの軍からも兵が差し向けられることは無く、ARKHED様様と言えるだろう。けれども慣れてはいない平坦ではない険しい道のりに加え、危険種の相手、もしかすると襲撃を受けるかもしれないという不安とARKHED搭乗者の前でヘマは出来ないという緊張感から学生達の殆どは疲れ切っていた。もっとも鳴鳥はこれまでに今回以上のハードな任務に就いていたりもしていた為に平気なようで、メリエルは体力には自信があって、その上危険種相手にも張り切っていて、その熱がまだ冷めやらぬようで、マイアは要領が良く適度に休憩を挟んでいて余裕が有り余っているようだった。
危険種の足止めもあったせいか、行軍日程は少しずれ込み、首都近郊ではなく進路の中程で一夜を明かす事となる。これもまた実地訓練の一環で、野営や夜間の見張りなどを体験し学ぶ。テントを張り、レーションと言えども外で食す夕飯。それはキャンプのようで学生達の中には行楽気分でいる者も居た。数時間前に前線近くまで近づいたにもかかわらずここまで気を緩められるのは現在戦況がこう着状態、互いに睨み合いや探り合いをしている状況であったが為だ。それは三つ巴と言う状況が巻き起こすものであり、グリューンバオムとブラオメーアが手を組めば厄介な事になっていたが、幸いにして今の所そのような事態には陥ってはいない。
夕食を終えた学生達は交代で見張りに着く。休息を取るテント群を中心として周囲に配されたARKS。そしてその中にはARKHED搭乗者が一名、含まれている。
今回の実地訓練に同行していたのは鳴鳥の予測通りでソフィーリヤとクヴァルが就いていた。ジルベルトと会えないとは分かっていて、それでも少しだけ、一ミリも期待していなかった訳ではなく、ガッカリしなかったと言えば嘘になる。けれどもソフィーリヤと会えるのも久しぶりで、ジルベルトの事はさておき積もる話もあって、話しが出来る機会を窺ったのだが、軽く挨拶を交わしたのみで、任務中との事もありじっくりと話す事は出来なかった。
ARKSに乗り込んで見張りをしつつ、落胆しながら一日を終えようとしていた頃、鳴鳥の元へと通信が入ってきた。それは緊急の物でもなく、学生全員に向けられたものでもない、鳴鳥だけへのもので、周りには伝わらないよう秘匿回線となっていた。
「久しぶりね、元気にしていたかしら?」
「そ、ソフィーリヤさん?!」
通信相手はたった今、話したいと思っていた相手、ソフィーリヤであった。またとない好機なのだが、いざこうして当人から声を掛けられると何を話せばよいのか鳴鳥は戸惑い、まごまごとしてしまう。その気持ちを悟ってくれたのか、クスリと笑ったソフィーリヤは慌てなくて良いからと落ち着かせるように気遣ってくれた。
「えと、お久しぶりです」
「元気そうで何より、だわ」
「ソフィーリヤさんもお変わり無いようで。あ、それから、今回は訓練にご同行頂き有難うございます」
「そんな、他人行儀にしなくてもいいのよ。それに今回の任務は、ナトリさんにとっては大した訓練ではなかったようだし」
「そ、そんな事はありません…!私なんかまだまだですよ…」
「謙遜しなくても良いわ。それにしても、この調子でいくと卒業も早くなるかもしれないわね」
「そう…だと良いのですが」
ソフィーリヤの言った通り、軍学校では能力さえ満たせば試験を受けて昇級する事が可能である。入学可能な年齢は十六歳からで、最短で四年、二十歳には卒業できる。途中から入学した鳴鳥は試験の結果、今の所最短で卒業を果たせそうであったが、不安な面があった。
「実は座学が不安で…」
「そうなの?ふふ、それならジルと一緒なのね」
「ジルベルトさんも?」
「ええ。試験前には苦労させられたわ」
想い人と一緒であると言われて内心喜んでいた鳴鳥。けれどもクスクスと思い出して笑うソフィーリヤは楽しげで、自分の知らないジルベルトの姿を知っている彼女に対して羨ましくも思えた。
ソフィーリヤはジルベルトの事を自分よりも知っている。彼女から話を聞くことが出来ればもっとジルベルトの事を理解できる。分かってはいるが彼女を傷付けたくは無く、言い淀む。そんな気持ちを悟っているのか、ソフィーリヤは優しく微笑むと自ら話を切り出してくれた。
「何か、聞きたい事があるんじゃないのかしら?」
「え…?!それは…その…えっと…」
「遠慮しなくていいのよ。私とジルとの事はもう終わった事だし…」
「ソフィーリヤさん…」
「まずはそうね、彼との出会いから―――」
それは12年前の話、ソフィーリヤ・ソルニエールが軍学校に入学してふた月が過ぎた頃に遡る。




