第61話 School life of the youth
惑星アストリアの主要国ガルレシア、首都リヒト・ヴォールの北区、そこには広大な土地の学び舎が、星団連合直属の軍学校、ノルデン・トロイメン学園があった。
学園の中庭には大きな樹があり、昔から言い伝えがある。樹の下で想いを告げ、想いが通じ合った恋人達には永遠に結ばれると…。そして今日も、一人の男子学生が意中の相手である女学生を呼び出し、想いを告げる。
男子学生のスペックは高身長、整った容姿、成績も優秀、おまけに家柄は名門貴族と非の打ち所がないように見える。対する女学生は極々平凡の容姿で、体つきは色気など全くなく、成績もそこそこでトップクラスではない。断る理由などない筈なのだが、想いを告げられた女学生は申し訳なさそうに頭を下げる。
「何故だ!?この僕のどこが不満だと言うんだ」
「すみません…。私には好きな人がいるんです」
「そいつは何処に居る!何という名だ!?今すぐに決闘を申し込んで―――」
それは出来ない、不可能であると首を横に振るとえんじ色のリボンで結ばれた両房の髪が揺れる。もう一度丁寧に頭を下げつつ断りを入れる女生徒に、男子学生は鬼気迫る表情で詰め寄り、両肩を掴んで揺する。否定される事のない人生を歩んできた者の初めての挫折。それが認められないようで、男子学生は怒りの矛先を女学生へと向けようとした。
第61話 School life of the youth
「はいはい、そこまで~」
「女性に手を上げるとは感心しないわね」
「なっ…なんだ君達は!?」
抵抗しない女学生の代わりに男子学生の手を払いのけて間に割って入ったのは、二人の女学生だった。助けた女生徒を大丈夫かと気遣う少女は、クリッとした瞳、ちょこんとついた小さな獣耳、キャラメルブラウンの髪は癖っ毛のボブ、体型は小柄だが豊満で、獣人種でげっ歯類科のハーフのようである。もう一人、鋭い眼差しで男子学生を威嚇する少女は、紫がかった長い黒髪に、真っ白な肌は首の辺りが鱗に覆われていて、体型はスレンダーで、竜人種の蛇科のハーフのようである。
「なっちん、大丈夫?」
「うん、平気だよメリエル。マイアもありがとう」
「礼には及ばないわ。それよりも―――」
マイアと呼ばれた女性は一瞬だけ優しい笑みを浮かべたが、直ぐに鋭い眼光を目の前の男子学生へと飛ばす。女性相手に何を臆する事があるのだと思うが、マイアに睨まれた男子学生はまるで蛇に睨まれた蛙のように竦み上がり、ガクガクと身体を震わせて冷や汗を垂らす。殺されてしまう。そこまで追い詰められた男子学生は、悪気はなかったのだと弁明しながら後退りする。けれども彼の背には大きな樹が、逃げ場を失った者へと迫るマイアとメリエル。情けない声を出して命乞いをする男子学生に二人の女学生はニタリと笑う。そして辺りにパンッと乾いた音が響いた。
「祝!十人目のフられん坊さんおめでとー!!」
「十人目の勇者さん、アナタの勇気は未来永劫語り継がれるわ」
「………は?」
ドサリと尻餅をつき、ポカンと口を開ける男子学生の頭には細くてカラフルな紙テープが掛かる。それはメリエルが手にしていたクラッカーから飛び出したもので、彼女らはケタケタと笑っていた。これまでの威圧感が嘘だったかのように、二人は心底面白おかしそうに笑い声を上げる。暫しの間、男子学生は茫然としていたが、ここまで小馬鹿にされると腹に据えかねるのだろう。歯をギリリと鳴らして睨み付けるが、立ち上がろうとした所で顔の真横に衝撃が走る。太い幹を揺らし、木の葉を落とす蹴り。それはマイアの放ったもので、男子学生は再び腰を抜かした。
「マイア、もういいから、程々に、ね」
「ナトリが言うのなら、仕方がないわね。感謝しなさい、今日はここまでにしといてあげるわ」
「…あぁ…」
「あ、あの、大丈夫ですか?」
「ひ…っ!」
ガクガクと震える男子学生に対し、ツーサイドアップの女学生、鳴鳥が手を差し伸べる。心配そうに顔色を窺うその姿は天使そのものなのだが、後ろに控える仁王像達によって現実に引き戻される。天使の手を取る事無く立ち上がった男子学生は一目散にこの場を脱した。残された鳴鳥はハァ…っと溜息を吐くとニヤニヤと笑う二人に向き直る。
「二人とも、毎回毎回やり過ぎだよ」
「ごめんね~。でもでも、今回は危なかったよね」
「そうよ。ナトリ、アナタは甘すぎるからいつか悪い男に食べられてしまわないか心配だわ」
「そ、その点については反省しています。それから、助けてくれてありがとう」
小言を言いつつも、素直に謝り感謝する鳴鳥。マイアはそっと鳴鳥の肩を抱き、メリエルは腕を組んで身を寄せてくる。一先ず落ち着いた所で仲良し三人組は宿舎へと戻るのだが、その道中で二人はぼやく。
「それにしても、さっきの男、ガッカリだよね~」
「そうね。全て揃っているようで肝心なモノが欠けている」
「せっかく用意したものも無駄になったし~」
「安心なさい。このペースでいくと年内に100人は達成できるわ。そうなればその中に良い者も居るかもしれない」
「まぁひと月で10人だもんね、次は良いカモが釣られます様に!」
「二人とも…」
メリエルが用意していたのは連絡先が書かれた紙で、同じ物をマイアも用意していた。それは鳴鳥に振られた男に対して渡そうと用意しているもので、今回は必要なかったようだ。相変わらずの二人であるが、今の鳴鳥にはかけがえのない友人達で、ルームメイトである。
星団連合軍直属の軍学校では、ただ星々の為にその身を捧げる事を願い軍人になる者だけが集う訳ではない。この学園を卒業する事はステータスとなり、武力を誇る名門貴族にとっては通っていて当然のものである。そして貴族だけでなく、庶民からもこの学園に入学を希望する者が多いのは、学園生活が充実しているからである。入学金不要、寮費は免除、生活費は成績次第でアップするなど至れり尽くせりで、その分訓練は厳しいが、連合軍人となれば家族を養う事もできるのであった。
一方で何かしら事情があってこの学園に入学する者も多く、鳴鳥のルームメイトである二人も例には漏れていない。
マイア・マルティノワは武人を多く輩出してきた名門貴族の息女で、女性である彼女は無理に軍人にならなくともよい。本来なら令嬢が通う様なお嬢様学校に入る筈が、何故この学園を選んだかと言うと、いずれ同じ武人の元へと嫁ぐのならば、夫となる者の事を深く理解したいと願い出てこの学園に進学する事を選んだらしい。…と言うのは建前で、実の所好みの男を漁るのが目的でこの学園を選んだというのが本音である。
メリエル・メイシーは極々一般庶民の娘であり、学力が不安な彼女は得意な運動能力を生かして安定した職に就くためにこの学園を選んだ。…と言うのは建前で、彼女には9人の弟妹達が居て、少しでも生活を楽にさせる為に玉の輿を目論んでいて、貴族も多く在籍し、尚且つ一般人も入れるこの学園を選んだというのが本音である。
それぞれ事情を抱えているが、根っこは年頃の女生徒たち。厳しい訓練や眠たくなる座学ばかりでなく、時にはこういった色恋沙汰もあったりで、鳴鳥は実に充実した日々を過ごしていた。けれども時折、ふと過るのは想い人の姿で、胸が苦しくなる。二人には機密事項を除く事情を明かしてはいるが、心配はかけまいと鳴鳥は明るく振る舞っていた。
「とにかく、助けてくれることには感謝しているけど、手荒な真似は止めてね」
「はいはーい。でもさぁ、ナトリも困っているなら宣言しちゃえばいいのに」
「宣言?何の?」
「決まっているでしょう。あたしの好きな人はかの有名な黒い死神と言われた―――」
「わわわ…!!そんな事、言えないよ!」
「赤くなっちゃって、可愛いわね、ナトリ」
「マイアまで…っ!からかわないで…!」
拒まれてしまったが、彼、ジルベルトへの想いは未だに続いている。彼から貰ったドッグタグのペンダントは肌身離さず身に着けており、その事に気付いた二人から質問攻めに合い、誰の事を想っているのかも包み隠さず明かした訳だが、鳴鳥は少しだけ後悔をしていた。
「でもでも勿体ないなぁ…。なっちんならもっと良い男が簡単にゲットできそうなのに」
「…メリエル。私の事を褒めてくれているようだけど、ジルベルトさんの事を悪く言うのは頂けないよ」
「だってそうじゃん!18歳も上だし、無精ひげ面でだらしがないし、ヘビースモーカーでしょ?そして何よりもなっちんの事をフったっていうのが納得いかないんだよね。マイマイもそう思うでしょ?」
「彼の魅力を理解できないなんて、メリエルはまだ子どもなのよ。18歳くらい大した歳の差じゃないし、髭面も悪くないわ。煙草やお酒だって大人の男性なら誰もが嗜むものであるし、ナトリを振ったのにもきっと訳がある筈よ」
「マイア…」
「まぁ、何故振ったのかは気になる所だから、今度会えないかしら。是非とも直接本人から聞いてみたいわね」
「あ!あたしも会いたい!問い詰めてやるんだから!」
特務部所属であるジルベルトに簡単に会える筈は無い。分かっていながらもマイアとメリエルは鳴鳥を元気づけようと彼是と楽しそうに語る。実際そうなることは無いと分かっていてもこの二人を引き合わせたらどうなるのか、想像した鳴鳥は思わず苦笑いを浮かべた。
不安であった学園生活は順調で、当初は時の人という事もあって腫れ物扱いであったが、マイアとメリエルのお蔭で孤立することは無くなり、本人の真面目さから周りとも徐々に打ち解けていった。未だ遠巻きにコソコソとする者達も居るが、それは憧れとか有名人相手に臆して声を掛けられないといった感じで、悪いものではない。けれども中には、鳴鳥の事を受け入れる気が無い者も居た。
「全く、ここはその辺の普通の学園とは訳が違うのよ。貴女達はその辺を分かっているのかしら」
「うわっ、出た~」
「またアナタ…。性懲りも無く突っかかってきて」
「…ヴィオレーヌさん」
「気安く名前を呼ばないで下さる!?」
鳴鳥達の前に現れ厭味ったらしいセリフを吐いた女生徒。彼女は整った容姿にアッシュベージュの髪は縦ロールに、スタイルは抜群と完璧なお嬢様ルックである。名はヴィオレーヌ・ヴェベールといい、成績も優秀で家柄も良い完全無欠の彼女であるが、何故だか凡人の鳴鳥に突っかかっていた。寧ろ凡人であるのにも拘らずチヤホヤされているのが気に食わないといった見方もあるが、彼女の場合はそういった下らない嫉妬心ではなさそうだ。
フンっと鼻を鳴らしてすれ違うヴィオレーヌ。何故自分がここまで彼女に嫌われているのかと問いたいが、彼女の取り巻きに睨まれて声を掛けるどころか近づく事すら叶わない。
「ナトリ、アレは醜い嫉妬よ。アナタが気にすることは無いわ」
「そうよそうよ!モテモテなっちんにジェラってるだけだよ」
「そう…かな…」
学園という集団生活の中で誰もが仲良く諍いも無しに過ごせるはずがない。そして誰からも愛される人などいないと分かってはいるが、ヴィオレーヌから向けられた冷たい視線に鳴鳥は胸を痛めていた。
鳴鳥が新たな学園生活を送っている中、彼女の想い人であるジルベルトはというと、ひと月経った今でも本調子を取り戻していなかった。無論、自分はともかく他の者の命にも係わる任務に対して中途半端な真似はしないが、任務外にはボーっと、腑抜けた面を晒していた。
既に残ってはいない筈だが、頬に触れたあの感触が忘れられず、遠くを見ては手でその跡をなぞる。まるで恋煩いに罹った乙女のような仕草だが、ジルベルトは三十代半ばの男であり、傍から見ていてあまり気分の良いものでは無い。突っ込みを入れたい所だが、コンラードは後が怖くて言えず、マリアンの小言はスルーされ、スティングとアランは言っても無駄だと悟っていてあえて黙っている。…正確に言えば、アランは鳴鳥が去ってすぐにジルベルトと二人きりになった所を見計らって話を切り出していた。
「良かったのですか?」
「良いも何も、こうするより他は無い」
当然だと言わんばかりの態度だが、全く後悔が無いようには見えない。苦渋の決断、だったのだろうと分かるが、それならば他の方法があったのではと問う。事情を全て明かすのも、選択の一つではなかったのかと言うアランに対し、ジルベルトは首を横に振る。
「あの年頃で、プラトニックな関係を保ち続けるというのは苦だろう」
「彼女なら、全てを受け入れて貰えそうですけどね」
「だからこそだ。無理を強いて、辛い思いをさせ続けてまで傍に居させたくは無い」
「想うが故に、ですか…」
「まぁ、俺が我慢できる自信が無いと言うのもあるがな」
自嘲気味に笑うジルベルト。その笑みはとても悲しいもので、如何なる時も微笑みを絶やさぬアランでも流石に真顔に戻らされた。
本人の中では結論が出ており、考えを曲げる気は無いようだ。それでもやはり完全に忘れる事は出来ないようで、振り切れていないようで、時折彼女を、鳴鳥の事を思い起こしては物思いに耽る姿が見られる。
「では、ここに署名を」
「…おう」
「承認をいただきありがとうございます」
「…ああ」
とある任務の帰還途中、上の空のジルベルトは久城が渡した電子書類にサインをした。内容は全く頭に入っていないようだが、サインをもらう側の久城にとっては好都合らしく、彼は特に何も言わず笑顔で受け取りブリッジを去って行った。再び惚けるジルベルト。心配になったアランが書類のログを見てみると、そこには驚くべき事実が記されていた。
「船長、本当に良いのですか?」
「…何がだ」
「先程の、クランドの申請書です。この船に来た経緯から察するに、上へは直ぐに通ってしまいそうですが…」
「クランドが…?…―――ハァ!?何だこれは!」
「…今しがた貴方がサインをしたものです」
申請書に目を通し、我に返ったジルベルトは直ぐに通信機で久城を呼び出す。彼は何故呼び出しを食らったのか自覚があるようで、それでいてこうなる事は予測済みなようで不満を顔に出しておらず、呼び出した側のジルベルトの方が非があるというのに不機嫌なオーラを隠しきれずにダダ漏らしである。
「これはどういう事だ」
「どうもこうもありません。僕は鳴鳥の為にこの船に乗る事を選んだのです。鳴鳥が居なければここに居る意味も無い」
「ったく、自分勝手な奴だなお前は」
「貴方としても、僕が居ない方が清々するでしょう?」
「いや、お前の性格とかは気に食わないが、腕は買っているつもりだ」
「そう…ですか」
意外にもジルベルトは久城の実力を認めていた。その事をらしくも無く誤魔化さずに言われ、久城は驚くと共に少しばかり嬉しさを感じた。けれども彼の意志は固い。ここで前言を撤回するほどの覚悟ではなく、頑として考えを曲げようとはしなかった。
彼の申請書の内容。それはこの船を、ジルベルトの部隊から外れる事で、更には特務部の所属すらも抹消するものであった。それに合わせて提出する予定の書類は軍学校への入学願書で、完全に鳴鳥を追いかける算段である。
「それにしてもな、お前はストーカーか!」
「外野にどう思われようが関係ありませんね」
「フン…まぁいい。好きにしろ」
無理に引き留める必要も無い。腹立たしい所だが、上の許可が下りればジルベルトも従わざるを得ない。結局の所、ジルベルトには久城を従えさせる強制力がないのだが、アッサリと引き下がったのには訳があった。
タイミングが良いのか悪いのか、ジルベルトの元に上官であるヘニングから連絡が入る。これ幸いと久城は申請書の件について話を切り出そうとするが、その前にとヘニングは重い溜息を吐いて命を下した。
「また小競り合いの介入ですか」
「ああ、今は猫の手も借りたい状態でね、君達が出る幕でも無い程なんだが、何分人手が足りなくて」
立て続けの任務。それは星での内紛や近隣の星同士の小競り合いで、収拾がつかなくなり星団連合に助けを求めるものであった。セルべリア達の襲撃が収まった途端、こういった状況に陥るのは別段珍しい事ではないが、それにしては件数が多く、広範囲で小さな諍いが起こっていた。
ジルベルトが久城の申請を軽く見ていたのはこの事があるからで、案の定、ヘニングは難しい顔をしていた。今は一人でも多くの手が必要であって、ARKHEDの所有者ともなると簡単には手放せないのだろう。
「一応、上には提出するが、期待しない方が良いと思うよ」
「…もしそうならば、こちらにも考えがあります」
久城の言う考えとは議長であるミリアムの権力を使う事だ。このアルヴァルディに配属された経緯もその力があってのことで、今回も最終手段として活用するつもりなのだろう。ヘニングに渋い顔をされても動じなかったのはこの事あってのことだったが、久城の言葉にヘニングはさらに難しい顔をし、肩を竦めて見せた。
「残念だが、それは無理だよ」
「…何故ですか?僕からの申請だと知れば議長は必ず―――」
「そのミリアム議長が、ね」
腕を組み、顎に手を当ててどうしたものかと思い悩むヘニング。もったいぶらずに早く話すようにと催促したい所だが、一応上官であって座して待つしかない。暫しの間唸り声を上げていたヘニングだが、オフレコでと前置きし、声量を可能な限り絞って現状を伝える。
「ミリアム議長は、今現在所在が掴めないでいる」
「「は…?」」
真剣な表情で告げられた内容にジルベルトと久城はポカンと口を開き、間抜けな声を上げた。ヘニングはとても冗談を言っているようではない。直ぐに状況を理解したジルベルトはアランへと視線を向けるが、彼は困ったように笑っていた。どうやらアランは既に知っていたようだが、内容が内容だけあって黙っていたようである。
「それから、ミリアム議長の消息が途絶えたと同時に、もう一人、行方をくらましてね」
「それはまさか、ディノスですか?」
「流石ジルベルト君、ご明察、その通りだよ」
「ディノス…?その名は確か、ガルレシアの王の名で…」
「ああそうだ。ディノス・フォン・アストリア。ガルレシアの王で、本来ならアストリアの代表となる者だ。…しかし成程な。これで現状が掴めた」
ジルベルトは一人納得がいったようで、大きな溜息を吐いた。久城には何が何だか分からないが、ミリアムが不在というのは良くない状況である。何があったのかを詳しく聞き出したい所だが、ヘニング自身にも未だ全てを把握するには至っていないようだ。現にこれまでその実情を伝えてこなかった上に、今もこの情報を明かすべきかと悩んでいたフシもある。
「今現在上層部で特別に捜索隊が組まれたが、足取りは掴めていない。そろそろ僕らの所にも命が下る頃合いだと思うんだけどね」
「…失踪した者が者だけに後手に回っている…か」
「取り敢えずは、次の任務を頼んだよ。クランド君の申請書は上へと提出しておくけど、期待しないように」
「…分かりました」
プツリと切れた通信。色よい返事も貰えず、頼みの綱も使えないとなると流石の久城でも落胆を隠せないようで溜息を吐いた。けれども直ぐにここで落ち込んでいても仕方がないと気持ちを切り替えた彼は、ジルベルトへとディノスの件について問いかけた。
「全ては繋がっているという事ですか?」
「ああ、そうだ。今現在小競り合いが方々で起きているのはディノスのせいだ」
「彼もARKHED契約者で…、とすると、枷の影響ですか」
「その可能性が高い。大きな戦が起きていないとなると、一所に留まらぬように点々としているのだろうが、となれば一体何が目的で―――」
本来星の代表である筈のディノスが表に出ない理由。それはARKHEDの契約時の枷で、その効力は周囲の人の憎悪感情を増幅させるという厄介なものだった。その力はARKHEDの力を振るうごとに増して、今では幽閉状態となる程までに増していたのだが、何故争いの種を撒き散らしてまで彼は檻から抜け出したのか、それは推測だが、共に消えたミリアムに原因があるのではとアランは述べる。
「ただ自由を求めるだけならば、一人でも構わない筈です。けれどもミリアム議長が共に居るとなると、何か別の思惑があるのでしょう」
「まだ二人が一緒だとは分かっていないんですよね」
「いいや、あの二人は間違いなく共に居る」
「何故そう言い切れるんですか?」
「昔に…な」
過去にディノス達と何かあったようだが、詳しくは話そうとしないジルベルト。少し気になる所だが、久城は話を先に進めようとした。と、言っても彼には分からない事が多く、これまでの情報を頭の中で洗い直す程度しかできない。それはジルベルトも同様で、ブリッジは沈黙に支配される。
「何かから、逃げているのではないか?」
沈黙を破ったのはこれまで一言も口を挟まず黙していた操舵士のスティングだった。それは全く根拠のないような憶測であるが、そうなれば説明が付く。
ミリアムが狙われている。星団連合の中心にいて、比較的安全な場に居るというのに、戦火を広めながら逃走を図るなど、彼女らしからぬ判断だ。けれどもそれはディノスの意志となると話が変わる。彼ならばミリアムの為に危険を冒してもおかしくは無い。そう思い至ったジルベルトは納得したようであるが、その一方で呆れていた。
「仮にそうだとしたら、狙っているのはセルべリア達…か?」
「そんなバカな…」
「ん?クランド、何故そうではないと言い切れる」
「あ、いえ…。その、彼女たちの目的は達せられた筈ですし、ミリアム議長を狙う理由が見えてこないなと」
「確かに、ナトリのARKHEDを得てからは全く動きが見えなかった。けれどもだからといって奴らが完全に退いたとは言い切れない。新たな目的の為にとも考えられる」
「そう…ですね」
久城にも大体の状況は掴めたが、納得いかない部分がある。一先ず申請書はヘニングの元へと転送できたが、その件も現状難しい。彼是と考えていたジルベルトも結局は俺達には目の前の任務をこなすしかないと話を終わらせてしまった。
取り敢えずは引く形となった久城だが、自室に戻った彼は小型通信機に手を伸ばし、とある人物へと通信を繋いだ。数度のコール音の後に表示された姿。それはこの上なく不機嫌そうな男の顔で、眉間には深い皺が刻まれていた。背後の景色から察するに、そこはARKHEDのコックピット内であると分かるが、応答したという事は交戦中ではないのだろう。話せる状態か確認を取らず、久城は単刀直入にクヴァルへと問いかける。
「一体何が起こっているのですか」
「…さぁな」
「あくまで知らぬ素振、ですか」
「…お前の目的はあの少女、ナトリ・ナナツカを守る事だけだろう。今回の件は彼女に危害が及ぶことは無い」
「確かにそうですが、間接的に困る事がありまして」
「…そうか。だが、私から言えることも少ない」
久城が何処まで現状を把握しているのかを聞いたクヴァルは首を横へと振った。どうやら新たに得られる情報は無いようだが、ジルベルト達の読みは当たっていた。ミリアムの身が狙われていて、それはセルべリア達によるもので。けれどもクヴァルにはその理由を知らされていないらしい。どうにも嫌な予感がするが、現状出来ることは無い。鳴鳥の身柄は脅かされないと言質を取ったが、安心はしきれなかった。
「内輪揉めか…」
「そういったものならば良かったのだがな」
「…どういう意味だ」
「お前には、お前達ヒトには関係のない事だ」
不機嫌そうな、何時も鋭い三白眼のクヴァル。けれども今日はどこか物憂げな表情であった。彼の言動には引っかかるが、踏み込むべきでない部分は弁えている。
これ以上情報は得られないと悟った久城は通信を終え、モニターから彼の表情が見えなくなるとクヴァルは溜息を吐いた。
「(所詮我々は消耗品…か)」
今回も、任務は全てセルべリア達に任されており、クヴァルに対しては指示が無い。今現在ミリアムはセルべリア達にその身を狙われ、逃げ続けている。その尻拭いとも言える紛争の後始末を今現在クヴァルは行っているのだが、ミリアムの現状を他人事とは思えなかった。
「顔色が悪いようだけど、大丈夫?」
「…心配は要らない。少し考え事をしていただけだ」
任務にひと段落が付き、ARKHEDを戦艦へと収容させて降り立ったクヴァルの元に、同じ任務に就いていたソフィーリヤが声を掛ける。彼女の身を案ずるのは自分の役目であるというのに、逆に心配を掛けてしまったと気づかされたクヴァルは何時もの真面目腐った表情を取り繕う。
「ここの所、任務が立て続けだったから疲れも出るわよね」
「そうではないが…。いや、そういう事にしておこう」
「なぁに、それ。まぁ、次の任務はこれまでよりも負担が掛からないだろうから、少しは気が抜けるわよ」
「…学生相手か。私にとっては気が休まる所か煩わしい事だ」
「そうなの…?」
「ああ、何故か遠巻きに、避けられてしまうからやり辛い」
「ああ…成程ね」
その表情と手厳しい物言いのせいだが、これはどうしようもないと納得したソフィーリヤはクスリと笑った。自分の事を笑われているのだと分かるクヴァルで、他の者がそうならば許しはしないが、今、笑みを浮かべているのはソフィーリヤであるから悪くは無いと思い、ぎこちない笑みを返す。
「さぁ、行きましょう」
「ああ…」
この先どうなるのか、不安は尽きず、その気持ちを明かす訳にはいかない。けれどもこうして、ソフィーリヤは気に掛けてくれ、彼女の傍に居られる。その幸福さえもいつまで続くか分からないが、今はまだ、不幸な結末など考えないようにと気持ちを切り替え、クヴァルは歩き出した。




