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Xenoverse  作者: 葉月はつか
phase two : anemotaxis
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第60話 White small birds flapping the wings

 別れの朝。昨晩、と言うよりも、今朝方までまともに眠れなかったせいか、鳴鳥の目の下にはクマが、乾ききってしまう程に涙を流して目は真っ赤になっていた。顔だけでなく心もボロボロの状態で、これ以上無い程に気持ちは沈んでいたが、それは昨晩までの事。今では幾分か落ち着きを取り戻していた。

 本当はこの部屋に留まり、殻に閉じこもりたいとも思うが、そうする事は出来ない。眠りにつく前に決めた新たな想いを胸に、気合を入れるよう両頬を両手で叩き、勢いよく身を起こすと洗面台に向かった。


「忘れ物は…無し」


 身支度を整えた鳴鳥は最低限の荷物を詰め込んだトランクを手に部屋を見渡す。覚悟は決まっているものの、やはりこの部屋から踏み出すには躊躇ってしまう。忘れ物などない筈で、隅々まで綺麗に片付いている筈だが、名残惜しさから何度も確認をした。


「(大丈夫。少しの間だけ、離れるだけだから。また必ず戻ってくるんだから)」


 離れがたい気持ちを踏み出す勇気に変え、鳴鳥は自室であった部屋に背を向ける。




          第60話 White small birds flapping the wings




「今、なんと言った?」


 募らせていた想いを打ち明けた鳴鳥。それは決して小さな声でなく、ハッキリとしたもので確かに相手に届いた筈である。けれども思いをぶつけられた者は聞き返す。聞こえていたのにも拘らずもう一度というのは、その言葉が信じ難い内容だからだろう。恥ずかしくもあるが引き下がる訳にはいかない。もう一度、バクバクと五月蠅く鳴る心臓を押さえつつ、深い深呼吸の後に鳴鳥は気持ちをぶつける。


「好き…だと言ったんです…!これは仲間としてではなく、一人の男性として、私はジルベルトさんの事が好き、なんです」

「そう…か」

「その、体型とか、ジルベルトさんの好みのタイプじゃない事は知っています。けど、それでも私は、貴方の事が―――」


 どんな顔をされるのか、怖くて下を向いたまま鳴鳥は想いを明かした。前以てどうやって気持ちを伝えようかと考えていた台詞は全部まっさらに吹き飛び、思いついた事を彼是と並べ立て早口で捲し立ててしまう。こんな告白ではキチンと想いは伝わらない。失敗したと後悔し、気恥ずかしさが込み上げ頬に熱が集まるのが分かり、膝の上にある握り拳が震える。張り裂けそうなくらいに暴れる鼓動をどうにか落ち着かせようと自分に言い聞かせる鳴鳥はジルベルトの答えを待つが、聞こえてきたのは溜息だった。深い溜息。それは決して色よい返事でない事を分からせた。しばし続く沈黙、その重みに耐えきれず、鳴鳥は恐る恐る顔を上げてジルベルトの表情を窺う。やはりただの予感ではなく、彼の表情は硬く、とても告白を受けた後の様なものでは無かった。


「俺なんかのどこを好きになる」

「なんかだなんて言わないでください…!確かに、最初は言い方とか態度とか辛辣だと思っていましたが、本当は優しいのだと気付きましたし、それに、私が辛い時に支えてくれたり、危険を冒してまで何度も助けてくれた…。それだけじゃ、駄目ですか…?」

「…助けたのはあくまで軍人として―――」

「だとしたら、このリボンをわざわざ取りに戻ったのは何でですか…?」

「それは…」


 バツの悪そうに、ジルベルトは視線を外し、後ろ頭を掻く。想いは全て伝えられた。けれどもジルベルトは微笑むことなく、難しい顔をしたままである。まるでどうやって断ろうかと考えあぐねているような姿だが、それも致し方ない。元々受け入れて貰える可能性は低く、ある程度の覚悟は出来ていた。まだ引き下がれないのは彼の気持ちを聞き出せていないからで、ここまでくれば諦める訳にはいかなかった。

 不安そうに、それでも答えが欲しいと願う鳴鳥を前に、ジルベルトの様子は全く変わらない。まるで子どもが背伸びして告白してきたのをどうやって言いくるめるべきか考えているようでさえあって、まさにその通りのようで、ジルベルトは言い聞かせるように言った。


「お前は勘違いをしているんじゃないのか?」

「どういう意味、ですか?」

「俺達は共に危機的状況に見舞われることが多かった。そういった状況下で抱いた緊張感が、恋愛感情と混同する。所謂吊り橋効果と言う奴だ」

「そんな事はありません…!私は、気づいたんです。抱きしめられた後、離れたくないと思ったのはジルベルトさんで、それは久城センパイに対してはそう思わなくて。この気持ちが紛い物だなんてことは絶対にありえない」


 想いを疑われて、悲しくもあった。それでも鳴鳥は涙を堪え、抱いた気持ちを包み隠さず打ち明ける。ここまで赤裸々に伝えても、ジルベルトは受け入れるどころか受け止めてくれさえもしない。どうすればこの想いが本物だと信じて貰えるのか、中々答えを貰えない鳴鳥は強硬手段すら思い浮かび始めるが、そのような勇気は無い。それでもこのまま先に進めないのならばいっそ、と思いかけた瞬間、ジルベルトは口を開いた。


「どちらにせよ、俺にはお前の気持ちに応える事は出来ない」

「…っ!」


 答えは決して望んでいるものでは無く、こうなる事も分かっていたものの、到底受け入れられない物である。嘘だと言って欲しくて、けれども何故か声は出なくて、揺らぐ視線で問いかけるが、ジルベルトの表情はとても偽りを述べているものでなくて。信じ難いが、それが彼の答えだった。

 振られてしまう覚悟はしていた。それでも目の奥が熱く、ボロボロと涙がこぼれ出す。以前なら辛い現実に打ちのめされて涙した時、彼は優しく頭を撫でてくれたり、抱きしめてくれた。そのような事は想いを告げた後ではもう二度と無い。後悔をしたくないから想いを告げた筈だが、待っていたのは後先を考えない無謀な行動をした結果で、それは何よりも辛いものだった。


「すみ…ません…っ」


 身勝手に想いを告げて、目の前で泣かれて、きっと困らせてしまうだろう。何とか謝罪の言葉を絞り出せた鳴鳥は勢いよく席を立ち、逃げ出すように背を向けてラウンジを後にした。

 鳴鳥が去った後のラウンジ。シンと静まり返る場でジルベルトは一人、乾いた笑い声を上げていた。


「(嘘だと言ってくれたならどんなに楽だったか…)」


 そんな事はあり得ないと思っていたからこそ、傍に居て支えて、見守るだけで十分だった。一方的な想いで良かったが、鳴鳥は自分の事を好きだと言った。嬉しくない訳ではない。寧ろ今すぐに引き寄せ抱きしめて、もう他の誰も視界に入れさせないようにしてしまいたかった。それでもそうする事は出来ない。大切だからこそ、彼は突き放さなくてはならない。本当は泣かせたくなど無かったが、こうするしかない自分を心底呪う。

 自己嫌悪に陥ったのちに訪れたのは後悔。もう鳴鳥の笑顔は見られない。彼女がアルヴァルディを降り、離れてしまうという事もあるが、心すらも離れ、例え再会しても心の底からの笑顔は見せてくれないだろう。そう考えると身を引き裂かれるような痛みを感じた。それでも彼女が感じた痛みはこれ以上だろうと思うと何とか耐えられる。


「すまない…」


 ぽつりと呟いた謝罪の言葉は届くことなく消えた。






 泣きながら走っていたせいか、息が辛くなり、鳴鳥は通路で壁にもたれ掛り、そのままズルズルと身を預けたまましゃがみ込んだ。幸い今は夜中という事もあり、誰かと出くわす事も無く、ジルベルトが追いかけて来る筈もない。人目を気にせず泣けるのだが、彼女の元に近づく者が居た。俯いてしゃくり上げていた鳴鳥は足音が近づいて来たことに気付き、急いで涙を袖で拭うが、取り繕うには時間が足りなかった。


「久城…センパイ…?」

「…大丈夫?」

「は、はい…っ。えっと、ちょっとふらついただけで、全然、平気、なんですよ?」


 一目見れば平気でないことがすぐに分かる。その位、鳴鳥は傷ついていた。気丈に振る舞うが、言葉とは裏腹に身体は意識に付いてこない。何とか立ち上がろうとするものの、両足に力が入らなかった。


「おかしいな…。何でだろう…。あはは、ちょっと、疲れているみたいで…。でもでも心配には及びません。少しすれば動けますので―――…久城センパイ…?!」

「部屋まで送るよ」


 どうしてこんな事になったのか。久城は問い詰めることなく鳴鳥を抱きかかえた。このような状態に陥った原因を顧みればとても彼に頼る訳にはいかないのだが、今は抵抗する気力すらも無く、身を委ねてしまう。

 鳴鳥の自室まで二人は一言も言葉を交わさず、それは鳴鳥の身をベッドに横たえた後でも変わらなかった。何も言わぬまま部屋を後にしようとする久城の服の裾を鳴鳥は思わず掴んでしまうが、結局何を言っていいのか思いつかない。


「今はゆっくり休むと良いよ」

「…どうして。…どうして何も聞かないんですか…?」

「なんとなくだけど、何が起きたか分かるんだ。それは僕にとってあまり聞きたくない内容だからね」


 久城は鳴鳥に想いを告げ、その返事を保留にしている。彼としては鳴鳥がジルベルトに拒まれて喜ぶべき筈なのだが、そうではないと言った。弱っている所に付け入るなど、彼のやり方ではないのだろう。変わる事のない彼の優しさに鳴鳥は抑えていた感情がこぼれ出し、涙を浮かべた。


「ごめんなさい…。私……っ」

「無理をしなくて良い。落ち着いてからで良いんだ」

「でも…、明日には…、私は…」

「いつまでも待つから。何年先になっても構わないから、今は自分の事を一番に考えていていいよ」


 そう言って久城は鳴鳥の身をそっとベッドに戻してブランケットを掛ける。

 結局、久城に対しては明確な答えを返せなかった。それでも彼は良いのだと言う。

 鳴鳥はジルベルトに想いを受け入れて貰えず、これ以上無い程に心を痛めている。けれどもそれと同じ事を久城に対しても強いているのだと気付くが、今の鳴鳥にはどうする事も出来ない。傷つけるのが嫌だからといって、その気は無いのに気持ちを受け入れるふりなど出来ないからだ。


「ごめんなさい…」

「謝る必要も無いんだよ。僕は鳴鳥がどんな答えを出しても受け入れる。だから嘘偽りなく、本当の気持ちを伝えてくれればいい」

「私は…―――」


 たどたどしくだが、先程の事を正直に、鳴鳥は久城へと伝える。他の者へと告白をしたなど聞きたくもないだろうが、久城は表情を崩す事無く時折相槌を打って最後まで聞く。実質的にこれで久城への答えは出たが、このような形になってしまったことを鳴鳥は申し訳なくも感じる。最後に「すみません」と謝罪の言葉で締めくくり、鳴鳥は腕で顔を覆った。気持ちには応えられない。そう伝えたのだが、ふと顔色を窺うと、彼は優しい笑みを浮かべていた。それはまるでこうなる事を知っていたかのように、落ち着いた様子である。


「残念だけど、仕方がない。それに、一度断られたからといって諦めるつもりは無いよ。潔くないかも知れないが、この想いは変わらない。そしてこの先はどうなるか分からない。それは鳴鳥にも言える事なんじゃないかな?」

「私…にも…?」

「今でも、彼の事が好き、なんだろう」

「そ、それは…」


 突き放されても、どうしてか嫌いになれない。久城の言った通り、未だに鳴鳥の心にはジルベルトが居た。彼の事を未だに想っているからこそ、今もなお胸の痛みを感じている。そして久城はその想いを捨てる必要は無い、このままでいいのだと言う。彼の立場なら早く忘れ去って新しい事に目を向けてくれた方が良いだろうが、そのような姿は望まないのだろう。


「僕が愛しているのは自分の想いに真っ直ぐな君なんだ。だからその想いすらも捨てる必要は無い」

「久城…センパイ。でも…それじゃあ…」

「これは僕の望みでもある。だから、そんな顔をしないで欲しい」

「…ありがとう…ございます」


 そっとひと撫で、鳴鳥の頭に触れた久城は僅かながらに笑顔が戻った事に安堵したのか、よれたブランケットを掛け直して部屋を後にする。

 久城が去った後、鳴鳥はぼんやりと見慣れつつあった天井を見つめていた。ジルベルトに拒まれ、ズキズキと痛んでいた胸の痛みも久城との話を終えた後で幾分か落ち着いた。そして彼の言った「想い続けても構わない」という言葉。それは再び歩き出す為の力と成った。

 想い続ける事は自由で、誰にも止める事は出来ない。例え叶わなかったとしても、想いは消えることなく、未だジルベルトの事を想い続けられる自信を久城は与えてくれた。


「(強くなろう…。力だけでなく、心も。まだ隣に居るには相応しくないから、だから強くなって戻ってくる。必ず…!)」


 新たな決意と変わらぬ思いを胸に、鳴鳥はこの船と皆と別れる覚悟を決めた。






 アルヴァルディとドックを橋渡すタラップ前では久城が待っていた。今の酷い顔をあまり見られたくは無いという気持ちと、昨晩あった出来事から鳴鳥は顔を合わせ辛かったが、久城は全く気に留めていないようでいつも通りの表情であった。


「おはよう」

「おはようございます」

「皆はもう車に乗り込んでいるよ」

「あ、遅くなってすみません」

「ううん。時間は五分前だから気にする事は無いよ。それよりも、これを」


 久城は鳴鳥のトランクを預かり、自分が持っていた紙袋を渡した。袋の中にはサンドイッチとドリンクが詰められており、それは鳴鳥の朝食であった。食欲は無いのだが、その事をおくびにも出さぬように鳴鳥は礼を言い、二人はドックの傍に在る駐車場へと向かう。

 大人数が乗れるワゴン車、その前で皆は出迎えてくれた。これから軍学校前まで皆が見送ってくれるのだが、唯一人、既に助手席に座ったジルベルトは顔を合わせようとしなかった。


「それじゃあ行きましょうか」

「行くんっスよね…」

「コラっ!貴方がそんな顔をしていてどうするの!?」

「だけど…」

「それじゃあコンラード、貴方はここで待っていなさい」

「えぇ!?そりゃ無いっスよ!」


 マリアンとコンラード。このやり取りも暫く見られなくなると思うと、寂しさが募る事に拍車がかかる。いつまでも彼らと共に居て、下らない事で笑っていたいが時は無常に過ぎて行く。目的地への道中はしんみりとした空気になるかと思われたが、マリアンとコンラードが気を利かせて明るく振る舞い、鳴鳥は気持ちを沈ませている暇が無かった。寡黙なスティングですら時折口を挟んでいて、一見すると車内は賑やかであるが、ジルベルトだけは一言も話さず、その事は鳴鳥にとって辛くもあったが、致し方ないと諦めが付いた。そうこうしている内にあっという間に着いた目的地。皆は車から降り、鳴鳥と最後の言葉を交わす。


「それではお元気で。不慣れな事もあるでしょうが、貴女ならきっと大丈夫であると思います」

「アランさんにそう言って頂けるなら安心できますね」

「休暇には私の家を訪ねてくれれば嬉しい。子ども達やサンドラも喜ぶ」

「スティングさん…、ありがとうございます。是非、そうさせて頂きます…!」

「何かあったら遠慮なく連絡を頂戴。離れていても、相談ならできるから」

「そうっス!毎晩でも連絡してくれて構わないっス」

「マリアンさん、コンラードさん、ありがとうございます。そう言って下さって嬉しいですし、心強いです」

「鳴鳥、僕は―――」


 久城が最後に言葉を交わす前に、鳴鳥は荷物から袋を取り出した。それは今まで返しそびれていた物で、鳴鳥はこれまでの礼と共にそれを差し出す。受け取ってしまえばもう彼女と共に居られなくなる。そんな躊躇いを見せつつも、久城は笑顔で鳴鳥から彼のジャケットが入った袋を受け取った。


「遅くなってすみません。それから、あの時も、これまでも、ありがとうございました」

「礼には及ばないよ。僕は何時も、したくてやっているんだ。見返りや礼は要らない。君が笑ってくれさえいればそれで良い」

「久城センパイ…」

「僕の想いは変わらないから。ずっと待っている」

「…私は―――」

「気負わせるようなことを言っているけど、そんなつもりは無いんだ。ただ、心の隅でいいから憶えていて欲しい」

「はい…」


 鳴鳥と久城、二人の間に何かがあったと誰もが気付いていた。とても立ち入れる雰囲気ではなく、皆は見守っていたが、会話を終えた所でマリアンがはたと気づく。唯一言葉を交わしていない者が居る事に。彼と鳴鳥との間にも何かがあったと分かってはいたが、最後まで言葉を交わさないというのはいただけない。車体に背を預けていたジルベルトの腕を取ると、マリアンは多少強引に鳴鳥の前へと彼を突き出す。突然の事でお互いに目を見開き驚くが、鳴鳥は微笑み、ジルベルトはフイと視線を明後日の方向へと外す。


「これまで、大変お世話になりました」

「ああ」

「あまり無茶な事はしないでくださいね」

「分かっている」

「私は、今でも気持ちを変えるつもりはありませんから」

「…」

「それじゃあ…」


 皆へと向き直り、最後にもう一度これまでの礼を述べる。別れの挨拶は全て終えた。皆が見守る中、鳴鳥は背を向けて歩き出す。一度背を向けたからには振り向いてはならない。そう分かってはいたが、最後に一つ、やり残したことの為に振り返り地面を蹴る。駆け寄った先は想い人の元、互いの呼吸が聞こえる程に近づき、背丈の差を埋める為に肩に手を掛け引き寄せ、ほんの少し背伸びをして頬に唇を寄せる。不意打ちとも取れる大胆な行動に、当人だけでなく周りも驚き固まった。


「いつか、また」


 茫然とするジルベルトを置いて、鳴鳥は駈け出す。彼女の姿が小さくなる頃、ようやく我を取り戻し、後を追おうとするが時は既に遅く、鳴鳥は手の届かない所に居た。周りは囃し立てたり、気が動転して喚く者もいるが、彼らの雑音は全く耳に入ってこない。未だ熱を帯びる頬を手で押さえたジルベルトは深い溜息を吐いた。


「全く、最後までアイツは…」


 こうして鳴鳥はアルヴァルディの皆と別れ、別の道を歩む事となった。






 白い、穢れを知らないような真っ白の機体。それでも搭乗者の意志によれば一騎当千ならぬ何万もの敵を相手にもできる兵器、ARKHED(アルケード)である。それはかつて一人の少女が搭乗していた機体で、今はとある男の手中に収まっている。

 嫌味な程に整った容姿で白衣を着た男。その者は長年探していたものを前に昂る気持ちをどうにか抑えていた。


「ああ…もうすぐ君に会える…。ずっと、ずっとこの時を待っていたんだよ」


 白いARKHED(アルケード)の中枢。例えるならば純白の檻の中にその者は囚われている。そこから救い出すには何重ものロックを外し、慎重に事を運ばなくてはならない。焦ることは無いのだが、手は微かに震えていた。それは緊張からではなく歓喜の震えで、白衣の男は今か今かと待ちわびる。

 最終ロックが外され、いよいよ機体の中枢が露わとなる。膨大なデータの波の中、そこに彼女は居た。

 深々と降り積もる雪のように真っ白な長い髪、傷一つ無く透き通るような肌、全ての者を慈しむかのように優しげな瞳は以前と何一つ変わっていなかった。

 感動の再会かとも思われたが、それは一方的なもので、美しい女性の瞳は悲しげなものへと変わる。それは喜んでいないかのような表情だが、白衣の男は全く意に介していないようであった。


「セリア…。セリア、なんだな…。あぁ…セリア、もう一度君に会えるとは、信じていなかった訳ではないんだ。それでもこうして君に会えるとは、奇跡だ…」

「…エルンスト。貴方という人は…」

「積もる話もあるだろうが、もう少し待っていてくれ、今すぐに君の器を―――」

「お願いだから私の話を聞いて、エルンスト…っ」


 セリアの悲痛な叫びは届かない。今の彼、エルンストには一刻も早く彼女に触れる事しか頭になく、直ぐに次の段階へと移ろうとする。それは無意識的に自分にとって都合の悪い事を聞き入れない為の行動かも知れない。

 沢山のコードに繋がれた白いARKHED(アルケード)。それは大きな機器を中継し、透明な筒状の機器へとつながっている。緑色の溶液に満たされた筒の中には一人の女性が浮かんでおり、その姿形は現在モニターに映るセリアの姿と瓜二つであった。


「待っていてくれ、直ぐに君の身体を―――…っ、何故だ…!?」


 機械の作動には何一つおかしな箇所は無かった。やっと見つけ出したセリアの意識を空っぽの器に移すだけなのだが、機器は上手く作動しない。ここに来て思い通りにいかなくなり気が動転しかけるが、直ぐに原因を突き止めた。それは否定したい現実。器と同化する事を拒んでいたのはセリア自身であった。


「全て、貴方のしてきた事は全て見ていたわ。こんな事の為に、貴方は沢山の人々を傷つけ、そしてその命の灯を消し去ったのね」

「こんな事…?君を救うのは何よりも大事な事だ。その為にモルモットが幾ら命を落とそうが関係などない」

「彼らは私達と変わらない人よ。実験動物扱いなど許されないわ…!」

「いいや、奴らは下等な生物だ。新たな力を与えれば嬉々としてそれに群がり、その力を誇示するために戦を始める。力を進化の為にでは無く、破壊に用いる野蛮な生き物だ。そのような者達に慈悲など馬鹿げている」

「誰もが戦を望んでいる訳ではないのよ。守りたいものがあるから、やむを得ず力を手にする。貴方のしてきた事はそんな彼らの願いを踏み躙るものなの。お願いだから気付いて、昔の貴方に戻って…!」


 どんな事があろうとも、互いを想う気持ちは変わらない。それでもその願いは交わる事無く平行線を辿る。セリアの声はエルンストに届くことは無く、エルンストの願いもセリアに伝わらない。

 ブツブツと、独り言を呟くエルンスト。今の彼は何をしでかすのか分からない。最悪この宙域の全ての命を盾に屈服するよう要求し、それを拒めば目の前で星一つを消し去りかねない。もうこれ以上彼の好き勝手にさせられない。全ては自分のせいであると思い至ったセリアは己の身を使い、彼の暴走を止めようと図った。


「…っ、何をする…!?」

「私が知っている貴方はもう居ない。ならば私がここに居る意味も無いわ」

「待ってくれ…!行かないでくれ!もう私を一人にしないでくれ…頼むから…」


 モニターの中に映し出されたセリアの姿がブレて歪む。エルンストの為に自ら消えてしまう事を選んだセリアだが、わき目も振らずにモニターへと縋りつく彼の姿に躊躇いが生まれる。その甘さにつけ入るように、エルンストはセリアの意識体を封じ込める処置を行った。


「待って、まだ話は―――」


 プツリと途切れる音声。そしてモニターの中のセリアの姿もフリーズしたかのように固まる。再び機械の作動音のみで満たされた室内。フラフラと力なく椅子に座ったエルンストは顔を手で覆い、乾いた笑い声を上げた。

 長い年月を経て、全ての時間を彼女の為に注いだ結果がこれだとは信じられず、認められない。今はまだ、混乱しているから自分の考えを受け入れて貰えないのだと決めつけたエルンストは、動揺するセリアを落ち着かせるために多少荒くもある方法をとって沈静化させた。その言い訳は虚しく、現実は非情で、悲しげな表情のまま硬直する姿はあれほど求めていた者の姿なのに直視できない。歓びから一転、地の底まで突き落とされ茫然としていた彼だが、やがて怒りがふつふつと湧き出し、矛先は無垢なままの器へと向いた。

 セリアの身体として用意していた空っぽの器。その姿は生前の彼女そのものであり、何一つ違いなどない筈だった。けれどもセリアは器を受け入れなかった。となれば悪いのは器の方だとエルンストは思い至り、溶液を排出した後にその物言わぬ人形に触れる。


「残されたデータだけでは完全に再現するには至らなかったか…。ならば―――」


 それは求めていた者の現身だというのに、エルンストは躊躇いもせず手放す。彼の手から離れたその身体は底の見えない暗い穴へと落とされ、廃棄処分された。感傷に浸る事も、躊躇いも無い冷めた表情。今の彼の中のあるのは適格な器を用意する事しかなかった。


「忌々しいが、致し方ない。S‐001を使うより他は無いようだ」


 現状に見切りをつけたエルンストはすぐさま次の手を打つ。それは全て彼の欲する者の為にであるが、盲目的な想いは視界を曇らせ、大切な者の声さえも届かなくなっていた。






 惑星アストリア。数多の星々を束ねる星団連合の本部も有するその星の主要国ガルレシア。実質的には連合議会の議長であるミリアムが星の代表であるようなものなのだが、それには一つの理由があった。

 ガルレシアの首都、リヒト・ヴォールの中心部にある王宮。そもそも王が不在の場を王宮と呼べるのかどうか定かではないが、その一画にある塔状の建物の最上階、玉座には着かず、緑溢れる庭園のような室内に王は居た。

 年の頃は50代といった所か、大柄で偉丈夫な姿は戦士のように見えるが、その者は紛れも無く一国の王である。床に臥せっている訳でもなくて、表舞台に出ず、彼がこの場に籠りきりなのは理由あっての事だった。

 王の名はディノス・フォン・アストリア。彼は武骨な手に似合わないティーカップを持ち、さまざまな菓子が用意されたテーブルに着いていた。彼の向かいに座るのは少女とも見て取れる白髪の女性、ミリアムである。


「そうか…。小鳥は羽を失ったか」

「ええ。でも、それが彼女にとって良かった事だと、私は思うの」


 カチャリと音を立ててソーサーに置かれるティーカップ。この空中庭園は天井が透明な板のドーム型になっており、陽の光が差し込む。空を仰ぎ見るミリアムの瞳には小鳥たちが羽ばたく姿が映り、眩しさと共に目を細めた。


「しかしこれで、君の役目は終えたと言う訳だ」

「そう…かしら。そうだと良いのだけど…、嫌な予感がするの」


 一抹の不安。それはさして時間を要さずに現実となる。再びカップに伸ばしかけた手が震え、ミリアムは硬直する。暫しの間の沈黙の後、瞳を閉ざして歯をギリッと噛み締めたミリアムは消え入りそうな声でポツリと呟く。


「予感は的中したようね」

「今度は何だ…?全て片が付いた訳ではないのか」

「…次の私の役目は―――」


 言葉を途切れさせたミリアム。それは明らかに良くない事を表しており、ディノスも楽観的な態度から一転、真剣みを帯びた表情となる。何があったかと問い詰めたい所ではあるが、ディノスは座して待ち、ミリアムの整理がつくまで待った。躊躇いがちに揺らぐ視線、震える唇から告げられたのは別れの言葉だった。


「ディノス…。これまで貴方には沢山の苦労を強いてきたわ」

「止めてくれ。それは俺が望んだことだ。お前が気に病む事は何一つもありゃしない」

「いいえ。貴方が居たからこそ、私は世界を知れた。それでも、その為に貴方は―――」


 ギュッと、掌に傷がついてしまいそうになる程に強く握られた拳に大きな手が重なる。言葉で否定した後に、ディノスは重ねた手の温もりと優しい顔つきで自責の念を否定した。そして彼は強い眼差しで訴える。これ以上誰もが犠牲にならないよう、その瞳には確かな意思が感じられた。


「お前は俺が守る。だから俺の傍から離れるなど考えるな」

「どうやって守るというのよ。そもそも守るのは私の役目で―――」

「お手をどうぞ、お嬢さん」


 席を立ち、ミリアムのすぐ傍でかしずいたディノスは手を差し出す。この手を取れば救われるかもしれない。それでもミリアムには簡単に手を取ることが出来なかった。星団連合議会議長であり、アストリアの代表である彼女にはその役目を放棄する訳にはいかない。背負うものの大きさから、彼女は首を横に振る。無論、ディノスはその程度で退くほどの覚悟ではない。


「ならばこうするより他無いな」

「…ちょ、ちょっと、ディノス!?」


 軽々と、人形を持ち上げる様にミリアムを抱え上げたディノスは不敵な笑みを浮かべる。彼がこの顔になるのは大抵良くない事を思いついている時で、ポカポカと殴りつけて抵抗してもどうにもならない。


「抵抗するならば無理やりにでも連れて行くだけだ」

「まるで悪役みたいな台詞ね」

「お前の為ならば、悪にだってなんだってなれるさ」


 委ねる事を拒んでいた手は肩へと回され、額と額がそっと触れる。そして二人は、籠の中から飛び出すことを決意し、羽ばたき出した。





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