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Xenoverse  作者: 葉月はつか
phase two : anemotaxis
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第58話 Market which was colored

 久城から明かされた彼と彼の妹、由利亜との事。にわかには信じ難い事実と共に彼の口から告げられたのは愛の告白だった。想定外の言葉に鳴鳥は身体を硬直させ、暫しの間、茫然とする。視線を泳がせていると、冗談で言っているのではない真剣な眼差しに気付き、カァ…っと頬に熱を帯びた。どう答えて良いか戸惑う彼女はパクパクと酸欠の魚のように口を開閉するが、久城は直ぐに返答を求めていないようで話を続けた。


「君のことを好きになったからこそ、由利亜の事が時折邪魔に感じたんだ」

「そんな…」

「やっぱり、軽蔑するよね」


 悲しげに、目線を落として久城は乾いた笑い声を上げる。正直な所、紳士的な久城が嫉妬に狂うなど想像もできなかったが、彼も普通の人と変わらない。大好きな者を独り占めにしたい気持ちが分からないでもない鳴鳥は首を横に振った。


「…ありがとう。例え嘘だとしても嬉しいよ」

「嘘だなんてことは無いです!でも、そんなに由利亜ちゃんは…。私にはよく分からないのですが」

「出掛けるとき、何時も一緒だったのは憶えている?」

「あ…」


 言われてみれば、出掛ける時は何時も一緒であった。幼い頃は鳴鳥の弟の棗を含めて四人で、中学に上がってからは同性の友達の方へと行ってしまった棗を除いて。三人は常に一緒で、それは昔から変わらず、鳴鳥としては仲の良い友達であると認識していた為、違和感を覚えることは無かったが、久城としては不満を感じていたらしい。




           第58話 Market which was colored




 ある時の事、クリスマスを前に久城は想いを伝えようと鳴鳥だけを誘いデートを計画した。綿密なプランを練り、告白の言葉やタイミングを何度も考え、いよいよ当日となって高鳴る胸を抑えつつ、待ち合わせ場所で待っていた彼の元には鳴鳥だけでなく、由利亜が現れた。もしかすると鳴鳥が気を利かせて由利亜に声を掛けたのかと疑ったが、そうではなかった。その日は偶々運が悪かった。そう結論付けたが、その後にも同じようなことが何度か続いて、ことごとく由利亜に邪魔をされた。そんな日々が続く中、いい加減、我慢の限界に来た久城は由利亜を問い詰めたらしい。


「だって!お兄様と鳴鳥ちゃんが恋人同士になったら、私の居場所がなくなるじゃない…!」


 身勝手な理由。それでも由利亜の気持ちを久城は理解できない訳ではなかった。由利亜は弱い。自分や鳴鳥が居なければ怯えて何もできない程に弱かった。それは由利亜が物心ついた時からの悪習で、久城は彼女の盾となり、騎士となって守ってきた。けれどもそれはただの甘やかしだったと気付く。

 鳴鳥ならば、恋愛と友情、どちらも両立させることが出来ると思う。だが、由利亜の不安は拭えないようで、彼女は自分の居場所を守る為に必死だった。


「由利亜ちゃんが…そんな事を…?」

「ああ。だから、遅くなってしまったが、自立できるよう手を尽くした。君との事もあるが、このままではまともな社会人になれないと思ってね」

「…そう、ですか」


 由利亜を言い聞かせるのには苦労した。時には口汚く罵ったり、このままだと鳴鳥の重荷になるなど卑劣な事も吹き込んだ。説得は両親も含め、ようやく由利亜は頼ってばかりでは駄目だという事を自覚できた。けれども荒療治は最悪な結末へ、不必要に自分を追い込んだ由利亜は本当に助けが要る時も声を上げず、自分一人で抱えて、精神をすり減らして、最期に死を選んだ。


「由利亜を追い詰めたのは僕だ…。それなのに他人のせいにして、君の事も責めて。責任から逃れた上に取り返しのつかない過ちを犯してしまった」


 久城の懺悔に、鳴鳥はヴィルト・ルイーネでの事を思い出した。女神像の前で久城が呟いた「間違っていたのは自分だ」という言葉を。ようやくその意味が理解できたが、望んでこのような結末を迎えた訳ではない事から、責める事は出来なかった。

 そもそも久城が回りくどい方法を取らずに鳴鳥へ想いを告げてさえいれば。別の結果を迎えることが出来たかもしれない。それも今となってはどうしようもない事だが、このまま隠している事は出来なかったらしい。


「だから、君は何一つ悪くない。自分を責める必要は無いんだ。全ては僕の醜い独占欲が招いた事で―――」

「いいんです。もう、いいんですよ」


 鳴鳥ならば、全てを曝け出したところで受け入れてくれる。罪を許してくれると久城には分かっていた。分かってはいたが、涙は止まらない。零れ出したものを拭う優しい手を掴み、自分の元へと引き寄せる。突然の事で驚いて身じろぎはするが、直ぐにその身を委ねてくれる。優しさに、甘さに付け入る最低な行為だが、今の久城には鳴鳥に縋らないと自分が保てそうになかった。


「私が悪くないと言うのなら、久城センパイも悪くはありません」

「だが…っ!僕のせいで由利亜も君も…」

「久城センパイは、間違っていなかったと思います。皆がずっと一緒には居られない。いずれは由利亜ちゃんも独り立ちしなくてはならなかった。ただ、急すぎたのと、タイミングが悪かったんです」

「どうして…君はそこまで優しいんだ?責めてくれても構わないと言うのに」

「責めた所で何も変わらないですし、そもそも責められるような立場ではありませんよ。私に出来るのは由利亜ちゃんの事を忘れないでいる事だけです」

「本当に君は…」


 抱かれるだけだった鳴鳥が久城の背へと腕を回し、落ち着かせるように頭と背を撫でる。まるで子どもをあやすかのような仕草だが、心地よく、いつまでもこのままで居たいと願う久城であった。


「…こんな僕が今でも君の事を想っているなどおこがましいんだが。もし、許してくれるなら、今すぐでなくても良いから答えが欲しい」


 罪を曝け出したのは受け入れられなかった時の為の予防線なのかもしれない。つくづく久城は自分のしたたかさに呆れる所だが、鳴鳥と離ればなれになってしまうと分かった今、言い出せずにはいられなかった。

 嗚咽が収まった所で久城は鳴鳥の身を解放する。再び頬を赤く染めた鳴鳥の視線は泳いでいて、口元はキュッと結ばれていて、恥じらう姿がとても愛らしい。非常に名残惜しくもあるが、欲望の赴くままに行動すれば今度こそ完全に嫌われる。何とか理性で押さえつつ、話を切り上げ、鳴鳥を部屋の前まで送った。


「それじゃあ、お休み」

「おやすみなさい…です」


 旧式のロボットのようにぎこちない挙動。困らせていることは重々承知であるが、サラリと流され全く動じる事が無いよりはマシである。

 扉が閉まり、自室に戻った久城はベッドに身を預けた。達成感はあったが、やり遂げた後には虚無が待ち受けている。鳴鳥の答えは聞かなくとも分かっていた。船を降りる事を皆の前で明かした事、その事から所詮自分も他の船員達と同じなのだと分からせられた。それでもこのまま想いを告げぬわけにはいかなかった。一縷でも望みがあるのならば縋り付くしかない。そして、鳴鳥と彼、ジルベルトがこれ以上距離を縮める前に手を打つべきだと判断した。打算的な告白であるが、後悔は無かった。例え拒まれようとも、想いは変わらず、ずっと守り続ける。その決意があるから久城は前を向いていられた。






 久城に自室まで見送られた鳴鳥は扉が閉まったと同時にズルズルと力なくへたり込んだ。

 次々と驚くことを聞かされたが、何よりも今、彼女の頭の中を支配しているのは久城の愛の告白であった。


「…どうしよう」


 未だ頬には熱が、両手で触れてみるとひんやりとした手が気持ち良いくらいである。

 隠していてもいい部分まで曝け出した久城の告白。それは真剣そのもので簡単に応えて良いものでは無い。それでも今の鳴鳥には別の、想い人が居る。これまでにあった事、憎悪の感情を向けられたり、地球を滅ぼしたり、その切っ掛けが独占欲からによるものだと知ってなお、久城の事を決して嫌いになった訳ではない。どちらかと言えば今でも好き、なのだが、久城に対しての好きは恋い焦がれるものではない。彼に対しては家族に向けられるような愛情であると気付いていた。

 鳴鳥が今、誰を想っているのか。気持ちは固まっており、悩むまでも無い事なのだが、断った時に久城がどういう顔をするのかが不安である。できれば傷つけたくない。けれども有耶無耶にはできない。

 ジルベルトに対しても、鳴鳥は想いを告げなくてはならない。どうやって切り出すか、どのような場で言うべきか、悩んでいた所で久城の告白を受け、寝耳に水な状態である。それでも後六日の内に二人に伝えなくてはならない。六日というのは長く感じるようで、先延ばしにしたい時にはあっという間に過ぎる。

 悩み続けて眠れない夜を過ごした翌日、ラウンジで久城と顔を合わせた鳴鳥。思わず挙動不審に、ぎこちない態度を取ってしまう。一方久城は何時もと全く変わらぬ態度で、本当に昨日告白をしてきたのか疑わしくなる程落ち着いていた。彼は決して答えを催促している訳ではないが、目を合わせると妙な脅迫概念に襲われる。


「…はぁ」


 自室で私物の荷作りをしていた鳴鳥は深い溜息を吐いた。久城に対して妙な態度を取っている鳴鳥に対し、マリアン達アルヴァルディの皆は特に何も言わない。別れが近い事で感傷に浸るのは致し方ないと思われているようだが、その優しさが今は少しだけ困る。いっその事、久城の事もジルベルトの事も相談に乗ってもらえればどんなに楽だろうかと思うが、どちらの問題にも自分自身で答えを出さなくてはならない。


「あ…これ…」


 衣服を宅配ボックスに移していた鳴鳥は、チェストの底の方にあったある物を前に手を止めた。それは男性物のジャケット。地球から転移する前、衣服を破られてしまった鳴鳥に久城が貸してくれた物であり、無事に再会したというのに返しそびれていた。地球から離れて暫くはこのジャケットが鳴鳥の支えで、皺になると悪いと思いつつも抱きしめて故郷に想いを馳せていた。その事を今となっては懐かしくも思うが、思い出に浸っている訳にもいかない。


「(久城センパイは優しくて、何でも出来て、格好良くて…。そんな人に好きになって貰えるなんてすごく幸せな事だと思う。でも、私は―――)」


 抱きしめられた時にも気づいてしまった。久城に抱きしめられた時に心臓が早鐘を打たなかった訳ではない。やはり何度目であっても男の人に抱きしめられると鼓動は早くなり、慣れはしない。ジルベルトとの違い、それは離れて行く瞬間に違いがあった。もっとこのままこうして居たいと思えたのはジルベルトだけである。


「(こんな時に、由利亜ちゃんに相談したらどうなっていたのかな…)」


 久城の話では二人の仲が深まるのを邪魔していたようだが、由利亜ならきっと久城を選ぶように、最後には二人の仲を祝福してくれただろうと思う。由利亜だけでない。きっと誰もが久城を選ぶのが当然であるかのように言うのだろう。そもそもジルベルトとは歳が18も離れていて、人が気にしている身体的特徴を小バカにしてきて、見た目も無精髭を生やしているなどだらしがない。それでも鳴鳥は、誰が何と言おうと好きだと言える自信があった。

 荷物はそれ程多くなく、考え事をしながらでもあっという間に片付いてしまった。私室として渡して貰った頃に、サッパリと綺麗になにも無くなった部屋を見渡した鳴鳥は一息ついてベッドに腰掛け、パタンと倒れて背中を預けた。






 刻一刻と時は過ぎ、鳴鳥が皆と別れる日が近づく最中、ジルベルトはと言うと、退院した後に連合軍本部にて未だ拘束されていた。度重なる検査に聴取。やっと鳴鳥を敵の手から取り戻せたというのに、彼女と会えたのは目覚めた時だけである。会えない日々が続くことに不満はあるが、彼には為さねばならない事があった。

 調査部の一室。その室内には中央に肘掛けのある椅子が置かれ、頭上部分には頭部をすっぽりと覆う機器が備え付けられており、それ以外には何もない。現在、ジルベルトはその椅子に深く腰掛け、両手を肘掛けにロックされ、頭部に機器を装着していた。

 この場を取り仕切るダニエルは隣接されたモニタールームからこれから行われる事の説明をする前に、病み上がりのジルベルトの体調を気遣っていた。


「手酷くやられたようですが、体調の方はもう良いのですか」

「ここに俺が居るという事は、問題ないという事だ」


 目覚めた後の検査で、ジルベルトの身体は元通りに、不死の力を取り戻していることが証明された。幸か不幸か、その事でジルベルトは常人では考えられないほど早く退院できた訳だが、また不死の身になった事は忌々しくもあった。追い詰められ、久方ぶりに死を身に感じた時、後悔の波が押し寄せてはきたが、結局の所この力もあの白衣の男には通用しない。戻った所で手放しに喜べる心境ではなかったのだ。


「これより貴方の記憶を映像として抽出します。その際に受けた傷の痛みを再現させてしまうのですが、覚悟の程はよろしいでしょうか」

「覚悟ならとうに出来ている。さっさと始めてくれ」

「分かりました。それでも一応念のために。肘掛けの右手内側に緊急用の非常停止ボタンが備え付けてありますので、もしもの時は遠慮なく押してください」

「大丈夫だ。俺の事は心配いらない」

「…そうですか。それでは、始めます」


 白衣の男との接触はジルベルト以外にも鳴鳥とアランとスティングが引き渡し時に行っている。その際の記録は取られているが、ジルベルトとの交戦は記録として残っていない。不死であるジルベルトをあっさりと負かしたという程の力。それは口頭での説明では真偽を確かめにくい。これから行われるのはその内容を証明するもので、ジルベルトの記憶から白衣の男の情報を読み取る。だがそれには多大な精神負荷がかかってしまう。本来ならば口を開かぬ罪人の取り調べにも使われるもので、精神を破壊しかねないこの機器は余程の事が無い限り使用されない。そのような危険性があるにもかかわらず、当人はどこ吹く風で危機感を覚えていない。逆に調査部の面々の方が息を呑んで緊張している位であった。それは職務上では感情を表情に表わさないダニエルも同じく、機器を作動させるスイッチに手を伸ばした彼の指先は微かに震えていた。

 腹に響く重低音。多少五月蠅くもある作動音に顔をしかめていたジルベルトだが、程なくして視界が暗く、意識が遠のいた。

 次に視界が開けた時、ジルベルトの居場所はあの鳴鳥が囚われていた研究室内であった。そして目の前には思い出すだけでも忌々しい白衣の男。手を打たれる前にこちらから攻撃を仕掛けようとするも、身体の自由は無い。自分の意志とは反する身体の動きに戸惑うが、そこでここは過去の記憶の中なのだと思い知らされる。攻撃のパターンは憶えていて避けようと思うが避けられず、氷塊は身を抉る。あの時に感じた痛みはそのままに、情けなくも喘ぐ声を漏らしそうになるが奥歯を噛みしめてぐっとこらえる。身体に走る痛みと同時に激しい頭痛に襲われるが、痛みよりも己の失態を見せつけられるというのが歯痒く、何よりも耐え難かった。


「(次に会った時には必ず…!)」


 圧倒的な力を前に全く歯が立たなかった。それでも再び会い見えた時には逃げ出したりせず立ち向かうだろう。白衣の男はいまだ解明されていないARKHED(アルケード)の情報を握っている。それだけでも充分に拘束しなくてはならないが、何よりも駆り立たせている理由は好き勝手に振る舞われ、散々鳴鳥の身を脅かしてきたことを腹に据えかねているからだ。

 強い意志は痛みさえも乗り越える。ジルベルトは自我を崩壊させる事なく乗り切り、データは無事に収集された。

 こうして先の奪還作戦中のデータが全て揃った。退院して、記憶から情報を抜き出して、普通の人ならば休みを挟むところだが、ジルベルトは休みを返上し翌日には緊急議会へと赴く。

星団連合軍本部の数あるブリーフィングルームの内の一つ。取り分け広く、椅子などの調度品も品質の高い物で揃えられた一室。円卓の中央にはモニターがあり、今現在流れているノイズ交じりの映像は白衣の男が魔法のように自然の力を自在に振るう姿であった。その圧倒的な強さに列席する者達は誰しもが目を見開き慄いている。

 軍部のみならず連合議会の上層部までもが集うこの場で一席に着くなど本来ならあり得ないが、ジルベルトは当事者という事もあり、この場に居た。今現在流れている映像はジルベルトの記憶をもとに再生したものであり、抽出には相当の精神的負荷がかかったが、こうして皆の前で自分が完膚なきまでに叩きのめされている場を晒される方が余程精神的に苦痛であった。

 記録映像はジルベルトが気を失った所で真っ暗に画面が塗り潰されて終わった。深い溜息に眉間に寄せられた皺、ここに集まる者の中には幾度となく死線を潜り抜けてきた者達ばかりだというのに、表情は芳しくない。

 唯でさえ照明を落とされた室内は暗い。それに輪を掛けて現実は空気すらもどんよりとしたものへと変えてしまった。皆が今後の懸念要因に頭を痛める中、重い腰を上げたヘニングが説明をする。


「不可思議な力ばかりに目が行きますが、ご覧の通り、かの者はARKHED(アルケード)の造詣が深い発言を、と言うよりも、最早かの者こそが開発者関係であるかのような口ぶりであります」


 精神結晶(ゼーレクリスタル)無しでの属性攻撃に目が行きがちだが、白衣の男はARKHED(アルケード)の契約について言及している。鳴鳥がARKHED(アルケード)を引き渡した際にも、彼は搭乗者しか動かせない筈の機体を目の前で稼働させ、我が物としてしまった。それらの事から間違いなく、ARKHED(アルケード)に関わる者と言え、これまで解析不能であった部分も彼ならば知っているのだろうと思われる。鍵となる人物。けれどもその男の行方は知れず、更に情報を引き出そうにも応じる様子も身柄を拘束する手立ても皆無である。長年の謎が解き明かされる目前まで来ているが、皆の表情は浮かない。


「敵の力は強大で、不死の力さえも無力化してしまう。けれども今の所、侵略が目的ではないようで、それが唯一の救いといった所でしょうか」


 鳴鳥のARKHED(アルケード)を引き渡してからはこれまでの行いが嘘だったかのように沈黙を保っていた。後ろ向きな発言であるが、これほどの力の差を見せつけられてしまえば弱腰になるのも当然である。

 ともあれ、敵は鳴鳥の機体を奪い、意図して戦争をけしかけたなど、これまでの行いに目を瞑る事は出来ない。引き続き敵の行方を探る事と、再び襲撃が起こる事を想定して厳戒態勢にある事を通達した。






 本部での用事を済ませ、戻る目途が付いたとジルベルトから連絡をもらい、アルヴァルディにはようやく何時もの面々が揃う事となる。だが、それも僅かの間、鳴鳥は三日後に皆の元を離れる。その時までに鳴鳥は二つの大事な答えを伝えなくてはならないが、未だ迷いに迷っていて伝えられそうもない。それでも彼女は離れる寂しさと迷いを皆に悟られぬよう気丈に振る舞っていた。

 今現在鳴鳥はジルベルトが戻ってくるのに合わせて、快気祝いの意味で彼の好物を食卓に並べようとマーケットを訪れている。惑星アストリアの主要国、ガルレシア。かの国は最新技術で埋め尽くされたスタイリッシュな外観の建物が多い印象を受けるが、獣人種などの多様な種族にも住みやすいような施設が多くある特区が設けられている。このマルシェもそのうちの一つで、屋台が軒を連ね、新鮮な野菜や果物、お肉に魚などが並んでいた。

 色鮮やかで大小さまざまな形の食材は見ているだけでも楽しく、見た事も無いものには興味が惹かれる。そして食肉の屋台からは食欲をそそられる良い香りが、鉄串に一口大の肉を刺して焼いたシュラスコや、ナイフでそぎ落とすドネルケバブなどがあり、買い物そっちのけで足が向いてしまう。

 思わず垂れそうになる涎を抑えつつ誘惑に耐えていた鳴鳥だが、身体は素直なようで、ぐうっとお腹が鳴ってしまった。慌てて言い訳をしている鳴鳥に対し、荷物持ちを買って出て、同行していた久城は気を利かせてか、自分も小腹が空いたと言い、二人分のケバブサンドを購入した。

 マルシェから少し離れた公園。緑が溢れて清涼な風を感じられる場に在るベンチに腰を下ろし、二人はケバブサンドに噛り付く。


「美味しい…!」


 ホロホロのお肉とシャキシャキの野菜、それらに絡まる甘辛いソース。思わず顔が綻び、このひと時は悩み事全てを忘れていられたが、隣に居る久城に口端に付くソースをペーパーナプキンで拭って貰い、赤面と同時に我に返る。

 まだ返事は伝えていないというのに、久城は相変わらず何時もと変わらぬ素振で、余裕さえ感じてしまう。待たせてしまっていることに罪悪感を覚えるものの、彼は口にしないが気にしないようにと言ってくれているようで、悪いと思いつつもついつい甘えてしまう。


「それにしても、随分買い込んだね」

「すみません、荷物持ちをさせてしまって…」

「いいや。別にしんどいわけじゃないよ。寧ろ君とこうして買い物できるのは…その、新婚気分が味わえて嬉しいし」

「ふぇ!?」


 ボンっと火を噴くほどに頬を染めて慌てる鳴鳥に対し、久城は冗談だと言いつつ笑っていた。このように余裕を見せているのは買い物中も同じで、肉屋の店主から冷やかされた時にも動じることなく受け答えをしていた。


「新婚の若奥さんにはおまけしといたよ」

「し!シンコンっ!?そ、そういった関係では…っ!」

「ん、違うのか?」

「僕としてはそうなる事もやぶさかではないんですがね」

「く、久城センパイ!何を言っているんですか…っ」

「ははっ。ではここはひとつ、未来の新婚さんにサービスという事で」


 先程のやり取りを思い出した鳴鳥はますます赤くなり、耳まで染め上げた。既に手遅れであるが、気恥ずかしさを気取られないように手元のケバブサンドを急いで詰め込む。けれどもがっつき過ぎたせいか、喉に詰まらせむせ返り、要らぬ心配を掛けてしまう。飲み物を差し出しながら顔色を窺う久城。どうしてこのような間抜け面を晒しているのに見損なわないのか。不思議なくらいに彼は優しい。


「あ、ありがとうございます…」

「どういたしまして」


 この笑顔も、優しさも、気持ちを伝えれば無くなってしまうのかも知れない。きっと彼ならばいつも通りに接してくれるだろうが、自分がいつも通りにしていられる自信が無かった。

 昼下がりの公園。遠くからは芝生の上で遊ぶ子ども達のはしゃぎ声と、噴水が水を打つ音、青々と生い茂る木々は風に揺れて騒めいている。決して耳障りではない環境で、そのような場で二人きりで、気持ちを打ち明けるのには又とない機会なのだが、開いた口からは空気ばかりが漏れてしまう。

 結局、そのまま何も言い出せず、買い出しを終えて二人はアルヴァルディへと戻った。


「今日はありがとうございました」

「こちらこそ、楽しかったよ。これからもいつでも頼って―――…ごめん…」

「あ、謝らないでください!その…そう思って頂けるのは嬉しいです」


 気まずそうに笑う久城。このような顔をもう二度とさせたくは無いのだが、鳴鳥は選択をしなければならない。

 先延ばしにしてきたツケが回ったのだろうか。久城への答えは思わぬ形で伝わる事となる。






 鬱屈とした気持ちを打ち払うように、鳴鳥は調理に集中する。鮮やかな包丁さばきは美しくもあるが、傍から見るとその集中力は恐ろしくもあり、手伝っていたコンラードは声を掛け辛そうにしていた。


「こっちの盛り付け、お願いします!」

「りょ、了解っス!」


 多少怖ろしくもある意気込みから生まれるのは気持ちのこもった温かい料理で、彩も香りも食欲をそそられた。

 パプリカが鮮やかな白身魚のエスカベッシュ、ごろっと野菜のポトフ、青菜とベーコンと茸の具沢山キッシュを始めとした華やかな洋食に、パリパリの皮に甘辛タレが絡んだ油淋鶏、プリッとしたエビのチリソース、山椒の香る麻婆豆腐などの病みつきになる中華料理に、ほくほくの肉じゃが、歯ごたえが抜群のきんぴらごぼう、箸休めにもなる青菜の胡麻和え等の和食も取り揃え、これ以上無い程に豪華な食卓となった。

 和洋中より取り見取りな料理に、スティングからの差し入れの年代物のワイン、マリアンは食卓に花を飾り、アランはお酒に合うチーズなどを取り揃えてくれた。


「何だ?今日は誰かの誕生日なのか?」


 戻ってきたジルベルトが開口一番にそう呟いたのも無理は無い。これだけ揃えられていたならば誰もが抱く感想で、驚きは隠せない。わざわざ自分の為にここまでしなくともと呆れているようだが、嬉しくない訳ではないようだ。彼曰く、久方ぶりのまともな飯にありつけるのは何よりの事らしい。

 ジルベルトの箸は進んでいるようで、あからさまな態度ではないが、喜んでくれているのが分かる。思わず口端が緩む鳴鳥だが、手料理を振る舞い彼の喜ぶ顔を見られるのも後僅かであると気付き、表情が暗くなりかける。気持ちが沈みかけた所でアランが気を利かせてくれたのか、グラスにワインを注ぐ。柔らかな笑みを浮かべる彼は、今は陰鬱な気持ちで居るよりも、楽しむべきだと言ってくれているようであった。


「(そう…だよね。このひと時も大事にしなくちゃ)」


 気持ちを切り替えた所でジルベルトから茶碗を差し出され、お代りを催促される。病み上がりとは思えない食欲に皆も唖然とするが、本人はどこ吹く風である。そして彼に負けまいとがっついていたコンラードも少し遅れて茶碗を空にしてお代りを願い出た。育ち盛りの子どもの様な食欲に、ワインを味わっていたマリアンは呆れ返って溜息を吐いた。


「全く、そんなにがっついちゃって見っとも無いわねぇ」

「こんなに美味しいんだから仕方ないっスよ。それにこの手料理が食べられるのも後僅かで―――」

「コンラード!こんな時にその話は駄目よ。全く、アナタってば空気を読むってものをいい加減憶えなさ―――」


 和やかな雰囲気をぶち壊すコンラードの失言にマリアンが言葉だけでなく頭を叩いて突っ込みを入れて説教をしていた。コンラードが余計なひと言を言ってマリアンに窘められるのは見慣れたやり取りではある。何時もならば笑って流してしまう所だが、今日はその後の反応が違っていた者が一名居た。口に運び損ねてぽろっとこぼれる白いご飯。唯一人、茫然としていたのはジルベルトであった。





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