第56話 Man of a white coat
膨大な記憶。その中から目当ての情報を探り当てるのは大変な労力を要し、精神的にも負荷がかかる。それでもモニターを見つめる白衣姿の男は休むことなく探し続けていた。ただ一つ、欲するものを求めて。
捕えた少女の記憶。まだ容姿に幼さが残るその者のこれまでの姿。常に誰かの為にと尽くし、困難を前に躓きはするが再び立ち上がる様。興味は惹かれないはずだが、彼女の生きざまを追ううちに、そこに不思議と懐かしさを覚えた。
「…似ている、のか」
そんな筈は無いと思いつつも、気づけば少女に類似点を探してしまう。自分にとっての大切な者は唯一の存在であるからして、同じ者など存在しない。それでも少女の中で探してしまうのは年月が経ち過ぎたせいだと自己分析した。
疲れを知る事が無いその身でも、精神ばかりは疲弊を免れない。続けざまに観測を続けていたが、ふと手を休める。視線の先には巨大な筒状の中に満たされた緑色の溶液に浮かぶ少女。やはり似ていると感じたのは疲れからくる幻覚なのだと思い直し、せせら笑った。
長く続く、果てのない旅路は目的すらも見失う。だが、彼は歩みを止める訳にはいかなかった。
「これは…」
光が見えた。彼にとっての希望の光ではあるが、文字通り、探し続けていたものは光の中に在った。少女の記憶の中、時期にしては彼女がARKHEDの力を得た出来事。確かに探し求めていた者はそこに居た。小鳥がさえずる様な優しい声はあの頃と何一つ変わらない。声だけしか記憶には残されてはいなかったが、聞き間違うことは無かった。思わず瞳から伝う一筋の涙。とうに感情など死んだと思っていたが、込み上げてくる想いの波は止めどなく溢れる。
「生きていた…。失われてなどいなかった…!」
立ち上がった男は笑い出す。これまでの努力は何だったのか、馬鹿馬鹿しくも思えるが、何よりも探していた者にもう一度会えるとなればどうでもよくなる。あまりの嬉しさに我を忘れる所であるが、ようやく見つけ出した手掛かりを利用しない手は無い。更なる情報は無いかと再び記憶を遡ると、さほど間を置かずに彼女の姿が在った。それは少女が故郷の星から転移する瞬間であり、姿は見えないが間違いなかった。
「識別不明のARKHED…、これは彼女の手によるものだった。そしてこの少女が転移するのに手を貸したのも…。一体何が目的なのだ…?」
駒を用い、思うがままに動かしているようで彼にもまだ分からない事が多い。とりわけ彼の求めるものに対しては未知であり、まだ全ての情報を得られたわけではない。それでもこれまでの停滞していた状況を覆す事実に歓喜の笑いは止まらなかった。
「何にせよ、私はもう一度君に会える…!」
残念な事に求める者は鳴鳥の記憶に残されているだけで直ぐに会い見えることは叶わない。それでも今現在何処に居るのかは目星がついていた。
次の動きを模索していた所、モニターに赤い文字の点滅と鳴り響くアラートが異常を伝えた。どうやら少女を取り戻そうとする者達が、此方の位置を捕捉したようだ。
彼らの動きは把握していたので別段驚くことは無く、捕えていた少女も用済みとなり、素直に返しても構わない。
「しかし、今後の事を考えると…。一刻も早く確保する為には、邪魔なものを減らした方が良いか」
争いは避け、素直に返すという手もあったが、後先を考えれば今ここで足止めをしておくのも手であった。瞬時に状況を判断した男は手駒を配する。これから始まるのは命を賭した争いだと言うのに、男の笑みは消えなかった。
第56話 Man of a white coat
三度目にしてようやく突き止めた鳴鳥の居場所。逸る気持ちを抑えて迎えた翌日、救出部隊が編成された。白兵戦になる事も考慮して、突入はアルヴァルディが、後方には最大級の戦艦ブリューナクが控え、万全の態勢を整えた。
鳴鳥の生体反応を発した場所、そこは何もない空間であった。ARKHEDに搭乗し、周囲を確認していたジルベルト達は一つの結論に行き着く。
「ステルスか…」
「だとしても、見えないだけで存在そのものは残る筈です」
久城の指摘通り、たとえ見えなくてもそこに在れば触れる事は出来る。だが、今回は反応があった地点をすり抜けることが出来てしまい、存在が掴めないでいた。
いくら万能な機体と言えども、想像が追い付かなければ力と成り得ない。どういう仕組みなのかを探るジルベルト達に対し、アルヴァルディのブリッジにて情報に目を通していたアランは一つの仮説を立てる。
「この場に、空間を歪める力が働いているのかもしれませんね」
「転移か…。よし、その事を考慮してやってみるか」
ジルベルトに久城、ソフィーリヤにクヴァル、フラヴィオにラウナの六名はアランの指示の元、等間隔に配しステルスキャンセラーを実行する。通常のとは違う波動、転異空間をも滅するそれは何も無い空間にその姿を引きずり出させた。何の変哲もない縦長の小惑星。けれどもそこは小惑星の型を取った要塞で、内部には居住空間があった。
中型船舶ならば着船できるドックも備えており、ブリューナクのブリッジに居るヘニングより命を下されたアルヴァルディは警戒しつつ着船準備に入る。
「それじゃあ気を付けて。何かあれば直ぐに連絡してね」
「ああ、ソフィも、敵が挟撃を目論むかも知れない。充分に気を付けてくれ」
潜入するのはジルベルトと久城、白兵戦に慣れたアルヴァルディの面々でソフィーリヤ達は待機となる。彼女らに見送られたジルベルトと久城もARKHEDでアルヴァルディの後を追い、小惑星の要塞へと降り立った。
近づくだけで攻撃を受けるかと思われたが、小惑星の要塞は難なくアルヴァルディとジルベルト達の着船を許す。施設内には明かりが灯されていることから、まだ放棄された訳ではないと分かるが、人の気配が感じられぬほど静かである。
敵との遭遇を考えればARKHEDで進みたい所だが、その広さは無い。施設内の先に向かうには生身でなくてはならない為、皆酸素マスクとスーツを纏い降り立つ。通路を進み、アランの調べにより、呼吸が充分にできる事を確認後、皆はマスクを外した。その後周囲に細心の注意を払いつつ、アランの指示で先に進む。
無機質な通路、冷たい壁面。それらは自分達の文化レベルと変わらない物であるが、捕捉されないように存在をくらます科学力はこちらよりも上であると思わせられる。現に時折室内に在る機器には見たことの無い技術が使われ、アランは興味深げにしていた。ただの調査ならばじっくりと調べる時間もあるが、今回の最重要事項は一刻を争うものであり、立ち止まる訳にはいかない。回り道をしないように最短ルートを取り、わき目も振らずに先へと進む。
小惑星内部が丸ごと施設になっているせいか、その広さは広大で、通路は延々と続くような錯覚さえ起させる。けれども確実に、ジルベルト達は最深部へ、鳴鳥のいる場所へと近づいていた。
「この先です…!」
あと一歩、手前まで辿り着いたジルベルトは息を吐く。ようやく鳴鳥に会える。その事に胸は高鳴りを抑えられないが、ここで気を緩める訳にはいかなかった。鳴鳥を攫った者達、セルべリア達は未だ姿を現しておらず、彼女らの主という者の姿も見当たらない。もしかするとこの扉の向こうに、鳴鳥の前に待ち構えているのかもしれないと思うと手放しで喜べはしなかった。
手にした武器を再度握りしめ、頷き合ったジルベルト達は扉を開く。
ホール状の室内。その中心には巨大な筒状の機器があり、緑色の溶液で満たされた内部には鳴鳥の身体がたゆたっていた。
「ナトリ…!」
思わず駈け出し近づこうとしたジルベルトだが、進んだ先、足元目がけてレーザービームが撃ち込まれる。やはり彼女の元には敵が待ち構えていた。銃を構えていたのはデクセスとデクセプであり、不敵な笑みを浮かべている。突如現れた敵に意識を奪われがちだが、ジルベルト達の後方にも敵は居た。ただならぬ殺気にいち早く気が付いたスティングはがら空きの背中を晒していたコンラードを押しやり不意打ちを避ける。背後から攻撃を仕掛けてきたのは槍を構えるセルべリアで、彼女もこの場を楽しむように笑みを浮かべていた。ここまでの通路はほぼ一本道だったにもかかわらず、何処からともなく現れたセルべリアはジルベルト達に槍を向ける。
「タダでは返してくれない訳か。スティング、コンラード、そっちは任せられるか」
「心得た」「了解っス」
「俺は左を、クランドは右を。マリアン、援護は頼んだぞ」
「分かりました」「任せなさい!」
それぞれに指示を出したジルベルトはハンドグリップを握り、青く光る剣を構える。人数はこちらが上回っている。余裕で制圧できるかと思いきや、やはり何度も手こずらせてきた相手だけあって、そう易々とは倒せない。
ジルベルトの振るう剣、重い一撃であるにもかかわらず、デクセスは涼しい表情で受け止めて簡単にいなしてしまう。剣と銃を両手に構えた久城は懐に入り込み剣を振るい、距離を取られたならば銃を使うなど臨機応変に、隙あらば攻撃を仕掛けるが、そのどれもを受けとめ、避けられてしまう。二人がより優位に立ち回れるよう、また、体勢を崩された瞬間にマリアンが射撃で援護するものの、決め手は打てない。
スティングもセルべリアの長槍から繰り出される無数の突きを避けつつ何とか近づき一撃を叩きこもうとするが、影を掴むようにかわされ、コンラードが銃撃で追い込んだ所にブレスを、火炎を吐くが、それは高速に回転させた槍にかき消された。
ジルベルト達が敵を引き付けている間、アランはなるべく気配を消して銃弾やレーザービームが飛び交う中を掻い潜り、鳴鳥を捕えている機器へと近づく。どうにか無事に辿り着くことが出来、コンソールへと手を伸ばすが、データベースに無い言語と扱った事のない仕様に戸惑う。未知の言語でも規則性が分かればどうにか訳す事は出来る。手っ取り早い方法は機器を破壊する事だが、そうしないのは鳴鳥の無事が脅かされるかもしれないという懸念からだ。アランは手元の端末とコンソールとを繋ぎ、まずはこの機器に関する情報を収集することにした。
敵がアランの動きに気が付いていない訳ではない。隙あらばアランに向けて攻撃を仕掛けようとするが、そこは何とかジルベルト達がカバーし、どうにか引き付けていた。
このままいけば敵を倒すことは叶わないものの、鳴鳥を救い出す事は出来る。誰もがそう確信していたが、久城には一抹の不安があった。
「ジルベルトさん」
「何だ?もうへばったのか」
「いえ、そうではなくて。もう一人、居る筈なのに居ないというのが気がかりで―――」
久城の言う事はもっともである。彼らはこれまでは四人で行動をしていた。この場に居るのは三人、後一人、ヴァレリーという名の男はこの場に居ない。白兵戦に不向きだという理由でこの場には居ないだけかもしれないが、本気で潰しにかかるなら一人でも多く戦力をつぎ込むはずだ。後から出てくるかもしれないという予測を念頭に置き、立ち回るが、更なる違和感がジルベルト達に降りかかる。
目が慣れてきたのか、スティングはセルべリアの槍を掴み、そのまま力の限りに振り回した。軽く人形のように飛ぶ身体は壁に叩きつけられ、ドサリと床に落ちる。直ぐに追撃を加えようとコンラードが銃を構えて向けるが、引き金を引く手が止まる。横たえていた身体はゆっくりと起き上がろうとするが、その身にはパチパチと音を立てて電気が走っていた。
ジルベルトが相手にしていたデクセス、彼女も腕を光剣が掠めたが、赤い血が流れ出るという事は無く、久城が相手をしていたデクセプも打ち抜いた肩から血は噴き出さなかった。
やはり何かがおかしい。疑念が確信に変わりつつある頃、中央の機器が音を立てて動き出した。未知の言語を解読し、作動された機器。筒の中を満たしていた緑の溶液が排出され、空になった所で筒は下がった。その中で沢山のコードにつながれていた鳴鳥の身は横たえられている。
「ナトリ…!」
ようやく手が届く。その瞬間、ジルベルトは駆け出す。敵の攻撃も目に入らないくらいに一直線な彼を皆はサポートする。敵の攻撃をかい潜り辿り着いた先、タイトなスーツに繋がれた沢山のコードを力任せに引き抜き、呼吸器を取り外してその身を抱いて軽く揺すり、呼びかける。
「ナトリ!返事をしてくれ…!ナトリ…っ」
「………ジル…ベルト…さん?」
閉じられていた瞼がゆっくりと開かれ、虚ろな瞳が自分の身体を支える者の姿を捉える。安堵したのか、口元を緩めた鳴鳥は目を細めていた。直ぐにまた、瞳は閉じられてしまったが、胸に抱く温もりは消えない。鳴鳥は無事に自分の元へと戻って来た。その事で気が緩みそうになるが、まだ予断を許さない。ジルベルトはアランに鳴鳥の身を預け、再び光剣を手に敵へと向かう。
焦りを感じる事が無くなったせいか、皆の動きは研ぎ澄まされ、鋭い刃は敵の喉元を捉える結果となる。だが、度重なる違和感を前に真実は明らかとなった。
「これは…!」
ジルベルトの光剣はデクセスの腕を切り落とした。その感覚は普通の人を斬りつける手ごたえとは違う。そう気づいたジルベルトの前でドサリと落ちた腕と晒された断面。勿論血は流れ出ることなく、剥き出した身から出ているのは無数のコード。同時に止めを刺したデクセプ、セルべリアも同様で、人とは違う造りであった。
彼女らは機械人形である。その事に驚くジルベルトはどういう事だと久城に問いかけるが、彼にも予想外の事で分かりかねると首を横に振る。
「奴らはどういうつもりだ…?」
「ともかく、ここで考えていても仕方ありません」
久城の言う通り、まだ予断は許せない。鳴鳥を安全な場所へ、ジルベルト達は来た道を引き返すように駆け出す。
不意の攻撃に対処できるよう、ジルベルトを先頭に、鳴鳥はスティングが抱え、後方はコンラードとマリアンが居る。脇目も振らず先を急ぐジルベルト達の元に待機していたブリューナクから通信が入ってきた。敵の襲撃。それはセルべリア達が偽物だったことから予測は出来た。敵は四機に対して待機する者達も四機。複合型のヴァレリーが居たとしても、最大級の戦艦ブリューナクも在るならば後れは取らない。その筈だったが、先に現れたヴァレリー機を深追いし、連携が崩された状態であった。それはジルベルト達の動向が待機する者達にもリアルタイムに伝わっている弊害である。
直ぐに援軍に向かわなければならない。それでもジルベルトには一つだけ気掛かりがあり、歩みを止めた。振り返ったマリアンはどうしたのかと切羽詰まった様子で問い詰める。
「船長?どうしたの。急がないと―――」
「先に行ってくれ」
「何を言い出すのよ!?」
「悪い。後は頼んだ」
「ちょ、ちょっと!」
止める声を聞き入れず、ジルベルトは再び来た道を引き返す。何が何だか分からぬ皆は首を傾げるが、うかうかはしていられない。ジルベルトならば身に危険が及んでも問題ない。その上命令というのならば従わざるを得ない。そして何よりも今現在ソフィーリヤ達は敵と戦い苦戦を強いられている。
「ともかく、僕たちは先を急ぎましょう」
「ええ、分かったわ」
不満げなマリアンはアランに声を掛けられて渋々従い、彼とジルベルトを除く皆は再びドックを目指して駆け出す。
一人だけ引き返したジルベルト。彼はある忘れ物を取りに戻っていた。広い施設内から探し出すのは難しく、人によっては下らないとも取られる内容だが、彼にはこのままにしておけなかった。
辿り着いたのは鳴鳥が囚われていた場所。これまでも途中の室内をざっと見回したが見当たらず、探している物があるならばここだろうと今度は入念に調べる。
「…あった」
予測通り、探し物はこの室内にあった。既に処分されていてもおかしくないと思ったが、こうしてジルベルトの手に収められる。彼が探していた物、それは鳴鳥が身に着けていた衣服であり、その中には決して替えの効かない物がある。
これでもうここに留まる理由は無い。ソフィーリヤ達の元へと急がなくてはならないジルベルトは大事な物を抱えて走り出そうとするが、開いていた扉が閉じられる。
「何だ…!?」
驚くのも束の間、ジルベルトには更なる衝撃が振りかかる。妙な気配を感じ飛びのいた次の瞬間。先程までジルベルトが立っていた場所には紫電が落ち、床を焦がす。上空からの攻撃。けれどもここはさほど天井が高くなく、人が立てる場所などない。ならば何処から放たれた攻撃なのか。それは考えるまでも無く現れた。
白衣の男。歳はジルベルトと変わらない位か、嫌味な程に整った顔立ちはおよそ研究者らしからぬ風貌であり、讃えた笑みには何故だか苛立ちを感じる。この者が何かしらの兵器を用い電撃を食らわせようとしたのだろうと考えたジルベルトだが、予測に反して彼は機械など使わなかった。ただ手を翳しただけで現出する研ぎ澄まされた無数の氷塊。それは一斉にこちらへ向いて狙いを定め、男が手を振り下ろしたと同時に放たれる。軌道を読み避ける間など無く、ジルベルトは壁伝いに駆け出し、銃を手に取る。最初の数個の氷塊は壁に激突しバラバラになるが、残りはジルベルト目がけて追走する。何個かを銃で撃ち落とし、撃ち漏らしたものは光剣で捌く。それでも防ぎきれなかった三つの氷塊は頬を掠め、右肩と左足を軽く抉る。再び男の周りに揃えられる氷塊。このままでは一方的にやられるだけに終わる。そうはさせまいと防戦から一転、ジルベルトは男の元へと一直線に突っ込む。多少の怪我なら負っても問題は無い。その自信から出来る無謀な試みだが、敵は意表を突かれて動じる事は無かった。再び手を掲げて今度は下方に向けて線を描くようスライドさせる。男までの距離はさほど無い。それでも辿り着くことは叶わなかった。真っ直ぐに駆けていた筈だが揺らぐ視界。足元に異変を感じた時には遅く、行く手を阻むように床が地割れを起こしていた。先程まで冷たさを感じる金属製の床が今や不規則に隆起する地面に、足を取られたと体勢を立て直す前に迫るのはこちらへと向けられた男の手より発せられる波動。それはジルベルトの身体を軽々と吹き飛ばし、壁へと叩きつける。その身に受けた衝撃はすさまじく、息を吐き出したジルベルトは力なく倒れ込む。
「(この力…精神結晶によるものか…!?それにしては―――)」
間髪置かずに繰り出される魔法のような攻撃。これだけの力を用いようならば、高純度でそれなりの大きさの結晶が必要となる。男はそれらを身に着けているようにも見えず、更に同時に違う現象を高威力で操る人並み超えた完璧なコントロールをしている。
これまで相手をしていたセルべリア達とは格が違う。そう判断したジルベルトであったが、ここでむざむざとやられるわけにはいかなかった。
「ほう、まだ立ち上がるのか。…そう言えば、君に与えた力は高速補修プログラムだったか」
「な…っ」
ゆっくりと身を起こすジルベルトの元に音も無く近づいた白衣の男は右手で胸ぐらを掴んで持ち上げる。自分より細く、非力そうな腕にこんな力がと驚くが、何よりも戦慄させたのは虫けらを見る様な冷酷な瞳であった。打ち付けられた際のダメージがまだ残っており、身体は言う事を聞かない。不死の身体であるが、回復には時間を要し、ジルベルトは抵抗することが叶わず白衣の男にされるがままになる。
「何…を…っ」
何やらブツブツと呪文のような言葉を呟く男の左手が青白い光を帯びる。そしておもむろにジルベルトの頭を左手で掴んだかと思うと、次の瞬間、体中から力が抜けた状態に、脱力感が襲う。もう抵抗する手立ては無い程にジルベルトは追い込まれている。にも拘らず、男はどこか納得いかない様子で首を傾げていた。
「フム。契約はリンクが有効ならば管理者と言えども完全に停止させるには至らないか」
「…っ、お前…、一体…?!」
フッと支えていた右手の力を緩められ、無造作に落とされたジルベルトはむざむざと地を這う形になる。完膚なきまでの敗北。けれどもジルベルトは悔しさを感じることは無い。第一の目的、鳴鳥を救い出す事は達成することが出来ているからである。この場をやり過ごせばまた立ち上がれる。何時もならばそう余裕に構えていたが、妙な胸騒ぎと共に体に異変を感じた。
「(…傷が…癒えない?)」
氷塊で抉られた傷は深く無かった。回復にさほど時間を要さない筈だが、未だに傷口は塞がっておらず、鮮血が流れ出ている。壁に叩きつけられた際に負った打ち身も同様に未だ痛みとなって残っている。ジルベルトは現状が理解できず、茫然とする中で白衣の男と目が合う。彼の口元は弧を描いている。男の眼はまるで実験動物を扱い満足のいく結果を得られたような、残虐性を秘めたものであった。
これ以上動くことは出来ないというのに、白衣の男は紅く燃える炎の剣を現出させ、ジルベルトの手の甲へと突き立てた。熱さと痛み。それらからどうにか逃れようとするが、身体は動かない。情けなく痛みに喘ぐが白衣の男は笑っていた。
血を流し過ぎたせいか、耐え難い痛みのせいか、段々と意識が遠のき、視界が暗くなっていく。ここで意識を手放せばもう二度と目覚める事は叶わないかも知れない。らしくも無く弱気な考えが過った瞬間、脳裏に浮かんだのはひとりの少女の姿だった。
「(…ナトリ…)」
結局、遠ざけて、すれ違ったままであったように思え、笑いが込み上げてきた。それと同時に、まさか自分自身がこんな窮地に陥るとは頭になく、今になって後悔の波が押し寄せる。こんな事ならば、自分を抑えることなく思うがままにすれば良かった。いくら省みようが、どうにもならない。分かってはいても、もう一度笑顔が見たくて、触れたくて手を伸ばす。けれども鳴鳥はここに居ない。むなしく空を掴む手は力なく地に伏した。
霞みがかる意識の中、懐に仕舞っていた通信端末が着信を告げる。今からで助けは間に合うか、微かな希望を抱いたが、一縷の望みは呆気なく潰される。自由の効かないことを良い事に、白衣の男はジルベルトの通信端末を取り上げた。
「ここで止めを刺しても良いが、…そうだな」
最後に見えたのは企てにほくそ笑む男の姿であった。
鳴鳥が目覚めた場所。そこは慣れ親しんだ船内の自室のベッドの上であった。何があったのかと驚き、飛び起きるように上半身を起こすが、そこで意識を失う前の一瞬の出来事を思い起こしてハッとする。
「ジルベルトさん…!?」
部屋を見渡すが彼は居ない。代わりに傍に居てくれていたのはアランだった。動揺する気持ちを落ち着かせてくれるような、柔らかい笑みを讃えたアランは具合を尋ねてきたが、今は自分の事よりも現状を知る事を望んだ。
「今現在、星団連合は敵と交戦中で、クランドとマリアンとコンラードが合流し、劣勢状況を覆せそうです」
「…皆さん、無事なんですね」
「ええ、安心してください」
「良かった…っ」
ぽたりぽたりと、膝の上のブランケットに涙が落ちる。無事に戻れた事、皆も変わりないと知って嬉しく笑顔になるのだが、涙は止まらない。アランから差し出されたハンカチを借り、涙を拭うが、落ち着いた所で一つ気掛かりがあった。
「あの…ジルベルトさんは…?」
先程の話の中でジルベルトの名は出てこなかった。久城が出撃しているのならば、当然彼もと思うが、どうやら違うらしい。アランは少しばかり困ったような、眉をハの字にして笑い、事のあらましを説明した。聞くところによると、何か思い立ったジルベルトは急に引き返してそれっきりらしい。体質的な事もあり、心配する必要は無いとアランは言ったが、鳴鳥はどうにも落ち着いては居られなかった。
「嫌な予感がするんです…」
「船長ならば大丈夫ですよ。それよりも、今はまだ休んでいて下さい」
横になるように促されるが、鳴鳥は首を横に振る。皆の元に戻ることが出来て、皆も無事で、それなのにざわざわと胸の奥がざわつき、抑えることができない。この不安をどう伝えて良いか分からず戸惑っていると、アランは小型通信端末を懐から取り出した。
「確かに。僕達と離れて時間が経ち過ぎていますから、連絡を入れてみましょう」
「あ、ありがとうございます…!」
声が聴ける。そう思った瞬間、まだ不安が残るものの胸が高鳴る。何故ここまで嬉しく感じるのか自分でも理解できないが、今は一刻も早くジルベルトの声が聴きたかった。今回もまた迷惑を掛け、真っ先に謝らなければと思うが、彼ならば溜息を吐きつつも許してくれるだろう。思い浮かぶ姿に口元は緩むが、なかなか通信は繋がらない。何時もならば数度のコールで応答するが、今回は妙に長い。胸騒ぎを感じていたから長く感じるのか、そう思ったが、隣に居るアランも訝しげであった。
ようやくつながった通信。それは鳴鳥が抱いていた嫌な予感が、ただの予感では無かったと知る事になる。
「…君か、丁度いい」
「貴方は…っ」
応答したのはジルベルトではなく、白衣姿の男であった。何故ジルベルトの通信機を彼が手にしているのか、状況が掴めない鳴鳥達を前に男は涼しい顔で一方的に話を始める。無論、鳴鳥には話しを聞き入れる余裕などなく、取り乱すように強く問い質す。
「私は君と交渉がしたい」
「ジルベルトさんは…、ジルベルトさんは何処ですか!?」
「彼か?彼ならば―――」
「―――っ?!ジ、ジルベルトさん…っ!!」
男が見せた映像。それは横たわるジルベルトの姿。傷を負い、血を流す彼の表情は青ざめていて、とても無事には思えない。どういう事だと問い詰めるが、男は鳴鳥の声など全く届いていないようで再び話を切り出す。
「さて、交渉に応じてくれるかな」




