第54話 Revival cord and pale light
セルべリア達、敵の手中に収まった鳴鳥は気を失わされ、次に目が覚めた時には見知らぬ場所に居た。そこは温かく、心地よい水の中。緑色の液体の中に鳴鳥の身体は浮かんでいる。口元には呼吸器が取り付けられている為、水の中でも息苦しくは無い。ここが何処なのか探ろうとしたが、動けるのは少しだけ。身体の至る所に繋がれたコードとこの場が筒状の機械の中だということで自由に身動きは取れなかった。身体は僅かしか動かせないが、辺りを見渡す事は出来る。透明な板の向こう側、照明に照らされていないそこには見た事も無い機器がずらりと並び、複数のモニターから淡い光を発していた。そこで今自分がどのような状況に置かれているのかが分かる。
「(私の事を…調べている…?)」
何の為にかは分からないが、何かしら調べられているのは間違いない。室内には機械があるだけで人は一人もいないが、扉があるからにはどこかの施設なのだろう。
なんにせよ、一人で抜け出すことは出来そうも無く、鳴鳥は肩を落とす。
「(今頃、皆さん、どうしているかな…)」
これから自分の身がどうなるか分からないが、気に掛かるのは離れ離れになったジルベルト達の事ばかりである。またしても彼らに迷惑を掛けてしまった。合わせる顔が無い所ではあるが、一目見たいと心細くもあった。幾度となく危機的状況に見舞われても、何度も駆けつけてくれた彼らならば今回も心配はいらない。きっと助けに来てくれると思いつつも、頼ってばかりの自分に嫌気がさす。不安と希望、期待と自己嫌悪。ぐるぐると渦巻く考えの中、ふと気づけば薄暗い部屋に光が差したことに気が付く。
「おはよう、お嬢さん」
顔は暗くてよく見えないが、男性だろうと思われる白衣を着た者は優しい声音で丁寧な挨拶をする。とてもあの冷酷で残虐なセルべリア達の仲間とは思えない程に穏やかな様子で、思わず鳴鳥は呆気にとられるが、この機を逃せないと気づき直ぐに行動に移す。呼吸器を付けた状態では喋る事は出来ない。今彼女に出来るのは目の前の透明な壁を叩き、抵抗の意志を示す事だけである。
「はは、元気なお嬢さんだ。申し訳ないが、少しの間、眠っていてもらうよ」
「(え…?)」
気遣いが感じられる言葉遣いだが、やはりこの者は敵なのだろう。鳴鳥の必死な様子を前にしても聞き入れる事は無く、容赦なく催眠作用のある薬剤を投入する。やがて徐々に視界は霞み、鳴鳥の意識は遠のいた。
これまで必死に透明な壁を叩き、解放を訴えていた少女はくったりと力が抜けて溶液内にたゆたう。機器が正常に作動したことを確認した白衣姿の男はモニターを前にして腕を組み、これまでに収集したデータに目を通しながら思慮に耽っていた。
「…我々の同胞ではなく、観測装置とも違う。ただの人だが…」
これまでは外面、鳴鳥の身体データを取り、そこで得られた情報に興味をそそられるものは無かった。現在は内面、鳴鳥の記憶、彼女がこれまで見てきたことがデータとして抽出されている。沢山の人と出逢い、苦境を乗り越える姿、白衣姿の男はそれらも全く興味を示さず、目を通している。膨大なデータから探し出すのは苦行である筈だが、彼の表情は曇ることは無かった。
第54話 Revival cord and pale light
惑星アストリアの星団連合軍本部、特務部の執務室で団長のヘニングは大きな溜息を吐いていた。鳴鳥の身柄が敵の手に渡った翌日、ジルベルト達は招集を掛けられ、アストリアに戻った。現在執務室にてジルベルトはヘニングと向かい合い、久城らアルヴァルディの面々も揃っている。話は進められる状態だが、室内は水を打ったかのように静かで誰一人として言葉を発しない。
昨晩は皆、まともに休めなかったのだろう。目は座っていて、肉体的疲労を感じないジルベルトですら疲れ切った様子であった。
普段ならヘニングは笑みを絶やさず、しきりに茶を勧め、うんちくを語りだしたりもするが、流石に今日は茶を楽しむ様子も無く、表情は硬い。
報告は通信で済ませていたが、呼び出されたという事は何かしらあるのだろう。そう覚悟していたジルベルト達はただ黙し、ヘニングの言葉を待った。
「アラン君、発信機はどうだい?」
「…申し訳ありません。途中で遮断されました。一応ロストまでの軌道は調査部にデータを送っています」
「遮断、か。発信機に気付かれたか、あるいは…」
「これまで敵の所在がつかめなかった事を考えると、此方のレーダーを遮断する空間、ブラオン・ヴァントの様な星に居るのかも知れませんね」
どちらにせよ、敵の行方は知れない。分かり切っていた事だが、落胆をしてしまう。
再び訪れた沈黙。次に口端を切ったのは久城であった。彼は深々と頭を下げ、謝罪をする。
「全ては僕の責任です。片時も離れるべきではなかった…」
確かに、今回は久城とコンラードが鳴鳥の身を守る事を引き受けていて、彼らが油断した隙を狙われた。久城に続きコンラードも頭を下げるが、この場に居る誰一人として彼らを責めない。それどころか、鳴鳥が攫われた直後、アルヴァルディに戻った時にもジルベルトは久城達を責めはしなかった。彼の怒りの矛先は最初に鳴鳥を捕えたフラヴィオでもなく、同行していた久城達でもなく、自分自身に向けられていた。
「(あの時俺が付いていれば…)」
鳴鳥と久城が仲良さげにしている様を見たくは無かった。下らない意地があだとなり、最悪の結果になったのだとジルベルトは自分を責める。各々が自責の念に駆られる中、ヘニングは深い溜息を吐きつつも首を横に振る。
「君達に落ち度が無かったわけではない。けれども今回は悪い要因が重なり過ぎたね」
ただ叱責するだけならば誰でもできる。責めた所で何一つ事態が良い方へと転がる訳も無く、寧ろ士気を下げかねない。そのあたりを心得ているヘニングは何時もの柔らかな笑みを見せてこの場に居る者達へ自分を責める必要は無いと諭す。
失態を犯し、反省もした。ならば今必要なのは過去を振り返る事ではなく、先の事、いかにして鳴鳥を取り戻すかが重要である。
「何にせよ、ここで責任の所在を議論していても埒が明かない。ただ手を拱いている訳にもいかないから何かしら策を立てたい所だが…。クランド君、僅かな事でもいい。敵の居城について手掛かりになりそうな事は心当たりないかい?」
「…テレンティアに居た頃は、教皇の下で動いていましたので。申し訳ありません、お役に立てずに」
「まぁそうだよね。一応聞いてみただけだから、気にしないでくれ」
「…はい」
僅かな期待も外れたが、ヘニングはそれも覚悟していたようで目に見えて落胆はしない。何か思い出せたら連絡するようにと再度久城に頼み、取り敢えずは探索隊に合流し、ARKHEDで地道に探索するとの事でこの場は解散となった。
執務室を出てアルヴァルディへ向かう途中、皆の足取りは重く、事態は知れ渡っているのだろう、すれ違う者達の表情も優れない。そんな最中、入り口ホールでジルベルト達は見知った者達と出会う。彼女ら、ソフィーリヤとクヴァルも捜索に駆り出されるのだろう。何時もならジルベルトとソフィーリヤが簡単な挨拶を交わし、クヴァルが噛付くところだが、今日は何処か余所余所しい。それは事情を察したでの事だろう。尋ねられたのは近況ではなく、顔色の事であった。
「ジル、大丈夫…?」
「…ああ、俺は何ともない」
「…そう」
平気だと言うがとてもそうには見えない。人前で苦しい胸の内を明かす筈は無いと分かっていながら、気丈に振る舞う姿は見ている方が辛くて悲しい。つられるようにソフィーリヤの表情も曇りかけたのを見かねたクヴァルは空気を変えようと鼻で笑う。
「フン。…無様だな。やはりお前に関わるとロクな事にはならないのが証明されたな」
「クヴァル!言い過ぎよ。どうしてそんな酷い事を―――」
「良いんだ、ソフィ」
「ジル…?」
ジルベルトの代わりに怒るソフィーリヤ。傷口に塩を塗る様な態度は怒っても致し方ない筈なのだが、ジルベルトは意に介しない。庇う必要は無いとソフィーリヤを遮り、それどころか素直に非を認めていた。虚ろな瞳で応える姿は覇気が感じられず、張合いが無い。軽く挑発すればいつもの調子を取り戻すかと思われたが、想像以上に重傷らしく、手の施しようがない。クヴァルとしては気に食わない者が打ちのめされ溜飲が下がる所なのだが、ここまで惨めな姿を晒しているとなると話が違う。腑抜けた面に感じるのは苛立ちであり、内心舌打ちをした。
「この程度で折れるとは。見損なったぞ」
「だから、クヴァル!こんな時にそんな言い方は―――」
「何とでも言ってくれ。悪いのは俺だ。…それは間違いない」
完全に腐りきった状態。目の前で何もできずに大事な者を奪われたのだから落ち込むのも致し方ない。けれどもここまで落ちぶれた姿は見たくなかったのだろう。庇い立てていたソフィーリヤは深い溜息を吐くと決心をしたかのように真っ直ぐな瞳をジルベルトへと向ける。彼女がスッと伸ばした両手、それはそっとジルベルトの頬に触れ、次の瞬間、パァンと乾いた音が辺りに響いた。驚いたのは頬を叩かれたジルベルトや煽っていたクヴァルだけでなく、事の成り行きを見ていた久城達も目を見開く。大人しく、優しい、およそ暴力と結びつかないソフィーリヤからの痛みを伴う叱咤。それは曇っていたジルベルトの目を覚ました。
「貴方がそんなのでどうするの?」
「ソフィ…」
「諦めるにはまだ早いわ。私達にはまだできる事がある。…そうでしょ?」
「ああ…。そう、だな…。すまなかった…情けない所を見せた」
後悔からか、自分を完全に見失い自暴自棄になっていたジルベルト。何も映さなかった彼の瞳には今、光が戻り、新たな決意の灯を点す。喝を入れる為に叩いた頬に添えられた手は役目を終え、ゆっくりと離れる。多少名残惜しくもあるが、自分の役目はここまでだと悟ったソフィーリヤは潔く身を引く。
再び歩き出したジルベルトの足取りはもう重たくは無い。決して軽いものでは無いが、一歩一歩、少しでも近づけるようにと強い意志が込められた確かなものに変わっていた。
前を向いて歩きだした大きな背を見送り、ソフィーリヤは優しく微笑む。この先どうなるかは分からない。けれども彼ならば奇跡だって起こせるかも知れない。理論立ては出来ないが不思議とそんな予感がしてソフィーリヤは不安を抱かなかった。
「全く、君は何がしたいんだ」
「…何の事かしら」
「無理をして笑う必要などない」
「無理なんてしていないわよ」
そう気丈に振る舞うものの、動揺が全くなかったわけではない。鳴鳥が攫われてジルベルトが気を落としているだろうとは覚悟していた。それでもあそこまでなるとは思わず、自分が立ち直らせなければと奮い立ったが、結果として自分に嘘を吐いた。幸いジルベルトには気づかれていなかったが、クヴァルにはお見通しである。
「…あの女が居なくなれば、奴の心は―――」
「そんな事、望まないし、あり得ない」
「…ああ、分かっている。けれども理解は出来ないな」
「本当に大切な人が居れば分かる筈よ」
「…!私には…っ」
「さ、私達も行きましょう!少しでも手がかりを見つけなきゃ」
自分の気持ちを抑えるソフィーリヤ。それは幾度となく見た光景。その姿は見ていてこちらの胸が締め付けられる。これまではただ優しく声を掛けるだけであったソフィーリヤが、今回はらしくも無く強く出た。もしかするとこれが彼女の本来の姿なのかもしれない。それは未だ引きずりつつある過去の想いから少しだけ向き合うことが出来だした証拠だろう。
変わらぬようで変わっていく。人は弱いようで時折信じられない強さを見せる。
「(私にも大切な者がいる。…だが、理解できない)」
常に傍に在り一番理解しているようであって、クヴァルにはまだ全ては理解できていなかった。
鳴鳥の行方を探る為に組まれた探索隊、合流したジルベルト、久城、ソフィーリヤ、クヴァルの四名はARKHEDに搭乗し、方々に散り探索を行う。高度な性能を誇るARKHEDならば戦艦やARKSで拾えない特殊で微量な電波も捕捉できる。加えて広範囲のステルスキャンセラーも使用でき、姿を隠している場合には有用である。虱潰しになるが、今できる最大限の事であるからして、たとえ広大な宇宙でも苦行にはならなかった。
捜索を開始して数十分後、クヴァルの元へと秘匿回線が繋がれる。立ち直ったジルベルトが早速先程の応酬をするのかと思われたが、相手は意外な人物であった。
「クランド・クジョウ?…何の用だ」
「…何時まで茶番を続けるつもりですか」
先程会った時にも、クヴァルは彼の視線を感じていた。だが、場が場なだけに互いに口をつぐみ、そのままでいた。向けられた鋭い視線に辛辣な言葉。皆まで説明を受けずとも久城の言いたいことは理解できた。それでも素直に答える訳にもいかず、クヴァルは努めて冷静に、はぐらかす。
「何の事だ」
「とぼけないで下さい。僕が今この場に居る経緯はミリアム議長から聞いていませんか」
「それがどうした」
「生憎、ミリアム議長には会う事が難しく、ラウナさんは昏睡状態であり、後は貴方しかいないんです」
「何が言いたい」
どうあっても知らぬそぶりを見せるクヴァルに対し久城は苛立ちを募らせたのだろう。整った顔に似つかわしくない程に眉間にしわが刻まれ、声色が低くなる。ジルベルトよりかは落ち着いた様子を見せていた彼だが、努めて冷静だっただけであり、内心は穏やかでない姿が露呈した。
「鳴鳥の所在を、貴方なら知っているのでしょう」
「…」
沈黙を肯定と取ったのだろう。逸る気持ちを抑えるように一呼吸置いた久城は回りくどい言い方を無しにして本題へと入ろうとする。けれども今まで黙っていたという事はクヴァルにも理由があり、問い詰められたところで簡単には明かせない。暫く押し問答が続くが、いよいよ痺れを切らした久城が交渉ではなく、脅しに掛かってきた。
「ソフィーリヤさんに、貴方の正体が知れてもいいのですか」
「…!」
ここまで久城は譲歩していたのだと、その時になってクヴァルは気づく。本当に彼が焦りを感じているならば、真っ先にソフィーリヤの名を出しただろう。そうしなかったのはどういうつもりか問いたい所であるが、追い詰められた状態でこちらから問い質す余裕はない。
「流石といった所か、汚い真似に長けているな」
「何とでも言ってもらって結構です。僕がいくら罵られようが、謗られようが関係ない。鳴鳥が無事ならば…それで良い」
悲痛な面持ちはいかにその者を想っているのかが分かる。彼の気持ちが分からないでもないが、だからこそクヴァルも譲る事は出来ない。全てを明かす事は出来ず、知られるわけにもいかない。ここで相手を怒らせて取り返しのつかない事になるのも避けたい。一先ずは相手を落ち着かせようと、差支えの無い情報を伝える。
「彼女なら無事だ。そもそも今回の一件で彼女に危害を加えようという気は無い」
「…危害を加えない?信じられると思いますか。僕は目の前で、彼女が傷付けられるのを見ているんです」
「セルべリア達のやりすぎる面にはこちらとしても手を焼いている。違えて欲しくは無いが、彼女らの行動が総意であると思わないでくれ」
「どちらにせよ、信用する訳にはいかない。今すぐ居場所を―――」
「少しだけ時間をくれ。そうすれば彼女は解放される筈だ」
「そう言われて大人しく待てるとお思いですか?」
「そうだな。逆の立場なら納得はいかない」
居場所が吐けぬのならば何故攫われたのか、何が目的なのか、久城はクヴァルを問い質す。無論、簡単に答える筈も無く、というよりも彼には答えを持ち合わせてなどいなかった。首を横に振ったクヴァルは無意味であると問いを切り捨てる。
「私の存在が何なのかを知っているならば、立ち位置も分かるだろう?主の考えは明かされない。私はただの駒だ」
「…ただの駒にしては、執着心があるようですがね」
いよいよもって久城の我慢の限界は近いのだろう。ソフィーリヤへと通信を繋ぐ手前まで来て、脅しに掛かる。最悪、物理的に口封じをすべきかとも考えるクヴァルであるが、彼がこの場に居るのをミリアムが許したことを考慮すれば剣を抜くことは得策でないと分かる。無暗にこちらの情報を流し、余計な真似をしたセルべリアに舌打ちをしつつも、なんとか話を前に進めようとする。
「私の立場ではどうする事も出来ない。仮に居場所を教えたとしてもお前はどうする?単身敵の居城に突っ込むのか?」
「それは…」
「情報を周囲に明かしたとして何処から得たかと問われた時、私の名を出すのか?それならば今ここで身を明かしたとて状況は変わりはしない」
「…」
クヴァルの言う事に一理あるのだろう。久城は押し黙りつつあるが、納得いかないようである。かつての彼ならば目的の遂行の為ならばあっさりとクヴァルの事を衆目の前に引きずり出し無理やり吐かせただろう。今それをしないのは鳴鳥が居るからだ。いくら助ける為とはいえ、犠牲があったと知ると彼女は喜ばない。ブレーキとなる存在が在る事にクヴァルは内心胸を撫で下ろすが、その彼女が今回の窮地を招いているのだと思い知らされ忌々しくも思う。
暫しの無言。このまま睨み合いを続けても無意味である。そう悟ったクヴァルは己の身を守りつつ話が進展するよう打開策を提案する。
「私の口からは言えないが、他の者ならば言えるだろう」
「他に居るのか?」
「それは―――」
一先ず納得がいったのか、久城はそれ以上問い詰めはしなかった。なんとか話を纏めることが出来たが、提案が上手くいくかは分からない。その時は覚悟を決めよう、そう決意したクヴァルは拳を固く握りしめた。
探索一日目。有益な情報は得られなかった。広範囲の探索を長時間続ければARKHEDとて肉体的だけでなく精神的に大きな負荷がかかる。キリの良い所で休むよう上から命が下ったが、ジルベルトは応じなかった。自分の身体は他の者と違うからと言った彼は引き続き単身で捜索を続ける。確かに肉体的疲労は感じないようだが、精神面は違う。ARKHEDに乗り慣れているとはいえ、永遠に乗り続けられる程の精神力を有している訳ではない。危険な状態ではあるが、彼を止められる者は居ない。休まぬことが命令違反ともとられかねないが、アルヴァルディの面々が責任をもってサポートするとの事で何とか上からの了承を得た。
ジルベルトが休む間も惜しんで捜索を続ける一方で、久城には明日の朝、ジルベルトが倒れた場合、彼の分まで長く出られるように充分休みを取るよう言い渡された。その為一度は休息をとる目的で着艦するが、すぐさま本部から招集があったと言いアストリアの本部に戻る。クヴァルも久城と同様に、理由付けて本部に帰還していた。
落ち合った彼らが向かう先、そこは連合本部に併設されている病院で、その上層階には一人の少女が今も意識を失ったまま、ベッドに横たわっていた。少女の名はラウナ。長く美しい空色の髪をツインテールにしていたが、片方を切り落とされ、今は短い方に合わされ切り揃えられている。彼女は自らの身を犠牲にし、窮地を覆そうとした。氷に閉ざされたその身はもう二度と動かないかと思われたが、奇跡的に生きながらえた。けれども意識は戻らず、植物状態である彼女はこうして連合の監視下の元に入院している。
彼女の病室までは厳重なセキュリティに守られていて容易に近づけないが、軍人であるクヴァル達ならば問題なく面会が出来る。けれども正面から行かないのは後ろ暗いところがあるからだ。監視の目を欺き、辿り着いた病室。そこでは安らかな表情で眠るラウナが居て、人工呼吸器と生命維持装置の音が規則的に鳴っていた。
「フラヴィオさんが居なくて良かったですね」
「奴ならば研究所、SARに居る。引き離すのに苦労したようだが、好都合だったな」
「SAR…枷の件ですか。やはりあの時に―――」
「無駄話をしている暇は無い。手短に済ませるぞ」
「分かりました…」
久城にとっては決して無駄な話などではないのだが、ここは従わざるを得ない。入口近くに立った久城は見張りをし、クヴァルはラウナの元へと近づく。人形のようにピクリとも動かぬ身体。白く小さな手を取ったクヴァルは瞳を閉じて呟く。呪文のような言葉が唱えられたのち、繋がれた手から青白い光が発し、薄暗い部屋を照らし出す。
「蘇生呪文…?貴方がたは魔法を使えるのですか」
「魔法などでは無い。魔法とは無から有を生み出すものだろう?これは緊急用のコードを使ったまで、我々の機能の一端だ」
「…傍から見てれば魔法にしか見えませんがね」
久城の言う通り、クヴァルの唱えた呪文が効いたかのように、閉じられていたラウナの瞼がゆっくりと開く。まだ本調子ではないのか、目覚めたばかりのラウナはゆったりとした動作で傍らに立つ者を横目で見る。物語風に言い換えると眠れる姫を王子が奇跡を用い目覚めさせたのだが、姫は王子役に不満げで盛大な溜息を吐いた。不躾な態度に普通の者ならば腹を立ててもおかしくは無いが、クヴァルに至っては一ミリたりとも眉を動かさず表情が崩れない。彼がまじめな顔つきのままなのには理由があり、大体を察したラウナは冷めた目でせせら笑っていた。
「私では不満だったか」
「…いいえ。フラヴィオは無事なのかしら」
「彼なら無事だ」
「そう…」
ラウナの表情の変化はないが、ホッと胸を撫で下ろす様な、張りつめた空気が柔らかくなるのを感じる。クヴァル達がここに来たのはただ彼女を救いに来ただけではない。それが分かっていながらも、ラウナからは切り出そうとせず、クヴァルからも言い辛いようで沈黙が続く。このまま無為な時間を過ごす訳にもいかない。ラウナが目覚めた事に医師達が気付くかもしれない。焦りを感じた久城は話を切り出した。
「貴女に頼みたい事があります」
「…私を使うって事でしょう。クヴァル、随分と汚い真似をするのね。柔軟な思考が出来ない貴方らしいと言えばらしいけど」
「今回君は反逆とも取れる過剰な抵抗を見せた。主としては見過ごせないところだろう。役目を捨てるのならば落ちるとこまで堕ちればいい」
「私はまだ生かされている。これが主の意志だと思うのだけれど?」
交渉は上手くいきそうにもない。色よい返事を貰えず、ラウナの言う事に理解を示しているクヴァルは苦虫を噛み潰すように表情を崩した。予定は狂った。当初は反旗を翻したラウナが敵の居場所を吐くという筋書きだったが、その見込は外れ、彼女はまだ裏切る気は無いのだろう。落胆するクヴァルとは打って変わり、久城は努めて冷静であまり驚かない。彼にはまだ手段が残っており、余裕があるのだろう。どうしたものかと眉間に皺を寄せるクヴァルに対し、ラウナはクスクスと笑った。
「貴方達は揃いも揃っておバカさんなのね」
「…どういう意味だ」
「ARKHEDはまだ在るのでしょう?」
「…そうか!その手がある」
なぜ今まで気づかなかったのだろうと己の浅はかさを嘆きつつも、クヴァルは晴れやかな表情をしていた。二人の会話が理解出来なかった久城は一人置いて行かれた気分になり、少しばかり不満そうに眉をひそめる。どういう事かと問い詰める前に、クヴァルは説明した。
鳴鳥の身は敵の手に落ちたが、彼女のARKHEDはアルヴァルディのハンガーに残されている。当人が居なければただの巨大な置物に過ぎないが、他のARKHEDを用いればメインコントロールを乗っ取る事も出来る。そして搭乗者との繋がりが深い機体ならば、搭乗者の生体反応を探れるかもしれない。
「―――ただし、一機程度では無理だ。コントロールを奪う事は出来ても、その後の広範囲の探索は膨大な精神力を要する。数機あれば叶うが、意志の統一が不可欠だな」
「そんな方法が…!…確かに不可能ではなさそうだ」
誰もが傷つかない方法。多少困難であり、回り道にもなるが、誰かを犠牲にする方法は助けを待つ鳴鳥が望まないだろう。希望が見いだせた久城はこれまでの強硬な態度を謝罪し、助力を求めた。
彼らにとって鳴鳥を救うという行為は己の身を危うくするかもしれない。それでも首を横に振ることは無く、しっかりと頷いた。
「このまま捜索が続くとソフィにも負担がかかる。連合軍人として手を貸さない訳にもいかないからな」
「フラヴィオは進んで協力するわ。だとすれば私にも断る理由が無い」
「…ご協力、感謝します」
目途は立った。タイミングが良いのか悪いのか、ラウナが意識を取り戻したことに気が付いた医師や看護士が病室に駆けつけ、忍び込んでいた久城達と鉢合わせとなる。いくら軍人とはいえ、無許可であり、大事になるかと思われたが、ラウナが目を覚ました事と鳴鳥を救うヒントが得られたとの事で御咎めは無かった。
「全く、貴方も大概だけど、あのクランドという男には驚かされるわね」
「枷を自らの手で外せた男だ。少々危うくもあるが、その意思は強い」
誰にも聞こえない会話をラウナとクヴァルは交わす。
「枷と言えば、君の観測対象も外すことに成功したそうだな」
「…私から切断したのもあるわ。それに、これが良い事なのか、悪い事なのかは分からない」
「セスの件を見るに咎めはされないだろう」
「だと良いのだけれど」
これから行う選択がどういう結果を招くかは分からない。彼らの動きは全て把握されているのだから、こうして算段を立てている時点で問題があれば何かしらアクションを起こすだろう。それが無いのなら黙認された状態であり、この行動さえも彼の掌の上で踊る事に過ぎない。
「クランドの枷もフラヴィオの枷も、ナトリと関わりがある。彼女に一体何があると言うのだ?」
「それこそが主の求める答えかも知れないわね」
穏やかな水面に一石を投じて波紋を起こすように、鳴鳥が現れた事により目まぐるしく変わる世界。何度も奇跡が起こる筈は無いと思うが、不思議と彼女には希望を抱く。
「(真の幸せを願うならば、ラウナのように自ら身を引けばいい、だが…)」
クヴァルには踏み出すことが出来ず、理論的な思考の彼さえも鳴鳥というカギを握る少女が起こす奇跡に頼らざるを得なかった。




