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Xenoverse  作者: 葉月はつか
phase two : anemotaxis
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第53話 Changes to the color of the evening

 休暇を思い思いに過ごすアルヴァルディの面々。鳴鳥と久城とコンラードはヴィルト・ルイーネのギンジロウ宅へ、マリアンはエーデル・シュタインへ、スティングはアストリアの自宅へ、そして特に用事がないジルベルトとアランはアルヴァルディで過ごしている。


「ここまで来たのだから、船長も御一緒すれば良かったのでは?」

「…あの星はあまり好きではない」


 何時もは賑やかな食卓も今日は二人きりで静かなせいで食器とスプーンがぶつかる音ばかりが響く。昼食は鳴鳥が作り置いてくれたカレーがあるので胃袋的には問題ないが、彼女が居ないというだけで美味しい筈のものは味気なく感じる。目の前に居ればそれはそれで気になるのだが、こうして居ないのは居ないので気が気でない。不機嫌な面で昼食をとるジルベルトを気遣ってアランは声を掛けたが、返されたのは素っ気ない返事であった。

 昼食を終え、アランは自室に戻り読書、ジルベルトはというと次の任務まで猶予がある事を想定し、何かいい副業が無いか調べていたり、ニュースを見たりと椅子に深く腰掛けてのんびりと過ごしていた。自由な時間、それはストレスフリーで悠々自適な筈なのだが、やはりジルベルトは何処か落ち着かないようであった。灰皿に吸殻は溜まっていくが、いくらタバコを吸おうとも気分が晴れることは無いようだ。

 実のならない休日を過ごしていたジルベルト。そんな彼の元へ通信機から緊急の呼び出し音がけたたましく鳴った。相手はコンラードで、彼の慌てた様子からジルベルトは直ぐに鳴鳥に何かがあったのだと察して身を乗り出す。

 予感は見事に的中し、鳴鳥にまたもや危機が迫っていることを知ったジルベルト。ARKHED(アルケード)が収容されているハンガーに向かいながら指示を出すが、コンラードからの情報に首を傾げる。


「フラヴィオが…?またあの時のように強引に誘ってどこかに行ったんじゃないのか?」

「一緒に居たアリサちゃんの話では銃を使ったそうっス」

「…となるとこれも奴らが絡んでいるか」


 鳴鳥の事を気に入っているようだったフラヴィオがまさかと思うが、現にこうして彼は凶行に及んだ。かつては共に戦場に立ち、レースの妨害でも共闘し、互いに全力を尽くしてレースに挑んだが、鳴鳥へ害をなすというならば容赦はしない。そう覚悟をしたジルベルトだが、できれば何かの誤解であってほしかった。




        第53話 Changes to the color of the evening




 切り立つ断崖に在る古城。所々瓦解し、蔦も這う青い屋根の城の前には石畳が敷かれた広場があり、そこには一人の幼い少女が磔にされていた。少女、ラウナの傍には二人の少女、デクセスとデクセプが居て、まだかまだかと何かを待ちわびていた。一見すると敵の手中に落ち捕えられたようであるが、磔にされているにもかかわらず、ラウナは怯える事もパニックを起こす事も無く平常通りの冷めた目をしている。


「こんな事で本当に捕えられるのかしら」

「ちょっとー!人質は人質らしくしていなさいよ」「そーよそーよ!」

「馬鹿馬鹿しい…」


 デクセス達に窘められ、ラウナは再び瞳を閉じて気絶した風を装う。

 三度失敗したデクセス達に後は無い。主に咎められたわけではないが、これ以上の失態は心証を悪くすると思ったのだろう。ここに来て彼女らは楽しむよりも任務を優先し、確実な方法をとってきた。これまでは傍観者であったラウナだが、焦りを見せているデクセス達の姿は滑稽で、思わずクスクスと笑ってしまう。


「観測対象に裏切られて焦っているのかしら?」

「ハァ…?別にあんな奴、どーでもいいし」「関係ないしー」


 関係ないと言いつつも、彼、久城が向こう側に付いたのは痛手だったのだろう。戦力的に比べればデクセス達の方が不利であり、真正面から戦うとなると厳しいものがある。かと言って高いプライドは崩せないらしく、同胞に協力を仰がず、半ば強引にラウナはここへ連れてこられた。

 協力的にとまではいかないが、正直な所フラヴィオ以外はどうでもよいラウナは抵抗せずにされるがままである。


「上手くいくのかしらね」

「オオカミ君はちゃんと仕事してくれたみたいよ」「やるじゃん」

「彼がここまで連れてこられたとしても、直ぐに騎士達が駆け付けてくるんじゃないかしら」

「だとしても、あの反吐が出るほどいい子ちゃんならアンタを盾にすれば言う事聞くでしょ」「楽勝ー楽勝ー!遊べないのは残念だけど仕方がないよね」


 そこまで見越しての策らしい。デクセス達の言う通り、別段仲がいいとは言えない間だとしても鳴鳥ならば自分を犠牲にするだろう。納得がいったラウナは少しだけ気掛かりがあった。それはフラヴィオの事。最近彼は記憶をなくしているのにも拘らず、妙に鳴鳥に対して執着心を見せている。仮に鳴鳥がデクセス達の手に落ち、ラウナが解放されたとしてもフラヴィオにどう説明すべきか、いくら一日ごとにリセットされるとしても、自分のせいで想いを寄せていた者が敵の手に落ち、それに加担したと聞かされれば、流石に楽観的な彼でも耐えられないかも知れない。もしかするとこれも彼女らの思惑に含まれているのではと思い至ったラウナだが、彼女はどうする事も出来なかった。


「(私の立場としては…成り行きを見守る事しかできない。…ううん、出来る事はある。けれど…)」


 諦めを感じていたが、僅かな希望もあった。フラヴィオの枷が無くなればセルべリアから与えられた偽りの記憶は消え、正気を取り戻すかもしれない。彼の枷を失くす方法が分からない訳ではないが、その手段を取るには躊躇われた。

 ラウナが迷いを抱いている間に、黒色と緑色のARKHED(アルケード)が舞い降りる。見知った機体、それはフラヴィオとセルべリアのものであり、黒い機体から降りてきた彼は気を失った鳴鳥を抱えていた。


「ラウナ…!」


 人質であるラウナの姿を見てフラヴィオは安堵したが、すぐさま鋭い目つきでデクセス達を睨み付ける。彼が自分の身を案じていた事は嬉しく思うラウナであったが、これから行われる取引に気が気でなかった。


「この女を渡せば、ラウナを返してもらえるんだろうな?」

「ええ、約束通りに返してあげるわ」「ご苦労様ー!」


 フラヴィオが鳴鳥を抱えたまま歩み寄り、広場の中央に身を横たえさせて離れる。十分な距離がとれた所でデクセスが鳴鳥の身を引き受け、デクセプが拘束を解いたラウナを解放した。

 敵の手から逃れたラウナ。それでも彼女は安堵した様子も無く、駆け寄るフラヴィオに対して冷たい視線を向ける。彼女が無表情なのは何時もの事なのだが、今日はより一層冷ややかであることにフラヴィオは気が付いていない。


「…怪我はないか?」

「ええ。私は平気よ」

「髪が切られているじゃねェか!?」

「このくらい、どうってことは無いわ」

「…何か怒っているのか?」


 人質になっていたというのに動じず素っ気ない態度を取るラウナ。さすがにおかしいと感じたのか、フラヴィオはどうしたのだと訊ねてくるが、ラウナは答えない。

 あれほど鳴鳥に対し執着を見せていたというのに、今のフラヴィオには全くその様子が見られない。記憶が無いにしても、彼の意志がこの程度だったことにラウナは落胆していた。


「戻りましょう、私達には関係のない事だわ」

「あ、ああ…」


 鳴鳥の身柄はデクセスのARKHED(アルケード)へ、ラウナ達がこの場に留まる理由はもうない。背を向けて歩き出すラウナとは違い、フラヴィオは思う所もあるのか、振り向いて鳴鳥が乗せられたARKHED(アルケード)を見ていた。


「ラウナ、あの子は一体…」

「それを聞いてどうするの?」

「…憶えていない筈なんだが…。何故だ…この感じ…」


 立ち止まったフラヴィオは何かを思い起こそうとし、頭を抱える。全く憶えていないようであったが、それはラウナの見当違いであり、フラヴィオは微かに鳴鳥の記憶を残しているようだった。けれども彼女の身柄はデクセス達の手に渡ってしまった。もう手立ては残されていない。フラヴィオ以外はどうなろうと構わないと思っていたラウナだが、この状況に歯痒さを覚えた。


「やっぱり楽勝だったわね」「呆気な過ぎてツマラナイなー」

「まだ終わってはいないようだけどね」


 緑色の機体、セルべリア機は虚空より槍を出現させて手に取り構える。彼女の言った通り、猛スピードで迫りくる機体が空の彼方に現れ、宙へと飛び立とうとしたデクセス達の前に立ちはだかる。両手に光剣を手にして構えるエメラルドグリーンの機体。それはかつてセルべリア達と共に戦場を駆け、フラヴィオ達とも対立した者、久城の機体であり、今の彼は鳴鳥を守ろうとしている為、セルべリア達に刃を向ける。


「終わってはいないけど、一人でどうにかなるのかしら?」「無謀すぎるんじゃないのー?」

「鳴鳥を返してはいただけませんか?」

「は!誰が素直に返すもんですかー!」「頼まれてもゴメンだわ」


 丁寧に頼んだところで彼女達が従うはずもない。それは最初から分かっていた事で、久城は特に落胆もせず改めて敵を見る目でデクセス達を睨み付けた。

 敵は三機に対し久城は一人きり、その上鳴鳥は敵の手中に在る。圧倒的不利であるが、久城は臆することなく真っ先に鳴鳥が囚われている機体、デクセス機に狙いを定めて斬り込む。無論、余裕だからといってデクセス達は手を抜かない。セルべリアとデクセプが前に出て食い止め、その間にデクセスは距離を取り久城の背を狙うように銃を向ける。一方的な戦いになるかとも思われたが、久城はセルべリアの長槍で繰り出される無数の突きを完全に見切り、デクセプの斬撃をいなし、背後を取られぬように立ち回り、隙あらばデクセス機へと攻撃を仕掛ける。

 空を舞い、激しく火花を散らす四機の姿にフラヴィオは思わず目が釘付けとなっていた。


「アイツは一人で三機を相手にするなんて、無謀じゃないのか…?」

「そうまでしても、彼にとっては彼女が大事なのよ」

「あの子が…」

「貴方はどうする?」

「俺は―――」


 今必死に一人で立ち向かう者、そして囚われた少女はフラヴィオにとって全く知らない赤の他人である。彼は戦う事を望まず、ARKHED(アルケード)の力を手にしながらも軍に属さずレーサーとしている為に莫大な金を収めていた。この場をすぐに立ち去っても構わないのだが、フラヴィオは逃げる事を選ばなかった。


「戦うの?」

「ああ、お前の髪をこんなにした落とし前を付けなきゃならねェからな」

「…!…そうね」


 フラヴィオが戦う理由。ラウナの期待とは外れていたが、彼が自分の事を気に掛け戦う事を選んだのは悪くない気がする。

 決意が固まったフラヴィオは自機の元へ、ラウナも小型端末で自機を呼び出そうとした。けれども彼女がボタンに触れる前に、大きな影が差す。振り返った先に居た者、それは他の機体より二倍の大きさであるARKHED(アルケード)、ヴァレリーの機体であった。すぐさま異変に気付いたフラヴィオがラウナの元へと駆け寄ろうとするが、彼女との間に銃弾の雨が降り注ぐ。間一髪で飛び退き攻撃を避けられたが、丸腰のラウナがヴァレリー機の手の中へ、彼女は捕えられてしまった。


「どういう事だ!?話が違うぞ…っ!!」

「クキャキャ!はて、何のことか分かりかねるな」


 気味の悪い笑い声を上げながら、ヴァレリーは僅かに手の力を強める。アーム部分はほんの少しだけ強まっただけだが、掴まれて身動きの取れないラウナの身体は締め付けられて悲鳴を上げた。奥歯を噛みしめ、睨み付け、叫ぶフラヴィオに対しヴァレリーは尚も笑い声を上げながら言う。


「お前には奴の相手をして貰おうか」

「奴、だと…?」


 ヴァレリーの指示した先、そこには一機のARKHED(アルケード)がこちらに向かって来ていた。黒色に青いラインの機体、その機体にフラヴィオは見覚えが無かったはずだが、胸がざわついた。


「待たせたな」

「お手を煩わせてすみません」

「反省会は後でだ…!」


 青く光る剣を手にしたARKHED(アルケード)、ジルベルト機はスピードを落とす事無くセルべリア機に切り掛かる。久城一人で敵の足止めを何とか出来ていたが、ジルベルトも加わるともなると敵は易々とは逃れられない。さらにこの星はアストリアからもさほど離れてはおらず、増援が来るのも時間はそれ程掛からない。長引かせれば長引かせるほどセルべリア達は不利になる。ラウナを再び捕えたのはその不利な状況を覆す為だろう。


「さぁ、貴様の相手は奴だ」

「…クソっ」


 ラウナを盾に取られれば、フラヴィオはセルべリア達に従わざるを得ない。機体に乗り込んだフラヴィオはデクセプの背後を取った久城機に向かって弾を放ち、彼女らに加勢をする。

 これまで積極的に斬りかかっていたジルベルトだが、フラヴィオが前に立ちはだかった途端、手を止め距離を取った。


「フラヴィオは奴らの手下に成り下がったか…」

「…そうとは限りません。これを見て下さい」


 久城は地上に居る機体を拡大した映像をジルベルトの元に送る。そこに映されていたのはヴァレリー機に捕えられたラウナの姿であった。事情を察したジルベルトは舌打ちをし、握り拳を叩きつけて怒りを露わにする。


「汚い真似を…!」

「敵は五機…ですか」

「臆したか?」

「いいえ、ここで引く訳にはいきません」

「…そうだな」


 地上からヴァレリー機による射撃、近接はセルべリア機の長槍から繰り出される無数の突きとデクセプ機の光剣による斬撃が、デクセス機は遠距離からの援護射撃に徹し、フラヴィオは狙いを定めたこちら側の攻撃を乱すように機体を走らせ攪乱する。

 足止めどころか徐々に追い込まれ、窮地に陥るジルベルト達。それでも彼らは諦める訳にはいかない。彼らが取り戻そうとしている者、これまで鳴鳥は気を失っていたが、ようやく目を覚まし、自分の置かれている状況に気が付いた。


「これは…っ!ジルベルトさんっ、久城センパイっ!?」


 目の前には複数の機体相手に何とか渡り合っているジルベルトと久城の機体が。手も足も拘束された鳴鳥は叫ぶことしかできず、抵抗は叶わなかった。

 このままだと二人の身がどうなるか分からない。絶望の淵に立たされた鳴鳥の姿をデクセスは嘲笑いながら言った。


「このままだとアイツらどうなっちゃうのかな~?」

「お願いです!もう止めて下さい…っ!」

「私達は別に戦いたくないのよ?けど、アイツらが五月蠅く集ってくるから仕方が無く相手をしているだけ。そこんトコ分かる?」

「…私の身柄が要るんでしょ?ジルベルトさん達は関係ない…!!」

「じゃあ、そこんトコちゃんとアイツらにアナタから説明してくれる?」

「私が…」


 デクセスは周囲の機体全てに通信を繋ぐ。鳴鳥の姿が映し出された映像にジルベルト達は思わず手を止める。それと同時にどういうつもりか、敵も攻撃の手を休め、鳴鳥が言葉を発するのを静観した。皆が固唾を飲む中で、鳴鳥は震える声で訴える。


「もう、良いんです…」

「ナトリ、お前は何を言い出す―――」

「これ以上戦わなくてもいいんです。少しの間、離れるだけですから」

「鳴鳥、君が犠牲になることは無い。今すぐに僕達が―――」

「これ以上、皆さんに迷惑を掛けられないっ!」


 悲痛な叫びは場を静まり返らす。確かにこの場は苦しいが、あと少し持たせれば援軍が来る。諦めるにはまだ早い筈だが、鳴鳥にはこの状況をひっくり返せないことが分かっていた。尚も考えを改めさせようとジルベルトは鳴鳥に呼びかけるが、動きを見せたのはヴァレリーであった。彼の手の中にはラウナが居る。彼女を見捨てなど、鳴鳥には出来なかった。


「何も怪我させようとか、一生返さない訳じゃないのよ?」「少しくらい借りてってもいいじゃない」

「ふざけるな!ナトリは物じゃない」

「まぁ確かに、返すのが何時になるかは分からないがな。明日か十年先か、どちらにせよ早く済ませた方が良いだろう」

「そんな身勝手な言い分を認められる訳ありません!」


 いくら鳴鳥が訴えようとも、ジルベルトと久城は退かない。再び刃を向け、斬りかかろうと動き出した二人であるが、程なくして再び剣を下ろす事となる。それは上空より現れた紫色の機体、ラウナのARKHED(アルケード)が現れた事により状況が一変したからだ。


「もう、ウンザリなの」


 一言呟いたラウナはフラヴィオの機体に向かって笑みを浮かべていた。それは何処か寂しそうな、儚いものであり、次の瞬間、彼女の身体は氷に閉ざされた。


「ラウナ…っ!?」


 無人の機体は杖を掲げ、振り下ろす。どこを狙っているのだとセルべリア達が呆れつつ易々と避けるが、ラウナの狙いは上空に居るものでは無かった。彼女の攻撃目標は自分自身であり、囚われの身となった自分とヴァレリーの機体を纏めて氷に閉じ込める。機体に搭乗しているヴァレリーの身は無事だろうが、直接氷漬けになったラウナの身は無事では済まない。彼女の為にセルべリア達に加勢していたフラヴィオは、自ら犠牲になる事を選んだラウナの姿を目の当たりにし、狼狽えた。

 凍てつく氷塊によりヴァレリーの動きを封じる事は出来たが、己の身を犠牲にしたラウナに対し、セルべリア達は高らかに笑い、愚かであると蔑んだ。


「何を血迷ったのか…。高々一機を封じる為に…馬鹿げているな」

「テメェら…!!」


 囚われていたラウナの為にセルべリア達に加勢していたフラヴィオだが、もう彼を抑えるものは無い。怒りの矛先はセルべリア達へと向けられる。フラヴィオもセルべリア達と対立する形となり、三対三の状況に変わったかと思われたが、フラヴィオはジルベルト達と連携を取る気が無いようで単身突っ込んでいく。目の前の敵に手当たり次第に攻撃を仕掛ける姿は彼らしくもなく、冷静でないことが手に取るようにわかる。近接戦ならば問題ないのだが、彼の場合は銃を使用し、闇雲に放たれた弾はジルベルト達にも当たりかねない。現に弾は久城機を掠め、場は混戦状態に陥っていた。このままでは状況は悪くなる、そう判断したジルベルトはフラヴィオ機に通信を繋いで静止を呼びかける。


「フラヴィオ!一先ず落ち着け…!」

「落ち着いてなどいられるか!ラウナが…っ、奴らのせいでラウナが…!!」


 聞く耳を持たないフラヴィオの背に向けられた攻撃をジルベルト達がカバーして何とか事なきを得る。いくら呼びかけようとも、今の彼には届かないようで、ジルベルトは舌打ちをした。

 自ら犠牲になる事を選んだラウナ。彼女を追いやった者達に怒り狂うフラヴィオ。二人がそのような事態に陥ったのも、全ては自分のせいであると、鳴鳥は自責の念に駆られる。

 ジルベルト達が呼びかけても意味が無かったフラヴィオに対し何を言った所で無駄だろう。それでも鳴鳥は叫ばずにはいられなかった。


「すみ…ません…!私のせいで…こんな事に…っ」

「この声は…―――」


 これまで一心不乱に攻撃を繰り返していたフラヴィオの手が緩められる。彼の記憶はリセットされた状態で、今日はラウナからこれまであった事を説明して貰っていない。鳴鳥との事は憶えていない筈だが、彼女の声にフラヴィオは妙な感覚を抱いた。


「俺は…。何だ…この感じは…」


 今は目の前の敵を倒さなくてはならない。けれども鳴鳥の声が脳裏に過り、思うように動きだせない。知らない者だというのに、知っている。聞き覚えなどない筈だが、どこかで聞いた声。それは彼の中で封じられていたモノを呼び覚ます鍵となった。


「この声は…―――――ナトリ…?」


 バラバラになっていたパズルのピースが一つ一つ嵌るように、少しずつ思い起こされたのは彼女との出会い。見ず知らずの者に優しく接し、疑う事を知らなかった鳴鳥。怯えていたと思えば、美しい景色に顔を綻ばせたり、故郷を滅ぼされたというのに、敵を恨むだけでなく救いたいと願い強くあろうとしていたり。彼女の姿はとても眩しく、記憶の中でも輝いて見える。恋焦がれた少女の姿はフラヴィオの中で一気に形を取り戻し、蘇った。

 急激に呼び覚まされた記憶に戸惑う所ではあるが、鳴鳥への想いは怒りに我を忘れていたフラヴィオの自我を取り戻させる。


「動きが変わった…?一体何が―――」


 再びセルべリア達に照準を合わせたフラヴィオ。また、場をかき乱されるかと警戒したジルベルト達であるが、杞憂に終わる。これまでのただ一直線に突っ込む無謀な攻撃ではなく、今のフラヴィオには周りも見えているようで、上手く敵の攻撃をかわしつつ、積極的に敵の背後を取り、攻撃を仕掛ける。まるで人が変わったかのような動きの変化にジルベルトは呆気にとられていた。


「どうした!?ジルベルト。早いとこナトリちゃんを救わなきゃなんねェだろうが!」

「フラヴィオ…お前、記憶が…。―――!?」


 不敵な笑みを浮かべるフラヴィオ。それはかつての彼の姿であり、何故彼が唐突に記憶を取り戻したのか驚くところなのだが、ジルベルトの目の前で更なる変化が起きる。

 敵の連携を乱すように駆け抜けるフラヴィオの機体。紫色のライン部分が光を帯びて機体を包んだかと思うと、真っ黒いボディの色が黄昏の色に、陽が沈みかけたオレンジ色と夜の暗い青とが混ざり合った色に染まった。

 まるで蛹が殻を破り蝶へと変わるように、変化した機体に皆は意識を奪われ、息を呑む。


「機体の色が変化…した?…観測者が……まさか…?!」

「来るぞ!クランド!」

「は、はい!」


 フラヴィオの機体の変化に何かを思い当たった久城であるが、ジルベルトに声を掛けられ我に返る。様子見であった敵も記憶を取り戻したフラヴィオを脅威であると認識したのだろう。これまでは手を抜いていたかのように感じさせるほど、攻撃は苛烈を極めたが、ジルベルト達も上手く連携を取り、抵抗を図りつつもチャンスを狙う。

 変化したフラヴィオの機体。これまででもスピードに特化した機体であり、その速さは中々捉えられるものでは無かったが、戦闘機形態を解除しても早さは落ちることなく素早い身のこなしとなっている。操縦しているフラヴィオ自身も、これまで以上に思うがまま、自身の手足のように動く機体に翻弄されつつも確かな手ごたえを感じていた。

 ジルベルト達が善戦する一方で、ようやく手に入れたターゲットを渡すまいとするデクセスは想定外の状況に舌打ちした。


「何なの…!?アイツ」「動きが全然違うじゃない!」

「フラヴィオさん…!」


 拮抗とまではいかないが、援軍が来るまでの時間は稼げる。そして氷で閉ざされたヴァレリー機も徐々に周囲の氷を溶かしつつあるが、完全に拘束を解かれるまでにはまだ時間を有する。今のジルベルト達ならばこの状況を覆せるかもれない。自分が犠牲になる事を覚悟していた鳴鳥だが、希望の光が見えた気がした。


「…ったく、これ以上遊んでいられないわね」「そろそろ本気、出しますか」


 鳴鳥が希望を抱いたことを感じ取ったかのように、デクセスとデクセプの口元が歪む。彼女らの取った行動、それは希望を打ち砕くには充分であった。

 嘲笑うデクセプが構えたレーザー砲。それは地上に居る者、ヴァレリーの機体へと狙いを定めていた。正確に言えばヴァレリーの機体のアーム部分、ラウナへと照準が合せられているのだが、手にした高威力のレーザー砲なら腕を丸々吹き飛ばしてしまい、ヴァレリーもただでは済まないだろう。

 既にラウナは氷漬けにされ、その命はどうなっているか分からない。けれどもフラヴィオに対しては効果てき面であったようで、彼の機体は減速し、攻撃の手も止まった。


「テメェら…!それでも人間か!?」

「人間?そんな下等な種と一緒にしないでくれる」「そうよ、失礼しちゃうわ」


 フラヴィオの動きは封じたが、ジルベルトと久城は攻撃の手を休めない。なんとかデクセス機に近づけまいとセルべリアが一人奮闘する最中、デクセス機から悲鳴が上がった。その声をジルベルト達は聞き違えることは無い。デクセスは切り札としてターゲットである鳴鳥自身に刃を向けていた。


「ナトリ!」「鳴鳥っ!」


 デクセス機内の映像。後部座席に拘束されている鳴鳥の頬には赤い線が走り、じんわりと赤い血が滲み出ていた。血の付いたナイフを見せつける様にクルクルと手の中で回すデクセスは勝ち誇ったように宣言する。


「これ以上、アンタ達の大事なモノに傷を付けられたくなければ、大人しくしなさい」

「汚い真似を…!」


 彼女らの脅しは決して見せかけだけではない。久城に至っては実際に傷つけられるのを目の当たりにしたこともある。

 ここまで来ると彼女らも本気なのだろう。逆に言えば人質を取れば簡単に目的が達成できたにもかかわらず、これまでその手段を取らなかったのは、彼女らが状況を楽しみ遊んでいた証拠で、今回はもうその余裕が無いという事だ。

 いずれにせよ、こうなればジルベルト達には打つ手段が無く、ただ呆然と立ち尽くすしかない。デクセスが鳴鳥にナイフを突きつけ、デクセプがレーザー砲をラウナに向けている間に、セルべリアはヴァレリー機を捕えている氷を解かすのに手を貸す。二人掛かりならば容易いようで、やがて身動きが取れるまで氷は溶けきり、僅かに残された部分は力尽くで解き放った。拘束が解け、役目は終わったと判断されたのだろうか、パラパラと氷塊が舞い散る中で、飛び立つヴァレリー機のアーム部分からラウナの身が解放される。落下する小さな身体をフラヴィオは何とか抱き留めるが、その間にセルべリア達は宙へ向かう。追跡をかわす為か、行く先を隠すように煙幕を、ARKHED(アルケード)にも捕捉されないようにとレーダー攪乱のオブジェクトを無数に配し、去っていく。空が完全に晴れる頃にはセルべリア達の姿は無く、レーダーでも捉える事は叶わなかった。


「クソっ!」


 目の前で連れ去られるのをただ見ている事しかできなかった。ジルベルトはどうにもならない怒りに顔を歪め、拳を思い切り叩きつける。久城も強く拳を握りしめ、爪は食い込みうっすらと手のひらに血が滲む。そして彼らの脳裏には守れなかった者の声が反芻する。


「何で最後まで謝っているんだ、アイツは…っ」

「鳴鳥はそういう子ですから…」


 最後に聞き取れた彼女の声、それは「ごめんなさい」という謝罪の言葉だった。





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