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Xenoverse  作者: 葉月はつか
phase two : anemotaxis
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第52話 Sky-blue hair which scatters

 フラヴィオの前にのこのこと現れた敵である女性、セス。彼女はフラヴィオを自分達の仲間に引き入れようとしたが、断られるよりも先に敵意を向けられ簡単に諦めた。何がしたいのかと疑う所ではあるが、彼女の差し出した端末に映された者の姿で状況は一変する。

 断崖にある青い屋根の古城、所々が瓦解し、朽ちかけたその場にフラヴィオは見覚えがあった。そこはこの星のレース場の一つで、彼も何度かARKS(アークス)で駆け抜けた場所である。朽ち果てた廃墟のような城でも荘厳な佇まいで、立派な庭園と広場も有している。その古城の前、篝火が揺らめく石畳の広場には、三人の女性が居た。二人は双子のように瓜二つの容姿を持つが、それぞれ金色と銀色で髪の色が違い、ワンサイドアップも左右に分かれている。彼女らの特徴は敵の情報と合致していた。そしてもう一人の少女、空色のロングヘアはツインテールに、纏う衣服は真っ黒でフリルがふんだんにあしらわれたワンピース、常日頃変わる事のない冷めた目は閉じられている。彼女、ラウナはフラヴィオの傍に常に在り、ARKHED(アルケード)契約時の枷である記憶を毎日失うというフラヴィオの為に、毎朝これまでに起きた事など説明してくれている。レーサーのマネージメントも含め、甲斐甲斐しく尽くす彼女は今、敵の手中であり、その身は木造の十字架に磔にされ、高く掲げられていた。


「どういうつもりだテメェ!?」


 その光景が信じられず、茫然としていたフラヴィオだが、状況を理解したところで正気に戻り、怒りを拳に籠めてカウンターを叩きつける。騒がしく品の無い客が多い酒場ではグラスをひっくり返したり、椅子が傾くなどは日常茶飯事であり、その都度気に留める者は誰一人として居ない。けれども今日はこの場に不釣り合いな美女が現れた事により、皆は固唾を飲んでいて、フラヴィオたちの様子を遠巻きに見ていた。その為カウンターを叩く音とカクテルグラスが倒れて床に落ちた音により、店内は水を打ったかのようにシンと静まりかえる。

 皆の視線が集まるが、フラヴィオは構わずがなり立てる。その表情は鬼気迫るもので、普段彼が女性に向ける甘いマスクは完全に取り払っていた。


「どうもこうも、これは交渉だ。貴様はあのナトリという小娘を我々の元に連れてくればいい。貴様の力を以ってすれば造作もない事だろう?」

「ハッ!俺様がテメェらの言う事に素直に従うとでも思っているのか!?」

「…この画だけでは駄目だと言うのか。ならばデクセス、デクセプ」

「はいはーい!」「呼んだ-?」


 セスが呼びかけると画面の向こう側に居る二人組の少女達が陽気に答える。彼女らは何も言わずとも察したらしく、にんまりと笑みを浮かべると光を放つ剣を手にした。ツカツカとヒールの音を鳴らしながら磔にされたラウナの元に近づいた少女デクセス。彼女は躊躇いも無く手にした光剣を振り下ろした。


「止め―――」


 フラヴィオの静止の呼びかけが届く前にラウナの空色の髪がハラハラと宙を舞う。長く美しい髪は無残に切り払われてしまい、ツインテールは左右非対称となった。気を失わされているのか、バッサリと髪の毛を切り落とされているにも拘らず、ラウナは瞳を閉じたままで目を開けることは無い。

 画面の向こう側には手が届かない。フラヴィオはやり場のない怒りを目の前の者へとぶつけようと、胸ぐらを掴もうとするがアッサリとかわされてしまう。よろけて倒れ込む姿を嘲笑うかのように、不快な映像から不愉快な笑い声が聞こえてきた。


「アハハ!情けなーい」「無様ねー!」

「テメェら…っ!いい加減にしねェと―――」

「次はどこが良いかな~」「ストリップショーなんてどうかな?」

「止めろォ!!止めてくれ…っ!!」


 デクセプがラウナのスカートの端を掴みあげ、デクセスが光剣をゆっくりと近づける。これまではただ怒り任せに怒鳴るフラヴィオであったが、危機的状況を察したようで顔色は青ざめ、語尾も弱くなる。

 たとえこの場を脱し、ARKHED(アルケード)でラウナの元に駆けつけたとしても一人で三人を相手にするのは無理だろう。となるとフラヴィオに残された選択肢は一つしかないのだが、彼にはそれすらも選ぶのを躊躇わせた。


「俺は…。ナトリちゃんを連れてくることが出来ない…」

「この期に及んでまだ―――」

「俺の枷は…っ!後数時間で日を跨ぐ、そうなれば俺の記憶は無くなる。その状態でどうやって連れてこられる!?」

「そう言えば、そのようだったな」


 これまでの冷め切った目とは違い、セスは優しく微笑むと床に伏したままのフラヴィオに手を差し伸べる。それは決して聞き入れてはいけない悪魔の囁きである。


「私がラウナの代わりにお前の傍に居てやろう」


 今のフラヴィオには彼女の手を取るしか道が無かった。




         第52話 Sky-blue hair which scatters




 一晩明けて迎えた休暇。まずはスティングが家族の待つ自宅へと戻る為に船を降り、次にマリアンはショッピングを満喫するとの事でエーデル・シュタインに、ジルベルトとアランはアルヴァルディに残り、そして鳴鳥と久城とコンラードは再びヴィルト・ルイーネに降り立つ。

 前回訪れた時は終戦記念のレースが開催されるとの事で大賑わいであり、ドックを出た途端人並みに揉まれたが、今回は以前よりか込み合ってはいない。それでも観光客は多く、相変わらず賑わいを見せていた。

 前にギンジロウ宅を訪れた際は孫娘のアリサに案内され、町から離れた場所に歩いて向かったが、今回はタクシーを拾った。

 久城に懐いていたアリサ。彼女は久城が居なくなったのは鳴鳥達のせいであると思い込み、その誤解は二度目の終戦記念レースが終わって、鳴鳥達がこの星を発つまでに解けぬままであった。タクシーの中でアリサへのお詫びの品、手作りの菓子を膝の上に置いていた鳴鳥は不安そうな表情をしていた。


「アリサちゃん、許してくれるでしょうか?」


 久城は今や鳴鳥達と共に居る。何故離れなくてはならなかったのかをきちんと説明すればよいのだが、再会してもまた、久城はこの場を去らなくてはならない。不安は尽きないが、鳴鳥の隣に座る久城は優しく手と手を重ね、大丈夫だと安心させるように微笑んだ。


「僕がキチンと説明するから鳴鳥が気に病む事は無いよ」

「久城センパイ…ありがとうございます」


 鳴鳥達の言葉では聞き入れて貰えないかも知れないが、アリサに慕われていた久城の言葉ならきっと届くだろう。彼の言葉と、優しく握ってくれた手に鳴鳥の不安は徐々に解されていった。


「あのー…。一応俺も居るんっスけど」


 運悪く前に席に座るコンラードは不貞腐れた表情で呟いた。意図してそういう雰囲気になった訳ではないが、指摘された二人は頬を赤らめて手を離す。その初々しいカップルっぷりにもコンラードは内心舌打ちし、初老の運転手は冷やかしの言葉を掛けてくる。

 そうこうしている内に鳴鳥達はギンジロウ宅へと辿り着く。予め連絡を入れていたせいか、車のエンジン音で気づいたのだろう。屋敷の隣にある作業場から弾かれたようにつなぎ姿の少女が飛び出してきた。


「クライン…!お帰りなさい…っ!」

「ただいま、アリサ」


 よっぽど逢える事が嬉しかったのか、涙を浮かべたアリサは久城の元へと駆け寄り抱き着く。しっかりと彼女を受けとめた久城は泣きじゃくる少女の頭を優しく撫でた。

 アリサに続き、作業着を着た小柄の老人が作業場から出てきて頭を下げる。

 久城との再会を喜んでいたアリサだったが、少し落ち着いた所で鳴鳥達が居る事に気が付く。前以て一緒に訪れる事を知らせていた筈だが、やはりまだ許していないのだろう。さっと久城の後ろに隠れ、視線を合わさぬようにしていた。アリサの頑なな態度をギンジロウが窘めるが、そう易々と変わることは無い。ギンジロウは申し訳なさそうに孫娘の非礼を詫びるが、鳴鳥達は首を横に振った。


「立ち話もなんだ、上がってくれ。アリサ、茶を頼む」

「うん、分かった」

「あ、私も手伝いま―――」

「来なくていいです!」

「え…っ」


 ツンとした素っ気ないアリサに手伝いを断られた鳴鳥は茫然とする。嫌われていることは覚悟していたが、久城と再会した今でもここまでとは想像できなかった。またしてもギンジロウに怒られるが、アリサは聞く耳を持たない。取り付く島もない状態に救いの手を差し伸べたのは久城で、彼がお茶の準備を手伝うと言い、一先ず場は収まった。

 ひと月近く世話になっていた家の様子は去った後も変わらず、久城は勝手がわかる。特に何も言わずとも困る事は無く、アリサと久城は茶を準備する。久城は湯呑を用意し、アリサはお湯を沸かしている間に茶菓子を戸棚から出そうとしていたが、久城から声を掛けられ手を止める。


「そうだ、これ良かったらお茶請けにどうかな」

「わぁ!美味しそう…!」


 箱の中にはみたらし団子に桜餅、栗羊羹と緑茶に合うものばかりである。久城が持ち出したのは鳴鳥が作った和菓子で、アリサは嬉しそうに顔を綻ばせていた。


「これ、ジャポーネのお菓子!どこで買ってきたの?」

「これは全部、鳴鳥の手作りなんだよ」

「…え?」


 美味しそうなお菓子を前に喜んでいたアリサだが、鳴鳥の手作りだと知らされて複雑な面持ちになる。やはりまだ、鳴鳥達の事を誤解しているらしい。まだまだ子どもなアリサには理解するのは難しいかもしれないが、彼女の誤解を解くのは自分の役目である。久城はアリサに目線を合わせるよう膝を折り、自分がしてきた事を包み隠さず説明した。


「…うそ」

「嘘じゃない。僕は罪を犯した…罪人なんだ」


 幼い子どもにはショックであろう内容をアリサはしっかりと聞く。それでもやはり、信じられなかったのだろう。否定をするかのように首を横に振る。彼女が信じてくれる気持ちが嬉しくない訳ではないが、真っ直ぐな分、久城は居た堪れなくもあった。


「ごめんね。今まで騙していたようで」

「ううん。クラインは悪くない人だって、わたし分かるから」

「えっと…僕の名前は…」

「あ!ごめんなさい。クランドだったよね」


 どうにかアリサへの説明は出来た。鳴鳥達が悪くない事も理解してくれたようで、お茶を皆に配り終えた後、アリサはこれまでの失礼な態度を素直に謝った。まだ余所余所しくもあるが、敵意は感じられず、鳴鳥はホッと胸を撫で下ろし、その様子に久城も安堵した。

 アリサへの説明も終え、ジルベルトからの言伝と土産の品である清酒の一升瓶をギンジロウに渡し、鳴鳥手作りのお菓子とお茶を楽しんでいた皆であったが、アリサの何気なく問いかけた事がまたひと波乱となった。


「でもよかった!クライン…じゃなくてクランドが戻ってきてくれて」

「「…え?」」


 鳴鳥とコンラードは驚き久城を横目で見る。彼は珍しく、ミスを犯したような、申し訳なさそうに眉をハの字にしていた。ここでの説明も久城に任せた方が良いだろうと判断した鳴鳥達は目配せをして切り出すタイミングを窺う。しかしいくら気を遣おうと、久城が今は軍属であり、ここには戻れないと説明すると、アリサの笑顔は再び消えてしまった。

 今にも泣きだしそうなアリサの頭をギンジロウはわしわしと撫でながら致し方ない事だと言い聞かせる。


「所でお前さんたちは何時までこの星に居られるんだ?」

「明日までは空いています」

「だったら!今日一日クランドはわたしとデートして!」

「デート!?」


 誘われた久城よりも驚いたのは鳴鳥であった。何か文句があるのかとアリサに可愛らしく睨まれ、鳴鳥は慌てて首を横に振り、久城へと目配せをする。鳴鳥とは違い、彼は全く動じていなかった。笑顔で了承をしたい所だが、現在鳴鳥の身が狙われていることを説明し、どこか出かけるならば鳴鳥とコンラードも同行することになると説明した。不満げなアリサであったが、久城が言うならば致し方ないと納得いったのだろう。彼女は渋々と認めたが、注意事項を述べる。


「でもでも、わたしたちの邪魔はしないでね!」

「はい、その点は大丈夫ですよ」


 鳴鳥がしっかりと頷くとアリサは満足し、また笑顔に戻った。

 ギンジロウの手伝いをしていたアリサは汚れても良いツナギ姿である。デートには不向きという事で、彼女は少し待っていてと言い残し、自室に戻って行った。

 アリサが客間から居なくなり、ギンジロウは改めて礼をする。深く頭を下げる彼だが、慌てた鳴鳥に面を上げる様に言われてもまだ申し訳なさそうである。


「ちと甘やかし過ぎたのかも知れんな」

「そんな事ないですよ。アリサちゃんはまだ幼いですし、甘えるのは当然だと思います」

「そうかのう…。将来はお前さんのようなしっかりとした娘に育って欲しいと思うんだが、まだまだ先のようだな」

「そんな!私なんてそんな立派な者じゃありませんよ!」

「いやいや、謙遜は良くない。そう言えば、ワシの一番上のせがれの所に適齢期の孫が居って―――」

「…!?」


 鳴鳥の事を気に入っているようで、ギンジロウは縁談の話を持ち出す。当人が困惑しているのは当たり前だとして、コンラードも勿論茶をひっくり返さん勢いであったが、何より表情が固まったのは久城であった。いくら恩人と言えどもそこは譲れないらしく、彼は貼り付けたような笑顔のまま多少強引に話題を変える。傍から見れば彼がよほど阻止したいのが分かるらしく、ギンジロウはニカっと笑っていた。

 そうこうしている内にタタタと軽い足取りが聞こえて来てアリサが現れた。以前と変わらぬポニーテールはそのままに、けれども今回はデートとの事でリボンをし、衣服も動きやすさを重視したものでは無く、シンプルだが可愛らしい白いワンピースを着ていた。これまでの活発なスタイルとは打って変わり、年齢相応の可愛らしい女の子の姿に皆驚きそれぞれ褒め言葉を述べる。するとアリサは恥ずかしいのか頬を赤く染めつつも嬉しいようではにかんでいた。

 アリサの支度が済み、鳴鳥達はギンジロウに見送られ出掛けようとした。取り敢えずはギンジロウから借りた車で市街地に向かう事になったのだが、作業場の前でコンラードがふと足を止める。彼の視線の先には再びシートが掛けられてしまった年代物のARKS(アークス)があった。


「そう言えば、コンラードさんARKS(アークス)に乗るのは良かったのですか?」


 名残惜しそうな視線に気が付いた鳴鳥はコンラードに声を掛けるが、彼は首を横に振り、自分の都合よりもアリサの事を優先した。気持ちも切り替えた所で再び歩き出そうとしていたコンラードであったが、鳴鳥との会話を聞いていたアリサが首を傾げて尋ねてくる。


「もしかして、爺様のARKS(アークス)に乗りたいの?」

「ええ、まぁ…。良ければと思って来たんっスけど。またの機会にお願いするっス」

「そう言えば、この前も凄く褒めてくれた人だよね?遠慮しなくていいよ!」

「え?でも、デートに行くんじゃ…」

「そうだ!クランドもARKS(アークス)に乗れる?」

「一応、操作できるけど…。それがどうかしたのかな」

「クランドが空を駆ける姿も見てみたいの!」


 つまりは二人でARKS(アークス)のレースに出て欲しいという事だ。一般人がいきなりレースに出られるのかというと、ヴィルト・ルイーネには練習場があり、一般人も申し込めば使えるコースもある。また、飛び込み参加のできるレースもあるとの事で、アリサは早速ギンジロウに伺いを立て、了承をもらった所で予約を入れた。無事、練習場が押さえられ、予約時間は三時間後となり、それまでは当初の予定通り街を見て回る事となった。

 一先ずARKS(アークス)をレース場まで運ぶため、クランドとアリサ、コンラードと鳴鳥がそれぞれ機体に乗り、会場を目指した。

 対Gスーツを纏っていない事もあり、ARKS(アークス)はスピードを出さずに空を飛ぶ。ゆったりと流れる景色を眺めていた鳴鳥は、期せずしてWデートになってしまった事を思い起こして笑みをこぼした。


「(…あれ、でも、どうしてだろう)」


 コンラードの機体と久城の機体は通信が繋がれており、互いの状況が分かる。アリサは久城と一緒に機体に乗れる事が嬉しいらしく、はしゃいでいるが、二人が仲良さそうな様子でも、鳴鳥は微笑ましく思うだけであった。

 ジルベルトとアリーチェに対して感じていたモヤモヤが今は無く、久城とアリサに対して直視できないという事は無い。それはアリサが幼いからだと思いつくが、彼女に対し申し訳なく感じた。彼女は真剣に久城の事を想っている。その気持ちを軽んじているようで、鳴鳥は自分を恥じた。


「(自分の気持ちにも整理がつかない私なんかが、彼女の気持ちをどうこうなんて言えないよね)」


 真っ直ぐに誰かを想い、その気持ちを伝える事。本当に好きな人が誰なのか分からない鳴鳥には、アリサやアリーチェの姿が眩しく映った。






 練習場の予約までの時間、鳴鳥達は繁華街の中にあるカフェで昼食をとっていた。レースに出場するガタイの良い男達が多いようで、他の星からの観光客も多く、それらのニーズに合わせ、飲食店が並ぶ場所では多種多様な料理が楽しめる。いかにも女の子が好みそうな洋館風の店内に、可愛らしく飾られた料理やデザート。アリサはこの店を選んだ当人であるから喜んでいるのは当然として、鳴鳥も心底楽しんでいる。一方で男性陣、久城は店内をほぼ占めている女性客からの視線を集めていても平然とし、コンラードは甘ったるい空気に気圧されていた。

 アリサと鳴鳥が大満足の昼食を終えた所で丁度良く予約の時間となった。鳴鳥達は受付を済ませ、久城とコンラードは搬入された機体の元へ、鳴鳥とアリサは観客席に向かった。

 女の子らしい恰好をしているが、アリサはやはりARKS(アークス)が好きなのだろう。身を乗り出して機体を眺め、興奮した様子である。

 コンラードは前回ジルベルトが乗った年代物の銀色の機体に、久城は幾分か新しいダークグレーの機体に、それぞれ乗り込んだ。普段からARKS(アークス)に乗る機会が多いコンラードでも旧式に乗るのはこれが初めてで、最初は覚束ない様子であったが、持ち前の知識とセンスにより徐々に癖を理解し慣れていく。ARKHED(アルケード)を所有している久城は、普段ARKS(アークス)に乗る事は無かったが、レース場まで操縦する腕前だけでなく、スピード重視のレーススタイルでも問題ないようである。


「どうっスか?その機体は」

ARKHED(アルケード)よりは複雑ですが、なんとかなりそうです」

「それじゃあここで一勝負、するっスか?」

「え…。でも、機体性能はこちらの方が…」

「一応、ARKS(アークス)では先輩っスから。ハンデだと思えば良いっス」

「分かりました。それでは本気で行きますよ」

「望むところっス」


 練習場で一通り機体を慣らした二人はレースコースへと移る。終戦記念レースに比べればコースは短く、初心者用でもあるそこは危険な障害物も無く、比較的難易度が低い。それでも大好きな祖父の機体に大好きな者が乗っているという事はアリサをこれ以上無い程に興奮させた。機体に見惚れているのか、はたまた搭乗者に見惚れているのか、キラキラと目を輝かせたアリサはありったけの声を上げて久城を応援した。

 結果としては僅差で久城が勝利し、またもやコンラードはプライドをへし折られたのだが、目に見えて気落ちしてはおらず、直ぐに再戦を申し込んだ。彼曰く、アリサを前にして初戦は華を持たせたそうだが、その口元は不自然にヒクついていた。

 久城の勇士が見られて一先ず満足したのか、二戦目に移るまでの間にアリサはようやく腰を下ろし、感嘆の溜息をもらす。


「やっぱり!クライン…じゃなくて、クランドは凄いわ!そう思うでしょ?」

「そうですね。久城センパイはホントに、何でも出来て、強くて、素敵です」

「だよね!………む。もしかして…」


 自分の大好きな者が褒められるのは嬉しいらしく、アリサは鳴鳥の同意に喜んでいた。けれどもただの賞賛とは違うものを感じ取ったのだろう。なんとか誤解は解けて打ち解けた仲がまたもや危うく、アリサは敵を見るかのような目になる。それは恋い焦がれる者を前にして恋敵と遭遇した、そういったものであった。


「あなたは、クランドの事が好きなの…?」

「…え?」


 不意打ちの様なアリサの問いかけ。その問いは今一番鳴鳥が知りたい所であり、上手く答えられずに口ごもる。視線を彷徨わせ、どう答えようかと考えあぐねる鳴鳥を追い詰めるよう、アリサはジリジリと距離を詰め、目で早く答えろと促す。いくら幼い少女が相手とはいえ、嘘は良くない。そう思い至った鳴鳥は一呼吸おいて、今の状況を包み隠さず説明した。


「分からない…?」

「はい…。ごめんなさい…」

「どうして大人なのに分からないの?」

「それは―――」


 純粋でなくなってしまったからこそ、素直に好きだとは言えず、彼是と考えてしまう。そのような事を上手く説明できるはずも無く、鳴鳥は困ったように笑う。逃げるかのように話題を変えようとするが、アリサとしては大事な事らしく逃すまいと食らいつく。


「わたしはクランドが好きだよ!初めて会った時から、今もずっと…!ナトリは違うの?」

「私は…。私も、久城センパイの事が好き、だったの」

「だった?今は違うの…?クランドは悪い人じゃないよ?」


 アリサは久城の過去の事で鳴鳥が嫌いになってしまったのではと表情を曇らす。そんなことは無いとすぐさま首を横に振って鳴鳥が否定すると安堵したようで一旦乗り出した身を引くが、アリサの尋問は終わらない。違うならば何故という問いに鳴鳥はポツリポツリと心の内を溢した。


「久城センパイは優しくて、カッコよくて、近づきすぎるとドキドキは止まらなくて、それは今も昔も変わらない。きっと、好き、なんだと思う。でもね、私にはもう一人、同じように心臓が跳ねてどうしようもなくなる人が居るの」

「…それってフタマタっていうのじゃ?」

「えぇ!?それはちょっと違うかな。でも、どっちつかずなのは良くないって自分でも分かっているんだけどね」

「つまりは欲張り、なんだね」

「あはは…。面目ないです」


 どうしようもない者を見るようなアリサの冷めた眼差しに鳴鳥は苦笑いを浮かべて後ろ頭を掻く。恋敵だと思っていた相手がこうも自覚が無く、張合いが無いとなるとつまらないのか、アリサは深い溜息を吐いて呆れているようである。鳴鳥が誰を想っているのか、それはアリサにもわからないが、彼女の想い人が誰を想っているのかは気が付いていた。好きな人には自然と視線が向き、そしてその者が誰を見ているのかで幼い子どもだろうが分かってしまう。自分が彼の気持ちを教えれば、鳴鳥も気づくかもしれない。歳も離れ、子ども扱いしかされていない自分が選ばれる事など無いと分かっていたが、アリサは言えなかった。


「大人はずるいよ」

「え…?」

「わたしには届かないけど、あなたなら―――」


 アリサが何か言い掛けた所で影が差す。それは男のもので、振り向いた鳴鳥は驚きつつも表情を綻ばせた。

 鳴鳥とアリサの元へと現れたのはフラヴィオ・フェデェーリ。以前ジルベルトと終戦記念レースにて勝負をした彼だが、再び会うのはその時以来であり、何故彼がここに居るのかという事よりも久しぶりに会えたことを鳴鳥は喜んだ。


「お久しぶりです、フラヴィオさん」

「アンタがナトリ、か」

「はい。そうですよ」


 初対面の様な相手を確認するフラヴィオの態度。傍から見れば失礼極まりないが、彼のARKHED(アルケード)との契約の枷を知っている鳴鳥は意に介せず、笑顔で答える。以前にもあったやり取りの為、鳴鳥は戸惑う事が無いが、アリサはフラヴィオの目を恐れていた。元々狼の血が入っている獣人種である彼は目つきは鋭く子どもには怖く感じるかも知れない。しかしアリサは彼のただならぬ気配に身を震わせて息を呑んだ。

 フラヴィオの異変に気が付いていない鳴鳥は無防備に彼へと声を掛ける。


「お元気にされていましたか?」

「ああ…」

「あ、もしかして、今日はお休みでしたか?私達も休暇でこの星を訪れていて…。あ、ジルベルトさんはここに居ないんですけど、今日はコンラードさんと、それから久城センパイと…」

「そうか…」

「今二人が競争しているんですが―――」

「…っ!」


 アリサは目の前で起きた事が信じられずに目を見開いた。一方的にだが、親しそうに話しかけていた鳴鳥の身体が突然崩れ、フラヴィオが手にしていた物が目に入る。それは銃で、電撃で相手を気絶させることが出来るもので、それを手にしていたフラヴィオの表情には戸惑いが見えていた。人を撃つことに慣れていないのか、自分の意志に反する行動なのか、鳴鳥を撃った彼は動揺しつつも倒れかかった彼女の身体を抱き留め、一呼吸おいて抱え上げ、この場を脱する。

 茫然としていたアリサだが、フラヴィオの背中が小さくなる頃に状況を察し、大声を上げる。


「それじゃあ二戦目、行くっスか」

「ええ、お手柔らかに」

「クライン…っ!!」

「…?アリサちゃん、どうかした―――」

「ナトリがっ!オオカミに…っ!!!」


 二戦目のスタートを切ろうとしていた久城とコンラードの元にアリサからの通信が入ってくる。目に涙を溜めて叫ぶアリサの様子は尋常ではない。混乱した彼女の言葉で何があったのかを瞬時に察した久城は機体を搬入口に大急ぎで戻しつつ、アリサを落ち着かせるよう声を掛ける。


「落ち着いて、何があったか順に説明を出来る?」

「…オオカミ…フラヴィオが来て…。銃で…ナトリを…っ!」

「…!…分かった。コンラードさん、アリサの事を頼めますか?」

「りょ、了解っス!ついでに船長への連絡もしとくっスよ」

「お願いします!」


 観客席に戻るのではなく、久城はコースに走り出て小型端末を手にしARKHED(アルケード)を呼び出す。フラヴィオが相手という事は彼もARKHED(アルケード)で移動をする。機体に乗り込んだ久城はすぐさま周囲の反応を調べ、フラヴィオの機体を補足した。


「宙ではない…?」


 フラヴィオが敵の手先となったのなら直ぐにこの星を脱しているだろうと思ったが、彼はこの星に留まり何処かを目指してひた走っていた。どんな思惑があるのか分からないが、鳴鳥が危機に晒されていることは間違いない。焦る気持ちを抑えつつ、久城はフラヴィオの向かう先を目指した。





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