第51話 White lily of origami
三日目にしてようやく辿り着いた目的地。洞窟内の奥深くに在ったのは二機のARKHED。けれどもその機体は破壊されて時が経ち、朽ち果てた物であった。そして二機のARKHEDの傍に在ったのは搭乗者達であったと推測される二人分の白骨遺体。遺体の左薬指にはシルバーのペアリングが填められており、二人は非業の死を遂げたのだと窺わせた。
ジルベルトと久城はARKHEDのコックピットから情報を吸出し、鳴鳥は周囲の探索をしている。と、言っても白骨遺体の他に特にめぼしいものは無く、鳴鳥は早々に手持無沙汰となる。
一周、ARKHEDが半身を沈ませている泉の周りを巡り、再び遺体の前に戻ってきた鳴鳥。結ばれなかった二人を手厚く弔いたいとも思ったが、後々大々的な調査団が組まれて再び調査に訪れるかも知れないから、現場はなるべくそのままにというジルベルトの指示で何もできない。せめて花を供えたいとも思うが、ここは洞窟内で普段は陽が届かない場所なので花など生えていない。もっとも、洞窟を出た所でこの星は荒廃し、植物が芽吹く環境ではないので花を見つける事は難しいだろう。
「(…花……。そうだ…!)」
今現在、背負っていた荷物、調査に必要ない物は一か所に纏めて降ろされている。鳴鳥は荷物の元へと戻り、そこから白い紙を数枚取り出した。
第51話 White lily of origami
鳴鳥が思いついたことを行動に移している一方で、ジルベルトと久城はARKHEDの調査を続けていた。と、言っても彼らに出来る事とはほとんど無く、手持ちの小型端末を使い、自機に情報を送信する事と、現状を記録に収めるだけである。程なくしてそれも完了し、ジルベルトは機体から元居た場所へと降り立つ。苦労してここまで辿り着いたが、自分達に出来る事は少なく、ここで何が起きたのか、残された情報を解析するのはSARの仕事である。少しだけ間を置いて、久城の方もデータ収集を終えたらしく、ジルベルトの元にやって来た。
「問題なく済んだか?」
「はい。全て転送し終えました」
「そうか。よし、それじゃあコレを戻して終わりとするか」
「は、はい…」
ジルベルトと久城の手には白骨遺体から拝借した腕がある。調査の為に致し方ないとはいえ、やはり気が引けるのだろう。久城は申し訳なさそうな、複雑な表情をしていたが、ジルベルトは平然としている。二人は岩場の影にある遺体の場所へと戻ったが、そのすぐ傍で鳴鳥がしゃがみ込み、何かをしているのに気が付き首を傾げる。
「おい、何をやっている?」
「あ、お二人とも、情報収集は終えられたのですか?」
「ああ。所でお前は何を…」
「そ、それは…」
さっと鳴鳥は何かを背に隠す。けれども慌てて隠したせいか、手にしていた一つがカサリと音を立てて地面に落ちた。それは真っ白な、一見すると百合の花のようであったが、本物ではなく紙で折られた物である。一応任務中だというのに何をしているのだというジルベルトの問い詰めるような視線から逃れる様に、鳴鳥は視線を外して申し訳なさそうに頭を下げる。
「周辺の調査は済みました!その…時間があったので…。ここってお花が無いから、せめて…。えっと、やっぱり駄目、でしたか…?」
身長差があるせいか、鳴鳥がジルベルトと目線を合わせようとすると上目遣いになり、そんな彼女に願われれば強く出られない。どうしたものかと肩を落とす一方で、落ちた百合の花を拾い上げたジルベルトはその器用さに感心した。
「紙細工の花、か」
「良く出来ているね。本物みたいだ」
「そんな…!本物には敵いませんよ」
久城はその出来栄えを褒め、鳴鳥は謙遜しているが嬉しそうであった。こうなってしまうと片付けろとは言いづらく、自分も死者を弔いたいという気持ちが分からない訳ではない。それでも素直でないジルベルトは、手にした紙で出来た白い百合を見せながら了承の意を込めて言った。
「これは俺の分でいいか?」
「は、はい!えっと、供えても良いですか?」
「今回だけ、特別だ」
「ありがとうございます…!」
不安そうだった顔が一変し、華が咲いたかのような笑みを鳴鳥は浮かべる。ジルベルトは思わずつられて口端が緩みそうになるが、直ぐに気持ちを切り替えて遺体に近づいた。
「僕にもひとつ、貰えるかな」
「はい…!どうぞ」
ジルベルトからの了承が得られたからか、久城も鳴鳥から百合の花を受け取り、遺体に向かう。それぞれの拝借した腕を戻したのち、三人は鳴鳥が作った紙の白百合を供え、目を瞑り、手を合わせて黙祷をした。
これで任務は終わったかと思うとホッと安堵の溜息を吐くところだが、帰り支度をしようとしていた鳴鳥にジルベルトが問いかける。
「所で、だ。周辺の調査は済んだのか?」
「あ、はい。えっと、遺体の傍に落ちていた―――」
見つけたシルバーのペアリングは元の場所、女性の遺体の左薬指に戻しておいた。その事以外は特に発見が無いように思えたが、ふと上に目線を向けた鳴鳥は小さな疑問を抱いていた。
「この場所、ドーム状になっているのですが、あの上の部分、これまでの岩壁と同様の白黒の縞模様が途中から変わっているんです」
鳴鳥が指差した先。確かに彼女の指摘通り、そこは途中から岩壁の模様が変わっていた。まるで引き伸ばしたかのような岩肌は不自然である。
「もしかすると、ここは元々天井が無かったか、あるいは二機のARKHEDが交戦中に大穴を空けたか、後から封じたのは間違いないな」
「それもARKHEDの力、ですか。そう言えば、自然現象を利用した攻撃をする方もいるようですし、不可能ではないかとも思いますが、これ程の広さとなると、相当の精神力を消耗するでしょうね」
「…それだけ、この場に誰も近づけたくなかったのではないのでしょうか」
抱き合い、自害を選んだ二人。死してなお、誰にも干渉されずに二人きりになりたいという気持ちは憶測かも知れない。それでも白骨化してまで傍に在ったのならば、その想いは強く、互いに想いあっていた事が分かる。
調査の為とはいえ、暴くような行為は本人たちの望むところではないのだろうが、今こうして生きている身としては、彼らの遺した情報も大切な手がかりである。
「誰にも知られずにこの場に居る。それはそれで悲しい気もしますが…」
忘れ去られることを望んだのかも知れない。それでも遺志を継ぐ、とまではおこがましくて言えないが、彼らの生きた証、選んだ選択を忘れずに胸に刻みつける。
「俺としては、いくら好きになった奴と一緒でも、こんな最後は迎えたくないがな」
「ジ、ジルベルトさん…」
「僕も同感です。たとえ自分が死に至ったとしても、愛する者には生きていて欲しい」
「く、久城センパイまで…!」
これまでのしんみりとした空気はどこへやら、ジルベルトの雰囲気をぶち壊す様な発言に呆れていた鳴鳥は、久城のプロポーズとも思える言葉に赤面していた。
死に至った二人を前に不安を抱いていた鳴鳥であったが、彼らのお蔭で迷いが少し晴れた気がした。
今回の任務、その目的である最深部での調査を終え、ジルベルト達は帰路に就く。行きで彼是と苦労していたのが嘘だったかのように、帰りは順調で何事も無く洞窟を脱した。空は相変わらず真っ黒でどんよりと曇っているが、洞窟内部よりは明るい。本来なら暗いと感じる所だが、ずっと暗い道を歩いて来て暗闇に慣れた目には薄明かりも眩しく感じた。
「お帰りー!ナトリっ!」
「マ、マリアンさん!?」
アルヴァルディのハンガーに機体が収容され、鳴鳥がコックピットから降り立った瞬間、マリアンが駆けつけて来て思い切り抱きしめた。普段は気を遣ってくれているのか、ハグなどのスキンシップは控えているマリアンだが、今日は遠慮が無い。何故彼がそこまで熱烈な出迎えをするのかというと、一応余裕を持たせた日程内で収まったが、最短で任務を済ませた予定の日数を過ぎていたからというのと、鳴鳥が道中で怪我を負った聞き、余程心配だったのだろう。
電磁波の影響で暫く通信が取れなかった為、皆と会うのも久しぶりに鳴鳥は感じる。実質離れていたのは五日間程なのだが、それ以上長く感じているのは自覚しているよりもこのアルヴァルディの船が、皆と共に居る事が日常と化しているのだろう。
再会を喜び、マリアンのハグを受け入れていた鳴鳥だが、長らくまともなお風呂に入っていなかった為、衛生面で気になりやんわりと身を離そうとする。無論マリアンはそんな事を気にしないのだが、鳴鳥が動く前に不機嫌そうな面のジルベルトが動き、マリアンをひっぺ返した。
「感動の再会は良いが、任務上がりなんだ。ちっとは休ませろ」
「それもそうね。まずはシャワーを浴びましょうか」
「は、はい。えっと、一人で大丈夫ですので」
「あら残念。だったらラウンジでお茶の準備をしておくわね」
「ありがとうございます」
邪魔されたマリアンは不満そうにしていたが、ジルベルトの言葉に納得がいったのだろう。どうにか彼を引き離す事は出来たが、今度はコンラードが駆け寄ってくる。彼ならば鳴鳥に抱き着くなど大胆な行動は出来ないと安心していたが、今日はやけに積極的だ。鳴鳥の荷物を預かり自分が運ぶと申し出、ちゃっかりと隣をキープした。マリアンのようにベタベタとはしていないが、これはこれで気に食わない者が一人。任務中気苦労が絶えなかったせいか、ストレスはいたいけな部下へ、ジルベルトは自分の荷物もコンラードに押し付けた。
「結構な心構えだな。俺のも頼んだぞ」
「は?え?せ、船長はか弱くないから大丈夫っスよね!?」
「俺も歳でなぁ…。助かる」
「えぇ!?」
鳴鳥に良い所を見せられたと調子に乗っていたコンラードは、ジルベルトの荷を受け取ってふらついている。自分から申し出た以上前言撤回できないのか、はたまた鳴鳥に弱い所を見せたくないのか、心配そうな鳴鳥に笑顔を浮かべてなんとか荷物を抱えて踏ん張っている。
騒がしくもある出迎えに少々呆気にとられていた久城は賑やかな輪に入るのを躊躇っていた。そんな彼の元に来たのは何時もと変わらぬ笑みを讃えたアランだった。
「お疲れ様です」
「あ、はい。僕達が居ない間、何か変わったことはありませんでしたか?」
「はい。特に何も起きてはいませんね。今の所、敵も動きを見せていません」
「そうですか…」
一呼吸おいて、賑やかなジルベルト達を見ながら、アランはまるで久城の心を見透かしたかのように言う。それは人の心に踏み込むような言葉であるが、何故かアランが言うと不快感を抱かずに素直に答えられた。
「疎外感、感じていますか?」
「ええ、まぁ…」
「中々慣れないかも知れませんが、ここが貴方の帰る場所なんです。遠慮などしなくて良いんですよ」
「ありがとうございます…。でも、自分がこんな温かな場所に居ていいものか、時折思うんです」
「罪悪感、ですね。それは一生付き纏うかもしれませんが、僕達は貴方を迎え入れているという事を覚えておいて下さい」
「…ありがとう…ございます」
帰還したという意識が一番薄かった久城はアランに言われて気づく。ここが今、自分が帰る場所なのだと。許されない罪を犯しているのだから受け入れられなくてもおかしくは無い。それでも皆は自分がここに居る事を許してくれている。時には他人にどう思われようが関係ないとまで思っていたが、こうして気を遣って声を掛けてくれる者、渋々ながらも自分の事を認めてくれた者、傍に在る事を望んでくれた者、皆に囲まれる事の幸せを改めて身に感じた。
「立ち話も何だ、そろそろ行くぞ」
「はい…!」
「荷物運び、頑張んなさいよ、コンラード」
「うぅ…。男に二言は無いっス」
歩き出したジルベルトだが、ふと立ち止まって振り向く。何を言われるのかと少々身構える久城に対し、ジルベルトは普段通りの仏頂面で声を掛ける。
「どうした?疲れたのか」
「い、いえ」
「そうか。無理はするなよ」
「…はい」
「まぁ、細っこくて頼りになるか心配だったが、今回の任務で認識を改める事にした」
「え…?それって―――」
照れくさいのか、後ろ頭を掻きつつ、小声で早口に久城を認めたジルベルト。聞き返そうとしたが、彼は再び背を向けて歩き出した。当人もらしくない行動をしたと思っているだろうが、周りも驚いている。ここだけならば、ジルベルトにも久城が認められたという良い話なのだが、マリアンの一言が波乱を生み出した。
「あら~。暗く狭い洞窟での数日間で仲が深まったのかしら?船長がそっちの気があるなんてねぇ」
「ハァ!?」
「え…っ!ジ、ジルベルトさんもそっちの方だったのですか!?」
「ナトリ、マリアンの下らない冗談を真に受けるな」
「すみません。僕は女性にしか興味がありませんのでお気持ちは…」
「クランドまで冗談に乗っかるなっ!」
歩き詰めの任務、それは普段のARKHEDに搭乗しての任務と違い、精神的だけでなく体力的にも疲労を感じた。それでも温かな場所に戻った鳴鳥達は皆に出迎えられ、その事は疲れを忘れさせた。
無事に任務は完了し、アストリアに帰還したアルヴァルディ。ジルベルトが連合軍本部へと戻り報告を済ませ、彼らの役目は終えた。その後あの人目につかぬよう封じられていたARKHEDがどうなるのかは、ジルベルト達が回収したデータの解析後、連合の最高議会にて決められる。それには暫くの時間を有し、また回収の任に就くかもしれないが、それは当分先の事である。
大きな任務を終えた所で、更に急な任務が無い事からジルベルト達には休暇が与えられた。上官であるヘニングへの報告を終えて戻って来たジルベルトは夕食で卓を囲む最中、経過報告と共に皆へ休暇の旨を伝えた。
休みと、言っても敵に狙われている鳴鳥の行動範囲は狭く、自由が利かない。一人で行動などもっての外であるし、自由に動けるのは比較的安全なアストリアだろう。どうしようかと考えていた鳴鳥に誰よりも早く声を掛けたのは意外にも寡黙なスティングであった。
「子ども達が会いたがっている。サンドラもだ」
「本当ですか…!そう言って頂けると嬉しいです」
スティングの言葉に喜ぶ鳴鳥だったが、行けるかどうかは自分で判断できない。恐る恐るジルベルトの方へと視線を送って伺いを立てると、彼は深く頷いて了承した。スティングなら心強い上に、彼の住まう場所はアストリアでも治安の良い場所である。ジルベルトは問題ないようだが、誘い損ねたコンラードは一人で不貞腐れていた。そんな彼に気が付いたマリアンは肘でコンラードの脇腹を小突いて促す。
「そんなに一緒に居たいのなら、貴方もお邪魔させて貰いなさいよ」
「お、俺は用事があるので…。いや~残念っス」
「あらそう。タイミング悪いわねぇ」
以前コンラードはスティング宅にお邪魔した事があるのだが、子どもにも舐められてしまう性格が災いし、奴隷…玩具扱いされてしまい、その事がトラウマになり、それ以来スティング宅には近づけないのであった。そんな事を知らない皆はそれぞれどうするかを口にする。
皆の予定が決まった所で一人だけ、何も言葉を発していない者が居た。それは鳴鳥の隣に座る久城で、何も予定が無いのなら一緒にどうかとスティングに声を掛けられた。けれども彼はどこか行きたい所があるのか、申し訳なさそうに頭を下げた。
「お誘いは有難いのですが、えっと、僕も好きなように行動してよいのでしょうか?」
「緊急の任が下らないとは限らないからな。あまり遠くでなければ好きにすれば良い」
「ヴィルト・ルイーネに、銀次郎さん宅の元へと伺いたいのですが…」
ヴィルト・ルイーネに住むギンジロウ。彼は以前、久城が世話になった者である。終戦記念レース中、敵からの襲撃を機に久城は彼らの元を去り、それ以来一度も会っていない。ギンジロウの孫娘アリサは特に久城に懐いていたので、彼が居なくなった時には相当ショックを受けていた。彼らに会いに行くというのなら無論問題ないどころか、良い事だと皆は思う。
「そうだな。彼らには世話になった。ついでに俺から礼を言っていたと伝えてくれ」
「ありがとうございます。言伝はしっかりと伝えておきます」
「そんな畏まらなくていい。元々休みは各々好きに使えばいいんだ。遠慮はするな」
「は、はい…!」
ジルベルトに了承して貰い、久城は嬉しそうである。彼が喜ぶと隣に居る鳴鳥も嬉しく感じるが、別れ際のアリサの顔が思い浮かび、少しだけ気がかりになった。スティング宅にお邪魔することになった以上、今更予定を変更するのは失礼だろう。アリサに謝りきちんと説明をして誤解を解きたいとも思ったが、鳴鳥は言い出せない。当人は無意識だったが、複雑そうな顔をしていたせいか、スティングは彼女の気持ちを察したようで目を細めて言った。
「子ども達はまたの機会で良い。誤解を解く方が先決だろう」
「スティングさん…!そ、その、すみません。せっかくお誘い頂いたのに」
「気にするな。次の機会に沢山遊んでやってくれ」
「はい!是非ともお願いします」
スティングは鳴鳥の予定の変更をあっさりと許してくれた。後はジルベルトの了承なのだが、先程とは違い、彼の眉間の皺が深くなっている。やはりまだ久城と鳴鳥を二人きりにはさせたくないのだろうか、直ぐには首を縦に振らず、少し考えているようだった。
「そう言えば、コンラード。お前あのARKSに乗ってみたいと言いつつ、乗る機会が無かったよな」
「あ、はい。そうっスね」
ジルベルトの言うARKSとは、彼がレースに出場する時に使用した年代物であり、それはギンジロウの所有機である。言われて気が付いたコンラードは目を輝かせ、自分も同行したいと手を上げた。勿論、久城は断る理由も無く、結局ヴィルト・ルイーネへは彼とコンラードと鳴鳥が行く事となる。
「あら?コンラード、貴方さっき用事があるって…」
「え゛!?あー…。用事ってのは…そうっス。ちょうどヴィルト・ルイーネに用があって―――」
あからさまな言い訳であると皆が気付き呆れているが、鳴鳥は一人だけ疑いもせず信じていて、奇遇ですねと笑みを浮かべていた。
こうして休暇の予定が決まったのだが、夕食を終えて各々が自室に戻る際、腑に落ちないといった表情のマリアンがジルベルトに声を掛けて引き留めた。
「良いのかしら?船長」
「何がだ」
「あの三人よ。クランドはともかく、コンラードはいざって時に頼りない気がするのだけれど」
「そこまで心配ならお前も付いて行ってくれるか?」
「うーん。私は遠慮しておくわ。むさ苦しい男達も嫌いじゃないけど、今はそういう気分じゃないのよね」
「…」
マリアンの冗談か本気か分からない言葉を一瞬でも想像してしまったジルベルトは顔をしかめる。戯言を聞いている暇は無いと溜息を吐いたジルベルトは背を向け立ち去ろうとするが、マリアンは横に並び尚も話しかけてくる。
「ホント、分かんないわね。あの二人に気を遣っているんだか、邪魔がしたいんだか」
「邪魔…?」
「コンラードを焚き付けた事よ」
「ナトリは狙われているんだ。用心に越したことは無い」
「それはそうだけどね。にしても、なーんか最近、距離を感じるのよね」
「誰と誰の事だ?」
「もう!話の流れでわかるでしょう。船長とナトリの事よ」
「…アイツはクランドを好いている。ならばあまり他の男と親しくするのは良くないだろう」
「それって前の話でしょう?もしかしたら今は別の人が好きになっているかも知れないわよ」
「そう、なのか…?」
そういった考えには思い至らなかったのか、ジルベルトはハッとし、何かを考え込むように顎に手を当てた。ようやく気が付いたのかとマリアンは期待するが、彼の思惑とは別に、ジルベルトは寝ぼけた事を言い出す。
「そうか…。ようやく分かった。クランド以外に好きな者が居るから、ああいった態度を取ったのか」
「…」
マリアンはがっくりと肩を落として頭を抱える。皆の事を見ているようで、自分に向けられている好意には無頓着。らしいと言えばらしいが、どうしたものかと頭が痛くもなる。
色恋沙汰に他の者が介入するなど野暮なことこの上ない。それでも長い付き合いになるジルベルトには幸せになって貰いたく思い、辛い局面に立たされ続けていた鳴鳥にも幸せになって欲しい。久城の事も嫌いと言う訳ではないが、やはりジルベルトの方が相応しいと思ってしまう。
思う所もあるが、直接言ってもジルベルトには伝わらない。あえて遠まわしにそれとなく伝える。
「まぁ兎に角、変に気を回さず、本人たちに任せておいた方が良いわよ。それに、貴方は嫌われるのを望んでいないんでしょう?」
「別に俺はどう思われようと構わない」
「もう!強がんないの。…不自然に距離を置いていると悲しませるって事も覚えておきなさい」
「…強がってなど―――」
気合を入れるかのように背中をバンバンと叩いたマリアンは言いたい事を言うだけ言って去っていく。
鳴鳥との事について、それは誰よりもジルベルトが頭を悩ませているのだが、他の者が理解してくれる事は無い。気持ちに気付いていたとしても冷やかすか、窘めるかの二択で、建設的な答えはくれない。それは致し方ないのだが、冷やかす者、事情を知らぬ者の言葉は突き刺さりもする。かと言って自分から明かすのは出来ないが為に心労は重なる。
「(自分が一番分かっているっての)」
振り切ったつもりだが、やはりまだ心の隅に、と言うよりも心の大部分を鳴鳥の事が占めてしまっている。いっその事どちらかがさっさと告白なりなんなりしてくれれば、このモヤつきも無くなるのだとも思うが、仮に結ばれたところを想像して胸糞が悪くなる。やはりいくら理由を付けようが、納得させようとするが、未だに上手く感情が抑えられない。
久城から知らされた僅かな希望と、あと一つ、何かきっかけがあれば燻っていた想いに火が点される。非常に危うい状況に居る事を当人はまだ知らない。
ヴィルト・ルイーネ。そこは雄大な自然や遺跡があるようだが、その全てが作り物であり、それらはARKSのレースコースとなっている。星全体がレース場となっており、昼夜問わずに繰り広げられる熱戦は客を呼び、今日も今日とて街は賑わいを見せている。
とある酒場。町全体が騒がしいせいか、その店は落ち着いた雰囲気ではなく、ゲラゲラと下品な笑い声が聞こえたり、酔っぱらった大男がテーブルをひっくり返したりと喧騒が絶えない。所謂大衆酒場であるが、カウンターにはその場に不釣り合いな男が居た。
真っ赤な髪にピンと立つ獣耳、細身だが引き締まった身体には黒いレザーの露出が高い衣服を纏っていた。彼の名はフラヴィオ・フェデェーリ。ヴィルト・ルイーネのARKSレースにて現チャンピオンなのだが、その肩書は見る影もなく、カウンターに突っ伏してロックグラスの中の氷を指先で弄んでいる。何時もならばこの時間は女漁りに行っている所なのだが、最近の彼はこうして物思いに耽る事が多い。彼が何故こうなってしまったのかと言うと、最大の目標である好敵手、ジルベルトとの決闘を叶え、燃え尽きているのが原因である。無論、ARKHEDの搭乗者である彼には枷があり、そのせいで記憶が毎日契約時までリセットされるのだが、信頼のおける者、ラウナの献身によりこれまでにあった事を大体知っている。毎日聞かされるジルベルトとの決闘の結果、勝負で勝ち得るはずだった少女の話。信じられない訳ではないが、やはり記憶にないのは悔やまれる。これまでは枷などただ忘れっぽいだけ、毎日色々とラウナから聞かなくてはならないのは手間だと思っていた程度だったが、今になればその楽観的思考も消えていっている。
ぼんやりとした視線の先、そこには宙に浮くモニターがあり、やる気のない店主が煙草をふかしながら娯楽番組を見ている。盛り上がりを見せた所で番組はCMに切り替わり、白いARKHEDが宙を駆ける場面が映った。
「貴方の力を、宇宙生きる皆の為に…!」
ツーサイドアップの少女は浅葱色の軍服を身に纏い呼びかける。キリっとした顔は一見真面目そうな印象を受けるが、愛らしさもあり、連合軍人の募集にしては何処かズレていた。
彼女、鳴鳥との思い出もフラヴィオには残っていないが、ラウナから何があったのかは聞かされている。覚えていない筈なのだが、彼女の姿を目にしたフラヴィオは胸を締め付けられるような、切ない感情を抱く。鳴鳥は正式に連合軍人となり、忙しい日々を送っている。レーサーであるフラヴィオとは接点も無く、こうしてその姿を目にするのはメディア越しとなってしまった。
ジルベルトとの勝負も終わり、恋焦がれた女とも会えない日々、それはフラヴィオを腐らせていっていたのだが、そんな彼の元に一人の女性が近づいた。
「隣、良いかしら?」
「…好きにしな」
これまでのフラヴィオなら大歓迎で迎えただろうが、今の彼はどうでもいいとばかりに気のない返事を返す。女性は意に介していないのか、フッと柔らかな笑みを浮かべて隣の席に着き、カクテルを頼んだ。
椅子に足を組んで座る女性。ショートカットのエメラルドグリーン色の髪は美しく、顔立ちは一見すると美男子の様な中性的であり、ハスキーボイスを聞くと男かも知れないと錯覚させる。その上彼女は背が高く、スタイルもスラっとしていてますます美青年に思えるが、胸元がはち切れそうな程に窮屈で色香が漂うせいで女であると一見にして分かる。
こんな場末の酒場に美女が一人で訪れるのは珍しいのだろう。周りも彼女に目をつけ下卑た視線を送るが、フラヴィオに声を掛けた途端、口笛を吹くなどワザとらしく視線をさっと外した。
「随分と腐っているのね」
「誰だ、アンタ」
「名前はセスよ」
「男みたいな名前だな」
「そうね。よく言われる」
自分の事を知っている。となると過去に一晩を共にした女か、はたまた何も知らず言い寄ってくる女か、全てを知った上で今夜の相手をと迫る女か、何にせよフラヴィオには記憶がない為、思い出せない。
カクテルグラスに注がれたのは血の色を思わせる真っ赤な液体。優雅に飲む姿は様になっており、そこらに居る女性とは格が違うのだと分からせる。
いい女には間違いないが、今のフラヴィオには全く興味が無い。目の前の据え膳よりも、今の彼の心の中はここから遠く離れた場所に居る者、モニター越しにしか姿を見られない少女の事でいっぱいである。
「欲しい娘がいるのか?」
「…!?」
見透かしたようなセスの言葉にフラヴィオはガタンと音を立てて伏せていた上半身を起こす。女々しく想うのは男としてどうかと思い、決して口には出さなかった筈だと自身の行動を振り返るが、あいにく昨日までの記憶は曖昧である。何故知っているのだという疑る視線に対し、セスは妖しい笑みを浮かべる。
「その娘を手に出来るのならば、力を貸すか?」
「な…っ!?」
何を言い出すのかと驚くフラヴィオに対し、セスの口元は弧を描いたままである。突拍子もない話は悪酔いを醒まさせ、冷静にさせた。言葉の意図を探るフラヴィオは、今朝方ラウナに言われた事を思い出していた。それは今現在の鳴鳥の状況、テレンティアとの戦の首謀者達に狙われているという事だ。
鳴鳥を得るために力を貸せ、と言われたのだと気が付いたフラヴィオは息を呑み、目の前にのこのこと姿を現した敵を睨み付ける。丸腰であり、軍人ではないフラヴィオだが、その血には獣の、狼の血が流れており、パワーとスピードには自信がある。それでも目の前の女性は隙が無く、この場で組み伏せられるか自信は無かった。
敵を見る目に変わったせいか、その姿勢を拒否と捉えたらしく、セスは残念そうに溜息を吐く。
「こうなる事は分かっていたけど、残念ね」
そう言いながらセスは小型端末をフラヴィオの前に差し出してある映像を見せつける。その内容にフラヴィオは敵前だという事を忘れて固まった。




