第48話 Cigarette ash and refusal
久城が特務部に配属となり、アルヴァルディの船員となって十日過ぎた頃。ジルベルトは日毎に増していく苛つきを抑えるのに必死であった。煙草の本数が増えても、浴びるほど酒を飲んでも気が休まることは無く、唯一苛立たない為に効果がある事と言えば、目を逸らすことである。
あれだけ辛そうにしていた鳴鳥は今や別人であるかのように笑顔を絶やさない。そのこと自体は喜ぶべきなのだが、そうさせているであろう人物が気に食わない。
マリアン達もジルベルトと同様に久城に対し思う所があったようで、最初はあまり深く関わろうとせず、必要最低限の会話しかしていなかった。けれどもそれは着任して数日間の事であり、今では仲良く食卓を囲んでいる。
任務がひと段落し、本来ならば鳴鳥の手料理を美味しく頂き、一息つくところであったが、向かいの席で仲睦まじそうにする姿を見せつけられてしまえば、好物だろうと味気なく感じる。不快な夕食を終えたジルベルトは不機嫌な面のまま、ブリッジに戻った。さっそくささくれ立つ心を落ち着かせようと煙草を咥えるが、楽しげに笑いあう二人の姿が脳裏を過り、美味しさが半減する。
「何だか見ているこちらの身体が悪くなりそうですね」
船長席に座るジルベルトの手元、そこに積まれた吸殻は山のようである。アランは苦笑いを浮かべ、煙を手で払いながらモニター前の席に着く。
「いや、お前らおかしいだろう。何で何事もなく受け入れているんだか理解に苦しむ」
「下らない意地を張っている方が大人げないと思いますがね」
「俺は意地など張っていない。あくまで一般的な目で見て言っているだけだ」
「僕は船長がそうだとは言っていませんよ」
「…」
ひとの神経を逆なでするような物言いはムカつきに拍車がかかる。
アランの言う通り、今や久城に対し敵愾心を抱くのはジルベルト唯一人のようで、頑なに拒む姿は傍から見れば幼子のようであり、可笑しくもある。
最初に久城に対する態度を軟化させたのはマリアンであった。何故彼が久城の事を受け入れたのかというと、ジルベルトからしたら大したことではない事で、任務中に荷物を運ぶ場面があり、マリアンの荷を久城が代わりに持ったらしい。それだけならば些細な事で、ただ気が利く程度に終わっただろうが、その時に交わした言葉にマリアンは絆されたようだ。
「あの子ね、私の姿が女性のようだから力仕事を任せるのに気が引けるって言うのよ~。ウフフ、優しくて可愛い子よね」
そんな軽口に何故乗せられるのだと思うが、久城ならば歯の浮くセリフも様になる。自身の美貌を褒められ喜ぶマリアンはうっとりとしていた。
武人としてお堅いと言うか取っ付きにくいスティングに至っては、とある任務がひと段落した時に打ち解けていた。その理由は子ども達に土産を選ぶ時だったらしい。
「中々見所がある男だ」
そう言わしめたのは彼のセンスの良さだ。当初スティングは娘達、シルヴィアとソニアに縫いぐるみを、息子セリムには装飾が細かいナイフを土産にしようとしていた。そこで久城はシルヴィアにはその星で産出される鉱石のペンダントを、息子には美しい挿絵の入った冒険小説を、ソニアにはスティングが選んだ物とは違う愛らしい動物の縫いぐるみを薦めてきた。試しに久城の選んだ物も買ってみた所、子ども達はこぞって久城の土産に飛びついたらしい。
鳴鳥に対する好意があからさまなコンラードは絶対に心を許さないだろうと思われたが、予想はあっさりと裏切られた。
基本誰とでも親しく話すコンラードが珍しくつんけんと接していて、久城が鳴鳥と親しそうに話をしていると、ワザとらしく割って入る程であった彼が態度を改めたのは単純なひと言であった。
「いや~、俺としても絶対に許せないと思ったんっスけど、アイツ案外良い奴で…。先輩としてここは広い心で受け入れてあげるべきじゃないかと」
まさに単純バカと言うべきか。普段からあまり頼りにされていないせいか、コンラードは久城から先輩と慕われた事がよほど嬉しかったらしく、上機嫌である。
「で、お前はどうなんだ、アラン?」
「僕ですか?僕は最初から色眼鏡で見るような事はしませんし。まぁ、話してみればさほど悪い者ではないことが分かりましたね」
元からわけ隔てなく接する性格、と言うよりもアランの場合はただ単に過去の行いなど興味が無いようである。その上趣味…読書と言う点で共通したらしく、時折難しい話で盛り上がっている所を見る。
兎にも角にもすっかりアルヴァルディの一員として馴染んでしまった久城。未だその事が納得いかず、大人げない感情を剥き出しにしているのはジルベルト唯一人となった。
第48話 Cigarette ash and refusal
無論、あからさまな態度を取れば鳴鳥が悲しむことを心得ている為、ジルベルトは極力感情を抑え込むよう努力している。と、言ってもその挙動は不自然で鳴鳥以外には見抜かれていた。
ダストボックスに吸殻の山を突っ込んで灰皿を空にしても、ジルベルトの性格上、考えが変わることは無く、また直ぐにストレスと共に積みあがってしまうだろう。
数本を吸い終わった頃、安全な宙域に入り、今回の任務の報告書をまとめ上げた所で運転を自動航行に切り替え、ジルベルトは自室に戻った。冷蔵庫からビールを取り出し、蓋を開けようとした瞬間、来訪者が現れたことを呼び鈴が告げる。モニターに表示された者、それは予想外の者であり、だらけきっていた背筋を伸ばさせた。
「ジルベルトさん…えっと、少しだけお時間良いですか?」
「…別に、構わないが」
断る理由は無い。寧ろこうして彼女の方から声を掛けてくれるのは嬉しくもあった。それでもそんな姿を晒す訳にもいかず、扉を開く前に緩みかけた口元を引き締めた。
「夜分にすみません…」
「いや、気にするな。飲み物は…紅茶でいいか?」
「あ、私が用意します」
「それじゃあ俺のはコーヒーで頼めるか?」
「はい!」
鳴鳥に任せた方が良いだろうと判断して任せる。同じ器具を使って淹れられた物であるが、やはり鳴鳥が用意した方が美味しく感じられた。
ソファーに並んで座り、二人は一息つく。久しぶりにも思える二人きりという状況。ふぅふぅと息を吹きかけて紅茶を飲む鳴鳥の姿だけで胸が高鳴る気がする。
このままではいけないと我に返り、ジルベルトは部屋を訪ねてきた理由を問うが、鳴鳥は俯いて言い難そうにしている。話しにくそうにしている内容など思い当たらないが、無理に引き出す必要もない。こうしている間は邪魔物無しで彼女と二人だけで居られる。そのような邪な思いを抱きかけていたが、程なくして鳴鳥は小さく呟く。
「あの…、ジルベルトさん。違っていたらすみません…。その、最近具合が悪いんですか?」
「は…?」
「ここの所、辛そうな顔ばかりで…。もしかして何かの病気だとか!?」
鳴鳥は周りをよく見ているようで見えていないようだ。本気で心配しているようだが、ジルベルトのある意味病と言えるものは簡単に直せない。それでも彼女が気に掛けてくれていた事を知り、これまで溜め込んでいた苛立ちがスッと解消されていく。
「俺は病気にはならない。その事は前に説明しただろう?」
「そう…ですけど。でも、もしかしたらと思って…」
「すまないな、気遣わせたようで。だが、今の所体調の変化は無い。ただ気疲れするようなことが多くて顔に出ていただけだ」
「気疲れ…。それってもしかしなくても私のせいで―――」
俯いてサァ…っと青ざめる鳴鳥。フォローをしたつもりだったが、逆効果だったようで、落ち込ませてしまう。
久城の事も片が付いたせいか、ここ最近鳴鳥は任務中に目立つヘマをすることは無くなっていた。それでもまだまだ駆け出しのせいか、不意に起こる出来事に対する反応速度は遅く、周りにフォローされている。その上久城が後から一員になったにも拘らず、何でもそつなくこなし、鳴鳥を助けもできるせいか、余計に自分の駄目さ加減が目立つのだろう。ジルベルト達はさほど気にしていないが、当人には気掛かりだったかのようでがっくりと肩を落としていた。
決して落ち込ませたい訳ではなかった。慌てつつもジルベルトは誤解を解こうとした。
「そうじゃない。アレだ、敵の動きが見えないからだ。いつまた現れるかも分からないとなると気は休まらないだろう?」
「そ…それも私のせい、ですよね…」
更なる追い打ちをかけたようで鳴鳥は今にも泣きだしそうだ。
苛立つ本当の原因はみっともなくて、そもそも認められなくて明かす事ができない。どうしたものかと後ろ頭を掻くが、いい案など思いつくことは無い。取り敢えずは落ち着かせようと手を伸ばし、頭に触れる。
何度目かになるか、鳴鳥の頭を撫でていると何故だか自分自身も落ち着く。触り心地の良い髪質のせいか、撫でると嬉しそうに目を細めるからか。子どもをあやす様なやり方ではあるが、鳴鳥は嫌がる事無く受け入れる。
落ち着きを見せた所で、ジルベルトは言い聞かせるように、柄にもなく優しく諭す。
「お前は何一つ悪くなどない」
「でも、私が狙われているせいで、皆が巻き込まれて…」
「俺を含めて、皆、好きでやっているんだ。気に病むことは無い」
「好きで…?」
「そう、好きで…―――って」
思わず漏らした本音。何時もならば軍人であるからとあくまで本意ではない事をアピールするが、今日は何故だか義務ではないと言ってしまった。無意識の言葉に驚いたのは鳴鳥だけでなく、当人が一番意外だったようで、気恥ずかしさからか、直ぐに付け加えて誤魔化す。
「好きで、って言うのはだな、仲間としてだ。そう、好きと言うよりか大切だからか。つまりはそういう事だ」
「そ、そうですか…」
何とか取り繕えた。それでもまだ落ち着かない心を胃にコーヒーを流し込むことで無理やり治めようとする。どう反応に出るのか気になりチラリと横目で見ると、鳴鳥はがっかりとしたように目線を落としていた。何かまたマズイ事を言ったのかと気になるが、直ぐに鳴鳥は笑顔を浮かべ、先程の表情を無かったことにする。
一先ず納得がいったのか、鳴鳥はそれ以上追及することは無かった。話はこれで終わりかと思われたが、まだ何かあるようだ。熱を失い、飲みやすくなった紅茶を空にし、鳴鳥は再びジルベルトの目を見つめた。
「…ジルベルトさん」
「何だ?改まって」
「えっと…ありがとうございます…!」
「…またお前はいきなり何を言い出す」
「え、あ、それは!…こうして居られるのはジルベルトさんと出会ったおかげだなって。最近改めてその事が身に染みて、ちゃんとお礼を言わなきゃと思いまして…」
はにかんで笑う鳴鳥。これまで何度も辛い局面に立たされていた彼女だが、それらを乗り越えた今、幸せを噛み締めているのだろう。まだ敵から狙われているという不安があるものの、彼女の傍には想い人が、久城が居て守ってくれる。そのような状況を喜ばない者はいない。そして今となってはジルベルトの役目は終わりを告げたのだと分からせる。
鳴鳥が幸せならばそれでいい。例えそうさせている者が気に食わない奴だとしても、自分では幸せにする事が出来ないのだからと諦めがつく。そう、自分に言い聞かせているが、どこか認められないでいる。ついて出た言葉は自分でも内心驚くほど冷たいものであった。
「…礼なら必要ない。それより、今後は気を付けなければならないな」
「え?あ、そうですね!より一層気を引き締めて任務に―――」
「それはそうだが、俺が言いたいのは別の事だ。お前が気にしなければならないのは…俺との事だ」
「ジルベルトさんとの…?」
首を傾げる鳴鳥はまだジルベルトの言いたいことを察していない。これから告げる事に対しどんな反応を示すのか、怖くもあるが、ここでけじめをつけておかなければと言葉を絞り出す。
「お前、奴の…久城の事が好き、なんだろう?」
「え……っ!?どどどうして!その話をどこから!?私、言っていませんよね!」
「アリーチェから聞いた」
「アリーチェさぁぁぁんん!!」
「言っとくが、俺はヴィルト・ルイーネでのARKHEDの戦闘記録にも目を通している。コックピット内の音声も残されていたから、どちらにせよ知る事になったぞ」
「あ…っ。あああああ…っ!!!」
火を噴く勢いで赤面した鳴鳥は両手で顔を覆い、唸り声を上げていた。今まで気が付いていなかった方が不思議であるが、それどころではなかったのだから仕方がない。多くの者に知れ渡ってしまっている事実を知り、パニックを起こしかけたが、ジルベルトの続けた言葉で正気に戻る。
「まぁ兎に角だ。そうならば俺と必要以上に親しくするのは良くない。例えばこうして夜に自室を訪ねるとかな」
「…そんな!久城センパイなら気になどしないと思いますよ?」
「表ではな。紳士ぶっているが、内心どう考えているかわからん。それに考えてもみろ、夜中に久城の部屋へ可愛い女が訪ねて行って二人きりな場面など見たくは無いだろう?」
「それは…」
「今後、何かあって頼るのも奴の所に行け。きっと喜ぶぞ」
「…っ」
想いとは正反対の言葉を並べて諭す。辛くもあるがそれが互いの為であると信じて。それでもジルベルトは目線を合わせて言う事が出来ず、真正面を見つめていた。
納得してくれるだろうかと返答を待つが、返ってこない。横目で見ると、鳴鳥は俯き、膝の上に置いた手を握りしめ、肩を微かに震わせていた。余計なおせっかいで怒らせたのかと思うが、鳴鳥はそんな反応を示す筈がない。そう思い、ならばどうしたのだと疑問を抱く瞬間、潤んだ瞳と目線が合う。
「…お邪魔しました…っ」
悲しげな表情は一瞬で、勢いよく立ち上がり、サッと部屋を後にしたために振り向いた時にはもう遅く、確認は出来なかった。それでも泣いていた鳴鳥の姿は脳裏に焼き付き、思考が追い付かなくなる。
選択肢を間違えた。直ぐにでも後を追おうとするが、目前で閉じられた扉が拒まれたように感じ歩みが止まって踏み出せなくなる。フラフラと力が抜けた様子でソファーに身を預けるジルベルトは頭を掻きむしるように抱えた。
何がいけなかったのかは分からない。何故、突き放すことでああまで悲しむのかも理解できない。それでも今の自分にはこうする事しかできなかった。
明日の朝、鳴鳥はどんな顔をしているのだろうか。また余所余所しくなってしまうのかと思うと気が重い。普段は長く感じる夜が短く思い、頭を悩ませている内に夜が明けた。
幸か不幸か、翌朝顔を合わせると鳴鳥は普段通りであった。と、言ってもそれは無理に作られたものであるとすぐに分かり、昨晩の事が尾を引いているのが明らかである。
ここ最近ジルベルトは久城の事が気になり苛立つ日々を送っていたが、今では鳴鳥の方が気がかりであり、どうにも落ち着かない。一方で鳴鳥は言いつけを守っているようで、ジルベルトには必要以上に近寄らなくなった。それは彼が望んだことであり、そう在らなければならないのだが、直ぐには受け入れられそうにもなかった。
うだうだと考えるのが煩わしくなってきた頃、タイミングよく次の任務の指令が下った。職務に没頭すれば少しは気が紛れる。そうジルベルトは考えていたが、新たな任務は厄介なものであった。
帰還後間を置かずに下された任務の内容、それは辺境の星での探査であった。何故この任務がジルベルト達に任されたかと言うと、探査内容にARKHEDが関わるからである。その星は『ブラオン・ヴァント』という名の後進惑星であり、他の星との交流が無い。文明レベルが低いという理由もあるが、何より他の星を遠ざけているのはその星が纏った特殊な磁場のせいである。それはあらゆる電子機器を狂わせ、ARKSや戦艦では着陸が出来ない。少々特殊な環境の星であるが、取り立てて危険度も低く、保護観察対象であった。それがつい最近、隕石が落ちた事により状況が変わる。一瞬の隙間で観測機が捉えたのは精神結晶の反応であり、その大きさ、純度からARKHEDの動力クラスだと思われる。その星で何事か起きる気配はなく、恐らく未契約であると推測され、契約者以外は迂闊に近づかない方が良い。一つ目にARKHEDでなければ降り立てない事、二つ目に調査を行うのは契約者ではないといけないという事、それらからアルヴァルディのジルベルト達に任された訳である。
ジルベルト、鳴鳥、久城はブラオン・ヴァントに、マリアン達はアルヴァルディにて待機となった。
現在はラウンジにてブリーフィングを行っており、皆、神妙な面持ちでジルベルトの説明を聞いている。
「精神結晶の反応は地中の洞窟内部に在るとされている。ARKHEDで真上からその場を掘り進めたい所だが、後進惑星という事もあって派手な事は控えたい。ARKHEDでの移動は地上に着くまでで、おあつらえ向きに入口があるようだから洞窟内を進まなくてはならないな」
アランがスクリーンに大きく表示された地形に目的地と進行ルートを付け足す。パッと見はあまり距離がなさそうに思えるが、徒歩となると話が違う。やる気なさげにジルベルトが説明しているのはこのせいだろう。ざっと見積もり目的地点には丸一日は掛かり、往復と調査時間、余裕をもって七日は要るだろうとアランは言う。
「野営も行う事になるが…。ナトリ、その点は問題ないか?」
「が、頑張ります!」
「いや、お前は張り切らなくていい。調子に乗るとロクなことが起きないからな」
「う…っ。…自重します」
野営と聞いてキャンプかなにかと勘違いしているような鳴鳥に対し、ジルベルトは釘をさしておく。素直に忠告を聞き入れたようだが、風呂に入れないなど不便を強いる事を理解しているのか怪しい。それでも彼女なら文句は言わないだろうと、ジルベルトは話を続けた。
「今の所、危険種は生息していないと思われるが、武器を携行しておく。通常使用しているのは磁場の影響で故障しかねんから、今回は実弾を使用する。狭い空間での戦闘だから誤射しないよう充分に気を付けてくれ」
ここでもジルベルトは鳴鳥に視線を向ける。身に覚えがあるのか、腕前に自身が無いのか、鳴鳥は体を小さくして頷く。すると隣に座っていた久城が「自分がフォローするから心配はいらない」と優しく声を掛けていた。申し訳ないと思いつつも、嬉しかったらしく、鳴鳥は久城に対し礼を言い、笑顔を向けている。周りはその様子を微笑ましく思っているようだが、若干一名は内心舌打ちをしていた。
普段から仏頂面ではあるが、更に不機嫌そうな顔をしてジルベルトは説明を続ける。
一通り、流れを説明し終え、最後に携行品の確認等が済み、解散となる。皆は早速任務の為に準備に取り掛かるが、ジルベルトは気乗りしないようであった。
今回の任務はよりにもよって鳴鳥と久城という最も避けたいメンバーで行動しなくてはならない。その上野営を行うなど、精神衛生上よくない事は明確である。それでもこの先こんな事は珍しくなくなるのだろうと思えば、諦めもついた。
新たな任務、向かう先ではこれまで使用していた電撃銃が使えない為、弾薬が込められたものを使用する。電撃銃には照準アシストも付いていた為、鳴鳥でも直ぐに扱いが慣れる事が出来たが、通常の銃はまだ完璧に使いこなせているとは言えない。
アルヴァルディには射撃の訓練を行う場所もあり、ブラオン・ヴァントに着くまでの間、鳴鳥と久城は射撃の訓練を行っていた。
弾が込められているせいか、電撃銃よりガス式のハンドガンは重く感じ、撃った時の反動も違う。なんとか的には当てられるものの、鳴鳥のスコアはあまり振るわなかった。ちなみに今日の訓練はコンラードが指導役として就いている。彼はARKSに関する知識だけでなく、携行火器にも詳しいらしく、実力もある。手本として撃った弾は全て中心に命中し、知識だけでない事を証明する。
「凄いです!コンラードさん、カッコいいです…!」
「そんな~、いやいや、大したことないっスよ」
鳴鳥に褒められたコンラードは鼻の下を伸ばしてデレデレしながら否定している。全くもって締まりのない顔をしているコンラードの横で久城は慣れた手つきで銃を構え、淀みなく引き金を引いた。間髪置かずリズミカルな発砲音が続き、鳴鳥とコンラードは目を奪われる。久城が撃った的には穴が一つしか空いていないようであるが、スコアは満点。つまりは同じ場所を数ミリもずれることなく撃ち抜いたようであり、訓練の必要性は無かった。
「久城センパイも凄いですね…!」
「前に、テレンティアに居た頃はこっちの銃が主流だったからね、多少は扱えるんだ」
「な、中々やるっスね…」
「でも、実践だと的は動くから、経験不足の僕ではこのようにはいきませんよ」
「そうっス!敵は棒立ちじゃ無いっスからね!」
「あ、動く的を射抜く訓練モードあるんですね」
「よーし、ここは先輩の俺が手本を―――」
コンラードは動く的でもまたもや高得点を叩き出した。自分でも満足いく結果だったのか、胸を張り、鳴鳥の賞賛を受け取っていたが、久城の番を終えると顔面蒼白になっていた。ムービングターゲットモードでも久城はフルスコアを達成し、それでも機械的な動きは実際と異なると謙虚な姿勢であり、コンラードは完全敗北となった。
その後、久城とコンラード二人掛かりで指導したおかげか、鳴鳥は何とか素人以上には実弾の銃を扱えるようになった。
本日の訓練を終え、各自扱った銃のメンテナンスを行う際に、鳴鳥は感慨深い溜息を吐いて感心していた。
「昔から思っていましたが、久城センパイは何でもできるんですね」
「何でもは出来ないよ。それに、いくら訓練が上手くいった所で、実際に危機的状況に陥った場合、どうなるか分からない。その点で言えば僕なんかより、コンラード先輩やジルベルトさん達の方がよっぽど頼りになるよ」
「船長はともかく、俺もまだまだっスよ。まぁ、こういったのは場数を踏めば否応が無しに成長するものじゃないっスかね」
「…そう、だと良いのですが」
不安げな鳴鳥は目線を落とし、手元にある分解された銃を見つめる。整備の手際も良い久城は既に終えていて、鳴鳥が終わるのを待っていた。こんな所でも彼との差を見せつけられ、感心を通り越して自分が恥ずかしくもある鳴鳥の表情は浮かない。そんな気持ちを察してか、少し遅れて整備を終えた鳴鳥に久城は手拭きを差し出しながら言った。
「鳴鳥が気負う必要は無いよ。本来ならば君はまだ学生だったんだ。それに女の子であるから、こういった荒事に慣れる必要もなかった」
「ジルベルトさんも、そう言ってくれた事がありました。それでも私は―――」
力になれない事が悔しいのか、手拭きをギュッと握りしめる鳴鳥の拳は固い。その頑なな心を解く様に、久城は優しげな瞳で目線を合わせ、手を重ねる。伝わる温もりは言葉以上の想いが込められ、不安な気持ちを和らげる。
「男としては、頼られるのは苦じゃないんだけどね。特に鳴鳥になら…」
「久城センパイ…」
視線と視線が絡み合い、適度な距離を保っているのにも拘らず、傍から見れば二人の距離が縮まる感覚を覚える。ここに居るのが鳴鳥と久城の二人きりならば、問題ない…訳ではないが、咎めるのは野暮である。けれどもここには後一人居て、影が薄くなりつつあったが、このままでは駄目だと正気に戻り、声を上げた。
「あのー…。ここに一人居るのを忘れないで欲しっス」
「え!?そ、そんな!忘れてなんかいませんよ。ですよね?久城センパイ」
「ええ、今日は訓練に付き合って頂き有難うございました」
「…クランドには教える必要なかったっスけどね」
「そんな事はありません。銃に関する知識は先輩の方が詳しいですし、勉強になりました」
「そ、そうっスか?」
久城の世辞を真に受けたコンラードはこれまで嫉妬の炎を燃やしていた瞳を輝かせ、態度を一変させる。その様子は少し可笑しくもあるのだが、重ねられていた手が離れていき、温もりが無くなった事に鳴鳥は不思議な感覚を覚えた。
「(…どうしてだろう)」
手を繋ぐことが嫌な訳でなく、どちらかといえば嬉しい。言葉だけで伝わらない想いは触れる事で伝わる。それでも離れていく手を掴んで引き留めたい、温もりが無くなっていくのが寂しく感じることは無かった。重ねた瞬間に胸は高鳴るが、それは一瞬の出来事でずっと激しい鼓動が続くわけではない。鳴鳥はジルベルトと手を繋いだ時の事を思い出し、その時との違いに戸惑っていた。
自分の手を見つめ、ぼんやりとする鳴鳥。その様子に久城は気づき、何を考えているのかも察したようだが、彼は胸に仕舞い込み告げることは無かった。
食料や弾薬、野営を行うための用具など必要最低限をバックパック内に纏め、事前訓練も行い、いよいよ任務当日となった。
アルヴァルディが辿り着いた辺境の星、そこは一言で言えば黒い星である。荒れた大地には灰色と黒色の層が何重にも折り重なった岩山が点在し、ひび割れた地面も灰色で、それらを覆い隠す分厚い雲の層もどす黒い色であった。
雲間には紫電が走り、ゴロゴロという重低音が腹に響く。安全だと思っていても、その様は圧巻で、光を放つたびに鳴鳥は目を瞑り、ハンドグリップを握る手が震える。抑えてはいたが、悲鳴が漏れていたらしく、一緒に降下していたジルベルトは小馬鹿にするような、呆れたようでもある笑いを浮かべて通信を入れてきた。
「どうした、雷が怖いのか?幽霊と言い、お前はガキっぽいな」
「そ、それは仕方がないじゃないですか!怖いのは怖いし…」
「僕達が付いているから、メインモニターのみで後は遮断して、自動モードにしていれば良いよ」
「久城センパイ…。あ、ありがとうございます」
久城の言葉に甘え、鳴鳥は視覚と聴覚の情報を遮断した。コックピット内には静寂が訪れ、それはそれで怖くも感じるが、モニターには久城の姿が映っている。安心させようとする彼の笑顔でなんとか落ち着くことができた。
「(やっぱり、久城センパイは優しいな…。それに比べて―――)」
久城よりも年上だというのに大人げないジルベルトの姿を思い浮かべてしまい、溜息が出る。彼がそういった性格なのは重々承知している筈であったが、どうしても流せず反応してしまう。それでもこうして普通に話せることが少しだけ嬉しくもあり、そう思った自分に戸惑う。
あれやこれやと考えていると時間はすぐに過ぎ去り、三機のARKHEDは死せる大地に降り立った。




