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Xenoverse  作者: 葉月はつか
phase two : anemotaxis
47/100

第47話 Ripple mark which spreads over amber tea

 星団連合軍特務部本部、団長であるヘニングの臨時補佐官として鳴鳥が着任して五日目。最初はヘニングののらりくらりとした様に戸惑う事があったが、五日も過ぎれば慣れてきた。


「ナトリ君、そろそろお茶の時間にしないかい?」

「分かりました。用意しますので、少々お待ちください」


 ヘニングは頻繁に茶を飲む時間を設ける。鳴鳥がここに来た当初はやんわりと窘めてもみたが、茶の時間をはさまないと彼の仕事効率が下がる事に気付かされてやむを得ず現在に至る。

 特務部の給湯室にはヘニングの趣味だろうか、さまざまなフレーバーの茶葉があり、爽やかなハーブティーから透明なポッドの中で色鮮やかな花弁が舞う茶など、香りも見た目も楽しませてくれる物もある。

 ジルベルト達が危険な任務に就いている間に自分はのうのうとティータイムを楽しんでいてよいものかと鳴鳥は思い、久城の処分がどう下されるのかと考えると香り豊かな紅茶も甘いお菓子も味気なく感じる。そんな気持ちを汲んでかヘニングはにこやかに語った。


「彼らの事なら心配はいらないし、君が気に病む必要は無いよ」

「でも…」

「ジルベルト君達も、君の事を思って送り出した訳だからね。彼らの意思を尊重するならば、ここに居る方が良いんじゃないかな」

「そう…ですか」


 琥珀色の紅茶に映る鳴鳥の姿は居た堪れないような、悲しげなものである。上官であるヘニングが言うのだから信じるべきなのだが、やはり納得はいかない。自分が何の為に軍属となったのか、特務部という危険な任務もこなす部隊へ配属を願ったのか、全ては何もかも失った自分を支えてくれたアルヴァルディの皆の為だ。それなのに私心に囚われ、皆の足を引っ張ってしまった。今自分がここに居るのは当然の結果であり、反省しなければならない。


「…私、結局、皆さんの足手まといでしかないんですよね」


 不安な気持ちはティーカップに注がれた紅茶の波紋のように広がっていく。気を休める為のお茶の時間にこんな事を言われても困るであろう、そう思い直した鳴鳥は伏していた顔を上げて訂正しようとした。けれどもヘニングは意に介していないようで、いつも通りの姿で目を細めて笑っていた。


「いやいや、君は十二分に役立っているよ」

「そんな事は…」

「先の戦の件や広報の方もだけど、軍のイメージアップに大いに貢献しているしね」

「あ、アレ…ですか…」


 偶像として扱われるのは居心地が悪いものの、本気で嫌なわけではなかった。そうある事で誰かの役になれるならばと思う鳴鳥にとっては、恥ずかしくもあるが苦ではない。その事に関して評価して貰えるのは有難いが、どこかこそばゆく感じる一方でそれだけではジルベルト達の力にはなれないと落胆する。

 再び落ちかけた鳴鳥の視線だが、ヘニングは言葉を続けた。


「勿論、それだけじゃない。君のお蔭で、彼にも生きる意味が見いだせたようだしね」

「私が…?えっと、彼というのは―――」


 ニコニコと微笑むヘニングは鳴鳥の問いに答えない。首を傾げて考え込む鳴鳥に対し、ヘニングは悪戯っぽく口端を上げると、ジルベルトの着任当初の話を聞きたいかと問いかけてきた。彼が可笑しげな表情を浮かべるのならば面白い話なのだろう。これまでの鬱屈とした気分はどこへやら、鳴鳥は興味津々といった様子で頷いた。

 ヘニングの口上は巧みで、鳴鳥は落ち込む暇もないようになっていた。それでも気落ちしないのは職務中だけの事であり、夜間は宿舎で一人になる。そうなると自然と気持ちは沈み、アルヴァルディの皆の事や、久城の事が気になり眠れずにいた。

 独りで過ごす夜。時折マリアンやコンラードが連絡を入れてくれるが、ジルベルトからは一度も連絡が無かった。今日も着信履歴、メール共に彼の名は無い。お風呂から上がって確認をした鳴鳥は溜息を吐いてベッドに身を投げる。


「(もしかして、この間の失態続きで嫌われちゃったのかなぁ…)」


 別れる前はそのような感じはしなかった。マリアン達の様子から何かあったという事は無いだろうが、声が聞けないのは少し寂しくも感じる。まだ五日しか経っていないが、随分と長い間会えない気がしてきて苦しくもあった。


「(結局、皆の為じゃなくて、自分の為なんだ…。皆と一緒に居たいから、傍に居る事を願った。私ってなんて自己中心的なんだろう…)」


 離れてみて気づく自分の浅はかさ。それでも早く皆の元へと戻りたい、そう願いつつも今もなお尋問を受ける久城の身も心配でならなかった。

 鳴鳥が特務部本部に来て七日目、ようやく動きが見えた。




      第47話 Ripple mark which spreads over amber tea




 余裕の笑みを浮かべる久城が発した言葉。その一言により、ミリアムの表情が変わる。その変化は一瞬のものであり、直ぐに元通りになるが、僅かな変化をダニエルは見逃さない。それでも相手が連合議会議長であるからか、追及はせず成り行きを見守る。

 一旦通信を遮断し、ミリアムは深く息をつくとダニエルに向き直り、命を下す。それは久城と二人きりで話がしたいという内容であり、とても了承しかねるものである。ざわつく調査部の面々と同様に、あまり感情の揺らぎを表に出さないダニエルですら驚き目を見開いた程であった。それでも相手は連合を束ねる者であり、意見をするのすらも憚られる。


「念のため拘束具を、それから対話室へと移動させて下さい」


 ダニエルは部下に命を下した。ミリアムに逆らう事は出来ないが、彼女の身が危険に晒される事も見過ごせない。何かあれば直ぐに呼び出しのスイッチを押すようにと確認を取り、対話室へと案内した。

 対話室もまた久城の収容されていた室内と同じ白一色であり、分厚い透明な板を挟んで椅子が並ぶ。ミリアムが先に席に着き、程なくして両手に拘束具を填めた久城が調査員と共に入ってきた。席に着いた久城の両足が椅子の脚部に固定される。準備は整った。久城を拘束し終えた調査員とダニエルは部屋を後にする。

 ダニエル達が戻ったモニタールーム。薄暗い室内を照らしていたモニターがすべて真っ黒な画面に切り替わり、代わりに照明が部屋を照らす。映像だけでなく、音声も遮断され、二人がどのような会話をしているかは分からない。ただ待つことしかできない状況はもどかしくもあるが、ダニエル達に出来る事は限られていた。

 ミリアムと久城。二人だけの対話となった室内には暫しの沈黙が訪れる。互いにその姿を瞳に写し、久城は柔らかな笑みを浮かべる。


「数多の星々を纏める者が貴女の様な愛らしい少女とは、実物を目にしていても信じられませんね」

「お褒めの言葉として受け取っておきます。貴方こそ、綺麗な顔立ちをしていて殺戮者とは、非常に残念ですね」


 互いに嫌味とも取れる褒め言葉を交わすが、言われ慣れていることもあり、動じる事は無い。そんなやり取りも僅かの間。ミリアムはこの後も予定が立て込んでおり、時間を浪費する訳にはいかない。そして何より彼の言葉の真意を確かめたかった。


「先程の件ですが―――」

「セルべリア…本当の名はセスという名の者ですが、彼女は色々と僕に教えてくれました」

「前置きは結構です。どこまでを存じているのか教えて頂けますか?」

「誰と誰が奴らの同胞であるか、誰を観ているか、それだけです。残念ながらセルべリア達の今の目的は分かりかねます」

「そう…ですか」

「僕の目的は貴女方の意志と違える訳ではない。認めては貰えないでしょうか?」


 一見下手に出ているようにも思えるが、久城の底は知れない。彼の持つ情報はミリアムにとって非常に危険なものであり、このままにしては置けない。有益な情報は得られないと分かった今、使い道としてはARKHED(アルケード)のデータ抽出のみである。ただの邪魔者でしかない久城に対し取り敢えずは要求を呑んだ形とし、後々処分すればよい。自分の立ち位置を守る為ならば致し方ない、そう言い訳をして決断を下そうとした。けれども、その考えは既に見抜かれていた。


「念の為、付け加えておきますが、僕の身に万が一の事があった時には自動的に貴女方の正体が全世界、いえ、全ての星々に知れ渡るよう、ARKHED(アルケード)にプログラムを仕込んでおきました。これでもまだ、交渉の余地はありませんか?」


 最早これは交渉と言うよりも脅迫である。厄介な事態を引き起こした同胞を恨みつつも、ミリアムは現状を受け入れるしか出来ず、彼の要求を呑むことにした。






 朝方、ここ何日かと変わらぬように宿舎から特務部の本部へと向かっていた鳴鳥。何時も朝から何かしら起きた事に追われている連合軍本部であるが、今日は妙にせわしなく感じる。何が起きたのか気になる所ではあるが、自分には何も知らされていない以上、首を突っ込むわけにもいかない。後でそれとなくヘニングに尋ねてみよう、そう思っていた鳴鳥は特務部の室内に入る。既に出勤していた者達、夜勤明けの者達、今日は皆が既に揃っており、最後に出勤したのは鳴鳥であった。その事に少しばかり驚いていると、鳴鳥の後から見知った者達が現れた。


「ジルベルトさん!?」

「…元気そうだな」

「は、はい!皆さんもお変わり無いようで何よりです」


 久しぶりに聞く声、目の前にするその姿。鳴鳥は嬉しさに思わず顔を綻ばせるが、ジルベルトは言葉とは裏腹に硬い表情である。スティングは何時も通りに思えるが、マリアンやコンラード、優しげな笑みを常時浮かべているアランですら真剣な表情であり、これから何かが起こる事を予感させた。

 皆が揃った所でヘニングが執務室から姿を現し、軽く咳払いをした。皆は真剣な面持ちで言葉を待つが、執務室の扉が再び開かれ、現れた者の姿によりどよめきが起こる。予め知らされていた者も多いだろうが、やはり信じられないと言った様子であった。そして全く何も聞かされていなかった鳴鳥は誰よりも驚き目を見開く。


「(うそ…っ)」


 浅葱色の軍服は連合軍の物である。けれどもそれを身に纏う者はかつての敵、プラチナブロンドに蒼い瞳の青年、久城蔵人であった。

 何故久城がここに居て、その上連合の軍服を着ているのか、問いたいことは山ほどあるが、鳴鳥はぐっと堪える。この場に居るのは自分だけではない、取り乱す訳にもいかなかった。


「クランド・クジョウと申します。若輩者ですのでご指導ご鞭撻のほどをよろしくお願いします」

「彼は今日から特務部の一員となる。配属は…ジルベルト君、よろしく頼んだよ」

「………了解しました」


 上司の手前であるというのに心底嫌そうな顔をしつつ、ジルベルトは了解する。

 ヘニングがジルベルトに任せたという事は、久城の所属部隊はジルベルトの元という事であり、その事実を前に鳴鳥は茫然とした。

 次に顔を見られるのは刑に処された後かも知れない、最悪の展開まで想像していただけあって、こうして生きている事だけでも鳴鳥は嬉しく感じるが、更に同じ部隊であると知り、思考が追い付かなくなりつつあった。

 久城が特務部の、ジルベルトの部隊に配属された事について詳しい経緯は説明されなかったが、誰一人疑問を呈することは無かった。全ては上の判断によるものなのだから口にするだけ無駄だと悟っているのだろう。

 その後は連絡事項を伝え、ヘニングは緊急ミーティングを終えた。タイミングよく、というよりもわざと合わせたかのようにヘニングの補佐官は長期休暇から明けており、鳴鳥は元の場所、アルヴァルディに戻る事になる。


「改めてよろしく、鳴鳥」

「ここここちらこそ、よろしくお願いしますです!」

「どうしたの?顔が赤いようだけど、もしかして具合が悪いとか…」

「そ、そんなことは無いですよ!えっと、そうだ!アルヴァルディの案内なら任せてください!」

「それじゃあお言葉に甘えて、よろしく、鳴鳥」


 本当に彼が目の前に居る、その事がいまだに信じられず、上手く言葉を交わすことができずにいる鳴鳥に対し、かつて彼女が焦がれていた時の様な柔らかい笑みを久城は浮かべる。

 このまま鳴鳥達はアルヴァルディに戻るのかと思いきや、ジルベルトがヘニングと話があるとの事で先に戻るよう言い、彼は一人だけこの場に留まった。

 皆が職務に戻る中、ジルベルトはヘニングが居る執務室へと向かう。不機嫌そうな面は鳴鳥が視界から居なくなったことによりさらに険しく、握られた拳も固くなる。その態度は室内に入っても変わらず、上司に対して無礼であるが、ヘニングは全く意に介さないようで、それどころか逆なでをさせるような笑顔を返す。


「どうしたんだい?事前に話しておいた通りだろう、何か不満があるのかな?」

「無いとお思いですか?」

「質問に対し質問で返すのは感心しないね。…と、まぁ小言はさておき、今回ばかりは私も関知しない所だから、文句を言われてもどうしようもないんだがね」


 取り敢えず落ち着くようにと茶を勧めるが、ジルベルトは断り、話しを続ける。

 久城の処分はジルベルトと同様に寿命を遥かに超えた刑期で縛られ、一生軍属であるようなものであり、その件に関しては問題ない。仮に死刑になるというならば、鳴鳥を悲しませない為にも減刑を嘆願しただろう。結果として久城の死は回避され、鳴鳥が苦しむこともなくなり良かった筈だが、彼の配属先が問題である。

 ただでさえ、久城の事に関しては腹を据え兼ねているジルベルトである。鳴鳥の手前、その感情は押し込めているつもりだが、四六時中肩を並べるとなると話は別だ。早くも今後の事で頭が痛くなることが予想されるが、個人的な感情で抗議している訳ではないと、もっともらしい理由を述べる。


「アルヴァルディには俺とナトリのARKHED(アルケード)があります。三機目ともなると、パワーバランスが偏っているのでは?」

「そうだね。だとしたら、君の所属部隊を―――」

「なんでそうなるんですか!?」

「いやいや、ちょっとしたジョークだよ、ジョーク」

「…笑えない冗談は止めて下さい」


 がっくりと肩を落とすジルベルトに対し、ヘニングはひとしきり笑ったのちに紅茶を飲み、一息ついた所で彼にしては珍しい真剣な眼差しを向けてきた。


「クランド君の事に関しては全て上の指示によるものだが、私はそこまで悪くは無いと思うんだよ」

「奴がまだ信用に足る人物かどうかは―――」

「彼と話をしたんだがね、少なくとも、彼のナトリ君に関する想いは本物のように思える。そして実力も、まだ粗削りではあるが、実績がない訳ではないだろう?」


 ヘニングの久城に対する評価。それはヴィルト・ルイーネやリゾート惑星、ジャポーネでの襲撃の際に久城が身を挺してまで鳴鳥を守った事だろう。その話を出されてしまえば、ジルベルトは反論できなくなる。ヴィルト・ルイーネではレースに出場していた為、駆けつけるのに遅くなったが、後の二件は自分の判断ミスである。己の力量不足による所もあると気づかされ、ジルベルトは奥歯を噛みしめた。

 ひとしきり久城の弁明側に回っていたヘニングであるが、ジルベルトを苦しめたい訳ではない。今度は諭すような笑みを浮かべると指示を出した。


「と、言ってもクランド君の全てを理解した訳ではない。君には気苦労を掛けるだろうが、彼の動向を見守っていて欲しい。そして何かあれば、その時は君が止めてくれると信じているよ」

「…分かりました」


 どうあっても上からの命である以上、変わらないと分かり切っていた。それでも納得がいかないという思いを吐き出す事はでき、上司から一応の理解を得る事が出来て幾分か気が済む。

 ジルベルトが去った後、新しく淹れなおした紅茶を口にしたヘニングはやれやれといった大仰な振りを見せ、肩を落とす。


「何事も無ければいいのだがね。今回の裁量が吉と出るか凶と出るか…」






 久城の処分が気になり、ジルベルト達とも一緒に居られない日々。期間としては短いが、非常に長く感じたモヤモヤや辛さから一気に解放され、その上久城と共に居られる事になり、鳴鳥の足取りは軽い。隣には久城が居て、ふと横眼で見れば笑顔を返してくれる。間抜け面に、顔が緩むのが自分でも分かる鳴鳥は、ここがまだ軍本部であるという事をはたと思い出し、両手で頬を押さえて顔を整える。

 これまで辛い事が沢山あったが、諦めずにいて良かった。これからはアルヴァルディの皆と、久城と一緒に居られる。その幸せを噛み締めていた鳴鳥だが、すれ違う人達の視線に気が付き、浮上していた気持ちが急降下する。

 何時も鳴鳥に向けられる視線は、自惚れかとも思うが、有名人を見るかのようなものであり、少し恥ずかしくもある。しかし今は違う。目線が合ったかと思えば、さっと逸らされ、何やらコソコソと耳打ちをする者もいる。何故だろうと首を傾げる鳴鳥に対し、隣に居る久城は申し訳なさそうに、顔を伏せ、少し歩くペースを落として鳴鳥の傍から離れた。


「久城センパイ?どうかしたんですか…?」

「僕のせいで…すまない。少し距離を取ろう、君まで悪く思われるのは僕としても望むところではない」


 向けられた視線。それは久城に対するものであり、それらには侮蔑や忌避、恨みが込められているのだと鳴鳥は気づく。兵士たちの中には先の戦で友を、仲間を失った者もいるのだろう。彼らからしてみれば、久城がのうのうと歩くさまは許しがたいものであり、かと言ってどうする事もできずに歯がゆい思いを抱いている。

 マリアン達はあまり顔には出さないが、先程のジルベルトの姿はすれ違う兵士と同じであった。能天気に喜んでいるのは自分唯一人であると気づかされた鳴鳥はしゅんと肩を落とし落ち込む。

 無遠慮な眼差しに対し、気に留めていなかったマリアン達だが、鳴鳥が気を沈ませたとあらば話が変わる。スティングは鋭い視線を向け、眼力だけで蜘蛛の子を散らすように追い払う。コンラードは少しだけ躊躇いつつも、フード付きの上着を脱ぎ、久城に渡した。そしてマリアンとアランは鳴鳥のフォローに回る。


「ナトリ、貴女が気に病むことじゃないわよ」

「そう…ですけど」

「今は彼に対する評価も低いかもしれませんが、これ以上悪くなることは無いでしょう。こういったのは時間が解決してくれるものです」

「だと良いのですが…」

「船長の事を思い出してみなさいよ。似たような境遇でしょ?時間は掛かるけど、今から挽回すればいいのよ」

「そう…ですね…!」


 今はまだ、久城に対する冷ややかな視線はどうする事も出来ない。何年も掛かるかもしれないが、いつか彼の本当の姿が知れ渡るように、そう願い、鳴鳥は少し離れて歩く久城の隣に居るよう歩調を合わせた。


「久城センパイが良い人だってことは、私が保証しますから!」

「鳴鳥…。すまない、それからありがとう」


 鳴鳥まで奇異の目に晒されるのを避けた久城だが、彼女は自分の事など気に掛けない。寧ろ率先して自分が久城の身を保証するのだと言い、隣を歩く。自信ありげな、真っ直ぐな姿は眩しく、改めて久城はこの場に居られることを、彼女の傍らに在ることの喜びを感じていた。

 アルヴァルディに戻った一行は次の任務の為、各々が準備に取り掛かる。ジルベルトが戻るまでの間、鳴鳥は久城に船内の案内をした。ARKHED(アルケード)が収容されているハンガーから始まり、ラウンジ、トレーニングルーム、ブリッジ、皆の個室と、鳴鳥は慣れた様子で案内をしていく。彼女が配属されてまだ数か月だが、すっかり馴染んでいるようで思わず久城は笑みをこぼした。


「どうかしたんですか?」

「いや、ゴメン。可笑しくて笑った訳ではなくて、君があまりにも楽しげだったから、つい、ね」

「そう…ですか?自分じゃよく分かりませんが、嬉しいのは間違いないですね」


 船内の案内を終えた鳴鳥は最後に久城の部屋で設備の使い方を説明していた。その後、鳴鳥は自分の荷を解く為に自室に戻ろうとしたが、久城は少しだけ話がしたいと引き留める。鳴鳥もそうしたいと思っていたが口に出せずにいたので迷う事なく頷く。

 湯気が立つコーヒー。鳴鳥のにはミルクと砂糖を、久城のはミルクのみ。好みを聞く前に用意してしまった鳴鳥はこれでよかったのかと心配になるが、久城は笑顔でマグカップを受け取る。


「あの…これでよかったですか?」

「僕の好み、覚えていてくれたんだね」

「はい、勿論です。えっと…お味は…」

「ああ、美味しいよ」

「良かった…!」


 ソファーに腰かけた鳴鳥は嬉しさに顔が綻ぶのを隠すよう、自分もコーヒーを一口飲んだ。

 暫く互いに何も言わず、静かな時が過ぎる。それは重苦しい沈黙ではなく、決して居心地が悪い訳ではない。久城は少しだけと言ったが、鳴鳥には話したいことが山ほどあり、何から言ってよいのやら悩んでいるようで、彼もまた彼女と同じ心境のようである。

 コトンと音を立ててマグカップがテーブルに置かれた後、久城は口を開く。彼が最初に告げたのは、謝罪の言葉であった。


「…すまなかった」

「久城…センパイ?」

「僕は取り返しのつかない事をして、君を傷つけた。…君には僕を罰する権利がある」

「そんな…!罰だなんて望んでいません…っ。私はこうしてまた久城センパイと話ができる事が嬉しいんですよ」

「君は、相変わらず優しいね」


 少し呆れている様な、困ったような、眉を下げて苦笑する久城。それでも先程の、思いつめたような、自分を責めている姿よりは良いと鳴鳥は思う。今はこうして、鳴鳥の言葉で少しばかり気が楽になっただろうが、彼はこの先も自分を責め続けるだろう。罪の重さから致し方ない事だが、ずっと顔を伏せさせて過ごすなど鳴鳥は望まない。


「優しくなんかないですよ。自分の事しか考えていない、駄目な人間です」

「君は随分と過小評価しているね。先程もそうだ、この船の皆は僕を庇うというよりも、君を気に掛けていたようだし。皆にそれだけ信頼されているなら、駄目だという事は無いよ」

「そ、そんな買い被り過ぎです!」

「そんな事は無いよ。だからこそ僕は―――」


 二人並んで座るソファー。その間には一人分くらいの空きがあった。その空いている部分に久城は手を着き、距離を縮めてくる。優しげな瞳は綺麗な蒼色で、思わず見惚れてしまうほどの美しさである。途切れさせた言葉、縮まる距離、この先に何があるのか、期待と不安が入り混じり鼓動が早まる。


「あの時の、君の言葉が僕を救ってくれた」

「えっと…あの時とは…?」

「ヴィルト・ルイーネの、女神像があった場所で―――」

「…っ!!」


 久城の言わんとした事が分かった鳴鳥は言葉を詰まらせ、耳まで赤く染めさせる。彼を変える切っ掛けになった言葉、それは鳴鳥も薄々気づいていた。それでもまさか、たった一言「好き」だという気持ちであれだけ殺意を向けてきた彼が変わるなど信じられず、その考えはあり得ないと決め込んだ。しかしこうして当人から答えを教えられ、混乱に陥る。あの時の言葉を持ち出すからには、彼は返事をくれるのだろう。優しく微笑むという事は、NOでは無い。それならば…と、考えるとまともに視線が合わせられず、及び腰になる。


「あ、あの言葉は!その…っ、もう死んじゃうからと思って…」


 決して嘘偽りでない。それでもこうなる事など予想は出来なかった鳴鳥は過去の自分を恨んだ。

 素直になれず、否定めいた事を言ったせいか、久城は少し寂しげに、視線を落とす。落胆しているように見えるのは気のせいではない。彼は明らかに落ち込んでいた。


「そっか…。そうだね、あれほどの事をしてきたんだ、心変わりだって―――」

「う、嘘ではないですよ!あの時の気持ちは、本当で―――」


 慌てて誤解を解こうとする。すると久城は再び顔を上げ、柔らかな笑みを浮かべていた。その姿は自惚れかも知れないと思いつつも、喜んでくれているのだと思わせた。


「もう一度、君の気持ちを聞かせて欲しい」

「…え!?」


 そう願われた鳴鳥は固まる。あの時の気持ちも言葉も本物であった。それは今でも変わらない。そうだった筈だが、直ぐには言葉が紡げない。ただ本人を目の前にしていて恥ずかしいと言う訳ではない。今、自分があの時と同じ思いを告げれば、彼は受け入れてくれるかもしれない。そう思い至った瞬間、鳴鳥の脳裏に他の者の姿が過った。


「(どうして…?)」


 目の前に居る久城は透き通るようなプラチナブロンドに綺麗な蒼い瞳でとろけさせるような優しい笑顔を浮かべ、その姿はまるで王子様である。誰もが惹かれる容姿を持っていて、尚且つ今は鳴鳥の事を何よりも想ってくれている。一方で、一瞬過った男はボサボサ頭で、無精髭を生やしていて、何時も仏頂面であり、とても恋愛対象には見られないオジさんである。彼が本当は優しい所もあるという事を知っているが、何故この場で彼の姿が思い浮かんでしまったのか、鳴鳥には分からなかった。


「鳴鳥…?」

「あ…その…」


 恥じらいではなく、明らかに戸惑いを見せる鳴鳥に対し久城は心配そうに声を掛ける。今は彼と話をしているのに、他の者の事を考え、そのせいで心配を掛けてしまっている。それでも一瞬浮かんだ者の事が頭から離れず、惑わせる。

 どう答えて良いか、分からなくなってしまった鳴鳥の元に助け舟が、通信機が着信を告げる。相手は直前まで鳴鳥を混乱に陥れた人物であり、ドキッと心臓が跳ねるが、仕事の内容であるという事で直ぐに落ち着いた。

 通信相手のジルベルトは次の任務についてミーティングをラウンジで行うと告げた後、眉間にあった皺を更に深くして冷ややかな視線を向けてきた。


「…お前ら、二人で居たのか」

「え、あ、はい」

「そうか…まぁ、いい」

「?」


 何か引っかかるような言い方をした後、ジルベルトは「遅れるなよ」と言い、通信を切った。

 奇しくもジルベルトの連絡事項によって話は中断された訳だが、久城は続きを聞き出そうとはしなかった。その事にホッと胸を撫で下ろす鳴鳥であったが、そう思ってしまったことに疑問を抱く。


「(私、さっきも連絡が来て話が中断できたことに安心していた…)」


 自分でも分からない心。考えれば考えるほど、深みに嵌っていくようで、自分の気持ちが見えなくなる。今はまだ、向き合うことなくいられるが、鳴鳥がその想いに気付くのにさほど時間は掛からなかった。






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