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Xenoverse  作者: 葉月はつか
phase two : anemotaxis
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第46話 White interrogation room

 赤く色づいた木々が美しい森林公園。ここはジャポーネという名の星で、ジルベルトはアリーチェと約束を果たす為、また、鳴鳥を狙う敵を誘き出すためにコンラードを加えWデートをしていた。

 特務部団長のヘニングの読み通り、敵は姿を現し一度は鳴鳥をその手中に収めた。けれども駆けつけた久城により足止めを…と言うよりも、デクセス達が遊びに興じていたため、ジルベルト達は敵の目論見を阻止する事が出来、無事に鳴鳥を奪還した。

 危機的状況から一転、鳴鳥はARKHED(アルケード)に乗り込み、ジルベルトと肩を並べて敵に立ち向かう。

 敵は二機、長槍を巧みに扱うセルべリア機と連携が得意なデクセス機。幸いな事にデクセスと最高のコンビネーションを誇るデクセプはここに居ない。けれども彼女が駆け付けないとも限らないので二対二である内に片を付けた方が得策である。

 ジルベルトから特に指示は無い。それでも鳴鳥は迷いを見せず、位置取りをする。まだ経験の浅い鳴鳥にセルべリアの相手は荷が重い。自然と近接戦はジルベルトに任せる事となり、鳴鳥は彼の背を狙うデクセスを相手に露払いを行う。

 セルべリアと対峙するのは三度目であるジルベルト。素早くもあるが一撃の威力も強い突きに加え、自在に形状を変化させる刃先。セルべリアの攻撃は厄介だが、前回前々回とデータを収集したため、シミュレーションでその動きに慣れるよう対策は取った。

 背後を気にすることは無い。鳴鳥も任務をこなすことで幾分か成長し、デクセスを倒すとまではいかないが、少なくとも敵を引き付けておく事は出来るようになった。

 何度かの槍撃を光剣で捌き、コックピットの位置を容赦なく狙う突きをかわし、槍を掴む。


「な…っ!この―――」

「ナトリ!」

「はい!」


 見切られるとは思わなかったのだろう。武器を掴まれ動きを一瞬でも封じられ、その隙を突くジルベルトに腕を切り落とされ、地面に叩きつけられる。そこにすかさず降り注ぐミサイルの雨。想定外の動きにセルべリアは高らかに笑いながら体制を整えようとしていた。直ぐに追撃をさせまいとデクセスがセルべリアをカバーするように立ち回る。彼女は楽しそうに笑うセルべリアとは違い、焦りを見せているようであった。


「ちょっと!前より厄介になってない、アイツら!」

「言っただろう、ヒトとは変わるものだと。だからこそ、面白い…!」

「ま、確かにそうだけどさ、どうするのよ、コレ?」

「急く必要は無い」


 セルべリアの言う通り、劣勢であった彼女らの元には二機のARKHED(アルケード)が駆け付ける。一機は銀色の機体、デクセプ機であり、もう一機は他の機体の二倍の大きさがある黒い機体、ヴァレリー機である。敵は四機、ジルベルト達は二機、形勢は再び逆転した。




        第46話 White interrogation room




 紅葉した木々の隙間、上空ではARKHED(アルケード)同士が目にも留まらぬスピードで戦いを繰り広げている。ジルベルト達の方が押しているようだったが、それも僅かの間、敵の増援が現れ一気に窮地に追いやられた。

 危機的状況をスティングに救われた久城は怪我を負っていたため、一旦降ろされ、落ち葉が敷き詰められた地面へと寝かされている。

 アランは久城に手当を施す前に首に機械式の輪を取り付ける。彼を捕える事も重要な事であり、この機を逃す訳にもいかず、取った行動である。腕を怪我している為、手を拘束する訳にもいかずに使用した首輪、それは逃亡を図ろうとすれば即座に麻酔薬が撃ち込まれるものであり、アランはその旨を淡々と説明し処置に取り掛かる。

 傷口はどうにか塞げたが、流れ出た血は戻らない。血液量が減っているせいか、久城はどうにか体を起こそうとするが、それもままならない。


「行かなければ…」

「今の状態では無理です。大人しくしていて下さい」

「…だが、奴らの増援が…」


 久城の言う事はもっともである。ARKHED(アルケード)相手に戦艦やARKS(アークス)では歯が立たない。今回の任務にはソフィーリヤやクヴァルは同行しておらず、アリーチェも戦える状態ではない。敵の動きを熟知している久城ならば戦力になりえただろうが、いくら操縦が複雑ではないと言え、傷を負った状態では全力を出せない。

 アランは決して久城の身を案じている訳ではない。今彼があの戦いの中に向かっても足を引っ張りかねない事と、ようやく捕えた重要参考人を失う訳にいかないからだ。

 敵機四体は鳴鳥の機体を狙うように立ち回り、ジルベルトは守りに徹しているが、崩されるのはさほど時間がかからないだろうと思われる。

 ただ手を拱いているだけしかできない情けなさに久城は拳を握りしめるが、それすらも力が入らぬことに絶望する。かつては敵だった筈であり、思う所もあるが、マリアンは悔しそうに顔を歪める久城に声をかける。


「安心なさい。私達にも策が無いわけではないわ」


 この状況で何ができるのだと疑問に思うが、理由は直ぐに分かった。

 ジルベルトと鳴鳥は敵の攻撃をかわしつつも上空へ向かう。やがてその姿は小さくなり、放出するエネルギー残滓が糸のように見えるだけになる。戦況がどうなるのか気になる所であるが、肉眼では捉える事が出来なくなった頃、アランはタブレットPCを久城にも見える様に差し出した。

 リアルタイムに流れる映像。それはこの星の外の様子であり、先の戦で姿を見せた連合が保有する中で最大級の戦艦ブリューナクを始めとする連合の総力が結集されている。無論、そこにはロングライフルを構えるクヴァル機が待機しており、照準はジルベルト達を追う敵機に定められていた。


「間に合ったようですね」

「そうか…よか…った」


 危機を脱した。大切な者が傷つくことは無い。その事を知ってか、久城はホッと胸を撫で下ろしたようで目を細め、そのまま気を失った。安らかに寝息を立てる姿はテレンティアとの戦いで見せた憎悪に満ちた様子などなく、ただただ穏やかである。たった一人で、傷ついてまでも鳴鳥を守ろうとしていた彼は本当にあのクランドなのか疑わしくも思える所であった。

 戦況を逐次伝えるタブレット。ここから遥か上空では連合が総力を結して敵に向かっている。ARKHED(アルケード)の数だけを言えば四対四と互角であるが、連合には数隻の戦艦が控えている。そしてセルべリア機は万全の状態ではない。敵機は優勢から一転し、脱する手段を取った。ジルベルトも鳴鳥も機体の損傷は軽度でまだ戦える。この機を逃すまいと追撃を図ろうとするが、敵の遁走術は鮮やかで、易々と追撃を逃れた。

 一先ず皆の無事は確認でき、アラン達も険しかった表情を緩める。


「敵は…去ったようですね」

「取り敢えず、今回はこの坊やを捕えられただけでも良しとしときましょうか。スティング、運ぶのを頼めるかしら?」

「ウム」


 ジャポーネでの襲撃。三度狙われた鳴鳥であるが、今回も敵の手に落ちることなく守りきれた。前回とは違い、連合の戦艦も敵を討ち果たすために出撃したが、捕える事すら叶わなかった。それでも今回は全く成果が上げられなかった訳ではない。先のテレンティアとの戦での敵であった久城蔵人を捕える事に成功した。敵の正体や目的もこれで明らかになるかもしれない。そう期待を抱いたが、その希望は打ち砕かれる事となる。






 大戦艦ブリューナク、ハンガーエリアには通常の戦艦ではあり得ない数のARKS(アークス)が収容されている。いくら汎用機と言えども、ずらりと並ぶ姿は壮観で圧倒される。ハンガーの一角、通常は空いている収容箇所に黒色と白色のARKHED(アルケード)が新たに収容された。その機体はジルベルトと鳴鳥のものであり、後々アルヴァルディもこの艦に収容されるとのことで、二人は先に着艦したのである。

 ブリューナクの内部は広大な広さである為、重力が掛からないようになっており、移動も楽である。ふわふわとする浮遊感は楽しくも感じる鳴鳥であるが、あまり慣れていないせいであらぬ方向に進んで戸惑う。上手く動けずにいた鳴鳥の傍に寄ってきたのはジルベルトであった。


「手を貸した方が良いか?」

「す、すみません、お願いします…」


 仕方がない奴だと言いたげな顔であるが、ジルベルトは鳴鳥に手を差し伸べる。差し出された手は右手。ジルベルトの大きな掌に載せたのは右手である。本来なら左手を乗せて引いて貰えばよいのだが、すぐ傍まで寄った鳴鳥はジルベルトの左手を右手で取る。少し怪訝な表情になるジルベルトであるが、この場では口にせず、ハンガーを出る。


「あの…ジルベルトさん?どこへ―――」


 ハンガーの軽重力エリアを抜け、長く続く通路に出てもジルベルトは手を離さず先に進む。彼の向かう先はアルヴァルディの収容される場所ではない。そして広い空間と違い通路ならば一人でも大丈夫である。それらの事に戸惑う鳴鳥に対し、ジルベルトは答えず、前を向いたまま呟くように問う。


「奴に会いたいか?」

「それは…」


 鳴鳥を引く形であるジルベルトは背中しか見えず、表情は窺えない。けれども問いかけた言葉は冷ややかな物であり、素直に返答ができなかった。

 アルヴァルディには捕えられた久城蔵人が居る。これまでに鳴鳥の危機に何度も駆けつけてくれた彼だが、まともに言葉を交わす機会は無かった。話をしたいと思うのも事実であるが、鳴鳥にとっては何より久城の身が心配でならない。セルべリア機からの攻撃を避けた所までは見ていたが、その後彼がどうなったかがまだ分からない。捕えたという事は死んではいないだろうが、腕からとめどなく溢れ滴り落ちる血の色は忘れられない。この目で無事を確認したいが、久城の行った行為を顧みればジルベルトの前で堂々とは言いにくかった。

 どう答えるべきか戸惑う鳴鳥に対し、ジルベルトは全てを見抜いているようで、振り返った彼は深い溜息を吐いた。


「奴の容体なら心配はいらない。それよりも、お前は他人の事よりも自分のことを心配したらどうだ」

「え?私は別に…」

「気づいていないと思うのか?バレバレだぞ」


 ジルベルトが鳴鳥の手を引き連れてきた場所は医務室であった。ARKHED(アルケード)はハンドグリップを握るだけで作動し、運動機能は使わない。敵の前という事もあってなるべく意識を向けないようにしていたが。緊張感から解放された今、痛みからは逃れられない。

 心配はかけたくないと頑なに隠している鳴鳥。埒のあかない状況に軽く舌打ちをしたジルベルトは少々強引に、鳴鳥の衣服の袖をまくり上げ、左腕を露わにする。そこには青あざが、目立たない程度ではないくらい腫れていた。その傷はデクセスに踏みつけられたものである。

 大量の血を流していた久城に比べると大したことは無い。後で適当に処置をすればよいと鳴鳥は思っていたが、ジルベルトは許さない。彼に見抜かれてしまっていた上にこうして傷も露わになってしまった。言い逃れは出来ないと悟った鳴鳥は彼の言葉に従う事にした。

 船医に軽く状況を説明したのち、ジルベルトは外で待つと言い退席する。検査の結果、骨にひびなどは入っておらず、打撲で済んでいた。痛々しい赤黒い痣も医療機器のお蔭ですっかり元通りに、あっという間に痛みも引いた。

 治療を受けている最中、鳴鳥は先程のジルベルトの言葉を思い起こしていた。彼は自分の事を何よりも気に掛けてくれた。にも拘らず、自分は彼を怒らせてしまうような態度や考えばかりしてしまっている。ジルベルトの過去を知り、少しでも彼の力になりたいと思っているが、力になるどころか重荷になっているのではと思い至る。意図的にそうした訳ではないが、鳴鳥は自分の浅はかな行動を恥じた。

 怪我は綺麗に治ったが、気は沈む。その様子に気が付いた医師に他にも具合が悪いところがあるのではと気遣われたが、大丈夫であるとすぐに気持ちを切り替えて笑顔を作る。

 何とか医師達は誤魔化せたものの、扉の向こうで待っているジルベルトには見抜かれてしまうだろう。今、酷い顔をしていることは自覚している鳴鳥だが、感情の抑制など出来るはずもない。またジルベルトに不快な思いをさせてしまうかもしれないが、ここでいつまでも足踏みをしている訳にもいかず、意を決して前に進む。


「(まずはさっきの事、謝らなきゃ…!それから―――)」


 そう考えていた鳴鳥であったが、彼女よりも先に謝ったのはジルベルトであった。

 鳴鳥を医師に預けた後、ジルベルトは医務室の前で待つ間に煙草を取り出しかけていたが、ここが自分の船でないことを思い出し、舌打ちをして仕舞い込んだ。苛立つ気持ちをどうにか抑えようと後ろ頭を掻くが、スッキリとしない。彼が腹に据えかねている理由。それは自分の事を蔑ろにしている鳴鳥よりも、彼女をそうさせている久城に対してである。ようやく彼を捕える事が出来たが、状況はあまりよくない。久城に対しどんな罰が与えられるかまだ定かではないが、軽いものではない事は分かる。仮に命を以ってして償うとなるならば鳴鳥はどうなるだろうか。これまでどんな辛い局面に立たされていても立ち直り前を向いた彼女だが、今度こそ乗り越えられないかも知れない。何があってもそうはさせないと心に決めているが、絶対にとは言い切れない。自分も罪人であり、権力などないに等しい。何より苛立つのは自分の無力さであると思い至り、ジルベルトは溜息を吐いた。

 無力なだけではない。配慮も足りなかった。先程の鳴鳥の表情を思い出し、後悔もする。鳴鳥が久城に会いたくない訳がない。彼女が誰よりも真っ先に言葉を交わしたいと思っている事を知りながら、ついつい棘のある言い方をしてしまう。今でも十分不安定な彼女を支えなくてはならないと思いつつも素直にはなれない。

 鳴鳥が彼是と考えていたと同時にジルベルトも悩んでいた訳だが、互いに知る由もない。

 結局のところ、ジルベルトの方は答えが出る前に連絡が入り、思考を中断させられた。相手はアランであり、大方アルヴァルディが着艦したとの連絡だろうと思いつく。現在アルヴァルディには捕えた久城が収監されている。彼の様子も気になるが、ジルベルトにはもう一つ気掛かりがあった。それはアリーチェの事である。いつもとは違った様子の彼女は妙な事を言っていた。その上尋常でない程の頭痛を訴え、意識を手放した。ただの病とは違うというのは明らかであり、いくら苦手としていてもその容体は気になる。その点を問いかけたジルベルトだったが、アランは複雑そうな、困った顔をしていた。


「今は症状が落ち着いているようです。けれど、連合の病院での精密検査を勧めたのですが、断られてしまいました。この後はエーデル・シュタインから迎えが来るそうです」

「そうか…。まぁ本人がそう言うのならば無理強いすることは無いだろう。一応後でこちらからフォローをしておく」

「その方が良さそうですね」


 アリーチェの様子は確認できた。あまり機嫌が良いとは言えないだろうが、自分以外の者に対してならば当然の態度なのだろうと納得する。

 次にアランが少し言いにくそうに告げた事、それは想定内であるが受け入れがたい現実であった。






 鳴鳥が医務室を出たとのとほぼ同時にジルベルトは誰かと会話していたようだが通信を切る。深い溜息と眉間に刻まれた皺は、通信の内容があまりよくない事柄であったことを窺わせる。どうかしたのかと尋ねたい所ではあるが、鳴鳥が声を掛ける前にジルベルトが先に口を開く。


「具合はどうだ?」

「あ、はい。この通り、すっかり良くなりました」


 痣は綺麗に無くなったと袖を捲り上げて見せるとジルベルトの表情が多少柔らかくなった。鳴鳥は直ぐに先程の事を謝ろうとしたが、ジルベルトは再び難しい顔に戻り謝る。


「あの…どうかしたんですか?」

「…すまない」

「え?ど、どうしてジルベルトさんが謝るんですか?寧ろ謝らないといけないのは私の方で―――」

「久城の身柄はこの艦、ブリューナクに収監されたが、会う事は叶わない」

「…!」


 ジルベルトの表情から、彼が会わせたくないからそう言っている訳ではないと分かる。この艦は連合が保有する最大級の戦艦であり、艦長はジルベルト達よりも遥かに階級の高い者が就いている。特務部の団長ヘニングよりも、ニーヴァレインの艦長であるグェンダルよりも上の者、その者の考えならば従わざるを得ない。もしかすると、大罪人である久城の身柄に関してならば、連合の上層部からの指示かも知れない。

 どちらにせよ、久城には会えない。会えるような距離に、どこに居るのかも分かるが会う事は許されない。その事実は鳴鳥にぽっかりと穴が開くような感覚を覚えさせた。

 その後、アストリアに帰還した鳴鳥達は今回起こった事柄を纏める為に聴取を受けた。その間久城の身柄は調査部へ、これまでの行い、そして知りうる限りの敵の情報を吐き出させる為に特別な収容施設へと移送された。

 鳴鳥達の聞き取りが終わっても、久城の取り調べは終わらなかった。

 情報が引き出せぬ状態では刑に処すわけにもいかず、処分も保留のままであり、宙ぶらりんの状況は通常任務に戻った鳴鳥をじわりじわりと苦しめる。

 最初は些細なミスであった。ジルベルトが直ぐにフォローし、大した事にはならなかったが、そのミスを起こした原因が原因だけに鳴鳥は自分を必要以上に責め、その事にまた気を囚われて更なるミスを重ねる。小さなミスでも数が多くなれば見過ごせない。その分の負担はアルヴァルディの面々に降りかかる。事情を知っているのと、当人が素振りだけでなく本当に反省しているようなので彼らはついつい甘やかし、許してしまう。

 このままでは取り返しがつかなくなるかもしれない。デスクワークとは違い、鳴鳥達の職場は命がけである事も少なくは無い。やむを得ずジルベルトは上官であるヘニングに鳴鳥を休ませられるかと伺いを立てた。


「そうだねぇ。元々彼女はなるべくして特務部に配属された訳ではない。融通が利かない訳ではないよ」


 そう言うや否や、ヘニングは補佐官の休暇申請書の承認欄に印を押した。鳴鳥だけ休暇を与えるのは当人が断るだろう。ならば別の仕事を、しばらくの間内勤にすれば一番良いだろうという判断だ。ヘニングの元ならば心配することは無い筈であるが、視界から居なくなるのは落ち着きそうにもない。ジルベルトは口には出さず、顔にも出さなかったが、ヘニングには見透かされているようでニマニマとした笑みを浮かべられる。一言反論をしたい所ではあるが、良い計らいをしてもらった以上堪えるしかなかった。

 問題なく、鳴鳥の件は片付いた。かと思われたが、やはりと言って良いのか、鳴鳥は内勤になるのを拒んだ。それでも上官命令だと言えば渋々ながらも了承した。


「忘れ物は無いか?」

「はい、荷物ならもう送っています」

「団長は笑っているようで内心何を企んでいるかわからない。お前に限って上官相手に粗相はないと思うが、気を付けろよ」

「肝に銘じておきます」

「それから、何かあればすぐに連絡を―――」

「ジルベルトさん、なんだかお母さんみたいですよ」


 クスクスと笑う鳴鳥。気づけばジルベルトと同じく見送りに来ていたマリアン達も笑うのを堪えているようであった。柄にもない姿を晒して笑い者となったが、久しぶりに鳴鳥の自然な笑顔を見られた気がしたので悪くは無かった。

 暫しの別れであるが、傍に居ないというのは思っていた以上に堪える。ここには居ないと分かっていたが、その姿を探したり、今頃どうしているのかと気掛かりになる。任務に支障をきたさない為に取られた措置であるが、今度はジルベルトの方が調子を狂わせていった。

 ヘニングの元で補佐官として任に就いた鳴鳥の方は上官の手前、物思いに耽ることは無くなった。と、言うよりも忙殺され、考える暇すら与えられないのであった。資料整理、お茶汲み、スケジュール管理、お茶汲み、ヘニングが職務から逃げないように監視、お茶汲み…。内容としては気を張る必要がないように思えるが、ヘニングの監視ばかりは気を緩められない。補佐官が長期休暇を申請する気持ちが理解できた鳴鳥であった。

 ジャポーネでの襲撃から20日が過ぎ、鳴鳥が内勤になって3日目、未だ久城蔵人は口を開かずにいた。






 調査部、罪人の取り調べが行われる部屋でも特別な一室。その部屋は自分だけが穢れているように感じさせられる程の白一色に統一されている。室内にはプラチナブロンドで蒼い瞳の青年が椅子に腰かけ、ただ何をするでもなく、一点、真正面を見つめていた。収監される前に比べると少しやつれた様子であるが、その瞳の意志の光は揺るがない。

 彼…久城蔵人はまったく口を開かない訳ではなかった。だが、言葉を発したとしてもただ一つの要求だけであり、それは到底受け入れられるものでは無い。

 久城の取り調べを任された調査官のダニエル・ドノスティーアは監視モニターを前に険しい顔をしていた。かっちりと纏めた七三分けに眼鏡と言うスタイルはお堅く冷徹に見えるが、鳴鳥の取り調べの際は物腰の柔らかい穏やかな様を見せていた。今は苛立ちを感じているのか、以前の優しげな瞳ではなく、目を合わせた者を氷漬けにしてしまいそうな冷ややかな視線であり、眉間の皺は深く刻まれている。

 自白剤は飲ませたが、余程意志が強いのか、薬の効果は無かった。拷問は許可されていない以前にしようという気にはならない。となれば親しい者をという案が出されるが、鳴鳥の事を知っている彼にはその判断が下せなかった。仮に彼女に頼るとしても、それは最終手段である。

 後は根気比べしかないと皆が半ば諦めを感じていた所、監視モニターのある部屋へとある人物が現れた。このような場所には本来足を踏み入れる事すらない程に位の高い者、品のある浅葱色のワンピーススーツを纏った白髪の愛らしい少女、連合議会議長ミリアム・ウーヌ・アストリアであった。

 行き詰まりを感じてどんよりと曇っていた空気が彼女の登場により一気に変わる。ダニエルを除く他の者の曲がっていた背筋がピンと伸ばされ、時化た面構えが一瞬にしてキリリとしたものになった。元々深刻な表情であったダニエルすらも、ミリアムの来訪には驚かされたらしく、ずれた眼鏡を押し上げて佇まいを整える。


「ミリアム議長、何故このような場に―――」

「ご苦労様です。所用のついでに様子を見に来たのですが、変わりは無いようですね」

「申し訳ありません…」


 何の成果もあげられぬ調査部の面々は深々と頭を下げるが、すぐさま面を上げるよう促した。労をねぎらう様な優しげな微笑みを称えるミリアムであったが、モニターの向こう、久城の姿を視界に収めた瞬間、スッと真剣な眼差しに戻る。


「彼との対話は可能ですか?」

「…!それは―――」

「いけませんか?」


 ミリアムの願いならば断われない。しかし久城のような大罪人がどんな暴言を吐くのか、また、無礼を働いた場合にミリアムがどう反応するのか、考えると恐ろしくもある。滅多な事では怒りを露わにせず、罪人に対しても血生臭い処分は嫌うミリアムならばどんな暴言だろうが戯言だと流してしまうだろう。けれども、その状況に居合わせる事は精神衛生上よろしくない。調査員たちは皆、横目でどう出るかダニエルの様子を窺うが、彼は表情を崩さず、ミリアム議長と久城の対話の為に機器の説明を始めた。

 真っ白く、無音の室内に声が届く。これまでは冷淡な男の声で尋問を繰り返すばかりであったが、今回は何時もの声に続き、まだ幼さの残る少女の声が届いた。それは久城が待ち望んでいた者、ミリアムの声であり、その事に気が付いた彼は目を見開いた。


「初めまして、でしょうか。私は星団連合議会の議長を務めているミリアム・ウーヌ・アストリアと申します」

「僕の名は、今更名乗る必要などありませんが、礼を欠く訳にはまいりませんので一応。クランド・クジョウと申します。お会いできて光栄です」


 これまである要求以外は口を閉ざしたままであった久城は別人であるかのように話す。彼の要求。それは議長であるミリアムとの対話である。こうして彼の願いが叶った今、饒舌になるのは致し方ない事なのだが、何日も根競べをしていた者達は複雑な心境である。呆気ないともいえる態度の変わりように驚かされる調査部の面々であるが、すぐさま意識を二人の会話に集中させた。


「さて、私との対話を望まれたそうですが、その真意を教えて頂けますか?」

「貴女をお呼び立てしたのは交渉をしたいからです」

「交渉…ですか?」


 顔には出さないが、ミリアムとダニエルを含め、モニター室に居る者達は唖然とした。捕えられ、自由の効かない状況で何を言い出すのだとにわかには信じがたいと言った様子だが、当人はどこ吹く風のようで真剣な眼差しのままである。情報を引き出すのに対し何かしらの要求をしてくるのだろうが、こちらが下手に出る必要など全くない。だが、ようやく話し出した彼の口を閉ざさせる訳にもいかない。先に要求を聞き出すようミリアムは促した。


「僕を鳴鳥の傍に居させて欲しい」

「ナトリの傍にですか?以前の貴方からは考えらない台詞ですね」


 執拗に鳴鳥の死を願った久城は今や彼女の身を守る為に傍に在りたいと願う。テレンティアとの戦での久城の姿と今の彼は同じ者とは思えないほどの変わり様であった。

 彼の言葉を鵜呑みにする訳にはいかない。鳴鳥を守るのだと言いながらも命を狙う可能性も捨てきれない。そういった懸念がある一方で、テレンティアとの戦い以降の久城の行動は一貫しており、度重なる襲撃から鳴鳥を守っている。それらはセルべリア達と結託し、わざと襲撃をさせて危機的状況から守って信頼を得る…マッチポンプを行っている可能性もあったが、今回彼が大怪我を負った事、敵とは決別したかのようなやり取りから推測するに、彼が偽りを述べているとは考えにくい。

 なんにせよ、久城の要求はハッキリとした。けれども、彼の願いは易々と受け入れられるものではない。久城は先の戦で多くの人を殺しているだけでなく、星一つを滅ぼしている。そのような者がのうのうと表を歩ける筈もなく、英雄として広く名の知れ渡った鳴鳥の傍に居させる事は出来ない。その旨をミリアムは端的に伝えた。


「貴方の罪は一生を掛けてでも許される事のない程のものです。そのような者がナトリの傍に居られると思いますか?」

「だがらこそ、僕は生涯を掛けてあの子を守りたい」

「詭弁ですね…」

「何と言われようが構わない。それに、僕が罪人と言うのならば、あの男はどうだ」

「あの男とはどの者の事でしょうか?」

「ジルベルトという名の、鳴鳥の傍に居るあの男の事だ」


 久城の言いたい事を理解したミリアムは複雑な表情になる。確かに彼の言う通り、ジルベルトは星一つを滅ぼした大罪人である。そう至った理由を知っており、彼の暴走を止めたミリアムは死刑に処すのを反対した。幸いな事にARKHED(アルケード)の契約で得た力のお蔭でジルベルトは死を免れたが、久城は不死身と言う訳ではない。得た力の差で同じ大罪人の処分に差が出るというのは確かに不公平だろう。それでも、何億もの人の命を奪った者の希望を叶える訳にはいかない。甘い裁量は社会を崩壊させるのだと先の戦で学んだばかりであるからだ。ミリアムはジルベルトについてはあくまで特例であると、答えざるを得なかった。


「致し方ないですね」


 目線を落とす久城。諦めがついたのかと思われたが、そうではなかった。彼はこれまで譲歩していたのだと、ミリアムは後々になって気づくこととなる。

 再び顔を上げた久城の視線は鋭く、口元には笑みを湛えている。追い詰められているのは彼の筈であるが、自分達の方が不利であるとさえも思える余裕の様子。ミリアムは息を呑み、話の続き、今度はこちらから聞かせて貰いたいと、口を開こうとした。


「ウーヌ…一番目という意味でしたか」

「…っ!」


 サァ…と青ざめるミリアムの表情に対し、久城はほくそ笑んだ。




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