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Xenoverse  作者: 葉月はつか
phase two : anemotaxis
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第44話 pale flame which flickers

 アリーチェとの約束を果たす為、鳴鳥を狙う敵を誘き寄せる為、ジルベルトとアリーチェ、鳴鳥とコンラードはジャポーネを訪れていた。

 四人が訪れたエリアの季節は秋を迎えており、葉は赤く色づいている。瓦屋根や漆喰の壁、年季の入った木造建築は故郷を思い起こす以上に美しい情景であり、鳴鳥はこの星に来られた事を嬉しく思った。

 Wデートという事もあり、アリーチェはジルベルトにべったりとくっ付いて歩く。その姿を見ていた鳴鳥は胸にチクリと痛みを感じて目を逸らしてしまう。一方、ジルベルトも鳴鳥とコンラードの様子が気になるようで、時折様子を窺っていた。その事をアリーチェに気付かれ、自分だけを見て欲しいと切に願われ、無下に扱えずにいた。

 もはやWデートであると言えない様子の4人は、都市の隅々まで巡る水路を行き交う渡し船での観光を終え、昼食をとる為の店を目指していた。


「この星に来たからにはやっぱり『スシ』は外せないっスよね」


 と、言うコンラードの案内で訪れた店はこの星一番の人気店らしく、多くの観光客で溢れていた。重厚な門をくぐると庭園が広がっており、池には鯉が泳ぎ、青く生い茂る立派な松が植えられている。その景色は店内から見ることもでき、落ち着いた雰囲気である一方、店内中央には巨大な黄金の招き猫や腹が出た狸の置物が、天井には鮮やかな提灯がぶら下げられており、賑やかである。

 これまでに自分で寿司を握る事にも挑戦してみた鳴鳥だが、外で食べるものには敵わないと思っていた。ここに来て本場の寿司が食べられる事で期待に胸は高鳴るが、店内に入った途端に足が止まる。


「ナトリさん?どうかしたんっスか?」

「ここ、回らないお店…なんですね」

「回る?」


 店内にはカウンター席と個室の座敷があり、レーンは無い。

これまで鳴鳥が家族で外食をする寿司屋は回るものであり、カウンター寿司は父親のボーナスが出た時に一、二回しか行った事が無い。その際に覗き見た明細には恐ろしい桁の数字が記されており、もっと味わって食べるべきだったと思ったのだった。

 鳴鳥が値段を気にしている一方で予約席に案内されたコンラード達は価格も気にせずに注文をする。


「ナトリさんも何か注文しないっスか?」

「え、あ、は、はい…」


 メニューが表示されたタブレットをコンラードから渡され、鳴鳥は恐る恐る見てみる。一貫だけで四桁を覚悟していたが、予想に反して値段はリーズナブルである。ホッと胸を撫で下ろし落ち着いたところで改めてメニューを見ていて驚き固まる。

 お待たせしましたと言う店員が手にしていた品がテーブルに並べられ、コンラードとアリーチェは嬉しそうに声を上げる。喜ぶ二人とは違い、ジルベルトは顔をしかめ、鳴鳥も唖然とする。コンラードとアリーチェが注文した品は巻き寿司である。だがそれはただの巻き寿司ではなかった。一見色取りも良く華やかに見えるが、具は海鮮ではなく、果物であり、更にチョコレートソースが掛けられていた。

 絶句する鳴鳥の前でコンラードはこの寿司とも言えない寿司がこの店一番の人気商品であると言い、平気で食していた。アリーチェの方も見た目が気に入ったらしく抵抗なく箸を伸ばし、美味しいと言っている。そんな二人を他所にジルベルトは普通の握り寿司を注文し、アリーチェからフルーツ巻き寿司を勧められていたが、頑なに断っている。鳴鳥はと言うとコンラードに勧められ、二人が美味しいと言うのだからと言い聞かせて一切れ食べるが、口に合わなかったようで飲み込む前に化粧室へと向かった。


「ま、まさか…口に合わなかったんっスかね」

「えー?美味しいのに。味覚おかしいんじゃないの、あの子」

「(いや、お前たちの方が確実にイカれているぞ)」


 呆れていたジルベルトは二人に突っ込みを入れたいが、アリーチェの機嫌を損ねる訳にもいかないので内心毒づくだけにしておいた。

 ジルベルトが自分の注文した分を食べ終わり、アリーチェがデザートを注文する頃になっても、鳴鳥は戻ってこない。タバコを吸いに行くと言いジルベルトは席を立つがそれは言い訳であり、彼は鳴鳥の様子を確かめに行った。




         第44話 pale flame which flickers




 化粧室、鏡の前で鳴鳥は溜息を吐いていた。食べ物を粗末にしてしまった罪悪感もあるが、食事の席も精神的に良くなかった。四角いテーブルを4人で座るが、鳴鳥の前には机を挟んでジルベルトとアリーチェが座り否応無しに彼女がべた付く姿を見せつけられる。外の時と違い目を逸らすのは難しく、その事からか席に戻りづらかった。


「(ホント、どうしたんだろう、私)」


 せっかくの観光を目一杯楽しみたいと思う反面、今の状況が嫌になり、逃げだしたくもある。不安定な気持ちが何故そうなるのか理解できずにいるのだが、今回の主役はアリーチェであると思い直し、彼女を不快にさせまいと考えを改める。

 鏡の前で表情をチェックし、落ち着いたところで化粧室を出る。さほど時間は立っていなかったが、そこで鳴鳥は厄介な者達に遭遇する。


「ねぇねぇ、お嬢ちゃん一人で来たの?」

「…え?」


 見るからに軽そうな若い男たち二人組。真昼間から酒を飲んでいるのか、顔は赤みを帯びていて吐く息は酒臭い。直ぐにナンパであると察した鳴鳥は厄介ごとに巻き込まれぬよう、丁寧に説明をする。


「すみません、友人と来ていますので失礼します」

「つまんなそうな顔しているのに?」

「そんな事…!」

「俺たちの方が楽しませてあげられるよ?」


 相手をするだけ時間の無駄であると感じ、無視をして通り過ぎようとするが、行く手を阻まれてしまった。こんな場所で騒ぎを起こす訳にもいかない。こういった場所で出して良いものかわからないが、手っ取り早いのはこれだろうと思いつき、小型端末で軍の階級章を見せつけてやろうとした。が、それはドスの効いた声により阻まれる。


「お前ら、何をしている?」


 低く怒気を含んだ声に男達は身体を震わせて振り返る。そこには鋭い目つきのジルベルトが立っていた。身長も高く、体格も逞しい彼に敵わないと悟ったのか、男達は「ジジ専かよ」と捨て台詞を残して去っていく。


「誰がジジイだこのクソガキが!」

「あ、ありがとうございました」


 男達に対し吠えていたジルベルトは鳴鳥に向き直るとやれやれといったポーズで肩を竦める。そして申し訳なさそうにしている鳴鳥の頭に軽く手刀を食らわせた。


「うっ!な、何をするんですか!?」

「調子はいいんだろう?」

「はい…。ご心配をおかけしてすみません…」

「あまりボケっとするな。狙っているのは奴らだけじゃないようだしな」

「は、はい」


 セルべリア達以外にも狙われている。そう言われて首をかしげる所であるが、深くは追及しないでおいた。先程のナンパ程度なら自分でも切り抜けられたが、どうやらジルベルトにとってはその者達も敵であるようで、その事に気が付いた鳴鳥は心がほわっと温かくなるのを感じる。

 席に戻るのは億劫であったが、こうして彼が気に掛け迎えに来てくれた事、例えそれが敵に狙われているからだとしても嬉しく思う。


「それにしてもアレは無いな」

「アレ…とは?」

「あのスシだ。軽く殺意を覚えた」

「あ、ですよね!よかったぁ…。アリーチェさんもコンラードさんも美味しいって食べているし、ここの一番人気だと聞いていたから、自分がおかしいのかと思いました」

「いや、アレは無い。断じてな」


 自分の感覚がおかしくないのだと知り、同じ考えの者がいると分かりホッとすると同時に、ジルベルトの辛辣な物言いに笑みがこぼれてしまう。

 その後、席に戻った鳴鳥は極々普通のお寿司に舌鼓を打つ。気になっていた向かいの席に座る二人であるが、ジルベルトが気に掛けていてくれていることを再確認し、まだ少しモヤモヤとするものの、目を逸らさずに居られるようになった。

 昼食を済ませたのち、コンラードは紅葉した山の上へロープウェーで登り、そこにある寺院巡りを提案したが、アリーチェにあっさりと却下された。


「この星に来たからには行きたい所があったのよね~」

「って、ここは…っ」


 アリーチェに先導されて向かった先、そこは大きな屋敷であるが、白い壁にはひびが入り、瓦も所々割れ落ちている。苔が生えたじめっとした庭の先、古びた屋敷の入り口にはチケット売り場があった。売り子は真っ白な死に装束を纏った顔色の悪い女性で、チケットを購入後、ポロッと首がもげて鳴鳥は気を失いかけた。

 ここは有名なお化け屋敷らしく、アリーチェはウキウキとした様子であり、ジルベルトの腕をグイグイと引っ張って進んでいった。

 ここからは完全に二組に分かれて進むのだとアリーチェが言ったため、鳴鳥とコンラードは少し間をおいて屋敷に入る。

 青い顔をしたままである鳴鳥を気遣うコンラードであるが、この先訪れるであろうチャンスに内心期待に胸が膨らむ。手を繋ぐだけでなく、あわよくば抱き着いて貰えるかもしれないと思うと鼻の下が伸びてしまうのを止められなかった。


「ナトリさん、大丈夫っスか?」

「だ、大丈夫ですよ?」


 邪な事を考えていたが、気丈に振る舞い笑う鳴鳥の指先の震えに気付いて考えを改める。惜しい気もするが、彼女を泣かせるような真似は出来ないと思い立ち、コンラードはチケットを払い戻しに向かう。


「コンラードさん?」

「俺達が行かなくともアリーチェさんは怒ったりしないんじゃないかと。だとしたら態々ナトリさんが嫌がるような場所に行く必要は無いっスよ」

「その…すみません」

「気にしなくていいっスよ。元々ここはアリーチェさんだけが来たがっていた訳だし。それよりここはどうっスか?ここからさほど離れていないようっス」


 アリーチェ達を待っている間に何処か良い場所は無いかと端末で調べてピックアップした画面を見せる。先程の青ざめた表情とは違って鳴鳥は柔らかく微笑んでいて、この判断は間違ってはいなかったと思わせてくれる。

 すぐ傍に甘味処があると知り、二人はそこでアリーチェ達が出てくるのを待つことにした。






 お化け屋敷の内部、脆く一部が崩れた壁には所々赤黒い血に塗られている。薄暗い廊下は歩く度に軋み、その音すらも不気味さに拍車をかけていた。時折飛び出す幽霊は作り物にしてはグロテスクで、不意を衝くせいで霊的なものを恐れないジルベルトでも多少驚きはする。アリーチェに至ってはキャーキャーと喚き抱き着いて来るが、それは演技であることが丸分かりである。うんざりしつつジルベルトは先に進むが、途中で通信機が着信を告げた為に足を止める。メールの相手はコンラードで、鳴鳥と共に近くの店で待つとの事であり、先程の事を思い出した。作り物相手にどうしてそこまで怖れるのかと疑問を抱くぐらい鳴鳥は怖がっていた。ならば仕方ないなと思いつつも視界から長い間居なくなると不安になる。マリアン達や連合軍の配備がなされていても安心はできない。無意識のうちに自然と足は速くなっていく。

 古びた屋敷を歩き続け、中庭に出る。そこは鬱蒼とした竹藪であり、人の魂を模した青白い炎がゆらゆらと揺らめきながら漂う。暗がりの中でぼんやりと光るそれは恐ろしくもあり美しくもある。それらにも気を留めずジルベルトは歩き続けるが、歩みを止めたアリーチェが彼の腕を引いて立ち止まらせた。


「そんなに急がなくても良いじゃない」

「お前、さっきから全然怖がっていないだろう。そうならさっさと―――」

「怖いよ」


 先程までは嬉しそうに悲鳴を上げていたが、今、ジルベルトの服の袖を掴むアリーチェの表情は悲しげなものである。ジルベルトは彼女の悲痛な面持ちと呟かれた言葉に手を振り払う事が出来ずにいた。これまでの無理やり力一杯に抱き着くのではなく、アリーチェはゆっくりと背後から手を回して抱きしめる。


「怖いの。ジルの心があの子に傾いていくのが…」

「その事はさっき説明しただろうが。アイツは今、敵に狙われていて―――」

「それだけじゃないって分かるの」


 回された腕に力が籠められるが、その手は小刻みに震えている。アリーチェの言葉を否定したいが、彼女の指摘は間違っていないこともあり、何を言っても言い訳のように感じてジルベルトは口を閉ざす。


「怖いのはその事だけじゃないの」

「どうした、今日のお前はらしくないぞ?」

「らしく、ってなんなの?」


 拘束を解いたアリーチェはジルベルトと向かい合うと縋り付くように両腕を掴んで見上げる。その瞳には涙が浮かんでおり、不安の色が滲んでいる。冗談めいた挙動は無い彼女の真摯な問いかけに、ジルベルトは息を呑んで真剣な眼差しを返す。


「お前は何時も自分に自信があって、明るくて、周りの事など気にせず我が道を行くような奴で…。今みたいな顔は似合わない女だ」

「そう、なんだよね。だけどね、アリーチェ・バルニエールは本当のアタシなのかな?」

「それはどういう意味だ」

「そのままの意味だよ。アタシの名前はお父様がくれたもの。でもそれは本当の名前じゃない」


 アリーチェはARKHED(アルケード)に搭乗したまま漂泊しているところをバジーリオ・バルニエールに救われたのだった。彼女は記憶を失っており、行く当てもないところをバジーリオが養女としたのだが、ARKHED(アルケード)契約者を星団連合が簡単に渡すはずもなく、発覚した際には相当揉めたらしい。結局のところ、アリーチェは何も罪を犯していない事から本人の判断に委ねられ今に至る訳である。その事をジルベルトは知っているが、彼女から切り出されるのは初めてであった。いつも気にしない素振りであったようだが、それは強がりであったのだと気づき、考えを改める。


「お父様の事も、会社のみんなも大好きよ。だけどアタシは、もしかしたら…ここに居ていい存在じゃないのかもしれない」

「それは…どういう意味だ?」

「それは―――っうぁ!」

「アリーチェ!?」


 何かを告げようとしたアリーチェは頭を抱えて崩れるようにしゃがみ込む。咄嗟に支えるが、腕の中の彼女の額には脂汗が、表情は苦痛に満ちている。ここでは休まらないと判断したジルベルトは彼女を抱えて出口を目指す。

 駆け足で中庭を抜けるが、行く手を阻むように襲い掛かるものが現れた。それは一見客を驚かせる仕掛けのように見えるが、ジルベルトの足を捕えるなどあからさまな進路妨害をしてくる。


「これは…!?まさか―――」


 感づいたと同時に通信機が緊急の呼び出しを告げる。これが足止めと言うならば、鳴鳥の身にも何か起きたのだろうと思われる。今すぐ駆けつけなければならないが、今、ジルベルトの腕の中には苦痛を訴えるアリーチェが居る。苦しむ彼女を見捨てなど出来ない。どうにもならない窮地にギリッと奥歯を噛みしめるが、足踏みをしているジルベルトへ刃が迫っていた。






 アリーチェ達を待つ為に鳴鳥とコンラードが入った甘味処。そこは落ち着いた雰囲気の店でまったりとした空気が漂っていた。

 薫り高い抹茶のアイスにもちもちの白玉団子、控えめな甘さの粒あんにたっぷりの生クリームが盛られたパフェを一口ずつ美味しそうに食べる鳴鳥の姿に、コンラードは笑みをこぼす。昼食の時のように肩を並べているのも良いが、やはりこうして向かい合っている方がデートらしいと思い満足げに浸っていると、鳴鳥は首を傾げて尋ねてきた。


「もしかして、お口に合いませんでしたか?」

「え!?」

「わらび餅、美味しくないですか?」

「え、あ、そ、そんなことは無いっスよ!美味いっス―――ゲホゲホっ!」


 鳴鳥の姿に見惚れていたコンラードは急に声を掛けられて慌てふためく。咄嗟に口に含んだわらび餅のきな粉にむせて咳き込んでいると、鳴鳥は席を立って優しく背中をさすって飲み物を差し出してきた。不格好な様を見せてしまったせいか、はたまた喉につかえて苦しいせいか、涙を浮かべながらコンラードは飲み物を受け取り、ゴクゴクと飲み干し一息ついた。


「だ、大丈夫ですか?」

「ちょ、ちょっとむせただけっス。ご心配おかけしてスミマセン」

「いいえ、私だけ楽しんでいるんじゃないなら良かったです」


 朗らかに笑う鳴鳥に自然と口元が緩んでしまう。けれども二人きりで居られる機会など滅多にない。これはチャンスなのだと言い聞かせ、距離を縮める算段を練っていたが経験値の低いコンラードには難しかったようで有用な手が思いつかない。どうすべきか頭を悩ませていると鳴鳥がじっとこちらを見ているのに気付き、心臓が跳ねる。ドギマギしつつ改めて視線を合わせようとするが、鳴鳥が見ているのは自分の顔ではない事に気付く。


「わらび餅、美味しそうですね…」

「よ、よかったら一切れ、と言うか何切れでもどうぞ!」

「え!?いいんですか…!ありがとうございますっ!あ、でも、一切れにしておきますね」


 鳴鳥が視線を送っていたのはコンラードの手元にあるわらび餅であり、その事に内心がっくりと肩を落とすが、差し出した皿から一切れ取って食べた鳴鳥の顔がまた愛らしく、不満は直ぐに吹き飛ぶ。そして彼には更なる幸運が待っていた。


「あの、よろしければ私のも一口どうですか?」

「良いんっスか?」

「はい!どうぞ」


 ひと口分掬ったスプーンを向けてくる鳴鳥。てっきり器ごと渡されるかと思いきや、所謂恋人同士が食べさせ合いっこをする形となり、コンラードは耳まで真っ赤になり固まる。こんなチャンスはもう二度と訪れないかもしれない。この機を逃してなるものかと思い、高鳴る心臓を抑え込み、口を開く。甘さ控えめ粒あんとクリーム、香りがよく少し苦い抹茶の味、それらを抑え込んで甘く感じるのはそのスプーンを鳴鳥が先程まで使っていたからだろう。


「美味しいっス…!あ、ありがとう」

「お口に合うようで良かったです。それからこちらこそ、ここに誘ってくれてありがとうございます」


 嬉しそうに微笑む鳴鳥。その笑顔を今は自分だけが独り占めにしている。幸せを感じるコンラードであったが、彼はふと気づいた事で興奮が冷めていく。間接キスをして動揺しているのは自分だけであった。幸せな気分から一気に沈んでしまうが、落ち込んでなどいられない。直ぐに気持ちを切り替えて出来る限りのアプローチをしようと決めた。


「ナトリさん、この後の事なんですが―――」


 当初の予定はアリーチェによって変えられてしまった為、この後の事を決めなくてはならない。いくつか見所をピックアップした端末を鳴鳥に見せつつ説明をした。


「えっと、ここは?」

「貸衣装屋っスね。この星の衣服は結構変わっているので、女性に人気があるみたいっス。もしかしてナトリさんの故郷ではこういった服があったんっスか?」

「はい。と言っても、着物は普段着ではなく特別な時に着ていました」


 花や蝶の模様やチェック柄など、多彩な着物に鳴鳥は興味が惹かれているようである。彼女が着物を着ている姿を想像し、コンラードは鼻の下を伸ばしかけるが、すぐさま妄想を振り払って説明を続ける。


「えっと、店は本物の衣服を貸し出す店とホロタイプがあるようっス」


 実物の方は着付けに手間がかかるが、本物は作り物より遥かに映える。ホロは手軽であり、データを持ち帰ることもできるのでお土産としても人気である。どちらも価格に差はあまりないのだが、普段からホロを使用しない身としては実物の方が良いのだろう。


「うーん…。やっぱりホロよりは実物の方が良いですね」

「そうっスよね。俺も未だに慣れなくて…。便利な事は分かるんっスけど、質感は再現できていないし、何より故障した時が心配で」


 機械である以上故障しないとは言えない。ホロを纏うためには専用のスーツを着るのだが、それはピッタリとしたタイトな物で、それだけだと滑稽である。未だに普通の衣服が流通しているのはこういった不便な面もあるからだろう。

 どちらにせよこの手の店ならばアリーチェも文句は言わないだろうと意見が纏まった。

 緊張しつつも話題は繋げられた。今は鳴鳥がお手洗いに立ったためにコンラードは一人でいる。


「(今日は良い日だな…。いっぱい話ができたし、間接キスも…)」


 だらしが無く口元を緩め、思い出し笑いをしている所に鳴鳥が戻ってきた。不意を突かれ、慌てて間抜け面を見せてしまったが、鳴鳥は柔らかな笑みを浮かべる。彼女は向かいの席に座るかと思いきや、コンラードの手に手を重ねる。急な行動に呆気にとられるが、茫然とするコンラードの手を取り鳴鳥は歩き出す。


「ジルベルトさんから連絡があったんです。行きましょう!」

「え?俺の所には―――」


 自分の端末には連絡が来ていない筈だと思い確認をしようとするが、鳴鳥はグイグイと引っ張り前を進む。こんな場面で彼女と手を繋ぐことになるとは思っていなかったからか、どうしてよいか困惑するが、店を出たところで気づく。


「(もしかして…)」


 意識を集中させて確認する。予想通りであるが、何故このような真似をするのか考え、瞬時に判断したコンラードは空いた手を端末へと伸ばした。






 二度目の化粧室でまたもや鳴鳥はぼんやりと鏡を見つめていた。彼女が考えていることは今、別行動をしているジルベルトとアリーチェがどうしているのかという事である。和風のパフェを味わっている時も、コンラードと次に訪れる店の話をしている時も気を緩めれば二人の事が思い浮かんでしまう。気遣ってくれたコンラードに対して失礼な態度であるのは重々承知であるが、自分でも理解できない感情ばかりはどうしようもない。


「(やっぱり、今日の私、変…だよね。どうしてこんなのなんだろう…)」


 第三者から見れば簡単にわかる心情。けれども当人には受け入れがたいものである為、指摘されるまで考えに至ることは無い。

 下がっていた口角を両手で上げて無理やり笑顔を作り直す。不安定になった心を落ち着かせた所で、鳴鳥は席に戻った。待っていたコンラードは変わらない人懐っこい笑みを浮かべており、罪悪感を覚えさせる。

 まだジルベルト達から連絡は無いので席に着こうとしたが、鳴鳥が席に着く前にコンラードが立ち上がる。彼の話によると鳴鳥が席を立っている間に連絡がきたそうだ。


「それじゃあ行くっスか」

「は、はい」


 甘味茶屋を出たところで通りはごった返していた。どうやら昼食時を過ぎ、今が一番のピークなのだろう。人波の中、鳴鳥はすれ違う者と肩が触れてよろけ掛けた所をコンラードに支えて貰う。


「良かったら手を、はぐれるといけないっスから」

「あ、はい。すみません…」


 繋がれた手は暖かい。けれどもその熱に、包まれている感覚に鼓動は跳ねない。久城やジルベルトの時とは違う感覚。その事に戸惑う鳴鳥であったが、微かな違和感を覚える。


「コンラードさん?あの…っ、待ち合わせ場所は…」


 いつも明るくて、時折余計なひと言でマリアンやジルベルトを怒らせていて、常に鳴鳥の事を気に掛けている優しいコンラード。時折挙動不審になるが、それは照れ屋なのだと鳴鳥は解釈していた。そんな彼が彼らしくない。人が多く行き交う中ででも立ち止まる事なく進むコンラード。待ち合わせ場所に向かっている筈だが、徐々に人気が無い方へと進み、鳴鳥の問いにも答えない。このままではいけないという不安から、鳴鳥は躊躇いを感じつつも手を振り払う。どうかしたのかと振り返るコンラードは何時もの表情であるようだが、その笑顔は背筋にゾクっとしたものを感じさせる。


「どうしたんっスか?」

「コンラードさんこそ…、どうしたんですか?なんだかおかしいです」

「俺はおかしくなんて無いっスよ。それよりも今日、ずっと上の空なのはナトリさんの方じゃないっスか」

「それは…っ」


 隠しきれていたと思っていたが、気づかれていた。その事を指摘されて鳴鳥は言葉を詰まらせる。この場で嘘をついたり誤魔化したりしても良くはない。そう、考えに至った鳴鳥は一呼吸おいて頭を下げて謝る。


「その…、不快な思いをさせていたのならすみません…。でも、自分でもどうしてよいのか分からなくて」

「己が欲望のまま、思うように行動すれば良いんじゃないっスか?」

「思うように…ですか?だけど、今回はアリーチェさんとの約束を果たすのが目的ですから。それに、どうしてこんな気持ちになるのかがよく分からなくて…」


 一人頭を悩ませていた事をポツリポツリと伝える。コンラードが急に態度を変えたのは自分が隠し事をしていたせいだと思い至った鳴鳥であるが、その考えは浅はかであったと後で知る事となる。


「それは、アリーチェが邪魔って事っスよね」

「そんな…!アリーチェさんは本当にジルベルトさんの事が好きで…。だから私が邪魔なんかしたら駄目で…」

「選ぶ権利はジルベルトにあるっスよ」

「わ、私は別にジルベルトさんに選んで欲しい訳じゃ―――」

「ハァ…。そうっスか…」


 鳴鳥は自分でもウンザリするほど、うだうだと言い訳をしているのが分かる。聞かされている方の身としては溜息の一つも吐きたくなるだろう。先程まで恐ろしく感じるほどの笑みを浮かべていたコンラードは一歩、また一歩と歩み寄る。すぐ傍まで近づいてきた彼はニヤッと笑みを浮かべたまま低い声で呟く。


「あーあ、面倒臭い。アンタは何も考えなくていいわよ」

「え…!?」


 ズイッと近づけられる顔。怪しげに光る瞳、そして口は弧を描いていた。




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