第43話 Red fallen leaf which floats on the waterside
静かな海、星が煌めく夜空。日中とは違い、夜風は少し肌寒く感じるが、その分腕の中に居る存在の温もりが身に染みる。突然鳴鳥に抱き着かれて戸惑うところであったが、ジルベルトは拒むことなく受け入れる。鳴鳥を抱きしめるのは今回が初めてではない。それは何時も、鳴鳥が精神的に弱みを見せた時に支えるために仕方なく取っていた行動である。だが、今回は違う。今回は鳴鳥から抱き着いてきて、その意図はジルベルトの事を憐れんでの事なのだろう。自分の境遇はとうに受け入れており、彼女に慰められる程弱ってはいないが、こうして想ってくれていることは悪い気がしなかった。
自分より小柄な身体は柔らかく、髪も触り心地が良い。鼻を掠める甘い香りに惑わされそうになるが、寸での所で理性を保つ。しばらく心地よさを楽しんでいたが、これ以上はと思い立ち、耳元に囁く。
「どうした?お兄さんに甘えたくなったのか?」
顔を真っ赤にした鳴鳥はバッと勢いよく離れてねめつける。失う温もりを名残惜しく感じるが致し方ない。これ以上心地よさに溺れれば超えてはならない線を越えてしまう。本当はこんな事を言いたくなかったが、茶化して場を濁す。思惑通り、鳴鳥は頬を膨らまして睨み付けてくる。
「なっ…!誰がお兄さんですか!オジさんの間違いじゃないですか」
「ほう…まだ言うか。先程まではしおらしかったのにな」
「それは…!だって、ジルベルトさん、いつも私の体型の事を馬鹿にするじゃないですか」
「事実を言って何が悪い?」
「またそれ!だったら私も事実を言ったまでです!」
「何が事実だ、俺はまだオジさんではない。何なら証拠を見せてやろうか?」
「え…?」
低い声で耳元に囁くと鳴鳥は恐れを感じてか体を強張らせる。硬直した隙に肩を抱き、揃えられた足の下に手を滑り込ませる。そして勢いよく抱え上げた。
「掴まっていないと落ちるぞ」
「え!?あ、ちょ、ジルベルトさん!」
言われるがまま首に手を回す鳴鳥。それを合図にジルベルトは鳴鳥を抱えたまま回り始めた。ぐるぐると回るとまるで遊園地の絶叫マシンに乗った時のような反応を、きゃあきゃあと叫びながらしがみ付いてくる。
「もうっ!降ろしてください!」
「どうだ!年寄りにはこんな事は出来まい!」
「分かりましたから!降ろしてください!」
ぐるぐると回り続けていたが、鳴鳥がギブアップを認めてようやくジルベルトは彼女を解放した。目が回り、足元が覚束ないのか、地に足をつけた鳴鳥はジルベルトにもたれ掛る。支えてあげたにもかかわらず、彼女は恨めしげな視線で口を尖らせた。
「やることが大人げなさすぎです…!」
「口で言っても分からないようだから、強硬手段を取ったまでだ」
「もう…」
悪びれもしないジルベルトに対し怒っていた鳴鳥であるが、吹いた夜風に身体を震わせてくしゃみをした。直ぐにジルベルトは上着を脱いで鳴鳥の肩に掛ける。素直に「ありがとうございます」と鳴鳥は言うが、その表情は複雑である。
「…ジルベルトさんは優しいんだか、優しくないんだか、よく分からなくなります」
「何を言う、俺は優しいぞ」
「もう、自分で言わないでください」
またもや恨めしそうなジトッとした視線を向けられるが悪い気はしない。
リゾートでのバカンスを敵の襲撃により台無しにされたが、夜空の下、浜場で過ごしたひと時は心安らぐものとなった。
第43話 Red fallen leaf which floats on the waterside
貨物船アルヴァルディは任務を終えて現在、連合軍本部があるアストリアから数日かかり、辺境とも言える場所にある星から帰還の途についている。船内の一室、トレーニングルームのうちの一つ、マットレスが敷かれた広い部屋で鳴鳥はドローン相手にスパーリングを行っていた。と、言っても鳴鳥の力は非力であり、主には自分の身を守る為の訓練である。元々地球に居た頃から不良相手に立ち回っていたせいか、教える立場のジルベルトが手を焼くこともなく、飲み込みは早かった。
セミロングで栗皮茶色の髪を一つに束ね、動きやすい衣服を纏った鳴鳥は、後ろから襲い掛かってきたドローンの腕を掴んで捻り上げて地に伏せさせる。綺麗に決まり、当人も満足げであるようで誇らしげにジルベルトの方へと視線を向けるが、力を緩めた途端、ドローンに足首を掴まれて床に倒された。
「お前は…ったく、常に気を緩めるなって言っただろうが」
「す、すみません」
ドローンのレベルをそこそこ上げていたせいか、マウントポジションを取られた形では自力で起き上がれない。ジルベルトがドローンの機能を停止させて助け起こそうとするが、鳴鳥はそれを拒んだ。何故自分の手を取らないのかと首をかしげる彼に対し、鳴鳥は頬を赤らめて自分で立ち上がり、距離を取る。
「その…、だいぶ汗をかいてしまったので…。その、臭うかな…って」
「…ん?別に臭くはないぞ」
「って、そんな傍で確認しないでください!」
「男の更衣室よりマシな気がするが…」
わざわざ傍に寄って臭いを確かめるジルベルトに、驚いた鳴鳥は咄嗟に身体を逸らす。思ったままを言ったようであり、貶すような言葉ではないが、鳴鳥はジルベルトにジトッとした目線を向ける。この後彼女から言われる事は見当がつく。ジルベルトは小言を言われる前に今日はここまでにすると言い、切り上げた。文句を言いたげであった鳴鳥はやはり汗が気になるのか、それ以上抗議することもなく、キチンとトレーニングの礼を言い、併設されているシャワールームへと向かった。遠ざかる背中を見ながら、自分も汗を流しておくかと思ったジルベルトはシャワールームに向かおうとした。が、その瞬間、小型端末に通信が入り足を止める。表示された通信相手の名前は、いっそのこと着信拒否をしてしまいたいが何かと世話になることが多い相手であるため致し方なく連絡先を交換している者であり、その者の事を思い浮かべてしまい顔をしかめる。取り立てて緊急の用でもないだろうと決めつけたジルベルトは、ベンチに端末を残してシャワールームへと向かった。
「(ジルベルトさんってやっぱりデリカシーが無いなぁ…)」
一足先にシャワールームで汗を流していた鳴鳥は、身体を打つ程よく暖かい水飛沫に心地よさを感じるものの、先程のジルベルトの行動を思い起こして内心溜息を吐いた。前々から紳士らしからぬ態度を取られていたが、夜の浜辺での一件以来、更に遠慮がなくなっている気がしていた。それは心を許してくれているという事でもあり、どちらかと言えば良いことなのだが、疑問に思う面もある。
「(私って、女として見られていないのかな…)」
自分の姿が映る鏡にそっと触れる。言われるまでもなく、その身体は慎ましやかで、華が無い。彼と関わりのある女性の中では一番劣っているだろう。改めてその現実を目の当たりにし、気落ちするところであるが、何故そこまで落ち込んでいるのかと思い直して首を振る。
「(べ、別にジルベルトさんにどう思われようが関係ないよね。なんで私こんなことを―――)」
シャワールームからドライルームへ、一瞬にして身体を乾かし普段着に袖を通す。この後は夕食の支度にとりかかるつもりであったが、目の前の扉を開いた先にジルベルトが居るかもと思うと中々踏み出せずにいた。船内の扉は少しだけ開く事は出来ない。意を決して扉を開くが、トレーニングルームには誰もおらず、ホッと胸を撫で下ろした。そのままラウンジへ向かおうとした鳴鳥であったが、背後から電子音が鳴り響き、驚いて身体を強張らせた。鳴鳥を驚かせたのはベンチに置かれていた通信機であり、着信音は止む気配がない。
「(これ、ジルベルトさんのだよね。どうしよう…?)」
声をかけるべきか、代わりに出るべきかオロオロと悩んでいる最中も着信を告げる音は鳴りやまない。これだけ長くコールを続けるのだから大事な要件なのだろうと思い、鳴鳥は応じることにした。
「ジルーーー!!…って、えっ!?」
「あ、アリーチェさん、お久しぶりです」
「なななななんで!?何でジルの端末にアナタが出るのよ!!」
「え?あ、今ジルベルトさんはシャワーを浴びに行っているので―――」
「シャワー…ですって…?」
「もう少ししたら出ると思われますので…って、どうしたんですか?そんな怖い顔をして―――」
「ジルの浮気者ーーー!!!」
背後を見れば分かるものだが、ジルベルトの事となるとアリーチェは視野が狭くなる。盛大な勘違いをして恨み言を叫び、鳴鳥に対しても裏切り者だと罵るが、呆れ顔のジルベルトが現れた途端、ウルウルと瞳を潤ませて責め立てた。
誤解を解くのに時間がかかるかと思われたが、ジルベルトはアリーチェの扱いに慣れている。要件は何だと話を逸らし、見事に話題を変えたが、今回はその要件についても地雷だったらしく、アリーチェは頬を膨らまして愚痴を言う。
「バカンス、行ったそうじゃない?」
「日程が合わなかったのだから致し方ないだろう」
「別の日にしてくれればよかったじゃない」
「俺達は休暇に融通が利く方ではない」
「私だって、中々休めないのは変わりないわ」
「それに、気が休まらなかったのは知っているんじゃないのか?」
「それは聞いているけど、アタシだけ抜きってのが納得いかないわ!」
「まぁ、次の機会にな」
「そうよ!次の機会よ」
ジルベルトの言う次の機会とは、親が子供に駄々をこねられた際に使う決まり文句だと、隣に居る鳴鳥は気が付いていた。なんだか申し訳ない気になりつつあるところであったが、アリーチェはこれまでの怒りはどこへやら、ニヤつくのを抑えきれない様子であった。その笑みに嫌な予感を覚えたジルベルトは話を終わらせようとするが、そう簡単に終われない。
「全く、焦らされるのは嫌いじゃないけれど、いくらなんでも遅すぎるわ」
「何のことだ?」
「私との交換条件よ!」
「…そうだったか?」
「しらばっくれても無駄なんだから!」
あくまでも覚えていないという風を装うジルベルト。蚊帳の外である鳴鳥すらも呆れる往生際の悪さであるが、彼が素直に聞き入れることは無い。上司を持ち出して許可が云々などと言いどうにか逃れようとするが、彼の行動はお見通しであるようであり無駄な足掻きであったと知る。
「ヘニング団長からは許可を得ているわ!」
「(あのハゲジジイ…!)」
「それじゃあ三日後に、待ち合わせは―――」
一方的に捲し立てられた後、満面の笑顔でアリーチェは通信を終わらせた。ご機嫌な彼女とは打って変わり、ジルベルトはかつて無い程に気を沈ませている。そこまで嫌がるのは失礼ではないのかとも思う鳴鳥が控えめに注意するが、彼は考え方を改めようとしない。
「一日中ベタベタとされて興味のない事に付き合わされるんだぞ。やってられるか」
「可愛い子に好かれるのは悪い気がしないものではないのですか?」
「流石にアレは疲れる」
「はぁ…」
がっくりと肩を落としつつ、ジルベルトは念のためにと上司への確認を取る。アリーチェの言ったことは間違いなかったらしく、笑顔を浮かべて了承を出したヘニングにジルベルトは内心舌打ちをした。
通信を終えたのち、よろけつつも自室へと戻ろうとするジルベルトに鳴鳥は何か元気づける方法をと思い声をかける。
「あの、今晩何か食べたいものがありますか?」
「ナトリ…、お前…」
「えっと、私に出来ることはこのくらいしかないので…。その、少しでも元気になって欲しくて…」
「すまないな…」
先程までこの世の終わりだと感じさせるほどに絶望の色を表情に浮かべていたジルベルトは、鳴鳥の優しさに少しだけ現実を忘れさせて貰う。
ジルベルトの好物ばかりが並べられた夕食を終え、各自自室に戻る。美味しい料理は幸福を感じるが、それは一瞬のもので、自室に戻る頃にはこれから起こる災難に気が沈む。ソファーに腰かけて煙草に火をつけたジルベルトはぼんやりと天井を見つめる。
アリーチェとの約束は果たさなくてはならない。だがどうしても素直には受け入れられない。
「(それに今は…呑気にしている時ではない)」
リゾート惑星での襲撃から数日間、敵が動く気配はない。鳴鳥が狙われている事以外は未だ不明で、鳴鳥の危機に駆けつけた久城の行方も知れない。デートなどしている場合ではない、自分がいない間にもしもの事があればと不安に駆られる。取り敢えずは一番安全な場所、アストリアの連合軍本部に鳴鳥を預ける手筈をと思い立ち、通信機を手に取る。通信相手であるヘニングは数コールの内に応答した。
「どうしたんだい?先程の件ならば致し方ない事だろう。まぁ忍耐力を鍛えるためだと思って―――」
「その事は、諦めがついていますが、俺が居ない間の事で―――」
ヘニングは快く承諾し、鳴鳥の身柄は連合軍の特務部で預かる事となった。大方ヘニングの茶飲み相手になるか、アレコレ理由をつけて料理を作らせるのではないかと思い、複雑な心境であるが、自分が居ないアルヴァルディに残すよりは安心である。
話はそこで済んだかと思われたが、ヘニングは顎に手を宛がい、何やら考え事をしているようである。
「二度に渡って襲撃を受けた訳だが、このまま次に敵が現れるのを待つというのも癪なものだなと思ってね」
そう呟くように言ったヘニングの目つきは鋭く、何時もの親しみやすい笑みは無い。彼の言う通り、後手に回るばかりの状況は良いとは言えない。だが、敵は他の星や国家などではなく、得体の知れない者達であり、動きが把握できない以上こちらとしても手の打ちようがない。
「君も常に気を張るのは疲れるだろう?」
「ええ、まぁ…。ですが、敵の情報が少ない中でこちらが出来ることは―――」
「今度のバルニエール嬢との契約履行を使うというのはどうかな」
「アリーチェとの約束にナトリを同行させる…囮ですか?」
「ああ。考えてみれば前回も前々回も任務外の、気を緩ませていた時に狙われているようだからね。今度も呑気に観光をしていれば尻尾を現すかもしれないよ」
「そんな簡単にいきますかね…」
「バルニエール嬢の事も任務のついでだと思えば君にとっても良いんじゃないのかな」
「それは…そうですが」
ヘニングの提案は悪くない気がする。今の状況で鳴鳥から目を離すのは例え星団連合のお膝元と言えど安心しきれない。けれども鳴鳥の同行をアリーチェが許すのだろうか?答えは聞くまでもなく、NOだろう。その事を尋ねると、ヘニングはいつも通りの柔らかな笑みを…と言うよりも悪戯を思いついたような底意地の悪い笑みを浮かべていた。
「もう一人、誰か男を連れて行けば良いじゃないか。所謂ダブルデートってやつだね」
「もう一人…一応その線で言ってみます」
「バルニエール嬢から了承が得られたなら連絡を入れるように。こちらも人員の配備をするからね」
「了解しました」
案の定、アリーチェは反対をしたが、ヘニングの名前を出し、どうにかうまく丸め込んで最後には了承を得た。その為に心にもない甘い言葉を囁いた訳だが、通話を終えた途端、あまりの苦痛でベッドに突っ伏したのは言うまでもない。
アリーチェの了解は得た。次に待つのはアルヴァルディの皆に説明と、共に同行する男性の選出だ。
「俺っスか!?」
次の日の朝食後、ラウンジにてジルベルトは説明をする。
鳴鳥の身を守るのは白兵戦を得意とするスティングが頼もしい。だが、彼の見た目では目立ち過ぎてしまう。マリアンなら気配りができ、戦闘力も問題ない。けれども彼の見た目もまた厄介である。アランは一通りの火器の扱いは出来るが、今一つ戦闘力に不安が残る。消去法でコンラードを選んだわけだが、当人はそんな事は知る由もなく、鳴鳥と出掛けることを心底喜んでいるようだ。
「行先は決まっているんっスか?」
「いや、アリーチェに任せようかと思うが…」
「それなら…!」
コンラードが目配せをすると、鳴鳥は思い出したかのようにハッとし、笑顔を綻ばす。どうやら、以前、コンラードは鳴鳥の故郷に似た星『ジャポーネ』に行く約束をしていたらしい。何かと立て込み、その上鳴鳥が狙われているという事もあって機会に恵まれなかったそうだ。
特に行きたい所も無いジルベルトは日程をコンラードに任せる事にした。取り敢えずはヘニングの指示を待つのだが、嬉しそうにはしゃぐ鳴鳥とコンラードが視界に入る。二人がそのような約束を交わしていたのは初耳で、いつの間にそのような会話をしていたのか気になる所であるが聞き出せない。チラチラと見ていたせいか、マリアン達に気付かれ、ニヤニヤと笑われる。見透かしているようだが、マリアンはあえて知らない素振りで尋ねる。
「どうしたの?船長」
「別に、ただ、コイツに任せるとなると不安なだけだ。コンラードはフラヴィオの時にやらかしているだろう」
「今回は大丈夫っス!この俺が二度とナトリさんを危険な目に遭わせないっス」
「コンラードさん…。わ、私も、皆さんにご迷惑を掛けないよう十分に気を付けますので!」
「え、あ、俺に任せて…」
鳴鳥の前で格好をつけたコンラードであったが、全くもって意味が無かったようだ。ガックリと肩を落とすコンラードであったが、鳴鳥に行き先の話題を振られ、すぐに元気を取り戻す。相変わらずの空回りっぷりにジルベルトは安堵するが、そう思い至ったことに戸惑いを感じる。
「(クランドはともかく、コンラードなら問題ない筈だが…)」
鳴鳥の隣に居るのが久城というのは納得できない。例え鳴鳥が許したとしても、ジルベルトは許すことができなかった。一方コンラードはどうだろうか?頼りない面もあるが、鳴鳥を悲しませることはしないだろう。悪くはない筈だが、何故だか認められなかった。
当人は顔に出していないつもりだが、マリアンには考えが手に取るようにわかるようだ。顎に手を当てて考えに耽るジルベルトに対し、隣に座る彼は悪戯っぽい視線を向けて小声で問いかける。
「娘の彼氏が気に食わないって顔かしら?」
「何を馬鹿な事を…」
「当人には気づかれていないようだけど、最近の船長は分かりやす過ぎるわよ」
「気のせいだ」
「まぁ、本人がそう言うなら良いのだけれど。男の嫉妬はみっともないって事を覚えておいてね」
「誰が嫉妬など…」
平常心であることを務めるが、食後のコーヒーが注がれたマグカップをついつい大きな音を立てて置いてしまう。何を言い返しても言い訳になるように感じ、これ以上は無駄だと悟ったジルベルトは一足先に席を立った。
鳴鳥の故郷によく似た文化の星、ジャポーネ。小さな島国が多く点在する青い星は季節の移り変わりがあり、鳴鳥達が訪れた場所は葉が赤く染まる頃、秋を迎えていた。黒い瓦の屋根に白い壁、年代を感じさせる木造建築。金魚をかたどった飾り窓や、朱色の橋など派手さもあるが、そこは確かに鳴鳥の故郷、日本文化に近しい景観である。都市の至る所に巡らされている水路には木造の船が浮かべられ、荷の運搬や観光客を乗せていた。
はらはらと落ちる赤く染まった葉は水辺に浮かび、鳴鳥はその鮮やかさに目を細める。美しい情景に見惚れている鳴鳥を横に、コンラードは鼻の下を伸ばしていた。
「どうっスか?気に入ってくれたのなら良いんっスけど…」
「はい、とっても素敵です…!懐かしいってのもありますが、とても綺麗で…」
「確かに、綺麗っスね。でも俺にとってはナトリさんの方が―――」
「きゃーっ!!水が跳ねた!」
「おい、くっ付くな!」
「…」「…」
現在鳴鳥達はアリーチェとの約束を果たすついでに敵をおびき寄せる為、ジャポーネにてWデートをしている。都市を巡る渡し船に乗るのは鳴鳥とコンラード、アリーチェとジルベルトの四人であり、アリーチェは終始ジルベルトに纏わりつき、抵抗できないジルベルトはされるがままである。
話しは通していたものの、アリーチェは集合した時に不機嫌であった。まずは鳴鳥に対し、ジルベルトといちゃつく邪魔をしない事に念を押す。当初はどうなるかと思われたが、鳴鳥が了承した後は終始ご機嫌でジルベルトと腕を組んでいる。
アリーチェの機嫌が良いのは良い事な筈だが、見せつける様な距離の近さに鳴鳥は何故だか自然と目を逸らしてしまう。故郷を思わせる風景と美しい景色を楽しんでいたが、ふと視界に入る二人の姿に胸がキュッと締め付けられる。ジルベルトもジルベルトでアリーチェの機嫌を損ねるわけにもいかないので、口では抵抗するものの、振り払わない。
「(アリーチェさんは本当にジルベルトさんの事が好きで…。私は別に、ジルベルトさんの事をどうとも思っていなくて…。なのにどうしてだろう。前はこんな事なかったのに…)」
二人の事を見ていられず、視線を落とす。緩やかに流れる水面には赤やオレンジ、黄色の落ち葉が浮かんでおり暖かな色合いである。先程まではその美しさに心を奪われていたが、一度気になりだすと景色は流れるだけである。
鳴鳥の表情に影が差したのに気が付いたコンラードは不安そうに顔色を窺う。
「もしかして酔っちゃったっスか?」
「だ、大丈夫です!その、ちょっと故郷を思い出して…」
本当の事を言えるはずもなく、咄嗟にそれらしい嘘を吐く。けれどもコンラードは鳴鳥の嘘を本気にしたらしく、申し訳なく思ったようで頭を下げて謝る。
「す、スミマセン…。そこまで考えていなくて…」
「そ、そんな、顔を上げてください!その、少しだけ感傷に浸っていただけですから」
「そうっスか?」
「はい、ここに来られて良かったと思っています。コンラードさん、ありがとうございます」
「い、いえ!ナトリさんに喜んで貰えたなら俺も嬉しいっス!」
この星に来られたこと自体は嬉しく思っていた。その気持ちはコンラードに伝わったようで、顔を上げた彼は自分の事のように嬉しそうにはにかみ、照れくさいのか、被っていたフードを下げてしまう。
鳴鳥がジルベルトとアリーチェの事でモヤモヤとしている一方で、ジルベルトも鳴鳥とコンラードの事を気に掛けていた。
一通り渡し船での観光を終えて船から降りる際、不安定な足場で鳴鳥はよろける。ジルベルトはアリーチェに身動きを制限されていたため、助ける事が叶わなかった。彼に代わり鳴鳥を支えたのはコンラードであり、危なげであるがしっかりと抱き留めていた。鳴鳥が川に落ちなかった事にホッと胸を撫で下ろすところである筈だが、コンラードとの距離が近すぎる気がしてならない。二人の距離が縮まったのは僅かな間だが、妙に長く感じる。
自分には向けられていない視線に気が付いたアリーチェはジルベルトの腕をわざと強く引き、意識を向けさせた。
「さっきから、あの子の事ばかり見ていない?」
「それは当然だ。アイツは狙われているからな」
致し方ないという理由以外に別の理由があるがそこには気が付かないフリをし、アリーチェにも言わない。いつもなら上手く丸め込めるはずだが、今日のアリーチェは鋭いらしく、疑いの眼差しを向けたままである。
「ここからは良く見えないけど、他にも監視している人がいるんでしょ?」
「ああ、そうだが…」
「だったら今日だけでいい、アタシの事だけ見て欲しいの…!」
「アリーチェ…」
どんなに辛辣な言葉をかけても自分の都合のいい方へと解釈し、絶えず愛情を口にする天真爛漫なアリーチェ。しかし今目の前にする彼女は悲しげな、潤んだ瞳で願う。彼女との約束を義務のように感じていたが、このように悲痛な面持ちを見せられてしまえば無下に扱えない。
「すまなかった」
「ううん、謝らなくていいの。私の気持ち、少しでもわかってくれたら、それでいい…」
妙にしおらしいアリーチェにペースを乱されそうになるが、気は緩めない。彼女の事を気に掛けつつ、鳴鳥の身を守る。とてもデートという気分ではないが、ジルベルトにとってそう捉えた方が楽であった。
鳴鳥達四人から数十メートル離れた建物の影、そこにはスティング、マリアン、アランが身を潜ませていた。三人は鳴鳥達と一定の距離を保ち尾行するが、これは出歯亀ではなく、列記とした監視任務である。アランの手元にはタブレット式のPCがあり、そこには鳴鳥達の様子を上方より映した映像がリアルタイムで表示される。それは鳥の形をしたカメラで撮影したものであり、音声はインカムに流れていた。
Wデートを装っている鳴鳥達の様子に対し、マリアンはハァ…っと深いため息をついて呆れていた。
「ぎこちないわねぇ…。こんなんじゃ敵も釣られないんじゃないのかしら」
「まぁ何事もないのが一番ですから」
「と、言っても今回駆り出されたのは私達だけじゃないんでしょう?」
「ええ、この町にざっと100名ほど配置されています」
アランの言う通り、星団連合から50名、ジャポーネ政府からも50名、軍人が民間人に成りすまして身を潜めている。鳴鳥の無事が何より大事ではあるが、大がかりな作戦であり、肩透かしとなると星団連合軍の面子が立たない。何故ここまで自信をもって作戦を進めたのか気になる所であるが、ヘニング曰く長年の勘だそうだ。
鳴鳥達の様子も気になるが、任務が上手くいくかどうかも気がかりなマリアンは頭を抱える。彼の隣に居るスティングは平常心を保っており、心配などないと声をかける。
「こんな大事な時に勘だなんて…」
「ヘニング団長は知将と呼ばれていた。問題あるまい」
「そうだと良いんだけどね」
鳴鳥達が動き出したのに合わせてマリアン達も動き出す。今のところ何事もなく、ただの観光で済んでいるが、鳴鳥達を監視するマリアン達の後方、数百メートルは離れた建物の上に黒い影があった。
高所より獲物を狙うのは金髪と銀髪の双子の少女、エメラルドグリーンの短髪の女性、白と黒のアシンメトリーの髪形をした青年である。彼女らは鳴鳥達の同行を見守っていた。
「呑気にデートとか、ムカつくわね」「私たちだって遊びたいのに!」
「遊びたいって言うのはどういう遊びかしら?」
「そりゃもちろん、アイツらの顔がぐちゃってなるのをよ」「早く虐めたいなー」
少女たち、デクセスとデクセプはケラケラと楽しそうに笑う。セルべリアの問いに陽気に答えるが、彼女は難しい顔をしていた。主の為、鳴鳥の身柄を狙うのだが、二度も失敗をしている。今の所咎められてはいないが、このまま無様な姿を晒す訳にはいかなかった。
二度の襲撃で悟ったのか、鳴鳥のガードは厳しくなるばかりであり、任務中と言えども隙が無い。そんな最中、のこのこと観光をしているターゲットを前に好機であると言いたいが、それが罠であることも容易に分かった。
好戦的であるセルべリア達にとっては罠に飛び込むことは苦ではなく、寧ろ高揚感を得られるものであり、願ったり叶ったりだ。楽しみながら任をこなしたい所だが、さすがに三度目の失敗は許されない。いつにもなく真剣な眼差しで獲物を見据えていた彼女らは人波にその姿を紛れさせた。
セルべリア達が鳴鳥達を狙っていると同時に、もう一人、人混みに紛れて様子を窺う者がいた。黒いフード付きのコートを身にまとったプラチナブロンドの青年。彼は敵が動いたのを察し、自らもその動きに合わせて行動を開始した。




