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Xenoverse  作者: 葉月はつか
phase two : anemotaxis
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第42話 Sea at night and green nebula

 ほの暗い海の中で足をつり、溺れて意識を手放した鳴鳥。誰かが懸命に名を呼び、救い出してくれたことはぼんやりとだが覚えている。だが、誰が溺れた自分を救い出してくれたのかは分からなかった。

 次に目覚めた場所。そこは暖かく柔らかなベッドの上で、室内は木の温もりが感じられる場所であった。


「気が付きましたか」

「あ…ここは…」


 ベッドの横で椅子に腰かけていたのは優しい笑みを湛えた眼鏡を掛けた青年、アランであった。彼は読みかけていた本をサイドテーブルに置いて立ち上がると、少し待つように言い残して部屋を去る。

 気怠い上半身を起こして見回した部屋。そこには鳴鳥の旅行鞄があり、そこで自分の部屋であると気づく。

 程なくして再び鳴鳥の部屋を訪れたアランは手にトレーを持っていた。トレーの上には小さな保温容器とグラスに注がれた水がある。彼は鳴鳥に食欲はどうかと尋ねてきて、鳴鳥が答えるより早くお腹がきゅるると返答する。真っ赤になった鳴鳥に対しアランは優しく微笑むと熱いので気を付けてくださいと言い、トレーを鳴鳥の前に差し出した。

 保温容器のふたを開くと瞬く間に湯気が立ち上り、良い匂いが鼻孔をくすぐる。中に入っていたのは雑炊であり、具は海老と帆立である。まだ熱々のそれをレンゲで掬った鳴鳥はふうふうと息を吹きかけて口に含んだ。海鮮の旨みが染み渡る味に思わず顔が綻ぶところであるが、一体誰がこのような物を用意してくれたのかが気になった。


「凄く美味しいです!これ、アランさんが作られたのですか?」

「いいえ、僕ではなく意外な事にコレを用意したのはクヴァルなんですよ」

「ええっ!?」


 アランの話によると、夕飯は鳴鳥に任せるつもりであったらしいが、彼女が床に臥せっている為、代わりにソフィーリヤが台所に立った。だが、何でもそつなくこなしそうな見た目に反して、ソフィーリヤの料理スキルは壊滅的で、高級な食材は見るも無残な姿になり、これ以上はと早々に台所から遠ざけられたそうだ。アルヴァルディの面々は無論料理など出来ないとして、カルラも苦手らしく、仕方なく料理人を呼ぼうかとしていた所、クヴァルが名乗り出た。鳴鳥までとは言わないが、彼は器用らしく、パッド型端末で調べたレシピを見ただけでテキパキと夕食の準備を整えたらしい。

 クヴァルの作った雑炊を美味しく頂いた鳴鳥はホッと一息つく。空腹も満たされ、体調も良くなったと感じ、自分で食器を片付けようとするが、それはアランに止められた。


「あの、私ならもう大丈夫です」

「船長より大人しく休ませるようにと託っていますので」

「アランさんは夕食は良いのですか?」

「もう済ませていますのでお気遣いなく」


 そう言われて時計を確認すると既に夕食の時間は過ぎていた。皆は今、夕食後、お酒を飲んでいるらしい。

 すぐに無理をする鳴鳥に対し目付役を選んだわけだが、最初はカルラやコンラードが名乗りを上げた。だが、この二人では鳴鳥の気が休まらないだろうという判断で却下。ならばとソフィーリヤも手を上げるが、彼女が行けばクヴァルも付いて行く。それでは駄目だと彼女も却下。残された面子で一番の適任がアランであったと言う訳だ。

 再びベッドに身を預けた鳴鳥。アランは照明を落とし、部屋はサイドテーブルにあるスタンドの柔らかい光だけが灯る。

 眠るまではここに居ますとアランに言われ、部屋は静かに、時々アランが本をめくる音と階下からの騒ぎ声が僅かに聞こえてきた。




       第42話 Sea at night and green nebula




 先程までぐっすりと眠っていたせいか、すぐには眠りにつくことができない鳴鳥は昼間に起ったことを思い出していた。

 再び狙われた自分の身柄、また助けに現れた久城、皆の手を煩わせてしまったことは心苦しいが、久城にまた会えたこと、言葉を交わせたことは嬉しく思う。そしてそんな事を考えてしまった自分に嫌気がさし、気持ちが沈む。久城は大罪人であり、本来なら捕えなければならない対象なのだが、鳴鳥はそうなって欲しくない。軍人失格であるが、何度駄目だと思い直しても久城の事を憎み切れず、彼の無事を願ってしまう。嬉しさに心苦しさ、不安に自己嫌悪、自分は皆の傍に居てはいけないのかとも思い始めた鳴鳥はぽろぽろと涙がこぼれていることに気が付きハッとする。

 泣いていた事を傍に居るアランに気付かれぬよう、顔を背けて衣服の袖で拭う。少しして落ち着いたところで、鳴鳥はブランケットを引け寄せ顔を隠しつつアランの様子を覗き見る。すると優しく微笑む彼と目線が合ってしまった。どうやら泣いていたことに気付かれていたようだが、彼は何も言わずにただ優しく見守っている。話すように促された訳ではないが、その穏やかな眼差しに自然と言葉が紡ぎだされた。


「私…駄目ですよね。皆さんに迷惑を掛けているのに…、それでも久城センパイの無事を願ってしまうんです」

「それは致し方ない事です。ナトリさんにとって彼は大事な者なのでしょう?今の所、故意に足を引っ張るような真似はしていませんし、想うだけなら構わないと僕は思います」

「でもきっと、ジルベルトさんは良い気がしないと思います。実際、久城センパイと対峙した時、物凄く怒っているようでしたし…」

「あー…それはですね…」


 基本何でも淀みなく答えてくれるアランが苦笑いを浮かべて言葉を濁す。やはりジルベルトは自分に対して腹を立てているのか、アランの様子からそう考えに至った鳴鳥は不安げな瞳で問う。


「やっぱり…。ジルベルトさんは私の考えに気付いて怒っているんですよね?」

「いいえ、そうではなくて。あれはその、嫉妬という奴ですよ」

「え…?」


 言ってよいものかと戸惑いつつアランが告げたのはあり得ないことであった。あのジルベルトが久城を相手に嫉妬などする筈がない、鳴鳥はそう思い目を丸くしたが、アランは「ここだけの話ですよ」と前置きをして根拠を語る。


「今ナトリさんはクランドの事で頭を悩ませていますよね?」

「は、はい…」

「その姿が船長にとっては腹立たしいのでしょう」

「ですからそれは私が悪くて…」

「いえ、船長はナトリさんではなくて、貴女を悩ませている原因の方へ怒りの矛先を向けています」

「そう…なんですか?」

「そうです。ナトリさんにも辛く当たっているでしょうが、あれは照れ隠しであって本心は何よりも貴女の身を案じています」


 ジルベルトがそこまで自分の事を考えてくれている。にわかには信じがたい事であるが、アランは気休めで嘘を吐くような性格ではない。想ってくれていると言われ、心の中にじんわりと暖かな気持ちが広がり嬉しく思うが、同時にチクリと胸が痛む。自分の事を想ってくれているならば、なおの事今の状況は良くないのでは、自分の考えが彼を苦しめているのではと気づき、申し訳なく感じる。


「だったら、もしそうだとしたら、私の考えはジルベルトさんの負担になっていますよね?…恩が返したくてここに居るのに、私、足を引っ張って、その上にこんな…」

「本気で嫌だと思うならば、船長は既に見放しているでしょう。どんなに苛立ちを感じても傍を離れず、何度も助けようとするのはナトリさん、どうあっても貴女が大切だからです。全部好きでやっていることなので気にすることはありません」

「…そうだと良いんですが」

「まぁあえて言えば、包み隠さずに想いを告げた方が良いかもしれませんね。あの人は察しが良いようで悪いですから」


 悪戯っぽく笑い、アランは気遣いなど不要であると言う。そこまで言われてしまえばこれ以上返す言葉もなく、鳴鳥は彼の言う事を信じてみることにした。

 ぐるぐると頭の中を巡っていた悩み、具体的に解決したわけではないが、アランに話すことによって少しだけ楽になる。何故だか彼に話を聞いて貰うことが心地よく感じ、鳴鳥は続けて以前より気にしていたことを口にした。


「あの…。話は変わりますが、アランさんはジルベルトさんの過去や枷についてご存知ですか?」

「ええ、大体は」

「本当ですか!?」


 期待の眼差しを向けるが、アランは眉をハの字にして困ったように笑う。それは拒否の姿勢であり、鳴鳥は追及できず口ごもった。


「僕は色々と情報を得るのが趣味でして、その一環で。ですがあまりお勧めはしませんね」

「そうですよね…」

「寧ろそこまで船長の事が気になるのは何故ですか?」

「え…?何故…でしょうか?」


 アランに聞き返されて鳴鳥は驚きすぐには答えることができなかった。

 ただの興味本位ではない事は確かである。枷は精神的負担なものであり、普通ならば第三者から明かせないと聞いている。罪人ということも隠していたのだ。枷についても触れられたくない事柄なのだと分かる。それでも知りたがる、気になってしまう理由。他のARKHED(アルケード)契約者には抱かない感情。鳴鳥自身、未だそれが何故なのかが分かっていなかったが、一つだけ言えることがあった。


「私も、ジルベルトさんの事が大事なんだと思います。枷は精神的負担だと聞きましたし、過去を思い起こす姿がとても悲しそうでしたし、少しでも気持ちを楽に、辛さを分かち合えたらな…なんて、そういう気持ちだと思います」

「そう…ですか。それならば、その気持ち、そのまま伝えてみると、もしかすると答えてくれるかもしれませんよ」

「本当…ですか?」

「確実にとまでは言えませんが、話せないなら話せないなりにその理由を答えてくれる筈です」


 何でも知っているアランの言う事なのだからと、彼の言葉はやはりすんなりと受け入れられる。彼の言葉通り、今度ジルベルトとゆっくり話せる機会ができた時には想いを告げられるだろう。不思議とそんな自信が湧き、また少しだけ迷いが晴れた気がして瞼が重くなった。

 すやすやと安らかに寝息を立てる鳴鳥。役目は終えたとアランは本を閉じ、スタンドのライトを消す。

 全てを知っている身からしてみれば、互いに想い合い、徐々に距離を縮めていくジルベルトと鳴鳥の関係をこのまま見過ごす訳にはいかない。本来ならば仲を取り持つようなアドバイスはすべきではないのだが、何故だかこの先に待つのが悲劇ではなく、この歪なシステムを瓦解させる一手になりうる気がした。






 セルべリア達が去って行ったのは昼過ぎ。気を失った鳴鳥を休ませ、各々が遭遇した出来事を纏めて本部へ報告をする頃には日は沈みかけていた。直ぐに帰投すべきであるかと指示を仰ぐが、ジルベルトの上官であるヘニングは翌日で構わないと言った。それは皆が今回の襲撃で疲弊しているのを案じてと、残りの休暇を安らかに過ごせるようにという気遣いである。安静が必要な鳴鳥の事も気がかりであった為、ジルベルトは上官の計らいに甘んじる事とした。

 今晩はゆっくりと過ごせる…かと思いきや、そう簡単にはいかなかった。最初は鳴鳥の看病の件で揉め、次は夕食の支度の件でひと波乱あった。今は何とか落ち着き、皆酒を片手に思い思いに過ごしているが、ジルベルトのグラスに注がれたシャンパンは中々減らなかった。彼はソファーに身を深く預けて落ち着いているようだが、肘掛けに置かれた指先はトントンと叩かれ、そわそわしているのが見て取れる。その姿にソフィーリヤは呆れ笑いを浮かべつつ隣に座った。やはりどうあっても今の彼が気に掛けているのは自分ではなく鳴鳥なのだと思い知らされ、と言ってどうにも出来ないことに歯がゆさを感じ、そして少しだけ懲らしめてやりたくなり棘のある言葉がついて出た。


「そんなに気になるのなら、貴方が傍に居てあげれば良かったのに」

「別に、俺は気になどしていない」


 一気にグラスの中を空にしてしまうジルベルト。誤魔化しているようだが、その挙動は不自然である。先程も、一旦アランが鳴鳥の夕食を取りに二階から降りてきた時、真っ先に状態を確認していた。いくら隠そうとも、隠し切れていないのだが、そんな姿が微笑ましくもあり、見ていて辛くもある。

 ジルベルトが鳴鳥と結ばれることは無い。それには確かな理由があり、そうと知っているソフィーリヤであるが、彼の気持ちが向いているというだけで胸が痛む。もう二度と昔には戻れないと分かっていても、自分以外の者が彼の傍に居ることが認められない。けれどもソフィーリヤはもう子どもではない。引き際は踏まえており、自分の気持ちを誤魔化して自然に笑みを浮かべることもできる。ただ、今だけは、こうして隣に居るのだから、自分の事を見て欲しいとささやかに願う。


「せっかくクラウゼ博士が良いお酒を持って来て下さったのよ。飲まなきゃ勿体ないわ」

「ああ、そうだな」


 空返事のジルベルトのグラスへソフィーリヤはシャンパンを注ぐ。空のグラスは満たされていくが、気持ちは満たされない。

 少し離れた席ではカルラがお酒を煽り、コンラードに絡みながらマリアンと言い合い、スティングは静かに酒を楽しんでいる。クヴァルは夕飯の片付けをしている為にまだ戻らない。そしてジルベルトとソフィーリヤの間には沈黙が空気を支配しており、居心地が良いとは言えない。二人落ち着いて話せるなど滅多にない事だからとソフィーリヤは話を振ろうとしたが、そこでふと気づく。


「(そういえば…地球が消滅した場で再開した後、あの時は自然に話せていたのに…どうして…)」


 あれから数か月、その間に此処まで気持ちが傾いているのだと分かり、寂しさが募る。やはりもう手は届かなくなったのだと思い知らされた。

 気が気でない状態を案じ、からかったり励ましたりしようかと近づいたが、逆に気持ちを沈ませて一人落ち込んでいたソフィーリヤ。その様子から察していないジルベルトはぼんやりとした表情を険しいものに変えて呟く。


「どうしてアイツばかりがこんな目に合うんだろうか」


 珍しく人前で弱音を吐くジルベルトにソフィーリヤは目を見開く。それはかつての、二人の距離が最も近かった時の彼のようであり、今でも頼られているのだと思うと嬉しくもあるが、彼が頭を悩ませているのは他の者の事である。一瞬浮上しかけた気持ちはすぐさま元に戻り、努めて冷静に答えた。


「彼女ばかりではないわ。貴方だって、幾つもの辛いことに見舞われたじゃない」

「いや、俺は自業自得な部分が多い。だが、アイツは違う。母星を失くし、その母星を滅ぼした張本人が想いを寄せていた相手で、死んだと思っていたそいつは生きていた。その上今度は敵に狙われている。それは全部アイツのせいではない…」

「そう…ね」


 確かにジルベルトの言う通り、鳴鳥の境遇はとても痛ましいものである。だが、落ち込みさえするものの、当人はそんな事を背負っているとは思えないほど前向きである。今は鳴鳥よりも彼女の身を案じて辛そうにしているジルベルトにソフィーリヤは中途半端な慰めでは駄目だと思い、真剣な眼差しを向ける。


「だからこそ、誰かが支えてあげないと」

「…そうだが、俺では駄目なようだ」

「どうして?貴方なら十分な力がある。ただヴィルト・ルイーネも今回も間が悪かっただけであって…」

「そうではない。力でなくて…。俺はアイツに望まれていない…」


 二人の間に何かあったのだろうかと思わせる口ぶりにソフィーリヤは戸惑う。詳しく聞き出そうと何があったのかを問いかけたが、そこでジルベルトは我に返り、前言を撤回した。


「…今のは忘れてくれ」

「そんな…」


 詰め寄ろうとしたところで二人の真向い、ローテーブルを挟んだ席に一人の人物が立ち、ただならぬ殺気を放ちだした。それは片付けを終えたクヴァルであり、彼は額に青筋を立てて今にも飛びかからん勢いである。直ぐにソフィーリヤは身を引き、ジルベルトは席を立つ。


「(なんにせよ、ジルはあの子の支えになろうとしているのよね。…完全敗北だわ)」


 ソフィーリヤは涙が溢れ出そうになるのを堪えてグラスを空ける。程よく酔い始めてきだしたお蔭で辛い現実から少しだけ遠ざかることができた。






 鳴鳥が眠りについて数時間後。体力を消耗し、溺れたとはいえ、昼過ぎから寝ていたので夜中に目が覚めてしまった。室内は静寂に包まれており、看ていてくれたアランも居ない。スタンドライトに手を伸ばし、上半身を起こした鳴鳥は両手をグッと上げて身体を伸ばす。前に目覚めた時よりも体は軽く、気怠さはなくなっていた。寝床から出て、窓の外を見てみると夜空には無数の星が輝いている。目も覚めてしまい、綺麗な景色がすぐ傍にあるとなるとじっとはしていられない。そっと音を立てぬように気を遣い、鳴鳥は宿泊施設を抜け出した。


「わぁ…!」


 昼間の海とは違う夜の海。波の音だけが辺りに響き、空には緑がかった星雲と数えきれないほど散らばり瞬く星々、日中の暑さが嘘であったかのように心地の良い風が吹いている。

 砂浜を歩き、星空の下の散歩を楽しんだ後、腰を下ろして空を見上げる。時折星間航行する光や流れ星が落ち、空はずっと見ていても飽きない。


「(…久城センパイ。また助けに来てくれたけど、今頃どうしているのかな…?)」


 ぼんやりと星空を見ていた鳴鳥は久城の事を思い浮かべた。彼が生きていたという事実はセルべリア達がレースを妨害したという情報と共に連合預かりとなっている。一般市民は生きていることを知らないが、公にされていない指名手配リストには入れられており、連合軍の配備された都市では普通に暮らすには難しいだろうと思われる。


「(今度会えたら…もっと話ができれば…。ううん、そんなこと考えていちゃ駄目だよね)」


 駄目だと分かっていても彼の事が思い浮かんでしまい、その度に首を振って否定する。美しい夜空と穏やかな海を前に気持ちは落ち着き、その景色に安らぎを覚えていたが、久城の事を思い出した途端、瞬く星も打ち寄せる波も悲しげなものとして瞳に映る。

 これ以上は考えていても仕方がない、そう思い至った瞬間、不意に砂を踏み鳴らし近づいてくる足音が聞こえたかと思うと、振り向いた鳴鳥は顔を引きつらせた。それは彼女のすぐ後ろに立つ者が恐ろしい形相をしていたからである。


「ジ、ジルベルトさん…?」

「夜の散歩か?良い身分だな」


 普段からの仏頂面がさらに険しく、眉間に刻まれた皺は深い。彼が怒るのも無理はない。鳴鳥は数時間前に敵に捕らえられ、危うく攫われかけた。その上溺れて気を失っていたのだからこんな場所を一人でフラフラしていてよい筈がない。鳴鳥は怒鳴られる前に弁明をしようとするが、ジルベルトは深い溜息を一つ吐いただけで終わる。彼の表情は先程までの険しいものでなく、どこか物憂げに変わっていた。だが、その姿もすぐに顔を逸らされてしまい、見間違いであったのかと思えてくる。

隣に立つジルベルトは顔をそむけたまま、呟く。


「ここに来たのが俺じゃなくてアイツだったら良かったか?」

「え…?」


 思いもよらぬ言葉に鳴鳥は驚き聞き返すが、ジルベルトは聞かなかった事にして欲しいと前言を撤回する。

 今度二人きりになれたなら、想いをぶつけよう。そう考えていた鳴鳥であったが、とても伝えられるような空気ではない。立ち上がり、目線を合わせようとするとジルベルトは背を向ける。


「どうして、顔を逸らすんですか?」

「…言葉通り、合わせる顔がない」

「そんな…!それは私の方です。何度も迷惑を掛けているのに、私はまだ、久城センパイの事を振り切れていない…」

「いいや、お前はそれでいい。悪いのは俺の方だ。アイツの事でお前が苦しんでいても、何もしてやれない」

「何もなんてことはありません。いつだってジルベルトさんは助けに来てくれるじゃないですか。私、嬉しいです。それに、危険な目にあったときはジルベルトさんの事、思い浮かべてしまいますし…」

「そう…なのか?お前が俺の事を…?」

「はい…!…って、いつも頼りきりなのは駄目…ですよね」

「…いや」


 背を向けるジルベルトに対し、鳴鳥は回り込んで顔を覗き込む。まだ何か納得がいかないのか、眉根に寄った皺は健在で、ジルベルトは視線を合わせようとしない。大人げなくも感じるその仕草に鳴鳥はどうしてよいかわからず、戸惑う。


「お前…あの時に…」

「あの時?」

「いや、何でもない」

「む、気になります」

「お前がそう言うのだから、そういう事にしておく」

「?」


 納得がいったのかいかないのか、ジルベルトは話を終わらせて歩き出した。少しだけ距離が離れたところで彼は立ち止まり、振り返って付いて来るように促す視線を送る。どうやら散歩はもうお仕舞だと言いたげであったが、鳴鳥は彼の傍によって上着の裾を掴み引き留めた。リーダーであり、船長という立場上ジルベルトと二人きりで話せる機会は少ない。先程は妙な空気になりかけたが、このままモヤモヤとした気持ちを抱えたままではと思い立ち、想いを伝えようとした。


「あの…もう少しだけ、ここに居ては駄目ですか?」

「…身体は大丈夫なのか?」

「はい!おかげさまで」

「そうか…」


 ならばとジルベルトは腰を下ろした。彼の隣に、と言っても間に一人座れるくらいの距離をあけて鳴鳥も腰を下ろした。

 互いに何も言わず、ぼんやりと空を見上げたり、打ち寄せる波を眺めていたが、鳴鳥は何度も横目で様子を窺う。どう切り出そうか考えあぐねていたが、その事を悟られていたのだろうか、ジルベルトが先に口を開いた。


「聞きたい事があるんじゃないのか?」

「え!?…あ、はい、そうですけど。でも、聞いてしまったら、嫌な思いをさせてしまうんじゃないかと思いまして…」

「…このまま有耶無耶にしていては任務に支障をきたしかねないからな。俺の事は気にしなくて良い」

「…すみません。あ、あの、決してただの好奇心で知りたい訳ではなくて、その…どうして知りたいのか自分でもよく分かっていないんですが…」

「いや、仕方がないことだ。罪人が傍に居るのは落ち着かないだろう」

「そんな事は…!…って、どうして私の聞きたいことが分かって…」

「ギンジロウと話していたのを聞いたのか」

「は、はい…。気が付いていたのですか?」

「まぁな」


 全てお見通しであったと知らされ、強張っていた表情と肩の力が抜ける。それでも問いたい内容は軽いものではない。知られていたならばと鳴鳥は真剣な眼差しをジルベルトへと向けた。深く頷いたジルベルトは遠くを見るように、暗い海へと向き直り、答える。


「俺は、奴と、クランドと同じだ」

「久城センパイと…?」

「ああ、16年前になるか…。俺はARKHED(アルケード)の力を手にしてすぐ、暴走させて母星を滅ぼした」

「そんな…っ、まさか…」


 信じられないと驚く鳴鳥に対し、ジルベルトは自嘲気味に笑う。こうなる事は分かっていた筈だが、やはり話すことは思い出したくない過去を無理やり思い出させるようであり、笑ってはいるが辛そうである。後悔しかけた鳴鳥であったが、不安そうな面持ちに対し、ジルベルトは心配はいらないぞという風に取り繕う。


「本来は死刑になる筈だったが、ARKHED(アルケード)と契約をした時に得た力…不死の身体のお蔭で死を免れた。まぁ…今となっては死んでいた方が良かったのかとも思うがな」

「そんな事…っ、言わないでください!確かに、星ひとつをだなんて…簡単に許されるわけではありませんが、私は…。私はこうしてジルベルトさんと逢えて良かったと思います。それに!ジルベルトさんが居なかったら、私は生きていなかったですし!そうです、だからそんなに自分を責めなくても…」


 矢継ぎ早に想った事を口にしていた鳴鳥。気づけば瞳からは涙が零れ落ちた。

 全てを話さなくとも分かる。ジルベルトが望んで罪を犯したわけではないと。その事を考えると胸が苦しくなり、涙を堪えることができなくなった。ごしごしと衣服の袖で涙をぬぐう鳴鳥に対し、ジルベルトは困ったように、後ろ頭を掻いたのちにポンポンと鳴鳥の頭を優しく撫でる。


「何故お前が泣くんだ?」

「だって…。ジルベルトさんは望んでそうなった訳ではないんですよね?…だとしたらそんなの辛すぎます」

「暴走…と言えどもARKHED(アルケード)のは感情のコントロールを失って…、自暴自棄になった結果だ。自業自得と言う訳だ」

「そう…ですか…」


 自暴自棄…そう至った理由は明かされない。星を滅ぼすほどの暴走を引き起こした原因なのだから、余程の事なのだろう。気にはなる所だが、今はまだ、これ以上はと踏みとどまる。


「…黙っていてすまなかったな」

「いいえ、簡単に話せる内容ではないですよね。思い出したくないことを思い出させてしまい、こちらこそすみません」

「いや、気にするな。いずれは知られるだろうと思ってはいたが…。軽蔑、しないのか?」

「私は、望んでそうなった訳ではないと思っていますので」

「そうか…。ったく、どう明かすべきか悩んでいたのがバカバカしく思えるな」


 肩の荷が下りたかのように、口元を緩めるジルベルトにつられ、鳴鳥も微笑む。知りたかった事、それは決して軽いものではなかった。けれども少しだけ胸の支えが取れ、もやが晴れた気になるが、彼の過去は今もなお続く苦しみである。何度も助けて貰ったお礼に…、自分が出来ることなど、高々知れていると重々承知であるが、鳴鳥はジルベルトにズイッと近づいて申し出た。


「あの…!私でよければ、何でも言ってください!これから辛い事とかあれば、いつでも聞きます。えっと…その、聞くだけしかできないのですが、やっぱり、こうして話すと気が楽になりませんか?」

「そんな気にしなくとも…」

「やっぱり…私じゃ力になれませんよね…」

「そうではなくて…。…まぁ、そう言えば、一つだけ言っておきたいことはあるな」

「なんですか!?」


 期待の眼差しから逃げるよう、顔を逸らしつつ、ジルベルトは言った。何を告げられるのかと姿勢を正して待つ鳴鳥は、彼の告げた言葉に目をぱちくりとさせたのちにあわわと慌て出すこととなる。


「俺は守銭奴ではない」

「は…?」

「だから、金に執着しているのは…」

「またまた~。その事ならみんな知って…」

「金は…刑期短縮の為だ」

「え…?」


 ジルベルトが金に執着していた理由。それは母星を滅ぼした罪を償うためのものであったと知らされ、鳴鳥はこれまで彼に対して抱いていた感情を恥じた。そうならそうだと言ってくれればとも思ったが、理由を明かせば過去に犯した罪についても語らなくてはならない。納得がいった所で鳴鳥は深々と頭を下げる。これまで何度も軽蔑した視線を向けたにもかかわらず、ジルベルトは「気にするな」「理解してくれたのならば」と許して貰えた。


「因みに…あとどれくらいなのですか?」

「それはだな――――」


 告げられた額に驚く鳴鳥であったが、ジルベルトは苦ではないようだ。莫大な金額を前にしても後ろ向きにではなく、前を向いている。


「…いくら金を収めようが、亡くしたものは戻らない」

「そう…ですが」

「お前がそんな顔をしなくていい」

「ジルベルトさん…っ」

「お、おい…!」


 沢山のものを背負い、それでも自分の身を案じてくれている。鳴鳥は弾かれたように勢いよくその身をジルベルトの傍へ寄せ、抱き着く。不意な行動に驚くジルベルトであったが、小さな身をしっかりと受け止めた。触れ合うことで、言葉では伝えられない想いが伝わる。何故、突然抱き着いてしまったのか、我に返りつつある鳴鳥だが、腰に回された腕と頭を優しく撫でる手に心地よさを感じて身を委ねる。

 まだすべてを打ち明けてくれたわけではないが、今はこの温もりが傍にある事で満たされていた。





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