第41話 Light which reaches the bottom in a dark sea
青く澄んだ海でのバカンス。イルカ達と触れ合い、美しい海底を散歩し、大いに休暇を満喫していた鳴鳥であったが、空に黒い雲が広がると同時に事態は急変した。
巨大な蛸に足首を掴まれ捕えられた鳴鳥は沖へ、深い海の底に引き込まれる。幸いなことに特殊なマスクのお蔭で息は続いている。大蛸も締め付けて捻り殺そうとはしてこないので取り敢えず命の危機ではないようだ。けれども絡みつく触手はぴったりと体に張り付き、抵抗したがために胴までも巻き付いたそれは気味が悪い。一刻も早く逃れたいが、腰のポーチには手が届かない。
「(また私…皆に迷惑かけちゃった…)」
助けを待つしかない状況に自分が情けなくなる。ヴィルト・ルイーネでの一件は咎められることはなかった。寧ろ狙われたのは自分だと知らされ、助けが遅れたことを謝られもした。だが、今回は違う。予め自分が狙われていることを知っていてこの状況である。比較的安全な場所であり、ここ数日間何事もなく過ごしていたからというのは言い訳であり、つくづく自分の甘さに嫌気がさす程である。咎められるのも辛いが、何より居た堪れないのは彼の手をまたもや煩わせる事であった。
何のために軍属となったのか、何故ジルベルト達と一緒に居ることを願ったのか、思い起こした気持ちで諦めかけていた鳴鳥は奮い立ち、手を伸ばす。何とか届いたポーチから取り出せたのは小型のナイフ。鞘を振って放り投げ、剥き出しになった銀色に輝く刃を思い切り突き刺した。
呻き声をあげて触手はうねる。拘束が緩まった隙に鳴鳥は何とか逃げおおせたが、何本もの手が伸びる。水の中で生きる生物に対し陸の生き物は圧倒的に不利であり、素早い動きで体は再び絡め取られてしまう。だが、先程よりは良い状況になった。一瞬だけ逃れたその隙に鳴鳥は通信機を手にできたのだった。
「(これでARKHEDを…!)―――あっ!?」
呼び出せさえすればこちらに勝機はある。そう思われていたが、その考えを見透かしたように大蛸は鳴鳥の腕に絡みつき、力を込める。締め付けられた事により、指先からは力が抜けて、通信機は手から離れてしまう。
「(そんな…っ!)―――あっ!?」
諦めかけたその時、暗い海の底を尋常でない速さの影が動く。それは紫の髪をなびかせた人魚のような姿、マリアンであった。手に構えたナイフで鳴鳥を捕える触手を切り付けると、拘束から解かれた彼女の身体を抱いて一目散に脱する。先程駆けつけた時のスピードには劣るが、鳴鳥が泳ぐより幾分も早い。何とか追いつかれずに逃げているが、大蛸は諦めることなく後を追ってくる。
このままのペースならば浜辺に辿り着ける。陸に上がりさえすれば助かるだろうと思われたが、行く手を阻む者達、数匹の牙を剥く鮫が現れた。どうあっても鳴鳥を逃したくないらしい。
このままではマリアンにまで危害が及ぶ。そう察した鳴鳥は彼の身体を押しやり、自らは囚われるようにその身を絡め取る触手に委ねる。
「(ナトリ…っ!!)」
すぐさま追いかけようとするマリアンであったが、大蛸が辺りに墨を撒いたがために視界が悪くなり、その姿を見失う。気配を探りつつ、黒く霞んだ中を突き進んでいくが、抜け出したところで大蛸の姿はなかった。正確にいえば、海中にないだけであって、大蛸は海面から顔を出していた。急ぎマリアンも浮上するが、そこには緑色に黒いラインが入ったARKHEDが中空に待機しており、大蛸の触手から鳴鳥の身柄を預かっていたところであった。
「(…っ!このままだと―――)」
ARKHEDに対して生身の人などまるで歯が立たない。ただ手をこまねいてみているしか出来ないことに焦るが、一刻も早く助けを呼ぶべきだと気づき通信機に手を伸ばす。通信を入れた相手はジルベルトであるが、彼も危機的状況を察しているようで、切羽詰まった表情をしていた。
「船長っ!鳴鳥が…っ―――」
「やはり奴らが…!」
状況を瞬時に理解したジルベルトは直ぐに駆けつけると言い、通信を切る。いくらARKHEDと言えども時間は掛かる。どうしようもない事態にただただ歯噛みしていたが、鳴鳥を捕えたARKHEDが飛び立とうとした瞬間、その機体は進路を阻むように立ちはだかった。
「あれは…っ!」
マリアンも話には聞いていたが、実際にその機体を目にするのは初めてであった。どんより曇った空を切り裂き現れたエメラルドグリーンの機体は、雲間から差し込む光を浴びて輝いていた。搭乗者はかつて星を一つ消し去り、戦にて多くの者を葬ったにも拘らず、その機体の姿は美しく、神々しい。
鳴鳥は透明な球体の機械に収められ、敵のARKHEDの手の中に居る。彼女を捕えるその腕は突如現れたもう一機のARKHEDの光剣によって切り落とされた。
第41話 Light which reaches the bottom in a dark sea
沖に出ていたジルベルトは不可解な天候システムのエラーに違和感を覚え、急きょ引き返そうとした。その最中、マリアンからの通信に嫌な予感は的中していたと知る。
鳴鳥が囚われた。彼女が狙われている事は分かっていたが、ジルベルトもここ数日何も起こらなかったが為に気を緩ませていた。もし何かあったとしても、今回は誰かしらが傍に居るだろうと安心しきっていた自分の考えの甘さに腹を立てる。
ジルベルトはマリアンとの通信を終えてすぐさまARKHEDを呼び出し、鳴鳥の居場所を探る。通信機は手放していないようで、発信源は沖へと向かって行っていた。遠ざかる彼女の元に向かうジルベルトをクヴァルも追いかける。
距離はさほど離れてはおらずARKHEDならばすぐに駆けつけられる距離であった。だが、ジルベルト達の前には、銃弾の雨が、天空より降り注ぐ。進路上に放たれた攻撃を咄嗟に避けたジルベルトは反射的に弾の軌道を計り反撃する。そこには何もない筈であったが、確かにジルベルトの攻撃を防ぐ何かがそこにはあった。咄嗟にクヴァルはステルスキャンセラーを発動する。行く手を阻むように現れたのは金色と銀色の機体、デクセスとデクセプのものであった。
「もぅ!今回は派手な行動を控えていたのに~!」
「ARKHED相手じゃ仕方ないわよ。と、言うことで…楽しみましょうか?」
「またお前達か…っ!」
彼女らの相手をしている場合ではないのだが、ここから先にすんなりと通して貰えないようだ。ジルベルトは苛立つ気持ちを抑えつつ、青く光る剣を構え、前口上なしでデクセス機に切り掛かる。危機的状況にあるのが鳴鳥であるからか、未だ冷静であるクヴァルはジルベルトのサポートに回る。だが、余裕を持っていた彼に対しデクセプはケラケラ笑いながら囁く。
「あら、こんな所でもたもたしていていいのかしら?アンタの大事な奴の所に居るのはヴァレリーなんだけどな~」
「複合機の奴か…っ!?」
狙いを定め、遠距離からジルベルトを支援していたクヴァルであるが、デクセプの言葉に迷いが生じ、攻撃を大きく外してしまう。彼にとって最も大事な者はソフィーリヤであり、彼女もARKHEDの搭乗者である。軍属であるから鳴鳥のようにまだARKHEDの扱いに慣れていない訳ではないが、彼女の願いからか、そのARKHEDは防御寄りの性能で、一機の攻撃を防ぐのは容易いが、二機が相手であると厳しい。ヴァレリーは複合型、自機と同型の機体を自在に操るため、ソフィーリヤには荷が重いだろう。
うまく連携をとっていたジルベルトとクヴァルであったが、デクセプの言葉により容易く崩れる。元々あまり仲の良い関係ではなかったのも戦況を悪くする原因であった。クヴァルはジルベルトを残し、浜辺へ、ソフィーリヤのいる場所を目指し飛び立つ。ジルベルトとしては寝耳に水であったのだろう、突然のクヴァルの行動に目を丸くするが、デクセスと刃を交えつつどういうことだと呼びかける。
「彼女の元にはソフィと共に向かう。この場はお前に任せる」
「なんだそれは!?優先事項が違うだろうが!!」
「ならばソフィを捨て置けと言うのかっ!」
「違う!アイツはそこまで弱くはない、それよりもナトリが―――」
どれだけ説明しようが、クヴァルは考えを曲げない。やがて通信は遮断され、ジルベルトは敵二機の前に一人残されてしまった。敵の思惑通りなのか、デクセス達はクヴァルがこの場を脱するのを悠々と見逃す。
「チッ…!どいつもこいつも…っ!!」
「お楽しみはこれからよ」「楽しみましょう!」
デクセスとデクセプの連携は厄介である。彼女らと刃を交えるのはこれが初めてではないが、未だその連携を崩す一手が取れない。隙のないその動きに防戦一方であったジルベルトの元に、マリアンから二度目の通信が入る。苛立ちをぶつける様に邪魔をするなと怒鳴りつけるが、続けて告げられた言葉に目を見開く。
「(また、奴に先を越されたか…っ)」
今のところ鳴鳥の身柄は無事なようである。だが、彼女の危機を救い、今もなお傍に居る者の存在はジルベルトを更に苛立たせる。一刻も早く、この場を突破し、駆けつけたいという衝動は強まり、それは彼の力となる。
「(手持ちの武器だけでは敵わない。アリーチェのような小型機を何機も制御は出来ない…。ならば―――)」
敵二機から距離を取ったジルベルトは銃を構える。ハンドガンよりも威力の高い両手持ちタイプのレーザー銃は狙いを定めるのに時間を要する。二機を相手にでは悪手であり、デクセス達は余裕で避けられることを見越して様子を窺っている。完全に舐め切った態度に苛立つところであるが、ここは冷静に、意識を集中させる。放った青白いレーザーは敵機から大きく外れ、海を割るように放たれた。高威力のレーザーによって海水が立ち上り、デクセスとデクセプ両機は水しぶきを浴びた。そこにすかさず二発の弾を打ち込む。さほど威力のない弾に対し、両機とも着弾をその身で受けるが、その判断は間違いであった。
「な、なにこれ!?」「これはあの子のやり口!」
パキパキと音を立てて凍る海水。デクセス、デクセプ機は足元から急速に氷結し、その場に拘束される。この手法はラウナの手であり、初見ではない為にすぐにでも対策は取れた筈だが、前回の宇宙空間と違い、ここには膨大な水がある。そのお蔭か、氷の拘束は強固なものとなり、足止めをするには充分であった。正々堂々と勝負しろと二機で一機をいたぶっていた者達がぎゃあぎゃあと喚くが、ジルベルトは無視を決め込んで先を急ぐ。
「(…上手くいったが、思った以上に精神に来るな…。全く、あの小さいナリでどんな図太い神経をしているんだか)」
急激な疲労に襲われるが、もたもたしている暇はない。ハンドグリップを握り直したジルベルトは振り返ることなく真っ直ぐに、鳴鳥の元へと向かった。
ジルベルトを置いてソフィーリヤの元へと駆けつけたクヴァル。二機相手に何とか持ちこたえていたソフィーリヤであったが、クヴァルの加勢により窮地は完全に脱した。
ソフィーリヤが盾になり、クヴァルが攻撃を担う。二人の連携は完璧であり、ヴァレリーは優勢であったのが一転して押され気味になる。
「フム…引き時か…」
「待てっ!!」
劣勢になった敵は引き際を弁えているようで、煙幕弾で視界を遮ったのち、センサーを誤認させるためのオブジェクトを配し、この場を脱する。
ソフィーリヤの機体はかなり損傷し、その事に対する報復をと考えていたクヴァルであったが、ソフィーリヤに引き留められてしまい、後を追うのは諦めた。渋々留まったクヴァルはすぐさまソフィーリヤの体調を気遣い、コックピット同士を近づけて様子を窺うが、返ってきた言葉に目を見開く。
「どうして私の元に来たの!?」
「来なければどうなっていた!」
「確かに…。でも、優先すべきは一番戦闘力の低い、しかも敵の目的であるナトリさんでしょう?」
「それは…そうだが、君を放っておくわけにはいかない」
自分の事など気にするな、早く鳴鳥の元へと向かってくれと願うソフィーリヤに対し、クヴァルは首を縦に振らない。そうこうしている内に二人の元へ戦況報告が入る。どうやらジルベルトは二機を退け、鳴鳥の元へと駆けつけたようである。
「良かった…間に合ったようね」
鳴鳥の無事が確認でき、ホッと胸を撫で下ろすソフィーリヤであったが、その表情はどこか寂しげである。ジルベルトは正しい判断をし、的確に行動した。軍人としては間違いないのだが、その行動に胸が痛む。やはりまだ、彼女はジルベルトの事を想っているのだと察したクヴァルは歯噛みする思いであったが、このような場面に出くわすのは初めてではない。彼は直ぐに気持ちを切り替えた。
「君はここで待機していてくれ」
「クヴァル…」
「どうやらまだ、事は片付いていないらしい」
彼の言った通り、ジルベルトが駆け付けた場には、ヴィルト・ルイーネでも姿を現した久城蔵人と思しきものの機体が確認され、予断を許さない状況である。睨み合いを続ける彼らの元にクヴァルは向かって行った。ソフィーリヤは遠ざかる黄土色の機体を見つめ、目を細めて溜息を吐く。
「(クヴァルは…何よりも私の身を案じてくれている。彼…ジルとは違って。それなのに私は―――)」
自己嫌悪に陥っていたが、そんな場合ではないと思い立ち、機体を修復させることに意識を向ける。途端に体を襲う倦怠感は、嫌な事を忘れさせて意識を遠のかせた。
再び大蛸に捕えられ、視界が真っ黒に染まったと思われた後、鳴鳥の身体は海の中から上へと運ばれた。目の前にあるのは緑色に黒いラインのARKHED…セルべリア機であり、機体は大蛸から鳴鳥の身柄を受け取り透明な球体の中に彼女を閉じ込めた。
「なっ…なにこれっ!?」
球体の内部からは機械のアームが伸びてきて、鳴鳥を拘束し、水中で呼吸するためのマスクを外した。何が起こるのかと見回し身構えているところで、球体の中はガスで満たされ、意識は遠のいていく。霞む視界の先には光が、雲間を切り裂いて差し込む陽の光を浴びたエメラルドグリーンのARKHEDの姿があった。
「(あれは―――)」
鳴鳥を捕えていたセルべリア機の腕を切り落としたのはヴィルト・ルイーネでも鳴鳥の危機に駆けつけた機体、久城と思しき者が搭乗者であるARKHEDだった。
切り落とされた腕から離れる鳴鳥を捕えた球体は海面に叩きつけられた後、海に浮かぶ。意識を失いかけていた鳴鳥だったが、目を見開いてその姿を確かに焼き付ける。そしてあらん限りの力を振り絞り、叫んだ。
「く、久城センパイ…っ、久城センパイなんですよね!?」
鳴鳥の声は届かない。後れを取ったセルべリア機は直ぐに体勢を立て直し、片方の手だけで槍を構えた。両手持ちの武器を片腕だけで振るうならば威力が落ちそうなものだが、セルべリアに至っては不利であることを感じさせない。目にも止まらぬ無数の突きを繰り返す槍撃ではなく、薙ぎ払うような攻撃で応酬してきた。
「貴様っ、よくもおめおめと姿を現せたものだな!」
「…君達とは仲間であったつもりは無い」
「そうだ、その通りだ。貴様は手駒であって、仲間などではない!」
槍の先が鋭く変化し、鎌の形をとる。大鎌に刈り取られるかと思われた久城機だったが、その刃先を片方の光剣で受け止め、もう片方の光剣はセルべリア機の腹を貫く。
「貴様ァァァッ!!!」
深手を負ったセルべリアは残された力で久城機に向かって弾を撃つ。久城が咄嗟に距離を取ったところでセルべリアは宙に向けて去っていく。
どうやら危機は脱したようだ。鳴鳥はホッと溜息を吐き、再び久城に呼びかけた。
「久城センパイ…、その、助けに来てくれてありがとうございます。あの…私、話したいことが―――」
海に浮かんでいた鳴鳥を捕えた球体。久城機はそれを両手でそっと持ち上げ、内部の拘束を解除する。向かい合っている形なのだが、機体の内部、コックピットに居る彼の表情は窺い知る事は出来ない。
一先ず助けて貰ったことに礼を述べ、話しがしたいと訴えるが、それは急速に接近してきた機体により阻まれる。
「ナトリから離れろっ!!」
「ジルベルトさん…?!」
またもやヴィルト・ルイーネの時と同じ状況になりつつある。けれどもジルベルトが久城と刃を交えることはなかった。正確に言えば、ジルベルトは久城機に切り掛かったのだが、受け止めたところで背後から追手が現れる。デクセス、デクセプはまだ諦めてはいないようで武器を構え向かって来た。
「二度も失敗なんて出来ない!」「そーよ!覚悟しなさい!」
「チッ…!煩いのがまたか!!」
光剣を構えるジルベルトとは違い、久城は鳴鳥をその手に抱えている。このままでは戦うのに不利だと思ったのか、ジルベルトにこの場を任せ、場を脱した。久城に鳴鳥を任せるなど許しがたいところだが、ここで戦いに巻き込み怪我を負わせるくらいならばと判断し、ジルベルトは彼を逃すようデクセス達の攻撃を一手に引き受ける。
「ジルベルトさん…っ!」
二機の攻撃を引き付けるジルベルト。その姿が遠ざかって行くのに不安を覚える鳴鳥であったが、自分がこの場で足を引っ張るのは目に見えている。大人しく久城に任せ、ジルベルトが無事であるように祈った。
久城機が向かった先、そこは切り立つ断崖の岬であり、そっと球体を地面に降ろした久城機は立ち去ろうとした。蓋が開き、中から這い出た鳴鳥は背を向ける久城機に呼びかける。
「あの…。本当に、ありがとうございました。えっと、その…」
話したいことは沢山あった筈だが、今は残してきたジルベルトの事が気がかりである。彼ならば後れを取ることはないと信じてはいるが、相手はARKHED二機であり、慈悲の欠片もないような相手である。鳴鳥の視線は自然と元居た方へと向いてしまう。
「君にとって、あの男は大事な者、なのか?」
「え…?は、はい…そう、ですが…」
これまで鳴鳥に対し沈黙を保ってきた久城が初めて口を開く。その事に驚きつつも、鳴鳥は問いかけに答えた。「そうか」と小さくつぶやいた久城は機体をもと来た方へ、ジルベルトがデクセス達と戦っている場に向けて飛び立つ。
何故ジルベルトの事を大切なのかと問いかけてきたのか、彼の元に向かって何をしようとするのか、疑問は尽きないところであったが、今の久城ならば大丈夫であると、不安に思うことはなかった。
「(また、助けて貰っちゃった…)」
僅かな間であったが、久城と言葉が交わせたことに鳴鳥は嬉しく思う。彼の事で感傷に浸っていたところであったが、見つめる先で高速に飛び交い絡み合う光の軌跡と爆薬の煙で現実に引き戻された。今もなお、あの場ではジルベルトが闘っている。端末をなくした鳴鳥は今からでも遅くない、まだ敵は居るかも知れないと思い立ち、自身の足でアルヴァルディまで急いで戻ろうとした。
「…ひっ!」
岬からアルヴァルディが収容されているドッグまで戻ろうとした鳴鳥であったが、背後に音もなく現れた機体に息をのみ、足を竦ませる。黒いフォルムに金色と銀色のライン。複合型と呼ばれるその機体は他のARKHEDの二倍の大きさであり、生身である鳴鳥が恐怖を抱くには十分な威圧感を放っていた。
「おやおやァ…こんな所でターゲットに出逢えるとは、なんという幸運か!」
不気味な笑い声を上げる複合型、ヴァレリー機は躊躇うことなく鳴鳥に手を伸ばしてきた。思わず後ずさるが、ここは断崖であり、鳴鳥の背後には何もなく、足元は打ち寄せた波で水しぶきが上がる海である。助かったかと思えば一転してまたもや危機に見舞われた鳴鳥。助けてくれた者達の為にもここで易々と捕まる訳にはいかない。ガクガクと足は震えるが、意を決した彼女は海に身を投げ出した。
「(これで…―――っ!?)」
何とか上手く着水したが、今の鳴鳥はマスクを外されている為、水中で自由に泳ぎ回る事は出来ない。なるべく息の続く限り泳ぐが、彼女の行く先に影が落ちる。
「クキャキャッ!逃げても無駄だァ!」
息継ぎのために海面へ頭を出したところでヴァレリー機の手が伸びる。すぐさま潜り、また泳ぐ。敵はこの状況を楽しんでいるのか、強硬手段を取れば捕えられるというのに、不気味な笑い声を上げて鳴鳥との追いかけっこを続けていた。だがARKHEDと違い、鳴鳥は生身である。気の休まらぬ出来事が立て続けに起き、体力は限界を迎えている。それでも逃れようと足掻いていたが、疲労はピークに達した。
「(足が…っ!)」
自由の利かなくなった足、ボコボコと息を吐き、身体は沈む。息苦しさの後に視界は狭まり、やがて意識が遠のく。
デクセスとデクセプの猛攻を耐え凌いでいたジルベルト。もう一度あの手を、ラウナが使っていた氷撃を使うべきかと考えたが、思った以上に消耗は激しく、また、二度目ともなると効果は薄いであろうと考え使えなかった。
どうにか一人で凌いでいるところに、レーザービームが横切る。それは先程この場を脱した久城の攻撃であり、狙いはデクセス達に向けられていた。一瞬、三対一になるかと思われたが、久城は完全に彼女らと袂を分かったようだ。それでも彼に背中を任せるのが不安なジルベルトは真意を問いかけた。
「どういうつもりだ?何を企んでいやがる」
「…彼女が貴方を大事だと言った。加勢するのは彼女の意志だ」
「ナトリが…?」
「来るぞっ!」
詳しく聞き返す間もなく、デクセスが光剣を構えて突っ込んできた。久城はそれを両手に持つ光剣で受け止め弾き返す。がら空きになった彼の背を狙うのはデクセプ。その銃口が向いた先をジルベルトは見逃さず、手にした光剣で切り掛かる。
ジルベルトは久城を問い詰めたいところであるが、この場はまず立ちはだかる共通の敵を排除することにした。
二対二ならば勝機はある。以前、敵対していた頃とは違い、冷静な久城はジルベルトの背を預けられる程に連携が取れる働きをしている。防戦ではなく積極的に攻撃に転じたところでデクセス達は身を翻して距離を取り始めた。
「もう一機来る…っ」「ああ、もう!ホントムカつく!」
彼女らの言う通り、遠距離からの狙撃が放たれた。それはクヴァルのものであり、戦況はジルベルト達に完全に傾いた。
口汚い言葉を吐いてデクセス達は去っていくが、ジルベルト達は追わなかった。正確に言えば追うことができなかった。
「クヴァル、ソフィーリヤの元に居た機体は…」
「問題ない。追い返した」
「いいや、追い返してなどいない!」
ジルベルトとクヴァルの会話に口を挟んだ久城はすぐさま陸地に向かって飛び立つ。その行動にジルベルトも彼の後を追いかけつつ、広域マップで機体の反応を探った。すると確かに、敵機の反応が残っていた。
駆けつけた場所、そこは海上であり、ヴァレリー機が海中に手を伸ばしているところであった。
問答無用で久城は敵機に切り掛かるが、ヴァレリーはいとも容易く攻撃を避けて今度こそ逃走する。その間ジルベルトはヴァレリーがいた場所に潜り、海の底に沈みかけていた鳴鳥を掴まえた。
「おい、無事か…!?」
呼びかけても鳴鳥は返事をしない。目を閉じた彼女の顔色は悪く、身体はぐったりとしている。コックピットを開き、機体の手の平に居る彼女の元まで駆けつけたジルベルトは頬を軽く叩くがピクリとも動かない。溺れてどれだけ時間が経ったのかは分からないが、僅かながら脈はある。だが、息はしていない。となれば行うべき行動は決まっていた。
「(こんな形で死なせてたまるか…!!)」
ジルベルトは的確な処置を、気道を確保し、息を吹き込む。そして手を組み心臓をマッサージする。何度か唇が重なるが、躊躇いや恥じらいなどなく、その表情はただただ生きて欲しいと願う切なるものであった。
人工呼吸が三巡目に差し掛かった時、変化の兆しが見えた。鳴鳥は咳き込み、海水を吐き出して息を吹き返し、ゆっくりと瞼を開いた。意識が朦朧としているようだが、確かに彼女は生きている。だが、震える唇から告げられた言葉にジルベルトは目を見開き、奥歯を噛みしめた。
「…く…じょう…せん…ぱい?」
「…っ」
助かった事に安心したのか、ふわっと微笑んだ鳴鳥は目を細める。そのまま意識を失ったようだが、寝息を立てており、どうやら疲れ切って眠ってしまったようだ。
何とか助けられたことに安堵し、肩の力を抜いたジルベルトは無防備に眠る鳴鳥の額に張り付いた髪を掻き分ける。けれども彼女の呼んだ名が自分ではなかった事、よりにもよって一番呼ばせたくない名だったことに歯がゆさを感じる。
鳴鳥の無事を確認できたからか、久城はこの場を去ろうとし、クヴァルがそれを阻止しようとするが、ジルベルトは今回ばかりは見逃すようにと声をかける。クヴァル一人では久城を捕える事は叶わない。そう自覚がある彼は渋々ながら従い、久城は宙へ、何処かへと去って行った。




