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Xenoverse  作者: 葉月はつか
phase two : anemotaxis
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第40話 Blue sky, white sandy beach and blue sea

 ヴィルト・ルイーネで開催された終戦記念のレース。仕切り直しで行われたレースの結果はジルベルトが優勝した。フラヴィオとの交換条件は果たされ、鳴鳥が彼のものになることはなかったが、レースでは様々な事が起きた。

 一つ目は久城蔵人が生きていた事。彼は記憶を失っていたフリをしていたのか、クラインという名でギンジロウの元で暮らしていた。何が切っ掛けだったのかは未だに分からないが、彼はARKHED(アルケード)で駆けつけ、鳴鳥の危機を救ったのちに去って行った。彼を逃す一因であったアリサと不審に思いつつも届け出を出さなかったギンジロウ。二人は本来ならば罪に問われるところであったが、クラインとの急な別れに泣き喚いたアリサに対し厳しくは当たれなかった。今のところ実害はないとしてお咎めは無しで済んだが、ヴィルト・ルイーネを去る最後の日もアリサは鳴鳥達に対し笑顔を見せなかった。

 二つ目はレースへの妨害。テレンティアの聖王を操っていた者達、セルべリア、デクセス、デクセプ、ヴァレリーが現れた。彼女らは当初、大勢の人が集まる中で混乱を起こすのが目的であったかと思われたが、狙いは別にあった。それは鳴鳥を捕える事。皮肉なことに久城のお蔭で難を逃れた鳴鳥であったが、セルべリア達が何故鳴鳥を狙ってきたのかは分からない。

 三つ目は授与式での事。これは鳴鳥のみが頭を悩ませていることなのだが、あの時の事、大衆の前で額にキスをしたのが今でも頭から離れない。ジルベルトと顔を合わせる度に鳴鳥はボっと火が点いたように顔を赤らめしどろもどろになる。

 再び任務に副業に忙しい日々を送る鳴鳥であったが、頭の中は今にもパンクしそうであった。

 ラウンジで冷め切った紅茶が注がれたカップを手にしたまま、鳴鳥は何度目かの溜息を吐く。

 久城が生きていた、助けに来てくれて嬉しく感じたが、彼がしてきた事から手放しで喜ぶ事は出来なかった。そして彼の事を想いつつもジルベルトの事が気になっている。彼にキスを…といっても額にほんの少し触れるだけのものであったが、不思議と嫌ではなかった。そしてキスをする行為に対し動揺していた鳴鳥と違い、ジルベルトは最初だけ驚き、後は平然としていた。それはヴィルト・ルイーネを発ってからでも変わらず、意識しているのは鳴鳥だけである。ジルベルトの前でしどろもどろになり、彼の元から逃げて自分だけがこんな想いをしていると気づき自己嫌悪に陥る。そしてその繰り返しが続く毎日に鳴鳥は疲弊していた。

 疲れきった彼女にラウンジを訪れたマリアンが眉をハの字にして近づく。彼の手には淹れたての紅茶とパステルカラーのマカロンが載せられたトレーがあった。


「お疲れのようね。そんな時は甘いものよ」

「マリアンさん…ありがとうございます」


 サクサクとした歯ごたえに甘酸っぱい木苺のクリーム。思わず顔が綻ぶが、紅茶を飲んでしまえば口の中に広がるささやかな幸せは消え、また気持ちは沈む。それでも心配はかけまいと鳴鳥はマリアンに笑顔を向けて美味しいと言うが、彼にはお見通しである。そして下手な慰めや詮索は意味がないと知っている彼は明るく話題を振った。


「そういえば準備はもうできたのかしら?」

「あ、はい。でも良いんですかね、こんな状況で休暇を、あんな場所で」

「あら?楽しみじゃないの?」

「そんな事は…ないですけど、なんだか悪い気がして…」

「今のところ奴らが動く気配もないし良いんじゃない?こちらが油断しているところを見ればのこのこと姿を見せるかもしれないし。休暇だからといって気は抜いちゃダメよ」

「そうですね…!分かりました!」

「ウンウン、やっぱりナトリはそうやって張り切っている方がらしくて良いわ」


 現在アルヴァルディはとある星に向かっていた。立て続け任務をこなした後に貰えた休暇、それを一行はヴィルト・ルイーネでジルベルトが優勝して得た賞品、小惑星が丸ごとリゾート地になっている星を目指していた。

 沢山の小惑星がある宙域、そこは全てエーデルシュタインの筆頭企業で、観光、宿泊施設、娯楽施設を主に経営しているランズウィック・エクスカーション・カンパニー、通称、RECが管理している区域であり、バカンス小惑星をレンタルもしている。

 小さな星には海水浴ができる海、ハイキングができる高原、登山ができる山にスキー場までありとあらゆるアウトドアのできる環境が整っていた。

 今回アルヴァルディの一行が向かったのは青い空、白い砂浜、青い海が広がるビーチエリアである。

 船舶を収容するドックから出た先は暖かな気候、と言うよりもジリジリと焼けつくような日差しが注いでいた。ビーチ近くの宿泊施設、丸太を組み合わせた家屋に荷物を置き、一行は服を着替え、ビーチに繰り出した。




       第40話 Blue sky, white sandy beach and blue sea




 真っ白い砂浜に打ち寄せる波、海底が見える透明度の高いマリンブルーの海、青い空には入道雲、最高のロケーションが貸し切り状態であることに喜び駈け出そうとした鳴鳥であったが、ふと足を止めた。誰も居ないはずの砂浜にビーチパラソルが立てられ、その陰にはビーチベッドがある。そこに寝転んでいた人物は鳴鳥達が近づいてきた事に気が付くと勢いよく立ち上がり砂浜を駈けた。


「ナトリちゃーーーーーん!!」

「か、カルラさん!?」


 先にビーチに来ていたのはARKHED(アルケード)の研究者であり、研究機関の所長であるカルラであった。そして彼女の後を歩いてきたのはソフィーリヤとクヴァルである。招待した二人はともかく、何故カルラがここに居るのかというジルベルトの呆れ顔の問いに、彼女はなんとか休暇を勝ち得たのだと言い張る。追い返そうとするジルベルトであったが、カルラから宿泊施設に大量の酒と高級食材が届けられたと知り、目を瞑り滞在を許可した。相変わらずなジルベルトの現金な態度に鳴鳥達は脱力し笑う。

 無事、許可を得たカルラは健康的な褐色肌にオレンジ色のお団子頭、黒いビキニは際どく、胸元は動くたびにゆさゆさと揺れている。ソフィーリヤは紺色の落ち着いた水着、ワンピースタイプであるが、胸元には谷間が、控えめな露出でもその豊かなボディは隠し切れない。

 ふかふかのカルラの胸元に顔をうずめられていた鳴鳥は、マリアンを除く男性陣が皆、二人の姿に注目して感嘆の声を上げているのにムッとする。

 鳴鳥は水着の上に半袖のパーカーを着ていたが、ここまで差があるものを見せつけられると自信がなくなり脱げなくなる。そんな彼女の気持ちをカルラが察する訳もなく、急に拘束を解いたかと思うと素早い手つきでパーカーを脱がしてしまった。直ぐに皆に見られないよう背を向けて身を縮こまらせるが、カルラに肩を抱かれて無理やりお披露目される。薄桃色のビキニはトップに三段のフリルが、アンダーは短いスカートタイプでそこもフリルがあしらわれており、腰の横と胸元には白いリボンが付いていた。カルラ達のセクシーさとは打って変わり、可愛らしい姿が鳴鳥によく似合っているが、いくら誤魔化そうとも胸元が寂しい。カルラやコンラード、マリアンは褒めちぎったが、ジルベルトは無反応である。


「(あれ…なんでイライラするんだろう…)」


 カルラ達に敵わない事は端から分かっていた。自分なりに貧相な胸元を隠すためにどうにか試行錯誤して選んだ水着であったが、やはり駄目であったようだ。分かっていたものの、ジルベルトの反応に胸がチクリと痛み、苛立ちを感じる。前々から彼の女性の好みは知っていたが、こうも落差があると腹立たしく感じるのは仕方がない。何故こうまでにもジルベルトの反応が気になるのかは置いておいて鳴鳥は話題を変えるようにカルラに向き直る。


「カルラさん、海には入らないんですか?」

「ナトリちゃんの事を待っていたのよ」

「そうでしたか、お待たせしてすみません。では行きましょう…!」

「レッツラゴー!」

「あ、待って欲しいっス!」


 海に向かって駈け出した二人、それを追いかけるコンラードを見送るジルベルトに対し、ハァ…と溜息を吐いたソフィーリヤ。マリアンも彼女と同意見らしく、肩をすくめてヤレヤレといったポーズをとる。


「まったく、船長は女心が分かっていないわね」

「いや、お前に言われてもな」

「なんですって?」

「いや、何でもないです」


 にっこりと微笑むが、ゴゴゴと音を立てて怒りを露わにするマリアンから目を逸らした先にはソフィーリヤが居り、またしても残念な者を見る目で見られる。彼女からも咎められるかと思いきや、二人の間にクヴァルが割って入ってジルベルトを睨み付けた。


「貴様が下卑た目線をソフィに向けるのが悪い」

「と、言われてもな。それだけ立派だと目に入るのだから致し方ない」

「ジ、ジルったら…!そんな事を明け透けもなく言わないでよ!」

「き、貴様!今日こそは許さん!二度とソフィに近づけない為にもここで決着をつけるぞ!」

「お前まで勝負か…」

「あの島まで競争だ!」


 クヴァルがビシッと指さした先には小さな島がある。特にこれと言って予定もないから勝負を受けてもいいのだが、そんな義理はない。協力を得るためにやむを得ず了承したフラヴィオの時と違い、クヴァルの挑戦は受ける必要もない。ハっと鼻で笑うとジルベルトは桟橋に向かって行った。その背中に向かってクヴァルは叫ぶが、立ち止まる事はない。


「どこに行く!?」

「俺は泳がん。釣りに行く」

「ならば釣りで勝負だ!」

「別についてくるのは構わんが、俺に勝てると思うなよ」


 相当な自信があるようで同行を許可したジルベルトはクヴァルを連れ立って桟橋にあるボートに向かって歩く。スティングも元々そのつもりだったらしく、海では泳がず釣りに行くようだ。

 ジルベルトには何を言っても無駄であると悟ったマリアンとソフィーリヤとアランは鳴鳥達のいるビーチへと向かった。すでに海で泳いでいるのかと思われた三人はビーチパラソルの元でしゃがみ込み、何かをジュラルミンケースから取り出し装着していた。


「じゃじゃーん!これがあれば魚人種でなくても海底散歩ができるわよ」

「ダイビングですか?私やってみたかったんです…!でも、訓練しなくても大丈夫なんですか?」

「ええ、このマスクなら誰でも安心安全簡単に潜れちゃうのよ!」


 カルラが用意した潜水用の一式はゴーグルとダイビングマスクと足ひれで、ガスボンベは背負わなくても良いらしく、手軽である。ダイビングするメンバーは鳴鳥、カルラ、コンラード、マリアンで、アランとソフィーリヤは浜辺に残るそうだ。

 海に入る前、ビーチベットに腰掛ける二人に鳴鳥は声をかけるが、二人とものびのびと過ごしている。アランは紙の書物を開き、ソフィーリヤもアランの持ってきた本に興味があるらしく読書をしていた。自分たちの事は気にせず楽しんできてくださいとアランに言われ、鳴鳥は行ってきますと言い海に向かった。

 照り付ける陽と熱い砂浜で汗ばむ体に海は冷たく、押し寄せた波に思わず身を引くが、徐々に体は慣れてゆき、心地よさを感じる。魚人種とのハーフであるマリアンを先頭に海に潜るとそこには美しい景色が広がっていた。

 花弁のように平たく広がるサンゴ礁、水草は水中の森のように青々として揺らぎ、その間をビビットカラーの小魚が群れを成している。まだ浅い場所にもかかわらず、大きなマンタから地を這うカレイなど沢山の生き物が悠々自適に泳いでいた。

 マリアンは慣れた様子、まるで魚のように泳ぎ、その周りには仲間としてみているように魚たちが付いて回る。上はビキニ、下はパレオの姿は人魚のようであり、思わず鳴鳥は見とれてしまった。マリアンとの間にわだかまりがあるカルラも、彼の姿に心を奪われたらしく、ボーっと見つめていた。二人の視線に気が付いたマリアンはニッコリと笑みを浮かべるが、カルラは頬を赤らめプイッと顔を逸らしスーっと泳ぎ離れていった。

 楽しんでいたバカンスであったが、あまり仲の良くない雰囲気に鳴鳥はオロオロとどうしてよいか立ち往生するが、マリアンがカルラの方に行ってあげてとジェスチャーして、言われるがまま鳴鳥はカルラの後を追った。彼女目当てのコンラードが後を追おうとするが、それはマリアンによって阻止された。

 ザバッと海面から顔を出したカルラと鳴鳥。心配そうに顔色を窺う鳴鳥に対し、カルラは私らしくないよねと乾いた笑みを浮かべた。


「あの姿は反則よね~。男のくせに綺麗なんだから、釘づけになるのは仕方がないわ」

「そうですね、まるで人魚のようでした」

「まあ魚人種のハーフだからあながちその表現は間違っていないけど、騙されちゃ駄目よ。奴は綺麗なお魚なんかじゃなくて毒をもつカサゴなんだから!」

「カサゴ…」


 カルラの表現に鳴鳥はぷっと噴出して笑う。その姿に絆されてしまったのか、吊り上がっていた眉は下がり、つられてカルラも微笑む。彼女が落ち着いたところで思い出したかのように見所スポットがあるのだと言い、カルラは鳴鳥を引き連れて再び海に潜った。






 鳴鳥達がダイビングを楽しんでいる中、ジルベルト達は船に乗り、沖に出ていた。舵を握るのはスティングで、方向はジルベルトが指示を出す。彼は双眼鏡を手にし、海鳥が群れを成している場所を見つけ、そこに向かって行くようにスティングに言った。その行動に対してクヴァルは納得いかないようで、呟くように合理的でないと指摘した。


「魚群探知機を使えばよいものを…」

「イージーゲームじゃつまらないだろう?」

「全く、理解できんな」

「効率ばかりで物事を考える癖は相変わらずだな」

「何が悪い。ヒトの時間とは有限だ。限りある時間の中で最良の選択をする事こそが最善だろう?」

「疲れる生き方だな。たまには肩の力を抜けよ」

「大きなお世話だ」

「…やっぱ俺はお前とは相容れないな」

「それについては同感だ」


 相変わらずのつんけんとした態度にジルベルトは苦笑していたが、船が辿り着いた場所でバシャバシャと波が立っているのを見つけてニヤリと笑う。それはナブラと言う現象であり、小魚が大きな魚に追い詰められ海面に付近に逃げている状態であり、それを海鳥が狙っていたというわけだ。

 絶好のポイントを探し当てたジルベルトは竿を取り出す。慣れた手つきでカーボンロッドをしならせてキャストした。それに続いて慌てたクヴァルが竿を取り見よう見まねでキャストする。素人とは思えない動きで中々の場所にルアーを放てた事にジルベルトは驚く。


「初めてではないのか?」

「初めてだ。だが、お前の動きを見ればわかる」

「そうか。だが、こっからは実力だぞ。食いつくタイミングも凌ぎ合いも獲物によって違うからな」

「一応ここに来るまでにタブレット端末で学習した」

「そうか。それなら遠慮なしに行くぞ」

「望むところだ」


 珍しく乗り気なジルベルトに対し、此奴だけには負けたくないとクヴァルが闘志を燃やす。そんな盛り上がる二人を他所に、スティングは碇を下したのちに竿を手に取る。張り切っていた二人を置いて真っ先に当たりを引いたのはスティングの竿であった。華麗な竿さばきで釣り上げたのは中々の大物であり、ジルベルトは唖然とする。その様子に珍しくクヴァルが固い表情を崩して笑う。


「大口を叩いた割に大したことないな」

「いや、釣りとは待つことも大事だ。早く釣れたからと言って良いわけじゃない。それにまだ始まったばかりだ。一番の大物は俺が―――」


 べらべらと言い訳を述べるジルベルトの横でスティングは二匹目を釣り上げる。茫然と口を開いて間抜け面を晒したジルベルトにクヴァルは思わず噴き出して笑う。煽られることに我慢ならなかったのか、ギロっとクヴァルを睨み付けたジルベルトは舌打ちをしてリールを巻いている。

 息抜きのためにのんびりと釣りを楽しもうと当初は計画していたが、クヴァルの挑発に乗った結果がコレである。休暇とは言えない本気の釣り対決であるが、久城や敵のことなど彼是と考えなくてはならない現実を忘れて没頭できた。






 カルラが事前に調べていた絶景のポイント。そこはサンゴ礁に囲まれ隔離された場所であり、海底の円状の広場であった。そのホールを悠々と泳ぐのはずんぐりとして額がポッコリと膨らみ優しい目をした白イルカ達であった。


「(わぁ…!可愛い!!)」


 きゅいきゅいと鳴く白イルカは警戒心を抱くどころか、好奇心旺盛に鳴鳥達にすり寄ってくる。恐る恐る伸ばした手は額に触れ、柔らかな感触に顔が綻ぶ。

 特に指示も出していないのに、白イルカは空気の輪、バブルリングを披露して鳴鳥達を楽しませる。ご褒美にとカルラがポーチからエサを取り出して渡し、鳴鳥が頭を撫でてあげると白イルカ達は人懐っこく身を寄せる。

 白イルカとの戯れの後は灰色のイルカたちがこちらに向かって泳いでくる。カルラは一頭のイルカに近づくと背びれに掴まる。イルカは嫌がることなく、むしろ楽しそうにカルラを背に乗せた形で泳ぎ出した。鳴鳥の元にも一頭のイルカが近づき、どうぞと言うように背びれを向ける。カルラと同じように掴まった鳴鳥を背に乗せイルカは悠々と泳ぐ。

 ひとしきり海の生き物たちとのコミュニケーションを楽しんだ鳴鳥とカルラは海面に顔を出す。時刻を確認すればお昼過ぎであり、少し体が気怠さを感じると共にお腹が空いてきた。二人は砂浜を目指して泳ぐが、徐々に陰りが見える。違和感から再び海面に出ると青く晴れていた空に黒い雲が広がりつつあった。


「ちょっと~誰なのよ。天候弄ったのは!」

「えっと、確かここの天候や陽の光は調節ができるんでしたっけ?」

「そうよ~。陽の上り下りは体調管理のためにも通常通りで、天候は快晴にしておいた筈だけど…」

「取り敢えず戻りましょう」

「そうね」


 再び泳ぎ出そうとする鳴鳥達の足元で真っ黒な影がうごめく。海底を這っていたのは青く毒々しい色をした巨大な蛸で、鳴鳥はその姿に驚き思わず海面から顔を出した。気味の悪さにカルラの傍へと寄るが、彼女は気にすることはないと笑う。


「ここの生き物は人を襲うことなんてないから安心して良いわよ」

「そ…そうだとしてもあのウネウネ…」

「触手…水着美少女………ゴクリ」

「カ、カルラさんっ!」

「ウフフ、冗談よ冗談。さぁ、行きましょう!」


 カルラに手を引かれ、巨大な蛸の上を通り過ぎた鳴鳥。言われた通り、蛸は地をズルズルと這うだけでこちらに何も仕掛けてこなかった。ほっと内心胸を撫で下ろして砂浜を目指していた鳴鳥だったが、油断した背中に大きな影は忍び寄った。


「…っ!」

「(ナトリちゃん…っ!)」


 大人しくしていた筈の大蛸は急に目つきを鋭く光らせ、そのうねる触手で鳴鳥の足を絡め取り海底に引き込む。手をつないでいたカルラは急に引かれたが、離すまいと力を込める。それに対し大蛸は邪魔なものを引き剥がすようにカルラの腰に触手を巻き付けて無理やり引き剥がして放り投げる。その力は強く、水中であるにも拘らず、カルラの体は大きく引き離され、大蛸は鳴鳥を捕えたまま沖へと向かう。

 自分ではどうにもできないと悟ったカルラは助けを呼ぶため通信機を取り出そうとした。だが、彼女の行く手には鮫が、まるで助けを呼ばせる隙を与えないようにと鋭い目つきで突進してくる。何とか避けたと思われたが、鮫は去り際に尾びれでカルラの手を叩き、通信機は離れて海底に沈む。急いで拾いに行こうにも、行く手を阻むよう鮫は回遊し牙をむく。


「(どうすれば…!)」


 戦闘力皆無なうえに此処は水中であり、圧倒的に不利である。自分があの時、変な意地を見せてマリアン達から離れていなければと後悔が渦巻くが、もう遅い。鮫は明らかにカルラの事を狙っており、浜辺に近づくことは叶わない。


「カルラ…っ!!」


 サメの獰猛な歯が迫りくる中、声が聞こえた気がした。水中で聞こえるはずはない、これは願望なのだと決め込み、諦めて目を瞑っていた彼女の前に驚くべき速さで彼は現れた。姿は女性のように細い筈だが、その背中が今は広く逞しく思える。


「(マリアン…)」


 驚くカルラの目の前でマリアンは水中とは思えない速さで鮫近づき頭部を殴りつける。脳震盪を起こした鮫は口から泡を吹き、その身が海面に浮かび上がる。

 茫然とするカルラを優しく抱き留めたマリアンはゆっくりと海面を目指して泳ぎ、怪我はなかったかと彼女に問いかける。


「私は…大丈夫……。そ、それよりもナトリちゃんがっ!!」


 我を失いかけていたカルラであったが、大事な事を思い出して声を上げる。直ぐにマリアンは皆に連絡を入れ、後を追ってきたコンラードにカルラを任せ、自身は再び海に潜り追跡を開始しようとした。


「待って…!とても大きな蛸だったのよ。いくら貴方が水中で自在とはいえ危険だわ!」

「あら、心配してくれるの?」

「当たり前でしょう!」

「…。…ありがとう」


 それは一瞬の事。マリアンはカルラの額にぴったりと張り付いた髪を寄せてキスを落とす。大きく目を見開いて頬を赤らめて口をポカンと開かせ固まるカルラにマリアンは手を振り海に潜って行った。


「マリアンなら大丈夫っスよ。水中戦において彼の右手に出るものは―――」

「―――もうっ!!ばかばかばかっ!!!」

「あでででっ!な、なんで俺が殴られなきゃならないんっスか!?」


 不安そうなカルラをフォローしようとしたコンラードはなぜかとばっちりを受ける。ぽかぽかと殴りつけてはいるものの、彼女は本気で怒っているのではないらしく、その表情は恥ずかしさと嬉しさと不安が入り混じった複雑なものであった。

 曇りかけていた空は青い部分が見えなくなり、完全に雲に覆われてしまった。波も高くなり、そしてポツリポツリと雨が降り出す。






 最初はスティングの一人勝ちだと思われていた釣り対決。だが、時間が経つにつれてジルベルトやクヴァルも追い上げてきた。ひとしきり釣り上げた頃にはナブラも収まり、海鳥も去っている。

大漁であったが、量ではなく大きさで決着をつける為、小さな魚はリリースしたので手元に残されたのは少ない。計測をしていたジルベルト達であったが、大きな影が差したことに違和感を覚えて空を見上げる。先程までは青く晴れた空であったが、急速に黒い雲が空を覆い、波が高くなってきた。


「おい、誰だ天候を操作した奴は…」


 ヤレヤレと溜息を吐きつつジルベルトは端末を取り出し、状況を確認する。けれども天候表示は快晴であり、誰かが変えた様子もなかった。何かの手違いか、バグかと思い、再び天候を戻そうとするが、操作を受け付けずエラーが表示される。システム自体がイカれてしまってはどうにもならない。本来ならメンテナンス会社に問い合わせるところだが、機械に関しては専門より詳しい者がいる。


「アラン、どうやら天候システムの調子がおかしいんだが」

「既にこちらでも調べていますが、どうやらシステムに侵入された形跡があるようです」

「奴らか…!」

「ここのセキュリティはそれほど脆弱ではありませんし、おそらくは…。アルヴァルディから何時でもARKHED(アルケード)を発進できるよう手配しておきます」

「分かった。取り敢えずは皆の安全を確認し浜辺に集合とする」

「了解です」


 通信を終えたジルベルトはスティングに船を戻すよう指示を出し、他の者と連絡を取る。真っ先に連絡を入れた相手は鳴鳥である。これはヴィルト・ルイーネでの事からであり、決して他意などない。そう自分に言い訳しつつも、応答せずにコール音が続き、焦りが募る。


「(鳴鳥はマリアンと一緒に行動している。ならば心配はいらない筈だが―――)」


 今度はマリアンに連絡を入れようとしたが、その当人から通信が入り、驚きつつも応答する。そして嫌な予感は見事に的中しているのだと知ることになる。






 リゾート小惑星が漂う宙域、そこに入るには何重ものセキュリティで厳重に守られ、各星々にも外部からの襲撃を防ぐ為の装置が備え付けてある。政治家や財界人、芸能人などのセレブな者達が訪れるだけあって容易には突破できない筈だが、ARKHED(アルケード)にとっては造作もない事であった。赤外線センサーを潜り抜け、監視カメラの映像を改ざんし、防御フィールドを無効化して一つの青い星に降り立つ四機。緑色に金色に銀色、そして他の機体よりひと回り大きな黒い機体。それらは全てステルスで姿を隠し、ある場所へと向かう。その内の一機、緑色のARKHED(アルケード)に搭乗する黒衣を纏ったエメラルドグリーンの髪の女性は順調に事を運べたことにほくそ笑み、次の段階に移る。彼女らの狙いは一つ。自分達の主が望むモノ、白いARKHED(アルケード)の搭乗者である鳴鳥であった。

 そして彼女らの背後にはもう一機、ARKHED(アルケード)に搭乗して人知れず様子を窺っている者がいた。その者はプラチナブロンドに蒼い瞳の青年であり、彼はハンドグリップを握る手に力を込める。


「(鳴鳥…)」


 心の中で名を呟くが、込められた想いは伝えるわけにはいかない。

 今すぐにでも彼女の元に駆けつけ、許しを請い、想いを告げたいが、どうにも取り返しのない罪を犯してしまった身では彼女の前に立つことはおろか、視界に入るのすら許されないだろう。

 何の因果か、再び手にした力はもう二度と振るい方を間違えたりなどしない。この力、ARKHED(アルケード)は彼女を守るために使うのだと決めた彼はかつて共に戦場を駈けた者達へと引き金を引く。








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