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Xenoverse  作者: 葉月はつか
phase two : anemotaxis
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第39話 Kiss of the blessing in dazzling light

 レース中、妨害をたびたび受けていたジルベルトの前に現れた巨大な生物、SSSクラスの危険種、メガサンドワーム、長い体躯に鋭い牙を持つそれをジルベルトが引きつけてレースのコース上から離れる。どうにか岩壁にぶつけて怯ませるが、新たに現れたSSクラスの危険種、グリフォンに背後から攻撃され、地面に叩きつけられる。体勢を立て直す前に迫るメガサンドワーム。危機的状況を救ったのは一筋のレーザービームであった。


「なんとか間に合ったな」


 ビーム攻撃を放ったのは深紅のARKS(アークス)、フラヴィオの機体であった。かの機体はライフル銃を構えており、もう片方に持っていた鋼剣をジルベルト機の傍へと放り投げた。


「一番近い町で借りて来た。動けるか?」

「ああ、問題ない。礼を言わねばな」

「それは後でゆっくりと聞く」

「そのようだな」


 メガサンドワームはまだ動けるようで、緑色の体液を撒き散らしながらもその巨体で迫ろうとする。グリフォンもいつの間にか仲間が増え、フラヴィオを取り囲むように飛んでいた。

 ARKS(アークス)を形状変化、二足歩行モードに変えたジルベルトは地面に突き立てられた鋼剣を手にし、メガサンドワームに向かって駆け出す。フラヴィオも銃口を飛び掛かってくるグリフォンにむけて放った。

 音を立て、砂埃を巻き上げて倒れる巨体。腹や頭に大穴をあけて落ちる獣の成れの果て。どうにか殲滅を果たしたジルベルトとフラヴィオはコックピット内でひと息を吐いた。切り刻まれたメガサンドワームは痙攣をおこしつつも、再び動き回る気配は無い。グリフォンの群れも残らず地に伏した。

 危機的状況は去った。フラヴィオは忌々しげに地に転がるグリフォンの頭を踏みつぶしてジルベルトに問いかける。


「とんだ邪魔が入ったが、一体何が起きているんだ…?」

「さぁな…。取り敢えず元のコースに―――っ!?」


 ジルベルトは彼方から飛んできた一閃を避ける為にフラヴィオ機を押す。彼が先程までいた場所には槍が突き刺さっていて、衝撃で地面が抉られていた。ジルベルトにはその槍には見覚えがあった。予測通り、陽の光を背にして空に待機する機体、それは緑色に黒いラインの入ったARKHED(アルケード)であった。


「確か、セルベリアと言ったか」

「そうだ、ジルベルト・ジャンディーニ。それからフラヴィオ・フェデーリ」


 敵は隠すことなく、その姿を通信にて晒した。エメラルドグリーンの髪はショートカットに、黒衣は豊満なボディを締め付けて少々胸元が苦しそうである。美しいその姿にフラヴィオは口笛を吹き、舌舐めずりをするが、ジルベルトは眉間に皺を寄せて睨みつけた。


「お前達の仕業か」

「そうだ。それにしてもそのようなガラクタで良く持ちこたえたな」

「お褒めに預かり光栄だねェ」

「フラヴィオ、軽口は程々にしておけ」

「ああ、分かっている」


 ジルベルトとフラヴィオは武器を構える。が、セルベリアはフンと鼻で笑って攻撃を仕掛けてこない。どうしたのかと怪訝な表情で問いかけるジルベルトに対し、彼女は嘲笑いながら見下した視線を向ける。


「そのような機体で相手になると思うのか?時間をくれてやる、早くARKHED(アルケード)を呼び出せ」


 その言葉でジルベルトはグッと手に力を込めた。確かにセルベリアの言う通り、ARKHED(アルケード)相手にARKS(アークス)では厳しい所かまるで歯が立たないだろう。その上、先程の危険種との戦いでエネルギーを使いすぎている。ここは彼女の言う通りARKHED(アルケード)を呼び出すべきなのだが、それでは失格になってしまう。今更レースを再開は出来ないかもしれないが、踏み切れない。迷いを抱いているジルベルトに対し、フラヴィオはカカッと笑い声を上げた。


「勝負は次回に持ち越しだ」

「…そう言ってくれるのは助かる」


 ジルベルトとフラヴィオは通信機を手にし、ARKHED(アルケード)を呼び出した。




       第29話 Kiss of the blessing in dazzling light




 先頭を走るフラヴィオから離れた後続の一団、そこではジルベルト達を襲ったメガサンドワームとグリフォンが選手の機体を襲っていた。

 駆けつけたクヴァルはメガサンドワームをレーザー砲で一掃、残りの小物はコンラードとマリアンが殲滅する。グリフォンは数が多く、選手の機体を傷付ける訳にもいかないので、コンラードとマリアンに任せてクヴァルは不本意ながらもジルベルトの元へと向かう。

 さほど離れていない砂漠エリアの端の岩壁前。そこではセルベリア機を相手に立ち回る二機のARKHED(アルケード)、ジルベルトとフラヴィオが居た。

 クヴァルは距離を置き、ジルベルトとフラヴィオに援軍に来た事を伝え、ロングライフルを構える。近接はジルベルト、撹乱はフラヴィオ、遠距離からの狙撃をクヴァルが担う形だ。

 狙いを定め、上手くジルベルトが射線上に誘い込んだ瞬間、引き金を引こうとした彼の機体に影が差した。


「…クッ!お前は―――」

「クキャキャ!遠くからとは卑怯だなァ!」


 通常のARKHED(アルケード)の二倍の大きさ、その機体は二機が一つに合体する複合型であり、テレンティアとの戦の際は多くの者を洗脳し操ったとされる者、聖王エドアルドやテレンティアの上層部の尋問で聞きだした情報によるとヴァレリーという名の男性が搭乗している。

 すぐさま飛び退こうとするが、機体は横に薙ぎ払われた。飛ばされた機体を受け止めた巨大な岩は音を立てて崩れる。頭に響く痛みに耐えながらも武器を変え、ガトリングガンを敵に向ける。だが、そこに居た機体は一回り小さくなっており、気が付いた時には遅く、頭上からの剣撃を受けて地に伏した。


「ヒトに肩入れをした結果か?手ごたえの無い奴だ」

「……これ程までとは…っ」


 クヴァルの危機を察したジルベルトが救援に向かおうとするが、セルベリアは容易く突破させない。立ちはだかる彼女はことごとく進路を遮る。

 ジルベルトに助けられるなど、彼の事を心底憎んでいるクヴァルからすれば屈辱的ではある。けれども自分がここで消えれば、救われる者が居る事を思い出し、乾いた笑みを浮かべる。


「(ソフィ…。君は自由になれる。今度はまともな相手を選んでくれると良いが…)」


 それとなく気持ちを伝えてきたが、彼女は結局応えてくれなかった。未だにあの男が彼女の心にあると知っていたが、その事を咎めは出来ない。願わくば、自分が居なくなった後に彼女が心の底から微笑んでいられる相手が見つかるように。そう考えていたが、やはり自分以外が彼女の傍に居るのが許せなかった。

 まだ諦めたくは無いというクヴァルの願いは思わぬ形で叶う。

 止めを刺そうと光剣を構えたヴァレリーが飛び退く。彼が先程までいた所には数発の弾丸が撃ち込まれた。


「観測対象者如きにやられるなんて、情けないわね」

「ラウナか…。済まない、助かった」

「礼は良いわ、私はフラヴィオの元に行きたいだけ」

「その為には、目の前の障害をなんとかせねばな」

「ええ、そうね」


 モニターに映し出されたラウナの姿は相変わらずの無表情である。だが、彼女には一刻も早く無事を確認したい者が居る。その気持ちを理解出来るクヴァルは彼女と共に立ちはだかる敵に銃口を向ける。先程は油断し、懐に入られたクヴァルであるが、ラウナが居れば後れをとる事は無いだろうと思っていたが、ヴァレリーは予想外の行動に移る。


「逃げるのか!?」


 クヴァルの呼び掛けに応じることなく、ヴァレリーが操る二機は去って行く。追えない事も無いが、向かった方角は上空、宇宙に向けてであった。

 撤退したのだと悟ったクヴァルとラウナはジルベルト達の元に向かおうかと気持ちを切り替えていたが、彼らの方からこちらに来ている事をレーダーで捕捉し、無事であった事に安堵する。

 合流したジルベルトはクヴァルへ状況を確認するための通信を入れて来た。


「お前達の前にも現れたのか?」

「ああ、複合型のヴァレリー・オルロワと対峙していたが、ラウナが現れたことで不利だと察したのか、この場を離脱した」

「俺達の元にはセルベリアが現れた。先程まで二機を相手に立ち回っていたが、こちらも急に離脱した」

「タイミングとしてはほぼ同時、か」


 ジルベルト達が状況を確認する一方で、ラウナはフラヴィオの無事を確認し、安心したようだ。いつも通りの無表情ではあるが、その雰囲気はピリピリとしたものでなく、柔らかな空気である。心配など要らないと言いたい所ではあるが、身を案じてくれた彼女にフラヴィオは素直に礼を述べた。


「心配掛けたようで悪かったな」

「貴方が無事なら私はいいの」

「まぁ無事ちゃ無事なんだが、ARKS(アークス)は危険種の体液でドロドロな上にエネルギーもあと僅か。こりゃレースどころじゃねェな」

「既にレースが出来る状態ではないのだから、気を落す必要はないわ」

「運営本部から通達があったのか?」

「ええ」


 二人の会話に割って入ったジルベルトがラウナに問いかける。彼女は本部からの要請で事態の収拾の為に此処に来たと言った。因みに会場にはアリーチェがARKHED(アルケード)で待機しているらしい。と、そこでクヴァルは一つ疑問を抱いた。それは会場を発った順を考え、ここに居る筈の者が居ない事だ。だがそこで、今回の件の目的について思い当たった彼は口をつぐむ。ラウナも彼と同様に何も言わない。代わりに疑問を呈した…と、言うよりも彼女に関する事を口にしたのはフラヴィオであった。


「やれやれ、折角俺様が優勝してナトリちゃんとバカンスを過ごそうと思ったのになァ…」

「…!そうだ、アイツは無事なのか…!?」


 フラヴィオの言葉にハッとしたジルベルトは会場に居た二人に問いかける。そこで濁してしまう訳にもいかないクヴァルは素直に、今気が付いたと装い答えた。


「彼女なら私よりも先に発った筈だが…ラウナ、君は彼女の機体を捉えたか?」

「いいえ、気が付かなかったわ」

「…あの馬鹿がっ!!」


 怒鳴り声一つ上げてジルベルトはその場に居る者達に何も告げずに飛び立つ。上空に飛んだジルベルト機はレーダーを最大範囲にするが、コース全域を探したにもかかわらず、鳴鳥の機体は捕捉されなかった。


「(捕捉されないようジャミングされているのか…?)」


 何故鳴鳥の機体を捉えられないようにするのか、後から発ったクヴァルとラウナがその姿を捉えていない、レース中の不可解な出来事、去ったセルベリア達、その事から導き出された結論にジルベルトは息がつまる感覚を覚えた。


「(狙いは…ナトリ…なのか!?)」


 思い返せばテレンティアとの戦でセルベリアと共に居た二機、デクセス、デクセプ機はまだ姿を現していない。最悪の予測を裏付ける更なる事実に愕然とする。今すぐにでも駆けつけたいが、居場所が掴めない。ハンドグリップから手を離したジルベルトは握り拳をダンッと肘かけに叩きつけた。そのような事で苛立ちは収まらない。憎々しげに何も情報を得られないモニターを睨みつけるが、そこにまだ接触した事のない未確認のARKHED(アルケード)が捕捉され、目を見開く。現状出来る事は少ない。他に方法は無いのだと思い立ったジルベルトは未確認の機体の元へと向かった。






 デクセス、デクセプ機に捕らえられ、抵抗をした所で痛めつけられた鳴鳥。これまで彼女はARKHED(アルケード)の受けたダメージを感じた事が少なく、剣を突き立てられ、耐え難い痛みを感じた。傷を負うのとは違う頭に響く鈍い痛み。反撃をする間もなく食らった攻撃に意識を手放しそうになる。何故自分が狙われたのか、何処に連れて行こうとするのか分からないまま、視界はぼやけるが、弱々しく見開いた先にはこれまでに見た事がない美しい緑色、エメラルドグリーンの機体が立っていた。

 横に薙ぎ払われたデクセス機とデクセプ機は体勢を整えつつ、突然現れた機体に向かって叫ぶ。


「お前は…!?」「まさか、生きていたの!?」

「…」

「フン、アンタなんかに負ける訳ないし」「そうよ、雑魚は大人しくしていなさい」


 デクセスとデクセプは光剣を構え飛び掛かる。二機が相手では不利であると思い、鳴鳥は目の前の機体が切り刻まれる瞬間を恐れて目を閉じるが、響いた音はバチバチと火花が散る音であり、破壊音ではない。恐る恐る閉じた瞼を開くと、そこには二本の光剣を構えて受け止める姿があった。鳴鳥にはその二本の光剣の色に見覚えがある。それは彼が振るっていたものと同じ、鮮やかな緑色に光る剣であった。


「も、もしかして…久城…センパイ…?」

「…」


 そんな事はある筈がないと思いつつも、一縷の望みを込めてその名を呼ぶ。だが、搭乗者から返事が返る事は無かった。

 鳴鳥の目の前で攻撃を受け止めていた機体は二機を弾き返し吹き飛ばす。圧倒的な力にデクセスとデクセプは舌打ちをした。


「前とはずいぶん違うじゃない」「超生意気!」

「…」

「正面から駄目なら―――」「待って、デクセス!ヴァレリーの元に―――」


 どうやら敵側に何かあったようだ。デクセスとデクセプは暫く制止したままであったが、お決まりの捨て台詞を吐いて飛び立った。


「どういうつもりか知らないけど、アタシ達に刃向った事、後悔するわよ!」

「今回は引いてあげるけど、次は痛めつけてあげるんだから!」


 残されたのは光剣を下ろした機体と鳴鳥の機体であり、彼女は危機を脱した事にホッと胸を撫で下ろす。だが、手放しで安心はできない。目の前に居る者が何者なのか、何の目的でここに居るのか、それはまだ分からない。


「(助けに…来てくれたんだよね…)」


 デクセス、デクセプの攻撃から守ってくれた事は確かである。改めてその事について礼を言おうとした鳴鳥だったが、空から降ってきた声に阻まれた。


「そいつから離れろ!!」

「ジルベルトさん…!?」


 青く光る剣を構えて急降下する黒いARKHED(アルケード)。ジルベルトは鳴鳥の前に居る機体を敵と認識したようだ。それは無理も無い。鳴鳥の機体はデクセスとデクセプに地面へ叩きつけられ、攻撃を受けた為、地に伏していた。そこに居るのは目の前の謎の機体だけであり、見方によっては助けてくれた者が加害者のように見える。

 エメラルドグリーンの機体はジルベルトの攻撃をかわすと弁明もせぬまま飛び立つ。すぐさま後を追おうとしたジルベルトであったが、鳴鳥は彼を呼び止めた。


「待って下さい!ジルベルトさんっ!その人は違うんです!!」

「ナトリ…?」


 かろうじて動いた腕でジルベルト機の脚部を掴み、引き留めさせる。その間にエメラルドグリーンの機体は去って行き、その姿は彼方に消えた。

 何故邪魔をしたのだと怒りをあらわにするジルベルトに対し、鳴鳥はこれまでにあった事を一から説明する。どうにか納得がいき、武器を収めてくれたが、彼は不満げ…と言うよりも、鳴鳥の行動を咎めた。


「お前を助けたからと言って、所属不明の機体を野放しにはできない」

「それは…―――。そ、そうですね…すみません」


 所属不明の機体とジルベルトは言ったが、鳴鳥には心当たりがあった。問いかけた所で答えは得られなかったが、鳴鳥にはあの機体に乗る人物が分かっている。けれどもその事を口には出来なかった。レースの数日前にジルベルトから聞いた話、クラインが久城だと判明した時にどうなるのかを思い出したからであった。ARKHED(アルケード)の搭乗者ならば、軍属になるのならば生きる道があると言われたがそれは確定事項ではない。

 後ろめたい気持ちを抱きながらも鳴鳥は黙っておいた。そして当人は隠しきれたと思いこんでいるが、泳ぐ目線に上ずった声であり、何かを隠しているのが明らかであった。

 鳴鳥の様子に違和感を覚えたジルベルトであったが、問い詰める事はなく、溜息をひとつ吐く。そして会場まで戻れるかと手を差し伸べた。






 レース会場の来賓席、開会式前まで笑顔を振りまいていたルミナであったが、今ではその可愛らしさを無くし、不機嫌そうに足を組んで椅子に座っていた。そして年若い大会の運営を捕まえてはどういう事かと説教をする。生意気な態度であるが、彼女は多くの会社のCMに出演しており、ドラマも高視聴率、音楽配信も一位を必ず取っている。そのような彼女を無下にできる筈もなく、スタッフはヘコヘコと頭を下げていた。

 来賓の中にはスポンサーが、彼女をCMに使う企業が多い。彼らは部下に情報確認をさせるなどして話し込み、ルミナの振る舞いを見て見ぬふりをしている。だが、たった一人、観客を守る名目で残ったARKHED(アルケード)操縦者であり、エーデルシュタインの五大企業の内の一つ、バルニエール商会の社長は違った。


「ちょっとアナタ。さっきから喧しいんだけど」

「はぁ?!」


 アリーチェは自分が引き受けると言い、捉まっていた運営の者を解放した。その事に対してルミナはアイドルらしからぬ表情、眉間に皺を寄せてキッとアリーチェを睨みつける。


「これが文句言わずにいられるの!?ルミナのスケジュールは分刻みなのよ!」

「ではお帰り頂いて結構です。そうですよね?」


 ニッコリと微笑むアリーチェは先程まで情報収集に当たり、彼女と話し込んでいた運営の者に尋ねる。急に話を振られたその者は「えぇ、まぁ…」と言葉を濁しながら同意するが、ルミナに睨まれてビクッと肩を震わせた。


「残るわ。だってフラヴィオ様をルミナが出迎えなきゃ!」

「あらそう」


 ルミナの台詞にアリーチェは手で口元を隠してクスクスと笑う。どうやらルミナは今回のレースにフラヴィオが何を賭けて誰と争っているか知らないらしい。ジルベルトが鳴鳥の為にと知った時、苛立ちはしたが、レースに参加する事が第一条件だと考え気持ちを落ち着かせた。今となってはその事も目の前の生意気な小娘にはいい気味だと思い笑った。更に面白い事に、フラヴィオを様付けする辺り、彼の本性を知らないと見える。情報収集の甘さにもアリーチェは嘲笑う。

 笑われたルミナは肩をわなわなと震わせ、ギリギリと歯を噛み締める。いっその事この顔を写真に収めてネットに拡散しようかとも思うアリーチェであったが、嫌味を言うだけに留めておいた。


「全く、アイドルなら混乱している会場の観客を落ち着かせるぐらいの歌でも歌えばいいのに」

「ハァ?歌で混乱が治められるワケないでしょう?アンタ馬鹿なの?」

「まぁ、アナタの歌じゃ、心に響かないものねぇ」

「何ですって!?」


 レースは進行不可能と判断されており、既に運営は事態の収拾に追われていた。その最中、アリーチェはルミナを相手に口喧嘩をしていた。

 アランも会場に残り、荒事に慣れていない運営へと指示を出していたが、彼の元に覚束ない足取りで近づく者達が居た。それはクラインを見張っていた筈のソフィーリヤとスティングである。


「お二人とも、どうされたんですか!?」

「済まない、出し抜かれた」

「私の判断ミスよ。責任は私が…」


 体力の差か、未だに痺れる身体をソフィーリヤはスティングに支えて貰い、この場まで辿り着いた。その姿で皆まで言わなくとも察したアランは苦い顔をしつつも救護班を呼んだ。


「やはり、クラインはクランド・クジョーで間違いなかったのですね」

「ああ、我々の制止を無視して逃げ出したのだ。間違いあるまい」

「そう、ですか…」


 タイミングが良いのか悪いのか、コース上での混乱は収まったようで、アランの元にジルベルトから帰還するとの通達がなされた。直ぐにソフィーリヤとスティングの報告を伝えたが、彼は取り乱すことなく、あっさりと受け入れた。その表情は納得がいったというものであり、アランは首を傾げつつも詳しい話は後ほどと言い、通信を切った。






 中止になったレースはコースの再確認と機体の損傷も考慮され、一週間後に延期となった。当然この日の為にと休暇を取って観戦していた客もいる為、不満が噴出したが、チケットの払い戻しと宿泊交通費の補填がなされ、怒りは収まりつつあった。その資金がどこから出たのかと言うと、星団連合からである。今回起きた事件、それに関わっていたのが指名手配中の者達、テレンティアとの戦の首謀者である事を口外しないとの事でヴィルト・ルイーネと交渉した結果だ。

 連合がセルベリア達の事をひた隠しにするのも無理な話ではない。レースを妨害され、みすみす逃がしたとなれば面子が丸つぶれである。ヴィルト・ルイーネが応じたのも、運営の甘さを指摘されない上に補填の費用を捻出しなくて済むならば万々歳だ。

 兎にも角にも、再び開催されたレース。それは前回の失敗を踏まえ、尚且つ再度襲撃を受けた時の事を想定して星団連合より万全の警備態勢が整えられた。そのお蔭か、レースは何事もなく進行し、閉幕まで無事に終わった。

 大歓声の中、接戦を繰り広げていたジルベルトとフラヴィオがほぼ同時にゴールラインを通った。スロー再生で着順が確認され、巨大なスクリーンに映し出されたのは銀色の機体であり、勝者はジルベルトであった。

 負けない自信はあったが、最後まで接戦であり、気の抜けない状況であったジルベルトは勝者を称える歓声を受け止められずに戸惑っていた。やまぬ観客からのエール。初めての栄冠ではないが、自身がこのレースの場から身を引く原因を考えれば到底受け入れられない身に余るものである。

 機体から降り、表彰台へと向かう途中、勝利者らしからぬ沈んだ表情をしていたジルベルトに、次点であったフラヴィオが晴れやかな表情で声をかける。


「おいおい、一位になったってのになんだその顔は?」

「お前、まさか手を抜いたわけじゃないだろうな?」

「ハァ?んなワケねェよ。前回との違いはアレだろ、奴らの妨害が無かったからだろ」

「そう…だな」


 前回のレースではジルベルトを潰すためにセルべリア達が他の選手のコントロールを奪い妨害を仕掛けてきていた。今回は途中の妨害もなく、互いに本気を出せたわけだが、結果はジルベルトの方が僅かに勝っていたようだ。その事にフラヴィオは不満が無いらしく、あと少しであったと悔しがってはいるが実力で敵わなかったことを受け止めていた。そして願いは叶ったようで満足げである。


「授与式でそんなしけた面すんなよ。現、宇宙一レーサーの俺様に勝利したんだ、堂々としていないと俺の格が下がる」

「現か、元じゃないのか?」

「…減らず口が叩けるようならば心配いらねェな」


 フラヴィオはジルベルトの背中を叩いて追い抜いて行った。その際に呟かれた、夢が叶った事に感謝した言葉は当人に届いていない。聞き返すのも野暮だと感じたジルベルトは一息ついて表情を変える。と、言っても彼は今も昔も愛想の良い方ではない。憮然とした姿。それでも居た堪れないようなものよりはマシである。

 表彰台に近づくと歓声は再び上がる。眩いフラッシュの中、大きな優勝トロフィーを重そうに抱えているのは鳴鳥であった。彼女の姿は受けが良かったようで前回と同じ戦乙女の衣服を纏っている。初めて見た訳ではないにもかかわらず、鳴鳥の姿にジルベルトは思わず口角が上がってしまった。その僅かな表情の変化に気が付いたらしく、鳴鳥はジルベルトの事を恨みがましく睨み付けるが、中継されているんだぞとカメラを顎で指され、慌てて笑顔を取り繕った。

 前回のレースでの交戦記録を本部に送る前、ジルベルトは鳴鳥の機体のデータを確認していた。所属不明の機体が現れた瞬間の鳴鳥の様子、それは見たことを後悔させるものであった。心の底から嬉しそうにする姿にジルベルトは苛立ちを覚えたが、彼が去った後ぼんやりと物憂げにしている鳴鳥を責めることはできなかった。

 今は華やかな舞台であるせいか、暗い表情ではない鳴鳥だが、無理をしているのがジルベルトにはわかる。偽りとはいえ、こうして笑っていてくれればと願う一方、彼女を悲しませる久城に対する怒りが募る。

 白熱したレースにハラハラし、ゴールした瞬間は思わず立ち上がり、ジルベルトが勝利したことは嬉しかった鳴鳥であるが、ふとした瞬間に彼の姿が過る。マリアン達にも心配され、何度も気持ちを切り替えようとしたが、忘れることはできない。どうして助けてくれたのか、何故立ち去ったのか、今何をしているのか、思い浮かぶのは久城の事ばかりである。

 互いに内心上の空である状態、そんな二人に司会者が告げた言葉、その内容に一気に現実に戻されてしまった。


「それでは、栄えある優勝者に、先の戦を勝利に導いた女神より祝福のベーゼを!」

「は?」「え?」「ぬわんですってぇぇぇぇぇ!?」


 驚く当人たちに対し、観客席からはヒューヒューと冷やかしの声が上がる。そんな中で真っ先に異議を唱えたのは来賓席に座るアリーチェであった。今にも壇上に飛びかからん勢いの彼女をスタッフがどうにか取り押さえるが、キーキー喚く姿に茫然としていたジルベルトと鳴鳥はハッとする。

 こんな事は予定になかった筈だとジルベルトは運営や司会者に対し非難めいた視線を送るが、彼らにはこの場を盛り上げることしか頭にないようだ。どうしたものかと後ろ頭を掻きつつ頭を悩ませるジルベルトの隣、二位であったフラヴィオは残念そうにため息をついた。


「あーあ、俺様が優勝するつもりだったから運営に提案したんだけどなァ。残念だが譲ってやる」

「お前のせいか!…余計な真似を」


 ヘラヘラと笑う優男を殴りつけたいが、大衆の前で滅多な事は出来ない。ハァ…と溜息を吐きつつも逃れられないと覚悟を決める。鳴鳥も皆の期待を裏切れない性格ゆえに戸惑いつつも決心したようだ。

 頬だけでなく、耳まで真っ赤にした鳴鳥は上目づかいでジルベルトを見つめる。口付け如きに動じることはないと決め込んだが、鳴鳥の恥じらう姿にジルベルトも気恥ずかしさを覚えてきだした。


「あの…私、どうすれば…」


 どうしてよいか不安そうな鳴鳥。今、彼女は久城のことなど忘れて自分だけを見てくれている。その事実にジルベルトは荒んだ心が少しだけ癒される気がした。彼は鳴鳥の緊張を和らげるように口元を緩めると淀みない動きで彼女の前に跪き目を閉じた。先ほどまでは身長差で鳴鳥が見上げる形であったが、今は彼女が見下ろす形である。少しだけ震える手でジルベルトの顔に手を伸ばした鳴鳥はゆっくりと顔を近づける。チュっと微かに聞こえるリップ音、額に触れた柔らかな感触、祝福の口付けに歓声は鳴りやまなかった。






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