第38話 Emerald green ARKHED
終戦記念に行われたヴィルト・ルイーネでのレース、それは鳴鳥が掲げたピストルで開始の合図が告げられた。
エントリーをした選手は昨年の成績を元に上位百名、プラス招待選手であるジルベルトと、一定以上の寄付金を収めた選手が29名、合計で130名である。
地上でのレースとは違い、空中に待機していた為、スタート時の差は無い。高さの制限は無いが、途中チェックポイントである巨大なリングを潜らなければならない為、浮上しすぎるのも不利になる。最初は団子状に、先頭を走る深紅のフラヴィオ機に続いていたが、機体同士が接触を起こしたり、カーブを曲がり切れずにクラッシュをしたりで続々と脱落者が出ていた。
切り立つ断崖と断崖がうねる間を抜けて大森林に、巨木が生い茂る森へ突入する先頭集団。現在のトップはスタート時から変わりなくフラヴィオで、ジルベルトは5位から10位の間を行き来していた。やはり常日頃からこの大地を駆け抜けているせいか、地の利はフラヴィオにあるようで中々その姿を捉えきれない。
観客席から巨大モニターでレースの行方を見守る鳴鳥とジルベルトを除くアルヴァルディの面々、ギンジロウとアリサにクライン、そして彼、久城と思しきクラインを見張る為に遣わされたソフィーリヤは目まぐるしく変わる順位に一喜一憂をしていた。
4位まで上り詰めた順位が一気に8位に変動し、ソフィーリヤはもどかしそうに溜息を吐く。その様子はいくら慕っていたとしても見過ごせなかったらしく、隣に居たクヴァルが軽く咳払いをする。
「ご、ごめんなさい。私ったら…」
「いや、まぁいい。奴を見張るくらいなら私一人で構わないが、あまり羽目を外すのもいかがなものかと思われる。任務中だからな」
「そ、そうよね。はい。気を付けます」
歓声が響く中では聞き取りにくいだろうが、万が一を考えて、互いに耳打ちをする。可愛らしく耳元で謝られたクヴァルは頬を赤らめるが、意図していないソフィーリヤは気が付いていない。やはり彼女が楽しそうにしている姿が良いと感じたのか、クヴァルは前言撤回をして彼女にレースを楽しむように言った。
「え…?でも…」
「周りに合わせていないと不審がられるからな。やはり任は全て私に任せてくれればいい」
「…ありがとう、クヴァル」
浮かべられた柔らかい笑みにクヴァルはまたもや耳まで赤く染めるが、彼女を好きにさせる以上、自分がしっかりせねばと思い、気合を入れ直す。
前の席に座る監視対象、クラインはレースに集中しているようで隣に座るアリサと楽しげに観戦していた。その姿は小さな妹を構う良き青年であり、とても先の戦で鳴鳥を殺す為に自分達に刃を向けて来たり、星を一つ消した者には思えない。
「(奴が生きている…?ならば契約はどうなった?セルベリアはあの場に居た。だがクランドの機体は見つかっていない)」
腕を組み、あれこれと考えていたクヴァルであったが、手は出さない。今の所、ミリアムからも監視をするようにと命令され、あちら側からは何も指示が無い。
レースは第三のエリア、人工的に作られた廃都市に差し掛かった。現時点で先頭集団は三十機程、ジルベルトはフラヴィオの尾を掴んではいないが、常に10位以内に留まっている。
少し距離を置いて走る一団も、下位の者もまだまだ諦める様子が無い、障害物もあるARKSのレースにおいては下位集団にも一発逆転のチャンスがあるからだ。実際、先頭集団にて接触事故が起き、脱落を余儀なくされた者達が居た。と、言ってもその上位陣の接触は意図的に行われたものであった。
第38話 Emerald green ARKHED
「ったく、危ねぇな」
目まぐるしく風景が横に流れて行くコックピット内でジルベルトは一人、舌打ちをした。ワザととも思える急な幅寄せ、それを両サイドから行われてあわや接触でリタイヤさせられかけた。寸での所で機体を横に傾けて上昇した為、上手く避ける事が出来たが、異変に察知していなければ挟撃を食らっていた。
「(誰かに金を掴まされたか…?フラヴィオがレースにおいてそんな姑息な真似をするとは思えん。ならば…)」
モニターには現在どの選手が周囲に居るのか把握できるようになっている。上位陣の面々は大方が事前にアランが立ててくれた予想通りであり、どの者もプロのレーサーばかりであり、はした金で動くような者達ではない。接触する寸前に「制御が」と通信が入ってきたが、それは悪事を隠す為の偽りであると考えていた。だが、その考えが甘かったと後に気付く事となる。
廃都市を抜け第四のエリア、活火山へ、七つのエリアを巡るレースは中盤に差し掛かっていた。
先頭集団は20機に減るが、中間との距離はまだまだ縮まる事は無く、離して行く。
先程の様な接触事故を警戒して距離を取るジルベルト機にまたもやワザとらしい接触を図ろうとする機体が現れた。溶岩洞窟内ではマグマが吹き上がる箇所があるのだが、ジルベルトに避けられた機体は見事火の海に飛び込む。実の所、このマグマも作り物であり、触れても問題は無いのだが、見ていて気持ちの良いものではない。
「(やはり、何かがおかしい…)」
十数年振りにレースに復帰したとはいえ、今回のレースは何かがおかしいと思いつつも、負ける訳にはいかないジルベルトはただひたすらにゴールを目指した。
ジルベルトが妨害工作を受けている姿は中継され、観客席にも伝わっているが、その身のこなしに感嘆の声や歓声を上げる者ばかりで、彼の感じている違和感を共有する者はいなかった。来賓席に座っていた鳴鳥はというと、身を乗り出しつつ観戦し、ジルベルトの身を案じていてはいるが、通常のレースの様子を知らないがために異変には気が付いていない。
上位陣のみに起きる不自然な接触事故、それは雪原エリアを抜け、第6エリアの砂漠に到達するまで何度も起こった。
ジルベルトに避けられた機体は竜巻に飲まれ、先頭を走る機体はフラヴィオとジルベルトのみとなる。もう邪魔する者はいない、二人で白黒つけられると上機嫌のフラヴィオはジルベルトに通信を入れて来た。
「よう、よくここまで付いて来たな」
「お前の差し金か」
「はぁ?何の事だ」
「とぼけても無駄だ。わざわざこんな汚い真似を…見損なったぞ」
「だから何を―――っ!?」
「なっ…!?」
言い争いをしながらもつれるように上下左右位置を変えつつ走行する二機の前に突如としてそれは現れた。砂漠の砂が高く巻き上がったかと思われた瞬間に蠢く巨大なシルエット、鋭い無数の円状に生えた牙に、その奥に開かれた口、沢山の節がある巨大生物、ARKSを丸のみ出来る程の大きさであるそれは大口を開けてフラヴィオとジルベルト機の進路上に現れた。
「おー今回のギミックは随分金が掛っているな」
「馬鹿か!あれはメガサンドワーム、SSSクラスの危険種だ、そんなものを使う筈が無い!」
「何だと…!?」
一撃目の飛び掛かりはなんとか避けきれた。けれども体をうねらせた体当たりに進路は阻まれる。急浮上し、距離を取るが、生憎とチェックポイントがメガサンドワームの巨体の傍であり、潜り損ねてしまった。仕方なしにジルベルトとフラヴィオはサンドワームの上空を旋回し、様子を窺っていた。
「おい、どうするんだこれ!?」
「今大会本部に問い合わせている…―――駄目だ、繋がらない」
「このままだと不味いな。後続が皆避けきれるとは限らねェ」
「そうだな、ならば…」
ARKSを形状変換し、二足歩行モードになる。だが、そこではたと気が付き、ジルベルトは頭を抱える。このARKSはレース用の為に武器を一切積んでいない。勿論弾薬もゼロである。どうしたものかと考えあぐねている間にも後続はだんだんと近づく。
「(これまでの妙な妨害、危険種、通信不通…やはり何かがおかしい。だが、ここで手をこまねいている場合ではない!)」
覚悟を決めたジルベルトは再びARKSを形状変化、戦闘機モードにして砂漠から顔を出しこちらを狙うメガサンドワームに向かう。
何を考えているのかと驚いたフラヴィオは制止を呼び掛けるが、ジルベルトは聞く耳を持たない。
「いいのかよ、お前が立ち向かっている間に俺は先に行くかもしれねェぞ」
「ああ、構わない。俺は一応軍人だからな、民間人を守る為に危険は排除せねばならん」
「だが、ロクな武器が―――」
フラヴィオの忠告を聞き終えぬまま、ジルベルトはメガサンドワームの顔前を横切る。獲物を捉えた巨体はすぐさま飛び掛かるが、中々その姿を捕らえられない。ジルベルトはレースのコース上から離れるようにメガサンドワームを引きつけて走り去る。
危険な障害物が無くなりチェックポイントには余裕で潜れるようになった。だが、ジルベルトはコースアウトをして危機を一手に引き受けている。今回のレースはそもそもジルベルトと競いたいと願ったフラヴィオが提案したものであり、相手が居なくなっては本末転倒である。やれやれと溜息を吐きつつ、周囲の土地を確認し、目星を付けてフラヴィオもコースを外れて行った。
「(ったく、何でこんな事に…)」
面倒事を引き受けておきながらジルベルトは内心舌打ちをする。砂に潜りつつ時々顔を勢いよく飛び出して食らいつこうとするメガサンドワームはARKSでも充分避けつつ誘導できた。このまま引きつけておけば他の者は被害を被る事は無いが、確実に順位は最下位だ。レースに勝つ事を優先するならば、コースアウトをする必要はない。それでも他の者を守る選択をした。他の選手が犠牲に合うのを見過ごしてまで勝ち取る勝利に意味は無い。ゴールで待っている彼女…鳴鳥もそんな事は望んでいないだろうと思い立ち、そこで彼女の姿が思い浮かんだ事に驚いた。
「(感化されているのかもな…)」
自分の事よりも他の者の為にと奔走する鳴鳥。その行動原理に頭を抱えていたが、何時からか自分も感化されつつあるようだ。
あれこれと考えている内に目の前には切り立つ断崖が見えてきた。ジルベルトはギリギリまで断崖に近づき、直撃する直前で壁を伝う様に上昇する。追いかける勢いを抑えきれなかったメガサンドワームは壁に直撃し、巨体を上下左右に振るわせる。どうにか怯ませることに成功したが、まだ捕食する事を諦めてはいないようだ。
「(仕方がない…ここは失格覚悟でARKHEDを呼び出すか…)」
小型端末を取り出したジルベルトは意を決して機体を呼び出そうとした瞬間、機体に影が差した。背後から何者かの襲撃を受けたと気付いた時には既に遅く、機体は地面に叩きつけられる。落された場所はメガサンドワームのすぐ傍であり、獲物を目の前にした巨体は唾液を垂らしながらにじり寄ってきた。
空を見上げるとこちらも危険種であるSSクラスの害獣、鷲の翼を持ち、ライオンの下半身を持つグリフォンが空中を羽ばたきながらこちらを見下ろしていた。大きさはARKSと同等くらいであるが、その力は強大であり、一振りは岩石を砕く程の威力である。
「(…まぁ捕食されている間は時間稼ぎが出来るか)」
不死の力があるお陰で恐怖は感じない。けれども排泄物と一緒に出されるであろう事を想像するとうんざりとした。
やはりここは失格になる方がマシだと思い、ARKHEDを呼び出そうとした。その瞬間、レーザービームがジルベルトの機体に食らいつこうとしたメガサンドワームの頭部を貫いた。
トップ争いを繰り広げるジルベルトとフラヴィオの前に現れたメガサンドワーム。その姿に観客は驚き声を上げたが、最初はギミックだと思い、その迫力にただただ圧倒されていたが、同じく驚いていた実況者が運営から何かを言われて口ごもり、空気が変わった。現に映像ではメガサンドワームは必要以上の妨害をし、ジルベルトとフラヴィオは先に進めず上空で旋回している。
異変に対してサァっと青ざめた鳴鳥は立ち上がり、隣に居るアリーチェに対して問い詰めるように聞いた。
「アリーチェさん!こんな事って…」
「ええ、おかしいわね。あんな危険な生物を使うなんて…」
運営の方も異常事態を察したらしく、慌ただしく指示を出していた。レースどころではない状況に、落ち着くようアナウンスがなされるが、会場のどよめきは止まらない。
危険な巨大生物を前に武装をしていないジルベルトが居ると思うと鳴鳥は居てもたってもいられなくなり、来賓席から立ち去ろうとした。だが、その手をアリーチェが捕まえて引き留める。
「落ち着きなさい!下手に手を出すとレースが、ジルが失格になるかもしれないわ」
「でも…っ!ジルベルトさんのARKSには武器が無いんですよ!このままだと―――」
「ジルなら大丈夫よ、死なないんだから―――」
「死なないからって、痛みを感じない訳じゃない!それに他の選手も巻き込まれるかもしれない!」
責任は自分が負うと真っ直ぐな瞳で言いきり、鳴鳥はアリーチェの手を振り払い駆け出した。今回のレースに一体いくらの資金や人員が動いているのか把握してないであろう者が取れる大胆な行動。その姿をアリーチェは羨ましく思いつつも、仕方がないなと肩を落として運営の元に向かった。
来賓席を飛び出した鳴鳥はARKHEDを呼び出せるだけの広さがある開けた場所を目指して会場を出ようとする。焦り、全速力で走る途中、鳴鳥の小型通信機が着信を知らせた。もどかしく思いつつも通信機を取り出して応答する。相手はアランであり、いつも冷静沈着で笑顔を浮かべていた彼らしからぬ焦った様子であった。
「ナトリさん、今何処にいますか!?」
「今はARKHEDに乗る為に外を目指しています!」
「やはり…。船長の元へはクヴァルが向かいました。ですのでナトリさんは―――」
「私も…っ、私も行きたいんです!」
「止めても無駄ですよね…。分かりました、どうやら異変は先頭だけでなく、後続の一団にも起きているようです。ナトリさんはそちらをお願いします」
「了解です!」
後は任せるようにと、マリアンとコンラードも向かわせると言い、アランは通信を切った。
勢いで飛び出してきたものの、不安がなかったわけではない。こうしてアランから出撃の許可をもらえた事で自分の行動が間違ってはいなかったのだと安心できた。
通信機を仕舞い、落ちていた走るペースを上げて出た会場入り口、そこに人はあまりおらず、充分の広さがあり、そこで鳴鳥はARKHEDを呼び出した。
程なくして舞い降りる真っ白に深紅のラインが入った機体、乗り込むのは戦乙女の姿の鳴鳥、遠巻きに何事かと見守っていた人々はその姿に驚きつつも見惚れていた。
アランから送られて来た情報を頼りに鳴鳥はARKHEDで現場に向かう。山脈や熱帯雨林を越えた先、他の選手が不自然に現れた危険生物に襲われている地点まであと少しという所で鳴鳥の機体が急に止まった。山と山の間、そこで急に動かなくなった機体に鳴鳥は戸惑う。どれだけ前に進もうとも、何かに捕まったようであり、ビクともしない。
「何…これ…!?」
戸惑っている内にメインモニターに急速な文字列が並ぶ。それはこのARKHEDのコントロールが乗っ取り掛けられている…電子戦の攻撃を受けている状態であった。すぐさま対抗するようにコントロールを取り戻そうと意識を集中する。と、同時に周囲のステルス機能を打ち消す為に特殊な波動を発した。鳴鳥の機体を中心に外に向けて放たれた赤い光、それは姿を隠していた二機のARKHEDの姿を捉えた。
「貴女達は…!!」
その二機には見覚えがあった。金色と銀色の機体、テレンティアの潜入任務の際にジルベルト機を攻撃してきた内の二機であり、先の戦での情報ではデクセスとデクセプという名の少女達が搭乗者だと知らされていた。彼女らは先の戦で糸を引いていたとし、行方をくらませていた事から指名手配されていた。何故彼女らがこの場に、鳴鳥の機体を捕らえるようにアンカーフックで機体を絡め取ったのか考えていたが、答えは出ない。
「(レースで混乱を起こすのが目的…?これはこの先に行かせない為の足止め…。そうはさせないんだから…っ!!)」
こんな所で留まってはいられないとハンドグリップを握る力が籠る。エネルギーを最大出力に、戦闘機形態から二足歩行形態に形状変化し、ワイヤーを切ろうとする。ギリギリと音を立てて拘束をどうにか解こうとするが、あと少しの所で拘束が強まり、完全に捕らえられてしまった。
「ったくもう、大人しくしなさいよねー」「そうよそうよ、無駄な抵抗は止めなさい」
「貴女達!これは何の目的で…!」
「アンタは知らなくて良いのよ」「黙って従いな!」
鳴鳥の機体を強固に縛り上げた二機はそのまま牽引するかのように機体を引き何処かへと向かう。ただこの場に引き留める為ならば拘束したまま放置か、いっその事止めを刺してしまえばいい。けれどもそうしないという事は敵の目的は鳴鳥であるという事が分かる。何故自分が狙われるのか、もしかすると他の者を倒す為の人質にでもするつもりなのか、思い付く限りを二機に問いかけるが、クスクスと嘲笑う声だけで返事は返って来ない。
捕らえられてしまった状況に恐怖心よりも焦りが募る。こうしている間にもジルベルトはARKSで危険種を相手にしており、他の選手達も危機に晒されている。助けに向かった筈があっさりと捕まり情けなくも感じた。そして今回は何時も助けに来てくれる者はいない。
「(駄目…!最初から助けて貰う事を期待しちゃ…。私が何とかしないと…!)」
形状変化は出来ないが先程の後方から引っ張られていた時と違い、前進は出来そうである。鳴鳥は敵が向かう反対方向へと思いきり前進するよう力を込めた。
まさか抵抗されるとは思わなかったのだろう。グンと引っ張られた二機は慌てつつも逃れられないよう牽引する為に出力を上げる。
「生意気ね、コイツ」「うん、ムカつく」
示し合わせた二機は一旦空中に留まる。そして勢いを付けて思いきり地面に鳴鳥の機体を叩きつけた。地面が抉れる程の威力にもかかわらず、ARKHEDのコックピット内は衝撃を受けない。搭乗者は傷を負わないが、機体にはダメージがあるようで、頭に軽い痛みが走る。すぐに体勢を整えて反撃しようとしたが、機体は反応しなかった。
どうにか動けないか足掻く鳴鳥機を見下ろすように立つ二機、銀色のデクセプ機は鳴鳥機を取り押さえるように乗り掛り、金色のデクセス機は光剣を構えた。
「ちょっとくらい傷を付けても構わないわよね」「無傷でとは言われてないもんね」
「…あ゛ぁっ!」
クスクスと笑い声を上げながら、デクセス機は鳴鳥の機体に光剣を突き立てた。先程とは比較にならない程の鈍い痛みに鳴鳥は思わずハンドグリップから手を離して頭を抱える。攻撃を受けて、再び剣を突き付けられ、鳴鳥は初めて彼女らに恐怖を感じた。助けを求めようにもジルベルトは駆けつけられない。その事は彼女を絶望に叩き込むには充分であった。
「ジル…ベルト…さん…っ」
もう一度剣を突き立てられ、またもや頭に響く鈍い痛みに意識を手放しそうになる。視界が涙で歪みながらも呟く助けを求める言葉、それは届く事は無い。
「そろそろ意識飛んじゃう?」「やっちゃえやっちゃえ!」
「……っ」
「助けに来てくれる王子サマが居なくて残念―――なっ!?」「お前はっ!?」
死をも覚悟した瞬間、鳴鳥の機体を押さえていた二機が横へと吹き飛んだ。
朦朧とする意識の中、なんとか開かれた目に映るのはエメラルドグリーンに白いラインが入ったARKHEDであった。
レースのスタート地点である観客席では先程まで中継されていた不可解な状況にどよめきが止まない。ある者は運営を捕まえて問い詰めているが、明確な返答を貰えず苛立ち、出場選手の身内である者は、今にも崩れ落ちそうなほどに顔を青白くさせていた。
アルヴァルディの面々、マリアンとコンラードはARKSで現場に向かい、アランは状況確認と指示の為に運営本部に向かった。クヴァルもソフィーリヤの命によりARKHEDでジルベルトの元に向かった。その為、クラインを見張るのはソフィーリヤとスティングだけである。
ジルベルト達を心配しつつも、ソフィーリヤはクラインの動きに注視する。今の所、彼におかしな点は無いように思われる。アリサやギンジロウと同様にジルベルト達の事を心配しているようであった。
「白い…ARKHED…」
上空には鳴鳥が呼び出したであろうARKHEDが空を舞い、一直線に現場へと向かって行った。その姿に気が付いたクラインはハッとした表情で目を見開く。俯いて何かを呟く彼を隣に座っていたアリサは心配そうに顔を覗き込む。
「クライン?気分が悪いの?」
「ああ、少し人混みに酔ったみたいだ」
心配はいらないと優しく微笑むクラインはアリサの頭を安心させるように撫でる。そして彼は手洗いに行ってくると言い残して席を立った。ギンジロウとアリサは何も疑問を感じずにクラインを見送るが、ソフィーリヤとスティングは互いに顔を見合わせて頷きクラインの後に続いた。
観客席の出口にも人が詰め掛けて混乱状態であったが、クラインはスッとすり抜けて外に出る。ソフィーリヤは人波に押されて出るのに戸惑っていたが、スティングが見かねて前に出ると不思議な事に人波が割れて道が出来た。どうやら厳つい彼の容姿に皆は恐れおののいているようで、スティングの後をソフィーリヤは歩く。
観客席を出た通路でクラインは手洗い場を素通りし、会場の外に向けて歩いているようであった。ソフィーリヤ達の予測通りである。彼女は腰に下げていたポーチから銃を取り出して無防備なクラインの背中に向け、制止を呼び掛けた。
「待ちなさい!お手洗いは通り過ぎたわよ」
「…そうですね」
「…っ!」
ひと事だけ呟いたクラインは振り返らぬまま駆け出した。直ぐに制圧用の銃を構えて撃とうとしたソフィーリヤであったが、その行動を見越してだろう、クラインはすれ違う人の影に隠れるように走り抜け、攻撃をさせないように逃げた。
銃を下げて命じる前に動いたのはスティングだった。勢いよく地面を蹴り出したかと思えば、常人のスピードではない速さでクラインの後を追う。行き交う人もスティングの迫力に気圧されたようで道を開け、程なくして追いついた。逃れようとしたクラインの腕を掴み、頭を鷲掴みにして地面に倒す。クラインはスティングに押さえつけられて身じろぎ抵抗するがビクともしない。力で敵わない事を悟ったのか、溜息をひとつ吐いて足掻くのを止めた。
念のためにとクラインに銃を向けつつソフィーリヤは冷たい表情で彼を見下ろした。
「やはり、貴方はクランド・クジョーなのね」
「何の事ですか?」
「とぼけないで。今回の事件も貴方達が起こした事なのでしょう?」
「僕は知りません」
「あくまで他人を装う気なのね。まぁ良いわ、尋問は本部に帰還してからにしましょ…きゃっ!」
ドンッと足元に何かがぶつかってきたため、ソフィーリヤはバランスを崩して床に倒れ込む。その拍子に手にしていた銃を離してしまい、床の上をクルクルと回転しながら転がった。上半身を起こして見てみるとそこには涙を目尻に浮かべながら睨みつけてくるアリサが居た。
「クラインを苛めないでっ!!」
「違うのよ!これは…っ―――」
「クッ…!!」
アリサの誤解を解こうとしたソフィーリヤは低い呻き声を聞いて振り向く。そこには体を痺れさせて倒れ込むスティング、彼の傍には先程までソフィーリヤが構えていた銃を握るクランドが居た。後悔した時には既に遅く、クランドはソフィーリヤを容赦なく撃ち、動く事が叶わなくなった二人とアリサを残して立ち去った。




