第35話 Blue eye gentle to not changing
フラヴィオから指定されたレースはチケットの売り上げの一部を復興支援として寄付される特別な大会であるらしく、久々に開催される大々的なレースに広大な宇宙から大勢の観客と出場者が集まっていた。
以前任務の為に訪れた時とは比べ物にならないくらいヴィルト・ルイーネは人に溢れており、レースの一週間前だというのに大いに盛り上がりを見せている。
ジルベルト達アルヴァルディの一行が前日ではなく一週間前に現地に入ったのは訳があった。大会規約ではARKHEDは使用不可である。星団連合の上層部がフラヴィオの要求を呑んだのだから、連合軍からARKSを借りようとしたが、軍属の機体をレースに出す訳にもいかず、自分で用意しなくてはならなかった。その為の資金は経費で落ちるそうだが、レース直前に調達するのは中々難しい。コンラードとマリアンの機体を借りるという手もあるが、彼らの機体は攻撃特化型なのでレースには不向きである。ARKSを始めとする兵器を取り扱うバルニエール商会の社長であるアリーチェに頼むという手もあるが、彼女に借りを作ることはできれば避けたい上に、彼女の会社で取り扱うのも攻撃特化型ばかりである。
一週間もあれば多く軒を連ねる店から調達を出来ると思っていたが、同じように考える者は多く、中々見付からない。たいていの店はチーム、個人と契約をし、その看板を背負う、もといスポーンサーになって機体に広告を貼る。今回のレースには多くのレーサーが集まり、人気の店は既に契約を済ましており、機体を借りる事は出来ない。今残るのは性能の低い機体や、これを機にと大金を吹っ掛けるあくどい商会のみである。
「…駄目ですね。ネットからの予約も性能の高い機体を扱う店は全滅です」
「もっと前からではないと駄目だったか。見誤ったな」
宿の一室でアランに調べて貰っていたが、彼にもお手上げらしい。通信を受けたジルベルトは肩を落とすが、ここで悩んでいても仕方がないと気持ちを切り替える。アランには引き続き公式的な店以外にも良い情報が無いか探って貰い、再び彼は店を当たった。現在、アルヴァルディの面々には二組に、鳴鳥とマリアン、スティングとコンラードという組み合わせで機体探しを手伝って貰っている。コンラードは鳴鳥と組みたがっていたが、前回ここを訪れた時の事もあり、鳴鳥はマリアンに任せた。スティングに任せるのが一番安心出来るが、彼はARKSの知識が疎いのでマリアンに任せるのが一番良い方法であった。
「(アイツらは上手くやっているのか…)」
連絡が無い所を見ると別行動している面々も大した成果は上げられていないのだろう。そう、ジルベルトは決めつけていた。だとすれば頼りにするだけでなく、自分も動かねばと思い、歩く。ふと、そこで小型端末に通信が入ってくる。先程まで考えていた面々からの連絡からかと思ったが、相手は先程通信を終えたばかりのアランであった。映し出された彼の表情は先程のお手上げ状態ではなく、いつも笑顔でへらへらしている彼らしからぬ神妙な面持ちである。
「どうした?」
「ひとつ、懸念事項があるんですが…」
「なんだ?言ってみろ」
「今回の件とは関係ないのですが、場所が場所だけに一応耳に入れておくべきだと思いまして。ARKSを探すのと並行して調べていたんですが、どうやら見付かっていないそうです」
「この星で…という事はまさか…!?」
「はい、充分時間はありました。ですからそろそろ機体の破片の一つでも見つかってもおかしくはないのですが、遺体はまだ…」
連合上層部としても、この事実を公表する訳にはいかないのだろう。その判断は正しいと思うが、妙な胸騒ぎを感じた。
「(アイツに何もなければいいが…)」
この事実を鳴鳥には伝えるべきではない。知ってしまえば変な期待を持たせることになる。今回は情報が大々的に発表される事も無い。そう判断したジルベルトはアランに口止めと、引き続きその件も探りを入れるように頼んだ。
第35話 Blue eye gentle to not changing
ジルベルトが不安に感じている中、鳴鳥達には意外な事が起きていた。
彼女達はARKSの店を捜す筈なのだが、ARKSを取り扱っている店ではなく、普通の商店街を回っている。
「レース以外見どころのない星だと思っていたけれど、このクレープは中々ね」
「確かに美味しそうですね…。…って、マリアンさん!こんなことしていて良いんですか?」
生クリームとミックスベリーがたっぷり入り、ブルーベリーソースが掛ったクレープを美味しそうに食べつつ歩くマリアンに、同じクレープを手にした鳴鳥が現状について問いかけた。
ARKHEDと違い、ARKSはメーカー毎に癖がある。レースまでに機体に慣れておかなければならない為、一刻も早く確保しなくてはならないのだが、どうにもマリアンは焦る様子が無い。何か策はあるのだろうかと問いかけると、彼は「昼間よりも夜の方が交渉しやすいのよ」とウィンクをしつつ言った。その交渉とやらが気になり深く聞いてみると「お子様にはまだ早いわ」と笑顔で誤魔化された。自信満々に言われてしまえば、案も無く知識も疎い鳴鳥としては納得せざるを得ない。そうと決まればまだ一口も食べていないクレープにかじりつこうとした、が、通りがかった公園の前で子ども達が喧嘩をしているのが目に入り、食べるのを止めて足も止まった。
「すみませんマリアンさん、ちょっとだけこれを持っていて下さい」
「あ、ちょっと!何処行くの…って」
手にしていたクレープをマリアンに渡すと鳴鳥は一目散で子ども達の元に駈けつける。相手が子どもなら心配はいらないと感じたのか、しょうがないわねと溜息を吐きつつ、マリアンは歩いて鳴鳥の向かった方へと近づく。
公園では子どもたちは喧嘩をしているのではなく、一人の女の子を取り囲んで虐めているようであった。一人の男の子が女の子の持っていた大きな紙袋を取りあげて、ほかの子ども達は反抗できないように女の子を取り押さえている。子どもの喧嘩に大人が立ち入るとロクな事にならないが、一方的な苛めを見過ごす訳にはいかない。鳴鳥は子ども達に近づき、叱りつけるように問いただした。
「あなた達、寄ってたかって何をしているの!?」
「なんだこの女!?」「別にただ遊んでいるだけだし」「アンタにはかんけーねーだろ!」
いじめっ子達は一瞬鳴鳥の方を見たが、悪態を吐くだけついて無視を決め込んだ。子ども相手に怒鳴り散らすのは大人げないとイラつく心をどうにか沈める。非力な子ども相手に力ずくで止める事は出来ない。埒が明かない状況にどうしたものかと考えるが、一つ妙案が浮かび、懐から小型端末を取りだした。
「これを見なさい!」
「なんだよ?」「え…!?」「この人…」
注目を浴びないようにと被っていた帽子と変装用の眼鏡を外した鳴鳥は、警察が手帳を見せるように自身の身分証、軍人である事を明かした。これで大人しく言う事を聞くかと思われたが、子ども達は恐れを抱くどころか、羨望の眼差しを向けてきた。手のひらを返すように態度を一変させた子どもたちは苛めていた子を放り、鳴鳥の元へと詰め寄り質問をする。
「白いアルケードのパイロットって…」「名前同じ…」「まさか…」
「確かに私はARKHED操縦者だけど…」
「スゲー!マジかよ!」「本物!?」「CMで見たのと同じだ!」
憧れの眼差しを向けられるのは正直に言うと気分が良い。どうにか苛めを止めさせることには成功したが、このままでいい訳ではない。サインをくれだのARKHEDを見せてくれだの言う子ども達をなんとか宥めさせ、どうして苛めていたのかを問いただした。
「だってアイツがウソつくし」「そーだよ。オレらわるくねーし」「うそつきはドロボーだってオヤジが言ってた!」
「だからって暴力を振るう事なんてないでしょう?」
英雄とも称されている人物から言われれば、子ども達は言い返せない。取り上げていた紙袋を返して貰い、鳴鳥は俯き膝を着く少女の元に近づく。他の子ども達より幾分か汚れた衣服…というよりも、女の子が着ているオーバーオールは油汚れが目立っている。ジロジロと見てしまったせいか、女の子は警戒した様子で荷物を受け取る。
「あの子たちは嘘を吐いているって言っているけど、何の事だか心当たりはあるかな?」
「わたし…うそつきじゃない!」
「いいや、うそつきだ!お前んトコのオンボロ店が優勝なんざするワケねーよ」「そーだそーだ!優勝はオレのオヤジの店だ!」「まだ出場選手決まっていない癖に!」
「爺様は凄腕の技師なんだから負けるはずがない!みんな価値観の分からないボンクラばかりなのよ!」
「なんだとー!」
口喧嘩がヒートアップし、またもや取っ組み合いの喧嘩になりそうになるが、鳴鳥が間に入る前にある人物が現れて場を収めた。彼は鳴鳥にクレープを返すとパンパンと手を叩いて呼び掛ける。
「はいはい、そこまでよ!」
「マリアンさん…!」
「何だよババァ!邪魔すんな!」「すっこんでろ!」「厚化粧!」
「んー?今坊やなんて言ったのかしらー?」
「ひっ!?」「ぎゃっ!」「うぐっ!」
威勢のよい少年がマリアンに減らず口を叩くが、一瞬にして大人しくなる。マリアンは笑みを浮かべているだけだが、幼い子供を黙らすほどの恐ろしいオーラが滲んでいた。これ以上関わり合いになりたくないと子ども達は捨て台詞を吐いて何処かに行ってしまった。鳴鳥は助けてくれたマリアンにお礼を言うが、彼は大したことじゃないわと言い、俯く女の子の傍へと歩み寄り目線を合わせるようにしゃがみ込んだ。
「あの坊や達、貴女が可愛いから悪戯するのよ。全く、分かってないわよね、女の扱いを」
「わたし…可愛くなんて…」
「可愛いわよ。興味が無かったら人は関わろうとしない。無視するでしょう?」
「…そう…なのかな?」
「そうよ!」
泣くまいと堪えていた少女であったが、マリアンに優しく撫でられて涙を溢し、彼に抱きついた。暫くよしよしと撫でると女の子は落ち着いたのか、しゃくり上げつつもマリアンに礼を言おうとした。が、その瞬間、女の子のお腹がきゅるると鳴いた。恥ずかしそうに俯く彼女に二人は苦笑しつつも、鳴鳥は手にしていたクレープを差し出す。良かったら食べる?と優しく尋ねるも、見ず知らずの人にここまで優しくされるのが申し訳なく感じているのか、フルフルと首を横に振る。それでも目の前の甘くておいしそうな誘惑には抗えないようで、ゴクりと生唾を飲み込む。
「実は、私、ダイエット中なの」
「いいの?」
「食べてくれると助かるなー」
「い、いただきます…!」
鳴鳥と女の子をベンチに座らせ、マリアンは飲み物を買いに行った。
マリアンの言う通り、鳴鳥の横に座ってクレープを美味しそうに頬張る少女は美しい黒髪をポニーテールに括った愛らしい姿をしている。少女はあっという間にクレープを食べきってジュースを飲み乾し、おずおずとお礼を言いたそうにしていた。
「フフ、クリーム付いているわよ」
「んぐっ!…ありがとう」
「どういたしまして」
少女の口の周りをハンカチで拭ったマリアンはニッコリと笑う。カルラの話では軽薄なイメージであったが、子どもに対する面倒見はいいらしい。思い返せば、鳴鳥と初めて会った時も何かと気を使ってくれていた。
「そう言えば、自己紹介がまだだったわね。私はマリアン・マッケイブ。こう見えて彼女と同じ連合の軍人よ、ヨロシクね」
「私はナトリ・ナナツカと言います。よろしくね」
「わ、わたしはアリサと言います。よろしくおねがいします」
「あら!名前も可愛いのね」
マリアンに褒められたアリサは照れているのか、俯いてにやける顔を見せないようにしていた。
先程まで泣きじゃくっていたのがウソだったかのように、アリサはすっかり落ち着いたようだ。もう心配はいらないだろうと思い、マリアンは鳴鳥に目配せをするが、彼女は何やら引っかかる部分があるらしく、アリサに質問をした。
「アリサちゃん、お爺様はARKSの技師なの?」
「うん!宇宙一の技師なんだから!」
一度は胸を張って言いきるが、先程の事を思い出したのだろう。アリサは鳴鳥達に不安そうな瞳を向けている。
「信じてくれない?」
「えっと…実の所、私はARKSに関してはさっぱりで…」
「そうね、ぜひお会いして確かめてみたいわ」
「うん!見てくれたら絶対わかるから!」
勢いよく跳ねるようにベンチから降りたアリサは大きな紙袋を抱えて案内をしようと歩き出した。子どもが抱えるには重そうな紙袋、その中身は沢山の食料品が詰め込まれており、アリサは何度か持ち直しつつ歩く。その様子を見かねたマリアンは「案内のお礼よ」と言い、紙袋を持ってあげた。
ご機嫌に前を歩くアリサの後を歩く鳴鳥は隣に居るマリアンに期待の籠った表情を見せる。
「もしかすると、ARKSが手に入るかもしれませんね…!」
「そうね。良い機体が見つかれば良いのだけれど…」
本命は夜にと考えていたマリアンは良い暇つぶしになる程度に考えつつ鳴鳥に微笑み返す。だが、彼の考えは実に甘かった。アリサは食料品などの商店を進み、住宅街を抜け、閑散とした地区を歩き、市街地からどんどん遠ざかる。か弱い少女に見えたが、案外タフであるらしく、アリサはまだまだ元気である。鳴鳥も毎日欠かさずトレーニングをこなしているせいか、全然顔色を変えていない。マリアンだけがぜぃはぁと息せき切らして歩いた先、都市から外れた山間に一軒の家と倉庫の様な作業場があった。
「この建物の造り…」
木造と漆喰の壁、黒い屋根瓦。これまでに見てきた西洋風の建築とは違い、一軒だけポツンと建つその家は鳴鳥の故郷であった日本家屋によく似ていた。
アリサは家に着いた事が嬉しいのか、早く自慢の祖父を紹介したいのか、喜び勇んで倉庫の方へと駆けて行く。
「爺様!ただいま!」
「おお、良く帰ったな」
「お帰り、アリサちゃん」
「クラインもただいま!」
「…え?」
アリサに続いて作業場に近づいた鳴鳥は驚き目を見開いて足を止める。そこには小柄の作業着を着た老人と、作業着を着たプラチナブロンドの髪を持つ青年が居た。
「そんな…」
目の前の出来事が信じられないせいか、視界は揺らぎ、目眩を感じた鳴鳥は足元から崩れる。よろけて倒れそうになったが、それを支えたのは彼、アリサに『クライン』と呼ばれた青年であった。
「(綺麗な髪も…吸い込まれそうな蒼い瞳も、優しい表情も…全部同じ…。でも―――)」
その青年は、確かにあの時、目の前で喪った人、久城蔵人の姿と瓜二つであり、その穏やかな声も、かつて鳴鳥が聞いた事のある声であった。
「大丈夫ですか?」
「あ…は、はい…」
腰を支えてくれる手は温かく、心配そうな眼差しは嘘偽りの無いように思える。彼は鳴鳥が想いを寄せていた久城に似ているが、本人ならばこんな表情を向けてなどくれない。アリサが彼の名をクラインと呼んだように、この者は良く似た別人なのだと自分に言い聞かせる。
「もぅ、二人とも、置いて行かないでよねー…って!?」
後から入ってきたマリアンはドサっと荷物を地面に落して驚く。彼は久城と直接会った訳ではないが、配られた資料にその姿が載っていた為、見覚えがあったようだ。鳴鳥の傍に居る状況に彼は慌てつつ腰に吊り下げた銃に手を伸ばそうとした。だが、その行動に気がついた鳴鳥が制止を呼び掛ける。
「マリアンさんっ!私なら大丈夫です…!」
「大丈夫、って貴女、そいつは…!!」
「違うんです!この方は久城センパイじゃないんです…っ」
「そう…なの?」
鳴鳥の必死な呼びかけにマリアンは手を止める。よくよく見てみればその久城に似た男は全くと言っていい程敵意を感じない様子である。彼は鳴鳥達のやり取りと、彼女が口にした名に心当たりがあるのか、その名を小さく呟いていた。
「『クジョー』…その名は…」
クラインの姿を見た瞬間の鳴鳥とマリアンの様子に違和感を覚えたアリサの祖父は腕を組んで少しばかり考え込んだ後、神妙な面持ちで問いかけてきた。
「もしや、お主ら、この者の身元を知っているのか?」
「それは…どういう意味ですか?」
「少々複雑な話になる。アリサ、済まんが茶を用意してくれ」
「りょーかい!」
アリサはマリアンが落とした荷物を拾い上げ、作業場の隣の家屋に入っていった。彼女の祖父はその姿を見届けた後、クラインを含めた皆を縁側に案内した。
黒い屋根瓦の屋敷の縁側に用意された座布団に鳴鳥達は腰掛ける。どっしりと胡坐をかいたアリサの祖父は色々と聞きたそうにする鳴鳥に対し、まずは自己紹介だなと言い名乗った。
「ワシはこの工場の技師、ギンジロウ・イブシという者だ」
「私はナトリ・ナナツカといいます」
「私はマリアン・マッケイブよ」
「僕はクラインと呼ばれています」
「(呼ばれている…?)」
クラインの言葉に引っ掛かりを感じる鳴鳥であったが、問いかけようかと悩んでいる所に、アリサがお盆に乗せたお茶と菓子を持って現れた為、機会を失った。
この屋敷もそうだが、アリサが用意してくれた湯呑に入った緑茶も鳴鳥にとっては故郷を懐かしむものであり、その味わいに思わず目を細める。想定外の出来事に動揺していたが、少しだけ落ち着く事が出来た。
「そう言えば、孫が世話になったようだな。手間を取らせたようで済まない」
「いいえ、別に大したことはしていませんので。…え、でも、私達まだ、アリサちゃんとの事を話していませんでしたよね?」
「大方餓鬼どもに絡まれている所を助けてくれたんだろう」
「は、はい。そうです。けど…どうして」
「コイツの様子で分かる」
ギンジロウは改めて礼を言ったアリサの頭をわしわしと撫でた。年の功という事だろうか、なんにせよ、仲の良い二人の姿に鳴鳥は笑みを溢す。
挨拶と礼を終え、この縁側に来た当初の理由、クラインの事について話が聞けるかと思われたが、ギンジロウはズズっと茶を飲んだ後、鳴鳥に別の事を問いかけた。
「お前さん、確か名はナトリ・ナナツカと言ったな」
「はい、そうですが…」
「もしかしてジャポーネの出か?」
「あ、いいえ…私の故郷は…」
「爺様、知らないの?ナトリさんはあのテレンティアとの戦争で連合側の白いARKHEDに乗っていたパイロットさんなんだよ!」
「ほう、お前さんがあの機体にか…!」
普段テレビなどは見ないと言ったギンジロウは感心したような目線を鳴鳥に向ける。その姿は知らなかったが、活躍した内容は知っているようだ。けれどもそれは偽りのものであり、鳴鳥は困ったように笑みを浮かべる。一方、クラインは『テレンティア』の名にも聞き覚えがあったようで、顎に手を当てて何やら考え込んでいる。その様子に気がついたマリアンは警戒しつつも彼らに問いかけた。
「それよりも、さっきの話の続きを聞かせて欲しいわ。彼の身元ってどういう事かしら」
「ふむ、少々厄介な話になるが、アリサを助けてくれたお前さん達になら話しても構わないだろう。あれはひと月前位、テレンティアとの戦争が終結してすぐの事だ―――」
身元が明らかではないクラインはこの工場の裏の山で倒れていたらしい。偶々遊んでいたアリサが見つけたらしいが、その際彼は自分が何者なのかという記憶も失っていて、なお且つ身元を表す物どころか、衣服を身に纏っていなかったらしい。幸い怪我はしていないようなので病院に運ばれる事はなかったが、警備隊に引き渡す事は出来なかった。それはアリサが彼に懐いてしまったという事もあるが、主だった理由はギンジロウのカンであった。
「時期が時期だからもしやあの戦に関わっていた者かも知れんと思ってな…」
「…それじゃあ、もしかして…クラインさんは…」
「ナトリ…っ!」
時期的におかしくはない。目の前に居る男はよく似たというより、彼その者である。鳴鳥と再会して態度が変わらなかったのも、記憶を失っているならば納得できる。これ以上ない程に条件はそろっており、一度否定しかけた推測は確定事項に変わる。彼、クラインは久城蔵人であると。そう、考えに行きついた途端、鳴鳥は込み上げてくる思いに耐えきれず涙を浮かべた。言いたい事、伝えたい気持ちは沢山ある筈だが、上手く言葉に出来ない。いきなり泣いてしまった事をギンジロウ達に不審がられないように、鳴鳥は小さくすみませんと言い残して立ち上がり背を向けて駆けだした。マリアンが引き留めようと声を掛けるが、彼女が立ち止る事はなかった。
ギンジロウは困ったようにポリポリと後ろ頭を掻き、アリサは鳴鳥を泣かせたのは彼の所為だと咎める。クラインは去っていく鳴鳥の背中を目線で追うが、何やらまた、考え込むようなしぐさをしていた。
今はそっとしておいた方が良いだろう。そう判断したマリアンは鳴鳥を追う事はなく、ギンジロウ達に向き直る。けれども何故彼女が去ったのかを説明する訳にはいかなかった。
「理由を説明したい所なのだけれど、私達のリーダーに状況を判断して貰ってからで構わないかしら?」
「ああ、こちらとしては何時でも構わん」
「ありがとう。それじゃ、ちょっと席を外すわ」
通信機片手にマリアンも縁側を離れた。短いコールで通信相手、ジルベルトは応答する。彼も難しい顔をして何か言いたげであったが、それを遮り状況を伝える。すると彼は一瞬驚くが、直ぐに元の仏頂面に戻った。予想していたよりも動揺していない事に疑問を抱くが、彼の告げようとしていた事でその反応を理解した。
「ナトリの様子はどうだ?」
「相当ショックを受けているみたい。船長達が来るまでに落ち着かせておくわ」
「ああ、頼んだ」
直ぐにでも駆けつけたいのだろう。ジルベルトは手早く通信を終わらせた。その様子を微笑ましく思うマリアンであったが、縁側を見て油断していたと気付く。そこにはクラインが居らず、その事に嫌な予感を感じつつ、ギンジロウに問いかけた。
「クラインなら心配だからと言ってあの子を追いかけて行ったぞ」
「…参ったわね」
ギンジロウに軽く頭を下げたマリアンはすぐさま鳴鳥達が向かった先、屋敷の裏山に向かった。
マリアンから連絡を受けたジルベルトは直ぐに他の者達へ状況を簡単に説明し、落ち合うよう呼び掛けた。
大規模な大会前とあって行き通う人は多く、中々目的地に向かって進む事が出来ない。今すぐにでも駆け出して行きたいのだが、商業区を抜けるまでは無理なようだ。
「(どうしてこうも、アイツばかり損な目に遭うんだ…?)」
常に自分以外の誰かの為にと奔走する鳴鳥、それなのに彼女は故郷を失い、大切な者に刃を向けられ、その者を目の前で喪った。何度も辛い現実に打ちのめされても前を向き、己の身を犠牲にしてでも他の者を助けようとする。そんな彼女は未だ大切だった者、久城の事を吹っ切れずにいた筈である。その状態で目の前に現れたとなるとどうなるだろうか?悲しむのだろうか?喜ぶのだろうか?酷く動揺する事は分かるが、どう受け止めるかが気になる。
「(仮に、奴が正気を取り戻していれば…。ナトリは…奴を選ぶのか?)」
鳴鳥がまた傷つく事も気がかりではあるが、彼女が久城と思しき者にどう接するのか、その事が脳裏に過る。どんな判断を下そうとも、自分は彼女を支えて味方になろう、そう決めている筈だが、自分の元から離れて行く姿は考えたくなかった。何より彼女の幸せを願っている、そして自分では幸せにすることなど到底出来ない、分かりきっている事なのだが、受け入れられない。一刻も早く彼女の元に辿り着きたいと思う反面、考えれば考える程足取りは重くなる。
「(俺は何を考えているんだ…!俺がどんなに想っても実を結ぶ事はない、それは分かりきっている。アイツがどんな答えを出しても受け入れる、悩む事など無い。俺には選べないんだ)」
枷は重く、ジルベルトの心を縛り付ける。それでも自分が鳴鳥の為に出来る事を再確認した彼は前を向いて駆け出す。
何度否定しても、もう想いから目を背ける事は出来ない。保護欲ではない、気持ち。それから目を背けることなく、受け入れる。今の所、相手がどうとも思っていない事が幸いであり、どうかこのままであって欲しいと願った。




