第34話 The sea of the swaying dark green color
聖王星テレンティアとの戦を終わらせたとも言える鳴鳥の活躍。それに続けて内乱を治めたとなると、その名は瞬く間に宇宙に広がった。どちらの功績も半分以上が作られたものであり、鳴鳥としてはこれで良いのかと疑問を感じる。それでも上からの要望と皆の期待に背く事は出来ず、流されるままに現状を受け入れていた。
先の任務で自分が信じていた事が揺らいでいた鳴鳥であったが、次々と舞い込む任務に忙殺され、悩んでいる暇などなかった。と、言うよりも、彼女には別の悩みが生まれつつあった。
任務を終えた晩、整備も兼ねてとある星のドッグに寄港していたアルヴァルディ。その船内、ラウンジで休息を取っていたアランはタブレット型端末に表示されている記事に笑みを溢した。
「この間撮影とインタビューを受けた広報誌が上がったみたいですよ」
「あら、ホント?」
「ふむ」
「そんな時期か」
「俺にも見せて欲しいっス!」
皆、席を立ちアランの元に集まり一つのタブレットを覗きこむ中、鳴鳥はプルプルと肩を震わせて俯き座ったままである。
広報誌の内容にマリアンはよく撮れているじゃないと褒め、スティングがその意見に同意するように頷く。コンラードは目を輝かせ、内心今月号だけは永久保存版にしようと考えており、ジルベルトはというと口元を手で覆っているが、肩が震えているので笑いを堪えているのが明らかであった。
頬を赤くして涙目で睨みつけてくる鳴鳥の視線に気が付いたマリアンは、困ったように笑みを浮かべてどうにか彼女の機嫌が良くなるように、気遣いながら声を掛けてきた。
「ナトリも見てみなさいよ。綺麗に撮れているわよ」
「わ、私は遠慮しておきます。と言うか今すぐそのページを閉じてください!」
「今更何を言っているんだ?この程度の事に耐えられないのだったら、メディア関係全てに目を瞑らないといけなくなるぞ」
「うぅ…っ」
ジルベルトの言う事はもっともである。鳴鳥は今や軍のイメージガールとして扱われ、軍学校の広告やら、広報誌の表紙を飾るようになってきている。直属の上司であるヘニングの談によれば、テレンティアとの交戦前後は落ち込んでいた志願率が、鳴鳥の広告により回復し、更に上まっているとのことである。
上からの命であるので鳴鳥は逆らう事は出来ない。戦場に立ち危険な目に遭ったり、敵に恨まれるよりはマシだと感じていたが、ここまで持ちあげられてしまうと気恥ずかしさでどうにかなってしまいそうであった。
「ナトリさん、ひとつ忠告ですが、自分の名前を検索しない方が良いですよ」
「え?」
アランの助言に鳴鳥は首を傾げた。はなから自身の出ている広告など見たくもないが、何故だろうと疑問を感じる。ふと、ジルベルトはアランの持っていたタブレットを借り、検索に鳴鳥の名前を入れた。すると表示された事に驚き顔を引きつらせる。
「な、何が書いてあるんですか…?もしかして私みたいな小娘が生意気だ!みたいな…」
「そんな事よりタチが悪い。アラン、ここのサイトとここを潰すことは可能か?」
「消してもまた同様の物が出来てしまうと思いますが…」
「いいからやれ。見ていて不愉快だ」
「分かりました」
そこまで酷い内容だと逆に気になる所ではあるが、鳴鳥が見ようとする前にアランはそのサイトを潰してしまった。
そんな忙しい日々を送っている中、特務部からの任務も無い時、ジルベルトは休暇期間に副業を請け負おうと思っていた矢先にとある依頼を目にして微かに笑った。さして報酬が良いものではないが、彼女…鳴鳥の為になるだろうと思い、その依頼を受ける。
第34話 The sea of the swaying dark green color
「副業のお仕事ですか?」
「ああ、今回は俺とお前、二人でだ」
夕食の後に片付けを終えた鳴鳥はジルベルトに呼び止められた。自分と彼の共通点、それはARKHEDの契約者であるという事だ。そうなれば依頼は荒事であると鳴鳥は勘付いて真面目な表情で身構える。けれどもジルベルトはその様子に苦笑し、構える必要はないと言った。
「とある星のある人物から届け物をして欲しいと名指しで依頼が入った」
「それは…あ!」
依頼内容が表示されたタブレットを手渡され、それに目を通した鳴鳥は驚き声を上げた。そして本当に良いのかと喜びを隠せない様子でジルベルトに問いかける。彼は深く頷き、鳴鳥は笑顔で依頼を受けることを了承した。
「依頼の品はどうする?アストリアなら良い店があるだろうが…」
「手作りじゃ駄目ですかね?」
「良いんじゃないか。その方が依頼主も喜ぶだろう」
「分かりました!腕によりを掛けます!」
こうして依頼を受けた二人は翌日、アルヴァルディをアランに任せて依頼主の元に向かった。そこは荒廃した大地が続く茶色い星、以前来た時よりは緑も増え、空も青く澄んでいたが、埃っぽいのは相変わらずであった。その星の名はフェルス・ボウデン。前回は都心より離れた鉱山町に訪れたが、今回はその星でもっとも人口密度が高く、都市機能が発展している首都に向かった。
その星の中枢機関である王城に向けて馬車を走らせるが、手前の貴族が居を構える場所で門番に停止を命じられた。ジルベルトは依頼主からの招待状を見せ、中に通される。広い石畳の道の先には大きく荘厳な城があるが、そこには向かわない。ジルベルト達は貴族が住まう屋敷の内の一軒、だいだい色の屋根の邸宅を訪れた。
呼び鈴を鳴らすと、中から嬉しそうに弾けた少女の声が聞こえてくる。細身の老執事が開いた扉の先にはウェーブが掛った金髪の少女が車椅子に座って待っていた。西洋人形のような可愛らしい容姿にヒラヒラとした衣服を身に纏う少女は鳴鳥達の姿にこれまた愛らしい笑みを浮かべて出迎える。彼女こそが今回の依頼主であり、以前この星で起きた盗掘事件で関わった少女、リリアン・オルバーンである。
彼女と再会できたことを嬉しく思うのは鳴鳥も同じのようである。足が不自由である彼女に負担を掛けないよう気を遣い駆け寄ろうとした鳴鳥であったが、リリアンは制止を呼び掛けてその場に留まる様に願い出た。
「リリアンさん…!」
「ナトリさん…!」
ゆっくりとした動作でリリアンは立ち上がると、たどたどしい足取りで一歩一歩鳴鳥の元に歩み寄る。まだ普通には歩けないようで皆は心配そうに見守るが、自身の力で歩ける事を誇らしく思っている彼女の気持ちを尊重して手を貸さない。それでも10歩程歩いた所でリリアンは鳴鳥に抱きつくように倒れ込んだ。
「申し訳ありません…。まだちゃんと歩けなくて」
「ううん。そんなことないです。歩けるようになって本当に良かったですね…!」
「全てお二人のお陰ですわ。ありがとう、ナトリさん、ジルベルトさん」
今回の依頼、それはリリアンが出した物であった。依頼は美味しいお茶菓子を届けて欲しいという内容で、それだけなら他の者が受けてしまうからという事で受領条件には事細かく、ほぼジルベルトしか受けられないであろう内容を記載していた。本当は普通に助けた礼をしたかったそうだが、最近庇護下に入った星から連合の特務部との連絡は取りにくいらしく、噂で聞いた副業をこなしているという事を頼りに依頼を出したそうだ。
再会を果たした後、まだ覚束ない足取りのリリアンに手を貸した鳴鳥は彼女を車椅子まで支える。そして依頼の品である菓子をジルベルトから受け取って手渡した。
ケースの中にはプリンにクッキー、ベイクドチーズケーキ、フルーツタルトなどの洋菓子と苺大福、羊羹などの和菓子も入っている。特に和菓子は珍しいらしく、リリアンは興味津々といった風に目を輝かせていた。
「わぁ…!どれも美味しそうです。この星以外のお菓子を食べられるなんてわたくしは幸せ者ですわ」
「えっとね、喜んでもらえる所で恐縮なんだけど、実は私の手作りで―――」
「本当ですか…!?でしたらもっと嬉しいです!」
満面の笑みが更に華やかに。鳴鳥も彼女に釣られて笑みを溢しつつ謙遜する。
リリアンは依頼の品である菓子を受け取ると執事であるゴンザレスに手渡して茶の用意を頼んだ。そして彼女は茶会の場所を案内する。
鉱山町のラザでの屋敷も広く立派なものであったが、ここはそれ以上であった。それでも贅沢過ぎる訳ではなく、調度品も品があり、成金趣味の様なギラギラとした物や獣の剥製などは無い。精神結晶が大量に産出され、その恩恵を受けて発掘者のグレゴリオは町長兼採掘現場責任者に、息子のイグナシオは学がある為連合との橋渡し役である外交官になった訳だが、二人とも贅を尽くしたい訳ではないようで金に溺れる事は無かったようだ。寧ろ彼らにとってはリリアンの足が治り、鉱山町の人々の生活が守れる事が何より大事なのだろう。
「美味しい…!この果物の酸味と中の黒くて甘いのと外側のもちもちしたのがとても合っていますね!」
「喜んでいただけて嬉しいです…!」
「ナトリさん、先程も申しあげましたが、わたくしに敬語は不必要ですわ」
「あ、そうだね、うん」
以前会った時はジルベルトに仕事相手だと聞かされ、町長であるグレゴリオの孫だと聞き、粗相が無いようにと年下相手に敬語を使っていたわけだが、リリアンはお茶会を始める前に鳴鳥とジルベルトに遠慮はいらないと言った。そして彼女は紅茶を一口飲んだ後、意を決し真剣な眼差しを鳴鳥に向けてもう一つお願いをした。
「差し出がましい事を申し上げるのですが、わたくし、ナトリさんの事をお姉様とお呼びしてもよろしいですか?」
「わ、私でよければ。好きなように呼んでくれて良いよ、リリアンちゃん」
「ありがとうございます…!ナトリお姉さまっ!」
その後、三人は鳴鳥のお手製菓子と香りのよい紅茶を楽しみつつ、互いの近況などを話しティータイムを楽しんだ。
テレンティアとの交戦の情報は最近星団連合の庇護下に入ったこの星にも届いたらしく、鳴鳥が活躍したという話題にリリアンは興奮冷めやらぬようで瞳を輝かせていた。虚飾である事に鳴鳥は内心申し訳なく感じるが、上層部から口止めをされているので真実は明かす事が出来ない。その上リリアンが心底感心しているので今更否定する訳にはいかなかった。どうしたものかと戸惑いつつ笑顔を浮かべる鳴鳥に対し、ジルベルトは我関せず、と言うよりも困っている鳴鳥を見て口端が上がっている。元はと言えば誰の所為だと言いたい所だが、こうしてのんびりお茶会が出来るのも偽りの栄光のお陰である。ニヤつくジルベルトに対し噛みつきたい所ではあるが、鳴鳥はグッとこらえてリリアンに話を合わせた。
話題は変わり、これまで高みの見物であったジルベルトだが、リリアンが言った言葉に表情が僅かに崩れた。
「そう言えば、以前お会いした時よりもお二人は随分と仲良くなられたようですね。もしかして、お付き合いをなさっているのですか?」
「おっ!?そ、そんなことないですよねージルベルトさん!」
「ああ、俺の好みではないからな」
「そ、そうですよねー。ジルベルトさんはグラマラスな方が好みのようですし!」
「まぁ!」
「なんか言葉に棘があるな」
「別に、事実を言っただけです」
何回目かになるこのやり取りだが、きっぱりとジルベルトに否定された鳴鳥は何だが面白くなく感じ、つい嫌味っぽい言葉がついて出た。売り言葉に買い言葉になったらしく、鳴鳥の態度に対しジルベルトもムッとしたようで眉根を潜める。二人の間が険悪になりつつあるが、そのやりとりすらもリリアンには仲良く見えるらしく、クスクスと口元に手を当てて微笑んでいた。
「わたくしはお似合いだと思うのですけれどね」
「期待しているような関係じゃなくてごめんね。でも、そう言うリリアンちゃんは気になる人とか居ないの?」
「わ、わたくしは…えっと…」
現在リリアンは首都の王侯貴族が通う名門校に通っている。田舎の出で最初は戸惑う事もあり、急に上流階級に入った身として目を付けられたが、元々大人しく、言葉遣いも丁寧で勤勉な上、愛らしい容姿も相まって直ぐに打ち解けたという。そんな彼女はどうやら学友の中に気になる者が居るらしく、その者を思い浮かべて頬を赤く染め、俯いてしまった。
人の恋の話を聞く事は好きなようだが、自身の恋の話をするのは苦手らしい。リリアンはもう止めにしましょうと言い、話を鳴鳥達の乗るARKHEDへと変えた。
男の子ならロボットに憧れるのは頷けるが、リリアンは可愛らしい可憐な少女であるにもかかわらず、ARKHEDに興味があるようだ。自分も将来は鳴鳥の様な搭乗者になりたいと言い、二人を驚かせた。
楽しそうにARKHEDについて語るリリアンに対し、鳴鳥は一つ思い付いたようで、ジルベルトにお伺いを立てる。一応軍属の兵器である為私的流用は如何なものかと思われるが、任務の為でなくこの星に来る足代わりに使ったという事もあり、ジルベルトは仕方が無いと了承した。
鳴鳥の思いつきの提案にリリアンはこれ以上ない程に喜び、舞い上がるようだった。
三人は執事のゴンザレスに馬車を用意して貰い、首都を出て荒野まで出る。首都から少し離れた場所に現在建設中の発着場所があり、そこに鳴鳥達のARKHEDが収容されていた。
「それでは、行って来ます」
「危険な事は無いと思うが、気を付けろよ」
「はい。分かっています」
鳴鳥は後ろの補助席にリリアンを乗せ、ARKHEDで飛び立つ。その姿を見送ったジルベルトは懐から煙草を取り出して火をつけようとしたが、目の前にオイル式のライターが差しだされ驚く。それはゴンザレスが差し出したものであり、ジルベルトは一礼をして煙草に火を付けた。
「お二人には旦那様、イグナシオ様、そして私めも感謝いたしております」
恭しく頭を下げ、少ないですがと前置きしてそこそこの厚みがある封筒を差し出してきたが、ジルベルトは受け取りを拒否した。
「こちらも感謝している。良い気分転換になったようだしな」
眩しい太陽に目を細め、空を舞う白い機体を眺めた。今回の依頼は元々金目的ではなく、鳴鳥の為を思って受領したものであると、ジルベルトはゴンザレスにだけ正直に打ち明けた。その想いをご本人にも伝えられてはどうですかと助言されたが、勘弁してくれと肩を落としてジルベルトは答える。
「訳あって気を持たせるような真似をしたくは無いんだ」
「それは…お気の毒ですね」
「そんな大層な事ではないさ。まぁ俺みたいなオッサンを好きになる訳もないがな」
「それはどうでしょうか?わたくしの眼から見ましても、お二人は良い伴侶になられると思います」
「勘弁してくれ…」
かぶりを振った後、ふーっと煙草の煙を吐き出したジルベルトはぼんやりと鳴鳥の機体を見つめる。白く輝くその姿は搭乗者である彼女の姿そのものであるように感じ、眩さに目が眩む。その純白の気高い姿に比べ自身の機体はと言うと真っ黒で、見えはしないが数多もの人の血で穢れているように感じる。自分も鳴鳥のように清廉潔白で在りたいとは思わないが、せめて彼女が自分の様にならないようにと改めて心に決める。
「凄い…!凄いですナトリお姉さま!」
「喜んで貰えたなら私も嬉しいよ」
「見て下さい!わたくしが通う学校、あんなに広いのにミニチュアみたいです!」
「どこか行ってみたい所はない?」
「でしたらわたくし、海が見てみたいです!まだ一度も見た事無くて…」
「了解!少し飛ばすね」
「はいっ!」
フェルス・ボウデンの海は綺麗なマリンブルーではなく、暗く底が見えない深緑色である。けして美しいとは言えないが、果て無く続く広大なその景色にリリアンは感嘆し、食い入るように眺めていた。暗い海でも生物が息づいているようで、クジラのような巨大な哺乳類の群れがその姿を現し、また深い海へと潜っていく。空には海鳥が舞い、魚群を狙い、旋回する。その姿にもリリアンは感激し、はしゃぎ声を上げていた。
ARKHEDの力は圧倒的で、その力は他の者を威圧し抑え込んだり、命を奪う事しか出来ない物だと思っていたが、こうして人を喜ばすことができるのだと知り、鳴鳥は嬉しく感じた。
空中散歩は陽が沈むまで続き、屋敷に戻る頃にはとっぷりと日が暮れて夜空に星が瞬いていた。リリアンの父親であるイグナシオは職務を終えたようで、彼と、ラザから駆けつけたリリアンの祖父であるグレゴリオらに夕食を一緒にと勧められ、厚意に甘えることとなった。
白いテーブルクロスの上には肉料理やらラザでは見られなかった魚料理までもがあり、野菜も惜しみなくふんだんに使われており、以前もてなされた時よりも更に豪華であった。ここが首都であるという事もあるが、連合の庇護下において環境改善が行われ、それに加えて精神結晶で外貨を得る事が出来た為に食料事情も豊かになったようだ。その事も含めて、改めてグレゴリオとイグナシオは鳴鳥達に頭を下げて礼を言った。
「我々は職務を全うしたに過ぎません。どうか顔を上げて下さい」
「しかし、これほどまでに儂らの生活が良くなるとは…。感謝の言葉もありません」
「わたくしからも改めてお礼を申し上げます。お二人が来てくださって本当に良かったです」
「このような場だけで感謝の気持ちは表せませんが、どうか楽しんで下さい」
イグナシオはゴンザレスに蔵から一番良いワインを持ってくるように頼む。そこまでもてなされる謂われはないとジルベルトは言うが、このままでは割に合わないなどと言いくるめられ、グラスにワインを注がれてしまった。開封したものを飲まない訳にもいかず、ジルベルトは頂く事にした。彼のグラスに注ぎ終えたゴンザレスは鳴鳥の元へと歩み寄る。イグナシオは彼女にもどうですかと勧めてみたが、横やりが入った。
「ナトリさんはどうですか?」
「あ、はい頂き―――」
「止めておけ」
「どうしてですか?私こう見えても飲めるんですよ」
「何処がだ。介抱する身にもなってくれ」
「あらあら、ナトリお姉さまとジルベルトさんはやはり仲がよろしいのですね」
「ち、ちが…っ!」「そんな事は断じてありませんよ」
笑い声が響く中、鳴鳥はお酒を飲む前から頬を赤らめてジルベルトを睨みつけ、彼は笑顔を作りつつも鳴鳥に対し調子に乗るなと目配せをする。彼の忠告もむなしく、グレゴリオにも勧められた鳴鳥はワインを口にし、見事に酔っぱらい、その日は泊まる事となってしまった。何からなにまで世話になるようで申し訳なく感じたジルベルトであったが、もてなす事が出来て嬉しいと語るオルバーン家の面々に今日だけは甘える事にした。
翌日、別れを惜しむリリアンと鳴鳥は小型端末機の連絡先を交換した。涙をぽろぽろと流し抱き合う鳴鳥とリリアンを引き離すのは少々心が痛む所ではあるが、このままずっと居続ける訳にはいかない。楽しかった日はあっという間に過ぎ、鳴鳥達は元の生活に戻った。
アルヴァルディが停泊しているアストリアの起動エレベーターまで帰還する途中、鳴鳥はジルベルトに今回の依頼を受けてくれた礼を言った。
「ジルベルトさん、今回は本当にありがとうございました…!」
「息抜きになったようならこちらとしても良い事だ。明日からはまたしっかりと働いて貰わないといけないからな」
「そ、そうですね」
「本部からは命が下らないなら明日は―――ん?」
「どうかしましたか?」
今度はがっつりと稼げる仕事をと思い、アルヴァルディに居るアランに連絡をしようとした所、ジルベルトの元に一通のメールが届いた。通常形式でなく厳重なセキュリティに守られた文章にはエントリーシートが添付されており、その内容に彼はがっくりと肩を落として心底面倒臭げな表情をした。説明するのが煩わしいのか、彼は文章を鳴鳥の機体に転送して見せる。
「終戦記念特別復興支援杯運営委員会より、ジルベルト・ジャンディーニ様へ―――開催地、ヴィルト・ルイーネ…これはつまり…」
「ああ、約束は果たさねばならんな」
言葉とは裏腹にジルベルトはうんざりとした様子である。嫌がる彼には悪いと思いつつも鳴鳥は少し楽しみであった。ARKSのレースを初めて観戦するという事もあるが、ARKHEDを自在に乗りこなすジルベルトがどんな走りを見せてくれるのだろうかと期待に胸が膨らむ。それに彼に頑張って貰わないと自分はフラヴィオの物となる。勝者が鳴鳥を手に入れられるとの条件だが、フラヴィオがどこまで望んでいるかはわからない。彼の事は嫌いなわけではないが、初めて会った時のされた行為を思い返せば不安は尽きない。ここはジルベルトを応援するのが良いだろうと判断した鳴鳥は彼にやる気を出して貰うように声を掛ける。
「あの…!私、ジルベルトさんがARKSに乗る姿を見たことないですし、レースって初めて見るので楽しみです」
「お前は良いよな、気楽で」
能天気にはしゃいでいるように思われたらしく、溜息を吐かれてしまった。確かに彼の言う通り、鳴鳥はただ見守る事しか出来ない。負担が掛るジルベルトに対して軽率であったと反省した鳴鳥は「すみません」と小さく呟いて口を閉ざした。自分では彼のやる気を起こさせる事が出来ないとがっくり項垂れた鳴鳥であったが、その様子をジルベルトは勘違いしたらしい。眉間の皺はなくなり、苦笑しながら言った。
「まぁ心配するな。奴の好きにさせるつもりはない」
どうやらフラヴィオの手に渡る事を不安に感じていると思われたらしい。そんな事はないと鳴鳥は首を横に振り、ハッキリと自分の想いを伝えた。
「心配はしていません。ジルベルトさんが負けるなんて思っていませんし」
「そ、そうか」
思った事をそのまま告げたが、ジルベルトは笑う事も無く、呆れる事も無く、口元を手で覆い妙な顔をしていた。何か変な事を言ったのだろうかと不安になる鳴鳥であったが、ジルベルトはもう話は済んだと通信を切った。
自分の事を心の底から信頼してくれている鳴鳥の真っ直ぐな言葉に動揺を隠していたジルベルトであったが、どうにか彼女にその事を気付かれずに済んだ。
会話を終えたジルベルトはアルヴァルディまでの道のりをARKHEDの自動運転に任せ、自身は懐から取り出した煙草に火を付ける。どうにか落ち着こうと考えるが、日を増すごとに、鳴鳥と過ごす時間が増えるごとに、ペースを乱されて自分らしさを見失って行くように感じる。以前彼女に言われた時は否定したが、この感情は子に対するものなのだと言い聞かせる。彼女が自分の事をどう思っているかは分からないが、一人の男として好いてくれる事はないだろうと安心しきっていた。
「(空回りしているのは俺だけか。情けないな…)」
溜息と共に煙を吐き出し、ジルベルトは肩を落とす。
果てのない闇が続く空間。そこには幾つもの鮮やかな色彩を放つ光が揺らめいていた。
浅葱色の光、幼い少女の声はこの場に居る事が自らの意志ではなかったようで、動揺を滲ませながら現状を確認する。
「どうしてこの場に…」
「どうやら強制的に呼び出されたようだな」
黄土色の光、若い青年の声は冷静に判断し、感想を述べるが、この場に憎むべき相手が居る事に気付き怒りをあらわにする。その様子にエメラルドグリーンの光と金色の光、銀色の光はクスクスと笑っている。
「お前達が不甲斐無いから主が直々に裁きを下すのではないか?」
凛とした女の声、エメラルドグリーンの光の言葉に二者は押し黙る。その様子にケタケタと笑っていた金と銀の光だが、もう一人、この場に居る紫の光が幼い少女の声で吐き捨てるように言った。
「裁きを受けるのはどちらかしらね。6番、貴女は観測対象との接続が途絶えたのでしょう?役立たずになった貴女が大口を叩けるなんて滑稽だわ」
「…クッ!まだ完全に途絶えた訳ではない!」
「何ですって…!?」「…まさか」
痛い所をつかれて吐いた言葉に浅葱色と黄土色の光は驚き声を上げる。どういう事かと問いただそうとした瞬間、虚空に一人の男の姿が現れた。その男の前に、鮮やかな光達は言い争う事を止めて座して待つように静かに言葉を待った。
「皆、ご苦労だったね。先刻の戦いは非常に興味深かった」
穏やかな男性の言葉に戦争を起こす切っ掛けを作った張本人達は喜び、戦に負けたにもかかわらず勝ち誇ったようであった。
あの戦で亡くした命は計り知れない。けれどもその事を気に留めている者はこの場に少なく、その事について浅葱色の光は反論を述べたかった。だが、逆らう訳にはいかない。彼は自分達の絶対的な存在なのだからここでは堪える事しか出来なかった。
「データは順調に蓄積されつつある。だが、一つ気になる事があってね」
ふと男が呟き、映像を映し出す。それは穢れを知らない真っ白なARKHEDであった。
「これは私が作り出した物、である筈なのだが。今回の研究に稼働させた覚えはない。観測者も居ない。傍で見ていたが一向にその存在が掴めなくてね、困っていたんだ」
絶対たるこの者にも理解不能だと言わしめるその存在に一同は驚く。と、共に浅葱色の光は嫌な予感を感じた。
「君達には観測対象のデータ収集を任せていたが、今回はかの機体を捕らえて詳しく調べてみようと思う。任せられるか?」
「お任せ下さい、必ずや捕らえて見せましょう」
「りょーかい!」「私達に任せなさ―い!」
「ではこの任は6番、16番、17番に任せよう」
そう告げると男は姿を消した。
重要な任務を任されたと勝ち誇る三者を無視して浅葱色の光は戸惑い揺らめく。
「(ナトリの身に…。でも私から注意を促す事も出来ない、守る事も…)」
主の目はどんな所でも届き、こうして考えている事すらも知られている。彼女を巻き込みたくはないと思いつつも、どうしようも出来なかった。
突きつけられた現状に打ちひしがれている彼女に対し、黄土色の光は言った。
「気に食わないが、彼女の傍には奴が居る。なんとかなるだろう」
「ええ…。そう願いたいです」
何処までも続く果てのない暗闇の空間。取り残されていた二つの光もやがて闇に溶けて消えた。




