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Xenoverse  作者: 葉月はつか
phase two : anemotaxis
36/100

第36話 Silver ARKS

 偶然助けたアリサに案内された彼女の家、その隣にあるARKS(アークス)の整備工場、そこには鳴鳥の幼馴染であり、想い人でもあり、憎しみの感情を向けてきた者、久城蔵人によく似た青年が居た。最初は他人の空似であると考えていたが、ギンジロウから語られた彼の事情を知り、考えが変わった。限りなくクロに近しい状況。目の前の人物が久城であるかもしれないと分かった瞬間、鳴鳥は涙が溢れた。

 ギンジロウの日本家屋に似た屋敷の裏には緑豊かな山があり、小道が続いている。泣いている姿を見せたくなく、逃げ出した鳴鳥は山の中を当ても無くとぼとぼと歩いていた。木々が生い茂る山道は市街地の盛り上がりが嘘だったかのように静かで、風が葉を揺する音と小鳥のさえずりだけが響いている。

 久城にもう一度会えた事、その事が嬉しいのかどうか鳴鳥にはよくわからない。ごちゃごちゃとした頭の中では流れた涙の理由も理解できなかった。


「(記憶、失っているって事は…。私の事も…)」


 久城から向けられた黒い感情。そう思われても仕方がないと覚悟していたが、悲しく感じる気持ちはあった。今の久城にはその負の感情はなく、かつて想いを寄せていた穏やかな彼である。そのこと自体は喜ぶべきなのだろうが、彼が自分の事を覚えていないのは寂しく思った。


「ナトリさん…?」


 駆けてくる足音と共に自分の名を呼ぶ声。優しい声色にまた涙が出そうになるが、その呼び方はかつての彼ではない事を示している。

 鳴鳥は歩みを止めると袖口で目元を拭い、振り返る。そこには柔らかい笑みを向けてくる久城と思われる者、今はクラインと呼ばれている青年が立っていた。


「大丈夫ですか?」

「あ、はい…。すみません、急に席を立って」

「いえ、良いんです」


 クラインは鳴鳥が逃げ出した理由を聞き出そうとはしない。ニコっと笑うとこの先に綺麗な滝があると言い、気分転換に見に行かないと誘って来た。彼と一緒に居る事は胸が締め付けられるように苦しいが、かつて好きだった彼と過ごせるのは嬉しくもある。鳴鳥は小さく頷いて彼の誘いを受けた。


「足元、気を付けて下さい」

「は、はい。ありがとうございます」


 所々、木の根が張り、足元を取られそうな場所でクラインは鳴鳥を気遣う。険しい段差では手を差し伸べ、引き上げてくれた。掴んだ手は温かく、もう一度彼に触れる事が叶い、嬉しさがこみ上げ、また涙を溢しそうになる。


「(やっぱり、久城センパイは優しいな…。)」


 繋がれた手は鳴鳥の手より少し大きいが、ジルベルトの様にごつごつとはしていない。ふと、彼との違いを感じてしまった事に内心驚くが、男の人に手を握られた経験が少ないからだと自分に言い聞かせた。

 二人の間に会話は無い。けれども鳴鳥はその事が嫌ではなかった。こうして彼と穏やかな時を過ごせる。それは夢の様な事であり、その幸せを噛み締めるのに精いっぱいである。




       第36話 Silver ARKS




 暫く山道を歩いた先、川を辿ると水しぶきの音が大きくなってくる。クラインが案内した滝、それは迫力のある大きなものではないが、彼が勧めただけあって美しく清涼感に溢れていた。

 これまでずっと歩き詰めであった体は火照っていたが、滝の傍は涼しく身体が安らぐ。目を細めて深呼吸をすれば、澄んだ空気に迷いが少しだけ晴れたような気がした。


「素敵な場所ですね。案内していただいてありがとうございます」

「どういたしまして。あ、滑りやすいから足元を気を付け―――」


 きれいな水に触れてみようと川の傍に寄るが、クラインの注意は遅く、鳴鳥は足を滑らす。どうにか助けようと手を伸ばすが、タイミングが悪く、鳴鳥とクラインは共に川にダイブした。派手な音を立て、水飛沫を上げ、川に落ちた二人。幸いな事に水深は浅かったが、びしょびしょに濡れてしまった。巻き込んでしまった事を申し訳なく感じた鳴鳥はしゅんと項垂れて頭を下げるが、クラインは意に介しておらず、それどころか笑っていた。


「す、すみません…っ」

「僕の方こそごめん。助けられなくて…」

「くじょ…っ、クラインさんは悪くないです!それより私の所為でこんなに…」

「良いよ、気にしなくて。それより、このままだと風邪をひく。後ろ向いているから、服を絞ろう」

「は、はい」


 先に立ち上がったクラインは鳴鳥を助け起こし、彼女を森の方に向けさせて自分は川の方を向いた。背中合わせになっているが、すぐ傍に男性が…想いを寄せていた者が居るとなると恥ずかしくて堪らない。けれども吹いた風に寒さを感じ、思いきって濡れて張りつく衣服に手を掛ける。下着だけは仕方が無いと思い、そのままでいた鳴鳥は慌てつつも衣服を絞る。そこでふと、滝の音と水滴が落ちる音に紛れて聞こえてきた音に身体を強張らせる。ガサガサという音、それは前方の草むらから聞こえてきた。思わず鳴鳥は驚き「ひっ!」と悲鳴を上げる。するとすかさずクラインが鳴鳥の前に出て草むらに鋭い視線を向けた。


「「あ…っ」」


 ガサガサと音がして飛び出してきたのは、茶色い野兎であった。どんな獣が出てくるのかと警戒していたが、正体は可愛らしい害の無いものであり、二人はポカンと口を開いたのちに間抜けな声を出した。ほっと肩を撫で下ろすクラインであったが、振り向いた先には下着姿の鳴鳥が居り、その姿にカァっと顔を赤らめ、目を手で覆い、自身の服がある場所に戻った。


「ご、ごめん。今のはワザとじゃなくて…」

「い、いえ、全然大丈夫です!それより、守ろうとしてくれてありがとうございます…!」

「な、何事も無くて良かったよ…。でも、本当にごめん…」


 クラインに下着姿を見られた事で気恥ずかしさを感じ、頬を赤らめる鳴鳥であったが、彼の反応に少しだけ疑問を抱いた。再度謝るクラインに鳴鳥は自嘲気味に笑いながら気にしなくて良いと言う。


「そんなに謝らなくても良いですよ、私の身体なんて貧相で魅力皆無ですし」

「そんな事は無いよ…!その…白くて綺麗、だと思う―――って僕はなんて事を言っているんだ!ごめん…、今のは忘れてくれると助かる」

「え…。は、はい…。その、褒めてくれるの…嬉しいです」

「…っ」


 寒さを感じていた身体が熱を帯びる。クラインはうっかりと漏らした本音に赤面し、鳴鳥は彼に褒められたことに喜びを感じてにやける。

 前から自信は無かったスタイルだが、ここ最近ジルベルトに馬鹿にされ続けていた為、すっかりと魅力は無いと決め込んでいた。と、そこでクラインの言葉である。恥じらいよりも嬉しさが勝ったが、そこでも彼をジルベルトと比べてしまった自分にまた驚いた。


「(どうして…。私…。)」


 クラインの事で頭はいっぱいいっぱいだと思われていたが、時々ふとした瞬間にぼさぼさ頭に無精髭面の無愛想な男の姿が過る。あれこれと考えていた鳴鳥にもう大丈夫かと後ろから声が掛り、慌てて衣服に袖を通そうとした。だが、その瞬間、男の怒鳴り声が響き、手を止めた。


「そこで何をやっている!?」


 大声を張り上げたのは銃を構えるジルベルトであった。先に鳴鳥達の元に辿り着いたのは彼であり、マリアンは途中でへばっているのだが、その件は置いておく。ここまで走ってきたであろう彼は肩で息をしながら鋭い視線をクラインに向ける。鳴鳥は直ぐにクラインを守るように前へ出るが、ジルベルトの警戒心は揺るがない。それは無理も無い。鳴鳥の傍に居る人物は一カ月程前に戦場で刃を交えた敵であり、今現在、鳴鳥は下着姿で、彼は衣服を着終えている。言い訳をしようとも無駄になりかねない。

 呼び掛けるよりも手っ取り早い方をと思い、鳴鳥はジルベルトに近づく。彼は鳴鳥を撃つ事は無く、銃をクラインに向けたままで、傍まで寄って来た彼女の手を引き自身の胸元に引き寄せた。抱き寄せられ、腰にまわされた手は温かい。守ろうとしてくれている姿に心臓が早鐘を打つが、直ぐに誤解を解くべく、銃を手にした腕に触れた。


「ジルベルトさん、大丈夫です!久じょ…クラインさんは何もしていませんから!」

「なら何でそんな姿なんだ!」

「これはさっき川に落ちて…」

「そう…なのか…」


 「済まない」と言い、ジルベルトは銃を下ろしてホルスターに仕舞った。そして手早く上着を脱いで鳴鳥に着せる。背丈が高いだけあって、ジルベルトの上着は鳴鳥の下半身も隠せるほどである。誤解は解けたと安堵したのは鳴鳥だけでなく、クラインもそうらしく、彼は鳴鳥が脱いだ衣服を拾い上げ、此方に向かってくる。


「すみません、誤解をさせたようで」

「…こちらこそ悪かった。それと、コイツが迷惑を掛けたようだな。その件も済まない」


 クラインから衣服を受け取っていた鳴鳥の頭をジルベルトは軽く小突く。確かに誤解を招くような切っ掛けを作り、クラインにも迷惑を掛けた鳴鳥であったが、ジルベルトの扱いにぷくっと頬を膨らましてジト目を向ける。何か文句があるのかと睨み返すジルベルト、その二人のやり取りにクラインは思わず笑みを溢した。


「ナトリさん、この方はもしかして恋人ですか?」

「えっ!?」「なっ!?」

「だとしたら申し訳ない事を―――」

「ち、違います!」

「ああ、断じて違う。誰がこんな貧相な奴を―――」

「あ!また失礼な事をっ!何度言ったら―――」

「事実を言って何が悪い」

「ぐぬぬ…。私だってこんな失礼なオジサンは願い下げです!」

「誰がおっさんだ!誰が!」


 痴話喧嘩にも思えるそのやり取り。クラインはその様子にも笑みを溢した。






 誤解を解き、何とか場を収めて鳴鳥達はギンジロウ宅に戻る。クラインを先に歩かせ、ジルベルトは鳴鳥の隣を歩き、彼女にクラインの様子を訊ねてきた。


「記憶を失っていると聞いたが、奴の様子はどうだ?」

「私の事も、これまでの事も全部覚えていないみたいですが、関係ある言葉を耳にすると何か引っかかりを覚えるみたいです」

「やはりクロか」


 ジルベルトの顔が険しくなるが、それは無理もない事である。クラインが久城蔵人なら、彼は罪人であり、恨むべく存在である。鳴鳥自身も命を狙われただけでなく、彼女の故郷も奪ったのだから憎んで当然なのだが、彼がそう至った事情を知っており、その一因が自分にあると思っている為責める事は出来ない。

 仮にクラインが久城だとすればこの先どうなるのか、気になった鳴鳥は不安げな表情でジルベルトに問いかけた。


「もし、クラインさんが久城センパイだとしたら…。どうなるんですか?」

「連合軍事裁判に掛けられ、刑を受けるな」

「もしかして…死刑ですか!?」

「かもしれんな」

「そんな…っ!」


 思わず声を上げ、クラインが振り返る。直ぐに何でもないと鳴鳥は笑顔を浮かべるが、その表情はぎこちない。深刻な話をしているのだと悟ったのか、クラインは再びジルベルト達と距離を取り、歩き出した。

 ホッと息を吐く鳴鳥であったが、今にも泣き出しそうな悲しげな様子である。ここで嘘を吐いてあと後悲しませるよりもと思い真実を伝えたジルベルトであったが、彼女の様子にその判断が悔やまれる。このままこんな顔をされるのも居心地が悪いと思い、ジルベルトは僅かな希望を鳴鳥に示す。それは保障の無い希望的な事ではなく、過去を振り返っての可能性だった。


「死刑を回避する方法が無いわけではないな」

「本当ですか…!?」

「ああ。奴が有益ならば生かされる。その場合、一生連合の為に働かなくてはならんだろうがな」

「有益…」

ARKHED(アルケード)の力だ」

「…それは」


 今の所、ギンジロウ達から久城のARKHED(アルケード)についての話は聞いていない。浮上しかけた気持ちが一気に急降下し、鳴鳥はしゅんと項垂れて肩を落とす。彼女の様子にジルベルトも複雑な思いであった。望みは薄い、けれども諦められないようで、鳴鳥は俯いていた顔を上げると、ジルベルトに提案をする。


「私から、ミリアム議長にお願いをしても駄目ですかね?」

「議長はお前の事を随分と気に掛けているようだが、戦争犯罪人…星を一つ滅ぼしたとなると難しいだろうな」

「そう…ですか…」

「だが、一応その旨は伝えておく」

「ありがとうございます…!」


 落ち込んでいる鳴鳥にジルベルトは出来る限りの事をすると約束をした。すると彼女の表情は幾分か明るくなる。

 正直な所、ジルベルトは久城に生きていて欲しくなかった。死んでいてくれればどんなに楽だっただろうかと思う。隣に居る鳴鳥を散々傷つけた久城を赦す事など出来ない。それでも彼女が望むのならばと暗い感情を押し込める。

 久城の事を話している内に鳴鳥達はギンジロウの屋敷に辿り着く。そこではアルヴァルディの面々が集まっており、先に戻っていたマリアンが鳴鳥の姿に驚いて駆け寄ってきた。


「ナトリ!どうしたのその格好!?」

「えっと、ちょっと川に落ちてしまいまして」

「大変!風邪引くといけないわ。ギンジロウさん、お風呂を借りても良いかしら?」

「おう、構わんぞ。アリサ、用意してやってくれ」

「りょーかい!ナトリさん、こっちです」

「ありがとうございます」


 ギンジロウはクラインにも着替えてくるようにと言い、彼をこの場から外した。大事な話を聞かせたくない者は居ない。ジルベルトは着いて早々、話を切り出した。まずは簡単に自己紹介をし、身分を明かす。そしてクラインの正体について説明をした。驚き信じてくれないかと思われたが、ギンジロウはジルベルトの言葉を受け入れる。薄々は気づいていたのだが、孫の為にも、そしてクラインの様子に確信が持てなかったのだと彼は言う。


「クラインを連れていくのか?」

「上に指示を仰ぎます。訳あって俺達は連行しませんが、代わりの者が来るでしょう」

「少し、時間をくれまいか?」

「少しと言いますと?」

「もうすぐ大きなレースがある。孫はそれを楽しみにしており、クラインと一緒に観戦する約束をしている」

「ですが、奴が記憶を取り戻せば、その大事なお孫さんに危害を加える可能性だってある。それでも良いんですか?」


 どちらを取ってもアリサは悲しむ。ギンジロウは苦汁の決断に頭を抱えるが、顔を上げた彼は真っ直ぐとした視線をジルベルトに向ける。共に過ごした期間は短い。それでも穏やかな、孫にも自分にも優しい彼が殺戮者だと信じたくは無い。彼の事を信じていると言い、もう少しだけ傍に居させてくれるよう願った。

 一応その件についても含めて上に連絡をすると言い、ジルベルトは話を終らせた。通信機を取り出し連絡を入れた先は上官のヘニングであり、彼は伝えられた件に驚き茶を溢した。そして頭を抱え、大げさに感じる程の溜息を吐く。


「時期が悪いねぇ…」

「と、言いますと」

「今回の大会に一体いくらの資金と人材がつぎ込まれていると思うかい?」

「ああ、なるほど」

「エーデル・シュタインからの出資額も桁違いなんだよねぇ。そんな大会に水を差すような真似、する訳にはいかないしなぁ…」


 頭を悩ませるヘニングに秘密裏に動いて世間一般への公表は大会後にと提案したが、彼は首を振る。何故かと言うと、久城蔵人という人物は相当悪い印象を世間一般に持たれているらしく、その存在を隠していたとなると大事になるそうだ。


「大会が終わるまで、君を除いた面々で見張っていてくれ」

「…そうなりますか」

「上にも報告しておくが、判断は変わらないと思うよ。まぁもしもの事を考えてソフィーリヤ君達を向かわせるから、君はレースに集中して構わないから。と、言うよりもレース頑張ってね。期待しているから」

「はぁ…。了解しました」


 何故ヘニングがジルベルトのレース結果を気にしているのか引っかかったが、予想はすぐについた。賭けの対象にされているのは腹立たしいが、自分に賭けてくれるのは喜ぶべき事なのだろう。何にせよ、ギンジロウの希望を叶える事が出来るようで一安心した。その事を伝えると彼は深々と頭を下げる。

 話がどうにか纏まった所で、ジルベルトは再びARKS(アークス)捜しに戻ろうかとしていたが、そんな彼をギンジロウが呼び止めた。


「お前さん、さっき、ジルベルト・ジャンディーニと名乗ったか?」

「はい、そうですが。何か?」

「どっかで聞き覚えがあると思ったが、まさかお前さんは昔ARKS(アークス)レースで最年少優勝記録を叩きだしたジルベルトなのか?」

「…まぁ、そんな事もあったな」


 嬉々とするギンジロウとは打って変わり、ジルベルトの言葉は歯切れが悪く、他人事のように言う。何やら深い事情があるのだと察したギンジロウはそれ以上追及をしてこない。だが、現状は気がかりであったのだろう。


「もしかすると、お前さん、探しているのか?」

「そうです!ジルベルトさん」


 ギンジロウの問いかけに答えたのはジルベルトではなく、風呂上がりで作業服に身を包んだ鳴鳥であった。彼女はギンジロウにお礼を言った後、嬉しそうにジルベルトの元へと駆け寄る。


「そう言えば、お前とマリアンはこの場にARKS(アークス)があると踏んで来たのだったな」

「そうです!えっと…色々とお手間を取らせた上に心苦しいのですが、ギンジロウさん、是非ARKS(アークス)を見させて欲しいのですが…」

「おう、お嬢ちゃんの頼みとあらば喜んで」


 鳴鳥以外のアルヴァルディの面々はこんな辺ぴなところに良い機体があるとは思っていなかった。だが、作業場の奥、シートを掛けられていた機体に一同は驚く。

 最新の機体ではないが、しっかりと磨かれた曇り一つない銀色のフォルム。そこには確かに、一機のARKS(アークス)がある。レースに勝つならば最新の機体の方が良いと思われるが、ジルベルトの反応は良く、コンラードに至っては目を輝かせて興奮していた。


「この機体、今は精密部品を開発生産している日鋼重工がかつて作っていたARKS(アークス)じゃないっスか!?」

「ほう、坊主は分かっているな」

「もう生産されていないから超レアっスよ!いいな~!中も見て良いっスか?」

「俺からも頼む」

「ああ、構わんよ」


 ギンジロウは懐からキーを取り出し、ジルベルトに投げて寄越した。放物線状に飛ばされたキーをキャッチし、ジルベルトはコックピットを開く。なるべく多くの人が乗りやすいようにと改良を重ねた最新型と違い、旧式の機体には多くのレバーやスイッチがある。ジルベルトはそれらに戸惑う事も無く、慣れた手つきで操作してエンジンを掛けた。響く重低音。これまた現行機では考えられないエンジン音だが、その音すらもコンラードを喜ばせる。


「いや~凄いっスね。マニア垂涎モノっス」

「えへへ、凄いでしょう!」


 機体を褒めちぎるコンラードに対してアリサは誇らしげに胸を張った。彼女は10歳ほどに見える少女であるが、どうやらARKS(アークス)に関する知識は大人並みの様だ。コンラードと意気投合したのか、楽しそうに話をしている。

 鳴鳥は全くARKS(アークス)の知識が無い為、良いのか悪いのか分からないが、ジルベルトの様子とコンラードの評価を見るに、どうやらここに来た事は間違っていなかったのだと思えた。

 一先ず作動を確認し、走らせたい所ではあるが、ジルベルトの体格に合う耐Gスーツが手元にない為、試乗は出来なかった。機体から降りてきたジルベルトは改めてギンジロウに頭を下げ、協力を願い出る。彼としては願ったり叶ったりであったようで、逆によろしく頼むと託された。続いて代金の話へと移るが、ギンジロウは受け取りを拒否した。それはクラインの事を配慮してくれた礼としてらしく、タダで良いと言った。今回、機体に掛る経費は連合持ちとなっている為、惜しむ事は無い。正直な所、あまり儲かっているとは言えない様子であるギンジロウの工場からタダで借りるのは申し訳なく感じ、ジルベルトは提案をした。それは大会までの間、ここに滞在させて貰いたいとの事であった。見た所、工場の隣の屋敷は割と広く、客間も何部屋かあるようで、ギンジロウは快くその提案を受け入れた。

 クライン…久城の傍に居られる事に鳴鳥は嬉しくもあり、辛くもある。彼女の複雑な心境を察したジルベルトは、交渉を終えた後に鳴鳥の顔色を窺う。あまり大声では言えなかったのか、彼女の傍に寄り、小声で説明し、気遣う。


「奴を見張らなければならないからな。傍に居るのが辛いようなら、お前だけアルヴァルディに戻っていても構わない」

「いえ…!私なら、大丈夫です」

「そうか…。あまり無理はするなよ」

「はい、ありがとうございます」


 大会までは六日ある。最初はぎこちなくもあった鳴鳥であるが、得意の手料理を振舞った所、アリサに懐かれ、ギンジロウにも褒められ、クラインも絶賛した事によりだんだんと打ち解けていった。ARKS(アークス)の方もジルベルトにとっては馴染みの機体だったらしく、試運転も良好である。監視対象であるクラインは相変わらず穏やかなようで、かつての残忍さは垣間見える事も無い。それでも彼はやはり久城蔵人なのか、テレンティアとの事を口にしたり、鳴鳥と顔を合わせると、何かを思い起こすような考え込む仕草を見せていた。

 大会前日の晩、明日の為にと皆は早々に体を休める為に床についたが、鳴鳥は寝付けずにいた。一緒の部屋で寝ていたアリサを起こさないよう、そっと寝床を抜け出し、台所に向かう。コップに水を半分まで注ぎ、飲み乾した後でふと縁側を見ると、ギンジロウとジルベルトが酒を酌み交わしていた。大会前に大丈夫なのかと心配したが、ジルベルトは二日酔いになる事も無く、寝不足も関係ない。その事を思い出して鳴鳥は安堵するが、二人がどのような会話をしているのか気になった。悪い事とは思いつつも、音を立てないように傍に寄り聞き耳を立てる。


「やはり日鋼重工の…。ですが、会長職に就くという選択肢もあったのでは?」

「何もせず偉そうに椅子に座っているなど性に合わんのでな。こうして油にまみれている方が遥かに楽だ。お陰で息子には気苦労を掛けているがな」

「お孫さんはどういった経緯で?」

「息子の嫁の身体が弱くてな、最初は家政婦を雇ったんだが、何度も脱け出してはここまで来てな」

「よほど信頼されているんですね」

「女だというのに、誰に似たのか。着飾る事よりも機械をいじる方が好きなようだ」


 一升瓶を手にしたギンジロウは赤ら顔で上機嫌である。一応話は合わせているようだが、ジルベルトは彼に付き合ってあげているようである。

 遠慮などせず飲め飲めと勧めてくるギンジロウに対しジルベルトは断ることなくグラスを差し出す。ARKS(アークス)を借りる手前、無下には扱えないのだろう。並々と注がれた清酒をグイッと一気に飲み干す。その飲みっぷりにまたもやギンジロウは機嫌を良くし、まだまだ飲めと勧める。そして自分もまだまだ若いものには負けまいと一気に煽る。

 このままではジルベルトはともかく、ギンジロウの身が危険であると思った鳴鳥は二人の間に割って入ろうかと思ったが、その足が止まる。彼女をこの場に留めさせたのはギンジロウの言葉の所為であった。


「レース選手を辞めたのは、風の噂で聞いていた」

「その程度ではないですよ。あれだけの事をしでかしたんだから、直ぐに耳に入ったのでは?」

「ワシは新聞しか読まん」

「新聞の一面にも載った筈ですがね」

「そうだったか。よく覚えてはおらんな」


 一見するとギンジロウは酔っ払っているようだが、その目は真っ直ぐとジルベルトを見据える。出来れば話したくない事なのなのだという風にジルベルトは眉間に皺を寄せるが、彼ならば打ち明けても構わないと考えを改め、肩の力を抜く。

 かつてギンジロウが聞き及んだ内容、その事が未だ信じられないと彼は首を横に振る。


「にわかには信じ難いものだったからな」

「その証拠に、あの機体がある訳です」


 念の為、ここまで駈けつけた際に使用したジルベルトのARKHED(アルケード)は屋敷の前に置かれている。ジルベルトは自身の手足となり、戦場を駆けた筈の機体を忌々しげに見つめた。


「後悔は無いのか?」

「元々、レーサーになったのも、金が目当てだった訳ですし、俺としては悔いを残してなどいません。それに、罪人に自由は無い」

「そうか…。良い走りをしていたのだが、残念だ」


 はっきりとはしないが過去を語ったジルベルト。彼との少ない言葉のやり取りでギンジロウは理解したらしい。湿っぽい過去話はそこまでで、その後は他愛もない話を二人は続けていた。

 聞き耳を立てていた鳴鳥はジルベルトの口から出た言葉に驚き目を見開いて呆然とする。


「(ジルベルトさんが…罪人…?)」


 フラヴィオから聞かされたジルベルトの不死の体質がARKHED(アルケード)の枷のせいではなく、望んだものだという事。その件については以前、カルラから枷については精神面に関わる事だから口外出来ないと言われたのを思い出し、ジルベルトに追及はしなかった。そして今回また、彼についての疑問を抱く事となる。

 傍に居る筈だが、ジルベルトの事を遠くに感じる。まだ心から信用されていないのかと不安になり、寂しくもある鳴鳥はざわつく感情に目を背けるよう、この場を後にする。

 ある程度年季の入った日本式家屋の所為か、鳴鳥が歩いた後に床がきしむ。彼女は茫然としていた為、その事に気が付かず寝室に戻るが、ジルベルト達は音のした方を振り返った。障子を開いた先に遠ざかる背中、誰に聞かれたか悟ったジルベルトは溜息を吐く。


「聞かれていても構わなかったのか?」

「はい、いずれは知る事になるので」


 今すぐ追いかけて弁明をしたい所であるが、過去を偽る事など出来ない。知られたくは無かったから黙っていたが、かえってそれが彼女を不安にさせたかもしれないと思うと、迂闊に話をした事が悔やまれる。過剰な程に気遣いをする鳴鳥だから、深く追求はしてこないだろうが、このままなあなあで済ませるのは心苦しい。


「(今回の件が済んだら伝えるか…。だが…受け入れて貰えるのか?)」


 過去を明かしたらどんな顔をされるのだろうか、そう考えるとまだ今のままである方がマシに思えてくる。嫌われていても構わない、それは強がりであり、本当の気持ちと向き合うとなると震えが止まらない。

 再び縁側に腰を下ろしたジルベルトはぐるぐると渦巻く嫌な考えを、お酒を一気に飲み干すことで流してしまおうとした。





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