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Xenoverse  作者: 葉月はつか
phase one : geotaxis
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第30話 The white lily in front of a cenotaph

 星団連合と聖王星テレンティアとの戦争は終結した。テレンティアのARKHED(アルケード)は五機、その力を頼りに強大な力を誇る星団連合相手に戦争を仕掛けた訳だが、それらのうち一機はジルベルトの手によって倒され、四機は戦況が不利になると同時に忽然と姿を消した。仕えていた筈の聖王エドアルド・エルカーン12世を残して。捕らえられた此度の戦の首謀者である彼は抜け殻のように廃人状態となっており、後の調査で彼もARKHED(アルケード)の精神支配を受けていた事が明らかになった。星団連合としては彼を処刑すべきなのだが、かの星での彼の立場、崇拝されている事から簡単にはいかなかった。テレンティアは連合の保護観察下に置かれるとして、精神疾患であるエドアルドはアストリアの罪人専用の隔離病棟にて拘留となる。

 七日も過ぎれば混乱した地上も落ち着きを見せ始め、戦没者の身元の確認も大方済んだ。星団連合の本部がある惑星アストリアの主要国、ガルレシアの星団連合墓地、そこでは此度の戦で失われた命を弔う典礼、星葬式が行われていた。

 星団連合の軍服は浅葱色を基調としたものであるが、本日は弔いの場と言う事で皆、黒色の典礼用軍服を身に纏っている。

 小高い丘に据えられた慰霊碑の前には黒い礼服を着た連合議会議長、ミリアム・ウーヌ・アストリアが立っている。彼女は白い百合の花を墓標の前に供えた後に式辞を述べる。


「此度の戦では、戦場だけでなく、多くの場で沢山の命が失われました。そのひとつひとつの命は決して失われるべきものであった訳ではありません。…テレンティアは咎人を屠る為の聖戦であると言いました―――」


 テレンティアの目的は上層部にしか知らされていなかった。兵士の中には勘付いている者もいたが、このまま伏せられていても良かった。それでもミリアムはこの戦をただのカルト教団のテロとして終わらせる気になれなかった。それが戦に命を散らせた者達への弔いになると信じて…。

 ミリアムの言葉に驚く者は少なく、皆やりきれない思いを抱いている。悪を許せないという気持ちは皆同じであり、一概に否定できないからだ。


「全ての罪人に対し死を持ってして裁くという極論は赦しがたい事です。それでも我々は彼らの想いを全て否定する訳には参りません。我々も日々の安寧の為、悪を蔓延らせぬ為に此処に居ます。此度の戦で失われた命は多い、ですがその想いを糧に我々は生きなくてはなりません」


 式典は滞りなく済まされた。同僚を亡くした者は石碑の前で涙し、残された者同士で肩を抱き合ったりしている。議長や上層部の者達はまだまだ事後処理に追われているようで、感傷に浸ること無くこの場を後にしていた。


「(こういった湿っぽい場はいつ来ても慣れんな)」


 ジルベルトはキッチリと留めていた軍服の首元を緩め、胸ポケットから煙草を取りだす。彼は慰霊碑より離れた大きな木の下で幹に寄りかかり煙を吐き出した。堅苦しい式典を終えた後に一服をしていた所、彼の元に近づく者達が居た。それはアルヴァルディの面々であり、彼らもいつもの私服ではなく典礼用の軍服を身に纏っている。


「ここは禁煙ですよ、船長」

「アランか。相変わらず細かい奴だ」

「ルールはしっかり守るべきです」

「はいはい、スミマセンね」


 小言を言われたジルベルトは文句を言いつつも吸いかけの煙草を携帯灰皿に入れた。と、いうのもアランの注意を素直に受け止めた訳ではなく、式が終わった後も彼がここで佇んでいた理由、待ち人の姿が見えたからだった。軍人にしては小柄で細身の男性、その胸にはいくつかの勲章をぶら下げており、多くの戦場を生き抜いてきた証である。現在は特務部の団長の職に就いている彼は無理難題を吹っ掛ける上層部とひと癖もふた癖もある部下に挟まれているせいか、ストレスで頭は年々とM字禿が進行している。彼、ヘニング特務部団長はいつも通りの柔らかな笑みを讃えつつジルベルト達の元に来ると先の戦の労をねぎらった。

 ヘニングの話とは今後の事であった。諜報活動や表だって出来ない任務などをこなす特務部は現状任務らしい任務が無い。これまでは他の部に合流して戦後の処理を行っていたのだが、ひと段落ついた所で暫くの休暇が与えられた。


「正確には明日の晩行われる祝勝会が終わってからだけどね。まぁ今回は立て続けに任務が続いた後の戦争だったから、君達は充分休むと良いよ」

「ご配慮感謝いたします」

「あ、ちなみに明日の祝勝会では今日以上に各星のお偉いさんが来るから羽目を外さないように」


 忠告をしたのち、ヘニングは笑顔で去って行った。内容としては通信機器で伝えても良い内容であったが、彼としては皆の無事を改めて確認しておきたかったのだろう。皆と視線を合わせる事が出来て満足したようであった。

 式も終わり、ヘニングの話も終わった。スティングは自宅に戻り、アラン、マリアン、コンラードはアルヴァルディに戻る。ジルベルトはと言うと連合本部に併設された病院へと向かう事にした。


「あ、もしかしてナトリさんのお見舞いっスか?」

「…ああ、そうだが」

「なら俺も―――」

「はいはい、私達は船の換装に立ち会わなくちゃね」

「えぇ!?それなら明日にでも―――」

「いいから来なさい!」


 余計な気など回さなくともと思い呆れるジルベルトに対し、マリアンはこっちは任せてとウィンクして邪魔者だと彼が判断したコンラードを捕まえて立ち去る。マリアンの言った通り、アルヴァルディは未だ戦争用の兵装がなされたままであり、任務に就いたり依頼を受けるのは不自然な姿である。船の事は彼らに任せてジルベルトは病院へ、鳴鳥の元へと向かう。




    第30話 The white lily in front of a cenotaph




 終戦後、鳴鳥はジルベルトの腕の中で意識を失い、そのまま連合軍の病院へと運ばれた。憎まれていたが、大事だった人、久城を目の前で失い、鳴鳥の表情から笑顔が消え去った。食事がまともに取れない為、点滴を受けていて、心身ともに衰弱していったが、代わる代わる訪れる見舞いの人達に励まされ徐々に回復の兆しが見えていた。ソフィーリヤの話によると、昨日は彼女が持参したケーキでささやかなお茶会を開いたらしい。


「お見舞いに行くなら花束と甘いものが良いんじゃないかしら?」


 ソフィーリヤに言われるがまま、ジルベルトは途中花屋に寄り、店員に見舞い用だと言い花束を作って貰い、人気の洋菓子店で適当にケーキなどを詰めて貰い、病室に向かう。

 連合軍本部に併設された病院は此度の戦で負傷した者が多く入院しており、その中には身体的疾患だけでなく、精神的疲労…心神喪失の患者もいる。

 汚れ一つない床に真っ白な壁、観葉植物に鮮やかな花が咲き乱れる中庭。連合軍の病院とあって設備は整っていて清潔感にあふれていた。

 ジルベルトは病室の中でもランクの高い、本来なら上層部の者が入る一室の前でインターフォンのボタンを押す。ちなみに何故鳴鳥がこのような病室に居るのかと言うと、全てはミリアム議長の配慮だそうだ。


「ジルベルトさん…!」

「調子はどうだ?」

「お陰さまで、この通り、平気です!」


 インターフォン越しで挨拶を交わす二人。鳴鳥は少しだけ待っていて下さいと言い、ドアの施錠を解除した。画面越しでも笑顔を見せていた鳴鳥であったが、その様子は多少無理をしているようである。それでも、ソフィーリヤの言った通り、花束と甘いものは効果てき面であったらしく、受け渡すと心底嬉しそうに微笑んだ。


「でも、ジルベルトさんがこんなに素敵なお見舞いの品を持ってきてくれるなんて意外です」

「…お前、喧嘩売っているのか?」


 色とりどりの鮮やかな花束を花瓶に生けていた鳴鳥はクスクスと笑いながら言う。彼女の言う事はもっともであり、ソフィーリヤの受け売りであったが、その事は伏せておいてジルベルトは彼女の頭をわしゃわしゃと撫でつける。軽く叱りつけた筈であったが、鳴鳥は目を細めて嬉しそうにしていた。

 花束を飾り終えた鳴鳥はベッドに座ってリクライニングの背もたれに背を預け、ジルベルトはベッドの横の椅子に腰かけていた。

 もう一つの見舞いの品であるプリンの蓋を開きながら鳴鳥はハッとしてまたニコッと微笑む。


「そういえば、今日の服…カッコいいですね」

「あ、ああ、これか。今日は連合の戦没者慰霊祭があってな」


 屈託のない笑みを浮かべて褒める鳴鳥に対し、特に深い意味などないのだとわかっていてもその言葉に口角は上がる。その事を悟られぬようにすぐさま元の仏頂面に戻して返答した。すると鳴鳥は少し悲しげな表情になる。自軍の犠牲者の中に見知った者や親しいものは居なかったが、それでも典礼の際には空気に飲まれ感傷に浸っていた。今となっては自身の周りの者は誰一人欠ける事が無くて良かったと安堵する気持ちが強いが、鳴鳥は違う。彼女は敵ですらも慈しむような性格である。当然のことのように死者に対しての弔う気持ちを露わしていた。

 戦争での事は彼女が一番心を痛めている。久城の事もあるのでなるべく話さないようにと心がけていたが、ここでうっかりと口を滑らせてしまう。


「戦争ってものはこんなものだ。死者が出ないなどあり得ない」

「そう…ですか…。それでも…やっぱり、悲しいものですね」

「だが、お前のお陰で犠牲者は減らせたんだ。胸を張り、誇らしく思えばいい」

「そんな…!今回だって私は結局、ジルベルトさんに助けて貰って…」

「その時の礼なら何度も聞いたぞ」

「何度言ったって感謝の気持ちは尽きません!」

「…そうか。だがな、お前が奴をあの場に引き込んでくれたから、その分助かった奴が居るってのも事実だ。ただの学生だった女の初陣にしては上出来だ」

「えっと…褒めて下さっているんですよね」

「そのつもりだが」

「でも、ジルベルトさんのお陰ですよね。根気よく訓練に付き合って貰えた結果だと私は思います」

「そ、そうか」


 またしても意識していないであろう褒め言葉にジルベルトは心を乱されてしまう。どれもこれもあの戦場でクランドが自分にとって鳴鳥はどんな存在なのかと問いかけてきたことが原因であると決め込み、内心苦虫を噛み潰す。死してなお、彼の存在に囚われているのは鳴鳥だけでなく、ジルベルトも彼女と同じようだ。

 照れを隠すように鳴鳥の頭をまたしても撫でつけるジルベルトに彼女は困惑しながらもその手を退けない。嬉しそうであると感じるのは都合のよい解釈なのかとジルベルトはまたしても頭を悩ませる事となる。


「もー、子供扱いしないで下さい」

「俺にとってはまだまだガキだ。今回は上手くいったが、あまり調子に乗るなよ」

「大丈夫です!分かっています」

「お前の大丈夫はどうにも信用ならんのだが…」


 ふと頭をくしゃっと撫でつける手を止め、優しく撫でる。鳴鳥の髪質は柔らかく、触れていると心地が良い。無意識下の行動にジルベルトはハッとして鳴鳥の頭から手を離した。


「撫でられるのは嫌か?」

「そんな事無いです。心地よいって言うか…なんだかお父さんを思い出します」

「は…?」

「今は無いですけど、子どもの頃よく撫でてくれて、それが嬉しかったなーなんて」

「おい」

「はい?」

「親父はないだろう、親父は」

「そう言えば、ジルベルトさんってお幾つなんですか?」

「まだ36歳だ」

「私は18歳です。私くらいの娘が居てもおかしくはない歳ですね」

「ああ、…って!だからって親父はないだろう親父は!せめてお兄さんとか」

「お兄さんって…歳、離れ過ぎていませんか?」

「…なるほど、そこまで言うか」


 眉間に皺を寄せたジルベルトは溜息をひとつ吐くと両手で鳴鳥の頭をがしっと掴んでぐしゃぐしゃに撫でつける。撫でるというよりも揉みくちゃにする様は彼がいかに腹を立てているかが分かる。本気で怒っている訳ではないが、さすがにぐちゃぐちゃにされるのは困ると感じた鳴鳥はジルベルトの手を退けようとする。


「やっぱりジルベルトさんは意地悪です!」

「はぁ?何処が?俺ほど優しい奴も居ないぞ?」

「もう!これ以上ぐしゃぐしゃにしないで下さい!」

「お前が生意気なのが悪い」


 揉みくちゃにしたりポカポカと軽く叩いたり、傍から見ればじゃれ合っているように見える二人は周りの事が見えておらず、室内に客人が訪れた事すらも気が付いていなかった。客人は二人の仲睦まじいさまを微笑みながら見ているが、流石にこれ以上イチャイチャしている所が目に余るのか、コホンと咳をして注目を集める。ようやく入り口に来客が居ると気が付いた二人は咳払いがされた方に向き直り、その人物に驚き固まる。


「えっと、お邪魔でしたかしら?」


「「み、ミリアム議長!?」」


 鳴鳥の病室を訪れたのは護衛を引き連れた星団連合議会議長ミリアム・ウーヌ・アストリアであった。彼女は硬直する鳴鳥とジルベルト達の様子にまたもや笑みを溢す。彼女もジルベルトと同様に典礼用の黒い衣服を身に纏っている。今日はフリルやレースは付いていないが、そのお人形の様な愛らしい姿は衣装が変わっても健在である。

 ミリアムに誤解されたままでは、と思ったジルベルトは直ぐに身なりを整え立ち上がり直立不動に、鳴鳥もジルベルトに乱された髪をささっと直して背筋を伸ばした。


「そんなに畏まらなくても…。楽にして下さい」

「はっ!」


 ミリアムが鳴鳥へ見舞いの品である焼き菓子とお花が詰め込まれたバスケットを手渡した後、椅子に腰かけた所で彼女に促されてジルベルトは椅子に座る。これはどういう事だと彼は鳴鳥に問い詰めるようなジトっとした目線を向け、彼女は申し訳なさそうに眉をハの字にする。どうやらミリアムがこの時間に訪れるという事は予め知らされていて、うっかり鳴鳥が伝え忘れたようだ。ジルベルトとしては責を問う視線であったが、ミリアムから見ればそれは恋人同士の目配せに見えたのだろう。口元を手で隠し、クスクスと笑いながら冷やかしとも取れる言葉を掛ける。


「本当にお二人は仲がよろしいんですね」

「だ、断じてそういった仲ではありません」「そ、そうです」

「私はお似合いだと思いますが?」

「…冗談は程々にして下さい」「…」


 ジルベルトと鳴鳥はミリアムの誤解を解こうと言い訳をしていたが、途中から鳴鳥の口数が減った。どうしたのかと気になったジルベルトが彼女の方を見ると何処か不満げな表情であった。否定しすぎたのが彼女にとっては納得いかないようであったが、その事を当人に悟られる前に鳴鳥はミリアム議長に用件を訊ねる。


「あの…お見舞いの品、ありがとうございます。えっと、今日は大事な話があるとのことですよね?」

「それなら自分は―――」

「良いのです。ジルベルト・ジャンディーニ特務部隊長、貴方もこの場に居てくれて助かります」


 自分は邪魔かと思い、席を外そうかと立ち上がったジルベルトであったが、ミリアムは彼をこの場に引き留めた。大事な話、とのことで再び席に着いたジルベルトは真剣な面持ちになる。コホンと一つ咳払いをしてミリアムは鳴鳥を見つめて用件を伝える。


「明日には退院だそうですね」

「はい、お陰さまで。このような良い部屋をありがとうございました」

「いえ、良いのです。貴女の働きを省みれば当然の待遇です」

「そ、そんな…!自分は何も―――」

「いいえ、貴女がクランド機を引きつけて下さったお陰で犠牲が減ったのは事実です。そして、彼を討ち破ったのも多大なる功績です」

「…え?」


 ミリアムはジルベルトと同様に鳴鳥の活躍を認めていた。だが、彼女はそれ以上に、事実でない事を鳴鳥の手柄であると言い切る。平然と言ってのけるミリアムに困惑した鳴鳥はどうしたものかとジルベルトの方に視線を泳がすが、彼も当然だという風に黙って頷く。


「あの…止めを刺したのは私ではなくジルベルトさんが…」

「あら?そうでしたか?おかしいですね、報告では貴女が撃破したと上がっていますが」

「それは間違いです!あ、ARKHED(アルケード)に残された交戦データは…」

「…とにかく、お前の手柄だ。そういう事にしておく方が都合が良い」

「え?え?…どういう事ですか?」


 一人だけ頭上に疑問符を浮かべた様に混乱する鳴鳥に対し、ミリアムとジルベルトは微笑みながら事実を捻じ曲げようとしている。何が何だか分かっていない鳴鳥に対しミリアムは説明をする。鳴鳥が久城を倒し、戦争の終結に導いたという結末、それは連合にとっても鳴鳥にとっても都合が良い事らしい。故郷を滅ぼされた鳴鳥が亡き者達の無念を晴らし、平和をもたらした。今回の戦争を美化するには彼女の境遇とビジュアルが最も良いだろうという上の判断だそうだ。そして鳴鳥の為になるというのは、彼女の今後の待遇に関わる事となる。


「ナトリさんは英雄として祭り上げられる事となります。そして最大の功労者には自由が与えられます」

「自由…ですか?」

「ええ、貴女の思うように生きられるよう、わたくし達が最大限の助力を致します」

「そんな…今でもこうして良くして貰っているのに…。なんだか申し訳ないです」


 宇宙を束ねる議会の議長に何でも思い通りに出来ると言われ、鳴鳥は委縮する。これまで多大な迷惑を掛けたのに本当にいいのかと戸惑う視線でジルベルトの方を見るが、彼も頷いて好きにすれば良いと示した。

 鳴鳥には全くやりたい事がない訳ではない。自分のやりたい事は前から決まっているが、調査部のダニエルからはその近道は軍学校に入る事だと言われた。戸惑いつつも鳴鳥はその事を含めて聞いてみる。


「あの…私はお世話になった皆さんに…ジルベルトさん達に恩を返したいと思うのですが、今の自分では力不足だと思うんです。なので一先ず軍学校に入学して、それから―――」

「軍人になろうというのですか?」

「私では無理、でしょうか?」

「いいえ、先の戦での戦績から考えれば、これから教練を受ければ充分です。それに、ARKHED(アルケード)の操縦者としては軍属になって頂けるのが此方としても有難い事です」


 そこでミリアムはチラリと視線をジルベルトに移し、彼の意見を窺う。眉間に皺を寄せて難しそうな顔をしているジルベルトは傍から見れば反対をしているようであった。


「何度も言うが俺は軍人だ。民間人を保護するのが職務だからその事を気に病む事はない」

「それでも…私は…」


 仕事だからとジルベルトは言うが、彼としてはこれ以上鳴鳥を危険な目に合わせたくない、二度と辛い思いをさせたくないという気持ちもあり、危なっかしい彼女を傍に置いて守りたいという気持ちもあった。けれどもその事はこの場で言わず、心の中に秘めている。一方鳴鳥もただ恩返しがしたい訳ではなく、家族や友人、帰る場所を失った為、唯一安心できる場所、ジルベルト達の傍に居たいというのが本音である。けれどもそれは我儘であり、迷惑であると感じて言えずにいた。

 互いの気持ちを察しているミリアムは仕方がない子たちね、と微笑みつつも呆れたように溜息を吐いて提案をする。


「それではわたくしが決めさせて頂きます。ナトリ・ナナツカ、貴女には星団連合軍特務部、ジルベルト・ジャンディーニ特務部隊長の部下として任命します」

「は?」「え…?」


 ニッコリと微笑むミリアムの提案…と言うより急な任命にジルベルトと鳴鳥は驚きポカンと口を開ける。だが、すぐさまジルベルトはどういう事かと問い詰めるような顔でミリアムに視線を投げかけ、鳴鳥はパァっと嬉しそうに笑顔を輝かせた。

 危険から遠ざけたい、だが手元に置いて守りたいという矛盾した願いが叶いつつあるジルベルトであったが、本当に良いのかと不安になりミリアムの真意を問いただす。


「軍学校の事ですが、ジルベルト特務部隊長、貴方は実技の教官資格を習得していますよね?」

「はぁ…確かにそうですが。座学の方は…」

「アラン・スミシー特務隊員が資格を習得しています」

「そう…でしたね。ですが自分には任務が―――」

「任務の合間で良いのです。スティング・スヴェルトホーン特務隊員はARKHED(アルケード)ARKS(アークス)の扱い以外の実技教官資格を習得していますし、彼と分担するのも良いでしょう」

「…」


 成程と納得するより、アルヴァルディの面々のスペックの高さに頭を悩ませるジルベルトである。しかし彼があれこれと反論めいた事を口にしていたせいか、ミリアムの決定に異議を唱えていると感じた鳴鳥がしゅんと項垂れてしまった。その事に気が付いたジルベルトは慌てつつも弁解をする。


「やっぱり…迷惑ですよね」

「い、いや、そんな事はない。ただ、こんな特例が許されるのかという事と、お前を危険な目には晒せないという事だ」

「先程申し上げましたが、ナトリさんに選択権があり、軍属という事ならば文句を言う者も居ないでしょう。それから、先の戦の際に自身の力で生き抜いた彼女なら問題ないと私は思います」


 議長にここまで言われてしまうとこれ以上反論はできない。ジルベルトは大人しく彼女の命を受け、鳴鳥を部下にする事を承諾した。この件についてジルベルトの上官であるヘニングは存じているのかという問いに対し、ミリアムはニッコリとした笑顔で既に話は通してあると言った。どうやら鳴鳥の考えは既に知られていたらしい。因みに、ミリアムがヘニングに予め話を通していた際、彼は鳴鳥を手元に置きたいと、特務部の事務官にしたいと願い出たらしい。どうやら戦争前に鳴鳥が作った朝食が気に入ったようだ。鳴鳥の身の安全を考えれば、内勤であるヘニングの元の方が良いのだが、選ぶ権利は彼女にあるとミリアムはきっぱりと言い切った。

 迷惑ではないと否定したが、鳴鳥はまだ心配なようで、おずおずと願い出る。


「えっと…不束者ですが、よろしくお願いします」

「……その言葉はおかしいだろう」

「え?」

「まるで新婚夫婦のようですね」

「あ!」


 クスクスと微笑むミリアムに指摘され、鳴鳥は自分の発言を思い返す。確かにそのセリフは旦那になる者に言う言葉であり、カァ…っと顔を真っ赤にして鳴鳥はしどろもどろになりながら否定をする。一方その言葉に対して突っ込みを入れたジルベルトも頭を抱えているようだが、頬には僅かに赤みがさしていた。

 今後の事は互いに不安な面があるが、一先ず離れ離れという事にはならず、鳴鳥は作り物ではない笑顔で喜んでいる様子であり、ジルベルトとしてもその表情に絆されてしまう。


「あの…ジルベルトさん」

「…ん、何だ?」


 まだ職務が残っているとのことでミリアムは用件を伝え終え、鳴鳥の気持ちを聞き終えると病室を去った。ジルベルトは今後の事を話す為に病室に残っている。明日からの事、と言っても明日は午後から叙勲式、夕刻からは祝勝会と予定が決まっている。二人とも両方の式典に参加する予定であったが、鳴鳥にはその前に行きたい場所があった。


「慰霊碑にか?」

「はい、今日の式典に参列できなかったので…。慰霊碑がある場所に私でも自由に出入りできますか?」

「ああ、問題ない。一般市民にも開放されている場所だからな。ならば明日の朝、迎えに来る」

「え?一緒に来て下さるんですか?」

「お前を一人にしておくのは不安だからな。何か事を起こしたらその責は上官である俺にも問われる」

「そ、そんな!私は危険な事なんて…」

「ほう、最近で言えばヴィルト・ルイーネでの事を忘れたのか?」

「う…っ」


 痛い所を突かれて鳴鳥はぐぬぬと悔しそうな顔をする。それでも何だかんだと言い自分に付き合ってくれるジルベルトの優しさは伝わっているようで、直ぐに笑顔を取り戻す。


「でも嬉しいです。私の事、気に掛けて下さって」

「どうしてそこで喜ぶ。手間を掛けさせる事を反省しろ」

「そ、そうですね。自分では気を付けているつもりですが…まだまだですよね。でもやっぱり、誰かに気にして貰える事は嬉しい事です」

「…少しは尻拭いをする身にもなってくれ」


 溜息を吐きつつ肩を落とすジルベルトであるが、心底面倒臭がっている訳ではないようだ。その表情は手間のかかる子供の面倒を見ているような優しげなものである。彼が何度も言うように、すっかりと鳴鳥に振り回される事に慣れているのだろう。申し訳ないと思いつつも彼の優しさに、鳴鳥は自然と笑みを溢した。






 翌日、ジルベルトと鳴鳥は約束通り、午前中に慰霊碑があるガルレシアの星団連合墓地へと向かった。昨日の式典で多くの人が訪れていた為か、今日は人影がまばらである。昼からは叙勲式、夕刻からは祝勝会という華やかな式典があるからだろうか。今日は辛気臭い思いをしたくはないという者が多いようだ。それでも遺族である者は未だ現実を受け入れられないのだろう。息子を亡くした老夫婦や、夫を亡くした妻と子、恋人を亡くした女性の姿が見える。ジルベルトにとっては見慣れた光景であるが、鳴鳥にとっては初めて目の当たりにするらしく、遺族の悲しみに暮れた表情に心を痛めている様子であった。今にも貰い泣きをしそうなくらい潤んだ瞳である鳴鳥の頭をジルベルトは撫でつけて諭す。


「お前がそんな顔をする必要はない」

「でも…っ」

「軍人になるならば、この程度の事はザラだ。目の前で喪う事も覚悟しておけ」

「…そう、なんですね。私…考えが甘かったようです」

「何なら今すぐに議長に進言すれば内勤にでも…」

「それは嫌です…!」


 鳴鳥は涙を拭い、真っ直ぐな視線でジルベルトを見つめた。その瞳には確かな決意の光が宿っている。心配などする必要はなかったとジルベルトは安堵し、彼女の頭から手を離したのちに抱えていた花束を供えるよう促した。小さく頷き、鳴鳥は階段を上がる。石碑の元には犠牲者と戦没者の名が記される電子式端末が備えてある。地上でテロの被害に遭った者も含まれている為、その数はざっと一万は超えていた。名を検索すればその者の遺影と享年などの情報を知ることができる。花束を供え終えた鳴鳥はふと思い立ち止まり、その端末にある人物の名を入力する。だが、彼女の予想通り、『彼』の名は記されていない。 


「(敵の名は此処に記される筈がないよね…)」


 誰か彼の生きた証を残しているのだろうか…。そう、鳴鳥は考えて胸を締め付けられる思いをする。

テレンティアでは今や裏切った形となるARKHED(アルケード)の操縦者四名、彼らは星団連合に手配されているだけではなく、テレンティアの民からも恨まれている。ならば彼らの仲間である亡くなった者も反逆者であり、その死は悼まれないであろう。

 鳴鳥が手を止め振り返る先にはジルベルトが居る。彼女が未だに吹っ切っていない事を彼は咎めない。無言のまま、彼女の隣に立った。


「(…久城センパイ……どうして最期に私の事を赦してくれたんですか…?)」


 問いに答えてくれる者はもう居ない。最期に彼は自ら死を望み、これまで執拗に殺そうとした鳴鳥を生かす事を選んだ。その切っ掛けは鳴鳥が伝えた想い、「好きだった」という言葉のように彼女は感じていた。そしてその言葉が彼を変える一因なのなら、もっと早く伝えていればと後悔の波が打ち寄せる。今となってはその事も確認しようがない。


「(私は…忘れません。久城センパイの事も、想いも…!)」


 自分だけは彼の事を忘れぬよう、改めて亡き存在を胸に刻む。彼の望んだ世界、犯罪の無い世など簡単には実現できない。それでも自分に出来る事をと決意を新たにする。




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