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Xenoverse  作者: 葉月はつか
phase one : geotaxis
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第24話 In the cobalt blue sea

 鳴鳥が居なくなったというコンラードからの情報と、アランが突き止めた鳴鳥の様子が映された映像に彼女と共に居る赤髪で長身の男。それらの事柄から、ジルベルトは嫌な予感を感じていたが、ラウナの言葉により悪い予感は確定事実へと変化する。それと同時に飛び立つARKHED(アルケード)。ラウナによるとその機体はもう一人の探し人であるフラヴィオのものらしい。それを聞いた途端、ジルベルトは自分の機体を呼び出す為に開けた場所へと駆けだした。そこに鳴鳥が居るかどうかは分からないが、胸騒ぎは止まらない。

 フラヴィオ機は何処を目指しているのか分からないが、ただひたすら突き進んで行く。切り立つ断崖をスレスレで避けたり、マグマが噴出する活火山洞窟を抜けたり、危険な場所をハイスピードで進む。ジルベルトもラウナと共に追いつこうと各自ARKHED(アルケード)に搭乗して追いかけるが、一定の距離を保ったままであり、その差は縮められずにいた。

 フラヴィオを追いかける最中、コンラードからの通信が入る。彼は鳴鳥の通信機が発信している位置情報の場所へ向かっていたが、やはりその場は予想通りの状況であった。


「ナトリさんの通信用端末とポーチ、ハンドガンが路地裏に落ちていたっス。そこから匂いを辿ったら建物の屋上にいきなり飛んで…。それと男物の香水の香りが一緒に漂っているっス」

「ナトリがフラヴィオと共に居るのはほぼ確定か。俺は今奴のARKHED(アルケード)を追っている。念の為皆にアルヴァルディで待機するように伝えておいてくれ」

「了解っス」


 コンラードに指示を出して通信を切った後、ジルベルトはレーダーを確認する。フラヴィオ機との距離は未だ縮まらず、強制で通信回線を繋げられる有効範囲にはまだ達していない。把握できない状況に苛立ちは募り、自分の少し後方を飛行するラウナにこの状況はどういう事かと問いただす。通信映像に映された彼女の表情は変わらぬ無表情であり、まるで危機感が感じられない。


「奴はどういうつもりだ!?」

「さぁ、私は彼の考えている事を全て把握している訳ではないわ。でも、多分、彼は今、凄く楽しんでいる気がする」

「楽しんでいるだと…?」

「ええ、レースの時よりも生き生きしているわ」


 彼を喜ばす原因は思い当たらないけど、とラウナは言い、操縦に集中した。

 吹雪が絶え間ない氷山を越えた先、雪原に入るとフラヴィオ機はペースを落として飛行していた。加速する事が無くなり、ジルベルト達の機体との距離が縮まる。通信回線が繋げるギリギリの範囲に到達すると、ジルベルトはすぐさま通信を繋いだ。だがそこに映されたコックピット内の映像には赤髪に獣耳を生やした男の背中が映っていた。これはどういう事だと一瞬驚くが、フラヴィオが鳴鳥を組敷いているのだと気が付き、無事かと叫んだ。

 ジルベルトの声に鳴鳥は嬉しそうに声を上げるが、彼女の目尻には涙が浮かんでいる。無理矢理に事に至ろうとしたのに対してカッと怒りを感じ、フラヴィオを睨みつけるが、彼もまた邪魔された事が不服なのか、ジルベルトを睨み返す。

 どうにか鳴鳥を返すよう呼び掛けるが、フラヴィオは応じない。それどころか彼は捕まらないようスピードを上げて距離を取ろうとした。なんとか捉えるよう、ジルベルトは追いかけるが、その最中、フラヴィオは挑発をするような形で鳴鳥の身体を弄る。その行為にジルベルトは我慢しきれず、攻撃を開始した。

「(ナトリ…!クソっ!!どうしてこんな事に…っ!!)」


 フラヴィオに言われた通り、鳴鳥はジルベルトの女ではない。けれども彼女が涙を浮かべながら自分の名を呼ぶ姿に怒りは抑えきれない。何故ここまでこんなにも彼女を助けたくなるのか、そんな事を考えている余裕も無かった。




        第24話 In the cobalt blue sea




「あの…!お願いです、取り敢えず止まって下さい!」


 鳴鳥は絶えず与えられるこそばゆい様な、ゾクゾクするような気持ちに耐えながら、フラヴィオの手を取り乞う。しかしフラヴィオは終始楽しそうで不敵な笑みを浮かべたまま却下する。


「ヤダ。手元には可愛い子が居るし、クソ野郎を煽れるし、今すっごく楽しいんだ。止められるワケねーだろ」

「そ、そんな…っ!」

「クソ野郎が言っていたが、お前は奴の女じゃないんだろ?なら良いじゃねぇか。それにしても奴の顔ときたら…案外お前の事を好いているんじゃねェのか?」

「そんな事は…っ」


 ジルベルトは操縦に集中するためか、鳴鳥の痴態を見たくなかったのか、通信を遮断している。先程まで映されていた彼の顔は怒っているように見えた。助けようと後を追うジルベルトだが、その心情は鳴鳥には分からない。彼が怒っている原因はヘマをしでかし、手間を掛けさせた自分に怒っているものかもしれない。そもそもジルベルトが自分を好いている訳ではないと鳴鳥には思い当たる節があった。


「ジルベルトさんは…、手の掛る私に怒っているだけです」


 どちらかと言えば、ジルベルトが愛しているのはソフィーリヤの方ではないかと思い浮かぶ。彼女に接する彼は喋り方も穏やかであり、彼女のスタイルなら彼も満足するだろう。そう考えていると、鳴鳥は何故だか胸にチクリとした痛みを感じた。

 これまで快楽に溺れぬよう耐えていた表情から、辛そうな、苦しそうな顔になる鳴鳥に対して、フラヴィオは笑顔をスっと曇らせて冷ややかな目をする。


「奴は、お前にこんな顔をさせるのか?」

「ふ、フラヴィオさん!?」


 フラヴィオは鳴鳥の身体を撫でていた手を彼女の顔に伸ばして自分の方へと向けさせる。そして悔しそうな顔を見せた。

 愛情かどうかは分からないが、鳴鳥の心の中にはジルベルトが居る。当人は認めてはいないが恐らくジルベルトの心の中にも彼女が居るのだろう。その事を羨ましくも感じ、妬ましくも感じたフラヴィオは奥歯をギリッと噛み締める。

 これまでフラヴィオは弄ぶように鳴鳥の身体を撫でつけていたが、その手が止まり、彼女はきょとんとする。恥ずかしい思いをしなくて良いのだから、これで良いのだが、自分を見つめてくる彼の切ない表情に心が揺らぐ。彼が何故ここまでジルベルトを憎悪するのか、それが分かればこの状況をどうにかできるかもしれない、逆上するかもしれないが、鳴鳥は賭けに出る事にした。


「フラヴィオさん、貴方はどうしてジルベルトさんの事…―――」


鳴鳥が言いかけた所で機体の前面が急速に氷結した。そして機体は急降下して海面が近づく。






 雪原を駆け抜け、遺跡が点在する荒れ地を越え、砂漠地帯を走り去るフラヴィオ機を追いかけるジルベルトは攻撃をするが、当たる気配が無い。ひらりひらりとかわすその姿と、鳴鳥を辱めるその姿に苛立ちは募るばかりである。どうにか付いて行っている状態であるが、距離は縮まらない上に攻撃は当たらない。状況を打破すべく、ジルベルトは自機の後方を飛ぶラウナに再び声を掛けた。


「奴をどうにかできないのか!?」

「出来なくもないけど…。そうね、時間が来てしまったらこれ以上のややこしい事になりそうだから協力するわ」

「時間…?よく分からないが助力は感謝する。で、策はあるのか?」

「ええ、あるわ。攻撃を調整して、水辺…海が良いわね。そこに誘導して」

「了解」


 エリアを確認し、海がある方へ追い込むように攻撃をする。右翼を狙い狙撃すれば左舷に傾き進路はそちらへと向く。この方法なら思い通りの方へと誘導することも可能だが、行き止まりが無い空の上では追い詰めようにもできない。ましてやラウナは断崖や山脈などの遮蔽物の無い大海原へ進路を運ぶように指示した。意図を知りたい所だが、気を抜けばフラヴィオ機は目的のルートから外れようとする為、問いかける事が出来なかった。

 やがて彼女の指示通り、熱帯雨林を越えた後、砂浜を過ぎ去り海に出た。サンゴ礁が見られるコバルトブルーの海が広がる場所をフラヴィオ機を先頭に三機が駆ける。

 準備は整った。これまでジルベルト機の後方を走行していたラウナ機が前に出てフラヴィオ機に近づく。限界まで距離を詰めて形状変化をしたラウナ機はその手に当たる部分に杖を掲げていた。その杖を振り下ろすと、海上を一直線に波が立ち、フラヴィオ機に海水を浴びせる。そしてその海水は急激に温度を下げて氷結する。パキパキと音を立てて氷漬けにされて勢いを失ったフラヴィオ機は、推進力を失い海面へ真っ逆さまに落ちた。

 桁外れの自然を利用した攻撃にジルベルトは驚いたのち、感心した。


「…魔術みたいだな」

「実際そうイメージをしているの。自然原理を考慮しているけど、後はイメージで威力を倍増させるのよ」

「御見それ致しました、と」

「さぁ、回収に行くわよ」

「了解」


 見た目は可愛らしい女の子であるが、ミリアム同様、見た目と中身が同じであるという事は無い。彼女はようやくフラヴィオを捉えたというのに喜ぶ素振りも見せず、これまで通りの無表情であった。


「(もしかするとラウナの枷は…)」


 ジルベルトは彼女がARKHED(アルケード)を契約した際に与えられた枷について思い当たる所があったが、言わないでおいた。ARKHED(アルケード)契約者の枷というのは当人にとっての精神的苦痛になる事象が多い。それを彼女から聞きだすのは酷な事であり、フラヴィオを捕まえる手助けをして貰った彼女に対して、内面にずかずかと土足で入り込むような問いをするのは礼に欠いているだろうと判断した。

 ニ機は海面に凍り漬にされて浮かぶフラヴィオ機の周りの氷を溶かした。氷による拘束が解かれた途端、逃げ出すかと思いきや、以外にも大人しくしている。不審に思いつつもコントロールを電子戦で乗っ取り、コックピットを強制的に開くとそこには困り顔の鳴鳥と呆然とするフラヴィオが居た。その様子を見て、ラウナはポツリと呟く。


「…時間、過ぎてしまったのね」


 ジルベルトは自分の機体を傍に寄せ、フラヴィオ機に飛び移る。彼が近づいてみてもフラヴィオはぼんやりとした表情で辺りを見回している。抵抗や攻撃はしてこなさそうだが、一応銃を向け、鳴鳥の腕を引き、自分の傍に引き寄せる。


「無事か…!?」

「は、はい…。すみません…また迷惑掛けて…」

「いや、それはいつもの事だから良い。それよりも―――」

「お、お前はジルベルト・ジャンディーニ!!」


 これまでも通信映像で会話を交わし、顔を合わせていた筈だが、初めて見るかのようにフラヴィオは驚き声を上げる。その挙動はこれまでの彼らしからぬものであり、鳴鳥とジルベルトは顔を見合わせて首を傾げる。フラヴィオは警戒しつつもジルベルトに怨みの籠った視線を向けてくる。一触触発になるかと思われたが、そこに遅れてラウナが降り立ちフラヴィオに声を掛ける。すると彼は見知った顔にこれまた驚き、何か察したのか、肩を竦める。


「おー、ラウナか。目が覚めたらなんか訳わかんねー状況だし、クソ野郎が目の前に居るしで、どういう事だ?」

「時間、過ぎているわよ」

「ああ、そうか。成程な」


 ラウナの言葉にフラヴィオは納得がいったようでウンウンと頷く。状況は把握した、けれどもジルベルトに対する怒りは健在の様で、改めてギロッと睨みつけてきた。だが、ラウナがその前に立ち、フラヴィオに落ち着くよう諌めた。


「フラヴィオ、貴方はこの方々、特にそちらの子に迷惑を掛けたのよ」

「俺が…?そうか…済まない」

「え、は、はぁ…」


 ラウナに言われるがまま、フラヴィオは鳴鳥に頭を下げる。先程まで彼からされていた行為を一言で片づけてしまっても良いかと悩む鳴鳥であったが、明らかに様子のおかしい彼に怒りをぶつける事は出来ずにいた。

 ひとまずフラヴィオを落ち着かせた後、ラウナは未だ事情を飲みこめない鳴鳥とジルベルトに説明を始めた。


「フラヴィオのARKHED(アルケード)契約時に架せられた枷は記憶を失う事。一日一回、日付が変わると同時に記憶は契約直後まで遡り、それまで経験した事を忘れてしまう」

「そんな…!」

「…なるほどな」


 事もなげにラウナは言うが、鳴鳥にとっては衝撃的な事実である。これまでに彼女は自分の記憶が消されるかもしれないと知り、酷く動揺した。悲しい事も沢山あったが、大切な思い出を失う事はとても辛く、耐えられないと思っていた。だが、ラウナは特に気を遣う事も無くサラっと告げて、フラヴィオもさして苦に思っていない様であった。逆に憐れむような鳴鳥に対し、彼は嬉しそうに微笑んだ。


「そこの可愛いお嬢ちゃん、俺様の事気にしてくれているワケ?その気持ち、嬉しいぜ」

「フラヴィオさん…」

「と、言ってもそれも忘れちゃうんだけどな」

「…っ」


 から笑いに見えるフラヴィオのポジティブアピールに鳴鳥はますます心を痛め、悲しそうな顔をする。だが、彼にとって女性を悲しませる事は本望ではないらしい。彼は困ったような笑みを浮かべると、鳴鳥に対し軽口をたたく。


「そんな顔しなくて良いぜ、君みたいな可愛い子が笑っていない方が俺にとっては辛いってモンだ。そう言えば君、名前は?」

「あ…、わ、私はナトリ・ナナツカと言います」

「ナトリちゃんか、名前も可愛いな。今度俺とデートしよっか?」

「え、あ、そ、その…」

「その初々しい反応も良いねェ……っておい、何邪魔してんだクソ野郎!」


 フラヴィオは鳴鳥に近づきナンパめいた声を掛けていたが、ジルベルトが間に入り戸惑う彼女を背に隠した。邪魔された事に苛立ったのか、フラヴィオは眉間に皺を寄せてジルベルトを睨みつける。


「まさか、テメェの女ってワケなのか!?」

「いや、それは違う。が、コイツは嫌がっている。それ以上近づくなら―――」


 そう言いながらジルベルトは銃口をフラヴィオに向ける。丸腰である彼はジルベルトの殺気を感じ、それが見せかけだけでないと悟ったのか、両手を挙げてこれ以上手は出さないと後ずさって距離を取る。そして彼はラウナに顔を向けて、自分が鳴鳥達に何をしたのかを問いかけた。ラウナにありのままあった事を話されると、ジルベルトは任務に支障をきたすと危惧し、彼女の方を横目で見る。しかし彼女はジルベルトが攻撃を仕掛けた事を話さなかった。


「貴方はその子、ナトリを捕まえて私達から逃げまくっていたのよ」

「へぇ…。まぁ大方ナンパしてお持ち帰りしようとしたってとこか」

「無理矢理にね」

「マジか!?俺はこう見えても嫌がる女に…。いや、無理矢理ってのも好きだしな。あり得るな」


 正直に性癖をさらけ出すフラヴィオに彼以外は呆れた様子だ。だがそんな事はお構いなしで、フラヴィオは納得したようにウンウンと頷く。そして申し訳なさそうに鳴鳥に対して頭を下げた。


「怖い思いをさせて済まない。まぁ君が可愛かったってのも要因だろうが、不快な思いをさせたようで悪かった」

「い、いいえ。私も…その…」


 そこで鳴鳥は言葉を飲み込む。今ここでフラヴィオと交わした約束、身体を差し出して協力をして貰うという事を言ってしまうとどうなるのか、瞬時に駄目だと思い、口をつぐむ。嘘を吐いているような気持ちになり、居た堪れなくなった所をジルベルトが口を挟んだ。


「話は変わるが、俺達は星団連合の使いでこの星に、お前達に会いに来た」


 そう言いながら、一枚の電子カードを見えやすいように差し出す。そこから浮かび上がる書簡の内容は連合から正式に応援を要請する事、その報酬内容とミリアム議長の印が記されている。

 鳴鳥との会話を邪魔され、不貞腐れた表情になる。が、連合直々の書状を前に少し驚いていた。だが彼はその程度で大人しく従う程素直ではない。しかもその書状を届けに来たのがジルベルトだという点でも不服らしい。


「テメェ…どの面下げて俺様のトコに来たんだ?連合の犬になるってだけでも嫌気がさすが、テメェなんざと共闘なんてやってられねェな」

「…」


 記憶がリセットされる前からフラヴィオはジルベルトに敵意を剥き出しにしていた。それは何故なのか、ジルベルトも分かっていない様である。彼がどうしたものかと考えあぐねている横で鳴鳥は口を開く。今目の前に居るフラヴィオは自分の事を心底好いてくれた、欲してくれた彼ではないが、鳴鳥の言葉なら聞いてくれそうでもある。ジルベルトを睨みつける彼の表情は恐ろしいが、自分も何か役に立ちたいと思い、説得を試みる。まずは彼がジルベルトを恨んでいる原因から聞きだす事にした。


「あの、フラヴィオさんはどうしてジルベルトさんの事をそこまで嫌っているんですか?」

「そいつは……。言えねェ…」


 フラヴィオは顔をそっぽに向けて語気を弱めながら言った。怒っている相手が何が原因でそうなったのか分からない状態に鳴鳥とジルベルトは戸惑う。こういった時に取り敢えず謝っておけばよいだろうと思われるが、ジルベルトは悪いと思っていなければ謝らないだろう。フラヴィオもまた、上辺だけの謝罪で許す筈が無い。どうしたものかと悩む二人に助け船を出したのはラウナであった。


「条件を上乗せするというのはどうかしら?」


 今のところ連合からの報償は大金だけだ。額にしては人が一生働かなくて済む金額だが、フラヴィオは人気レーサーであり、自由を得る為に連合に金を余裕で収める程お金には困っていない。

 ラウナの提案にフラヴィオは何か思い当たるのか、少し考え込むフリをしている。ジルベルトも交渉が進むならばと、ラウナの提案を拒む事は無かった。


「…連合に確認を取らなければならないが、出来る限りの要望は受け入れよう」

「本当か?!なら、条件が二つある」

「言ってみろ」

「正確には一つになるか…。俺様とレースで勝負しろ」

「レース?それならさっき散々追いかけっこを…ってお前は忘れているのか」

「いいや、こんなチート機じゃ互いの実力が測れねェ。勝負はARKS(アークス)でだ」


 そう条件を出すフラヴィオの表情は真剣そのものである。軽口をたたき、軟派な態度を見せ、ジルベルトに対しては怒りを露わにしていたが、その条件に関しては至極真面目に話す。その程度の事、と快諾する所だが、ジルベルトは軍属である為、上にお伺いを立てないとならない。特務部所属であり、任務が下されていない時は副業をしていても構わないが、賞金が出る事や、賭博に関わる事は認められていない。その旨をジルベルトがフラヴィオに伝えた所、相変わらず軍人は自由が利かないと嘲笑いつつも希望の実現を願った。


「その件は上に承諾を得るよう進言するとして、もう一つの条件とは何だ?」

「それはそのレースで俺様が勝ったら、ナトリちゃんを頂くという事だ!」

「は?」「えっ!?」

「何か賭けた方が燃えるだろう?」


 フラヴィオは名案だとばかりにニヤりと笑うが、彼と競う予定のジルベルトとその賭けごとの商品に指定された鳴鳥はポカンと口を開けて驚く。二人はフラヴィオの提案に開いた口が塞がらない様であったが、条件としては悪くない。寧ろ彼が記憶を失う前に提示していた鳴鳥の身体を差し出すという条件に比べれば、可愛らしいものだ。ただ『頂く』という表現がどういった内容なのか詳しく聞いていないため分からないが、ジルベルトが勝利さえすればその追加条件も無くなり、鳴鳥に対するリスクは無くなる。この要望についてどうしたものかと考えていたジルベルトであったが、二つ返事を返す前に鳴鳥を見つめて窺いを立てる。すると彼女は戸惑いつつも頷いた。


「(フラヴィオさんの事、嫌いじゃないけど…さっきみたいな事はやっぱり嫌だし。ジルベルトさんならきっと負けないよね)」

「(俺が負けなければいいだけだ。そうすりゃこいつも困らない)」


 鳴鳥の了承を得た所でジルベルトはフラヴィオの要望を受け入れた。レースに関しては上にお伺いを立てる事と、テレンティアとの件が片付いてから行われる事をフラヴィオも快諾する。

 ジルベルトは軍用の秘匿回線を使用する通信機を二台用意し、フラヴィオとラウナに手渡して任務を終えた。

 ジルベルト機に乗り込む所有者と鳴鳥。フラヴィオは去り際にも鳴鳥へ軽口をたたいていたが、彼女は困ったような笑みを浮かべて手を振る。


「ナトリちゃん。そのクソ野郎に嫌気が差したら俺んトコにいつでも来ればいいからな」

「え、あ…。はぁ…」

「それじゃあな!次に会う時は戦場になるかも知れんが、俺のカッコいい所を見せてやれるぜ」

「そ、そうですね。ご協力感謝します」

「他人行儀だなぁ。まぁレース後にはそうもいかないんだが。楽しみにしているぜ」


 ニカッと笑うフラヴィオは既に勝った気でいるようだ。ジルベルトにとってはその態度が不愉快ではあるが、彼の機嫌を損ねるわけにはいかない。不満を顔に出さぬよう努めると一礼をして飛び立った。

 遠ざかるジルベルト機を見上げながらフラヴィオはラウナに指示を出す。


「今日の事、しっかりと記録しておいてくれ」

「わかったわ」


 ラウナはフラヴィオの指示通り、端末を出すとジルベルト達のやり取りを記録する。毎日リセットされる彼の記憶を必要事項だけ記録するのはラウナの役割であった。何度も説明したりする行為は精神的負担になるであろうが、ラウナはいつも通りの無表情である。しかし口調は少し明るいようにも思えた。それは彼の所為かも知れない。


「嬉しそうね、フラヴィオ」

「ああ、昔思い描いていた夢が叶う。それに可愛い子も手に入るしな」

「そう、さっきも随分楽しそうだったけれどね」

「ああ、道理で。今日はなんだか身体と心が軽い」

「戦争は下らないけど、こうなった事は良かったのかも。彼女達に感謝しなくては」

「彼女達?彼らじゃなくてか?」

「ええ、彼女達よ」


 意味深な言葉を残し、ラウナは自機に乗り込む。そして遥か遠くに居る『彼女達』に再度礼を述べた。






 ジルベルト機の補助席に座り、鳴鳥はふうっと溜息を吐いて肩の力を抜いた。任務が終了し、肩の荷が下りたのだろう。しかし、目まぐるしく起きたあれこれを思い返すと顔から火が噴き出しそうになり、両手で頬を包んで俯く。


「…アイツの所の方が良かったか?」

「なっ!そんな事はありません!」

「俺の所に来いと言われて直ぐに断らなかったじゃねぇか」

「そ、それは…。怒らすような返答は出来ないと思って曖昧な返答にしたんです!」

「だが、ああいう輩には変に期待をさせない方が良いぞ」

「で、でも、フラヴィオさんは本当に嫌がる事はしませんでしたし…。あ、する前で助けに来て下さったのですが」

「…ハァ」


 危機意識の足りない鳴鳥に対してジルベルトは深い溜息を吐いて呆れる。彼女がフラヴィオに身体を弄ばれている映像は脳裏に焼きつき、思い起こされて苛立ちを感じているのに、当の本人が能天気なようでますます腹正しく感じる。けれどもその感情、嫉妬をジルベルトは素直に受け入れられるものではなかった。そのせいか、口からは思ってもいない言葉が出てくる。


「案外、俺が邪魔しに来ない方が上手くいっていたのかもな」

「そんな事は無いです!」


 意外にも鳴鳥はハッキリと言いきる。その事にジルベルトは驚きつつも安心した。だが、その感情も素直には認められずにいる。


「ジルベルトさんが助けに来てくれて、私は嬉しかったです」

「そ、そうか」

「フラヴィオさんは優しくもあったんですが、その…、しようとしていた事は怖かったですし、途中で済んで本当に良かったです」

「…そうか」


 お礼を言われてジルベルトは悪い気はしなかった。寧ろフラヴィオがしようとしていた行為に対して鳴鳥が恐れを感じていた事に安心した。内心胸を撫で下ろしていた所だが、背後からの溜息で現実に引き戻される。


「…やっぱり私、いつも助けられてばかり、ですよね」


 そう、力無い声でポツリポツリと呟く鳴鳥は元気が無いように思える。

 失敗をしても挫けずに誰かを助けようと、救おうとして結局ジルベルト達に助けて貰い、手間を掛けさせる鳴鳥は迷惑な存在なのかもしれない。それでも誰かが困っていたり、悲しんでいれば手を差し伸べざるを得ない。鳴鳥は申し訳ないと思いつつも、自分の意志は曲げられなかった。そしてまた今回もジルベルトの手を煩わせる結果となった。その事を反省してか、彼女は肩を落として落ち込んでいるようだ。そんな彼女に対し、ジルベルトはもう仕方が無い事だと諦めているようで乾いた笑い声を上げる。


「前にも言っただろう。お前に迷惑を掛けられるのは慣れてきたと」

「そう…ですけど」

「それに、今回はお前が居ないと交渉が上手くいかなかった可能性がある」

「よく、分かりませんが。そうなんですか?」

「そうだ。事前情報通り、女が絡むと扱いやすい」

「…理由はどうあれ、私が役に立ったようならば良かったです…!」


 誰かの役に立てたのが嬉しかった鳴鳥は顔を上げて笑顔を見せた。けれども危機的状況に陥ってジルベルトに手間を掛けさせたことには変わりない。ここで褒めると調子に乗り、また厄介事を起こしかねないと判断したジルベルトは冗談交じりに釘を刺す。


「お前の貧相な身体でも役に立つんだな。まぁあまり調子に乗るなよ。奴がどんな女でも興味を示すだけであって、皆が皆、引っかかる訳ではない」

「む!また失礼な事をっ!わ、分かっています、自分に女性的な魅力が無い事くらい…」

「分かっているなら問題ない。だが、事実を言って何が悪い?」

「気にしている事なのに酷いです!それに、これってセクハラに値しませんか?」

「訴える気か?好きにすればいい」

「そういうお考えならこちらもそれなりの対応をさせて頂きます。そうですね…カルラさんとは連絡先を交換しているので彼女に言いつけます」

「…それは勘弁してくれ」


 カルラは面倒な女であると知っているジルベルトは嫌そうに顔を引きつらせる。これまで強気で馬鹿にするような言い草をしていたジルベルトがカルラの名を出した途端、あからさまに嫌がっている様子を見せた事に鳴鳥は思わず笑みがこぼれた。

 フラヴィオ達の協力を仰いだ理由はテレンティアとの交戦の為にである。その為に訪れた星であったが、ARKHED(アルケード)越しに見える朝日、水平線から昇るその神々しい輝きに目を細めた鳴鳥は、ひとときだが辛い現実を忘れられた。



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