第25話 Red flame which illuminates a night sky
無事?任務を終えたジルベルト達、アルヴァルディの面々はアストリアに帰還する。その道中、鳴鳥が危機的状況に陥ったのは目を離したコンラードにも原因があるとジルベルトは言い、コンラードには罰が与えられそうになった。内容は給金カットだが、鳴鳥は自分のせいだと言い張り、彼を庇いだてる。罰なら自分が受けると言い、コンラードは喜びつつも良い所が見せたいのか、自分に罰をと手を挙げる。俺が私がと庇い合う二人に対しジルベルトは面倒臭く感じたのか、さして罰にならないが自分にとっては有益になる罰を下した。
第25話 Red flame which illuminates a night sky
「食事当番…っスか!?」
「はい!分かりました」
船内食はプレートに収まった食事を箱ごと解凍するだけの所謂レトルトである。味は申し分ない上に、メニューも多種多様であるが、手作りの料理に勝るものは無いのだろう。よほど鳴鳥の作るご飯が気に入ったのか、ジルベルトはやらなくても良い仕事を課した。その事に対して鳴鳥は笑顔で頷くが、コンラードは何故だと首を傾げる。しかし彼女の料理を手伝う内に考えは改められた。
「(これは…罰というよりご、ご褒美っスよ)」
アルヴァルディのラウンジの隣のキッチンで鳴鳥とコンラードの二人は昼食の準備をしていた。コンラードはイモの皮を剥きつつエプロン姿の鳴鳥の後姿を見つめる。その姿は新妻のようであり、色々と妄想がはかどるようで、コンラードの鼻の下は伸びつつある。
「あいてっ!」
「!だ、大丈夫ですか!?」
よそ見をしながらだったせいか、コンラードは手元を狂わせて指を包丁で切ってしまった。荒事には慣れている筈だが、軽く傷つけただけで痛みを感じ、声を上げる。鳴鳥は慌てて彼の元に駆け寄り、怪我をした部分、左手の親指を手に取る。幸い傷は浅いようだが、切り傷からはぷっくりと血が滲み出ている。鳴鳥は迷わず、傷を負った親指を口に含んだ。呆気にとられているコンラードを余所に、鳴鳥は傷口を舌で舐めて血を飲み込む。痛みとは別の感覚にコンラードは顔を赤らめて快楽に耐えようと自身に言い聞かせていた。
「あ、ご、ごめんなさい!ついとっさにこんな事勝手にして…」
「い、いや、良いんっス(寧ろ嬉しすぎてヤバい)血は止まったみたいだし、もう平気っス」
「よかった…。あ、でも消毒とか手当てしなくちゃ」
タッと駆け出し救急キットを持ってきた鳴鳥は手早く処置を済ませた。されるがままになっていたコンラードは鮮やかな手並みに感心し、礼を言う。
「お陰で助かったっス」
「いえ、慣れない事をさせてしまってすみません」
「いや、元々は俺のせいでこんな事をさせられている訳だし、ナトリさんが謝る事は無いっスよ」
「コンラードさんのせいではありません…!私がまた皆さんに迷惑を掛けたんですから…。あと、私は料理することが好きなんで、そんなに大変じゃないんですよ」
申し訳なさそうに俯いていた鳴鳥だったが、料理をする事は彼女にとって苦ではないらしい。にこっと笑って後は任せて下さいとコンラードに言い、中断していた調理に取り掛かる。コンラードは少し情けなくもなるが、彼女に任せていた方が効率が良いだろうと判断し、椅子に座って大人しくしている事にした。
レトルトならば一瞬で済み、手間もかからず怪我を負う事も無い。料理とは非効率であるが、鳴鳥は楽しそうに調理をしている。その手際も手当の時と同様に鮮やかなもので、調理場には次第に良い匂いが立ち込めてきた。
「あ、良かったら味見して貰えますか?」
「よ、喜んで!」
小皿に盛られたのはジャガイモと人参と牛肉と玉葱であり、見た目に派手さは無い煮物である。しかし地味な見た目に反して味はインパクトがあった。ジャガイモはホクホクで、人参玉葱にも肉の旨みが程良く染み込んでいる。
「美味いっス!これなんていう料理なんっスか?」
「なんてことない『肉じゃが』ですよ。でもお口に合うようで良かったです」
「ああ、白いライスが恋しい…」
「もうすぐご飯も炊けますのでそろそろ盛り付けをしますね」
「それなら俺も手伝うっス」
「ありがとうございます」
ほぼ使われた様子の無い食器は食洗機にかけた後、乾燥済みである。それらはすべて真っ白な皿でシンプルなことこの上ない物ばかりで和食には合わない。その事を鳴鳥は気にしていたが、味見したコンラードは器など関係無いと再度鳴鳥の料理を褒めた。
その後、揚げと長ネギのみそ汁を注いでいたコンラードはふと思い出したかのように鳴鳥に聞いた。
「この料理はナトリさんの故郷の料理なんっスか?」
「はい、そうですけど」
「もしかしてサシミとかいう生の魚を握られた酸っぱいライスの上に乗せた『スシ』とか言う食べ物もあったりするっスか?」
「は、はい!お寿司というものならありましたよ」
「なるほど…このスープを見て思い出したんっス。とある惑星がこういう食文化があるって」
「そうなんですか!?お寿司…久しぶりに食べたいです」
「アストリアから一日くらいかかる『ジャポーネ』という名の星なんっスけど…。も、もしよかったら休暇が取れる時一緒に行くっていうのはどうっスか?」
「はい!是非行ってみたいです…!」
「じゃ、じゃあ約束っス」
「はい!楽しみにしていますね」
こうして和食を作る鳴鳥は自分の星が、故郷が恋しかったという気持ちもある。コンラードから聞いた星、ジャポーネは丸っきり日本と同じという訳では無さそうだが、その星にはお寿司があると知り、期待に胸が膨らんだ。一方駄目元で鳴鳥を誘ってみたコンラードは色好い返事を貰って喜んでいた。彼は二人で行く事を想像し、デートのつもりであるが、鳴鳥はそう捉えていない事をまだ知らない。
「お待たせしました」
現在、アルヴァルディは比較的安全な航路を進んでいる為、自動運転モードに切り替えられている。その為、普段ブリッジから出てこない船長であるジルベルトと、操舵士のスティング、情報処理担当のアランもラウンジに集まり、席についた。
テーブルには6人分の食事が並ぶ。主菜は肉じゃが、副菜に茄子の揚げ浸しとホウレン草の白和え、レンコンのきんぴら、汁物は揚げと長ネギのみそ汁、白米である。その出来栄えに、鳴鳥の料理の腕前を知らないマリアン、アラン、スティングは驚いていた。
「あら、美味しそう!」
「凄いですね、これ全部ナトリさんが作られたんですか?」
「俺も手伝ったっスよ」
「邪魔をしていたの間違いじゃなくて?」
「そ、それは…。全否定は出来ないっスけど」
和やかなムードの中、昼食が始まる。鳴鳥の料理を初めて食べる訳ではないジルベルトは黙々と箸を進め、コンラードは味見したにもかかわらず、褒め称え、アランとマリアンは美味しさに驚いていた。普段寡黙で、表情を変えないスティングもその味に満足したようで、いつもより箸が進んでいる。
「美味しいわ…!やっぱりレトルトより手作りの方が良いわね」
「そうですね。優しい味でこれならいくらでも食べられそうです」
「…ウム」
「そうっスよね。いや~毎日こんな食事だったら幸せっス」
「そ、そんな。皆さん褒めすぎですよ!」
皆に褒め称えられ、鳴鳥は恥ずかしいのか、顔を赤らめていた。それでもやはり一生懸命作ったものが受け入れて貰えるのは嬉しいらしく、はにかんだ笑顔を皆に見せる。その姿に口元を緩めたのはコンラードであり、またあらぬ妄想を繰り広げつつある彼に対してマリアンが突っ込みを入れる。
「毎日って、それプロポーズのつもり?」
「ち、ちがっ!それはそういう意味じゃないっス!そんな結婚だなんて…」
「そ、そうですよね。私はそんな魅力無いですし…」
マリアンにからかわれたコンラードは顔を真っ赤にして慌てて心にもない事を述べて否定するが、その言葉を真に受けた鳴鳥はしょんぼりと肩を落とす。そしていじけたように俯いてブツブツと自分を卑下していた。その事に気がついたコンラードは慌てふためき先程の失言を前言撤回する。
「な、ナトリさんっ!違うんっス!本当は―――」
「お代わり」
「あ、はい。ジルベルトさん、ちょっと待ってて下さいね」
コンラードが何かを言いかけたのを遮ったのはスッと茶碗を差し出したジルベルトであった。彼は邪魔するつもりなど無いという風に装った表情であるが、アランとスティングとマリアンには見抜かれていた。当人はというと、鳴鳥は全くジルベルトの意図に気がつかないようで、いそいそとご飯のお代わりをよそっていた。一方コンラードは話題が逸れたようでホッとしていた。
「(あらあら、嫉妬かしら)」
「(微笑ましいことこの上ないですね)」
「(…若いな)」
「ジルベルトさん、量はこのくらいで良いですか?」
「ああ、すまないな」
「いえ、お口に合うようで良かったです」
「…ああ、今日のも美味い」
「そう言って頂けると嬉しいです」
何やら良い感じの雰囲気にスティングは優しく見守っているようだが、アランとマリアンはニヤニヤと笑っていて、コンラードはあわわと言葉にならない事を口にし、危機感を抱いていた。ジルベルトはアランとマリアンの態度に苛立ちを感じたのか、二人に片付けを命じた。何で私達がと不貞腐れるマリアンに船長命令だと言うと、横暴だと叫ぶ。鳴鳥は慌てて罰なのだから自分がやると言い張り、コンラードは張り切って彼女を手伝うと言い張る。アランはハハハと笑いながら食事を進め、スティングも微かに笑っているようである。
「(ヴィルト・ルイーネでの事もそうだけど、こんな日々がずっと続けば良いのに…)」
久城を止めたいと思いつつも、この温かな日常に浸っていたいと思う鳴鳥であるが、彼女のその願いは数日後に打ち砕かれる事となる。
アストリアに帰還後、ジルベルトは報告の為に軍本部へ向かう。テレンティアが動きを見せると目されている聖王の生誕祭まであと数日である為、アルヴァルディの面々は思い思いの場所で過ごしていた。と、言ってもアルヴァルディの船員の中で家族が居るのはスティングだけであり、彼と鳴鳥以外は家に戻る事無くそのまま船内に残っていた。
ブリッジで今後の皆の予定を確認していた際に鳴鳥はスティングの家族の件を知り驚いた。
「スティングさん、ご家族に会われるんですか?」
「…ああ。お前も一緒に来るか?」
「え?で、でも、家族水入らずの場所にお邪魔するのは…」
竜人種であるせいか、彼の性格が寡黙なせいか、スティングの表情は読み取りにくい。しかし彼は鳴鳥を歓迎しているようで、遠慮しがちな彼女に対し邪魔ではないと首を振る。
「子ども達も喜ぶ。それと手料理の礼をしたい」
「礼だなんてそんな…!で、でもお子さんに会ってみたいと思います」
「決まりだな」
自然な流れで約束を取り付けるスティングにコンラードは悔しそうな、羨ましそうな複雑な顔をしており、マリアンは彼の肩をポンポンと叩いた。
「コンラード。貴方はアルヴァルディの兵装と装甲強化に立ち会うのよ」
「えぇ!?俺達は仕事っスか!?」
「だって私達が今更他の船に合流なんて出来ないでしょう?戦うならこの船でって決めてたし」
「それはそうっスけど」
「あ…。なんだかすみません。私はお役に立てなくて」
「いや、いいんっス!ナトリさんは束の間の休息を楽しんで来て下さいっス」
「(ったく、この子は…)」
「(ハハハ。現金なものですね)」
鳴鳥に申し訳ない顔をされたコンラードは、不平不満を言っていたのが嘘のような手のひら返しをして彼女のフォローをした。
ジルベルトは本部へ、鳴鳥とスティングは彼の実家へ、コンラードとマリアンはアルヴァルディを戦闘態勢にする為の立ち会い、アランはアルヴァルディに残って情報収集をする事に決まった。が、ここでジルベルトが口を挟む。それは鳴鳥の行動に対してだった。
「ナトリ、お前訓練はどうする?」
「あ…、そ、そうですね。スティングさん、折角ですが…」
「ならば訓練後に我が家に来ると良い」
スティングの提案に鳴鳥は喜ぶが、彼女はジルベルトに不安そうな視線を向ける。彼の返事はどうかと心配したが、それならば良いと承諾してくれた。そしてスティングはジルベルトにも自分の家に来るように言う。家庭的な空気が苦手なのか、最初は断るジルベルトであったが、残念そうな顔をする鳴鳥に折れたようで渋々承諾した。
ひとまずジルベルトは本部に向かう為、鳴鳥はスティングと供に彼の自宅へと向かう。惑星アストリアの主要国、ガルレシア。その国には星団連合軍の本部があり、軍事関係者の住宅もある。先進的でスタイリッシュな建造物が並ぶ街並みを抜け、厳重なゲートをくぐるとそこには緑豊かな土地が広がっていた。ここは様々な種族が心地よく暮らせるようにと配慮された特区であり、スティングの自宅はその区画にある。
「素敵な所ですね」
「本物の自然には敵わないがな」
バスを降り、歩いていたスティングと鳴鳥は赤い屋根の煉瓦造りの家に近づく。すると、庭先に居た子ども達三人がスティングの姿を見て嬉しそうに駆け…と言うより二人の女の子は翼をはためかせて寄ってきた。
「父様お帰りなさい!」「なさい!」
「元気にしていたか?」
「元気だよ!」「だよ!」
スティングの逞しい両肩にちょこんと座る女の子二人、一人は銀髪で翼と竜の尾をもっているが容姿は普通の少女の様である子と、もう一人は金髪で翼だけ生やした幼女である。本当にスティングの娘か疑わしい可愛さに驚きつつも親子の微笑ましい再会に鳴鳥は思わず顔を綻ばせていた。するとそこへ、少女達と遊んでいた少年が近づき不審げな目線を向けてきた。少年は少女達と同じ容姿をしているが、翼や尾は生えていない。代わりにその肌には所々茶色い鱗がある。
「おい、女。まさか父様に取り入ろうとする気じゃないだろうな!?」
「えっ!?」
少年にいきなりそんな事を言われた鳴鳥は驚き固まる。その言葉に二人の少女も警戒するが、スティングがすぐさま場を収めた。
「セリム、客人に失礼だ」
「お客さん?」
「ああ、サンドラは居るか?」
「お母様なら裏の畑に居るわ!」「いるわ!」
「彼女の事はそこで紹介しよう」
「「「はーい」」」
スティングがそう言うと少女二人は羽ばたきスーっと家の裏へ、セリムと呼ばれた少年はタタッと駆けて裏庭に向かった。やれやれと肩を竦めるスティングは鳴鳥に向き直り、子ども達の非礼を詫びて頭を下げる。
「済まない。子ども達には留守を任せているせいか、警戒心が強いようだ」
「いいえ、気になさらないで下さい。可愛らしいお子さんですね」
「普通の人種からすれば子ども達の容姿は奇異に思えないか?」
「そんなことありませんよ。翼があるのは羨ましいですし、セリム君の鱗、カッコいいですね」
「そうか…。そう思ってくれるのは有難い」
鳴鳥は思ったままの事を口にしただけだが、その言葉にスティングは救われたようだ。変化は乏しいが、優しげな眼をしているように思えた。
裏庭に子ども達より遅れて向かっていたが、先に向かった子ども達が女性の手を引いて此方に向かってきていた。泥まみれになっているが、金髪の美しい女性はスティングの姿を見るなり口を尖らせて文句を言う。
「もう、帰るなら事前に連絡するようにって何度も言っているでしょう?」
「す、済まない。メールは入れておいたのだが…」
「え!?あら、そうなの?…あー、通信機は家の中に…。気付かなかったわ、ごめんなさい」
「いや、いい。それよりも―――」
そこでスティングは鳴鳥を家族に紹介し、家族の紹介を鳴鳥にした。年下でありながら、強面のスティングを尻に敷く奥さんはサンドラと言う名の人間種であり、スティングとは異種間結婚である。その為、子ども達、上から長女のシルビア、長男のセリム、次女のソニアは人の見た目に竜人種の特徴を一部引き継いでいた。
「ナトリちゃん?旦那から話は聞いていたけど実物は可愛らしい女の子なのね」
「そ、そんな事ないです。え?スティングさん、ご家族に私の事なんとお話していたんですか?」
「そ、それは…」
「おてんば娘!」「気が強い!」「めーれーいはん!」
「…」
子ども達が明るく答え、鳴鳥は沈黙する。全て本当の事であるから彼女は反論できない、が、そこまで言われて悔しいのか悲しいのか、複雑な表情でねめつけている。スティングは気まずそうに顔を背けるが、その様子をサンドラは笑い飛ばした。
「あはは、女の子はその位のがちょうど良いのよ。それよりナトリちゃんは料理が出来るんですって?」
「あ、はい。和食…故郷の品ばかりですが、一応」
「それなら手伝ってくれない?旦那が認めた味を知りたいし」
「は、はい。喜んで…!」
サンドラの提案に鳴鳥は喜び笑顔になる。二人は家に向かって歩き出すが、子ども達は不満げだ。珍しい客人に興味があるのだろう。あれこれ質問をしたり、遊んでとせがんでくるが、サンドラは食事の後でと言い子ども達をスティングに押し付けた。
その後鳴鳥はサンドラとキッチンで楽しく料理をする。食卓には和食と洋食、混在した品々が並ぶが、家庭菜園で収穫した採れたての野菜を使った料理は鮮やかで、どれも美味しそうで目移りしてしまいそうになる。軍本部で報告を済ませたジルベルトがスティング宅を訪れた時にはパーティでも開かれるような御馳走が並んでいた。
「これは…凄いな」
「ジルベルトさん、お疲れ様です」
「ああ、ナトリ、お前も作ったのか?」
「はい!私が作ったのは南瓜のそぼろ餡かけと…」
リビングで鳴鳥が料理を並べていると、驚いた顔のジルベルトが呟いた。続けてキッチンから料理を両手に持ったサンドラが現れ、彼の顔を見るなり懐かしそうな嬉しそうな顔をする。
「久しぶりね、ジルベルト君。来てくれて嬉しいわ」
「お久しぶりです。あ、これ、つまらない物ですが」
「あら?気を遣わなくてもいいのに~。わ、美味しそうなケーキね、子ども達も喜ぶわ。ありがとう」
「いえ、お世話になるようで申し訳ないです」
「そんな事無いわ。ナトリちゃんは料理手伝ってくれるし、子ども達も喜んでいるのよ」
「そうですか―――って?!」
サンドラと普通に挨拶を交わしていたジルベルトは脛に痛みを感じ、顔を歪める。見下ろして見るとそこにはスティングの息子、セリムが睨んできていた。ジルベルトの脛を蹴り上げたのは彼のようであり、子ども相手に怒る訳にもいかないので引きつった笑みを浮かべる。
「こら!セリム!あなたなんて事をするの!」
「コイツが母様に馴れ馴れしいからだ!」
「ジルベルト君はお父さんの上司なのよ?それにケーキを持ってきて下さったのに」
「えー!?このひょろっこいのが父様より強いのか!?」
「セリム、船長は強いぞ」
「父様が言うのなら…。ごめんなさい」
「いや、大したことは無い。―――…ナトリ?」
ジルベルトとセリム達のやり取りを見ていた鳴鳥は声を出さぬようクスクスと笑っていた。その様子に気がついたジルベルトはムッとしつつその事を「笑うな」と咎める。鳴鳥は慌ててその表情を戻そうとするが、笑みは簡単に止まらない。
「すみませんっ…。だって、ジルベルトさん、子どもを相手にするとらしくなくて…」
「子ども相手にムキになる方がおかしいだろう?」
「そうですけど…。でもなんだか可笑しくって…」
楽しげに笑う鳴鳥。その姿は以前の、故郷を失った時や久城と対峙した時の姿に比べればよいものだとジルベルトは思った。眉を下げ、仕方が無いなと口端を緩める彼に対し、疑問を投げかけたのはスティングの娘、シルビアである。彼女は子どもらしい、そして女の子らしい無邪気な笑顔で言う。
「ナトリさんとジルベルトさんは夫婦なの?恋人なの?」
「「え!?」」
シルビアの言葉に同時に驚き固まる鳴鳥とジルベルト。スティングの子ども達三人はその反応が図星であると判断したのか、囃し立てる。ジルベルトは一瞬驚くが、子どもの戯言など気にしないようになあなあに済ませようとする。一方、顔を真っ赤にした鳴鳥は必死に否定しようとした。
「ご、誤解です!私とジルベルトさんはそんな関係じゃ…」
「そうなるのも良いのではないか?」
「スティングさんまで!ちょ、ちょっと、ジルベルトさんも何とか言って下さいよ!」
「慌てる方が妙に勘ぐられるぞ」
「でも…」
「ナトリさん顔真っ赤!」「まっか!」「やっぱふーふだ!」
「だ、だから違うんですって!」
「はいはい。お二人の馴れ初めは後で聞くとして、食事にしましょうか!」
「サンドラさんまで…!」
笑い声が響く賑やかな雰囲気、それは食事中も食後も続いた。スティングの家族は皆、鳴鳥とジルベルトを快く受け入れている。会話も弾み、料理も美味しく、温かな居心地に鳴鳥は安らぎを感じていた。一方最初は行くのを躊躇っていたジルベルトもこの空気にむず痒く感じつつも、鳴鳥の心からの笑顔を見られて悪くはなかったと思っていた。
夜と朝はスティング宅でご飯を頂き、昼には訓練施設でARKHEDの操作訓練。鳴鳥はスティング宅でお世話になりつつ来るべき日の為に少しでも強くなれるようジルベルトに協力して貰い訓練に励む。そして安寧の日々はあっという間に過ぎ去り、いよいよ明日がテレンティアの聖王の生誕祭の日である。
緊張からか、寝付けなかった鳴鳥は寝床を抜け出して、眠っている皆を起こさないように外に出ていた。この辺りは木々と住宅しかないせいか、夜空に星が輝いて見えた。安らかに眠るにはひんやりと冷えた夜の空気は逆効果であるが、澄み切った空気は吸い込むと気持ちが良い。
「(星、奇麗だな…。でも、明日にはもしかしたら、あの宙で戦う事になるかもしれない…)」
どうにか軍学校のレベルまで達した鳴鳥であるが、学校卒業レベルとまでは言えない。学生でも卒業までには実地訓練を受けるのだが、鳴鳥にその機会は無く、あくまでシミュレートでの評価が学生レベルであるだけだ。本物で無いのに引き金を引く事を恐れていた鳴鳥は何度も数をこなす内に迷いも減っていく。そして根気よく訓練に付き合ってくれるジルベルトの言葉も迷いを晴らす一因になった。
「お前が撃たなければ…。いいや、止めなければと考えるんだ。でなければ味方が失われる。ARKSはARKHEDと違い、脆い。戦場には俺達だけでなくARKSも多く出撃する。ならば彼らを守れるのは俺達ARKHEDの操縦者しか居ない。お前は前線に出る事は無いと思うが、いざという時、その事を思い起こしてほしい」
「私が…守る」
「ああ、そうだ。それに、相手も覚悟して乗っているんだ。お前が気に病む事は無い。殺したと思うな、救えたのだと、守れたのだと思えばいい」
「はい…」
ジルベルトとの会話を思い起こしていると、その当人が少し先の庭に生えている大きな木の幹に寄りかかっているのが見えた。彼は鳴鳥が歩み寄って来るのに気が付き、吸いかけの煙草を携帯灰皿に入れて消した。
「あ、ごめんなさい。煙草吸うのを邪魔してしまって…」
「いや、気にするな。それよりどうした?眠れないのか」
「…はい。やっぱり、戦争が起こるとなると…。自分が関わるとなると緊張します」
「無理も無い話だ。お前はついこの間まで普通の学生だったのだからな」
「そう…ですね」
「この前の薬、また要るか?」
「いえ、大丈夫です」
なにも言わずに二人は大きな木の下で佇んでいた。
鳴鳥にはジルベルトに伝えたいことがある。最初に助けてくれた事、何度も救ってくれた事、傷ついた時に支えてくれた事、彼には数え切れない恩がある。軍人なのだからと当然の事であるように彼も他の人も言うが、与えられてばかりで何も返せないままなのが心苦しくもある。
「(生きていればきっといつか恩は返せる…。でも―――)」
テレンティアとの戦で鳴鳥は後方に控えているだけで戦う事は無い。けれども妙な胸騒ぎを感じていた。彼、久城は自分の元に来ると、自分を殺しにやってくると。あくまでそれは推測だが、そうなるだろうという不安が強く警鐘を鳴らしている。その時が来れば自分はどうするのか、どうしたいのか、それはもう心に決めていた。その決意の為に、後悔しないように想いを伝えようと一呼吸置いて口を開く。
「ジルベルトさん」
「ん?…なんだ?」
「その…、今までありがとうございました。それと、沢山迷惑を掛けてごめんなさい」
「今更何だ?礼を言われる筋合いは…。それに、謝るくらいならもう少し周りに迷惑を掛けないように慎重に行動を―――っておい、何を笑っている」
コンコンと説教をするジルベルトは怒っているような形相ではなく、子どもの悪戯に顔をしかめるようなどこかやさしげに事を見守る様な様子である。その優しさをわざと隠す態度に鳴鳥は思わず微笑んだ。最初の頃は意地悪で辛辣な物言いであると感じていたが、だんだんとそれは照れ隠しなのだと気付き彼の本当の優しい部分がちゃんと伝わるようになってきていた。
「…すみません。でもアリーチェさんの気持ちが分かってきたので」
「アイツのが?」
「そんなに嫌そうな顔をしなくても…。アリーチェさんはジルベルトさんの事、本当に好きなのに。なんだか可愛そうです」
「俺は可愛そうじゃないのかよ?」
「あんなに可愛くて仕事もできる女の子の何処が不満なんですか?」
「…煩いのと自分の気持ちを前面に押しつけてくるのは苦手だ」
「そうですか。分かりました、今度アリーチェさんにアドバイスをしておきますね」
「頼む。余計な事をしないでくれ」
本気で嫌がるジルベルトにまたもや笑みがこぼれる鳴鳥。大事な想いを告げようとしていたが、この居心地が良い空気にそれは憚られる。このまま彼との会話を楽しんでいたいと思っていたが、夜の底冷えに身体を震わしてくしゃみをする。
「そろそろ戻らないとな、風邪を引いては元も子もない」
「そうですね」
ジルベルトが通信用小型端末で時刻を確認すると、後数分で日を跨ぎそうであった。二人は並んで歩きだし、スティング宅へと戻ろうとする、が。
「…!」「なっ…!」
ドンッ!!と響く重低音、そして揺れる地面。よろけた鳴鳥をジルベルトは咄嗟に抱き止めて音のした方を睨みつけた。住宅街の先では燃え盛る炎で夜空が照らされている。それはこれから起こる戦の狼煙火であった―――。




