第21話 Deep-red ribbon
「ううっ、なんなのよ!この空気は~!」
「ひぁ?!」「…っ!」
背後からの恨めしそうな声に驚き、鳴鳥とジルベルトは驚き飛び退く。振り返った所にはどんよりと曇った表情のカルラが居た。訓練施設はSARの隣であるが故、彼女がここに居てもおかしくないのだが、突然姿を現したため、二人は多少失礼なリアクションを取ってしまった。その様子にカルラはまたもやへそを曲げたように口を尖らせる。
「なによ~私はお邪魔虫って事?」
「い、いえ、そんな訳では。ね、ジルベルトさん?」
「ああ、俺達はそんな仲じゃない」
「あ~や~し~い~」
ジトっとした目で勘ぐるカルラをどうしたものかと鳴鳥とジルベルトが横目で視線を合わせて決めあぐねている。するとその様子すらも仲睦まじいように見えるようで、カルラはギリギリと奥歯を鳴らしながら恨めしい視線を向ける。彼女のタチが悪いのは、アリーチェと違って執着の対象がジルベルトではなく、鳴鳥に在ると言う事だ。アリーチェならジルベルトが適当にあしらったり言いくるめて終わるが、鳴鳥はカルラを無下に扱えない。カルラは鳴鳥の頭を抱えて自分の豊満な胸部に埋めている。休憩を終えて再び訓練に戻ろうかと思った所をカルラに邪魔されてしまう形になり、ジルベルトは溜息を吐き、鳴鳥はどうしたものかと困惑していた。
第21話 Deep-red ribbon
いくらARKHEDの研究機関所長であると言えども、このままにしておいては自分たちの貴重な時間が無駄になりかねない。ジルベルトは咳払いをすると、カルラに声を掛けた。
「あの…。ここに来たのは何用で?」
「んー?ナトリちゃんの顔を見に来ただけだけど?」
「今の時間はまだ職務中だと思われますが」
「ああ!テレンティアでの交戦記録をシミュレーターにアップデートするためにね」
「いや、データなら送信で済むんじゃないですか?」
「良いじゃない別に~。細かい事を気にする男はモテないわよ!」
「…」
ジルベルトの目じりがピクピクと痙攣している。イラつきを感じているようだが、相手が相手だけに下手な事は出来ない。自分にはどうしようもないと悟ったのか、彼は小型通信端末を使いとある場所に連絡をした。程なくして訓練場に白衣を着た男性が数名現れる。するとカルラはぎょっとした顔をしてそそくさと身を隠そうとする。
「所長、こちらに居ましたか」
「休憩時間はとうに過ぎていますよ」
「ぐっ!ちょっと、ジルベルト君、貴方ね、余計なのを呼んだのは」
「はい、通報させていただきました」
怨みがましい視線を向けるカルラに対し、ジルベルトは事もなげに答えた。やはり職務を脱け出してきていたのだろう。カルラが研究員達に連行されて行く姿を見る限り、ジルベルトが引き取り願いを出したのは正しかったようだ。ずるずると引きずられて行くカルラは恨み言を叫んでいたが、やがてひと際大きな声で言い忘れた事があると言いだし、研究員達の拘束から逃れた。
「言い忘れていたわ!あなた達、今夜の予定は空いているわよね?」
「えっと…」
「ええ、まぁ」
今日は一日訓練所で鳴鳥のARKHED操作の訓練を行う予定であり、夕刻にはアルヴルディに戻るつもりであったが、ジルベルトはカルラの言葉に嫌な予感を感じて言葉を濁す。夜に何も予定がないと分かったカルラは嬉しそうに顔を綻ばせて伝え忘れていた事をサラッと言う。
「ミリアム議長が一緒に夕食をどうでしょうか、ですって」
「議長が?!…それは俺もですか?」
「ええ、そうよ。ホントは女の子だけが良いんだけどね~。ミリアム議長はナトリちゃんとジルベルト君を呼んで欲しいって」
ジルベルトはまさかと驚き声を上げるが、鳴鳥は初めての事ではないので特に驚く事はなかった。そしてカルラは時間と待ち合わせ場所を伝えた後、ジルベルトの頭からつま先まで眺めて怪訝な表情をする。
「一応言っておくけど、今日予約した店はドレスコードあるからそこん所気を付けてね。まぁジルベルト君だけ店に入れなくても私は構わないんだけど」
「…分かった」
言うべき事を伝え終えたカルラは先程とは打って変わって上機嫌で訓練場を去った。どうやら今夜の食事会を楽しみにしているようだが、一方で鳴鳥は何処か居心地の悪そうな表情をしていた。
「議長相手で緊張しているのか?」
「いえ、食事をご一緒するのは二度目ですので、それ自体はさほど問題ではないのですが…」
語尾を濁す鳴鳥は困ったように笑う。彼女の懸念はカルラに着させられたあの衣装の事であった。ピンク色のヒラヒラとしたあの格好をジルベルトに見られてしまうと思った途端、焦りと羞恥心でそわそわと落ち着きが無くなってしまっているのであった。一方ジルベルトも、身なりを正すのは苦手である為か、溜息を吐いた。
「支度する時間も必要だから今日は早めに切り上げるか」
「は、はい…!」
嵐の様なカルラが去った訓練場は機械の作動音や電子音が響いているが静かに思える。予定時間まで訓練を行う事になったが、鳴鳥は先程とは別の理由で動揺し、ミスを連発した。
訓練後、アルヴァルディに戻ると手間が掛るとの事で、ジルベルトは連合軍本部に併設されている宿舎へ、鳴鳥はカルラの勧めで彼女の部屋にお邪魔していた。一緒にシャワーを浴びようと言う邪な思いが見え見えのカルラの提案を丁重に断り、鳴鳥は一人でシャワーを浴びた。しかし習慣が無かったせいか、シャワールームのロックを掛け忘れていた為、隅々まで洗われる事となる。鳴鳥の身体は綺麗になったが、心は少しだけ穢された気分になってしまった。
「今日は~コレ!どうかしら?」
「わぁ…!」
カルラが用意してくれた鳴鳥の服は意外にもまともなものであった。淡いピンク色のAラインワンピースには花の模様が刺繍され、白いボレロはレースが縁に飾られている。至極まっとうな衣服に驚き、その可愛らしさに鳴鳥は感嘆の声を上げ、カルラは自身のセンスの良さに胸を張った。今回はドレスコードがあるとのことなので彼女も趣味を押し出さない選択をしたのだろう。
「あの、わざわざすみません。ありがとうございます」
「ううん、良いのよ。ナトリちゃんに喜んでもらえれば」
「さっそく着替えてきますね」
「それじゃあ着替えるのを手伝うわ」
「え!?い、いえ、一人で出来ますので」
「遠慮しなくて良いのよ~!」
「え、遠慮じゃ無くて!あ…っ!そこは駄目です…っ!」
またもやカルラに身体を撫でられまくった鳴鳥は着替えを整えた頃にはぐったりと疲れ切っていた。そして彼女の身体を堪能したカルラはつやつやとした満面の笑みを浮かべていた。
「ん~折角だから髪型も変えましょうか。そのドレスなら」
そう言いながらカルラは鳴鳥の髪をツーサイドアップに括っていたえんじ色のリボンを解こうとした。が、彼女が身を翻して拒んだため、キョトンとした表情になった。これまで嫌だと言いつつも触れたりする事に抵抗らしい抵抗はなかった筈だが、そのリボンを外す事だけは頑なに拒否の姿勢を示した。
「あ、ゴメンね。それ、大切なものだった?」
「こ、こちらこそすみません。良くして貰っているのに…」
「ううん、良いのよ。それじゃあそのリボンを使った髪型にしましょうか」
「は、はい。ありがとうございます」
鳴鳥はカルラの提案に申し訳なさそうに伏せていた顔を上げるとパァっと嬉しそうな表情になる。同意を得られたカルラは鳴鳥のリボンを丁寧に解き、髪を結い上げていく。両サイドの髪を三つ編みに、それを後ろで束ねてお団子に、最後にリボンで結んで整えられた髪型は、これまでの子どもっぽい髪型ではなく清楚な女性らしいモノに仕上がった。
「前の髪型も可愛かったけど。よく似合っているわ」
「ありがとうございます…!」
「そのリボン、大切にしているのね」
「はい。大事な人に貰ったものですから」
「まさかっ!?彼氏とか…!?」
「ち、違います!これは―――」
そのえんじ色のリボンは鳴鳥が幼い時、由利亜から貰ったものであった。女の子らしさの欠片もなかった鳴鳥に対し由利亜が気を遣って髪型だけでも可愛らしくと誕生日プレゼントに渡したものである。結局、照れくさく感じてしまったのか、リボンは久城から貰ったクマの縫いぐるみの首に結んでしまっていたが、由利亜を亡くした後、彼女を忘れたくないが為に結んでいたのだった。
鳴鳥からリボンにまつわる昔話を聞き、カルラはぶわっっと涙を流しながらしゃくりあげていた。
「あぁ?!カルラさん、化粧が…っ」
「だ、大丈夫よ…。ウォータープルーフだからっ。それよりも、良い子ね…ナトリちゃんは」
「え、あ、はい。ありがとうございます。…って、カルラさん!?」
えぐえぐと泣きながらカルラは鳴鳥を抱きしめた。これまでも彼女には何度も抱きしめられた鳴鳥であったが、今回ばかりはその柔らかく温かい身体に身を任せる事にした。
その後、二人は待ち合わせ場所に移動するまでギリギリな時間と知り、慌てて部屋を出る。なんとか五分前に間に合ったが、息は上がっていた。
「どうやら間に合ったようね…っ」
「はぁ…良かったです」
タクシーが停車する場所は店より離れていたので、ここまで駆け足で来たせいで衣服は少し乱れていた。胸元が開いたシャンパンゴールドのドレスを直しつつ、カルラは辺りを窺うが、まだ他の者は来ていないようだ。
「まだジルベルトさんもミリアム議長も着ていないようですね」
「俺がどうかしたのか?」
「…え!?」
背後から声を掛けられ、鳴鳥が振り向いた先にジルベルトは居なかった。正確に言うと、居なかったのは彼女の見知ったジルベルトである。そこにはグレーの肩までの長髪をオールバックに整えて後ろで束ね、黒いスーツを着た長身の男性が立っていた。彼は呆ける鳴鳥に対し、眉根を潜めて不機嫌そうに声を掛ける。
「俺がこんな恰好をしたら変か?」
「もしかして、ジルベルトさんですか!?」
「その反応は…。どうせ似合わないとか思っているんだろう」
「い、いえ。別人かと…!そんな事無いです!似合っています!」
「そ、そうか…」
今まで鳴鳥は意識していなかったが、ジルベルトの顔は整っている方だ。普段はぼさぼさに髪で顎に無精髭を生やしていて、だらしがないラフな格好をしていた為、そのカッコよさに気が付かなかったが、こうしていきなり目の前に現れると、鳴鳥はどこを見てよいのやら、目線を彷徨わせた後に下を向いた。その頬は僅かにだが赤みが差している。ジルベルトもまさか褒められるとは思わなかったのか、顔を赤らめて似合っているという鳴鳥に対してどう接していいのか戸惑い照れ隠しに首の後ろを掻いていた。
「もー!なんなのよー!!この空気!」
「はっ!」「えっ?!」
これまでスルーされていたカルラがまたもや口を挟む。彼女の声にハッとした二人はささっと近づいていた身を離した。ぷくっと頬を膨らませたカルラはその豊満な胸に鳴鳥を抱き、私のモノだと宣言する。しかしジルベルトの視線はその谷間に注がれていた。その厭らしい視線に気づいた鳴鳥は先程彼を格好良いと思ってしまった事に後悔し、ジトっとした目で睨みつける。
「な、なんだその目は」
「前々からなんとなく気が付いていましたが、ジルベルトさんは大きいのが好みなんですね!」
「大きいのって…。ああその事か」
「その事かって…!」
「大きい方が良いに決まっているだろう」
「な…っ!」
恥ずかしげも無く自分の性癖を晒すジルベルトに鳴鳥は開いた口が塞がらない。自分では可愛らしく着飾ったつもりであったが、彼は一つも興味を示さず、カルラの胸元ばかり見ている。その事実に何故だか苛立ちを覚え、鳴鳥はプイッと顔を逸らした。
「あらあら、往来で痴話喧嘩ですか?」
「ミリアム議長…!」
約束の時間丁度に警護の者を引き連れてミリアムが現れた。彼女は清楚な白いワンピースを身に纏い、クスクスと口元を手で押さえて笑っていた。
「俺達はそんな仲ではありません。だよな、ナトリ」
「ええ、そうです。ジルベルトさんは大きいのではないと駄目だそうですので」
「おい、お前そんな事をこの場で言うか!?」
「事実を言って何が悪いんですか?」
「ぐっ…!」
いつもの決まり文句を鳴鳥に言われ、ジルベルトは言い返せず、悔しそうにぐぐっと拳を握る。その様子も恋人同士の些細な口喧嘩に見えたのか、ミリアムは笑みを浮かべたまま、店に入るよう促した。
「さぁさ、お二人の仲の良さは充分に分かりましたのでそろそろ店内に入りましょう」
「「だから違います!」」
「ハモってる…っ!やっぱりあなた達…!!」
カルラまで騒ぎ出したが、店内に一歩足を踏み入れた途端、皆、口を閉ざして静かになった。
本日予約した店は古城の様な外観の洋食店であり、事前に知らされていた通りドレスコードがあるだけあって店内は落ち着いた雰囲気である。暖色系の照明に照らされている室内にはシミ一つないテーブルクロスに細かな飾り彫りが施された調度品、床にはふかふかの深紅の絨毯が敷かれ、店内奥に置かれているピアノはスローテンポの曲を奏でていた。
鳴鳥達が通された席は店内の奥、個室であったが、そこには絵画や壺なども飾られ、更に高級感を醸し出していた。
こういった場所に慣れていないのか、ジルベルトと鳴鳥は浮足立つようで、落ち着かない様子で席に着く。そういった似た挙動をする二人にまたもやミリアムは微笑み、カルラはぐぬぬと歯ぎしりをして嫉妬した。
まずは食事にしましょうと言うミリアムの提案により、夕食をとる。「まずは」と言う事から、今回の食事会は用件あっての事だと気付いたジルベルトは多少身構えつつ食事を始めた。
ミリアムが注文したのはコース料理であり、食前酒のシャンパンから始まり、テリーヌと魚介のマリネと一口大のキッシュが乗せられたワンプレートの前菜、黄金色に輝くコンソメスープ、切り身魚のムニエル、牛フィレ肉のポワレ、バゲット、ジャムやはちみつが添えられたチーズ、彩り鮮やかなフルーツが添えられたババロアと続き、最後に鳴鳥には食後のコーヒーが、ジルベルト達には食後酒の甘口ワインが出された。それらはどれも美味しく、敷居の高い店だと言う構えは美味の前に薄れ、鳴鳥達は食事を心から楽しんでいた。
ミリアムはかなりの量を飲んでいる筈だが、まるで酔った感じを見せない。ジルベルトは体質ゆえに酔う事は無いが、彼女の小さいなりでどうしてなのだろうかと気になる所である。同量飲んだカルラは既に赤ら顔で酔っ払ってきていた。鳴鳥は食前酒だけであったが、頬を赤らめて少し目がとろんとしていた。ミリアムは一口ワインを飲み、本題へと入る。彼女に見据えられたジルベルトは佇まいを直し、向き直る。
「今回お呼び立てしたのは任務の依頼をしたくての事です」
「そうですか…(やはりそう来たか)」
「昨日大任を終えて帰投したばかりだと言うのに申し訳ありません。けれども今回の任務には時間の猶予がありません。既にヘニング特務団長へは話を通していますが、あなた方に直接話をしたく思い、こうして席を設けさせて頂きました」
「それほど急ぎの任務とは…?」
「テレンティアがARKHEDを六機所有しているならば、こちらも相応の戦力を用意せねばなりません」
「あ~それね、正確に言えば五機ね」
「え?」「は?」
口を挟んできた酔っ払いのカルラはサラッと重要な事を言った。どういう事かと問いただすと、午後から行っていたジルベルトのARKHEDの戦闘記録の解析で判明したらしい。「報告書は明日出すつもりだったのよ~」という言い訳にミリアムはジトっとした冷ややかな視線を送る。さすがに議長相手ではいい加減仕事は出来ないと悟ったのか、カルラはしゃきっと背筋を伸ばして報告をした。
「最初は五機だったでしょ。あの内の一番大きな奴、一回り大きいARKHEDがね、六機目が現れた時にサイズが他の機体と同じくらいになっていたの。恐らく合体したり離れたり出来るのね。まぁ簡単に言うと一機で二機分動かしている感じかな」
「一人で二機…。そうだとすれば制御している奴は相当な腕だな」
「実質は六機と考えた方が良いのでしょうか?」
「そうねー。クランド機以外は本気を出している風には見えなかったから、戦闘力は未知数だわ」
「でしたら尚更ですね」
「こちらは俺とクヴァル、ソフィと協力が得られてアリーチェの四機はすぐに出撃できるレベルですが…」
自分で言っておきながらジルベルトはハッとする。鳴鳥を戦力に入れなかったのは致し方が無い事だが、当人の前で言うのは努力しているのに失礼であったかと彼女を横目で見る。けれども鳴鳥は自分の実力を弁えているようで、特に怒りも悲しみもしなかった。寧ろ戦力になれない事を申し訳なさそうに感じているようだ。
更に言うと、ジルベルトは目の前に居る人物と、とある者も除外した。彼女らがARKHEDの契約者だと知ってはいるが、立場上と事情を知っているので戦力に加えなかった。その配慮を嬉しく感じたのか、言葉では告げないが、ミリアムはジルベルトに感謝の意を込めて微笑んだ。
「後二機、戦力に欲しい所です」
「ヴィルト・ルイーネの彼らですか…」
「察しが良いようで助かります」
ジルベルトには思い当たる節があり、その連中の顔を思い浮かべて顔をしかめる。それでもアリーチェを任務に同行させたり、鳴鳥を守りながら危険な任務に赴くよりはマシかと言い聞かせた。しかし彼のその自己暗示は無駄になる。
「ジルベルト・ジャンディーニ特務部隊長、ナトリ・ナナツカ、以上二名にはヴィルト・ルイーネに赴いてARKHED契約者、フラヴィオ・フェデーリ、ラウナ、以上二名の戦線参列の契約を結んできて下さい」
「は?私一人ではなくナトリもですか?」「え?私もですか?」
またもや返答が被り、ミリアムは大事な場面であると言うのに笑いそうになり、カルラは「むきー!」と悔しさにうなり声を上げた。当人達はそんな事などお構いなしにどうしてなのかと考える。そしてジルベルトはフラヴィオの性格を思い出して納得がいったのか、至極嫌そうな顔をする。一方で鳴鳥は何が何だか分からず小首を傾げていた。
「彼の性格上、ナトリさんが居れば交渉がスムーズに済むでしょう」
「自分が意見を申し上げるのはなんですが、ソフィーリヤの方が適任では?」
「彼女の場合は任務と言えども、デクトリ大尉が任務遂行の邪魔をする恐れがありますので」
「あぁ、なるほど」
ミリアムの判断は正しい。ソフィとクヴァルがこの任務に赴く事を想像したジルベルトは納得しつつも肩を落とす。議長直々の任務とあらば、断る余地などない筈なのだが、やはり不安は尽きなく素直に受け入れられないようである。改めて任務内容を確認しようとしたジルベルトはミリアムが最初に言った言葉が気になった。
「任務については慎んで拝命いたします。所で時間があまり残されていないとはどういう事ですか?まさかテレンティアから正式な宣戦布告がなされたのですか?」
「いいえ、いまだにかの星からは何も応答がありません。前回の任務での事を口実に何かしらアクションを起こすかと思いきや、それもありません」
「あれだけ派手な逃走劇を行ったにも拘らず…ですか」
「そこで一つの推論が生まれました。かの星は聖王星、教皇が聖王と名乗ることから分かるように、教えに従う傾向があります」
「他の星への侵攻宣言も、月に一度のミサで公表された。となると次は…」
「次はひと月後ではなく、教祖の生誕祭。今から十日後に外惑星への宣言がなされると推測されています」
「そう言う事ですか…」
部隊編成まで猶予は無い。迷っている暇はなさそうであり、速やかに協力を得られないと、いくら多くの星が加盟している星団連合と言えども劣勢に回るであろう。ARKHEDが散開して星々を攻撃すれば、数の少ないこちらは不利である。
「分かりました。明日にでもヴィルト・ルイーネに向かいます」
「快い返答、ありがとうございます。ナトリさんもよろしいでしょうか?」
「は、はい。自分に何が出来るか…よく分かりませんが、精一杯務めさせて頂きます」
「軍属で無い貴女にまで、申し訳なく感じています」
「いえっ!皆さんには良くして貰っていますので」
「んにゃ~。やっぱりナトリちゃんは良い子だなぁ~。ほれほれ、今日は無礼講じゃ、遠慮なく飲みたまえ~」
「か、カルラさん!?」
向かいに座っていた筈のカルラがいつの間にか鳴鳥の傍に来ており、困り顔の彼女にワインを進めながら絡む。テレンティアへの潜入に比べれば一見簡単そうな任務であるが、相手が相手だけに一筋縄では済まない。その事を知らない鳴鳥はカルラやミリアムと楽しそうに会話を弾ませていたが、ジルベルトはまたもや振り掛った難題に頭を悩ませていた。
「えぇ~!?どうしてジルベルト君がお持ち帰りをするのよ~」
「お持ち帰りとは…。言っときますが、俺はそういった事をするつもりは毛頭にもありませんので」
ディナーと任務の依頼を終え、カルラの気が済むまで飲み続け、解放されたのは日付が変わる少し前であった。
店から離れたタクシー乗り場でごねたのはカルラである。彼女はワインを飲まされ、と言っても2、3杯だが、酔って意識が朦朧としている鳴鳥を自室に連れ帰ると宣言したが、ミリアムに却下された。彼女の言い分は、明日も職務があるカルラの支障になりかねない事と、鳴鳥の貞操を守る為と、明日から任務なのだからジルベルトと共にいた方が良いだろうという判断であった。
「私の事は心配ないのですか?」
「ええ、私は知っていますから、貴方の事を」
「そうですか…」
彼女の言葉にジルベルトは忘れかけていた事を思い起こした。自分は鳴鳥に惚れる事は無い。どちらかと言えば贖罪に近い感情を抱いているのだが、ここまで信用されると妙な気分になる。
「それでは、頼みましたよ」
「はい、本日はお招きいただき感謝いたします」
「送り狼になるなよ~!」
「…だから、そう言った事は一切ありませんので安心して下さい」
ジルベルトは頭を下げ、送迎車に乗り込んだミリアムとタクシーに乗り込んだカルラを見送った。その後、肩に寄りかかっていた鳴鳥を支え、自分達もタクシーに乗り込む。行き先は今からアルヴァルディが停泊しているドックに戻るのは時間が掛るので、ジルベルトの宿舎に向かった。
「ん…」
「(幸せそうな寝顔だな)」
肩に寄りかかる鳴鳥の寝顔は穏やかで、安らかだ。任務にまた就く事となったが、今日の会食は良い気晴らしになったようだ。彼女の寝顔がそれを物語っている。
しかし彼女の幸せそうな寝顔は長く続かなかった。身じろぎ、眉を寄せ、か細い手は何かを捜すように動く。そして薄ピンク色の唇からこぼれ落ちた寝言と頬を伝う涙。
「く…じょう……せん…ぱい」
「!」
「ごめん…なさ…い」
夢の中でも謝り続ける鳴鳥。もどかしい気持ちを抑えつつ、ジルベルトは鳴鳥の涙を指で拭い、彼女の小さな手に自分の大きな手を重ねた。




