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Xenoverse  作者: 葉月はつか
phase one : geotaxis
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第19話 Grey past

 テレンティアに潜入後、かの星のARKHED(アルケード)六機から追撃を受けつつも何とか星を脱したジルベルト達は、待ち構えていた戦艦ニーヴァレインとソフィとクヴァルに助けられて危機を脱した。その戦艦のハンガーにジルベルト達のARKHED(アルケード)が収容されている。

 先に鳴鳥機から降りたジルベルトは彼女に手を差し伸べた。


「大丈夫か?」

「はい、平気です…」


 ジルベルトの手を取り無理に笑う鳴鳥はふらりと倒れ掛り、よろける。咄嗟に抱きとめるが、その表情は血の気が引いている。クランドとの再会は彼女の心を大きく抉ったようであり、どうにか説得した所で彼が死を望む程恨んでいたという事実は変わらない。


「ちょっと!ジルにベタベタしないでくれる!?」


 空気を読まないアリーチェは、自機から降りてきて鳴鳥達の元に来るとキャンキャン喚く。六機相手に立ち回り、制御が難しい遠隔小型機を使用していたにもかかわらず、アリーチェは疲れを見せず、元気である。


「皆さん、無事で何よりです」

「もう、船長ったら無理しちゃって」


 アランとマリアンもジルベルト達の元へと駆けつける。コンラードもスティングも、彼らの後に続いていた。どうやら任務に使用した貨物船はこの艦に収容されたようだ。


「ナトリさんの事は任せて」

「ああ、頼む」


 自機から降りてきたソフィーリヤはジルベルトにもたれ掛かる鳴鳥の身体を預かる。けれども自分の足で歩く事が困難な鳴鳥をソフィーリヤが医務室まで連れて行くのは難しい。クヴァルはソフィーリヤに別の奴に任せろと言うが、彼女は譲らない。そこで気を利かせたスティングが鳴鳥の身体を易々と抱えた。


「医務室まで運ぶ。介抱は任せた」

「ありがとう、スティング」


 スマートな身のこなしにクヴァルはギリッと歯を鳴らし、スティングに必要以上にソフィーリヤに近づくなと間に割って入る。そして出遅れたコンラードは「あぁ」と情けない声を出して四人が立ち去るのを見送った。

 鳴鳥達の姿が見えなくなり気が緩んだのか、ジルベルトは機体に寄りかかりずるずると座りこむ。六機をたった一機で相手をした上に、欠損したARKHED(アルケード)で戦ったせいか精神的消耗は相当なものだったのだろう。傷ついている鳴鳥の前で弱った所を見せたくなかったのか、彼女が居なくなった途端疲労はどっと押し寄せた。その様子にマリアンは柔らかな笑みを浮かべて手を差し伸べる。

 

「カッコつけすぎじゃない、船長?」

「…ガキのお守に少し疲れただけだ」

「ほら、こんな所に居ないで、肩貸すわよ」

「すまないが、この艦の医務室ではなく貨物船の自室にしてくれ」

「ハァ…しょうがないんだから」


 ジルベルトはマリアンの肩を借りて貨物船が収容されている船内ドックへと向かう。ニーヴァレインの医務室では鳴鳥と一緒になる為、彼女に弱った所を見せたくないジルベルトは貨物船の方を選んだ。肩を貸したマリアンは彼のプライドの高さに苦笑しつつもその要望を受け入れる。船長に逆らえないというのもあるが、弱い所を女に見せられないという気持ちは同感するからだ。

 一方アリーチェはジルベルトの介抱は自分がするんだと言いながら二人の後について行く。一人残されかけたコンラードも取り敢えず彼らの後を追いかけた。アランはその姿に笑みを浮かべて皆の後に続いた。

 何事も無くとは言えないが、任務を終えたジルベルト達は惑星アストリアへの帰路に就いた。




      第19話 Grey past




 戦艦ニーヴァレインにジルベルト達が合流した次の日、ジルベルトは艦長室のソファーに腰掛けていた。その室内には執務用の机と革張りの椅子、応接用のソファーとテーブルがあり、芸術品などの無駄なものは一切なく、最低限の調度品が置かれている。それらもデザインはシンプルで、戦艦に相応しいと言えるが、執務机の上に置かれた家族との記念写真がその部屋で唯一人の温もりを感じさせていた。テーブルを挟んで向かい合うのはこの艦の艦長であるグェンダル・ソルニエール大将。以前顔を合わせた時と違い、彼は普段から気難しい顔をより一層深めている。


「―――地球を滅ぼしたのはその星の者か」

「まだ確かな確証が得られた訳ではありませんが、ナトリはクランドと言う名のARKHED(アルケード)操縦者を知っているようであり、相手もナトリの事を見知っている…と言うよりそれ以上の様子でした」

「同郷であり、只ならぬ仲であったという訳か」

「その者はクランドと名乗り、ナトリはクジョーと呼んでいました。二人の関係性は詳しくは分かりませんが、ナトリに対して一方的に恨んでいるといったらいいのか…。兎に角殺意を明らかにしていて、ナトリはそれを受け入れているようでした」

「クジョー?どっかで聞いたような気がするわね」


 ジルベルトの隣に座っていたアリーチェは過去の記憶を思い起こすように腕を組んで天井を見上げる。彼女と同様にジルベルトもその名に思い当たる節があるようで口を開く。


「確かアレは…そうだ、フェルスボウデンで助けた時に着ていた男物のジャケット。アレはそのクジョーの物だと言っていたな」

「男性の服を借りるだなんて親密な仲なのかしら」


 グェンダルの隣に座るソフィーリヤはジルベルトの言葉で鳴鳥とクジョーとの関係性の推論述べる。そこでジルベルトはジャケットの下がどうなっていたのかを思い出した。


「ジャケットの下の衣服は切り裂かれていた。詳しくは聞かなかったが、恐らく暴漢にでも襲われていた所を助けられたんだろうな」

「…」「ちょっと、ジル?」

「ん?なんだ?」


 ジルベルトは何の気なしに過去の状況を思い出し口にしたが、その中の出来事にソフィーリヤとアリーチェは突っかかる。ソフィーリヤは蔑んだ目線を向け、アリーチェは立腹しているようで、何故彼女らがそんな反応をするのかジルベルトは理解していなかった。


「前々から気付いてはいたけど、ジル、貴方の女性に対する扱いは雑すぎるわ」

「ジル、あんなまな板子をひん剥かないといけない程溜まっているなら私で―――」 


 デリカシーの無い様子に女性人二人から非難の声を浴びるジルベルト。ソフィーリヤのもっともな意見はともかく、アリーチェの発言は逆セクハラである。ソフィーリヤの後ろで直立不動に立っていたクヴァルがその言葉に顔を赤らめ「ふしだらだ、場を弁えろ」と怒鳴り、グェンダルは妙な空気になりつつあるのを大きな咳払いで変えようとした。


「アレは気を失ったナトリの素性を確認すべく行った致し方ない行動であって―――」

「あぁ!!思いだした!」


 ジルベルトの弁明を遮ったのはアリーチェである。彼女はパンと軽く胸の前で手を合わせて悩んでいた事が晴れた様なすがすがしい顔をした。そして皆が注視する中でその出来事を語る。


「こないだ行った遊園地でね、観覧車に乗った時あの子言っていたの。自分の好きな人は王子様な人みたいだって。確かその名がクジョーだったような気が…」


 アリーチェの情報に皆は押し黙る。彼女の言う事が真実であるならば、鳴鳥は想いを寄せる者に殺されそうになったという事になる。更に鳴鳥の母星を滅ぼしたのも彼という事であれば、それを知った時の衝撃は計り知れないだろう。寧ろ持ち直してARKHED(アルケード)を操縦し、危機を脱した事は奇跡に近しい。彼女の心情を考えるとやりきれない思いが募る。だが、直接会話を交わし、その異常さを感じ取ったジルベルトは顔をしかめる。

 

「(…あのイカれた奴が王子様、か)」


 鳴鳥は昨日から医務室で身体を休めている。しかし頭の中で処理しきれない程の出来事に遭ったせいか、眠りに就くことも食事をとる事もまともに出来ない状態であった。今は睡眠導入剤と点滴で睡眠と栄養を取っている状態だ。

 今後の事について考えを巡らせていたグェンダルは立派に蓄えた髭を撫でていた手を離して頷き指示を出す。


「彼女が落ち付き次第、事情を聴きだすようにせねばな」

「それならジル、貴方が適任じゃないかしら?」

「は?」「ちょっと!それはどういう判断なのよ!」


 ソフィーリヤの提案にジルベルトはポカンと口を開けて驚き、アリーチェは納得いかないとテーブルを叩く。じとっと睨みつけるアリーチェに対しソフィーリヤは意に介せずそう判断した根拠を説明する。


「テレンティアであの子の気持ちを一時でも落ち着かせて危機を脱する事が出来たのはジル、貴方のフォローが良かったんでしょう」

「…あの場はな。だがこういった事は調査機関に任せるべきじゃないのか?前の聞き取り調査でダニエルとも上手くやっていたようだし…」

「あの子にはもう帰る場所も無くて想い人も居ない。そんな彼女の支えになれるのは最初に出会ってここまで傍に居た貴方しか出来ないんじゃないかしら」


 ソフィーリヤの意見に対し、グェンダルは静かに頷き肯定する。クヴァルはソフィーリヤの意見をお前如きが断る権利など無い、つべこべ言わずに甘んじて受けろと視線を送ってくる。アリーチェは大人しく座り直し黙っている。鳴鳥の境遇に同情したのか、今回だけは仕方がないと目を瞑っていた。つまり、反対しているのはジルベルトだけである。


「―――そういえば敵のARKHED(アルケード)についてだが」

「その件なら報告書を纏めておいてくれ。ARKHED(アルケード)からデータを抽出すれば事足りるだろう」

「フフ、上官命令よ。彼女のフォローは貴方に一任するわ」

「…」


 有無を言わさない上官からの命令。心なしかソフィーリヤはこの状況を微笑ましく思っているようで口元が緩んでいる。その様子に過去の出来事など吹っ切れた様子であり、ジルベルトとしては複雑な所である。だが従わざるを得ない。立場的にグェンダルやソフィーリヤの命令には逆らえない。

 これ以上反論しても無駄だと悟ったジルベルトは項垂れながら拝命した。






 消毒の香りが漂う清潔な空間。鳴鳥がニーヴァレインの医務室に運びこまれるのは二度目である。昨晩は薬の効果かぐっすり休む事が出来た。だが食事は喉を通らない為、点滴で栄養素を体内に取り入れた。個室には退屈な時間を潰すテレビもタブレットPCもあるが、鳴鳥には必要なかった。

 瞳を閉じれば浮かび上がるのは久城の歪な笑顔。そして自分に突き刺さる言葉の数々。それらから思い起こされる取り返しのつかない過去の過ち。それらから逃げるよう、開かれた瞳からこぼれ落ちる涙。何度泣いても現実は変えられない。あの時大人しく久城に殺されていれば…そんな事ばかりが頭の中をぐるぐると渦巻く。


「(あの時、久城センパイは一緒にお墓を参りをしようと言ってくれた…。助けてくれて、服も貸してくれて…。なのにどうして…?あの笑顔は偽りだったの?)」


 縋りつくのは過去の彼、優しかった頃の、好きだった彼。鳴鳥の想いは届かないと覚悟はしていた。しかし現実は予想を遥かに超えて残酷で、辛い事実は胸に突き刺さり傷を広げる。胸が痛む、だが久城はどうだろうか?彼の苦しむ原因を知る鳴鳥はその痛みを受け入れるしかなかった。


「…ナトリさん、来客ですが通しても良いですか?」


 横たえたベッドの傍で電子音が鳴ると船医であるフレッドが小型モニターに映し出される。彼は穏やかな表情で鳴鳥の元に誰かが訊ねてきた事を伝えた。今の精神状況を考慮してのことだろう。鳴鳥に一応断りを入れてから客人は病室に通される。今は誰が来ても平気…と言うより、誰の言葉もぼんやりと聞き流す状態である鳴鳥はのそのそとした動作で居住まいを正して、リクライニングで背もたれを起こして待った。


「調子はどうだ?」

「…ジルベルトさん」


 少しだけ意外に感じる鳴鳥だった。散々迷惑を掛けて呆れられても仕方がない筈だが、彼は一言目に具合はどうかと訊ねてきた。彼にはこれ以上迷惑はかけられない、そう考えた鳴鳥は今できる最高の笑顔を浮かべる。が、それが作られた物であるとすぐに見抜いたジルベルトは溜息を吐きつつ肩を落とす。ベッドの横にある椅子に腰かけた彼は無遠慮に手を伸ばし鳴鳥の頭をくしゃくしゃに撫でつける。その大きな手は温かく、髪を乱されたというのに触れられたという行為が嬉しく感じ、また涙が伝い落ちる。何故泣かれたのか理解できなかったジルベルトはしまったと身を引き少し慌てる。


「すまない、触られるのは嫌だったか?」

「いいえ、そうじゃないんです。嬉しくて…」

「?」

「私は…生きていて…良いんですよね」

「ああ、聞くまでも無い事だ」


 力強く言い、ジルベルトは深く頷く。その言葉に動作に、安心できたのか、鳴鳥は柔らかな笑みを、嘘偽りのない笑顔を浮かべた。ジルベルトは今度は優しく鳴鳥の頭を撫でる。ごとごつとした大きな手に触れられると、撫でられた所だけでなく心まで温かく感じる。その手が離れていくのが少しだけ寂しくも感じた。

 何か聞きたそうにしていたジルベルトであったが、取り敢えず元気そうなら良かったと言い残し病室を去ろうとする。彼が何故ここに来たのか何となく悟っていた鳴鳥は、手を伸ばし上着の裾を掴んで立ち去るのを止めた。


「どうかしたのか?」

「…あ、その」


 ジルベルトは再び椅子に座り、鳴鳥が口を開くのを待つ。どう伝えてよいかまだ決めあぐねているにも関わらず引き留めてしまった事に後悔するが、彼は催促などせず静かに待っていた。話を切り出そうと口を開くが、言葉は出ず、再び口を閉ざしてしまう。そんな彼女の心情を知っているのか、ジルベルトは苦笑しながら諭すように言う。


「無理に話す必要はない。落ち着いたらで良いからな」

「…すみません」

「謝らなくて良い。話し辛い事なんだろう?」

「でも…言わなくちゃ、駄目なんです」


 息を吸い、吐き出し呼吸を落ちつけようとする。目を見ながらでは言い辛いのか、視線は下に、瞳を閉じて、ギュッ拳を握り、意を決して過去の過ちを、罪を告白する。






 それは一年とひと月くらい前の事。鳴鳥が高校二年生の時、彼女は親友を亡くした。正確に言うと親友ではなかったのかもしれない。何も相談をせず、突然命を絶つのは親友といえるだろうか。少なくとも鳴鳥は親友であったと思いたかったが、今となっては相手がどう思っていたのか知る術はない。

 学校の屋上から、フェンスを乗り越えて飛び降り命を絶った少女、久城由利亜は鳴鳥の幼馴染であり、蔵人の妹である。由利亜とは家が近所で同い年であるが、家柄は大手企業の社長令嬢と普通のサラリーマンの娘、通う幼稚園も違う。そんな二人が出会ったのは町内の公園、屋敷を抜け出した蔵人と由利亜が公園で遊んでいた所、ちょっかいを掛けてきた悪ガキ達を鳴鳥がコテンパンに叩きのめしたことから始まった。


「久城センパイと由利亜ちゃんのお母さんがスウェーデン人なので、遺伝で髪がプラチナブロンドで瞳が蒼かったんです。私達が住んでいた所では珍しい容姿だったので、目を付けられちゃったんでしょうね…―――ってジルベルトさん?笑っています?」


 顔を背けて口元を手で覆っているジルベルトは微かに肩を揺らす。今までの話で何処に笑う要素があったのか分からない鳴鳥は首を傾げる。ジルベルトは話の腰を折るような真似をして済まないと謝りつつ咳払いをして笑みを溢す。


「いや、そんなガキの頃から人助けに走っていたなんてな。想像したら笑えた」

「む。そんな笑う事ですか?」

「いいや、お前らしいな」

「…褒め言葉として受け取っておきます」


 話は途中で止まってしまったが、ジルベルトの反応で鳴鳥は幾分か気が楽になった。だがこれから話す事は辛い過去の出来事だ。彼につられる様に笑みを浮かべていたが、話の続きを口にした鳴鳥の表情には影が差していた。


「私達は…、久城センパイと、由利亜ちゃん、私と弟の棗は幼馴染だったんです。小学校も由利亜ちゃんは私立の良い所に入る予定だったのが、わざとお受験を失敗して私と同じ公立の小学校に通うようになったんです」


 中学では由利亜を心配した蔵人も鳴鳥が進学する予定の公立の中学へ進学し、三人は同じ中学で過ごした。蔵人達の両親は我が子の経歴を変えてしまった鳴鳥を疎ましく思う事はなく、家族ぐるみで付き合う事も度々あった。蔵人の父も実の父に逆らい奥さんと結ばれたそうで、しがらみとかにはうんざりしており、人を身分で判断しない様である。そしてその時、中学時代は毎日が楽しく、こんな日々がずっと続くのだと思っていた。


「高校に入学して、変わってしまったんです」


 それまでは鳴鳥にべったりであった由利亜が、高校は別の学校に行くと言いだした。やはり良い大学に入るには良い高校に行くべきなのだろうか。だとしたら学力で足を引っ張る自分に合わせるのは申し訳ない、自分が頑張って勉強して合わせようかと鳴鳥は言った。だが、進学先を別にした理由は他にあった。


「由利亜ちゃんは私に頼ってばかりじゃ駄目だと言って他の高校に進学したんです」

「…まぁ男女なら添い遂げるって手もあるが、女同士だとずっと一緒なのは無理だな。将来的に自立する事も大事だからその子の判断は正しいと思う」

「いいえ、正しくはなかったんです。無理にでも一緒の学校に通っていれば…」


 自責の念に駆られた鳴鳥は下唇を噛み締め握り拳に力を込めた。幾度となく繰り返した後悔、何度悔やんでも過去は変わらない。堪えていた想いが溢れだしそうで、それをまた耐えて。俯いていた鳴鳥の頬を光る雫が伝い落ちる。


「…!」


 悔しくて苦しくて自分が許せなくて、震えていた拳に大きな手が重ねられる。空いている左手で涙を拭い、顔を上げるとジルベルトが真っ直ぐとこちらに視線を向けてきていた。視線が合うと彼は少しだけ微笑む。


「誰にだって後悔はある。…俺にもな」

「…ジルベルトさんにも?」

「こう見えて軍人だ、何人も…数え切れないほど手に掛けている。大義名分の元にだがやっている事は人殺しだ。後悔がない訳でもない。…ああ、こんな汚れた手で触れるのは悪いか」


 そう言いながらジルベルトは手を離す。震えは彼のお陰で止まったが、寂しさは募る。こんなにも自分は弱かったのかと思い知られるが、遠ざかるその手を鳴鳥は掴んで離さない。


「汚れてなんかいないですよ。ジルベルトさんのお陰で、私は救われています」

「…そうか」


 手は繋がれたまま、ジルベルトは振り払う事無く、ベッドに手を置き、鳴鳥はその大きな手に自分の小さな手を重ねていた。その手の温もりで落ち着く事が出来る。けれどもこれから話す事はおぞましい事であり、手と肩は微かに震えだした。

 

「…由利亜ちゃんは私と別の高校に行って、最初は毎日連絡を取り合っていたんです。けど―――」


 だんだんと電話をする回数が減っていった。こちらから連絡をすれば応答してくれる。だがその様子はどこか余所余所しく、元気がないようにも思えた。心配し、大丈夫かと声を掛けるが由利亜は平気だと、何ともないと答えた。気丈にふるまう彼女がどんな目に遭わされていたのか知ったのはそれから一年後、彼女が遺体となって、物言わぬ身体になって初めて分かった。

 由利亜は鳴鳥と出会った時と同じようにその容姿で周りから浮いていた。それでもこれまでの経験を生かしてか、自分から声を掛け、周りに合わせて何とか過ごしていた。鳴鳥が居なくとも大丈夫、そう考えていたが、ある事を切っ掛けに事態が急変した。それは些細な事、由利亜の通う高校で女子に人気の高い男子生徒が由利亜に告白したことから始まった。


「嫉妬心からの嫌がらせか?」

「嫉妬なんでしょうか。由利亜ちゃんは告白を断ったんです」


 ジルベルトは「何だそれは」と不思議そうな顔をしている。鳴鳥も人伝に聞いた話らしく、状況がどうだったか詳しくは分かっていない。けれどもその事で由利亜は立場を悪くしたらしい。


「女ってのはよく分からんからなぁ」

「ですね、私でも分からない時があります」


 上級生から目を付けられ、同級生には遠巻きにされ、一人ぼっちだったにもかかわらず気丈に振舞っていた由利亜であったが、その態度が逆に気に食わなかったのだろう。振った相手を特に好いていた上級生の女生徒達のグループは直接手を出してきた。私物を隠したり捨てたりで始まり、嫌がらせはだんだんとエスカレートし、犯罪行為に、監禁して男達に襲わせ、その行為の写真をネタに援助交際をさせて稼がせ…。身も心もボロボロになり、それでも彼女は誰にも辛い気持ちを伝えぬまま最後に死を選んだ。


「…何か辛い事があるって薄々は気づいていたんです。でも必死に隠しているようで、踏み込めなくて。その時無理矢理にでも問いただせば…」

「過ぎた事は仕方がない。それにそのユリアって子は言いたくなかったんだろうな。頼ってばかりでは駄目だと言った手前、知られたくなかったんだろう」

「でも…」

「彼女は選んだんだ。それに、お前が今も後悔している気持ちは伝わっているだろう。お前は後悔を糧にこれまで生きてきた。違うか?」

「…自分ではそのつもり、でした」

「クランド、か」


 再会した蔵人は全ての責が鳴鳥にあるかのような口ぶりであった。実の兄に責められれば自分が悪いのだと思うのは当然である。だが、ジルベルトには腑に落ちない部分があった。


「その、実の妹が大変な目にあっていた時、兄貴であるクランドは何をしていたんだ」

「久城センパイはその…留学していて、海外に」

「自分は傍に居なかったクセに文句だけは一丁前なんだな。やっぱりアイツはガキだ」

「いいえ、センパイが全てを許せなくなるのも当然です」


 自殺の原因、それは真実とは程遠い形で公表された。大学進学、将来に不安を感じての自殺。首謀者である女生徒の父親が政治家だったせいか、学校が保身に走ったせいか、虐めと言うよりは犯罪に近しい行為だったにもかかわらず、主犯格は罪に問われる事はなかったようだ。


「それはやりきれない、な」

「はい…」

「でも、お前は前を向いて、過去を反省して同じ事を繰り返さない為に努力していた」

「そんな大層な事はしていませんが…」

「まぁなんにせよ、クランドが当たり散らしているという事実は分かった」

「それは…!」

「お前は悪くない。例え他の奴らがお前に責任があると言っても死ななければならないなんて事はない。クランドが断罪する権利も無い」

「…そう、言っていただけると少し、楽になります」


 自分を責めていた鳴鳥はジルベルトの言葉に、繋がれた手に辛い気持が少しだけ軽くなるのを感じる。ジルベルトは穏やかな笑みを浮かべて鳴鳥に罪はないと赦していたが、スッとその表情が変わり、陰りが見える。そして低い声で告げられたのはこれからの事であった。


「アイツをこのままにしては置けない」

「ジルベルトさん…?」


 その表情は冷めきったようであり、恐ろしくもある。そこで彼が軍人であるという事を再確認させられた。星を一つ滅ぼした久城、彼は聖王エドアルド・エルカーン12世の臣下であり、聖王はミサで他の星への宣戦布告とも取れる発言を行った。ならば星団連合側としては戦わざるを得ない。そしてジルベルトは星団連合軍の軍人だ。久城がARKHED(アルケード)に搭乗しているとなれば、同じARKHED(アルケード)の操縦者であるジルベルトと再び刃を交える事となるだろう。真剣な表情にはその決意が表れていた。そして彼は鳴鳥にお前はどうするんだと視線を投げかけてくる。


「私は…私が…!久城センパイを止めたい…!」


 軍人であるジルベルト相手に渡り合っていた久城、そんな彼に鳴鳥が敵うかどうか分からない。けれども彼を止めなければならないのは自分の責務だと思った。

 鳴鳥の決意にジルベルトは深く頷く。以前の彼ならお前には任せられないなどと言い切り、戦場から遠ざけようとするだろうが、今は違う。


「お前の背中は俺が守る。…だからお前は前だけを向いていれば良い」

「…はい…!よろしくお願いします」






 ―――暗い暗い闇の中、何処までも続く漆黒の空間。そこに浮かび揺らめく光。

浅葱色の光はひと際揺れていて、幼い少女の声が響く。その物言いはハキハキとしており、声とのギャップがあった。


「どういうつもりですか?あなた方は一体何を企んで―――」


 金色と銀色の光がゆらゆらと揺れていた。その光からは嘲笑うような少女の声が聞こえる。


「あら?老人介護は済んだの?」

「あはは~。久しぶりじゃない?貴女がここに来るの」


 浅葱色の光は激しく揺らめき怒りを露わにしているようであったが、金色と銀色の光はクスクスと笑い、意に介していない。


「私の事はいいのです。それよりもどういうつもりですか?私達の使命は…」

「『観測』する事だろう」


 凛とした女性の声、それはエメラルドグリーンの光から発せられ、その光は口を挟む。


「だからその『観測』を行いやすいように場を整えているのではないか」

「やはり故意に戦争が起こるよう火種を撒いているのですね」


 何が悪いのだと三者は嘲笑う。その様子にこれまでだんまりを決め込んでいた紫色の光は呆れかえるように溜息を吐きつつ言った。


「…下賤な輩ね」

「何を言う?戦場では様々な強い想い、意志が巡る。それらのデータを収集せずに何をするというのだ?」


 エメラルドグリーンの光はさも当然だとばかりに言い張る。その返答に紫の光は再びため息を吐いた。


「…付き合いきれないわ」


 そう言い残して紫の光は消えた。


「貴女方の考えはよくわかりました。私は無関係な民を戦禍に巻き込む事を是としません。いざとなれば戦う覚悟でいる事をお忘れなく」


 徹底抗戦を宣言し、浅葱色の光は消える。仲違いをするような形になったが、金色と銀色とエメラルドグリーンの光は動じることはなかった。


「あーあ、怒らせちゃった」

「フン。放っておけ」

「それにしてもあの出来損ない、68番には随分やられたわね」

「6番目は本気を出していなかったようだけど?」

「楽しみは後に取っておく主義でな」

「一理あるわね」

「あと、43番はあちら側に付いているわ」

「奴が観測対象を失った時、どうなるか見ものだわ~」

「フフ、悪趣味だこと」


 何処までも闇が続く空間。そこでは笑い声がいつまでも響いていた。






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