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Xenoverse  作者: 葉月はつか
phase one : geotaxis
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第17話 Platinum blonde's sacred knight

 テレンティアの格納庫エリアに潜入を成功させたジルベルト達星団連合軍特務部隊と同行者の鳴鳥。彼らは日を跨ぐのを確認してから闇に身を潜めて動き出す。ジルベルトを先頭にアラン、鳴鳥と続き、最後尾にコンラードという並びでコンテナを出た。明かりが灯されていないが、天井の明り取りから僅かな光が差し込んでいるその場は広く、白い煉瓦を積まれて造られた倉庫であり、ジルベルト達が潜んでいたコンテナと同様の物がいくつも並んでいる。ジルベルト達はなるべく足音を立てないよう扉に向かって走った。

 扉の前でコンラードは耳を澄まし、鼻をヒクヒクさせて臭いを探る。獣人種である彼は聴覚と嗅覚に優れている。その能力をフル活用し、倉庫の外に敵兵が居ないか探る。


「周囲に敵は居ないっス」


 内部からは鍵が必要無い扉を難なく開き、少しだけ隙間を開ける。すぐには表に出ず、ジルベルトはアランに目配せをした。頷いたアランはカメラを搭載した虫型偵察機を放つ。数分後、ここから出た先に監視カメラの場所を確認し、表に出た。倉庫を出た先、そこにはいくつもの同じような大きさ形の三角屋根の倉庫が並ぶ広大な土地である。所々夜間照明に照らされてはいるが、見回りの兵士は居ない。代わりに監視カメラがあるが、ステルス機能と光学迷彩を有しているスーツを着用しているジルベルト達はその姿を捉えられていないようで、警報機は鳴らなかった。


「お前達はここに居ろ」

「ジルベルトさん…?」


 倉庫と倉庫の間、皆はその場に留まるよう言い残すとジルベルトは右腕に装備している籠手のような機器を操作し、右手を天にかざした。機器から射出されたワイヤーフックは倉庫の屋根に引っ掛かる。グイッと引っ張り強度を確かめた後、ジルベルトはワイヤーを手繰りながら倉庫の屋根に登った。高い所から周囲を確認するとそこは軍用施設の一角らしく、倉庫エリアの西側には他の形とは違う建造物があった。この星が外部との交流を避けているせいか、はたまた歴史を重んじる為か、施設の壁も建造物も白い煉瓦で造られていた。壁向こう側は平原と木々が生い茂っている様子からここが首都から離れた場所であることが分かる。今の位置を確認し、目的地を把握したジルベルトは鳴鳥達が待つ地面に降りる。その後ジルベルトを先導に西へ、慎重に辺りの気配を窺いながら向かった。




      第17話  Platinum blonde's sacred knight     




「ここは?」


 ジルベルトは倉庫区画の壁際にある一つの建物の傍で足を止めた。その建物は倉庫より小さく、窓もあり、明かりが灯されていた。建物の傍には大きな扉が、どうやらここが外へと通じる出入り口のようであり、建物はこの倉庫に収められている物と、出入りする荷物と人を管理する場所といった所だろう。


「人は…4、5人くらいっス」

「この広さでその人数…少ないな」

「これまで戦とは無縁の星だったので致し方ないですよ」

「でも、これだけ広くて沢山の倉庫があるって事は、戦争の準備は前々からしていたって事でしょうか?」

「倉庫の中は確認できていないからな、それを今から調べる」


 ジルベルトはまたもや皆をその場に残し、一人で建物に近づく。ステルス機能で姿が見えないからと言って安心はできない。獣人種のように気配察知の能力に秀でていれば姿が見えなくとも存在を感じられる。テレンティアで信仰されている宗教、エイゼル教の信者はヒト以外の種族を排斥する様であり、この場に獣人種は居ないと思われるが、ヒトでも鍛練と戦場に立ち、幾つもの死線を越えれば神経が研ぎ澄まされて気配を察知できるようになる者も居る。ジルベルトは細心の注意を払い、窓の傍まで近づき中の様子を探った。


「(随分と余裕かましているじゃないか)」


 当直の兵士達が囲むテーブルには葡萄酒と煙草、トランプが置かれていた。戦争の火種になるような行為を仕掛けた星の兵士とは思えないだらけた様子である。少々イラつきを覚えつつ、これから先に彼らに振り掛る事を心の中で軽く詫びる。そして換気口から催眠ガス弾を投げ入れ、眠りの底へと叩き落とした。

 建物に侵入し、他に兵士が居ないか確認をする。休憩室に居た三人とは別に、監視カメラのモニタールームに一人居たが、監視をサボりぐっすりと寝ていたのでショックガンで気を失わせる。奥には簡易宿泊設備があり、ベッドで眠っている者にも電撃で沈んでおいて貰った。手早くスマートに制圧を終わらせ、ジルベルトは通信機で鳴鳥達を呼ぶ。

 コンラードは周囲の見張り、アランは端末からこの施設に収められている武器のデータを収集、ジルベルトと鳴鳥は気絶していたり、深い眠りに落ちている兵士を見張っていた。

 データが記録メディアにコピーされる画面を見つつ、アランはポツリと呟いた。


「…本当にこの星は連合を敵に回す覚悟があったのでしょうか」

「この様子から察するに下の者には知らされていないのかもな。この星は他の星との交流も無い。ネットワークもこの星のみの閉鎖的なものだ。地球を滅ぼした事など知らない者が多いのだろう」


 テレンティアの上層部、聖王エドアルド・エルカーン12世の思惑。それも今日のミサで分かるだろうとジルベルトはアランに言った。話を終わらせた所で丁度データのコピーが完了した。

 気になる事があるのか、鳴鳥はざっとデータを眺めていたアランに声を掛けた。


「あの…、アランさん、ARKHED(アルケード)はここには無いんですか?」」

「聖王である教皇は王都に居を構えています。おそらくARKHED(アルケード)は教皇の傍に在るんだと思われます」

「…そう、ですか」


 少し残念そうに肩を落とす鳴鳥に対し、ジルベルトは口を挟む。


「いや、ここで遭遇しない方が良い。こんな所でやり合う訳にはいかないからな」

「そう…ですね」


その後、アランが内部の情報を送る装置とスパイウェアを仕込み、室内を荒らした痕跡を残さぬよう注意を払い部屋を後にする。


「この後はどうするんですか?」

「車両に潜んで王都に向かう。アラン、ここから出る予定の車両はあるか?」

「はい、丁度05:00に首都から食料を運ぶ車両が到着します。その車を狙いましょう」


 鳴鳥の問いに答えたジルベルトはアランに指示を出し、食料の受け渡しが行われる壁の向こうの隣の施設へと向かう。

 午前四時五十七分、宿舎であろう施設の裏側、厨房近くの搬入口前で食料を積んだトラックが止まる。予定時刻より少しだけ早く荷物を下ろす配達業者と受け取る兵士。荷を全て降ろし終えた所で、物陰から小さな爆発音がした。その事に配達業者と兵士が気を取られている隙にジルベルト達は荷室に潜り込む。


「誰かの悪戯か?」

「一応念の為、上に報告しておくか」

「報告書誰が書くよ」

「めんどくせぇなぁ」

「あ、あの~」

「ああ、ご苦労さん。お宅は気にしなくていいから」

「はぁ…。では、失礼します」


 兵士達はあれこれと話していたが、配達業者は仕事を速やかに終わらせたいのだろう。一礼をしてトラックに乗り込んだ。彼はジルベルト達を荷台に乗せたと知らぬまま王都へと引き返す。






 聖王星テレンティア、その星の中心たる王都エイゼンシュテイン。午前八時過ぎにジルベルト達を乗せたトラックが辿り着く。信号待ちをしている所で荷室から出て、裏路地に向かう。辺りに誰もひと気がない所まで来るとステルス機能と光学迷彩をオフにした。その後、マスクを外し、スーツを中世の様な洋服に変化させた。茶色と白色の地味な衣服は華やかな王都の景観からは浮いているようだが、今日は同じような格好をした者が多い。それは午前十時より開かれる月に一度のミサのせいであるだろう。地方から来た熱心な教徒で市街地は賑わっていた。


「本当に…この星が地球を…」


 喫茶店のテラスで街を眺めながら朝食をとるジルベルト達。鳴鳥は白い煉瓦に緑色系のモザイク屋根瓦、街路樹に咲き乱れる色とりどりの花といった美しい街並みと穏やかな住民をぼんやりと見つめつつ呟いた。注文したサンドウィッチも柔らかいパンにみずみずしいレタスと分厚いハムと薄いチーズが挟まれており、貿易が停止していても食糧事情は悪くないようだ。元々食料自給率が高いのだからこの状況にも頷けるが、外宇宙の星々との雰囲気の違いに食事ひとつとっても戸惑うばかりである。

 朝食をとり終え、食後のコーヒーを飲んでいたアランは隣に座るジルベルトに今後の予定を周りに違和感を持たれないように気を配りながら確認した。


「この後はどうします?」

「ミサが始まるまでに聖堂前に陣取っておくか」

「分かりました」


 四人は店を出てタクシーを拾い、王都の中心にそびえ立つ聖堂を目指す。聖堂前広場では聖王直々のお言葉が賜れるとあってか、ミサの一時間前だというのに既に人だかりが出来上がっており、聖王騎士団の兵士が誘導を行っていた。


「おい、離れるなよ」

「あ、はいっ…。あ…っ!」


 少しでも前へと、教皇が立つ演台がある場所へと近づこうとする。それにつれて人は多くなり、人混みを掻き分けるように進む事となる。背が高く、力も強いジルベルトであれば少々人にぶつかったりぶつかられてもビクともしないが、小柄な鳴鳥は違う。人波に揉まれて離れてしまいそうになった。


「…仕方のない奴だ」

「あ、ありがとうございます」


 はぐれそうになる鳴鳥の腕を掴んだジルベルトは自分の元に彼女を引き寄せる。その後、うんざりとした表情で仕方がないからと言いつつ手をつないだ。確かにこの人混みの中ではぐれないようにするにはこの方法が一番である。


「(男の人と手を繋ぐなんて、小さい頃久城センパイと遊んでいた時以来かな…)」


 自分の手を掴むその手は大きく、温かい。ジルベルトの事を何とも思っていない、寧ろ小馬鹿にしてくる所とか、男性としては苦手であったが、異性とのスキンシップに慣れていない鳴鳥は手を繋ぐ事に気恥ずかしさを覚える。ふと見上げたジルベルトの表情はいつも通りの仏頂面であり、自分との感覚の差に少しだけ胸が締め付けられる思いを感じた。


「(ってなんでこんな気に…!わ、私だって気にしないし!私が好きなのは久城センパイ…優しくてカッコ良くて素敵な久城センパイ。こんな煙草臭くて口の悪いオジサンなんて何とも思っていないし!)」


 一瞬抱いた寂しさをあれこれと自分に言い聞かせて無かった事にする。考え事に耽っていたせいか、いつの間にか最前列まで辿り着いた。と、言っても教皇の身の安全を確保するためと、上層部の人が座る為の席が設けられているので、一般市民の行ける場所は演台より30メートル位離れていた。

 これ以上先には行けないと急に立ち止ったジルベルトの背中に鳴鳥はぶつかる。しかし彼は前のめりになる事も無く背中で彼女を受け止めた。


「人混みでしんどいが致し方ないな」

「…そうですね」


 ここまで辿り着き、役目を終えた為、ジルベルトは繋いでいた手を離した。握られていた感覚は徐々に無くなり、温かさも失われていく。その事にも鳴鳥は切なさを感じるが、これは今、自分が親しい人ともう二度と会えないから、だから心が弱くなり、少しでも人の温もりを求めているのだと決めつける。


「おい」

「うひゃい!」


 うだうだと自分に言い訳をし、上の空である鳴鳥は不意にジルベルトに声を掛けられ変な声で返事をした。「何だその返事は?」と訝しげな表情の彼に対し取り繕うように笑うと何でもないと言い切り話の続きを促した。


「アイツらは何処に行った」

「え?」


 ジルベルトに訊ねられ辺りを見回す。確かにアランとコンラードの姿が見当たらない。どうやら人混みを掻き分けて進むうちにはぐれてしまったようだ。


「まぁアイツらなら別行動でも問題ないか。ミサが終わった後、連絡を入れるとするか」

「あ、そろそろ始まるみたいですよ」


 聖堂の重厚な扉が開かれ、その人物は現れた。聖王エドアルド・エルカーン12世。真っ白の法衣に身を包む大柄の老人であり、髭を蓄え眼鏡を掛けたその顔は穏やかで聖人そのものである。深紅の絨毯が敷かれた階段を下り特別に備えられた壇上に上がると民衆は歓喜の声を上げた。生き神を目の当たりにしたようにかしずく信者達、ジルベルト達は周りに合わせるよう膝を着いて顔を伏せる。


「面を上げて下さい」


 容姿に相応しい落ち着いた声に信者達は顔を上げる。ふと鳴鳥が横目で見ると隣に居る妙齢の婦人は感極まったのか、涙を流していた。

 壇上の演台の前には教皇である聖王エドアルドが、彼の背後には白銀の鎧を身に纏った他の兵士とは違うオーラを放つ騎士が佇んでいた。五人の白銀の騎士は皆、仮面を付けており、その容姿は分からないが、体格と髪の長さから内二名は確実に女性であると分かる。彼らは微動だにせず佇んでおり、威圧感を放っている。更にその後ろには遠く離れた場所で拝聴している信者にも姿が見えるよう、大きなスクリーンが設置されており、そこには教皇の姿が映されていた。


「一つ、我々はこの星に生きる一つの生命として――――」


 エドアルドがエイゼル教の教え、戒律を読み上げていく。静まり返った会場に穏やかな声、鳴鳥にとってそれは学校で行われる全校集会時の校長の長話のようであり、普段なら睡魔に襲われる所だが、エドアルドの背後に居る五人の騎士の内の誰かがARKHED(アルケード)に搭乗し、地球を滅ぼしたかもしれないと思うと眠気など感じなかった。


「(この中の誰かが…!)」


 一通り戒律を読み上げ、その後は祈りを捧げる時間がくる。周りの信者達に合わせるよう片膝を着き、手を胸の前で組み、瞳を閉じる。敬虔な様を露わにする信者はその心に現神である教皇エドアルドへの想いを宿していたが、鳴鳥の心の中ではこの星に対する疑念が渦巻いていた。

 お祈りが終わり、次に教皇のお言葉が賜れるらしい。進行を務める声の大きな騎士が心して聞くようにと注意を払う。


「いよいよか…」

「はい…!」


 鳴鳥はゴクりと息を呑み、テレンティアの思惑が露見するのを待つ。


「我々は長く永劫に等しい平和を享受してきた。しかし外の世界はどうであろうか?限られた資源をめぐり醜く争う星もあれば、他の星に侵攻する星もある。自然を破壊し、さも己が生きとし生ける者の頂点に立ったかのように立ち振る舞い種を根絶やしにし、公害を撒き散らす。我々はその現状に目を背けていてよいのだろうか?―――答えは否である。何故ならその証拠に神は御使いを遣わした…!」


 力強く語るエドアルドに群衆は「そうだ」と声を上げんばかりの熱い視線を送る。信者の心を支配する者は両手を天に掲げる。すると空から一機の機体、ARKHED(アルケード)が彼らの背後に降り立つ。その機体は黒いフォルムに緑色のラインが光を放つものであり、ジルベルトと鳴鳥には見覚えがあった。


「あの機体は…!」

「ああ、間違いない」


 鳴鳥は震える手をぎゅっと握りしめARKHED(アルケード)を睨みつける。その機体は禍々しい気を発しているように思えるが、信者達にとっては違うようだ。神が降臨したとばかりに歓喜の声を上げる。

 信者達の歓声で場がざわめくが、教皇の後ろに控えていた騎士の一人が前に進み出た。プラチナブロンドの髪をさらりと揺らす青年は仮面を外し、腰に吊り下げていた鞘から剣を抜き、高々と掲げる。それと同時に背後に待機していたARKHED(アルケード)が緑色に光る剣を掲げた。


「え…?」


 鳴鳥はその光景に目を疑った。教皇は「今こそ我々が立ち上がるべきだ」とか、「神の剣を手に」などと民衆に呼び掛け、信者達はそれに応えるよう割れんばかりの拍手と歓声を上げていたが、彼女には何一つ届いていない。目の前の光景が信じられず、目を見開いたまま立ち尽くす。彼女が見つめる先のスクリーンにはプラチナブロンドに蒼い瞳の青年が映されていた。


「ん…?おいっ、ナトリ…?!」


 目眩を感じ、よろけて崩れ落ちそうになった身体をジルベルトが支える。彼の呼び掛けに彼女が答える事は無く、ただただ茫然とするばかりである。


「(…マズイな、ここで目立つ訳にもいかない。)―――す、すみません、連れが具合を悪くしたようで…」


 湧き上がる歓声の中、鳴鳥は何故だが青ざめた顔をしている。周囲との温度差で不信感を抱かれないか危惧したジルベルトは鳴鳥の身体を支えつつ、周りに彼女が病人であるとアピールしながら人混みを抜ける。途中親切な人が気遣ってくれたが、「人酔いしただけです」と丁寧にお礼を言い、ミサの会場を離れた。






 人影もまばらな深緑公園、白い石畳の遊歩道の脇には木々が青々と生い茂り、小鳥の囀る声も聞こえる。木材と鉄で組まれたベンチに鳴鳥を座らせ、ジルベルトは彼女の隣に座り、気疲れした心と体を休める。一息ついた所でチラリと横に居る者の様子を窺うが、彼女は未だ青ざめており、心此処に在らずといった様子である。


「あの男、剣を掲げていた奴が恐らく地球を滅ぼしたARKHED(アルケード)の操縦者だな」

「……っ!!」


 先程教皇の隣で剣を掲げた青年、その話題をした途端、鳴鳥は悲痛な面持ちに、拳をぎゅっと握りしめた。その反応にジルベルトは彼女がこうなってしまった原因があの青年にあると分かった。

 暫く互いに何も言わず時間が過ぎていく。普段のジルベルトならば苛立つ所であるが、今の鳴鳥の様子は地球が滅ぼされたと知った時によく似ている為、下手な真似は出来ないので慎重にならざるを得なかった。彼がどうしたものかと考えあぐねていると、鳴鳥はポツリポツリと呟きだした。


「…地球の言葉にですね、世界には三人…、同じ顔をしている人が居るっていうのが…あるんです」

「それが何だと言うんだ?」

「ですから…あの人はただ似ているだけで、…センパイなんかじゃない」

「…それは―――…っ!!」


 鳴鳥の言葉を深く追求しようとするが、それは叶わなかった。ジルベルトは殺気を感じ、鳴鳥の身体をベンチに押し倒し覆いかぶさる。視界が急に反転し、空とジルベルトを見つめるようになった鳴鳥はハッと意識を取り戻す。しかし発砲音の後に聞こえてきた声に身体を震わせた。


「不意打ちを避けるだなんて、そこのオジサンは軍人かい?」


 ジルベルトはすぐさま体勢を立て直し、鳴鳥を背にして庇う様、声のした方へ向き直り銃を構える。ベンチの正面、約十メートル先に一人の騎士が銃を持ち、佇んでいる。彼は先程のミサの時、壇上に居たプラチナブロンドの青年であった。彼の姿を見た鳴鳥は「ひっ…!」と小さな悲鳴を上げてジルベルトの背に隠れるよう身を縮こまらせる。やはり鳴鳥がこうなってしまった原因は彼のせいであると判断したジルベルトは口のきけない彼女を問い詰めるより、目の前の青年に問いかける事にした。


「お前こそ何者だ!?いきなり撃ってくるとはどういう了見だ?!」

「僕は聖王エドアルド・エルカーン12世に仕える騎士の一人、クランドだ。…今は、だけれどね」

「今はだと…?」

「昔の僕の事が知りたければ貴方の後ろに隠れている臆病者に聞けばいいさ」


 そう言いながら涼しげな笑みを浮かべて嘲笑うクランドに鳴鳥は嗚咽を漏らしつつ涙を溢す。クランドと名乗る青年、彼は鳴鳥の古くからの知り合いであるかのように語るが、当の鳴鳥自身の様子がどうにもおかしい。

 クランドとジルベルトは互いに睨みを利かせ、一歩も動けない状態であったが、背後で鳴鳥がしゃくり上げながら震える唇を開いて言葉を発する。それは謝罪の言葉であった。


「ネズミが入り込んでいるとの情報だったが、まさか君が生きていたとはね」

「…な…さい。…ごめん…なさい…」

「僕に謝ってどうするのさ?君が謝らなくちゃならないのは僕ではないだろう?」

「……でも…っ!由利亜ちゃんは……!!」


「ああ、君が見殺しにした」


 さわやかな笑みの仮面を脱ぎ捨てたかのように、クランドの表情は変化する。その姿は鬼のようである。只ならぬ殺気を放ち、顔を強張らせて剣を抜き、ツカツカと靴を鳴らして近づいてくる。咄嗟にジルベルトも腰にぶら下げていたハンドグリップを握り、光剣を構える。タンっと地面を蹴りだす音が響いたかと思えばぐんとクランドとジルベルトとの距離が縮まる。クランドの躊躇の無い斬撃をジルベルトは光剣で受け止める。性能の差か、クランドの剣は脆く、光に溶けるように折れる。しかしすぐさま飛び退き銃を放つ。三発の弾丸はジルベルトの腕と肩に命中するが、耐ショックスーツのお陰で怪我を負う事は無かった。しかし衝撃は多少なりと受けるようで、痛みに対しジルベルトは顔を歪める。大した威力は無いと悟ったクランドは使えなくなった剣を捨て、銃を構え直す。


「ちゃんと頭を狙わないとダメか」

「…っ!」


 この至近距離だと素人であろうとも外しようがない。クランドが握る銃はリボルバータイプであり、最大6発まで続けて撃てる。残り二発、しかしジルベルトは大人しくしているようなタマではない。クランドが引き金を引くより早くジルベルトが手にするショックガンの電撃が放たれた。銃を握り締めた手を撃たれ、クランドは武器を手放した。その手は痺れており、自由が利かなくなったようだ。クランドは舌打ちをしながらジルベルトを睨みつける。


「やるねぇ、オジサン」

「おい、ナトリっ、しっかりしろっ!!」


 未だ怯えてまともに返事が出来ない鳴鳥を庇いつつ、目の前の敵を退けるのは困難である。こうなれば最後の手段であると貨物船ロスメルタ号のハンガーにあるARKHED(アルケード)を呼び出すべきかと小型端末に手を伸ばそうとする。しかしその前にある人物達がジルベルト達の元へと駆けつける。フードを被った深緑の髪の少年の様な青年、彼は銃を構えクランドの背後から声を掛けた。


「大人しくするっス!」

「遅くなってすみません…!」


 現れたのはミサの前にはぐれたコンラードとアランだった。最初にクランドへ素性を訊ねる際に緊急発信した位置情報を辿り、駆けつけたようだ。彼らの姿を視界に収めたジルベルトは危機的状況から脱した事で、ホッと溜息を吐いた。挟み打ちという形になったものの、クランドは動じる事も無く、平然としている。


「市街地で使いたくはなかったんだけど仕方がないね」


 余裕を見せていた彼の元に、影が射す。上空に黒いフォルムに緑色のラインが入ったARKHED(アルケード)が現れたが為に陽の光は遮られた。


「…っ!逃げるぞ」

「りょ、了解っス!」「了解です」


 ジルベルトは鳴鳥を抱きかかえて離脱する。公園を脱け出しすぐさま市街地に、人が居る方へと走る。すれ違う人々は何事かと振り返るがなりふり構っている場合ではない。上空にはクランドが操縦するARKHED(アルケード)がライフル銃を構えている。しかしすぐに撃ってくる様子はない。ジルベルトは人が行き通う中で足を止め、アラン達に指示を出した。

 

「俺のARKHED(アルケード)一機では全員は乗れない。鳴鳥はこの様子だ、使い物にならない。俺があのARKHED(アルケード)を引きつけている内にどうにか貨物船まで逃げてくれ」

「りょ、了解っス」「お気を付けて」


 先ずは客待ちをしていたタクシーに乗り込みお札数枚を握らせて発進させる。反対車線にも侵入しつつ前方の車両を次々と追い越し、タクシーは王都を飛び出す。クランド機はタクシーを追尾するよう上空を飛行する。貨物船が停泊しているのは一本道を進んだ先、民家が多く在るエリアを抜け、やがて広大な葡萄畑や小麦畑など家屋が疎らになりつつある。そこでクランド機は一発、タクシーの進路を阻むようにライフルを放った。急ブレーキと急ハンドル、タクシーは穿たれた道路を避け、クルクルと回転しつつ停車した。


「お、お客さん!これは一体どういう―――」

「慰謝料がまだ必要か?!」

「い、いや、充分に貰ったけどもよぉ」


 ジルベルトが運転手に渡したのは彼の稼ぎ半年分に相当する金額であった。ここで少々怪我をして入院をしてもお釣りはくる。先に受け取ってしまった大金を突き返す訳にもいかず、運転手はどうにか生きて帰られるよう神に祈りを捧げた。

 停止したタクシーに銃を向けつつ、クランド機は降りて来る。すぐに撃たないのは運転手の身柄を案じているからだろう。


「大人しく投降しろ」

「と、言われて大人しくすると思うか?」


 降伏するように言ったクランドに対し、ジルベルトは不敵に笑いながら反抗すると言い放つ。そんな彼の元に一機の戦闘機が近づく。黒いフォルムに青いライン、ジルベルトのARKHED(アルケード)はクランド機に威嚇射撃を行いながら操縦者の元に辿り着く。彼はアランとコンラードに予定通りに行動するよう言い残し、鳴鳥を抱えて機体に乗り込んだ。

 タクシーはジルベルト機とクランド機を残し当初の目的地に向けて再び走り出す。あくまでクランドの目的は鳴鳥にあるのか、タクシーの後を追うようなことはなかった。


「貴方はその子とどういう関係なんですか?」


 互いにどう動くのか睨み合いを利かせる中、クランドがジルベルトに問いかけてきた。


「彼女を保護した。…それだけだ」

「それだけですか?なら無駄な抵抗などせずに彼女を引き渡して下さい。正直なところ貴方とやり合う意味はないんですよ」

「ナトリをどうするつもりだ?」

「無論、殺します」

「…ひっ!!」


 これまで人形のように大人しくしていた鳴鳥がクランドの返答に悲鳴を上げる。ガタガタと震える身体、焦点の定まらぬ瞳は見開かれ、涙がこぼれ落ちる。彼女とクランドがどういう関係なのか、詳しい事は把握できていないが、このまま彼女を敵の手の内に渡す事は出来ない。ジルベルトはグリップハンドルを握る力を強め、目の前の機体を睨みつける。


「テメェになんざ渡すものか…!」


 青い光を放つ剣を持ち、ジルベルト機はクランド機に向かった。




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