第13話 Duty and peach-colored evil
「…アリーチェ、ですか」
最悪な予感は的中した。先程危険な任務を告げられた時よりもジルベルトは衝撃を受けている。けれども数分前に任務に就く事を承諾した為、発言を翻す訳にはいかない。相手がミリアム議長だからだという理由もあるが、安易に請け負った事をジルベルトは少し後悔していた。
バルニエール商会には連合から直々に協力要請が行くだろうし、交易相手の星を失う不利益、リスクに対する補填はなされるだろう。しかし作戦にジルベルトが関わっているとなると、アリーチェは厄介な条件を上乗せしてくる。その内容は他人からしてみればたわいのない事であり、ジルベルト一人が被害に遭う事だろうが、彼はその事を考えるだけで目眩を感じた。
「度重なる心労に痛み入りますが、よろしくお願い致します」
事情を把握しているミリアムは眉をハの字に、目を細めて笑顔で言った。彼女が直々にジルベルトの元を訪ねて任務を言い渡したのは、自身の身体に無神経である彼を気遣ってと、作戦内容に後ろめたい気持ちがあっての事だった。無論、ここにきて断る訳にも、と言うより立場上ジルベルトには拒否権は無いので心して拝命した。
「それでは、失礼いたします」
その後、バルニエール商会との交渉、準備を含めて作戦実行には一週間程掛ることとなった。それでも重要な作戦にしては準備期間が短い。それは任務に就く者がジルベルトである事と、彼のお陰でバルニエール商会との交渉は難なく済まされるからだ。
ミリアムが去った執務室でジルベルトは大きな溜息と共に肩をがっくりと落とした。話が始まる前までは一刻も早く苦しい首元を緩めたがっていたが、今となってはそれすらもどうでもよくなる。そんな彼を哀れに思ったのか、ヘニングは肩をポンポンと叩いて慰めた。
「(アリーチェの事だからどうせデートをしろだとか面倒な事を言ってくるんだろうが…。いや待てよ、この任務は連合と関わらない事を公言しているバルニエール商会にとってもリスクが高い。まさかデート以上の事を望まないだろうな?)」
嫌な予感がして思い浮かんだのはアリーチェが純白のドレスを纏って迫ってくるビジョンだ。最悪のエンディングが見えた気がしたジルベルトは嫌な考えを打ち払うようにブルブルと首を横に振る。そしてまた、深いため息を吐いて項垂れた。これからの事を考えると任務より、アリーチェの要求の方が不安になるのだが、このままうだうだと考えていても仕方がないと踏ん切りがついたのか、立ち上がり執務室を後にしようとした。具体的な作戦内容が分かるのは約一週間後、それまでに出来る事、ARKHED以外の装備品、常に携帯している銃の整備などをしておこうと思った彼だが、そこである重大な事を思い出して硬直する。
「(しまった…ナトリの事を切り出せなかった)」
位の高い者と直接言葉を交わす機会はそうそう無い。しかも今回は公の場で無く、ほぼ一対一での話し合いであった。にも拘らず、ジルベルトは任務内容…と言うよりその弊害について意識がとらわれていた為、大事な機会を逃してしまった。今すぐ追いかければ間に合うかもしれない。けれども内容が内容だけに人目が多く在る場所では言い辛い為、今回は諦めて肩を落とした。
第13話 Duty and peach-colored evil
連合軍本部、その通路をミリアムは護衛を従えて歩く。幼い少女の外見だが、そのカリスマ性はすさまじく、すれ違う者は皆、緊張した面持ちで敬礼をした。連合に属する星々を守るための任に就いている者達を労わるようにミリアムは柔らかな、慈愛に満ちた頬笑みを向ける。その天使のような愛らしい様子に、兵士たちは男女共に骨抜きにされていた。
「(ジルベルト・ジャンディーニ。16年振りに直接言葉を交わしましたが、あの事件以降、随分と変わりましたね)」
先程任務を言い渡す為に会った男を思い出す。昔の彼を知っていた彼女はその変化に興味を示していた。
「(ヒトは醜い。けれども変われる可能性を秘めているのもヒトならではの事。ジルベルト・ジャンディーニ、彼は辛い過去に向きあい前に進もうとしている。それに比べて私達や他の契約者はどうでしょう)」
ふと通路の先を見ると見覚えのある人物が敬礼をしていた。彼は他の兵士と違い、ミリアムに敬服の眼差しを向けておらず、横を通り過ぎる際に横目で見ると相手も何か思う所があるような素振りを見せた。遥か高みに君臨する者を前にしても動じることが無い者、金髪をオールバックに整えた三白眼の男はミリアムの姿が見えなくなるまで律儀に敬礼をしていた。
「(クヴァル・デクトリ、貴方はヒトの未来に、心に何を見ますか?)」
ミリアムは声に出さず、問いかけた。
「では最後に質問を」
「は、はい」
鳴鳥に対する取り調べは二日目で終わりを迎えそうだった。初日と変わらぬ取調室らしからぬ部屋、と言っても今日通された部屋は昨日の西洋風の内装ではなく、畳に茶ダンスといった和風な趣であった。それは昨日、鳴鳥が母星でどういう生活をしていたかを話したため、ダニエルが気を利かせて選択した部屋である。丸っきり日本文化と同じであるとは言えないが、日本語に近い言語があったように、広い宇宙には文化も近いものが存在しているようだ。今日は机の上に紅茶でなく日本茶が、洋菓子でなく練り切りや羊羹、せんべいなどの和菓子が並んでいる。ちゃぶ台を挟んで担当官のダニエルと鳴鳥は向かい合って座って居る。恐れたり、萎縮したりすることが無いせいか、口頭での調査はスムーズに終わり、鳴鳥への質問は残すところあと一つとなっていた。
「この後、貴女はARKHEDの研究機関に引き渡される事となります。そこでの検査を終えたのちにも問われるかもしれませんが、今現在の貴女の気持ちを教えてください」
「私の気持ちですか?」
「はい、今後の身の振り方についてです」
「え?それは私が選ぶ事が出来るのですか?!」
驚き声を上げた鳴鳥は目を丸くする。これまでの話では自分の処遇は最悪記憶を消されてしまうということだったが、ダニエルは彼女にどうしたいのかを問いかけてきた。予想していなかった問いにどう答えてよいか戸惑う鳴鳥であったが、ここで我儘な発言をすると手駒としては使い辛いと判断され、それこそ記憶を消されかねないと考える。鳴鳥は努めて冷静に、相手の機嫌を窺うような希望を言った。
「私は特に…こうして良くして貰っていますし、これ以上何かを望む事はありません。帰る場所もないのでどうしたらよいかも分からなくて…」
曖昧な返答にダニエルは表情を崩さず相槌を打った。へりくだり過ぎてしまったのだろうかと発言を改めて考えようとするが、今の鳴鳥にとってはこれが最良の答えだと思った。けれども彼女の言葉が本心を全て明かしたものでないと悟ったダニエルは質問を続けた。
「貴女の母星を滅ぼしたテレンティアに対して思う事はありませんか?」
真っ直ぐな視線で見据えられ、隠している想いを暴こうとするダニエル。決して責めているような問いではないが、鳴鳥は心を読まれているような居心地の悪さを感じて目線を逸らす。しかしここで思ってもいない事をつらつらと述べるのはどうなのだろうかと迷いが生まれる。
「その事については…何も思わない訳ではありませんが、私に出来る事なんて知れていますし…」
「仇を討ちたいという気持ちは無いんですか?」
「いくらARKHEDと契約をしていても一人ではどうにもなりませんし、仮に戦争が起きたとしても私は足手まといになるでしょうし」
「貴女は状況を正しく理解しているのですね」
ダニエルにそう言われて鳴鳥は恐縮する。彼女が口にした事はジルベルトから言われた事をそのまま自分の言葉にしているだけであり、感心される謂われは無い。
全て話し終えた筈だが、ダニエルは取り調べを終えようとしない。彼はまだ、鳴鳥が内に秘めている想いがある事を知っている。それをどうにか引き出そうと優しく促した。
「他にはありませんか?ここでの発言で貴女の立場が悪くなる事はありません。遠慮なく言って下さい」
優しく諭すような質問に鳴鳥は伏せ目がちであった目線を上に、真正面に座るダニエルはゆっくりとした動作で確かに頷く。躊躇う事など無いのだと言われた気がして鳴鳥は想いを吐露した。
「…知りたいという気持ちはあります」
「それは何故地球が滅ぼされるに至ったかという事ですか?」
「はい」
「その件につきましては近々テレンティアへ潜入捜査で特務部の者が遣わされると聞きました。そうなれば理由も思惑も明るみになる事でしょう。貴女には生存者として知る権利がありますので問題なく伝わります」
「潜入調査…。そうですか…」
時間はまだ掛るだろうが、知る事は出来る。そうダニエルに確約をして貰い一つ胸のつかえが取れた。とりあえず今現在知る事は出来ないと確認し、納得した所でもう一つの希望を口にする。それは無理な願いかもしれないが、このまま胸に秘めておくだけでは居られなかった。
「あと…。いつか助けて下さった方々に恩を返したいのですが」
「その方々とはジルベルト・ジャンディーニ特務部隊長の一団ですか?」
「はい、そうです」
「貴女は難民という立場でしたから、彼らが救助するのは至極当然のことであり、連合軍人の職務の内の一つであるのですが…。そうですか」
「その、お恥ずかしい話になりますが、私、色々と迷惑を掛けてしまったので…」
気恥ずかしそうに過去を振り返り反省する鳴鳥は俯いて頬を赤く染めた。ダニエルは手元にある端末でジルベルトの報告書を改めてざっと見なおすが、彼女の不適切な行為は記されていない。と、言うよりもジルベルトが監視不行き届きであったかのように庇われていた。互いに想い合っての行動にダニエルはフッと笑った。
「そうですか…。彼らに恩を返すとなるとそうですね、貴女はARKHEDと契約をしています。ゆくゆくは軍人になるように勧められますが、そこで勉学に励み、立派な軍人になる事が彼らが貴女を助けて良かったという事になるのではないでしょうか?」
「私もジルベルトさん達みたいに人を救えるようになる、という事ですか?」
「はい。それと直接何かを返したいと願うのであれば、彼らにはお金が一番ですね」
「え?!」
今まで良い話をしていたのがいきなり世知辛い話題になる。ジルベルトが守銭奴だという話はクヴァルやマリアン、コンラードから聞かされていたり、本人の行動から察していたが、本部の人までも知っている事実のようだ。驚く鳴鳥に対しダニエルはニコりと微笑んで話を続けた。
「それも貴女が軍人になり、真面目に職務に就いていれば給金が出ます。そこから返していけば良いのではないでしょうか?」
「はぁ…そうですか」
恩人に対してお金で感謝の意を表すのはどうなのだろうと鳴鳥は思い、ダニエルの提案に呆けつつ返事を返す。ジルベルトはお金を受け取るだろうかと考えていたが、貰えるものは貰っておくと言いだしそうな気がして想像ながらも呆れてしまう。
「それではここでの質問事項はすべて聞き終えましたので、時間も時間ですし本日はここまでにしましょう。明日はARKHEDの研究機関に移動して検査となります。担当の者が午前10時に迎えにあがりますのでそれまでに支度を済ませておいて下さい」
「はい、分かりました。あの…短い間でしたがお世話になりました」
丁寧に礼を述べる鳴鳥にダニエルは苦笑する。鳴鳥としてはもてなされる様な態度で接して貰い、数々の気遣いも感じたから礼を言ったのだが、ダニエルとしては母星を失った直後にも関わらず拘束するような形を取って申し訳ない気でいたので、鳴鳥の態度に驚きつつも微笑ましく思ったようだ。
取り調べを終えたその後、鳴鳥は見張りの者と共に宿泊所へと向かった。重要参考人である鳴鳥は自由に出歩く事が出来ない。と、言っても行きたい所など今は無いのだからこうして見張られていても居心地が悪くなる事は無かった。
室内に入り、一人きりになった鳴鳥は一直線に寝室のベッドに倒れ込んだ。ふかふかなマットレスは勢い良く身を預けても衝撃は感じなく、心地よく受け入れてくれた。
「(ちゃんと伝える事が出来た…。記憶の事は聞けずじまいだけど、ダニエルさんの話ならこのままで居られて軍人になるだけなんだ)」
気がかりであったテレンティアが地球を滅ぼした理由、ジルベルト達への恩返しの方法、自分の記憶についての事。それらが皆、明確にではないが進展しそうな気配を見せた。心のもやもやは少し晴れ間を見せ、聞けなかった事を打ち明けられた達成感に満足していた。
「(…でも、ジルベルトさんにお金か)」
ダニエルに提案されたジルベルト達への恩返しの内容。それを思い出し、呆れて溜息が出た。その点について妙に納得がいってしまうのも何故だか自分の方が情けなく感じてしまう。
「(アルヴァルディのみんなはどうしているのかなぁ…。そう言えばダニエルさん、特務部?の人がテレンティアに潜入するって言っていたけど…。ジルベルトさんも特務部の人なんだよね。まさか…ね)」
その予測は見事に当たっているのだが、鳴鳥は知る由もない。
むくりと身体を起こすと寝室を出てテーブルの上にある端末で夜ご飯の注文をあれこれ悩みながら選択する。昨日はいろいろ思い悩んでいた為、食事の事まで気が回らなかったが、今日は違う。食欲は回復し、寧ろ食べる事に楽しみを覚えていた。
「(ピアサバードのから揚げ?バードって言うんだから鶏肉な事には間違えないよね)」
地球を離れて色々なものを口にしてきたが、今の所飲み込むことが困難に感じるような口に合わない物は無かった。奇抜な色の魚に構えてみたものの、意外と味は淡白であったり、逆に普通の葉物野菜だと思いきやスパイシーな味わいだったりしたが、まずいと感じる事は無く、美味しいと感じる方が多かった。
その日は今までとは違い少し多めの夕食を取り、ゆっくりとバスタイムでくつろぎ、ぐっすりと眠った。
ミリアムから任務を言い渡された次の日、ジルベルトは宿舎の自室でアルヴァルディに連絡を入れる。通信に応じたのはアランだった。
「―――という訳だ。任務への参加が確定しているのは俺だけだが、一応お前達にも指示が行くかもしれない。詳しい事が分かるのは六日後になるが、それまで待機をしておいてくれ」
「了解しました。それにしても何と言うか…災難というべきですかね」
ジルベルトは何時にも増して低いトーンで状況説明をした。伝えられた内容と様子から心情を察したアランは労わりの言葉を述べた。話はジルベルトが愚痴を言って終わりになるかと思われたが、アランには気がかりな事があったようで質問をした。
「ところでナトリさんに会う事は出来ましたか?」
「…いや、タイミングが合わなくてな」
会う事は出来なかったのは事実だ。しかしミリアム議長という権力者に会い、陳情する事は出来た。が、そのまたとない機会を逃してしまった事は黙っておいた。正直に話すとまた小馬鹿にされかねないからだ。だが、アランはジルベルトの予測を裏切る発言をする。
「ミリアム議長にお会いになられたのなら、その際にナトリさんの処遇について伝えればよかったのでは?…あ、もしかして、アリーチェさんが任務に関わると知って気を取られて聞き忘れたとか、まさかそんな事は無いですよね」
「…」
はははと笑うアランに対してジルベルトは無言であった。その様子で事情を察したアランは「あー…」と途切れさせながら笑うのを止めた。ジルベルトは言い返す気力も無いのか、暗い表情のままだんまりを決め込む。短いが長く感じる沈黙が場の空気を支配していたが、気を利かせたアランが話題を変えた。
「えっと、かの星とは緊迫した情勢ですから充分注意して下さい」
「あ、ああ、分かっている」
微妙な空気を漂わせたまま、アルヴァルディに居るアランとの通信は終わった。
伝えるべき事項も伝え終え、途中で自分が抜けた副業の依頼が無事完了した事も聞けた。やるべき事を済ませたジルベルトは任務に就く前にトレーニングをしておこうと思い射撃訓練場に向かおうとする。通信に使っていた端末を懐に入れて腰かけていたベッドから立ち上がった瞬間、着信音が鳴った。何か伝え忘れた事でもあったのかと端末を取りだした彼は表示された通信相手の名を見て顔を歪ませる。今一番声を聞きたくない、顔も合わせたくない人物からなのだが、訳あって応答しない訳にもいかないので渋々応じた。
「ジルーーー!!聞いたわよ聞いたわよ!アタシの力が必要なんですってね!大好きなジルの為ならなんだってしちゃうし、アタシはジルの婚約者だから将来夫となる人が困っていたら助けるのはトーゼンよね!」
「任務の件、聞いたのか。助力してくれるなら助かる」
通信相手であるアリーチェはテンションが高いようで、ピンク色のふわふわとした髪を揺らして早口でまくし立てる。協力する姿勢を見せていた彼女にとりあえず感謝の言葉を述べるが、満面の笑みを浮かべる彼女に対しジルベルトは目元がピクピクと震えて口端が歪んでいた。話はそこで終わりたいところだが、彼女がそうさせる筈もなかった。
「ええ勿論!…でもねーいち会社の社長としては危険な任務に付き合わされるのはどうなのかな~って感じなの。ほら、一応エーデル・シュタインの企業は連合に加盟していない星とも公平に商売をするって取り決めがあるでしょう?どこかに肩入れって言うのは立場がねぇ~」
「…それなりの報酬が連合から提示されたと思うんだが」
「まぁ額はね、悪くないわ。ただもうちょっと色を付けて欲しいな~なんて」
ここでアリーチェが言う『色』とはジルベルトに対する個人的な要求だろう。予測は出来るが、そうなる事を認めたくないのか、ジルベルトは聞き返し要求を確認する。
「その色とやらについて連合はなんと返してきたんだ?」
「当人に任せます、ですって。と言う訳でジル、アタシとデートしてくれるかしら?」
「は?」
「デートよ、デ・エ・ト。ジルって何かと理由付けて断るでしょ。だから今回こそは断らせないわよ!」
「そうか…デートか」
結婚などという最悪な予想をしていた為、アリーチェの些細な要求に呆気にとられる。普段のジルベルトなら一文の得にもならない上に時間を無駄に消費し、更にストレスまで感じてしまうので断る所だが、最悪な要求を想像していたせいか、別に構わないと思えてしまった。
「わかった。この任務が終わったら時間を作ろう」
「ちょっとそれ死亡フラグっぽいセリフじゃない?まぁジルの場合死んじゃうことは無いだろうけど。なんにせよ嬉しい!ん~ドコ行こっかな~、何着ていこっかな~」
「俺はそういった事に疎いから場所はお前が決めてくれ」
「わかったわ!うふふっ、楽しみにしておいてね!」
「あ、ああ」
話はこれで済んだかと思いきや、アリーチェが何事か思い出したかのように声を上げる。その様子にジルベルトはまだ何か要求があるのか、まさかそれは最悪の結末をもたらす内容ではないのかと内心怯えて身構える。しかしアリーチェが口にした内容はその予想とは外れるが、厄介な内容であった。
「あ、それから」
「…まだ何かあるのか?」
「うん、これは決定事項だから別に伝えなくても良いんだけどね。アタシ、今回の任務に同行するから」
「ああ、そうか………ん?今何て言った」
「任務でも一緒よ!」
想定外のアリーチェの要求にジルベルトは開いた口がふさがらない。茫然としていた彼だが、すぐさま意識を取り戻し、冗談ではないかとアリーチェに確かめる。けれども彼女は笑顔で嘘ではない事を認め、重要な任務に就くにあたって張りきった様子を見せていた。
「…それは連合が許したのか?」
「ええ、勿論」
「いや、まぁそうだとしても危険な任務に軍人で無い女を同行させるのは…」
「あら?こう見えても私、自社の新製品を試験運用したりしているから武器の扱いには慣れているわ。自分の身は自分で守れるからご心配なく」
「…いや、実戦経験は無いだろう。それに、その会社とやらはどうするんだ?社長不在で大丈夫なのか?」
「シミュレーターでハイスコア出せる位なのよ。何も暗殺するとかじゃなくてあくまで非常時の戦闘でしょ?護身レベルなら問題ないわ。あと、会社なら会長であるお父様が任せろと仰ってくれたわ」
「そうか…(あの親馬鹿ジジイ。危険な場所に送り出すとは…。娘が可愛くないのか?甘やかすにも限度があるだろう)」
アリーチェは連合の交渉者から任務に同行する許可を得ていると言った。彼女が嘘を吐いているという事は無いのでそれは真実だろう。ここであれこれ言っても彼女が引き下がる筈も無いので諦めるしかなかった。けれども、何故彼女が危険な任務について来ようとするのかジルベルトは気になり、少々あきれた表情と態度で問いかけた。
「ついて行く理由?決まっているじゃない!出来る限り愛する人と一緒に居たいのよ!」
「いや、俺はともかくお前は死ぬかもしれないんだぞ。一緒に居たいなら先を見据えてここは大人しく…」
「うふふっ、危険なミッション、危機に晒される二人、近づく距離、重なる想い、吊り橋効果でラブラブ度数急上昇!」
「…」
恍惚の表情で妄想を繰り広げるアリーチェにジルベルトは諦めを感じ、無言で通信を切った。彼女に何を言った所で通じない事は以前より心得ている事であり、今回の任務に彼女の(会社の)力は必要不可欠である。ならばここは反論や説得は諦めて受け入れてしまうしかない。寧ろ結婚などという最悪のエンディングは回避されたと喜ぶべきだ。そう自分に言い聞かせてジルベルトは現実逃避をしようとした。
その後、ジルベルトは予定通りに射撃訓練場に向かう。だが、イライラしているせいか、先行きに不安を感じているせいか、放った弾は的を外し続け、その日の射撃訓練の結果は散々なものであった。ストレス発散に銃を撃つ時もあるが、今回ばかりはそうもいかない。痛まない筈の胃がストレスを感じて痛む気がした。
「(任務までに平常心を保てるようにしておかないとな)」
肩を落としながら宿舎に戻る途中、ジルベルトは自分に課題を課していた。




