第12話 Blue days of passing each other
たったひとつの言葉、それは何より重く、何より心に響く。気が付けばジルベルトの足はARKHEDが収容されているハンガーに向かっていた。自分でも無意識下の行動に驚きつつ、何故気付けなかったのかと後悔も渦巻く。
「(どっから耳にしたんだ?ニーヴァレインの船医か?いや、違う。ソフィはどうだ?それも無いな、接触していない筈だ。仮に顔を合わせたとしてもソフィが言う筈は無い。だとすると、フェルスボウデンでの一件で察したのか?…なんにせよ、また俺はアイツを傷つけてしまった)」
考え事をしている内にハンガーに辿り着く。手慣れた動作でARKHEDに乗り込み、射出カタパルトに移動させようとしたが、カタパルトに入る為のゲートが開いていなことに気が付いた。急いでブリッジに連絡を入れるが、映しだされた相手、アランは驚いた表情を浮かべていた。
「船長、どういうつもりですか?いきなり飛び出して」
「悪い、仕事はキャンセルか、お前達だけで済ませてくれ。あと俺は用事が出来た。射出準備と少しの間、船の事を頼む」
「ナトリさんに会いに行くんですか?貴方らしくありませんね、ここまで気に掛けるとは」
「…っ」
アランに言われた事は頭から冷や水を掛けるようなものであり、少し冷静になれた。確かにアランの言う通り、ジルベルトは彼らしからぬ得にもならない事を苦手な女性相手に必死になっている。一瞬、本来の自分を取り戻さねばと目を瞑り、片手で頭を抱えるが、脳裏に過るのは最後に見た鳴鳥の姿であり、彼女は無理に笑っていたように思えた。
「(…分かっている。これは…そう、俺なりの贖罪なんだ)」
失ったものはどうしようもない。だが鳴鳥はまだ生きている。過去の過ちと彼女の境遇に似たような点があるせいか、ジルベルトは彼女を救いたいと願った。
「済まない。だが出来る限りの事はしてやりたいんだ」
「まあ船長の命令ならば従わざるを得ませんがね。くれぐれも無理はしないように」
「ああ、分かっている。…恩に着る。他の奴にはそれとなく説明しておいてくれ」
「了解です。カタパルト、作動します」
ジルベルトはARKHEDに乗り、アルヴァルディを発った。アストリアからはさほど離れていなかった為、直ぐにでも連合軍本部に向かう事が出来る。
ジルベルトが居なくなったアルヴァルディのブリッジ、そこにマリアンとコンラードが不思議そうな表情を浮かべて入ってきた。
「さっき船長とすれ違ったんだけど、凄い表情だったわ」
「何かあったんっスか?」
二人の問いかけにアランは苦笑しながら応えた。
「青春、ですかね。いや、青春って柄でも年でもありませんか」
第12話 Blue days of passing each other
再び戻ってきた連合本部。迷いなく進んだ先は鳴鳥と別れた場所、調査機関であった。そこでは今回の地球消失事件の他に様々な事件の取り調べが行われている。ここで得た情報は上層部に、連合議会に報告として上げられ、活用される。
取り調べの方法は大きく分かれて二つ。一つは個室にて情報提供者、並びに重要参考人と机を挟んでの聞きとりであり、取り調べ中には細心の配慮がなされ、長引くようなら宿泊施設も利用できる待遇の良い扱いだ。もう一つは犯罪者からの証言を得る事であり、口を割らなければ自白剤を、拷問に掛ける事もある。当然寝泊りは牢獄の中でだ。
鳴鳥は難民扱いなので前者の扱いである為、心配は無い。けれども取り調べが終わった後の事がどうなるのか、それはまだ不確定事項であり、最悪の場合は記憶を消去されるという未来が待ち受けており、その事が不安である。
しかしジルベルトはもはや鳴鳥との接点がない。彼が関わっていられた期間はここに連れて来るまでで、引き渡してしまえばもう部外者だ。ここまで来たのはいいものの、これからどうするべきか決めあぐねているジルベルトは扉の前を右往左往していた。と、そこでドアが開き、一人の人物が出てくる。男性の軍人、黒髪を七三に分けた髪型に眼鏡、いかにも生真面目そうな彼はジルベルトの姿を見て溜息を吐いた。
「挙動不審な人物が部屋の前をうろうろしていると連絡が入りましたが、貴方でしたか」
「調査部部長、ダニエル・ドノスティーア氏でしたっけ。…どうも」
「ええ、先程会ったばかりですね、ジルベルト・ジャンディーニ特務部隊長」
とりあえず頭を下げたジルベルトにダニエルは苦笑いを浮かべる。そして大体の事情を察したのか、ジルベルトから質問をする前に彼の聞きたい事をダニエルは答えた。
「ナトリ・ナナツカさんの取り調べなら順調に進んでいます。母星を、帰る場所を失ったというのに取り乱すことなく落ち着いていますね。若い女性なのに、驚きました」
「ああ、…アイツは強いからな」
「で、彼女の様子以外に用件がありますか?」
「…そうだな。取り調べ後、彼女の処遇はどうなるか知っているか?」
「ここでの聞き取り調査の後はARKHEDの研究機関に移送となります。彼女は聞く限りでは他の契約者と異なる点があるようですから、そこでの調査は時間を要するのではないでしょうか」
「さらにその後はどうなる?」
ダニエルはジルベルトの質問に疑問を感じつつ、顎に手を当てて考える。彼もこの先鳴鳥がどういう扱いを受けるのか知らないらしい。眼鏡をクイっと上げると彼は推測を述べた。
「これは私の考えですが、一般人のARKHED契約者は軍人になるように軍学校に入らされると思います。しかし彼女の年齢だとすると女性では厳しいですかね。貴方のようにARKSの扱いに長けていたら途中から編入でもついていけるのでしょうが、彼女は平均よりやや身体能力が優れているくらいです。ならば記憶を消去し、必要最低限だけの記憶を植え付ける事で有用な兵士になるでしょう」
「…っ」
ダニエルの意見はジルベルトが予測していた通りである。彼もそう考えるならそうなる可能性が高いと思われる。そんなことはあってたまるかと、何も出来ないもどかしさに拳を握りしめる。悔しさを滲ませるジルベルトの表情を見たダニエルはふぅっと溜息を吐きながら呆れたように眉根を下げた。
「貴方、もしやそういった趣味がおありで?」
「…俺は貧相な身体の女に興味はない。どちらかというとグラマラスな女が好みだ」
「ああ、なるほど。そう言えば貴方は以前、ソフィーリヤ・ソルニエールと懇意にしていたそうですからね」
「…ぐっ。何故その名が出てくる」
「おや?違いましたか」
「違わないが(…クソっ)」
クールな見た目に反してこのダニエルという男はなかなか食えない性格らしい。真面目な表情を崩さないままで下世話な話題をするので冗談なのか本気なのか判りにくい。ジルベルトは内心舌打ちをし、咳払いをしたのちに話題を変えようとした。が、先に口を開いたのは饒舌なダニエルだった。
「そこまで彼女の処遇が気になるようならば貴方の上官に進言して、更にその上官に上へと話を通すようにすればよいのでは?」
「…それは、そうなんだがな」
ジルベルトの上官、特務部団長、ヘニング・ヘルツウォークは大局を見据える者だ。現に数時間前顔を合わせた時に彼は鳴鳥を傀儡として扱う事を提案していた。彼に何か言った所で鳴鳥の処遇が変わるだろうか?答えは否だ。しかし現状ではその位しかジルベルトに出来る事は無い。
「仕事中に済まなかった」
「いいえ、今は休憩中なので構いませんよ」
「そうか、まぁ貴重な時間を割いてくれて感謝する」
「いえ、これしきの事、大した事ではありません」
「アイツは…ナトリは感情の起伏が激しいし、辛い事も一人で抱え込む。充分気に掛けてやって欲しい」
「心配はいりません。難民相手に、それも若い女性に手荒な真似や気分を害するような事はしませんよ。我々に任せて下さい」
「ああ、頼む」
ジルベルトは礼をしてその場を去った。彼の背中を見届けたのち、ダニエルは取調室に戻る。室内は薄暗く、狭く、デスクとイスとスタンドライトのみという簡素なものではなく、ゆったりとした広さに派手すぎない調度品、観葉植物。テーブルの上には紅茶と三段重ねのティースタンドにサンドイッチやスコーン、ケーキやマカロンが並べられていた。そこは取り調べ室と言うよりも小洒落たカフェのようであり、椅子に座る鳴鳥は構えることなくリラックスしていた。
「そろそろ休憩を終えて話の続きを聞いてもよろしいですか?」
「あ、はい。お気遣いありがとうございました」
鳴鳥は手にしていたカップをソーサーに戻すと、向かい合って座ったダニエルを前に佇まいを直す。その仕草にダニエルはクスリと笑みを浮かべる。彼の手元には記録用の端末があるが、目を通す前に先程あった事を彼女に伝えた。
「そう言えば先程、ジルベルト・ジャンディーニ特務部隊長が貴女の様子を訊ねて来ましたよ」
「ジルベルトさんが…?そう…ですか」
その名を聞き、俯いた鳴鳥は嬉しそうにはにかんだ。
「(心配してくれたのかな?だとしたら嬉しいんだけど)」
もう自分には家族も友達も好きな人も居ない。そう思っていたが、こうして気に掛けてくれる人が居る。それを知り、鳴鳥の心は少し救われた。彼女が笑顔を見せた所でダニエルは本題を切り出す。
「それでは、先程の続きから―――」
軍本部、そのラウンジは大きいものから小さなものまで数か所にある。その内のひとつ、特務部に近い場所でジルベルトは頭を抱えていた。テーブルには二杯目のコーヒー、吸い殻入れには既に五、六本分の吸い殻が入っていて、目の前には連絡用の小型端末が置かれている。彼は飛び出してきたものの、良い案もなく、途方に暮れている状態であった。
とりあえず、鳴鳥は今の所苦しい思いや辛い目には遭っていないようだが、この先は分からない。ダニエルの提案通りに上司に陳情をすべきなのだが、自分の意見が受け入れられる可能性はゼロに等しい。
「(とりあえず話だけでもするか…。まずはアポを取らないとな)」
と、思いつつも、端末を握る手は動かなかった。いまいち踏ん切りがつかない状態に内心焦りを感じるが、発信ボタンが押せない。どうしたものかと端末の画面をぼんやりと見ていると、着信が入ってきた。不意に入った連絡に驚いたが、更に驚いたのは相手が今現在もっともコンタクトを取りたい相手、ヘニングであった。
「はい、ジルベルト・ジャンディーニ特務部隊長であります」
「ああ、君っ、今どこに居るんだ?」
ヘニングの声と様子は焦りを感じさせるものである。彼の問いに簡潔に答えるべきなのだが、ジルベルトは一呼吸置く。何処に居るのかと聞かれて馬鹿正直に貴方のすぐ傍ですよとは言えない。詳細ではなく大まかな表現で答えた。
「…連合軍本部にまだ居ますが」
「そうか、それは良かった、良かった」
「?」
「いやぁ、遠くに行っていたらどうしようかと肝を冷やしたよ」
「はぁ…」
この場に戻ってきたのはヘニングにとって好都合だったようだ。彼は安心したのか、溜息を吐いて動転していた心を落ち着かせた後に本題を切り出した。
「休暇を取るようにと言ったんだがね、撤回させて欲しい」
「自分は構いませんが、なにか緊急の任務でもあるんでしょうか?」
「いやいや、任務ではなくてね、君に会って直接お話しをしたいというお方が居るんだよ」
「はぁ…」
ヘニングが「お方」と言うなら彼より階級が上の者だろう。自分に話があると思われる人物をジルベルトは思い浮かべた。思い当たるのはグェンダル・ソルニエール大将、ソフィーリヤの父親だ。彼とはアストリアに来るまでに成り行きで乗船した戦艦ニーヴァレインで顔を合わせた。その際彼はジルベルトに対してあからさまな敵意を示していた。改めて小言でも言われるのだろうかとウンザリしていたジルベルトだったが、彼と会う事を希望した者は予想を超えた人物であった。
「それじゃあ明日、10時に特務部の執務室でよろしく。ああ、相手は議長ですからいつもの様なだらしがない格好でなくキッチリとした格好で来てね」
「は?議長と言いますと?」
「ミリアム・ウーヌ・アストリア連合議会議長ですよ」
「…」
ジルベルトはその名を耳にし、言葉を詰まらせて絶句した。相手はグェンダルよりも遥かに上の地位に居る者である。しかしそれと同時に彼にとっては過去の出来事のせいであまり会いたくない人物であった。ヘニングの念を押すような時間確認と服装に対する注意を了承すると、彼は通信を切る。ジルベルトは大きな溜息を吐く、が、これはチャンスであると確信した。相手は連合の議会を纏める立場の人であり、その権限は強い。面識はある為、進言をする機会は得られるだろう。しかしその面識、過去にあった出来事ゆえに会い辛い面もある。
「(16年ぶりか…。最近どうにも懐かしい奴と顔を合わせる機会が多いな)」
端末を懐に仕舞い、残りのコーヒーを飲み干すとジルベルトは席を立つ。彼は空になったカップとソーサーを返却口に戻したのち、軍本部を後にする。向かう先は長らく留守にしていた自分の宿舎である。
ホテルのスイートルーム並みの室内。鳴鳥が本日の取り調べを終えて案内された宿泊所は今まで一度も泊まった事の無いくらい立派な所であった。広い室内に大きくてふかふかなベッド、お風呂は足が余裕で伸ばせるくらいで、調度品もシンプルだが質素ではなく、近未来的なデザインであった。食事はルームサービスで好きなタイミングで好きなメニューを選択できる。まさに至れり尽くせりである。
「(なんだか気後れしちゃうなぁ…)」
この部屋も豪華過ぎて不釣り合いだと感じるが、先程まで行われていた取り調べも部屋からして想像していたものと違った。鳴鳥が想像していたのは刑事ドラマに出てくるあの狭くて陰気臭い取調室に鉄格子の牢獄、それに鬼の形相の担当官である。しかし現実はこれ以上ない程の好待遇に、気遣いの出来る担当官であった。
「(ダニエルさん、優しかったなぁ…)」
型物そうな外見と異なり、取り調べ担当官のダニエルは物腰が柔らかかった。鳴鳥がどう表現して良いのか言い淀んだ事柄も、彼は急かすことなく時間を掛けて話を聞いてくれる。ジルベルト達と別れ、一人になってしまったので鳴鳥は不安であったが、ダニエルの配慮で緊張と不安は解きほぐされた。
一人きりの食事を終え、風呂に入り、鳴鳥はその身体をベッドに沈める。すぐにでも眠りに就く事が出来ればよかったのだが、この先の事が気がかりになり、なかなか眠れない。鳴鳥はジルベルトから貰った小型端末を手にして思い悩んでいた。記憶の事を聞くべきか聞かざるべきか、何かあったら連絡をくれと言っていたが、記憶を消す事を伏せていたという事は言いにくい事なのだろう。ならばここまで無事に送り届けてくれて、その後も気遣ってくれている彼にこれ以上迷惑を掛けるのはどうなんだろうか?と鳴鳥は思い、結局聞けずにいた。
何もかも忘れてしまう。自分がそうなったとしたらどうだろうか?辛い事を忘れられるのはいい事だろう。しかし全ての記憶となると大事な思い出をも失ってしまう。それはきっと悲しい事である、が、消された後では失ったという事すら覚えていないのだから消失感に心を痛める事もないだろう。
「(ジルベルトさん達に何か恩返しがしたいけれど、それも叶わないのかな)」
母星を失った今となっては、僅かな時を共に過ごしたジルベルト達が鳴鳥の心の支えであった。その彼らになにも返せないままである事も彼女にとっては心苦しい所である。
「(聖王星テレンティアのARKHED、乗っていた人はどんな思いで地球を滅ぼしたんだろう…?)」
悩む事は他にもある。今のこの状況に置かれた一因であるテレンティアがARKHEDを使って地球を滅ぼした事だ。理不尽な仕打ちに許せない、皆の仇を討ちたいという気持ちもあるが、なぜそうなったのかも気がかりである。それは後々星団連合によって明かされて行くのだろうが、その時に自分は自分で居られるのだろうかと不安になる。
あれこれと悩む一人きりの夜は静かに過ぎていった―――。
任務完了の報告を済ませた次の日の朝、ジルベルトは目覚まし時計のアラームで起こされた。久々に戻った宿舎、最低限の家具しか置かれていないその室内のテーブルの上には吸い殻が灰皿に山盛りに、酒の空き缶が散乱し、睡眠をとるための導入剤の瓶と夕食の惣菜の空き容器が片付けておられずそのままであった。昨晩の酒は残っておらず、よろける事無くしっかりとした動作で起き上ったジルベルトはテーブルの上をサッと片付ける。
「(こういう時、俺の体質は便利だな)」
不死の身体、怪我をしてもすぐに直り、四肢を切断しても時間を掛ければ癒着する。病気にもならなければ、酒を大量に飲んでも平気であった。その体質を手に入れた原因は忌々しいもので、思い出したくもない過去なのだが、体質に助けられた事は多々ある。現に昨晩もあれこれ考えるのが面倒になり、ひたすら酒を飲んで煙草を吸って心を落ち着かせようとした。その時大量に、浴びるほど飲んだ酒は翌日残っていなかった。
「(髭、剃るか。…髪も、いつもと同じじゃ不味いか)」
片付けを済まし、朝食をとり終えると、ジルベルトは仏頂面でぼさぼさ頭に無精髭の顔を洗面台の鏡に映して考える。本日会う予定の相手は彼とは普段接する機会など無いはるか高みに居る者だ。上官であるヘニングに言われるまでもなく、身綺麗にするつもりでいた。
顎にぽつぽつ生えていた髭を剃り、つるつるに。髪は櫛でといて整髪料を使い、オールバックに整え、後ろ髪はキッチリ縛る。浅葱色を基調とした軍服を着用する際は、前を開けて着ていたが、今日は首までキチンと前を留める。鏡には自分らしからぬキッチリとした男の姿が映っていた。
「(遅れてはマズイから早めに行っておくか)」
絶対に待たせてはいけない相手なので、約束の時間にはまだ余裕があるがジルベルトは宿舎を出て軍本部、特務部の執務室へと向かった。
約束の時間の15分前、ジルベルトは特務部の執務室に入る。そこには今か今かと落ち着きなく室内を歩きまわるヘニングが居た。彼は扉が開かれて一瞬身構えるが、相手がジルベルトだとわかるとふぅっと溜息を吐いて肩を落とした。
「君かぁ…。驚かさないでくれる」
「ハハ…。すみません」
一応驚かせた事を謝ったジルベルトはソファーに腰掛ける。いつもならばヘニングは向かい合って座るが今日はジルベルトの横だ。彼は秘書官にお茶と茶菓子の再確認をしていた。
「ジルベルト君、君はミリアム議長と会った事があるんだろう?彼女の好み、知らないかなぁ?」
「確かに会った事はありますが、その、少々特殊な条件下だったので、親しく話はしていません」
「そっか、そう言えばそうだったね。とりあえず紅茶はゴールデンチップス…新芽の事なんだけどね。高い奴で無難なダージリンにしておいたんだが、菓子はマドレーヌにしたんだよ。ほら、スコーンだと口の中の水分持っていかれて喋りにくいだろう?ここは食べやすいけど満足感の得られるものでって考えたんだ。あ、ちなみに今回のマドレーヌは普通のじゃないんだよ。アマレットと言ってねアーモンドの香りをしているんだが原材料はあんずの核を使ったリキュールで、その風味豊かなマドレーヌなんだ」
「はぁ…」
そわそわと落ち着きのないヘニングはべらべらと紅茶と茶菓子の説明をした。どうやら今の状況はよほど落ち着かないらしい。ジルベルトは彼に気の無い返事を返し、襟ぐりを人差指で引っかけて引っ張り隙間を作る。キッチリと着こんだ軍服は苦しく、一刻も早く普段着に戻るか、せめて前を開けたいと思っていた。窮屈そうにする様子を見ていたヘニングは今更ながらジルベルトの姿を頭からつま先までじっくり見て頷いた。
「おお、今更だけどちゃんと言われた通りにキチンとした身なりにしてきたんだね。うーん、いつもその格好ならモテるんじゃないかな」
「いや、任務上堅苦しいのは弊害になりますし、女にモテたいとも思わないです」
「まぁそうだよね。君はモテたら困るよね」
ウンウンと一人納得するヘニングはちらちらと時計を見ていた。時刻は9:55、約束の時間の五分前だ。と、そこで扉がノックされ、ドアの向こうから声が掛る。すぐさま秘書官が扉を開いて客人を招き入れた。同時にヘニングは席を立ちあがり、釣られてジルベルトも立ち上がった。
「失礼します、お待たせしてしまったかしら?」
「いえいえ、まだ約束の時間前ですし、お気になさらないで下さい」
へこへこと頭を下げながらヘニングは来訪者、ミリアム・ウーヌ・アストリアを席に案内した。ちょこんとソファーに座るその姿はフリルのついた洋服と相まって可憐な少女の様であるが、彼女はヘニングよりも遥かに上の地位に居る人物だ。共に入室した護衛である二人は隙を全く感じられない佇まいで、ミリアムの座るソファーの後ろで手を後ろに、足を肩幅に開いて待機していた。
「どうぞ、貴方がたもお座りになって下さい」
「はい、失礼します」
ジルベルトとヘニングは直立不動であったが、ミリアムに促されて席に着く。秘書官が緊張する姿をチラつかせながらお茶とお菓子を配膳している。ミリアムは紅茶を差し出されて秘書官に礼を言った。遥か上に居る人物に礼を言われた秘書官はわたわたと更に慌てていた。
ミリアムは紅茶を一口飲むと本題に入らずジルベルトに目を向けた。
「お久しぶりですね、ジルベルト・ジャンディーニ特務部隊長。あの時以来ですから16年ぶりですか?お元気そうで何よりです」
「その節はどうも。お陰さまでつつがなく過ごしています」
「ふふ、それにしても今日の貴方はどうしたんですか?似合わない格好をして、貴方らしくないですよ」
「は…?」
ぽかんと間抜け面を晒すジルベルトは隣に居るヘニングと顔を見合わせた。ミリアムは目を細めてクスクスと笑っている。幼い少女に似つかわしい様子に対し二人は何も言い返せない。それは相手がこのようなナリであるが、自分たちよりも遥かに地位の高い人物だからだ。どうしたものかと愛想笑いを返すジルベルトであったが、ヘニングはにこやかな笑顔を浮かべて話題を変え、礼を言った。
「遅くなりましたが、本日はわざわざこのような所に足を運んでいただき痛み入ります。内容によってはこちらから出向いてもよろしかったのですが…」
「いいえ、構いませんわ。ここに来れば美味しいお茶も頂けるし、それに、今回の件は私から直々に伝えたいと思いまして」
「そう…ですか。気にいって頂けたのなら幸いです。して、その用件とは一体どのようなもので?」
「本日お伝えしたい事は昨日行われた連合議会で提案された案件についての事です。お二人とも、聖王星テレンティアの件はご存知ですよね?」
「はい」「ええ、勿論存じ上げております」
「議会では未だ沈黙を続けるテレンティアに対しコンタクトを取るよう通信を続ける事と、制裁措置として貿易の停止が決まりました。後もう一つ、提案が出たのは…」
そこで一旦言葉を途切れさすミリアムは真剣な表情をジルベルトへと向けた。彼女は一呼吸置いたのち、申し訳なさそうな表情で告げる。
「提案はテレンティアへの潜入調査です」
「それを自分にですか?」
「はい。察しが良くて助かります。しかし潜入先は宣告なしに無力な星を滅ぼすような星です。どのような危険が待ち受けているか測り知れません」
危険な任務を言い渡されたジルベルトであったが、少し驚いただけで尻込みをする様子は見せなかった。彼が任務に対して後ろ向きで無いのは、体質ゆえにの事である。不死の身体は潜入捜査中に敵に見つかって射殺される事は無いし、捕らえられて拷問を受けても吐かない上に処刑もする事が出来ない。危険が伴う任務に彼は打って付けであり、当人もそれを理解していて受け入れていた。
「任務であるならば自分はどんな死地にでも赴きます。ご存知かと思いますが、自分の身体は他の者とは違い、丈夫ですので。心配は要りません」
「確かに、貴方の身体の事は周知の事ですが、死なない事と痛みを感じない事は別です。傷を負えば痛みを感じるのでしょう?」
「はい。ですが自分は償いきれない罪を犯しています。にもかかわらず表を歩けるのはこの力を人々の役に立てる為です」
「…分かりました。その勇気ある決意、感謝いたします。けれどもくれぐれも無理はなさらぬよう、お願いしますね」
「はい、お気遣いありがとうございます」
礼を言い、頭を下げたジルベルトは危険を承知で快諾したが、ミリアムは未だ納得しておらず、申し訳ない気持ちでいるようだ。このまま気を使わせたままだと逆に申し訳なく感じるジルベルトは任務の詳細について話を進める。
「潜入ルートの事なのですが、今現在連合所属の星からの通常渡航では警戒をされます。いち早くREC(ランズウィック・エクスカーション・カンパニー)はテレンティアへの観光事業を取りやめていますし、エーデル・シュタインの企業は貿易を停止しています。テレンティアの食糧とエネルギー自給率は低くはありませんが、武器は別です。最高水準であるのは|REYES INDUSTRY製のものであり、かの会社はバルニエール商会の傘下にあります」
「それはつまり…」
これまで真面目な表情で真剣に話を聞いていたジルベルトは徐々に嫌な予感を感じ、顔を引きつらせていく。ミリアムが告げる作戦内容、テレンティアへの渡航にはある人物が関わる事が予想されており、その推測は見事に的中した。
「ジルベルト・ジャンディーニ特務部隊長、貴方はバルニエール商会の社長、アリーチェ・バルニエールと親しかったですよね。彼女をツテにテレンティアへ渡航するようお願いします」
ミリアムからの要請に、ジルベルトはこれまでの真面目な表情を崩し、顔を引きつらせて固まった。




