第11話 The transparent future
鳴鳥が何故この場、ニーヴァレインの休憩室に居たのかというと、それは遡る事30分くらい前の話。彼女は充分身体を休め、艦内を歩けるまでに体調を回復させた。毎日ジルベルトが様子を見に来るが、その時に伝えたい事を伝えようとするが、どうしても上手くいかない。けれどもニーヴァレインがアストリアに到着すれば彼と離れ離れになってしまう。後一日しか話せる機会は無いと考え、思い切って自分から会いに行って話をしようとした。しかし彼にもプライベートな時間がある。とりあえず小型端末で連絡を入れてから、と思っていたが、タイミングが悪く彼が応答する事は無かった。折角の折り返しの連絡には心構えがなくてこれまた上手く気持ちを伝えれずにいた。意を決してジルベルトに宛がわれた部屋へと行くがそこにも居ない。どうしたものかと悩んでいると、通りがかりの親切な兵士が休憩室に居た事を教えてくれた。広い休憩室、オープンフロアには目当てのその姿は無い。となると個室ブースかと思い歩いていると聞き覚えのある声を耳にした。すぐに声を掛けようかと思ったが、会話をしている相手が女性のようなので、反射的に口をつぐみ、隣の個室に入って悪い事だと思いつつも聞き耳を立てた。
「(この声、ジルベルトさんだよね。もう一人は…あの医務室へ案内してくれた美人の女性…名前はなんだっけ?)」
隣から聞こえてくる会話は互いの近況を伝えるもの。ぶっきらぼうな喋り口である筈のジルベルトはいつになく穏やかに会話をしている。アリーチェが相手の時とは天と地ほどの差であり、自分と言葉を交わす時よりも会話が弾んでいるように思えた。そのせいか、恋人との逢瀬を邪魔する訳でもないのに間に割って入ろうという気が起らなかった。出るタイミングを見失い、鳴鳥は隣の個室で聞き耳を立てつつ話が終わるのを待っていた。盗み聞きという行為は褒められたものではないが、いつもと違うジルベルトに興味が湧き、その気持ちの方が勝っていた。けれどもその行為で思いがけない事実を突き付けられることとなる。
「(…どうして教えてくれないの?)」
暗い顔で自分に割り当てられた部屋に戻った鳴鳥はベッドに身を投げる。全て話してくれたと思っていたジルベルトは重大な事を隠していた。一緒に居た女性は不確定事項だと言っていたが、わずかな可能性でもそう言う事があるなら知っておきたかったし、ましてや記憶に関わる事であるならなおの事覚悟を決める為に前もって知っておきたかった。
教えてくれなかった事を咎める事も出来るが、その事は考えている内に彼なりの気遣いだという結論に行きついた。思い返せばフェルスボウデンでグレゴリオ達の記憶が消されてしまうかもという事を鳴鳥は当人達に伝えられずにいた。それは彼らの事を思っての判断だ。ならば今回のジルベルトの判断も間違ってはいない。彼への不信感は徐々に無くなるが、鳴鳥の中では別の不安要素が生まれ渦巻いていた。何よりも今、彼女の思考を支配しているのは記憶が無くなるという事だ。
「(記憶が無くなる……全部忘れちゃうって事?家族の事も…友達の事も…久城センパイの事も…。地球の人達だけじゃない、ジルベルトさん達の事も…全部忘れちゃうのかな…)」
いざ自分の身にそういった事が起こりうると知り、感じたのは絶望である。多少不安であった先行きがさらに不安が増し、この場から今すぐ逃げ出したいという気持ちに駆られた。
「(久城センパイ…。こんな事になるなら、気持ちを伝えておけば…よかったのかなぁ)」
アルヴァルディから飛び出した時に持ってきた荷物。その中の久城から借りたジャケットを取り出そうとした時、ベッドの上に一冊の装丁された日記帳が一緒に出てきた。その日記は地球を離れてからの出来事を綴ったもの、アルヴァルディを飛び出してからは書くのを止めていたが、昨日からまた記録をしていた。しかしその日記帳も無駄になる。まだ数ページしか綴られていない日記には地球ではありえない事がたくさん書かれており、中にはジルベルトへの罵詈雑言もあった。さして遠い過去でも無い最近の事柄が記されているのだが、読み返して行くとぽたりぽたりと涙が落ちた。
「(私……忘れたくない…)」
第11話 The transparent future
ニーヴァレインは航行予定通り、星団連合軍本部がある惑星アストリアに辿り着いた。エーデル・シュタインとは違い、都市の風景は華やかさがなく、洗練されたスタイリッシュな、機能美を追求した構造の建物ばかりであった。
ドックに入港し、鳴鳥はジルベルトと共に用意された車両に乗り込み連合軍本部へ向かう。彼も行き先は同じなのでまだ同行する形である。また、休憩室の個室でジルベルトと会話をしていた女性、ソフィーリヤも行き先は同じらしく、同じ車両に乗っている。ジルベルトと鳴鳥は向かい合って座り、ソフィーリヤは彼の隣に居る。あまり接点のなかったソフィーリヤは顔を合わせると鳴鳥の不遇な境遇を憂い、優しい言葉を掛けてきた。彼女の姿に立ち振る舞いは素敵な女性であり、ジルベルトと並んでいても違和感がない、というよりジルベルトには勿体ないと思えるほどの女性であった。そんな彼女がいるせいか、鳴鳥は記憶消去の事を切り出せずにいた。
「ここが連合軍本部…」
そこは円状の堅牢な壁に上空のバリアフィールドを備え、入り口には何重ものゲートが用意された難攻不落の要塞であった。
三人は同じ通路を通っていたがソフィーリヤは途中で足を止めた。どうやら彼女とはここでお別れのようだ。彼女は別れの挨拶と共に鳴鳥に声を掛けた。
「もし今度互いの時間が空いていたら一緒に食事にでも行きましょう」
「あ、はい!是非ご一緒したいです」
「それじゃあ、さようなら。…ジルもまたね」
「おう」
ツカツカとヒールの音を鳴らしてソフィーリヤはわかれ道を行く。鳴鳥はぼうっとその背中を見送っていたが、ジルベルトに声を掛けられて彼の後に続いて歩き出した。
やがてある一室に辿り着く。そこが鳴鳥の身柄を引き渡す先であるようで、ジルベルトは彼女に向き直り、別れの挨拶を切り出した。
「これから惑星消滅事件の重要参考人としての取り調べがあるだろう。辛いかもしれないが、亡くなるべき星では無かったと証明できれば報いる事が出来る筈だ」
「そう…ですね」
「…具合が悪いのか?」
心配そうに顔色を窺うジルベルトにハッと気が付き慌てて鳴鳥は伏せっていた顔を上げ、笑顔を取り繕う。その様子に先行きが不安で気持ちが沈んでいるのだろうと察したジルベルトは「心配する事は無い」と声を掛けて落ち着かせようとした。
「ジルベルトさん、今までありがとうございました」
「いや、礼を言われるまでもない。難民の救助は連合軍人の務めであるからな」
「それでも、ここまで良くしてくれて…。私は自分勝手に行動ばかりしていたのに…その節はすみませんでした」
「そう言えばそうだったな。まぁ気にするな。ただの学生が巻き込まれれば馴染めないのもやり方を間違うのも致し方ない」
「…なんだかジルベルトさん、出会った時より優しくなりましたね」
鳴鳥に優しいと言われたジルベルトは心外であったのか、眉根を寄せて仏頂面になる。彼としてはこれから彼女に起こりうる辛い現実に対して憐れむ部分もあったが、その詳細は話せずじまいであった。首の後ろを掻きながら、一呼吸置くと鳴鳥の言葉を否定する。
「俺はいつでも優しいぞ」
「それはひょっとしてギャグで言っているんですか?」
「…別れの時まで憎まれ口を叩く気か?」
「うっ、…ごめんなさい」
湿っぽい空気が一言二言交わした事によりいつも通りに戻った。
鳴鳥は別れる前にカバンから借りていたタブレット端末と通信用小型端末を返却する。するとジルベルトは小型端末の方を返した。
「これ…?」
「何かあったら連絡をくれ。出来る限り力になるつもりだ」
「この端末、高くないんですか?」
「値段は気にするな。…言っとくが俺はそこまで金に固執していないからな」
「…はい。ありがとうございます…!」
そこで別れの挨拶も済んだかと思いきや、鳴鳥はもう一つ、ジルベルトに手渡した。それは装丁のされた日記帳。アランから貰ったものだが、この先使い道は無いだろうとペンと共に返却するよう頼んだ。
「最初の数ページしか使っていないので、破いていただければまだ使えると思います」
「このくらいの物ならわざわざ返さなくていいと思うがな」
「…持っていたくなかったので。アランさんにありがとうございましたと伝えておいて下さい。すみませんが、よろしくお願いします」
「そこまで言うなら仕方がないな。分かった、これはアランに渡しておこう」
「ありがとうございます。あ、それからマリアンさんにコンラードさん、あまり話せなかったんですけどスティングさんにもお世話になった事を感謝していたと伝えて貰えますか?」
「ああ、皆にも伝えておく」
「あとアリーチェさんにも。エーデル・シュタインでの事は楽しかったですと言っておいて貰えますか?」
「…アイツには会いたくないが、やむを得ず遭遇した時に伝えておこう」
「色々とすみません。ありがとうございます…!」
丁寧に頭を下げて礼を言うと鳴鳥は笑顔を浮かべて別れの挨拶を終らせた。
その後はジルベルトが簡単な引き継ぎを済ませ、彼は部屋を後にした。
「ジルベルト・ジャンディーニ特務隊長、ただ今帰投しました」
「ご苦労だったね」
星団連合軍本部、特務部。ジルベルトは団長ヘニング・ヘルツォークが居る執務室に居た。椅子に浅く座り、モニターとにらめっこをしていた彼はジルベルトが姿を現すと顔を上げて笑顔を浮かべる。キーボードを叩く手を止め立ち上がり、デスクの前の応接用のソファーに座ると、控えていた秘書官に茶を用意するように言った。
彼の主な職務は特務部の部隊長に上からの任務を指示する事、又部隊編成と任務にあたっての大まかな作戦指示も出す。そして任務の報告を纏めて上層部に情報を上げるのも彼の仕事である。基本はデスクワークであるせいか、彼の身体は前線に出る者より逞しくなく、その表情も軍人らしからぬ穏やかなものであった。しかし上層部とひと癖もある特務部の面々を動かす立場、板挟み状態であるせいか、年の割には老けて見え、M字ハゲは年々進行して行っていた。
「とりあえず座りたまえ。丁度良い茶菓子が手に入ったんだよ」
「失礼します。ですが自分は辛党ですので、菓子は遠慮しておきます」
「そうかい?じゃあ君の分も僕が頂こうかな~」
ジルベルトは自分の前に差し出された小皿に乗ったフィナンシェを皿ごとヘニングの前に差し出した。彼は嬉しそうに手を付けて今回の任務について語った。
「報告書は目を通しておいたよ。ARKHEDが契約済みに、それも一般人のお嬢さんがと知った時にはどうしようかと思ったけれど、彼女はあのテレンティアに滅ぼされた星の生き残りだったという話じゃないか」
「そう、ですが。それがどうかしましたか?」
「いやぁ、いいね。良い事だよ。生き残った者が起ち上がり、母星の仇を討つ。大義名分じゃないか。戦闘では役に立たないだろうけど、世間一般の支持を集めるには丁度良い。写真も拝見したが可愛らしいお嬢さんだしね。そんな子が勇ましく立ち向かう姿、ビジュアル的にも良いねぇ」
「…左様ですか」
ヘニングの見識にジルベルトは膝に乗せた握り拳の力を強めた。ヘニングは大局を見据えての発言をしており、そこに鳴鳥への配慮や彼女の心情は考慮されていない。鳴鳥自身は仇討を望むかもしれないが、テレンティアと交戦する事になったとしてもそれは彼女が思い描くような内容にはならなく、傀儡、お飾りとされるのが関の山だろう。半月も満たない程の期間であったが、ジルベルトは鳴鳥と共に過ごした。彼女がそのような扱いを受けて納得するだろうか?彼女にとって良い事なのだろうか?軍人としては個の意志や尊厳よりも大局を見据えるべきなのだが、ジルベルトにはそれが出来なかった。しかし自分はいち兵士、目の前に居る人物に意見をぶつけた所でどうにもならない。ジルベルトはやりきれない気持ちを、悔しさを潰すように拳を握っていた。
「まぁとにかくお疲れ様と言っておこう。次の任務だが、上がテレンティアの件で追われているから急ぎの案件はないんだ。今回の任務は大変だったから二、三日休養を取ると良いよ」
「ありがとうございます」
「と、言っても君は副業に精を出すんだろうけどね。程々にしときなよ、近いうちにテレンティアとやり合うかもしれないんだからさ」
「はは、…善処します」
ヘニングに行動を見抜かれていてジルベルトは苦笑いを浮かべた。
星団連合軍の軍人は副業が認められていない。スポーツや芸事をする事は認められているが、商売をする事や他の職業と掛け持つ事は禁止されている。但し特務部は特例として任務が無い期間には自由に行動できるようになっていた。と、言うのも諜報任務や潜入捜査がある彼らは一般社会に溶け込む必要がある為、副業の方もこなしておいた方が仕事をやりやすいという訳だ。
ジルベルトは一礼をすると、ヘニングの執務室を後にする。彼は部屋を出た後、小型端末で連絡を取った。相手はアストリアのドックに収容されているアルヴァルディのブリッジに居るアランだ。
「休暇を頂いたのにもう副業の方を請け負うんですか?僕達は早く着いたので休みが取れましたが」
「ああ、あまり休んでいる気にはなれなくてな。仕事をしていたい気分だ」
「そうですか、分かりました。テレンティアとの事も視野に入れて軽めの依頼をピックアップしておきますね」
「助かる。頼んだぞ」
「了解です」
鳴鳥に対して思う所はあるが、自分にはどうしようも出来ない。身体を動かしたり、何かしら仕事をしていないと彼女の事が思い浮かぶ為、ジルベルトは足早に軍本部を後にしようとした。
惑星アストリア、その中心に据えられている星団連合本部、そこでは議会が開かれていた。広いホールの中心には円卓が、席に着くのは星団連合の主要星、軍事力や蓄えている財源、資源、連合に提供する資金力、それらを備えた豊かな星が中心に、その周りには壇上に席が設けられ、中央に近い程豊かな星の代表者が席を連ねていた。と、言っても議会室には実際人は集まっておらず、皆、通信映像でのやり取りであった。ただ、その中の一人、議長席に座る者は実体を持ち、通信映像ではなかった。しかし会議を纏め、進行する立場である者の容姿は幼く、少女と形容するに相応しかった。長い白髪にサイドを三つ編みでお団子にした髪型、服装は可愛らしい見た目に似合う浅葱色のひらひらとしたドレスを着用していた。場違いな人選にその場に集った者達は誰一人驚かない。
「これより、臨時議会を執り行います。議長は私、ミリアム・ウーヌ・アストリアが務めさせていただきます」
場の空気は重い。それも致し方ない事である。今回の議題は連合に属していない先進惑星テレンティアが後進惑星とはいえ無抵抗の星をひとつ滅ぼした件だからだ。重苦しい空気の中、口を開いたのは議長のミリアムであった。
「皆様も既にご存知かと思われますが、先日、辺境宙域の惑星、その星の呼び名で『地球』と呼ばれる星が聖王星テレンティアの所有ARKHEDによって滅ぼされました。失われた命は約71億人、固有生物は数え切れないほどです」
「テレンティアからの声明文は無いのか?」
「今の所、こちらからの通信も遮断され、連絡の取りようがない状況です」
ざわざわとざわめく議会室、様々な声が上がるが意見は大きく分けて二分される。一方は今すぐにでも戦闘配備をし、交戦する構えを見せようという強硬派、もう一方は通信による呼びかけを続け、件のARKHEDを引き渡すよう交渉する穏健派である。
「かの星は宗教に傾倒するあまり、周りが見えていないようだ。危険因子は大きくならぬうちに潰しておくべきだと思う」
「しかしまだ連合所属の星はやられておらん、滅ぼした原因も分からない内はこちらから手を出すのはどうだろうか?宗教弾圧とも取られかねん」
「だがいつ此方に牙を向けてくるのか分からぬ。ARKHEDを所有している星は安心出来るだろうが、ARKSや戦艦だけでは心もとない」
「まずはテレンティアの監視を強め、コンタクトを取り続ける方が賢明でしょう」
「だんまりを決め込むようなら制裁措置も取る必要があるな」
一通り、意見を交わした所で議長が木槌を叩き、場を収める。その後、強硬派と穏健派で大まかな指針を決める為、採決がなされた。4:6、穏健派の方が強硬派を上回った。戦争には人と金を消耗する。テレンティアを制圧した所であまり旨みは無いからか、多くの余裕の無い星は穏健派に回ったようだ。
「では次にテレンティアへの制裁について協議します。現時点で独立自治都市エーデル・シュタインは武器兵装、精神結晶の輸出を停止、食品の交易を停止、ノックス・トランスポート社はテレンティアへの定期便を停止、テレンティア船籍の時空転送路を使用禁止、REC(ランズウィック・エクスカーション・カンパニー)はテレンティアへの観光事業を廃止にしたと報告が上がっています」
「商人共は我々より先に制裁措置を取ったのか」
「奴らもARKHEDを所有しているからな。テレンティアを敵に回した所で恐れは無いのだろう」
「我が星ではテレンティアから葡萄酒を輸入していたが、それも見直さなければならんな」
テロを起こすような星と交流があるというのは他の星から見れば同類だと決められかねない。元々テレンティアは他の星との交流が少ない星ではあったが、その数少ない繋がりも無くなった。
「それでは、テレンティアへの措置は引き続きコンタクトを取るように、それと監視強化をします。制裁については交易の停止、渡航の禁止と致します。ここまでで何か意見は?」
議長が皆の意見を纏め、確認を取る。満場一致で拍手が起き、反対意見は出てこなかったが、提案をするものが現れた。
「件の星に潜入する。このまま交信できないとなるとこういうのはどうでしょうか?」
ある一人の発言に議会はざわめく。しかしすぐさま反論の声が上がった。
「かの星はARKHEDを所有しているものが居る。それに迂闊に潜入などして大丈夫なのか?捕らえられ、処刑などという可能性もある上に、奴らに大義名分を与えかねん」
「ならばこちらもARKHEDの操縦者を使えばいい。しかもその中には不死身の奴もいるそうではないか。彼を使えばいいだろう」
会場はどよめくが、反対するものは居なかった。寧ろ同意するものが多く、提案は皆に受け入れられつつある。ARKHEDの操縦者、その中でも話にあがった人物に対する配慮などは全く感じられず、まるで捨て駒扱いのようであった。その議会会場の雰囲気にミリアムはきゅっと拳を握りしめた。そしてざわついた場を諌めるように木槌を叩く。
「静粛に。その件は連合軍議会に案として提出します」
「早い決断を期待していますよ」
「そうですなぁ。テロを起こすような星を野放しにというのはどうにも居心地が悪い」
その後は特に意見も出ず、議会は閉幕した。広い会場、これまでは各星の代表者の映像が映されていたが、今はミリアム一人を残して誰も居なかった。責務を終え、肩の力を抜いたミリアムはため息をつく。そして冷ややかな目で言い放った。
「…やはりヒトは醜い」
連合軍本部からアルヴァルディに向かう途中、ジルベルトはある場所に立ち寄る。そこは軍人たちが利用する広い食堂であった。
「(どんなに思い悩んでも腹は減るからな)」
そう言い聞かせてビュッフェスタイルの食事を取る。トレーには皿が置けるだけ置かれていて、肉や魚や野菜料理、パンや米など山盛りになっている。意地汚いようにも見えるが彼の量は普通であり、他の屈強な体つきの軍人は彼の倍、トレーを二つ手にしていた。しかし彼が金に汚いと言われるのも仕方がない。このビュッフェは軍属ならば無料なのだから、アルヴァルディに直帰せず立ち寄った彼は食費を浮かせようという浅ましい魂胆が見え見えである。
「(これは美味い。前に来た時には無かったな、もう一度取りに行くか)」
一人掛けの席の端の方、ジルベルトは白身魚のエスカベッシュに舌鼓を打っていた。
ジルベルトは軍に入隊した理由が特殊である為、周りは遠巻きにこそこそと陰口を叩き、親しく近づく事は無い。当人は何年もその状態が続いているので気にはしていない。寧ろ邪魔をされないで一人の時間を過ごせるからありがたいとも思っている。これまでの色々と考えさせられる日々を忘れるように食事を楽しむジルベルトであったが、彼の背後にある人物が立ち、影を落とした。何事かと思い、振り返るとそこには鬼の形相をした男が立っていた。
「…お、おう。どうしたんだ?クヴァル?」
「デクトリ大尉と呼べ!いや、それよりも聞いたぞ!貴様、私にあの埃っぽい星での任務を押し付けておきながら優雅にソフィとお茶をしていたそうだな。しかも個室で…!!」
クヴァルは今すぐにでも飛び掛かって来そうだ。と言うより食堂のような人が沢山いる場で助かっていた。二人きりや人目が少ない場所で遭遇していれば間違いなく胸ぐらを掴まれていただろう。その位の鬼気迫る形相であった。
とりあえず事を穏便に、ジルベルトは大事な食事の時間をこれ以上邪魔されたくないので、年下相手だろうが関係なしで下手に出る。
「その節は世話になった。それと、ソフィとは偶々会っただけだ。話せば長くなるが、任務上致し方なくだ」
「任務上だとしても二人きりで個室で茶とはどういうつもりだ!?」
「いや、誘ってきたのはアイツからだし、個室と言ってもやましい事は何一つ無い」
「誘いなら断れ!やましい事などあってたまるか!ソフィの半径10メートル以内に接近するな!連絡先を消せ!今すぐに消せ!」
ここぞとばかりにジルベルトを非難するクヴァル。彼がソフィーリヤと恋仲なのならちょっかいを掛けるジルベルトは非難されても仕方がないのだが、そうではない。クヴァルの想いは一方通行であった。
大声を張り上げてどなり散らすクヴァル。本来なら彼の周りに様子を見に来た野次馬が人だかりを作るのだが、食堂に居る者達は皆遠巻きに苦笑いを浮かべるだけであった。この光景も日常茶飯事である為、動じるものは少ない。また、二人がARKHED操縦者であるのも近寄りがたい原因である。
「言っておくが俺とソフィはもう縁が切れている。今は…そうだな、友人と言ったところか」
「いや、貴様の顔が姿がソフィの視界に入るだけでも気に食わん。死ぬか辺境の星に永住するか選べ」
「お前それ、わざと言っているんだろう」
いい加減相手にするのも疲れたのか、ジルベルトは背を向け黙々と食事を取る事に戻る。クヴァルはしつこく食ってかかってきたが、無視をされ続け息も続かなくなったのか、「二度と私とソフィに顔を見せるな」と言い残し、去って行く。クヴァルが去った食堂は台風が去ったあとのような静けさであった。
「(…チッ。折角のメシが不味くなったな)」
もう一度お代わりを持ってこようと考えていたが、クヴァルのしつこいちょっかいに気を削がれた為、皿の残りをかき込み席を立った。
「やけに機嫌が悪そうですが、何かあったんですか?もしかしてナトリさんと別れ際に喧嘩をしたとか?」
アルヴァルディのブリッジに入るなり、アランはジルベルトの表情を見て問いかけた。ジルベルトの表情は何時にも増して仏頂面であり、何事かと問われるほどであった。彼は不貞腐れた表情のまま自分の席に着き、煙草に火を点けた。ハァっと溜息と共に煙を吐き出し、うんざりとしながら事のあらましを話す。
「…ナトリとは問題無い。つつがなく別れを済ませた。運が悪かったのは食堂でクヴァルに会った事だ」
「ああ…。なるほど。それは災難でしたね」
クヴァルに遭遇するという事は天災級の出来事であるという認識は皆の間で共通らしい。アランは詳しい話を聞くまでもなく察したようで憐れみの言葉を掛けた。暫くそっとしておいた方が良いのかと思われたが、ジルベルトの場合は仕事に取り掛かった方が気分転換になるだろうと判断し、アランは頼まれていた副業の依頼データを提示する。ジルベルトは目の前のモニターに表示された依頼の中から一つを選択し、依頼人に請け負う希望のメールを送信した。程なくして相手から返信が来て契約は成立する。次の仕事が決まり、ジルベルトはブリッジに居ないマリアンとコンラードと連絡を取り、仕事内容の説明をざっくりとする。その後、スティングに航行指示を出し、アルヴァルディはアストリアのドックから出港した。
今回の仕事は荷物の運送、その積荷は武器弾薬である。テレンティアの件の煽りを受けての事だろう。どの星も、と言うより財力に余裕がある星は防衛力を高めているようだ。荷物受け渡しの指定場所に到着するにはまだ時間がある。ジルベルトは到着前まで休むと伝え、自室に戻ろうとした。と、その前に渡す物があったと思いだし、託された物をアランに差し出す。
「これは…確かナトリさんに渡した日記帳とペンですか?」
「ああ、数ページしか使わなかったから返してくれだとさ。あとありがとうございましたと伝えてくれって」
「彼女は律儀なんですね。それにしても消耗品の様なものだから捨ててくれたり、そのまま使い続けてくれれば良いんですが」
「必要無いんだと。……ん?必要無い…?」
鳴鳥の言葉を思い返し、ジルベルトは今更ながら何か引っかかりを感じた。アランはと言うと手渡された日記の方をペラペラと捲り、ざっと目を通す。書きなぐられたページをじっくり読んでいたアランはプッと吹き出してケラケラと笑い、それに気が付いたジルベルトは彼を咎めた。
「他人の日記を読むなんざ悪趣味だぞ」
「ページを破らずに渡した時点で読まれても構わないという事じゃないでしょうか」
「そういうもんかね。にしても何がそんなに可笑しいんだか…」
「船長は読まない方が良いと思いますけどね」
二人に悪口を言われているようでなんだかつまらないといったジルベルトの傍らで、アランは笑いながらページを捲った。これまでは楽しそうに鳴鳥の日記を読んでいたアランだったが、最後に記されたページでその笑顔が固まる。彼はジルベルトにも見えるよう、そのページを開いた日記帳を差し出す。
「船長、このページ…」
「…!」
最後のページ。そこに記されていたのはただ一言。
『忘れたくない』
その言葉でジルベルトは自然と身体が動いた。




