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Xenoverse  作者: 葉月はつか
phase one : geotaxis
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第10話 Silver battleship

 地球消滅。その出来事を耳にし、鳴鳥はARKHED(アルケード)を地球が在った場所まで飛ばした。にわかには信じがたい事実であったが、確かにそこにはある筈の惑星が消え失せていた。帰る星を失った現実を目の当たりにした鳴鳥は自我を失い、ただただ茫然とするばかりであった。

 エーデル・シュタインを立った鳴鳥の後を追いかけたジルベルトは地球が消失した場所である女性と再会する。その女性はジルベルトが所属する星団連合軍の軍人、名はソフィーリヤ・ソルニエールといい、階級は少佐である。

 星団連合所属戦艦、ニーヴァレイン。その救護室から出てきたソフィーリヤは部屋の外で待っていたジルベルトに対し、呆れたように言った。


「彼女の状態、体調はさほど悪くないけれど、精神的には駄目ね。一体なのがあったの?あの子を追い詰めた理由は何?」

「詳しい話はブリッジに行って、この艦の艦長を交えてからにしよう」

「あら、いいの?」


 ジルベルトの提案にソフィーリヤはさも意外だとばかりに驚き少しだけ笑う。その笑みに悪戯心を感じ取った彼は露骨に嫌そうな顔をして想像していた人物の名を挙げようとする。


「まさか…。この艦の艦長は…」

「グェンダル・ソルニエール司令官よ」

「やっぱ親父さんかよ…。何で親子で同じ艦で同じ任務に就いてんだか」

「連合のARKHED(アルケード)は限られているでしょう?星を消滅させたテレンティアのARKHED(アルケード)と遭遇した場合を考慮して私とデクトリ大尉が選ばれたの。父は…まぁいつものアレね」

「過保護か。好き勝手出来るとは大将なだけはある」


 一人納得するジルベルトを置いてソフィーリヤはブリッジに向かって歩き出す。ジルベルトは言い出しておきながら行きにくいのか、苦い顔をして二の足を踏んでいた。それに気が付いたソフィーリヤはクスリと笑って声を掛ける。


「ナトリさん?だったかしら。彼女の事なら大丈夫よ。船医に任せてあるから」

「いや、まぁ、それも気にはなるが、お前の親父さんと会うのはあの件以来でな」

「そこまで気を張る必要はないわ。あれから10年近く経っているんですもの。それに父も軍人よ、司令官という立場上、私情は挟まないわ」

「だと良いがな」


 ジルベルトとソフィーリヤは並んでブリッジまでの通路を歩く。途中、ジルベルトは隣を歩くソフィーリヤの表情を覗き込む。彼女は任務中らしいキリっとした表情であり、彼が知っているいつもの彼女である。その視線に気が付いた彼女はクスリと笑みを浮かべて右目を隠していた前髪を掻き上げ、大丈夫だとアピールした。


「目ならだいぶ慣れたわ。最初は違和感を覚えたけれど、今となっては眼鏡をかけていない時に重宝するの」

「そうか…。すまない、不便な思いをしただろう」

「ううん、貴方が謝る事はないわ。覚悟を決めたのは私。貴方一人が悪い訳ではないのよ」


 慈しむような、聖女のような微笑み。ソフィーリヤはジルベルトを赦しているらしいが、その慈悲がジルベルトには辛いものであった。いっそ嫌われて避けられてさえいれば楽なのだろうかと考えを巡らせながら、ぎこちない笑みを返してもう一度贖罪の言葉を口にした。




      第10話 Silver battleship




 ブリッジで一番見晴らしのいい席、船長の座に着く司令官。浅葱色に白いラインが入った階級が高い者が着用する軍服、それを身に纏う男は歳に似合わずがっちりとした逞しい体つきをしていた。立派な髭を蓄えて眼鏡を掛けた男はブリッジに到着したソフィーリヤの姿を視界に収めると、少しだけ口の端を緩める。しかし彼女の後を歩いて来た者の姿にカッと目を見開く。そして自らの片手で顔を覆い、怒りに打ち震えた表情を周りに悟られぬよう隠した。


「(やっぱり怒ってんじゃねぇか、あの過保護ジジイ)」

「ソフィーリヤ・ソルニエール少佐、報告に参りました」

「同じく報告に参りました、ジルベルト・ジャンディーニ特務部隊長であります。乗船許可、並びに救援を感謝いたします」

「フム…。私はこのニーヴァレインの艦長を務める…名前は名乗らなくても分かっているか」


 艦長、グェンダル・ソルニエール大将は笑みを浮かべるが、それは歓迎しているものではなく、よくもまぁおめおめと私の前に顔を出せたものだ、と嘲笑うものであった。ジルベルトは突っかかり、嫌味の一つでも言いたい所だが、相手は何階級も上の人物、その上ソフィーリヤの父親である。それに償いきれない過去の事もある。一言言いたい所だが、ぐっと堪えて本題を切り出した。


「―――と、言う訳で自分とナトリはこの宙域に来たという訳であります」

「あの少女が滅ぼされた星の生き残りだと?ならば星が消失した一因は彼女にあるのか…」

「転移事故に巻き込まれた可能性は?」

「いや、それは無いだろう。ナトリの話ではかの星は後進惑星レベルだ。転移装置も無いと言っていたしな」

「話を聞く限りではARKHED(アルケード)と契約したのは地球が消滅してからか」

「彼女の契約状況は不明なのよね。その点でも本部に戻って詳しく調べないといけないわね」

「ああ、そうだな。アルヴァルディには本部に戻るよう指示を出しておいた。…そこで申し訳ありませんが、このままこの艦と共に帰還する事の了承を頂きたいのですが」

「それは構わない。こちらとしても調査対象に関わりのある者を護送するのは任務上重要な事だ。彼女の身柄は責任を持って我々が然るべき機関に送り届けよう」

「寛大な措置、感謝いたします」

「…君の同行については認めてはおらんがな」

「は?!」


 思いがけない艦長の言葉にジルベルトは目を点にし、下げていた頭を上げて驚く。本心ではなく彼に対する嫌がらせ的な大人げない言動にソフィーリヤは頭を抱えて父親を非難した。


「ちょっと、父様。その言い方は如何なものかと」

「ソフィーリヤ、此処を何処だと心得ている?その呼び名は不適切であろう」

「私情を挟んでおきながら…っ。ジル、行きましょう!貴方の部屋を案内するわ」

「あ、おい…!」


 父親の大人げない態度に腹を立てたソフィーリヤは上官相手にもかかわらず、礼を欠いた態度を取ってブリッジを後にする。ジルベルトは軽く頭を下げてソフィーリヤの後を追うように下がった。その様子にグェンダルはフンと鼻で笑いながらキャップのつばを握り被り直す。


「全く、若い者は意識が足らないな」


 ブリッジに居た船員たちは苦笑いを浮かべながら艦長に同調していた。内心は微笑ましい親子喧嘩を起こしておきながらどの口が言うのかと突っ込みを入れたい所だが、皆グッとこらえて任に就く。その光景はグェンダルとソフィーリヤ親子と同隊に所属した時の恒例の事柄である為、皆半ば諦めを感じているのだった。






 ツカツカと踵を鳴らしながら長い通路を歩いていたソフィーリヤは溜息と共に歩みを止めた。そしてくるりと振り返り、後ろを歩いていたジルベルトに頭を下げる。


「父が失礼な態度を取って申し訳ないわ」

「いや、予想はしていた事だ。それに親父さんには俺を責める権利がある。大事な娘に手を出した揚句、傷つけたんだからな」

「その事はね、さっきも言った通り私が選んで決めた事だから。それに、私は貴方にまた辛い思いをさせたでしょう。だからもう気に病まないで。私は平気だから」


 自責の念に駆られるジルベルトに柔らかい笑みを浮かべて手を差し伸べるソフィーリヤ。拒絶されても仕方がない罪を犯したにもかかわらず、彼女は昔と変わらぬ態度で接する。六つも年下にこうまで諭され、少し情けなくもあるが、その優しさにジルベルトは救われた。

 歩き続けた先、乗組員が寝泊りをするエリアの一室の前でソフィーリヤは足を止めた。


「ここが貴方の部屋ね」

「今度こそ、俺の部屋だな」

「ごめんなさい。父には後できつく言い聞かせるわ」

「いやまぁ、いい。嫌われているのは致し方ない事だしな」


 グェンダルが渡した部屋のキーは牢獄のものであった。その事に船員室に着いた時に気が付き二度手間になった訳だが、あまりの嫌われっぷりにジルベルトは辟易とし、ソフィーリヤは再び頭を下げた。


「アルヴァルディから荷物を持ってきていないのだったわね。着替えは備品を使って貰って構わないから」

「ああ、何から何まで済まないな」

「いいのよ。人の世話を焼くのは好きな事だし」

「そうだったな、委員長」

「も、もうっ。その呼び名はやめてよ」


 どちらかというとキリっとした表情で居る事が多いソフィーリヤがジルベルトに委員長と呼ばれて頬を赤らめて慌てる。その変わりようにジルベルトは口端を緩めた。一通り室内の確認を終えたジルベルトは休むことなく部屋を出る。


「ナトリさんの様子を見に行くの?」

「ああ、アイツにもこれからの事を説明しておかなければならないしな」

「そうね。だけど、このまま本部に戻れば彼女は今回の事件の取り調べを受けて、その後はARKHED(アルケード)の研究機関に送られるのよね」

「そうだろうな。地球に居た頃には普通の学生だったらしいからな。今後の扱いに耐えられるかどうかが気がかりだ」

「それに、ARKHED(アルケード)と契約したとなれば、余程の事がない限り軍人になるしか道は無いわね。まだ若いのに、不憫だわ」

「最悪、記憶を消されて連合の駒になるかだな」


 いたいけな少女の、なにも咎を犯していない鳴鳥の行く末を思いソフィーリヤは悲痛な面持ちになる。彼女はジルベルトの手を取ると自分の想いを伝えた。


「私はナトリさんの事をあまり理解していないわ。けれどもこれから彼女の身に起こる事の辛さは分かっているつもり。貴方には難しい事かもしれないけれど、どうかあの子が少しでも楽になれるよう声を掛けてあげて」

「…俺、アイツに嫌われていたんだけどなぁ…。まぁ努力はする」


 ジルベルトは軽く手を振り医務室へと向かう。その背中をソフィーリヤは見送っていた。繋いでいた手はまだ熱を帯びている。彼女はそれを胸の前できゅっと握り締めた。


「(やっぱり、変わらずジルは優しいのね。その優しさが他の子に向いているのが妬ましい所だけれど、仕方ないわ。私は一度、彼を拒絶したんだもの…)」


 愛しい者を想う気持ち、10年近く経ってもそれはまだ色あせていない。けれどもその想いは後悔と共にあり、心の中で燻ぶっていた。






 医務室の前まで辿り着いたジルベルトはすぐに室内に入らず扉の前で立ち止まる。覚悟はしていたものの、いざ対面するとなるとどう声を掛けるべきか思い悩む。脳裏には虚ろな眼差しの鳴鳥が浮かぶ。自分が伝えようとしている事は母星を、帰る場所をうしなってこれ以上に無いほど傷ついている彼女をさらに追い詰めるものなのではないかと不安がよぎる。けれどもエーデル・シュタインでは伝えなかった事で彼女の信頼を裏切る形となった。深呼吸を一度したのち、意を決して扉の横にある開閉パネルに手を触れる。開いた扉の先にはデスクに着いてカルテに目を通していた男性、船医が居た。彼はジルベルトの姿を見て察したのか、穏やかな笑みを浮かべて立ち上がる。


「特務部隊隊長兼、アルヴァルディ船長、ジルベルト・ジャンディーニと申します。この度はお手を煩わせたようで申し訳ありません」

「いえいえ、任務上の事ですから手を煩わせるなんて事はありませんよ。私はニーヴァレインの船医長を務めるフレッド・フォスターといいます。短い間になると思いますがどうぞよろしく」


 差し出された手を取り握手を交わす。医療技術の力量は測りかねるが、物腰も柔らかく、落ち着いた人物である彼は人格的に船医にふさわしいと言えるだろう。


「あの、ナトリの様子はどうですか」

「落ち着いているよ。鎮静剤が必要かと思っていたが、彼女は恐ろしいほど落ち着き払っている。ただ、食事は受け付けないようだから栄養剤を点滴で与えておいたよ。受け答えは出来るようだから声を掛けてあげると良いんじゃないかな」

「…はい」


 フレッドに案内され、カーテンで間仕切りされたベッドに近づく。そこには背をリクライニング式のベッドに預け、ぼうっと虚空を見つめる鳴鳥がいた。彼女はジルベルトが面会に現れたのを視界の隅に捉えて顔をこちらに向けるが、再び視線を戻した。その様子からフレッドの言う受け答えができるという診断が疑わしく思える。ぱっと見は廃人に見えるその姿にジルベルトは不安を覚えた。フレッドは「なにかあったら遠慮なく呼んでくれ」と言い残してデスクに戻った。


「(と、言われたものの…どうすれば)」


 ベッドの横にある椅子に腰かけ、ジルベルトは考える。彼にからかわれて頬を膨らまして怒っていたり、美しい宙や街の景色を見て瞳を輝かせたり、死に瀕した者を慈しみ涙を流した時の表情の豊かさが今の鳴鳥には無い。頭の中でシミュレートしていた会話は無駄になり、ジルベルトは言葉を詰まらす。しかしこのままではいけない、こうなった一因は自分にもあるんだと覚悟を決め、口を開こうとした。


「…その、これからの事なんだが―――」

「…ぁ」

「…?…少し待っていろ」


 何か言葉を発しようとした鳴鳥はのどがカラカラで上手く喋れずにいた。ジルベルトは言いかけた用件を途中で止め、サイドテーブルにある水差しからグラスに水を注いで鳴鳥に手渡した。彼女はゆっくりとした動作で一口水を飲み、のどを潤す。両手でグラスを持った彼女は力なく笑みを浮かべ、ジルベルトに礼を言った。


「…ありがとう…ございます」

「いや、礼を言われるまでもない。それより調子はどうだ?」

「…体調は…平気です。でも……私………」


 鳴鳥の両手は震え、グラスに注がれた水の波紋が大きく乱れる。俯いた彼女の瞳からはぽたりぽたりと涙がこぼれ落ちた。ようやく正常な人間らしい感情表現を見せた鳴鳥であったが、安心する訳にはいかない。彼女の置かれた状況、心情を顧みればおのずと答えは出てくる。ここで安易な言動を取ればまた傷つきかねないとジルベルトは細心の注意を払う。


「色々と先行きが不安だろうが、全て任せてくれればいい。とりあえず、もう少し休んでおけ」

「はい…ありがとうございます…っ」


 しばしの沈黙、聞こえるのは鳴鳥が泣き、鼻をすする音だけである。ひとしきり泣いて落ち着いたのか、鳴鳥は手で目じりを拭い、乱れていた呼吸を整える。彼女は俯いていた顔を上げ、泣き晴らした目でジルベルトを見据える。


「どうして…あのARKHED(アルケード)は地球を滅ぼしたんでしょうか…?」

「…一概にこうとは言い切れないが、ARKHED(アルケード)の暴走、契約者が枷を破り力の制御が出来ずに事故が起こる場合もある。…過去にその事例で星が焦土と化した事もあるからな」

「そう、なんですか…」

「だが、人工衛星に残された映像を見る限りでは意図的なものを感じるな。あのARKHED(アルケード)は聖王星テレンティア所有のものだ。大方宗教絡み…自分達が他の星の者達より優れているんだとか思いこんで、その力を誇示したかったんだろうな」

「そんな事で…。地球の人々は何も悪い事をしていないのに…一方的にこんな事…っ」

「…そうだな。詳細はこれからの調査で後々分かるだろう。そして星団連合もこのまま静観しているつもりはないだろうから何らかの制裁措置、もしくは武力行使になる筈だ」


ジルベルトの言葉に鳴鳥はハッとする。何か決意をしたのか、光の宿っていない瞳に強い意志を感じられるようになる。ギュッと拳を握りしめた彼女は話を切り出した。


「あの…っ!その…武力行使……戦争になった時、私は―――」

「お前はこの後、本部で事情聴取、それからARKHED(アルケード)の研究機関で身体検査入院と慌ただしいだろうからな」

「一緒に戦う事は出来ないんですか?」

「星同士の交戦となると兵科訓練を受けていない者を隊に加えるのは難しい。いくらARKHED(アルケード)が他の汎用機より優れていて初心者でも操作できる機体だとしても、連携が取れなければ足手まといになりかねんからな」

「…そう、ですか」


 敵討は出来ない。それを知った鳴鳥は再び俯き肩を落とした。ようやく自分を取り戻しかけた彼女を落ち込ませてしまった事に内心慌てるジルベルトであったが、嘘をつく訳にはいかなかった。ここで真実を伝えずにいたら、この先鳴鳥が本当の事を知った時どうなるか。それは数時間前に経験した事であり、同じ轍を踏む訳にはいかない。どうにか彼女の気を晴らせないものかと考えを巡らせて、ジルベルトは慰めの言葉を述べる。


「テレンティアには例のARKHED(アルケード)が居るからな、俺も前線に出る事になるだろう。その時はお前の分の敵を討つ。…それでは駄目か?」

「…いいえ、ありがとうございます」


 鳴鳥は未だ本調子でないのか、地球の存在を確かめる時に見せた強気で必死に自分の想いを貫こうという意志は見えなかった。ぎこちない笑みを浮かべて彼女は気遣ってくれたジルベルトに礼を言う。彼も彼で慣れない事、落ち込んでいる女の子を気遣い優しい言葉を掛けた事をむずがゆく感じたのか、首の後ろを掻いた後に咳払いをした。


「とにかく、今はあれこれ考えずに身体を休める事に専念しておけ。それとARKHED(アルケード)は精神力を消耗する。心を休める事も大事だ」

「はい、お気遣いありがとうございます」


 取り乱す様子もなく、涙も止まり、落ち着いた様子を見せる鳴鳥にジルベルトはホッと胸を撫で下ろす。伝えるべき事も伝え終わり、この様子なら大丈夫だろうと判断したジルベルトは、何かあったら呼ぶようにと言い、医務室を後にした。


「(これで良かったんだろうか…)」


 自室に戻る前に立ち止まり思い返すジルベルト。彼は振り向き鳴鳥が居る医務室を見つめる。出来る限りの気遣いは出来た筈、これ以上は自分一人の力ではどうしようもない。そう自身に言い聞かせて向き直り、彼は自室へと戻って行った。






 医務室のベッドに一人残された鳴鳥はリクライニングを倒して身体を横たえる。先程、ジルベルトが言った事は正しい事なのだろう、そう鳴鳥は考えていた。これまでの事を思い返せば彼の言う事は間違っていた事など無かった。フェルスボウデンでグレゴリオ達とお別れを言った時も、つらい気持ちになった。小惑星群宙域へ救難に向かった時も彼の注意を聞かずに失敗した。今回の事も制止を振り切りエーデル・シュタインから飛び出した所で待ち受けていたものは絶望であった。今後も彼の言う通りにしていればこれ以上傷つく事もない。頭の中では理解しているものの、このまま蚊帳の外に居るのは居心地が悪い。帰る場所が無くなり、不安がないとは言い切れないが、それよりも失った人たちの事が頭から離れない。皆の為に出来る事は無いのか、同じARKHED(アルケード)を所有しているのにジルベルトと違い、どうして自分は戦えないのか、仇は討てないのか。経験が無いのも、まともに戦えない事も理解はしているが、納得は出来ない。


「(それに―――)」


 どうしても知りたい事があった。それはテレンティアのARKHED(アルケード)の契約者は地球を滅ぼす時に何を考えていたのかだった。ジルベルトは宗教がらみの力の誇示だと推測していたが、信じる神の為に70億もの人を、それ以上の数多に生きる生物を殺せるのだろうか?常軌を逸脱した行動に疑問が残る。


「(テレンティアのARKHED(アルケード)…その契約者、どうにか話を聞きたい…けど)」


 その願いも自分には叶えられない事が分かっていた。諦めを感じていたが、そこである人物の姿が脳裏に過る。


「(私には無理。でもジルベルトさんなら―――)」


 彼は自分の代わりにテレンティアのARKHED(アルケード)を倒すと誓った。ならば彼ならその契約者と接触する機会があるのではないか。そう思いついた訳だが、彼が素直に自分の願いを聞いてくれるだろうかと不安になる。いつもの彼ならそんな面倒な事は請け負えない、戦闘中にそんな余裕などない、敵の心情など知った事かとバッサリ切り捨てる筈だが、今日は妙に優しい。のどがカラカラになり、声が出にくかった時に彼は水を差し出してくれたし、これからの事もきちんと説明してくれた。何かあれば呼んでくれと気遣ってもくれた。


「(ダメもとで頼んでみようかな…。今のジルベルトさんならそこまで嫌な顔をしないだろうし、私が皆に出来る事と言ったらこのくらいしかないよね)」


 今すぐにでも追いかけて気持ちを伝えたいが、身体を休めるように言われた為、大人しくしておく事にした。ジルベルトの言う事は正しい。そう学んだ鳴鳥は言いつけ通りに従う。彼のお陰か、張りつめていた気持ちが少し和らぎ、鳴鳥は数時間ぶりに深い眠りについた。






 ジルベルト達が戦艦ニーヴァレインに乗船してから二日が経った。予定では明日、星団連合の本部がある惑星アストリアに辿り着く。その間、ジルベルトは一日一回、鳴鳥の様子を見に来た。そしてたわいもない会話を交わし、自室に戻る。ニーヴァレインには広い食堂や休憩室、トレーニングルームを備えているが、ジルベルトは自室と医務室だけを行き来する。彼がこの艦の部外者だという事もあるが、同じ軍所属なのだから遠慮をする事は無いのだが、彼は過去の出来事からか、他の軍人との円滑なコミュニケーションがとれずにいた。慣れていない事ではないのだが、しばらくアルヴァルディの面々との任務が続いたため、普通の軍人との付き合い方に戸惑いと居心地の悪さを感じているようだ。

 フラフラと出歩くと面倒な思いをする事になるので、ジルベルトは自室でタブレット端末を使い情勢を確認したり、室内で自主トレをしたり、煙草を吸ったり、鳴鳥の様子を確認する時以外はインドアな生活を送っていた。

 そんな彼の元に通信が入る。相手はこの艦の指令の娘、ソフィーリヤだ。


「貴方って相変わらず引き籠りなのね」

「部屋に籠っているという点は認めるがそう言われるのはな」

「暇なら話でもしない?あれからどういう生活を送っていたのか気になるわ」

「構わないが、どちらの部屋でだ?女性のエリアに行くのは気が引けるんだが」

「休憩室でよ。どちらかの部屋に二人きりなんて周りから見れば妙に勘ぐられるでしょう」

「それもそうだな」


 互いに苦笑し、二人は待ち合わせをした。

 数十分後、昼下がりの休憩室でジルベルトとソフィーリヤはテーブルを挟んで向かい合う。ニーヴァレインの休憩所は広く、真ん中には巨大モニターが、スモークガラスで間仕切りされた個室もある。二人はその個室で顔を合わせていた。二人は互いの近況などを語り合っていたが、そこでふと思い出したかのようにソフィーリヤが訊ねた。


「そう言えば、ナトリさんに全部話したの?」

「ああ、話した。どうなるかと思っていたが、意外にもアイツは現実を受け止めたようだ」

「そう…、それならよかったわ」


 ホッとしたようで穏やかな笑みを浮かべるソフィーリヤにジルベルトも口端を緩める。と、そこで彼はある事を鳴鳥に言い忘れている事に気が付いた。申し訳なさそうに前言撤回をし、ジルベルトは首の後ろを掻きながら目線を外した。


「…そういや記憶を消す云々の話はしていないな」

「それは…そうね。その件はまだ確定している事ではないのだから致し方ない事なんじゃないかしら」


 自分の失態を潔く述べたジルベルトに対し、ソフィーリヤは非難することなく眉をハの字にしてフォローする。ジルベルトは会うたびに切り出そうとしていたが、こればっかりは言い出しにくいようで、まだそうなると決まった訳ではないと自分に言い訳をしているのはソフィーリヤの言う通りであった。

 未確定な事を伝えて不安にさせるより、このまま伏せておく方が当人にとって良いだろう、そう二人は結論を出した。しかしその配慮は当人に意外な形で伝わることとなった。

 ジルベルトとソフィーリヤが使用している個室の隣、そこでは一人の少女が聞き耳を立てていた。彼女は栗皮茶色の長い髪をツーサイドアップにえんじ色のリボンで結び、衣服はこのフロアに居る他の者と変わらない浅葱色を基調とした軍服を身に纏っていた。けれども彼女は他の軍人と違い、その容姿、体格共にまだ幼さが残り、兵科訓練中の学生と言われかねない。彼女は隣のジルベルト達の会話を聞き、茫然とした。放心状態は隣の二人が個室を出るまで続く。


「(そんな…。私の記憶が…消される…?)」


 一人個室に残されていた鳴鳥は先程耳にしたジルベルト達の会話を頭の中で何度も繰り返し再生していた。





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