会話
教室に戻り、自分の席に座る。頬杖をついて、ぼんやりしていると、三枝が僕の席の前に立った。
「なんだよ」
僕がそう言うと、三枝は眉間に皺を寄せながら「うーん」と唸る。
「だから、なんだよ一体」
三枝は、開いた扇子で口元を隠しながら、僕をじっと見る。
「なんか、随分と機嫌がいいねぇ。なにか嬉しいことでもあったのかい?」
三枝は、鋭い。それも、普段はぱっぱらぱーな人間なクセに、こういう「あんまり人に話したくない」という思いにばかり敏感で、鋭いのだ。
「別に、何にもないよ。ほら、早く席戻れよ。もう先生来るぞ」
僕がそう言うと、三枝は口元を扇子で隠したまま、自分の席に戻っていった。それを見送り、僕は視線を窓の外へ向ける。
窓には、にやけ面の気持ち悪い僕が映っている。
鏡は自分の内面を映すことがあるという。それなら、今窓に映っている僕は、僕の内面の顔。相葉一樹なのだろうか。
いや。
そんなのは、ただの照れ隠しか。単純に、僕は千堂美月との再会を喜んでいるのだ。彼女といれば、僕が知らない僕の内面を見つけられるかもしれない。そう感じたのだ。あれだけ、情熱や理想ということを馬鹿にしていた僕がだ。所詮は、僕もケツの青いガキということなのかもしれない。
ただ、仮に僕自身にそういう面があったとして、僕はそれをどう受け取るのか。
案外、ドライかもしれない。自分の甘い心に唾を吐くかもしれない。まあ、とりあえずは、見つめてみよう。彼女を通して、自分の中の「自分」というやつを。
千堂美月と庭園で再会した時、僕は放課後に千堂美月と会う約束をした。場所は、再会場所である庭園。三枝は先に帰らせようとする僕の行動に疑問を抱いていたが、六平がそれをなだめ、渋々帰って行った。
僕は六平に礼を言って、庭園の方へ向かった。
陽は傾き、淡いオレンジ色の光が校舎や校庭に色を加えている。庭園に続く廊下を歩いていると、僕の顔をオレンジ色した光が照らす。
庭園に出ると、千堂美月がベンチに腰掛けているのが見えた。僕は近づいて、千堂美月に話しかける。
「千堂美月」
「ああ、相葉一樹」
互いに、少し黙る。
「あのさ」
僅かな沈黙の後、先に口を開いたのは、千堂美月だった。
「なに?」
僕がそう言うと、千堂美月は立ちあがって、僕を見る。
「互いにフルネームで呼び合うのって変じゃない?」
「まあ、確かに」
「じゃあさ、相葉って呼べばいいかな?」
千堂美月は、体を左右に揺らしながら、そう言う。
「出来れば、下で呼んでほしいんだけど」
「あらら。いきなり?」
確かに、いきなり名前で呼んでくれというのは、おかしいだろうか? 下心のある男と思われそうで嫌だな。という事を僕は考えていたが、「うん。分かった。じゃあ、一樹って呼ぶね」
千堂美月は明るくそう言った。
「いいの?」
「いいよ」
「じゃあさ、僕は千堂って呼べばいいのかな?」
「美月でいいよ」
美月は、左右に動くのをやめて、伸びをした。
「こっちが下の名前で読んでるんだし、一樹もそうしたほうがバランス取れるじゃん」
「そういうのって、バランスの問題なの?」
「なの」
美月は、片足でバランスをとるポーズをして、そう答える。
それから僕たちはベンチに並んで座り、話をした。
「面倒事にわざわざ巻き込まれるのって、馬鹿らしいよ。全人口の内、八割の人間が、凡人なんだから。生きていくってだけで十分面倒なのに、わざわざ他の面倒事をしょいこむなんて。バカバカしい」
僕の話をじっと聞いていた美月は、話を聞こえると、少し微笑みながら、「そうかな?」と言った。
「お前はもういざござの外にいるんだ。お前にとって大切なものは何もない」
美月は、芝居がかったような話し方でそう言った。
「なにそれ?」
僕がそう言うと、美月は微笑む。
「ピアニストを撃てっていう映画に出てくる台詞」
「物騒なタイトルだ」
「台詞を言葉として受け取るんなら、この台詞は、一樹にぴったりだと思うけどな」
僕は、微笑む美月から目を逸らし、空を見る。
「間違っちゃいないかもしれないな。確かに、僕はいざござなんてごめんだし。大切なものですって言えるものも、あんまりないし」
美月はベンチから立ち上がり、僕の前に立つ。
「私は、何かを掴むってのは、それ相応の覚悟が必要なんじゃないかなって思うんだよ」
「そうのかな? 僕はよく分からないけど」
美月は僕に背を向ける。風が吹いて、美月の髪を揺らす。
「一樹の何事とも関わり合い無く生きたいってのも、十分重いと思うよ。逆に、そういう生き方をしようとしてる人は、それだけ世の中を敏感に観察してるってことだし」
僕も立ち上がり、美月と肩を並べて立つ。美月の視線は、空に向けられている。
「そうかな? 敏感になってるっていうより、世の中をななめに見てるだけだと思うけど」
美月は目を閉じ、少し間を置いてから、ゆっくり目を開く。
「まあ、一樹とは会ったばっかりだし、分かんないけどね」
「じゃあさ、美月はいざござに巻き込まれてまで、掴みたい大切なものがあるの?」
僕の問いに、美月は答えなかった。何も言わず、ただ立っているだけ。少し踏み込み過ぎただろうかと反省し始め、「変なこと聞いてごめん」と謝ろうとしたが、気になることがあったので、それを聞くことにした。
「お芝居じゃないの?」
「え?」
美月は、少し驚いて僕の方を見る。
「だって、前に会った時、台本持って練習しようとしてたし、お芝居は心で感じるだになんだのっていってたような気がするし」
美月は、前進しながら話をする。
「どうだろう。お芝居は、掴みたい大切なものっていうより、確かめたいから掴みたいっていう方が近いかも。大事なものだってのは間違いないけどね」
僕はそれを追いかけず、美月の背中を見つめる。正面から向き合うと、まっすぐで情熱的なエネルギーを全身から放っているという感じなのに、その後ろ姿は、何故だか悲しげに見えた。




