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再会

 学校の授業というのは、意味があるのかないのかということを論じることがあるが、実際の所、人それぞれで意味のあるなしが変わるというのが真実ではないだろうか。

 例えば、社会に出て、もっと勉強しておけばよかったと嘆く者もいれば、なんだ、やはり学校で学んだことなど、社会ではまったく役に立たないではないかと思う者もいるだろう。そもそも、学校において学ぶべきこととはなんだろうか。一般常識だとすれば、その常識とは何を指すのか。

 数学?

 国語? 

 英語?

 それとも道徳?

 そもそも、何に重きを置くかということ自体、人それぞれで違うのだ。数学がこの世の真理だと思っている人間に、国語は世の真理だと刷り込んだとして、その人は学校で学んだことが社会に出て役に立ちましたと思うことができるだろうか。

 つまり学校とは、「押し付けられるのが当たり前ですよ」ということを、社会に出る前に教えてくれる機関なのだ。人間の一般常識とは、成長していく度、自分ではなく相手が決めたものに変化していく。別に文句を言いたいわけじゃない。そもそも、押し付けられてなんぼの人生だ。押し付けられはするけれど、それなりに自由がきく。マグロのように常に動いていなければならないわけではないし、生存本能がそんなに強くなくても、生きていこうと思えば、なんとなく生きていける。

 そういうものだ。人生なんて。

 だから僕は、自分に期待しない。

 だから僕は、情熱を持たない。

 だから僕は、夢をみない。

 ただ生きて、ただ働いて、ただ食って、ただ寝る。それで十分なのだ。



「面白くない男だねぇ」

 三枝が握り飯をがつがつ食いながらそう言った。

「面白い必要はないだろう」

 僕は学食で購入したたいして美味くない焼きそばパンを食べながら、それに答える。

「でもさ、いいんじゃない? 二木君の生き方も、ワイルドでさ」

 可愛らしい弁当箱に納められたおかずをちまちま食べながら、六平がフォローする。

「ワイルドっていうのは、情熱を持った男にこそ似合うもんなんだよ。こんな斜に構えた男には似合わない言葉さ」

 そう言い終えて、三枝はでかい口を開けて、握り飯を食らう。

 苦笑いする六平を見ると、気まずそうな顔をしながら、笑っている。器用な奴だ。

「それにしても六平。あんたも男なのに、随分とこじんまりとした弁当箱だね」

 ターゲットが変わったらしい。僕としてはありがたいが、六平にとっては不幸以外の何物でもない。

「じゃあ、僕は少し外に出ようかな」

 そう言って、僕は立ち上がる。三枝と六平は、僕のを方を見て、疑問を口にする。

「もう昼休み終わるよ?」

「サボりかい?」

 僕は「授業が始まる前には帰ってくるよ」と告げ、教室を出る。昼休みなので廊下は騒がしいが、そろそろ休みが終了する時間帯なので、生徒たちは教室に戻り始めている。その流れに逆らいながら、僕は廊下を歩き、階段を下りて、庭園に出る。

 考え事をするとき、僕は必ず庭園に出る。

 静かな場所で物思いにふけると、思考がクリアになるというのもあるのだけど、単純に僕はこの場所が好きなのだ。静かで、奥ゆかしくて、孤立した場所。そういう空気感のようなものが、僕は好きなのだ。

 庭園の真ん中に位置するベンチに腰掛け、僕は目を閉じる。どうして僕は、千堂美月という少女を忘れることができないのか。いいことなんてひとつもなかった。それなのに。

 なぜ、彼女と会いたいと思っているのだろうか。

 考えても考えても、答えは出ない。優柔不断だなと自分でも思う。そもそも、ひとつのことをグダグダ考えているこの状況が腹立たしい。千堂美月に再会したら、文句でも言ってやろうか。

「あれ? 相葉一樹」

 幻聴まで聞こえてきた。というか、何故にそっちの姓を知っているのか。

「ちょっと、あんた相葉一樹でしょ?」

 どうやら、相当重症なようだ。早退した方がいいのだろうか。

「ちょっと、相葉一樹」

「うるさいな。聞こえてるよ」

 僕は目を開ける。幻聴だから、目の前には誰もいない。

 はずだった。

「あんたもここの学生だったんだ。学年違うから、全然分かんなかった」

 そう言って、目の前の少女はにやりと笑った。あの時と何も変わらない顔だった。

「千堂美月……」

 僕はそう口にする。本当に、彼女なのかどうかを確かめる為に。

「なに? 私の顔に何かついてる? って古いかなこの返し」

 僕はベンチから立ち上がり、彼女の前に立つ。

「ここの学生だったのか?」

「それ以外にないでしょ? 制服着てるんだし。一年後輩だから、敬語使った方がいいのかな?」

 再会出来て心に湧きあがったのは、認めたくないが、嬉しさだった。

 どうやら、これはかなり重症らしい。

 そうだ。それよりも。

「何で、相葉って」

 何故、僕の母さんの姓を知っているんだ?

「何でって、相葉一樹が自分で名乗ったじゃない。自分は相葉だって」

 無自覚だった。破天荒な彼女のせいで、僕は自分の心にしまってある本心を垣間見せてしまったらしい。なんたる不覚だろうか。もっと気をつけるべきだった。

「なにか事情あり? それなら、北村って呼ぼうか?」

「なんで役名なんだよ」

 僕がそう返すと、千堂美月は楽しそうに笑う。何故だかわからないけど、いじられているのに悪い気がしない。感情をストレートにだして、破天荒。僕が苦手なタイプであるはずの女。千堂美月。三枝に感じるものと同じものだろうか? つまり、自分と対比して、その生き方に興味を持つということだ。

 違う。

 あきらかに違う。興味という部分は共通するかもしれないが、僕が千堂美月という女に感じているものは、もっと違うなにかだ。僕はそれがなんなのか確かめたい。

「いいよ」

 僕は小声でそう言う。千堂美月は「なにが?」と返す。

「相葉でいいよ」

 僕は続けて小声でそう言った。千堂美月は「そっか。分かった」と返す。

 昼休み終了のチャイムが鳴る。憂鬱な授業が再開されるというのに、不思議と僕の心は穏やかだった。



           ※



 ペンを走らせる作業を中断して、僕は伸びをする。

 椅子から立ち上がり、本棚にしまってある台本を手にして、ページをめくる。この台本が、僕と千堂美月との出会いのきっかけだった。そう思うと、なんだか愛着が湧く。

 窓を全開にして、外の空気を入れる。そうして、再び椅子に座り、僕はペンを走らせる。

 千堂美月との出会い、そして再会。

 これから、少しずつ、僕は色々な経験をしていくことになる。

 それらひとつひとつを思い出しながら、僕は続きを書き始めた。

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