『お』
スキルの欄に有った伏字の先頭の文字が「お」というのは、俺が望む師匠の転生がようやく成されたのかもしれないと思うと感慨深い。
もちろん、まだ違うスキルの線が消えたわけではないけれど、一つだけ確かなことは、このスキルが「ひらがなスキル」である可能性が非常に高くなったということ。
これまで数多くのスキルが俺に生えたけれど、普通のスキルで、【灯り】のように送り仮名でひらがなが含まれたり、あるいは全体がカタカナの表記は見たことがあるけれど、先頭の文字にひらがなが含まれるスキルは、一度も見たことがない。
そして――
(芸術家、だろうな……)
状況は、職業の欄の新しい伏字が「芸術家」であることを指し示していた。
ただ、なぜ伏字で現れたのかが分からない。「勇者」の職業はそのままだから、セシリアは二つの職業を持つことになるのだろうか?
『【かんぱ】、ちょっといいかな』
俺は【かんぱ】を呼び出して確認することにした。
『是、なんでしょうか?』
『【かんぱ】、職業を二つ持つことってできるのかな?』
『否、職業は必ず一つしか持てません』
『【かんぱ】、なぜ、セシリアの職業の欄に、カッコつき、伏字で二つ目の職業が現れたんだろう』
『是、職業は、変わることがあります。可能性としては、その途中経過なのかもしれません』
なるほど。
【かんぱ】は、過去のアカシックレコードを参照して答えを導き出している。俺の知識は、【かんぱ】が実行していることは、地球のAIと酷似していることを教えてくれている。
地球のAIに質問したときの答えも、Web上にある情報の集積だ。Web上にアップロードされていない情報は回答にすることができない。
それと比較すると、集積された情報の中から近似値と思われる回答を導き出せる【かんぱ】の方が優れているように思るけれど、いずれにしても「可能性」は可能性でしかない、ということだ。
『【かんぱ】ありがとう』
『是、どういたしまして』
嬉しそうな【かんぱ】の声を聞くと、本当は生命体なんじゃないか、ってどうしても思ってしまう。【かんぱ】は違うというけれどね。
まあいい。
俺は立ち上がって、セシリアと真っすぐに向き合った。
思えば、こうしてすぐ側で向かい合うのは初めてだったかもしれない。
今の俺の肉体年齢は17歳。セシリアと同じ年齢だ。
見下ろす感じになっているから、どうやら俺の方が少しだけ身長は高いようだ。
セシリアが、恥ずかしそうに俯いた。
俺はセシリアの手をとり、両手でそっと包んだ。
「俺は――遥か昔、この手から大切なものを零してしまったことがあるんだ」
セシリアは俺の顔を見上げた。
「もう、ものすごく長い時間、その零してしまった何かを俺は探している」
「その何かって?」
「それは――」
(あ……!!)
真っすぐに俺を見つめるセシリアの瞳が細かく揺れて不安そうにしているのが分かった俺は、師匠の転生体を探し求めていたこと、そしてセシリアがその転生体じゃないかって思っていることを伝えようとして、あることに気がついた。
そう。
セシリアが師匠の転生体だったとして、その魂が今、まだセシリアの体の中で眠りについているとして、もしも覚醒したら、今のセシリアの魂はどうなるのだろうか?
もしも、セシリアの魂と師匠の魂が、一つの体の中に共存しているなら、師匠の魂が覚醒したらセシリアの魂は失われるか、あるいは眠りにつくのではないだろうか?
あるいは、セシリアの中にある魂は師匠の魂で、その魂が今は、セシリアと言う人格を伴っているだけなのだろうか?
慌てて【かんぱ】を呼び出す。
『か、【かんぱ】、例えばセシリアが師匠の転生体だったとして、今のセシリアは師匠の魂がセシリアとして育ったのか、それとも師匠とは違うセシリアという魂なのか、どっちなのか分かる?』
『是、セシリアの魂です』
『【かんぱ】、じゃあ、一つの体に、二つの魂が共存するってこと?』
『是、複数の魂が同時に一つの体を共有することはあります。ただし、その体の中で覚醒できる魂は一つだけです』
『【かんぱ】、もしもセシリアの体にセシリアの魂と師匠の魂が共存していたとすると、師匠の魂が目覚めると、今のセシリアの魂はどうなる?』
『留、眠りにつくか、解放されるかのどちらかです』
『【かんぱ】、解放とは?』
『留、転生するか、終わりの時を迎えるか、です』
『【かんぱ】、セシリアの場合、どちらになる?』
『是、輪廻転生を繰り返すか、解脱するかは、特定のスキルを使ったケースなどを除き、定められていません』
(くそっ!!!!)
俺は、考えていた通りの回答に、心の中で思い切り悪態をついていた。
【かんぱ】が言った、終わりの時が「解脱」を示すなら、その魂は輪廻転生の輪から外れる、ということを意味しているはずだ。
セシリアが望んでいる答えは、何らかの形で俺がセシリアを求めていた、という回答のはずだ。
だが、その根本に、実は、自分の中に眠るもう一つの魂を俺が求めていることを知ったとき、セシリアは何を感じるだろうか?
不安?
混迷?
拒絶?
分からないが、少なくとも許容ではないように思う。自分の存在が否定されるのだから。
いや、仮に彼女が許容したとしても、それを俺が許諾することはできない。
もしも、師匠が俺がその選択を選んだことを知ったなら、どう思うだろうか?
もしも、俺がその選択を選んだ結果、セシリアの魂が失われるか眠るかしたとき、師匠はどう思うだろうか?
きっと師匠は、哀しい表情で笑みを浮かべると思う。その笑みは、俺の心を間違いなく抉ることになる。
何より、まだ短い時間だが、俺はセシリアを知ってしまった。もう、それをなかったことにすることなど、できやしない。
さっき――
迷宮から外に出た時、俺は【並列思考】のスキルを使って、セシリアに俺のことをどう伝えれば良いのかを【かんぱ】と共に考えていた。
その結論は、セシリアを否定するようなことは伝えない方が良いだろう、だった。
そして、俺が師匠の魂を目覚めさせることは、そのセシリアを否定することにつながる。
【並列思考】で【かんぱ】と話し合っているとき、なぜ、この魂の共存について尋ねなかったのかを俺は悔いていた。
いや、違うか。
仮に尋ねていても、そこから導き出される答えは今と変わらない。
俺は意を決した。
「――ごめん。今はまだ、伝えられないんだ」
「そう……」
少し、悲しそうな表情を浮かべるセシリア。
(くそっ!)
隠している理由は、その相手を不安にさせることを俺は知っていた。
そういう場面はこれまでに幾度も経験したからね。
俺は、違う提案をすることにした。
「セシリア、自分のステータスを確認してもらっていいかな?」
「ステータス? 私の?」
「そう」
すると、セシリアは「分かったわ」と言って空を見上げた。
「あっ!」
たぶん、職業欄が二つになっていること、そして伏字の一部が明らかになっていることが分かったのだろう。
「これって……」
「そう、今、俺が詳しい事情を話すと、その伏字の部分が正しく明かされなくなるかもしれないんだ」
「…………」
「だから、俺が零してしまった何かを話すのは、正しくそのスキルの伏字が明かされる時まで待って欲しい」
「職業のところの伏字はいいの?」
「うん。それはもう分かっているから。たぶん」
「このスキルの伏字って、私が生まれた時から変わることがなかったわ。最初の文字は『お』だけれど、これから明らかにされていく、ってことかしら?」
「うん。俺はそう思っている」
「………………分かったわ。じゃあ、待つ」
少しの時間、何かを考えていたセシリアは、やがて踏ん切りをつけたように笑った。
その笑顔は、俺にとって少しだけ眩しかった。




