不測の事態とは?
「偶然じゃないとしたら?――」
俺が、躊躇いを見せると、セシリアがあっさりと答えを口にする。
「必然? 人災?」
「……どうだろう?」
俺も、あまり偶然とは考えていない。
だが必然としたなら、必然の原因が「人」にあることは容易に想像できる。
そして、人が原因なら、その理由は悪意に覆われているとしか思えない。つまり、今、セシリアが言ったように、「人災」と考えるのが自然だろう。
ただ、これが人災とするなら、誰がこれを引き起こしたのかが分からない。
もしも、この地にこれを招いた誰かがいたなら、瘴気の中で息絶えているはずだ。
そしてこの地にいない誰かが、この状況を作り出したとしたなら……これで終わりでない可能性がある。
俺が心配したことをどうやらセシリアも分かったようだ。
「ただ人災だとしても、想定外の要因が起きていると思うわ」
「想定外の要因、って?」
「ルイよ」
「俺?」
思わず俺は、指で自分を指していた。
(俺が何かしたっけ?)
少なくとも、俺はこのスタンピードの終焉に対して、何もできていない。
ただ終わったことをこの場で確認したに過ぎない。
「だって……ルイは、もう一つのスタンピードを止めたと思うの」
「もう一つのスタンピード?……なるほど」
そうか。確かに、迷宮内で起きていた魔獣の異常発生が、どこかのスタンピードだったとしたなら、そのスタンピードが地上に溢れることを俺は阻止できたことになるのかもしれない。
「もしも、この状況を誰かが悪意を持って引き起こそうとしたなら、幾重もの保険を打っていたんじゃないかしら」
「そうか……三つのスタンピードをこの地で引き起こすことで、どれか一つが何かを引き起こせばよいと考えていたということ?」
「ええ。もしもそうならば、もうすでに達成されてしまったと言っていいのかもしれないけれど……」
今、セシリアが言ったスタンピードの終焉をこの地で引き起こすことが目的だったなら、それは達成されたと言って良い。
確かに、他の場所から転移でスタンピードを招きいれる、という方法は不測の事態が起きやすいことだと言える。
実際、俺たちはアンラビフォン迷宮内で魔獣たちの討伐を続けてきたが、最初にポイズンドラゴンが出現してから7日が過ぎても、スタンピードボスが出現することがなかった。
たぶん、設定されていた転移ポイントのようなものを、スタンピードボスが踏まなかったか、現地で誰かが討伐に成功したか、といったような理由だと思うのだけれど、いずれにしてもそれは、この地にスタンピードを招き入れようと画策した人物にとって、不測の事態であることは間違いないだろう。
「でも、あれよね。もしも目的が達成されてしまったとしても、これから起きるアンラビフォン迷宮のスタンピードが自然に収まるということにはならないわよね」
「たぶん」
「ねえ、ルイ」
「何?」
「もしも、これからアンラビフォン迷宮のスタンピードが発生したら、どうなると思う?」
そう、それは俺もいろいろと考えていた。
【かんぱ】にも尋ねたが、過去に事例がなければ答えは導き出せないと言われた。ただ、答えではなく、推測は教えてくれたが。
問題は、魔獣たちにとって瘴気はドーピングの働きがある、ということだ。
もしもこの瘴気の海で魔物や魔獣が泳ぐようなことがあれば、不測の事態が起きかねない。
「考えなければならない不測の事態は、スタンピードで発生した魔獣たちが瘴気の影響をどう受けるのか、ということだと思う」
「瘴気の影響、ね」
「うん。スタンピードの魔物や魔獣たちが、迷宮の外に出ると、魔素の供給ができずに活動を停止する、ってことは知っているよね?」
「ええ」
「スタンピードが終焉を迎えた禁則の地は瘴気に溢れているけれど、その中では魔物や魔獣が確認されていないってことも知っている?」
「ええ」
「たぶんだけれど、禁則の地にはアンデッドが現れるから、魔物たちがこの地を好まない、ということはないと思うんだ。しかも、出現したアンデッドたちは時間が経てば経つほど成長して強力になっていくから、瘴気は魔物の成長要因の一つなんだと思う」
「成長要因?」
「そう。他の大陸で研究された報告の中で、瘴気が魔物たちの成長を強力に促進させるというものを読んだことがあるんだ」
「瘴気が魔物を成長させる?」
少しセシリアの目の入りが変わったのは、「他の大陸」という言葉を聞いたからだろう。ただ、あとで話すといったからか、尋ねてはこなかった。律儀だ。
「うん。ただ、強力な成長要因とは、魔物たちにとっても大きな負荷がかかるから、瘴気を吸収した魔物たちは強力になる代わりに自滅に向かったらしい」
「ということは、もしもアルファクラスのスタンピードで発生した魔獣たちが、迷宮の外に溢れている瘴気の中に出現したら、さらに強くなるかもしれないってこと?」
この研究は、他の大陸の隔離された島で実際に行われて、そしてその島は消滅したことが分かっている。
「うん。SSSランクの魔獣たちはさらに強化されて、その研究ではEXランクの魔獣が誕生したことが確認されたんだ」
「EXランク? そんなランクがあるの? それって、どれくらいの強さの魔獣なのかしら?」
「各ステータスは、500万を超えたらしい」
「500万!!」
セシリアが固まるのも無理はない。
ついさっきまで戦っていたSSSランクのポイズンドラゴンですら10万には到達していないのに、それを遥かに凌駕するステータスは想像外なんだろう。
ちょっと、俺の本当のステータスを言うのは考えた方が良いのかもしれない。
俺は急いで、【並行思考】のスキルで検討しているもう一人の俺の思考に、このことを追加して検討するように指示を出した。
これでいいか。
「――それと、その強化された魔獣が自滅するまでの時間は一か月。その研究は島だったことと、海を渡る手段を持たない魔獣を強化したからよかったけれど、もしも大陸内に侵入していたら、一か月あれば大陸全てが蹂躙されていても不思議じゃなかったみたい」
「そ、そうね。500万ものステータスなら、今の私が【限界突破】を使ったとしても、手も足も出せそうにないわね」
そんなことはない。
迷宮内の時のように、俺が協力して、【さげる】のスキルを使って弱体化させるか、【ふやす】のスキルを使ってセシリアのステータスを爆上げさせれば、なにも【限界突破】を使わなくても、簡単に討伐できるんだけれどね。
今は言わないでおこう。
「――俺が心配しているのは、そのことかな」
「だからさっき、アンラビフォン迷宮のスタンピードは討伐したい、って言ったのね」
「うん。もしも、数百万のステータスを持つ魔獣が出現したら、この大陸が危機に陥ることになるからね」
「……もしも、これが人災なら、計画した人はEXランクの魔獣の出現も考えていたのかしら?」
「どうかな。この大陸にはいろんな種族の人、国の中でいろんな考えを持った人がいるから、それこそ宗教を含めてだけれど……もしも今回のことが人災だとすると、大陸を滅亡させるような魔獣が出現することを考えていたとしても不思議じゃないのかもしれない」
セシリアはブルブルと小さく身を震わせた。




