1,000倍
「そういえば……私が寝ていた丸一日は、ルイが倒していたのね」
「……い、一応」
「ふふふ、困った顔をしなくても大丈夫よ。もうルイが私よりも強いことは分かっているから。今度、教えてくれるんでしょう?」
「……はい」
「ルイ、ありがとう。私は、あなたに感謝しているのよ」
「え? 感謝?」
「そうよ。だって、たった数日でこんなにレベルアップしたんだから」
そして、セシリアは自分のステータスを確認していた。
「今では、レベルも150に到達したわ。ステータスも15,000を越えたから、今ならルイの力を借りなくても、ブラックディアを討伐できるんじゃないかしら?」
(そうか……)
セシリア自身が、自分のレベルアップを望んでいるなら、俺はさっき新しく生えた【けいけん】のひらがなスキルは、やはりセシリアに使うべきなんだろうな、と思った。
今の時点で、それが必要になる理由は分からない。
だが、今セシリアをレベルアップさせて困る理由は、もっと思いつかない。
「セシリア様」
「どうしたの、ルイ?」
「実は、さっき新しいスキルが生えたんです」
「新しいスキル?」
「はい。それをセシリア様にかけたいのですが、いいですか?」
「いいわよ。お願い」
普通は、名前も言わないスキルを使っていいかと聞かれれば、何のスキルを使うのかを尋ねるべきなのに、あっさりと承諾したことに、俺は少し驚いた。
「……なんのスキルを使うのか、聞かないんですか?」
「だって、ルイが私のために必要だと思うから、使おうとしてくれているんでしょう?」
「ええ、まあそれは」
「だったら、私が使ってもらうにはその答えで十分」
ニコリと笑うセシリア。ずるい。
まだ出会って一週間も経たないのに、こんな全幅の信頼をおいていることを示すような笑顔を見せるなんて。
ただ、そんなセシリアの様子に、俺の心はむずがゆくなるのと同時に、ほんのり暖かみも覚えていた。
「分かりました。これからセシリア様にかけるスキルは――【けいけん】です」
「けいけん?」
「!!」
(くそっ!)
目を丸くして首を傾げるセシリアの姿がとてつもなく可愛いと思えた俺は、一瞬戸惑ってしまった。
「……え、ええ。セシリア様が魔物たちを倒した際に得られる経験値を増やすことができるスキルです」
「経験値を増やすと……レベルが早く上がる、ということ?」
「そうです。セシリア様が得られる経験値を1,000倍に増やしますので」
時間を考えれば、最大の効率を求めるべきだろう。俺は、最大限の1,000倍を提案した。
ひらがなスキルの良いところの一つに、こういった選択ができる項目がある場合、最低と最大のどちらを選ぼうと、その負荷は何も変わらないということがある。
普通のスキルだったら、例えば★5のスキルを最大の効力で発動させるためには何千という魔力が必要になったり、スキルの効果が終わるとクールタイムが発生したりすることがある。いわゆる最大限の力で使うには代償を要求されるということだ。
だが、ひらがなスキルの場合には、そういったことがない。
今回の【けいけん】で言えば、2倍を選択しても1,000倍を選択しても、必要な魔力は1。有効期間を1時間に定めても、最大の100日間に定めても同じく必要な魔力は1だけ。
スキルを発動する俺も、スキルを受けるセシリアも、どんな選択をしようとその代償とでもいうべき負荷が発生することはない。しいて言えば、俺の魔力が1だけ減ることがその負担か。
もちろん、俺の兆を超えている魔力の場合、1の魔力が回復する時間は1秒未満。負担とは言えないだろう。
「経験値が1,000倍? それって凄いことなのね?」
不思議そうな顔をするセシリア。
そうか。この世界では、前の地球のゲームであったような次のレベルに上がるために必要な経験値が示されるわけではないんだった。
大まかに、レベルが上がれば上がるほど、次のレベルに上がりにくくなること、ある程度レベルが上がると、弱い魔物だけを何匹倒してもレベルが上がらないことは分かっているようだけれどね。
まあ、俺の【かんてい】で見ても、次のレベルアップまでに必要な経験値というのが表示されることはないし、魔物を倒した際に、どれだけの経験値が得られたのかも表示されることはないから、あくまでこれは俺の感覚上の話だ。
ただ、【かんてい】で【けいけん】を調べると、「経験値」と書かれていたし、魔物ごとに異なる経験値が、レベルアップに関係していることは間違いないはずだ。
「はい。そうですね、簡単にいえば、もしもこの階層で戦い始めた当初に、セシリア様の経験値を1,000倍にできていれば、おそらくレベルは1,000前後まで上がっていたと思います」
「え!? 嘘! ということはステータスも……?」
「ええ。100,000が見えていたと思いますよ」
今度は絶句するセシリア。
まあ、気持ちは分かる。ステータスが100,000に達したなら、少なくともこの大陸では一番の強者と名乗っても不思議ではないのだから。
何十年とかけて到達できるかどうか分からない頂に、たった数日でいけたかもと聞けば驚くのも無理はない。
「ちなみに、これから二日間、【けいけん】のスキルを使って戦えば、その数値に近づきますよ」
そう、仮に高レベルになって、次のレベルへの経験値が倍加したとしても、そこで到達できないレベルはたいていの場合1でしかない。あくまでゲームの設定だけれど。
ただ、70万の魔物たちと30万の同じ魔物たちから得られる経験値の差が、せいぜい倍でしかないこと、さらにおそらくこの後、最終ボスが現れれば、そこから得られる経験値はその40万の差を埋めれる可能性があることを考えれば、あながち大げさな話ではないと俺は思っていた。
口をパクパクさせているセシリア。
たぶん、何かを言いたくて、言えなくて困っているのだろう。
「僕も得られる経験値を1,000倍にした場合に、どれだけレベルが上がるのかを細かく知っている訳じゃありませんから、今、話したのは可能性としての話です」
「そ、それでも……」
「まあ、とにかくやってみましょう。いいですね?」
目を大きく見開いたまま、黙ってコクコクと、頷くセシリア。
「じゃあ、スキルをかけますね――【けいけん】!」
セシリアの体を、白い光が包み込んだ。




