待て待て待て……
俺が一人で戦い始めて24時間が経過した。
結局、新しく生えた【けいけん】のひらがなスキルが必要になるケースと言うのは思いつかなかった。
まあ、これは仕方ない。今、生えることが必要だったなら、あまり時間をおかずにその理由が明らかになるはずだ。ポイントは、俺が必要としているのではなく、セシリアに関係している可能性が高い、ということか。
ゴソゴソ
俺の背後のテントで、セシリアが動き始めた気配を俺の【まっぷ】が拾った。
【すいみん】のスキルの効果が切れて、起きたようだ。
テントは防音なので、「ゴソゴソ」という音は、俺の脳内が勝手に変換した音に過ぎないが、なんとなくセシリアが大きなあくびをしている姿が思い浮かび、俺は可笑しくなった。
(これが、普通のキャンプデートだったらなぁ……)
デートを口にできる関係に進展したわけでないのに、他愛もない思いが浮かんできて、少し恥ずかしさを覚える。
空には、太陽が変わらず天頂から俺を見ている。迷宮内の物体に意思があるはずなどないのに、なぜか「フッ……」と笑われたような気がした。
ちくせう。
現在、迷宮の中は全ての階層から冒険者がいなくなった。今、残っているのは俺とセシリアだけ。
元々、バトルシープのことがあったから、4階層より下に冒険者はいなかったからね。
伝言を頼んだ「疾風の旅路」のパーティは、しっかり仕事をしてくれたようだ。
まあ、SSSランクの魔獣であるポイズンドラゴンが闊歩している迷宮を探索したいと思う冒険者などいないか。
勇者小隊からの連絡員も今のところ現れていないから、地上でも問題は起きていない、と思いたい。
セシリアは、アルバートのことを気にかけていたが、父親代わりに育ててくれた人らしいので会えないことが寂しいのかもしれない。
いくら勇者という肩書を持っていても、セシリア自身はまだ、俺から見れば17歳の少女と言ってよい年齢なのだから。
ということで、今、この迷宮で俺は、セシリアと二人だけの秘密のなんちゃらといった感じに――――は、もちろんなっていない。
こんな余計なことが思い浮かぶということは、丸一日、魔力弾を放っていただけなのに、どうやら俺の脳みそは眠たがっているのかもしれない。
いろいろ考えていると、背後に、セシリアがテントから出てきた気配を感じた。
「ルイ……」
「セシリア様、体調はどうですか?」
頼りげない声を聞いた俺は、眠らせたときのシーンを思い出して少しおかしさを感じながら振り返った。もちろん、真剣な表情をは保っておく。
僅かに頬を赤らめたセシリアの姿は可愛い。
まだ起きたてのせいか、服装は軽装だ。
鎧を着ているのでは快適に寝られないだろうと脱がせたのだが、あまり気にしていないようだ。よかった。気がついていないだけかもしれないけれど。
ちょうど、魔物たちが出現するクールタイムに入ったから、これからしばらくは時間がある。
念のため、【まっぷ】に何かが表示されたらすぐにわかるように設定しておこう。
うーんと伸びをしてからセシリアは、俺の横に並んだ。
「はぁ……気がついたら朝、って感じね。よく眠れたわ。おかげさまで、今は絶好調よ。私はどれくらい寝ていたのかしら?」
「ちょうど24時間です。今は6日目に突入しました」
「もう。女性を勝手に眠らせるなんて犯罪よ、ルイ」
少し頬を膨らましたセシリアだったが、目は笑っているから怒ってはいない。
どうやら、自分が俺に眠らされたこと、そしてその眠らされた理由が精神の疲労が溜まっていたから、という自覚はあるようだ。
(それにしても……)
めっ。と言っているその表情を見ると、逆に、俺への接し方も一段と気安いものへと変わったように思う。
ちょっと嬉しい。
でも、一応謝っておこう。
「すいませんでした」
「いいわ。私のためだったんでしょう? ありがとう。それよりもルイ」
「はい、なんでしょうか?」
セシリアの目が、少し光ったのが分かる。
「こんな格好にしたのに、何も手を出さなかったようだけれど……私は魅力がないかしら?」
「ゑ?」
鎧を脱がされたことに気がついていたのか。
冗談で言っていることは分かっているはずなのに、思わずドキリとした。
どう答えようかと考えていると……
「ふふふ。ルイも、そんな表情をするのね」
ニコリと笑ったセシリアは、迷宮の中で戦闘中にも関わらず、俺にはまるで女神のように思えた。
「…………」
あまり揶揄わないで欲しい。
俺は、顔が赤くなっていないことを祈りながら、平然とした口調を意識して答えた。
「……とにかく、ここは僕に任せてください。それよりもまずは何か食べてきてください。テントの中に用意してありますから」
「そう? じゃあ、甘えさせてもらうわね」
そして、セシリアは素直にテントへと戻っていった。
■□■□
食事と朝の支度を終えたセシリアが、大きく伸びをしてからやってきた。
着替え終わった白い鎧姿は、セシリアをいっそう洗練された戦士のように見せている。きれいだ。
凛々しい瞳を、魔物たちが出現する地点に向けている。今はクールタイム中なので、魔物たちが転移してくるサインである黒い渦は現れていない。
「そういえば……魔物たちの数は変わらない感じかしら? ボスのような魔獣は現れた?」
「そうですね。今のところ増えても減ってもいないようです。SSSランクの魔獣も、ブラックディア以外の姿はないですね。スタンピードボスのような存在は確認できていません」
スタンピードの最終ボスは、「スタンピードボス」と呼ばれる強敵だ。アルファクラスのスタンピードの場合は、ステータスが10万に近づくことになる。ちなみに、スタンピードボスは普通は一頭だけだ。
SSSランクのブラックティアは、これまで毎回、一頭が現れていたからボスではない。
だが、セシリアの疑問はボスとは違うところにあったようだ。考えた表情のまま俺に問いかけてきた。
「さっき起きた時にふと思いついたんだけれど…………スタンピードって、迷宮から溢れた魔物たちは討伐できなくても7日目に消滅するわよね?」
「そうですね。瘴気を残すので、討伐は必須ですが」
「でも、もしこの異常状態が、どこかのスタンピードを起こした迷宮内に繋がっているのなら、いまだに魔物や魔獣たちが現れているのはおかしいんじゃなないかしら?」
「え? おかしい? スタンピードが発生したばかりのときにここに繋がったなら、7日は続くのが普通だと思いますよ」
「スタンピードで迷宮から魔物が溢れることが、7日間も続くことってあるの?」
「それは……」
(!!!! 待て待て待て待て待て……)
セシリアの言葉に、俺はハッとた。




