エイエイオー
バトルシープやポイズンドラゴンが出現した地点から20ヤドほど手前の地点に、俺は転移した。
ドドドドドドド
地面が揺れて、砂煙が近づいていくるのが見える。
考えてみれば、天頂から太陽がピクリとも動かない階層もある迷宮内なのに、地面が揺れているのは不思議な気もするが、深く考えてはいけないのだろう。
魔物や魔獣の数が多いので、砂煙の前にその姿がはっきりと見えている。
中央のひと際目立つ巨体は、ブラックディアだ。
ポイズンドラゴンよりも一回りは大きい体に、巨大で立派な角が乗っかっている。その角は黒い雷が、放電しているようにバチバチとしていた。
見るからに、強そうな魔物だ。
真っすぐにこちらに走るその姿を見ると、ヒトが対峙できるものとは思えない。
そのブラックディアが、この群れの中でボス的な強さなのに先頭に立っているのを見ると、戦闘狂のように思えるのは俺の考え過ぎ?
距離はまもなく10ヤドに迫ろうとしている。
「不思議ね。私の手にあまる敵のはずなのに、平常心でいられるなんて。ルイ?」
少し達観したかのような表情を見せるセシリア。
「はい、なんでしょう?」
「私に何かバフをかけたかしら?」
「さっき、攻撃力をアップさせるバフは【ふやす】を使ってかけましたが、精神力に対してはかけていません。たぶん、少し前にかけた【まもる】のスキルの効果が、まだ続いているんだと思います」
「【まもる】って守るでいいのよね?」
「はい」
【まもる】のひらがなスキルは、かけた対象を全ての事象から守る効果がある。そして、その効果は基本的に、セシリアのステータスではなく、スキルをかける俺のステータスに依存する。
つまり、防御力、精神力が57兆もの値を示す俺のステータスを参照にしている以上、目の前に迫っている敵のどんな攻撃も通ることはない。
いや、どんな攻撃も、は言い過ぎか。
防御力、精神力の値に関係ない攻撃方法ならば、通される可能性はあるが、俺がこの世界に来てから、そんな攻撃は見たことがない。
少なくとも、今、目の前にいる魔獣たちには、そんな攻撃方法がないことは【かんてい】で確認済みだ。
「まあ、いいわ。作戦は?」
「蹂躙です」
俺は笑いながら、セシリアに答えた。
「蹂躙?」
「さっきと同じ方法ですよ。動けなくして弱らせます。倒してきてください」
「そ、そうなのね」
少しセシリアが引きつったように見えるのは気のせいだろうか?
手に余る敵と言ったのに、蹂躙してきてと言われたので戸惑っているのかもしれない。気持ちは分かるけれど、慣れて欲しい。
「さっきよりも、少し距離を取ります。2ヤドで止めますから!」
「分かったわ」
セシリアが剣を抜くと、大きく息を吐いてから構えた。
「いつでも大丈夫よ!」
「分かりました! 【ていし】!」
ドン!!
魔物たちが一斉に停止し、大きな衝撃波が音となって聞こえてきた。
俺は、同時に【さげる】を使って、敵の「防御力」のステータスを1/100に下げておく。
すると――
セシリアの姿が消えた。【縮地】のスキルを使って飛び出したようだ。
地球の特撮映画のように、敵の前に一瞬だけ現れて剣を揮い、次の瞬間には次の敵の前に移動するといった神がかったようにみえる動きで、セシリアは次々と敵を葬り始めた。
「ギャーッ」
「グェーッ」
「ギャギャッ」
「ガガガ」
魔物や魔獣たちの悲鳴が交錯する中、セシリアの姿は、演舞を舞う美しいヒロインのように見えた。赤だけでなく、青や黄色の血飛沫が舞うその光景は、現実とは思えない。だが、非現実な舞台での舞なのに、なぜか狂気は感じられなかった。
やがて――
舞い終わったヒロインが戻って来た。
汗ひとつかいていない。
「どうだったかしら?」
頬が紅潮しているのは、幾度ものレベルアップによる高揚感から来ているのだろう。
念のために、鑑定してみようかな。
(こっそり【かんてい】――――おお……)
名前:セシリア・ド・フローレス
種別:人族
年齢:17歳
性別:女
職業:勇者
レベル:118
攻撃力:11,062
魔力 :9,737
防御力:10,565
精神力:10,354
運 :81
スキル:【剣術(★★★★★:剣聖)】、【回復(★★★)】、【縮地(★★★★)】、【耐性(★★★)】、【灯り(★★)】、【集中(★★★★)】、【限界突破】、【■■■■】
レベルが11も上がっている!
ステータスも、魔力を除いて10,000台に突入したし、なかなかの成果なんじゃないかな。
「運」のステータスに変化はないけれど、これは俺がおかしいだけなことは分かっている。スキルも、次に変化が現れるとすればレベルが120に到達したときだし。
できれば、【■■■■】の伏字の部分が、一文字でも現れるとよかったのだけれど、まあいい。
「お見事でした! セシリア様!」
「そ、そうかしら……ありがとう」
紅潮した頬が、今度は真っ赤になった。可愛い。
「じゃあ……この感じで頑張りましょう」
「え?」
「やっぱり、これは他の迷宮のスタンピードにつながったんだと思います」
「そ、そうね?」
「ということは……最大7日間、ボーナスタイムが続きますよ!」
「る、ルイ……もしかするとだけれど……」
「ええ、このまま、この余計なスタンピードを終わらせてしまいましょう。スタシーの街の人も喜びますよ」
「そ、そうかしら? というか……7日間も持つかしら?」
少し心配そうな表情になるセシリア。
「ああ、大丈夫です、セシリア様。一週間くらいなら不眠不休を続けられるスキルがありますから」
「え? そ、そうなのね」
引きつった笑みを浮かべないで欲しい。
それに本気になれば、セシリアならスキルを使わなくても一週間戦い続けることはできるはず。もちろん、パフォーマンスは落ちるだろうけれど。
「じゃあ、頑張りましょう!!!」
エイエイオー、と言った感じで俺が片手を上げると、セシリアは困った表情で恐る恐る手を上げていた――




