キーマン……?
「ルイ、少しだけ私の話を聞いてくれない?」
「……はい」
【まっぷ】で、周囲の状況は確認しているから問題はないが、ポイズンドラゴンが現れた地点の調査に行くのと、セシリアの話を聞くのと、どちらを優先すべきかを考えた俺は、真剣に俺を見つめるセシリアの瞳を見て、後者を優先することにした。
「今回のスタンピードがアルファランクであることは、聖女様が予知されたの」
「はい」
【かんぱ】に聞いたから、それは知っている。
「そして私は、そのアンラビフォン迷宮で発生するスタンピードの対処を行うことを国王様に命じられたんだけれど…………その時、不思議な感覚を覚えたの」
「不思議な感覚、ですか?」
「ええ。この大陸で発生したアルファランクのスタンピードは、記録に残されている中で人族が攻略できたことは一度もないわ。だから、スタンピードの対策として行われる異世界の人を呼ぶ召喚も今回は見送られることになったわ」
「…………」
俺は、思わず黙り込んでしまった。
スタンピードの対策で異世界から召喚された俺は、どうリアクションを取るのが良いのだろうか?
だが、セシリアはそんな俺の様子を気にすることなく話を続けた。
「だから、国王様からの攻略できないスタンピードを対処するようにという命令は、私にとっては『死』を意味していたわ」
「……そうだったんですか」
「でもね、国王様からスタンピードの討伐を命じられた時、私が感じたのはなぜか『死』ではなく『生』だったわ。なぜ『生』を感じたのかが私には不思議だった」
「死ではなく生、ですか?」
「ええ。私は嫡子ではなかったから、勇者の肩書を手に入れた時、家を繋ぐことよりも家の格を上げることを期待されたことは分かっていたわ。父が私に期待していたのは、生還することではなく、ただ任務をしっかり果たしてくることだけだということも」
少しだけ寂しそうな表情を見せるセシリアを見た時、かすかな哀愁を感じた。
貴族社会において嫡子と非嫡出子の間で起きる悲劇を――いや、喜劇をこれまで幾度も見てきた俺にとって、彼女が抱えていた苦悩はなんとなく感じ取ることができる。
もちろん、その苦悩の深さは当事者以外には分からないが、それでも喜劇の舞台に立たなくてもよいことが、安堵につながるぐらいの知識は持っている。
「なぜか、国王様からの王令を拝命したとき、私はあるものが思い浮かんだわ」
「あるもの?」
「そう。それは――『運命の扉』が私の前に現れたことが分かったの」
「…………」
「ええ、分かっているわ。それが私の妄想に過ぎないと言われることは。
でも、生存が許されないアルファ・クラスのスタンピードに向かわなければならないことをいくら考えてみても、私の前に浮かび上がるのは『死』ではなく、『生』だったの。そして、その『生』は、私の前に現れた『運命の扉』を開いた先にあることも、なんとなくだけれど分かっていたわ。だからね、ルイ」
「はい」
「ルイは…………」
なぜか、セシリアは言い淀んだ。
でも、俺は彼女が何を言いたいのかを分かっていた。
「僕が、セシリア様の運命の扉を開くキーマンなのかどうかは分かりません」
「…………ええ」
「たぶんもうお気づきだと思いますが、僕はステータスを偽装しています」
「そうね」
「ある事情があって、僕は力を隠しているのですが、もしかするとその事情にセシリア様が関わっているのかもしれません」
「私が?」
俺の思い違いでなければ、「私が?」と答えたセシリアの目には、確かに喜びの感情が浮かび上がっていたのだと思う。
それは、俺にとって嬉しいことであるのと同時に、怖さも感じさせていた。
俺の目標は、師匠にもう一度会うこと。それだけを願って、世界中の大陸を渡って、千年もの月日を過ごしてきた。だが、転生した師匠の魂が、俺のことを覚えてくれているのかは分からない。
実際、俺はこの世界に転生してきたとき、地球での全ての記憶を失い、そして今も取り戻していない。
千年の間、幾度も幾度も自問した分、その答えがどのように現れるのかを恐れていた。
まあいい。
喜ぶにしろ悲しむにしろ、それは「答え」が示された後のことなのだから。
俺は、まっすぐにセシリアを見つめて答えた。
「はい。答えが出るのは、まだ先のことだと思いますが……」
「その事情と言うのは教えてもらえるのかしら?」
「はい。今回のバタバタが終われば、話しができる範囲でお伝えします」
「ありがとう」
ニコリと笑うセシリア。
ドキッ
礼を言われるとは考えていなかった俺は、その表情にドキリとした。
思わず、「師匠……」と口にしそうになったが――――
(!!!!!!)
「セシリア様!」
「どうしたの、ルイ?」
「現れました。次の魔獣たちです」
俺の【まっぷ】に、ポイズンドラゴンが出現した地点に、次々と白い点が現れていくのが確認できた。
「今度もポイズンドラゴン? 数は?」
「数は100以上、まだまだ増えています。種類は、違う魔獣がいろいろと出現したようです」
今回出現した魔獣たちは、各ステータスは高いものは数万、低いものは3,000前後。
ランクで言えば、AランクからSSSランクまでが入り混じっているという感じ。バトルシープやポイズンドラゴンはいない。
【まっぷ】の白点を【かんてい】してみると……
現れたのは、巨大なカマキリの魔物、ジャイアント・マンティス。各ステータスは3,000前後で一番低い魔物がAランク。同じ、虫系の魔物はもう一種類、光属性の魔法攻撃が得意な蝶の魔物、レイス・バタフライで同じくAランク。
この迷宮には存在していない魔物や魔獣を取り上げてみると……
Sランクの魔獣は、氷系の属性を持つ狼型の魔獣、アイス・ウルフと、炎系の属性を持つ狼型の魔獣、フレイム・ウルフで各ステータスは7,000前後。
SSランクの魔獣は、ライオンの体と鷲の頭部を持つグリフォンと、巨大なトカゲ型の魔獣、リザードキングで、各ステータスは10,000前後。
SSSランクは、闇属性を持つ巨大な鹿の魔獣、ブラックディアか。各ステータスは20,000近い。ポイズンドラゴンよりも強い魔獣だ。
他にも、レッサーコボルト、ラミア、ガーゴイル、マンドレイク、フレイムハウンド、キックチキンなどがいるが、これらはこの迷宮に元からいる魔物や魔獣になる。ランクは、この中で一番強いラミアでもSランク相当。
「ランクで言えば、BからSSSランクまで、一番多いのは各ステータスが3,000弱なのでAランクですね。数は全部で500を超えたようです」
「ええ、これだけの魔獣や魔物が集まると、感知スキルを持っていない私でも気配をしっかり感じ取れているわ」
確かに、遠くの空に不気味な黒雲沸き上がっているのが見えた。
「セシリア様、じゃあ向かいましょうか?」
「連れて行ってくれるの?」
少し上目遣いになるセシリア。可愛い。
数多く現れた強い敵の中で、自分に何ができるのかが分かっているのだろう。
「はい。【転移】スキルで向かって、さっさと倒しましょう。魔獣ではなく、レベルアップのための経験値だと思えばいいのです」
セシリアはクスリと微笑んだ。
「分かったわ」
頷いたセシリアの手を、そっと握った俺は、【転移】スキルを発動させていた。




