予感
「も、申し訳ありません。俺たちは、スタシーの冒険者ギルドに所属するパーティで『疾風の旅路』と言います。俺はリーダーのセルソ、盾を持っているのがイポリト、弓を持っているのがフリアン、魔導士がアルドンサ、神官がパストラと言います」
紹介を受けた各自が順番に頭を下げている。
「俺たちは、この前のバトルシープの調査を行う調査員たちの護衛で、他のパーティと共に潜っていました。2階層との間の階段に、バトルシープの痕跡がないかを調査員が調べていたところ、突然、奥に大きな魔力の気配が現れたことをパストラが感知したんです。その気配はしばらくしてから消えたのですが、今度は、さらに数多くの魔力の気配が現れたので、移動のスキルを持つ俺たちが偵察に向かうことになりました」
やっぱり、移動系のスキルを使っていたのか。パーティ全体を、あれだけのスピードで運べるとなると、なかなかのスキルなんじゃないかな。
そして、事情が分かったことでセシリアが俺の前に出て答えた。
腰に手を当てたその姿は、後ろから見ていても勇ましく見える。
「そうか。君たちが感知した、最初の魔力も後で現れた魔力も、両方ともポイズンドラゴンの魔力だ」
「勇者様は、両方とも討伐されたのですか?」
「ああ、すでにポイズンドラゴンは魔石に還ったからもう大丈夫だ」
そして、セシリアは紫色の魔石が転がる一帯を指差した。
そのセシリアに、セルソが恐る恐る尋ねた。
「魔石はいくつも転がっているように見えるのですが……」
なるほど、さっき驚いたのは、魔石の数に対してか。
「ああ、最初のポイズンドラゴンは一頭だけだったが、次に現れたのは10頭の群れだったからな」
魔導士と神官、二人の女性が「10頭」という言葉に小さく「ヒッ」と悲鳴を上げたのが分かった。他の男性陣も顔色が悪くなる。
「心配しなくても大丈夫だ。もう今は、この周辺に魔獣の気配はない。このフロアにもともといる魔物は別だがな」
「そ、そうですか。分かりました、情報をいただき、ありがとうございます。それともう一つ教えていただけますでしょうか?」
「答えられることなら教えよう」
ちょっと偉そうに答えているセシリアだが、勇者の立場ならこれが普通なのだろう。
俺は口を挟まずに、黙ってやり取りを聞いていた。
「この迷宮で、いったい何が起きているのでしょうか? バトルシープも、ポイズンドラゴンもこの迷宮に存在する魔獣ではないはずですが?」
「分からない。私は、何か月後かに発生の恐れがあるスタンピードの調査のため、この迷宮を訪れたのだが、どうやら私の調査とは違う何かが、ここで起きているようだ」
「そうですか。数日前からギルドで、スタンピードの噂が出ていましたが本当だったのですね」
「ああ。もっとも、発生が確定したわけではないがな」
「でも、本来迷宮に存在しないはずの高ランクのバトルシープやポイズンドラゴンが出現するなんて、スタンピード以外で起き得ることなんですか?」
「すまない。その情報は私も持っていないんだ。だが、危険が生じるなら速やかに私の小隊が避難計画を進めることになっている。大丈夫だ」
セシリアの「大丈夫」の言葉は、効果があったようだ。セルソが頭を下げた。
「ありがとうございます、勇者様」
後ろに並んだ「疾風の旅路」パーティの面々も、一斉に頭を下げた。
「気にしなくて構わない。これが私の仕事だからな。それよりも頼みがあるんだがいいだろうか?」
「なんでしょうか? 俺たちにできることなら、なんでもやります」
「ありがとう。では、あの魔石を持って、他の調査員や護衛のパーティにも声を掛けて、いったん迷宮の外に避難してもらえないだろうか? 冒険者ギルドには、しばらく迷宮内には入らないように伝えてくれ。この後、次の何かが起きない保証がないからな」
「ああ、そうですね。分かりました。逆に、避難させてもらえるのはありがたいです」
セルソが笑った。
ふむ。意外と、この剣士風の男は、性格がよさそうだ。
「魔石はどこに届けましょうか?」
「ギルドに私の小隊がいるはずだ」
「勇者小隊ですね」
「ああ。勇者小隊の隊長、アメデに届けてもらえないだろうか。魔石の検証を行うようにと伝えてもらえるとありがたい」
「分かりました」
「それと、勇者小隊に同行しているアルバートという者に、私が数日の間、迷宮に潜ったまま調査を続けることも伝えて欲しい」
「セシリア様」
「どうした?」
俺が冒険者たちに気づかれないよう、目配せしたのをセシリアは見逃さなかったようだ。頷いてくれる。
「数日ではなく、一週間は調査しましょう」
「……分かった。じゃあ、すまない。アルバートには7日間は潜ることを伝えてくれ」
「アルバート様ですね。承知しました。冒険者ギルドにも勇者様が迷宮から出てこられるまで、誰も入らないように伝えておきます」
「すまないな。よろしく頼む」
こうやってやり取りを聞いていると、セシリアは頼もしいことがよく分かる。
最初は胡乱な目で見ていた「疾風の旅路」のパーティメンバーも、今はセシリアに畏敬の眼差しを向けているからね。
「それと、万一、スタンピードの兆候が示されているなら非常に危険だ。アメデには私が最大で一週間潜るから、その間は、迷宮の立ち入りを禁止させるように、そして迷宮前で万一の状況に備えておくように伝えてくれ」
「冒険者ギルドの方で、何かお手伝いは必要ですか?」
「そうだな。迷宮前での警護には、手すきの者がいれば手伝ってもらえるとありがたい」
「分かりました。ギルド長に伝えます」
「ただ今のところ、現れた魔獣は、バトルシープがSSランク、ポイズンドラゴンがSSSランクだから、万一の時は手を出さずに直ちに避難することを前提に計画を立ててくれ、と伝えてくれ」
セシリアの言葉に、セルソが笑った。
「もちろんです。SSSランクの魔獣と分かっていれば、俺たちもここには来なかったですよ」
「よろしく頼む」
そして、俺たちは「疾風の旅路」と共に、ポイズンドラゴンの魔石が散らばる地点へと向かった。
■□■□
魔石を集め終わった後、帰り際に、リーダーのセルソが俺に目を向けたのは、「一般人を伴っていて大丈夫なのか」という意味合いが込められていたのは分かったが、俺はそっぽを向いておいた。おそらく、セシリアも気がついたはずだが何も言わない。
「ルイ、さっき、一週間と言っていたのは――」
特に俺のことを言及することなく去っていった疾風の旅路を見送った後、セシリアが尋ねてきた。
「はい。話を合わせてもらい、ありがとうございました。もしこれが、さっき話した他の迷宮のスタンピードに繋がっているなら、最大で一週間は続くと思ったからです」
「そうね。その可能性は考えておいた方がよいかもしれないわね。ところで、これからどうするのが良いかしら?」
「そうですね。まずはバトルシープとポイズンドラゴンが現れた地点に行ってみませんか? この後、続けて魔獣が現れるなら、その原因となる何かが残っているかもしれません」
「それがいいかもしれないわね。ところでルイは、何か次の魔獣たちが現れそうな気配は感じる?」
残念ながら、俺には予知系のスキルが生えていない。
一応、【かんぱ】には、心の中で尋ねておく。
『【かんぱ】、次の変異が起きる予兆はある?』
『留、明確な予兆はありませんが、連続した今回の異変は、かなりの高い確率で次の異変へと繋がると考えます。今のところ、他の迷宮のスタンピードの出口に繋がっている可能性は計算上、90%以上になります』
『分かった。ありがとう』
「セシリア様、僕には予兆のようなスキルがないので、はっきりとした答えを出すことはできませんが、感覚的にはこれから異変の本番を迎えるような気がします」
【かんぱ】が言う通り、何かの予感を俺は感じていた。
「そう、ルイもそう感じているのね……」
遠くの空を、何かを探るように見つめていたセシリアが頷いた。
「私も、ルイと同じで予兆のスキルは持っていないの。でも、数日前から感じている予感のようなものが――なぜか、どんどん強まっているわ」
そして、セシリアは空から俺に視線を移すと、じっと見つめてきた。




