バレテーラ……
「敵? どこに?」
俺の言葉に、慌てて辺りを見渡し、そして気配を探ろうとするセシリア。
「あ、すいません、セシリア様。言葉が足りていなかったです。敵は今、3階層にいます」
「え? え?」
「詳しい話はあとにさせてもらってもいいですか? かなり強力な敵ですから」
「え? え? え?」
少し目をぐるぐるさせて混乱しているセシリアは、年相応に見えて可愛かった。
「ちょ、ちょっとルイ。ごめんなさい。あなたが何を言っているのか理解できないの。少しだけでもいいから情報をちょうだい」
「えーっと、まず僕は、自分が訪れたことがある場所をマッピングするスキルを持っています」
「マッピング、ね」
厳密にいえば、この世界の一般的な【マッピング】のスキルと、俺の【まっぷ】のスキルは働きが違うが、細かいことはいいだろう。
「僕のマッピングに、今、3階層、ちょうどバトルシープが出現したあたりに、新たな魔獣が現れたことを感知したサインが出ました」
「あ、新たな魔獣ね」
「魔獣は、ポイズンドラゴン」
「ぽ、ポイズンドラゴン……? え?」
「SSSランクの魔獣です」
「…………」
「ポイズンドラゴンは、バトルシープと同じく地上を目指すようです。このままだと3階層、2階層で調査を行っている冒険者たちに被害が出そうなので、倒しに行こうかと」
「倒す……!!」
さすが勇者だ。
被害を防ぐために討伐に向かいたいという俺の言葉に、ぐるぐるしていたはずの目に、確かな意図を持った光が現れたのが分かった。
「……ルイ、あなたは本当にただの庭師なの?」
「それは――今は秘密にさせてください」
俺をじっと見つめるセシリア。
まあ、それもそうか。
いきなり、何の力も持っていないただの庭師だと思っていた少年から、SSSランクの魔獣が遠くに現れたので討伐に向かいましょう、と言われたら、何かがおかしいと思うはずだ。
それでも……
「わかったわ。詳しい話はあとで教えてね」
「はい」
そしてセシリアは、パンパンと自分の頬を両手で叩いて気合を入れた。
「で? 作戦は? 2階層に降りて待ち受けるということでいいのかしら?」
「たぶんそれでは被害が出ます」
今のところ、【まっぷ】に表示されているポイズンドラゴンは、散見できる冒険者たちに向かうことなく2階層への階段を目指している。
だが2階層には、3階層よりも多くの冒険者がいるし、【鑑定】のようなスキルか魔道具を持たない限り、ポイズンドラゴンの正体に気がつく者はいないはずだ。何より、2階層へ続く階段のところには何人かの冒険者がいた。
各ステータスが10,000を越える魔獣に、高くてもステータスが1,000前後しかない冒険者たちが手を出せばどうなるのかは考えるまでもない。
「手を」
俺はセシリアに向かって手を差し出した。
首を傾げながら「手?」と言って、差し出され手を両手で握るセシリア。
「転移します」
「え?」
さっきから驚いているばかりのセシリアは可愛いが、まずは魔獣討伐が先だ。
俺は【転移】のスキルを発動させた。
■□■□
「え?」
目の前の景色が突然変わったことで、もう一度、セシリアが驚きの声を上げた。
もしかすると、「転移」した経験があまりないのだろうか?
スキルで【転移】を持つ者は多くないが、迷宮の中には、一度潜ったところまで転移できる魔法陣が設置されているところもある。
まあ、今まで草原の中にいたのに、視界一面に海原が広がっている光景は驚いても仕方がないか。
見渡しても、海と砂浜しか目に入らず、緑色が非常に少ない光景は、俺の知識が「砂丘」をイメージとして伝えてくれている。
「セシリア様、3階層です」
「ルイ……まさか、今スキルを発動させたの?」
「はい?」
「無詠唱だったようだけれど、ルイって本当は魔法使いなのかしら? しかも、迷宮内で階層を二つまたげる【転移】スキルは、確か★3つ以上だったはず――」
セシリアがブツブツと言っている。
そうか、迷宮内で階層をまたぐ転移ができる【転移】スキルは、★3つ以上か。知らなかった。
「セシリア様、そんなことより来ます!」
海岸線の遠くに砂煙が上がるのを見た俺は、そちらを指さしてセシリアに注意を促した。
「あ、ご、ごめんなさい」
セシリアは砂煙が近づいてくるのを確認すると、スラリと腰に差した剣を抜いた。美しい。
「ルイ、巻き込まれた人は?」
「今のところ大丈夫です。向こうの遠くに2階層に上がる階段がありますが、そこには誰かがいます。でもこのあたりの見える範囲に人はいません」
階段のところにいるのは8人。【まっぷ】で確認すると、ステータスが1,000近いから、バトルシープの調査に来た冒険者だろう。
「会敵まで――あと3分です」
「分かったわ。その間に二つ教えて」
「はい。なんでしょうか?」
「ルイは、【鑑定】のスキルが使えるのね?」
「……はい」
「【鑑定】の★の数は」
一瞬、どう答えようか迷ったが、今さらだろう。俺は素直に答えることにした。俺が【まっぷ】上で使ったのは【かんてい】のひらがなスキルの方だが、鑑定した内容は★5の【鑑定】スキルも、必要な情報を考えれば大差はない。
「★は――5つです」
「★5! すごいわね。じゃあ、もう一つ。そのポイズンドラゴンの詳しい情報を教えてくれるかしら?」
あまり不審がらないセシリアに、少し俺は嬉しくなった。
過去、力を見せて怖がられたり、一歩も二歩も引かれたことは、数えきれないぐらいあるからだ。
「はい、ポイズンドラゴンのレベルは830、ステータスは、ざっくりですが、攻撃力が約15,000、魔力が16,000、防御力12,000、精神力が14,000です」
「そう……私の1.5倍ね。スキルは?」
「毒の霧を吐く【ポイズンミスト】が★4、毒の塊を投げる【ポイズンパレット】が★4、あとは【リカバリー】が★3です」
「毒系の攻撃ね。毒系の魔物と言えば、パープルトードとは前に一度戦ったことがあるけれど、レベルが全然違うから、参考になりそうにないわ。ルイは、どう対処すれば良いと考えているの?」
「そうですね」
一瞬、何も考えずに俺が倒そうかと思ったが、レベル830のドラゴンの経験値を考えると、1しかもらえない俺が倒すよりも、セシリアが倒した方が良いことに気がついた。
「セシリア様、僕が足を止めますので、とどめをお願いできますか?」
「え? ドラゴンを止めるつもりなの?」
「それは大丈夫です。ポイズンドラゴンは、攻撃力も1万台しかありませんし――――」
俺はセシリアが、ジト目で見ているのに気がつき、途中で言葉を止めた。
「1万台しかない?」
「え、えっと……」
「ルイ。正直に答えて欲しいのだけれど……あなたのレベルはいくつなの? ステータスはいくつ? 偽装しているでしょう?」
バレテーラ。
俺は失敗したことに気がついた。




