真昼の朝
朝。
目覚めた俺は、そっと起き上がると、【かくれる】のスキルを使って気配を遮断した。
俺は、朝の目覚めは悪くない。
この世界に来て1,000年以上の月日が経ったので歳のせい、とは思いたくないが。
横目でチラリとみると、セシリアは寝袋に包まっている。この階層は春のような陽気なので寒くはないけれど、セシリアに渡された寝袋は高性能のようで気持ちよく寝られた。
俺は、寝袋から出ると、隣で寝ているセシリアを見た。
スー、スー、と寝息を立てている顔は可愛らしい。
まだ、知り合ってから何日も経っていないのに、随分、長い時間を共に過ごしているように感じるのは、師匠の面影を重ねているせいなのだろうか?
俺は、テントからそっと出た。
■□■□
外は天頂に浮かんだままの太陽のせいで、四六時中、陽射しに照らされている。
立ち上がった俺は、大きく伸びをして、朝の空気を吸い込んだ。
「んー……」
明るい日差しは朝ではなく昼を示しているが、まあ気分の問題だ。
昨夜は、セシリアと同じテントで寝た。まさしく同衾?
まあ、寝袋は別だったし、何も特筆すべきことはないんだけれどね。
テントの周りには、セシリアが警戒と魔物避けの魔道具を設置したので交代で夜番をすることはなかった。
もっとも、このあたりにいる魔物で一番強いのがホーンラビットだから、夜番の必要はない。
もちろん、俺は【まっぷ】のスキルを起動させて、万一、敵が近づいてきたら分かるようにしていたし、テントにも【無効】のスキルはかけておいた。
仮に、バトルシープが突然現れて突進してきても、テントが破壊されることはない。
一応、【まっぷ】のスキルを他の階層にも広げていく。
今日は、このまま帰る予定だけれど、何か兆候があるなら見落としは良くないからね。
(うん?)
俺は、三階層の奥地、ちょうどバトルシープが出現したとされる砂浜に、大きな魔素の塊が浮いていることに気がついた。
(なんだろう?)
スタンピードのスタートは、最下層のボスから始まる。
これに例外がないことを、俺は【かんぱ】に確認していた。
だから、三階層で起きる異常は、スタンピードの予兆であったとしても、スタンピードが開始するサインではないはずだ。何より、【かんぱ】は、この迷宮のスタンピードを約3か月後と予想しているし。
問題は、やはりその魔素の塊を知覚できる場所が、バトルシープが現れたところ、ということか。
偶然で片付けるほど、俺は呑気ではない。
普通に考えるなら、これはスタンピードの予兆なんだけれど…………
【かんぱ】は、アカシックレコードに同様の事例――3か月も前にその迷宮内に存在しない強力な魔獣が突然発生した事例の記載されていないと言っていた。
うーん、分からない。
スタンピードとは関係ない事例が、スタンピードが予定されている迷宮にたまたま発生しただけなのか、それともこれが新たなスタンピードの予兆なのか、あるいは他の何かか?
今回の事例が今後のスタンピードの新たな予兆、という考え方は、意外と誤っていないのかもしれない。どのような物事にも、必ず「最初」が存在するからね。
ただ……
俺はどうしても、【まっぷ】に表示されいている三階層に出現した「魔素の塊」が気になっていた。
危険な兆候は感じないが、それはあくまで俺基準の話だ。
気になる、ということは俺以外の人たちとって影響が及ぶことを指し示しているように思える。特に、その対象がセシリアならばこのような感覚を覚えても不思議ではない。
セシリアは、今、俺にとって大切な人であることは確かだからね。
(では、どうする?)
これを、どうセシリアに伝えれば良いだろうか?
俺の力を、一端でも見せることは、できれば避けたい。もちろん非常時は躊躇うつもりはないが、セシリアは何らかの矜持を抱えているようだし、それを邪魔したくはない。
「おはよう」
突然背後から声をかけられた俺は、恥ずかしながらビクッと飛び上がっていた。
「あら、ごめんなさい。驚かすつもりはなかったのよ」
ゆっくりと後ろを振り向くと、セシリアが立っていた。いや、女神と言った方が良いか?
(ヤバい、ヤバい)
どうやら思考の海に沈んでいたようで、テントから出てきたことに気がつかなかった。
「お、おはようございます」
「この一階層は、いつも真昼の明るさだから変な感じがするわね」
真上に煌々と輝いている太陽を見上げながらセシリアが呟いた。
「そうですね。よく寝られましたか?」
「ええ。おかげさまでぐっすり休めたわ。ルイは早起きだったようだけれど、どうかしら?」
「僕もしっかり寝られました。朝早いのは、職業柄の習慣ですから」
ちょっと苦しいか。でも庭師と言うと、朝が早そうなイメージがないだろうか?
「そうなのね。じゃあ、少し早いけれど、朝の準備を済ませてから、行動しましょうか?」
「はい。分かりました」
その時――
俺の【まっぷ】に、白点が現れた。
場所は、バトルシープが現れた三階層の砂浜。
セシリアは気がついておらず、「ちょっと待っててね」と朝食の準備を始めている。
俺は、【まっぷ】に示された白点を【かんてい】した。
強い敵ではない。俺にとっては。だが……
種別:ポイズンドラゴン
レベル:830
攻撃力:14,940
魔力 :16,505
防御力:12,008
精神力:14,248
運 :41
スキル:【ポイズンミスト(★★★★)】、【ポイズンバレット(★★★★)】、【リカバリー(★★★)】
(ドラゴンか……)
レベルと攻撃力を考えると、ランクはSSS。★5のスキルは持っていないが、猛毒付与の効果がある。さらに、ダメージも【リカバリー】を使って回復できることを考えると、素の状態のセシリアでは苦戦しそうだ。
もちろん、セシリアが【限界突破】を使えば、簡単とは言わないが討伐自体はできるだろう。
しかし……
問題は、バトルシープに続いて、SSSランクの魔獣がいきなり現れたこと。今回のポイズンドラゴンもバトルシープと同じく、この迷宮で存在が確認されていない魔獣だ。
(仕方がない……)
本当なら、ゆっくり時間をかけて、セシリアとの絆が存在しているのかを確認ながら、さらにそれを深めたかったのだが、どうやらこの世界は、それを許してくれないようだ。
俺は、収納袋のポーチから、いろいろと取り出しているセシリアに声をかけた。
「セシリア様」
「もうすぐ朝食の準備ができるわよ。続けてで申し訳ないけれど、今日もパンズのご飯でいいかしら?」
はい、構いません、と笑顔で答えたかったが、ゆっくりと朝食を食べている時間はない。出現した魔獣は、すでに動き出している。バトルシープと同じように地上を目指すのだろう。
幸い、バトルシープからのダメージがまだ完全に回復しきっておらず、他の調査員も入っていることもあり、迷宮内に冒険者たちの数は少ない。
それでも、ポイズンドラゴンは、俺たちがこの迷宮を去る予定時刻の前に、数少ない冒険者たちを蹴散らしながら、一階層までたどり着くはずだ。
俺は、できる限り、真剣な声でセシリアに答えた。
「すいません、敵がきます」
「え?」
驚く表情を見せるセシリアを見た俺は、こんな時にも関わらず、なぜか庇護欲をそそられたことを感じていた。




